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■寒里(4)
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「この手の相談というのは、しばしば相談を受けた側が問題に巻き込まれる。医師だって患者を診るのに感染の危険を冒しているし、消防士も火事を消すのに自分が火傷を負ったり場合によっては焼死する危険も冒している。祈祷師も、霊的な相談を受ける場合、自分が問題の霊によって霊障を受ける危険を冒す。だから、関係無い相談にはできるだけ近寄らないのが、この世界で長生きする秘訣だよ」
青葉もそのことはきちんと認識していなかったので菊枝の言葉に「確かにそうだな」と思ったのだが、真穂は「わあ、そうですよね。私、絶対拝み屋さんにはならないわ」などと言った。
「あれ。でも私と青葉、さっきお風呂の中で舞花さんと話しましたよ」
と未雨が言った。
「舞花さんって、さっきの娘さん?」
「ええ」
「具体的な話まで聞いた?」
「いえ。ただ、北畠千壽子さんの話をしたら、ぜひ相談したいって言って。それで部屋番号を教えたので、来られたのだと思います」
「そっか・・・関わってなければいいけど」
と菊枝は心配そうに言った。
しかし結局関わらざるを得なくなったのである。
ロビーで5人がお茶を飲んでいた時、千壽子の友人のひとりが賀壽子を呼びに来た。
「賀壽子さん、千壽子さんがちょっと頼みたいって」
賀壽子は菊枝と顔を見合わせたが、「青葉はここに居なさい」と言って菊枝に預けてひとりで部屋の方に行った。
賀壽子が部屋の方に行ってから30分ほどした時、突然館内に非常ベルが鳴った。
「火災警報、火災警報、本館8階で火災発生」
と自動音声が流れる。
一瞬ロビーがパニックになりかかった。その時菊枝が
「落ち着いて!」
と大きな声で叫ぶ。それでみんなの動きが止まった。
「8階だって言ってますよ。すぐには燃え広がりません。ゆっくりと整然と外に出ましょう」
「5階におばあちゃんが。助けに行かなきゃ」
と言った女性がいたが
「大丈夫ですよ。5階なら火元からも遠いし。自分で出てくるか、スタッフが連れ出しますよ。それより今から行けば行き違いになるだけです」
と菊枝が言うと、そばにいた男性(多分夫か)が
「確かにそうだ。僕たちが行くのは混乱を増すだけだよ」
と言うので、女性も納得して、みんなと一緒に列を作って外に出た。
ロビーにいた人たちは菊枝のお陰で、静かに表に出たのだが、館内では結構あちこちでパニックが起きたようであった。それでも何とか泊まり客がみんな出てきたかなと思う頃、番頭さん?という感じの人が出てきて、ハンドマイクを持って話す。
「大変お騒がせしました。火災は消化器で従業員が消し止めました。怪我人も出ていませんし、延焼もしておりません。念のため本館7階と8階を今日は使用停止にしますので、該当のお部屋の方には別のお部屋をご案内いたします。本館の他の階の方、新館・別館の方は、もう大丈夫ですのでお部屋にお戻り下さい。なお、キャンセルなさる方、他の宿に振り替えて欲しい方はお申し出下さい。また宿代は、今日お泊まりになる方もキャンセルなさる方も全額お返し致します」
泊まる客にも宿代返却というのは、なかなか太っ腹である。大きな旅館ゆえのゆとりであろうか。
庭に大量に人が出ているので、連れを探すのもお互い大変そうであった。青葉たちは、庭に居た人数が半分くらいになった所で、ようやく賀壽子たちと合流できた。近くでは若い夫婦とお婆さんが手を取り合っていた。ロビーでおばあちゃん助けに行かなきゃなどといっていた女性である。無事合流できたようだ。
一行は舞花たちの家族4人も含めて12人でぞろぞろと館内に戻った。すると女将という感じの人が舞花の父に声を掛けた。
「越智様、ちょっとお話が」
「はい?」
しかし数百人の客が泊まっているのに、VIPとはいえ、客の顔をしっかり覚えているのは凄い。
そして成り行きで青葉たちも話を聞いてしまった。
「実は火元が越智様の部屋でして」
「え?」
「原因は消防署の調査を待たないといけませんが、ガス漏れが発生していたようです。大変申し訳ありません。それに消火活動でけっこう消化液がお荷物にも掛かってしまいまして。弁済はきちんといたしますので」
「あ、いえ。それは全然問題ありません」と舞花の父は答える。
越智一家は新館の最上階のスイートルームを新たに割り当ててもらった。着替えが無いというので、サイズを聞き、ホテルスタッフが町内の洋服屋さんに走った。もう営業時間外だが、顔見知りなので無理を言って買ってくると言っていた。
そして青葉たち8人もなんとなくそのスイートルームまで付いていった。菊枝がやれやれという顔をしている。自分も含めて青葉たちもこの件に巻き込まれてしまったのは確実である。こんなきちんと管理されているっぽいホテルでのガス漏れ火災というのが、霊障と関わっていない訳が無い!
「少しお話を聞かせて頂けませんか?」と菊枝は言った。
関わってしまった以上、速やかに解決する必要がある。
「はい。先ほど北畠さんや八島さんにもお話ししたのですが、2年ほど前から私たち一家の周囲でやたらと事故が多発してまして」
「ああ」
越智さんは札幌に本社を置く食品関係の会社のオーナー社長で、会社の規模としては中堅の部類ではあるものの、元々の個人的資産が多く、それでこの不況でも安定した経営をしているため同業他社からねたまれることもあり、過去にも恐喝事件のようなものは経験していたらしい。ただ今回の事件は過去のものとは明らかに性質が違うという。
「最初は身を狙われているのかと思い、ボディガードを雇って、妻と子供たちにも付けたのですが、その警備会社の社長さんが、これはどうも『人間の仕業』
ではない気がする。警備会社より、拝み屋さんに頼んだ方がいいかも知れないと言い出しまして」
「ああ」
「本当に不思議なんです。車に轢かれそうになったことも何度もありますし、工事現場の近くで物が落ちてきたこと、商店の看板が倒れて来たこと。今回みたいなガスの事故も実はこの3年で実は4回目です」
「きゃー」
「舞花が歩いていて突然めまいが来て、倒れそうになった所をあやうくボディガードの女性に抱き留められたこともありました。そばが崖だったので倒れてたら大変でした。しかしめまいなんて、意図して誰かが仕掛けられるものではないし」
「私、それまで貧血とかも起こしたこと無かったんですよね」と舞花。
「そして決定的と思ったのが、家内が昨年子宮筋腫をやりまして。それまで病気なんてしたこともなかったのに」
「奥さん、お体はもう大丈夫なんですか?」
「はい。何とか。まだ通院はしていますが、お医者様は問題無いと言っています」
「息子の方も、商店街のガラス戸に激突して怪我をしまして」
「まあ、あれは俺が不注意だったからかも知れないけどね」
「以前から何度かぶつかる人がいて危険かも知れない、交換しようかという話は出ていたらしいです。でも戸が割れて実際に怪我したのは息子が初めてだったみたいで。まあ、そんな感じの事件が続発しているんです」
「なるほど。誰かの呪詛ではないかと」
「はい」
「しかし、舞花がお風呂の中でそちらのお嬢さんたちと偶然会って、それで私たちがこちらにご相談に来ていなかったら、今日は危ない所でした」
舞花が青葉たちに会ったことで、運命の歯車が変わったのであろう。
「それでね。私も見てみたんだけど、私にはどうも見通せなくてね」と千壽子。
「それで賀壽子ちゃんを呼んできて、話をして見てもらって、どうも生き霊絡みのようだということまでは分かったけど、その先がなかなか見えない。どうしようか、などと言っていた所で、さっきの火事騒ぎで」
「そうなんだよ。相手の正体が私の力ではよく見えない。この犯人は巧妙だよ」
と賀壽子。青葉はその探索に自分のパワーだけ使われていた。
「私が見るしかないみたいね」と菊枝が言った。
「皆さん、この部屋にいてもらえますか? 千壽子さんに賀壽子さんまでいるし、千壽子さんのお友だち2人もいれば、ここでは相手も手が出せないでしょう。青葉ちゃん、一緒に来て」
「はい」
「私たちは?」と真穂が訊くと、菊枝は
「真穂ちゃんと未雨ちゃんもここにいて。真穂ちゃん、みんなを護ってね」
と言って意味ありげに微笑む。
その瞬間、菊枝が真穂の心の目を開けたのを青葉は見た。
「えー?私が何するの?」
「変なのが来たら騒いで。そうしたら千壽子さんか賀壽子さんが何とかするよ」
と菊枝は言った。
『だってここにいるメンツの中では真穂ちゃんがいちばん力あるもん』
と菊枝が心の中でとても小さな声でつぶやいたのを青葉は聞いた。それはとても小さな声だったので、青葉以外には聞こえなかったであろう。
菊枝と青葉は本館3階の自分たちの部屋に戻った。
「何をするんですか?」
「霊視をするけど、その前にまず潔斎するから、青葉ちゃん見張ってて欲しいの。潔斎している間は私無防備になっちゃうから」
「分かりました」
部屋には一応小型の浴室が付いている。菊枝はここで水垢離をするつもりなのだろう。
菊枝が青葉の見ている所で服を脱いだ。
女子高校生の引き締まった肉体を青葉は憧れの目で見た。菊枝は何か言おうとしたがやめて、そのまま浴室に入る。青葉は正座して目を瞑って心のセンサーの感度を上げた。
感度をあげたせいか、浴室にいる菊枝の様子まで見える。豊かなバスト、くびれたウェスト。そして股間の茂み。そこにはもちろん変なものはぶら下がっていない。いいなあ。私も高校生頃にあんな身体になっていたい。そんな気持ちがした。菊枝が微笑んだ気がした。
その時、青葉はハッとして、その方向に注意を払った。
何かの触手のようなものが、目立たないように天井の鉄骨に沿ってやってくる。行くか?いやまだだ。青葉は心を無にして静かにその触手の動きを追った。
触手はやはり菊枝を狙っているようだ。
水垢離する菊枝の方を目指して伸びていく。
青葉はすっくと立ち上がった。
その動きに触手がビクっとした動きをする。青葉はそれまでオーラを消していたので、幼女でもあるし、気付かなかったか、あるいは無視して良い存在と思っていたのだろう。しかし青葉はわざとオーラを最大限に放出した。
突然現れた強烈な存在に触手は先にこちらを攻撃すべきと判断したようであった。向かってくる。
その瞬間、青葉はイメージの中で昼間美鳳から受け取ったばかりの「剣」を取り出し思いっきり振り下ろした。その時、昨日千里が虎をモップで殴った時の様子を思い描いていた。
悲鳴に似た痙攣を起こして、触手は、引き延ばしたゴムが戻るような感じで戻って行った。切り落とされた先端がブルブルっと震えている。
「そいつは私に任せて」
と浴室から出てきた菊枝が言った。
菊枝は氷の容器のようなものを両手の上に作り、その中に触手の先端を閉じ込めてしまった。
「捕獲完了。しかし青葉ちゃん、凄いもの持ってるね」
「ある所で頂きました」
「でも手間が省けたよ。これで呪詛を掛けた奴が分かる」
菊枝は正座して何かの印を結ぶとその結界に閉じ込めた触手の先端に向かって何かを念じていた。
「分析終了」
と言って菊枝は笑顔になる。そして持っていた荷物の中からブリキの箱のようなものを出すと、その中に触手を結界ごと収めた。結界は50cm四方ほどあったのに対してブリキの箱は5cm程度しかなかったが、結界がちゃんと箱の中に入るのを見て「へー」と思う。
「これはお茶の箱だよ。お茶の葉の香りが抜けないように入れておくんだけど、霊的なものが漏れないように入れておくのにも便利」
と菊枝が微笑んで言う。
「あ、いいな」
「じゃ、青葉ちゃんにも何個か送ってあげる」
「あ、お願いします」
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