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■寒里(5)
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(c)Eriko Kawaguchi 2013-02-18
菊枝は服を着ると青葉と一緒に新館のスイートルームに戻った。そして舞花の父とふたりだけで和室の方に籠もり、しばらく話をしていたが、やがて一緒に出てくる。舞花の父は何やら難しい顔をしていた。
「全部納得行きました」と越智純之介は言った。
「それでこの件の処理は、山園菊枝さんと川上青葉さんに全面的にお任せすることにしました。協力して頂きました皆様にも、きちんと御礼を致します」
と続けて語る。
菊枝は笑顔で賀壽子に言う。
「そういう訳で、この件の処理には、青葉ちゃんが必要なので、3日ほど貸してください」
「分かりました。よろしくお願いします」
自分も含めて青葉も関わってしまった以上、きちんと処理を終えないとやばいことを賀壽子も認識していた。
菊枝は今度は青葉を連れて和室に入り、今回の件について説明した。
「今度の事件は、社長一家が狙われているから、会社の業績を妬むとか越智さんの会社に仕事を取られた会社の経営者から恨まれたりとか、そういうのを想像していたのだけど、よく考えてみると被害は女性、特に奥さんに集中しているんだよね」
「恋愛ですか?」
「そ。奥さんにも言えないけど、社長には2年ほど前まで付き合っていた愛人がいたんだよ。こんなこと小学1年生に話していいのかな、私」
「あ、だいたい分かります」
「そして妊娠していたんだけど、中絶してくれと言われて中絶して。でもその経過が良くなくって。その人、子供が産めない身体になっちゃったの。って、こういう話、分かる?」
「えっと、あんまりよく分からないけど、何となく。そんな感じのドラマを母がテレビで見てたから」
「ああ。メロドラマにありがちだよね」
「じゃ、その元愛人さんが恨んで?」
「そういうこと。だから奥さんにいちばん被害が来た。それと自分が子供を産めなくなったことで、その子供たちにも」
「そんなの悪いの社長さんなんだから、社長さんを恨めばいいのに」
「だよねー。でも理不尽なんだよ、恋愛って」
「でさ。この件は女が集中的に攻撃されるから、私この件の処理をする間、男装するから」
「ああ。菊枝さんの男装って格好よくなりそう」
「だから、青葉ちゃんも男装して」
「えーーーー!?」
「女の子の格好のままじゃ、私も青葉ちゃんを守り切る自信が無いんだよ」
「分かりました。まさか北海道で男装するハメになるとは・・・」
翌朝、青葉は午前中に菊枝と一緒に町の洋服屋さんに行き、男物の服を調達した。いったん旅館に戻ってから着替える。長い髪は菊枝がまとめてアップにしてくれて、それで帽子をかぶって誤魔化した。
「男の子としても格好いいじゃん」
と菊枝に言われる。
「やだなあ、こんな格好」
と青葉は本当に嫌そうな顔をしている。
真穂や未雨は学校で男装の青葉を見ているが、それでも学校では髪を長くしているので、髪をまとめて本当に男の子に見えるようにした青葉を見るのは初めてである。
「へー。可愛い男の子だ」
などと言って真穂は青葉にさかんにタッチしていた。
「下着も男の子?」
「うん」と言って青葉はうつむく。
男物の下着を着けているのは菊枝も同様だが、青葉は今までそれだけは絶対嫌と言って拒否していた男物の下着を着けて少し落ち込み気味である。
越智さん一家は夕方札幌に戻るということであったが、青葉たち一行は旅館をお昼前に出発する。2台の車に分乗して、まずは岩手に帰る賀壽子・未雨・真穂を送って新千歳に向かう。
菊枝・青葉に未雨が乗っている車が先行し、真穂に賀壽子・千壽子が乗っている車が後ろを走っていたのだが、途中、苫小牧付近まで来た時であった。未雨が「あれ?後ろの車が来てない」というので、脇に寄せて停めて少し待つのだが、なかなか来ない。
「まさか道に迷ったとか?」
と言って菊枝が真穂の携帯に電話してみた。
「あ、菊枝さん。今電話しようと思ってました。ちょっと事故っちゃって」
「えー!?」
向こうの車のドライバーの女性によると、目の前に突然何かが飛び出してきたような気がして急ハンドルを切ったため、道路脇のクッションドラムにぶつかって止まったらしい。
「怪我は?」
「誰も怪我してないです。クッションドラムだから何も壊してないけど、車の方は、前がへこんで、左の前照灯がカバーごと割れちゃいました。修理しないと夜間走れない」
「昼間は走れる?」
「ええ。この程度の修理は保険使うと、等級下げられてよけい損だから自費で修理するって言ってますけど、とりあえずの走行には問題無いみたいです」
「その修理費用は越智さんに出させるからって言ってあげて」
「えー? これもしかして、呪詛絡み?」
「当然」
「怖〜。やはり拝み屋なんてするもんじゃないですね」
と真穂は言ったが、菊枝はきっとこの子は良い拝み屋さんになりそうと思って微笑んだ。
後続の車は15分ほどで追いついてきたので、その後また2台で新千歳まで行く。そして駐車場に入れようとした時。
「あれ?」と菊枝や青葉が乗った方の車のドライバー。
「バーが上がりませんね」
「ええ」
駐車場のゲートの所で駐車券を取ったものの、バーが上がらず、中に入れないのである。
「やれやれ」と菊枝は溜息を付いた。スタッフを呼んだら、どうも故障のようだということであった。ここでまた15分くらい食ってしまった。
賀壽子たちが乗る飛行機には充分時間的余裕があったので良かったが、やはりかなりの妨害が入っている感じだ。
「賀壽子さん、花巻空港からは自動車でお帰りになるんでしたね」
「ええ」
「慎重運転で行って下さい」
「うん。これはどうもかなり来てるね」
「なんか見境無く攻撃してきてる感じですよ」
菊枝は真穂にも声を掛ける。
「真穂ちゃん、助手席に乗って気をつけてあげて。こういう時、助手席に人がいるのといないのとでは、注意できる範囲が全然違うから」
「分かりました」
「それとこれ。御守り」
と言って菊枝は鈴をひとつ真穂に渡した。
「ありがとうございます」
千壽子の友人2人は、ひとりは釧路の人、ひとりは函館の人である。函館の人はそのまま帰ることにするが、車が事故で壊れた釧路の人は、いったん千壽子と一緒に千壽子の家がある江別に行き、そこで車を修理してから帰ることにした。
(この付近の地理を簡単に説明すると、札幌の南方に千歳・苫小牧(とまこまい)があり、登別(のぼりべつ)温泉は苫小牧の西南西50kmの所にある。札幌から旭川方面に向かう途中に江別・岩見沢などがある。ちなみに千里は留萌(るもい)に住んでいて、あの日はたまたま一家で旭川まで出てきていた。留萌は旭川から西北西80kmほどである)
それで菊枝と青葉、千壽子は釧路の人の車に乗って札幌方面に向かった。市内のとある神社で降ろしてもらう。青葉は菊枝と一緒にその神社にお参りした。
「うまい具合にここの神社の御祭神が、私が高知で良く行っている神社の御祭神と同じなんだよ。ここで少し力を借りる。こういう呪いの類いは霊能者個人の力では無理。神仏の力を借りないと」
「これ、向こうは独力で呪いを掛けたんですか?」
「そうだと思う。賀壽子さんは巧妙だと言ってたけど、それは道具立ての問題で、呪いの掛け方自体は素人っぽいんだよね」
「へー」
「それでも強力なのは、たぶん元々霊的な力のある人だからだよ」
「ああ」
この日はもう夕方近くになってしまったので本格的な調査は明日にしようということになったが、それでも菊枝はまだ一家が帰宅していない越智さんの家の所に行ったり、愛人さんが以前住んでいたという場所、越智さんの会社の本社、そして工場とタクシーを使ってまわり、最後は越智さんが愛人さんと度々会っていたというホテルにも行った。菊枝はそれぞれの場所で何かしていたようであった。青葉はそのことについては質問などはせずにじっと見守っていた。
しかし男の格好で行動していると、困ることもある。
取り敢えずトイレをどうするかは問題だった。菊枝は堂々と男子トイレに入って(個室で)用を達していたが、青葉は男子トイレに入るのが躊躇われた。菊枝からは「女子トイレに入って、痴漢だって通報されても知らないよ」と言われたものの地下街で晩御飯を食べた後、トイレに入りたくなり中座した時、トイレの男女表示の前で迷った末、『だって私は本当はこっちだもん』と思い、女子トイレに入ってしまった。
ちょっとドキドキする。ふだんは普通に女子トイレを使っているものの、男装している状態で入るのは初体験だ。しかも、もし咎められたりして服を脱がされたら、下着も男物だし、身体も男なのだから、言い訳のしようもない。
でも、幸い?中には誰もいなかったので、いつも通り個室に入り、ズボンを下げ、男物のブリーフを下げて便器に腰掛ける。ふっと溜息を付いた。こんな格好で何日過ごさなきゃいけないのかなあ。今日だけで終わるといいなあと思う。用を達してから、いつも通りあの付近をペーパーで拭く。それからあれとあれを普通に収納してブリーフを上げ、ズボンを上げた。
流して個室を出て手を洗っていたら、女の子がひとり入って来た。いや実は最初男の子が入って来たかと思ってギョッとしたのだが、よく見ると女の子のようであった。彼女はパンツルックだし、髪もショートカットである。
「あれ?」
「あ」
それは一昨日集会で会って、青葉のことを変態とか犯罪者予備軍とか言っていた少女だった。
「へー。あんた、今日は女の子の服着てないのね」
「ちょっと都合があってね」
「しかも女子トイレ使ってるし」
「それはいつものことだよ」
「ふーん。常習犯なのか」
「<犯>じゃないけど」
すると少女はトイレの入口のドアを開けるといきなり叫んだ。
「きゃー!! 女子トイレに男がいます!!」
ちょっとぉ!
青葉もさすがに焦った。菊枝と連絡を取ればフォローしてくれるだろうけど、結構面倒な目に遭いそうだ。困ったな。こんなことで足を引っ張ることになったら叱られる。だいたいトイレの件については注意されていたことだ。
すぐに女性の警備員の人が飛んできた。
そして中にいる、変態呼ばわりした少女と、青葉を見比べる。
そして・・・・警備員さんは、変態呼ばわりした少女の手を取ると
「君、ちょっと来なさい」
と言って連行していった。
「違う、私違う。男はあっちだよぉ」と少女は言うが「話は事務所で聞くから」
などと言われている。
あぁ。。。こういうのを人を呪わば罠ふたつとか言うんだっけ?それとも天に向かってツバメだっけ?などと思いながら、青葉は微笑んでトイレを出て、食事をしていたお店に戻った。
その日は市中心部付近のホテルに泊まるが、宿泊者カードに菊枝は、原田菊雄・葉助と書いた。あはは。男名前で宿泊することになるとは。
菊枝が男っぽい声でフロントとやりとりをしていると、フロントの人が「ご兄弟ですか?可愛い弟さんですね」などと言う。うーん。未雨の「弟」というのは良く言われていることだが、ここでは菊枝の弟になってしまった。
「そうだ。坊や、お菓子あげるね」
と言って、フロントの人はウェルカムスイーツっぽい、チョコ菓子をくれた。
「ありがとうございます」
と言って青葉は受け取った。
部屋に入ると、フロントでもらったのと姉妹品かなという感じのお菓子が置かれていた。とりあえずお茶を入れてお菓子を頂く。
「だけど全然無関係の偽名使うんじゃなくて、菊枝さんの菊の字と私の葉の字は残したんですね」
「そうそう。だから、今夜もまたきっとあいつがここに来るよ」
「じゃ、これ罠なんですか?」
「うん。私と青葉ちゃんはその罠の餌」
「きゃー」
「そもそもこの件、青葉ちゃんと一緒にすることにしたのは、ひとつは青葉ちゃんのその凄まじいパワーが援軍に欲しいからだけど、もうひとつは一度私たちを狙ってきた以上、きっとまた来るから、その時青葉ちゃんひとりだけだったら、対処できないかも知れないと思ったからだよ」
「できません」
と青葉は答えた。
「現に昼間も車にいろいろ仕掛けて来たしね。私たちのグループは完全にあいつの標的の一部になってる。手っ取り早く解決したいとところだよ。今日夕方から調べただけでも、かなり相手の居場所を絞り込めたんだけど、向こうからアクセスして来てくれたら、その後の手間が省けるから」
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