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■寒里(2)
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青葉は神社の場所なら地図とか無しでも辿り着けるのだが、生憎トイレセンサーは持っていなかった。結局、お店の人らしい人を捕まえて場所を訊き、何とかトイレに辿り着き用を済ませる。ふっと息をつき個室から出て手を洗っていた時、未雨や真穂と同じくらいの感じの年の少女がトイレに入って来た。しかし、その後を例の虎が付いてトイレの中に侵入してきた。青葉はぎょっとしてその虎の方を見ている。少女は気付いていないようだが、少女の守護霊がおびえた様子をしていた。
そして虎は、その守護霊を食べようとした! 守護霊が悲鳴を上げる。守護霊が悲鳴をあげたので、釣られて少女も悲鳴をあげた。青葉はキッと虎を睨んだ。
その気配に虎がこちらを見る。青葉はここではもう目を逸らさない。目を逸らしたら、こちらがやられる。
『おい、坊主、なんでお前、男のくせに女トイレにいるんだ?』
『私は女の子だからね。あんたこそ、ここは人間のトイレだよ』
『ふん。面白くない奴だな。お前まるごと食ってやろうか』
『ふーん。できるかい?』
『俺は人間丸ごと、何度か食ったことあるぞ。女の子の方が美味いんだが、男でも食う。あまり好き嫌いするのは良くないからな』
青葉は虎を睨み付けている。もし格闘になったら勝てる自信は無かった。問題は気合いで勝てるかだ。少しでも怖がれば、虎は襲いかかってくるだろう。
その時だった。
女子トイレのドアが開いて、中学生くらいの女の子が入って来た。そして個室の扉の前で立ち尽くしている少女を見てから、手洗所のそばに置いてあったモップを手に取る。そして、虎めがけて思いっきりモップを振り下ろした。
『ギャッ』と言って虎は逃げて行った。
「お兄ちゃん」と怯えていた少女は言った。
お兄ちゃん??
「大丈夫?」
「うん」
「でも千里お兄ちゃん、ここ女子トイレ」
「玲羅の悲鳴が聞こえた気がしたから来た」
「ふーん。。。でも千里お兄ちゃん、私の見てない所で結構女子トイレに入ってない?」
「えっとまあ・・・」
と千里と呼ばれた男の子??は照れている様子。そしてその時初めて、青葉にも気付いた。
「あ、君も大丈夫だった?」
「はい、ありがとうございます。あの、今の見えたんですか?」
「見えてないけど、何か居るなとは思った。だから、その居そうな所めがけて殴ってみた」
「凄い勘ですね」
「君、イントネーションがこの辺の子じゃないね?」
「あ、はい。岩手から来ました」
「そう。気をつけてね」
「はい」
青葉は千里に微笑んで返事をした。青葉はその男の子?の魂を見てみる。魂は女の子だ!なんか凄く可愛い、お雛様みたいな雰囲気。この子も私と同じように女の子の魂を持つ男の子なのか。そう思うと、青葉は今まで持っていたある種の孤独感が緩む思いだった。そして「千里」という名前を覚えていたつもりが・・・・2年くらい後にはきれいに忘れてしまっていた! ただ、北海道で、自分と同じような立場の子と出会ったことだけは覚えていた。
賀壽子たちの話は盛り上がって19時くらいまで続いたが、虎少女の天津子が「お腹空いた」と言ったので「あら、子供たちに御飯食べさせなきゃ」ということで支部長さんの家(旭川教会)に移動する。虎は車には乗って来ず、少女は何か探すような目をしていた。
晩御飯はカレーだった。信者さんからの奉納物のお下がりを使っているということで、お肉も入っているがお魚も入っている。しかし未雨は蛋白質を食べるのが久しぶりだったので「わーい、お肉の入ってるカレーだ」と喜んでいた。その言葉に真穂は吹き出したが、天津子は不思議そうな顔をしていた。
お風呂も頂いて22時頃、寝室に提供してもらった客間に入る。ここは泊り込みで祈祷をする信者さんなどもいるため、客間というより宿泊室という感じの部屋が4つもある。その1室を賀壽子と千壽子、1室を真穂、1室を未雨と青葉が使った。
この日は朝から賀壽子の運転する車で花巻まで行き、飛行機で新千歳に飛んで、それからJRで教団本部に移動。記念行事が終わった後ワゴン車で旭川までということで、大移動でさすがに疲れていた。未雨も青葉もすぐ眠ってしまった。
青葉は熟睡していたが、ふと雰囲気に気付いた。
これは・・・・夢の中?
青葉は時々夢の中でまるで起きている時のように行動できる時があった。その夢の中で友だちと遊ぶと、そのことをその友だちも翌日覚えていたりすることもあった。早紀や咲良とはよくそうやって遊んでいた。
しかし今夜は何か空気が違っていた。
青葉はそちらを見た。
例の虎がこちらを睨んでいた。
『まだやるつもり?』
『さっきは邪魔が入ったからな。続きだ』
『しつこいね。しつこいのはもてないよ』
『もて?・・・・』
『可愛い雌虎とかどこかでつかまえなよ』
『はあ?』
虎は思わぬことを言われて、何だか照れていたが、やがて
『うるさい。やはりお前、気にいらん。食っちまう』と言う。
『また負けるくせに』
『さっきのはお前に負けた訳じゃない』
『だいたいここは夢の中だよ』
『夢の中で死んだら現実でも死ぬんだぜ』
『へー』
そう言えば、こいつ何人か人間を食ったなんて言ってたな。悪い虎だ。やはり「おしおき」が必要だ。
睨み合いが続く。視線を逸らしたら即負け。食われてしまうだろう。こういう時は弱気もいけないが「負けるものか」といった気持ちも危ない。心はあくまでニュートラルに保たなければならない。青葉は曾祖母から、そう教えられていた。曾祖母は霊的なものと、そういう対峙を80年の人生の中で30〜40回経験したという。しかし青葉にとって、こういうシビアな対峙は初体験だった。
睨み合いは青葉的感覚で5分くらい続いただろうか。
やがて我慢しきれなくなった虎は青葉に向かって飛びかかってきた。その瞬間、青葉はコネクションだけ取って準備していた「鏡」を発動させた。
虎のエネルギーが青葉にぶつかる。
瞬間、鏡の作用でそのエネルギーは跳ね返された。
『ぐぁっ』
そんな声を立てて、虎は地面?に叩き付けられ、ぺしゃんこになってしまった。あぁ、なんだか虎の皮の敷物だね。回復には数時間掛かるかな? 凄い勢いで飛びかかった分、凄い勢いで自分自身が叩き付けられてしまったのだ。
そこで目が覚めた。
起き上がって隣を見ると、未雨はすやすやと寝ている。青葉は微笑んで布団を抜け、カーテンをめくって窓の外を見た。明るい満月が優しい光を放っていた。
翌朝、食事の席で虎の飼い主の少女が青葉に尋ねた。
「ねえ、あんた私のチビに何かした?」
「ペットの躾は、きちんとしなきゃ駄目だよ」
チビねぇ。体長5mでチビという名前も何だか。最初は小さかったのかな?
「どうやったら躾けられるの?」
「君自身がバージョンアップすればいいんだよ」
「そっかぁ。分かった、私頑張る」
「うん、頑張ってね」
と言って青葉は微笑んだ。
支部を出る時、虎は天津子の陰でこそこそとした感じで、青葉の方を見ていた。心持ち体長が少し縮んだ感もあった。虎にとっても昨日千里にやられて、夜中に青葉にやられたのは、良い勉強になったであろう。
JRで札幌に移動し、お昼前に着いた。千壽子の孫で東京に住んでいる、中村晃湖(あきこ)さんが帰省していて札幌市内を少し案内してくれだ、彼女も青葉を見るなり「あんた末恐ろしい子だ」と言った。
「あ、なんか凄い子だとは思ったけど、そんなに凄いかね」と千壽子。
「だって、この子、まるで普通の霊感少女みたいな顔して猫かぶってるもん。隠してるオーラをまともに見せたら、みんなびっくりするよ」と晃湖。「えへへ」と青葉は笑った。
それを言われたのは晃湖で3人目だ。2人目が昨日会った菊枝。そして1人目が、昨日の記念行事にも来ていたものの、忙しそうにしていて言葉を交わす時間が無かった神戸の竹田宗聖さんだった。今日の食事会にも来ていて、青葉を見るなり頭を撫でてくれた。彼はよく曾祖母の家を訪問していたのである。その度に飴とかチョコとかをもらったりしていた。
「青葉ちゃん、1年ぶりくらいかな」
「はい。ご無沙汰してました」
「もう小学校に入ったんだっけ?」
「ええ、1年生になりました」
「何だか、凄くバージョンアップしてるし、また可愛くなってる。そのスカートも可愛いよ」
「ありがとうございます」
「学校でも女の子してるの?」
「あ、いえ。学校には男の子の服を着て行ってますけど、下校したら女の子です」
「ああ、学校は色々難しいかもね。でも学校でも女の子で通しちゃえばいいのに」
「そうですね」
「でもきっと君が大人になる頃には、僕のパワーを超えてるだろうなあ」
と竹田は言った。
「でしょ、凄いですよね、この子」
と菊枝も寄ってきて、話しかけた。菊枝は竹田と面識があったようだ。
「ここに日本の三大霊能者が集まってるのかも」と晃湖。
「三大霊能者?僕は当然入るけど、あと2人を君たち3人の中から選ぶのは難しいね。パワー的には中村君が2番目だろうけど、山園君も成長著しいし、青葉ちゃんは末恐ろしいし」と竹田。
「あ、いや・・・竹田さんと菊枝ちゃんと、青葉ちゃんの意味で言ったんだけど」
「アキさんを外して三大霊能者とは言えませんよ」と菊枝は笑っていた。
「晃湖さんはヒーリングが凄いのよ。日本一かも。青葉ちゃん、色々教えてもらいなよ」
と菊枝は言う。
「ああ、私で教えられることあったら教えてあげるよ」
と晃湖も言ってくれて、青葉は「よろしくお願いします」と答える。実際、千壽子の縁もあって、この後度々晃湖にはヒーリングのことで教えてもらうことになる。
「だけど三大霊能者考えようとすると、出雲の藤原さんもいるし、博多の渡辺さんもいるしね」と菊枝。
「いや。実は別格で超凄い人がいるんだよ」と竹田さん。
「別格?」
「会ったことのある人自体が少なくて、実態がよく分からないんだけどね。僕も2回しか会ってないが、エベレストを見上げるような気持ちになった」
「へー。何ていう人ですか?」
「高野山の山奥に住んでいる人で瞬嶽というんだ」と竹田さん。
「へー」と菊枝も晃湖も青葉も言った。
その時は、菊枝も青葉も2年後に自分たちがその瞬嶽の弟子になるとは思いもしなかった。
食事会は話が盛り上がった。出席したのは、千壽子・賀壽子、竹田、晃湖、菊枝のほか、千壽子の友人で、主として東日本在住の霊能者さん・拝み屋さんが5人、そして青葉たち3人であった。例によって未雨は食事にお肉が出ているので嬉しい悲鳴をあげながら食べていた。
「出席者が13人って、なんかいい数字ですね」と晃湖。
「最後の晩餐ですか?」と真穂が訊いたが、
「13は易では天下同人といって、みんなで仲良く協力しようって意味なんだよ」
と菊枝が教えてくれた。
「へー。西洋では不吉な数なのに、東洋では良い数なんですね」
「うーん。13を不吉とするのは俗説であって、必ずしも悪い数とは思われてない気もするんだけどね」と竹田。
「へー」
「12というのが凄く安定した数なんだよ。でも安定しているから発展しない。13はそこから1歩踏み出す。踏み出した途端、危険がたくさん待ってる。そういう意味では不吉かも知れないけど、覚悟して臨めば自分を更に鍛え上げる数なんだ」
そう竹田が解説した。
晃湖や千壽子・賀壽子も頷いていた。
話があまりに盛り上がり過ぎたので、その日帰る予定だったのをもう1泊しましょうということになる。忙しい竹田に、同じく予定が詰まっている晃湖は帰ることにしたが、千壽子の友人で道内に住む2人、菊枝、そして賀壽子と付き添いの3人の合計8人で登別温泉に行くことになった。
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