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■春練(7)

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「あれは“十里”が使っていたのを一時千葉のマンションに持って行って、名古屋に引っ越す時に名古屋の中村区のマンションに移して、そこも引き払ったから、青葉が尾久のマンションに移したよ」
と《きーちゃん》が言う。
 
「尾久にマンションがあるんだっけ?」
 
「2LDKSのマンションで、1部屋を筒石さん、1部屋をジャネちゃん、サービスルームを千里が使って、そこに緩菜の神殿を設置している。緩菜の神殿が主目的だから千里が家賃を払っている。そのサービスルームに楽器を積み上げている」
 
「ふーん。じゃ今度、日本に戻ってきてからでいいから、一度そこに私を連れていってよ」
「OKOK」
「取り敢えず、そこにアルトフルートが無かったか見てきてくれない?」
「確かあったはず。宿舎に持って行けばいい?」
「うん。お願い」
 
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西湖はふたりの会話内容がよく分からず首を傾げて聞いていた。
 

「そういえば葉月ちゃんはプールにでも行ってきたの?」
 
「行こうと思ったら、今日お休みだったんです。それでどこか泳げる所がないかネットで調べようかなと思って。私、1日から3日までお休み頂いたんですよ。3日は学校があるから放課後だけですけど。その間に少し水泳の練習しようと思って。来週、学校で水泳大会があるんですよね」
 
「へー。葉月ちゃんも結構泳ぐの?アクアはかなり泳ぐみたいだったけど」
「アクアさん凄いですよね。高校に入った頃は全く泳げなかったらしいのを去年の映画撮影していた時は2〜3往復泳げるようになったと言っておられたし、今は600メートルくらい泳げるらしいです」
「あの子も努力の子だからなあ」
 
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「私は小学1年生の水泳の授業で溺れかけて、その後、君は泳がなくていいからといわれてずっと見学だったんですよ。それで全く泳げなかったのですが、こないだの世界一周から戻った後24-26日の3日間お休みだったのでその時初心者教室に参加してとりあえず25メートル泳げました」
 
「それは凄い」
 
「だからもっと練習してもう少し泳げるようになれないかなと思って」
「葉月ちゃんも努力の人だね〜」
と千里は言ってから、
 
「きーちゃん、今日使えるプールでどこか空いている所知らない?」
と隣の女性に尋ねた。
 
「ちょっと待ってね」
と言って、きーちゃんと呼ばれた女性はスマホを見ている。
 
「**町のプールが割と空いているよ。夏休みの終わりだから、どこも混んでいるけど、ここはまだマシ。一応泳げる程度には空いている」
 
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「じゃそこ行こうか。私が少し泳ぎの指導してあげるよ」
「わっ。すみません」
 
「千里、水着持ってるの?」
「あるよ」
「さすが」
 
「醍醐先生も泳ぐつもりだったんですか?」
「私はその日必要になるものは全て分かるんだよ」
「すごーい」
 
「でも千里、合宿は?」
「代理を置いて来たから平気」
「ああ」
 
実は今日は《すーちゃん》が千里3の代理をしているので、千里1の練習相手は《びゃくちゃん》が代行しているのである。
 
「きーちゃん、今、用賀の駐車場には何が駐まってる?」
「ごめーん。あそこ解約したんだよ。経堂にはアテンザが駐まっているよ」
「じゃ経堂まで行こう。葉月ちゃんは自転車、私はジョギングね」
「大丈夫ですか?」
「まあ日本代表選手はそのくらい鍛錬だよ」
 
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それで西湖は自転車、千里はジョギングで経堂に向かった。きーちゃんと呼ばれた女性は用賀駅に向かい、そこから尾久に回るらしい。
 
ほんの5分ほどで経堂の駐車場に到達する。西湖は自転車を駐車場のブロックにチェーンで留めさせてもらう。千里のアテンザに同乗して東京郊外、**町のプールまで行った。
 
「料金は私が払います」
 
と西湖は言って、自販機で「大人女性300円」というボタンを2回押してチケットを2枚取り、1枚を千里に渡した。
 
それで受付を通り、女子更衣室に入る。なんか2人で入る時は1人の時よりあまりドキドキしないなあと西湖は思った。
 
隣同士のロッカーだったのでそこを開け、着換えなどを置く。そしてTシャツとショートパンツを脱ぐと、水着姿である。千里はいったん裸になってから水着を着たが、その裸体がまぶしく思えた。つい「いいなあ」と思ってしまった。
 
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「どうした?」
「千里さん、凄く均整が取れて美しいなあと思って」
 
プールの中で声を掛け合う時は「西湖ちゃん」「千里さん」にすることにした。
 
「スポーツで鍛えているから手も足も太いけどね」
「でも凄く女らしいです」
 
「ちんちん無いし」
「女の人にちんちんは無いです!」
 
「女子高生にもちんちんは無いよね」
と千里が言うと、西湖はドキッとする。
 
「でも西湖ちゃん、女の子のヌード見ても興奮したりしないでしょ?」
「慣れてしまいました」
「だろうね」
 
「だからボク、男の子に戻れるかどうか自信無いです」
「ああ、たぶん無理」
「うっ・・・」
 
「そろそろ覚悟を決めた方がいいと思うけどなあ」
「やはりそうなります〜?」
「男だとバレずに4ヶ月もったの自体が奇跡だよ」
「そうかも」
 
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「女の子になっちゃっても何とかなるでしょ?」
「それはそんな気もします」
 
「まあ取り敢えず泳ごうか」
「はい!」
 

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人はそこそこいるが、先日行った時の世田谷区のプールに比べると随分少ない。これならたっぷり泳げるかなと西湖は思った。
 
一緒に準備体操をしてから「泳いでみてごらん」というのでプールに入ってから泳ぎ出す。息継ぎが苦しくなって17-18mのところで立ち上がってしまった。
 
「西湖ちゃん、最初は良いんだけど息継ぎした後、首が起きてる。それで身体が曲がってしまって浮力が失われている」
「それ指導員の先生にも言われました」
 
「それを意識して直さないといけないなあ。首を沈めるのって勇気が要るけど、そうすることで浮くことができる。女子更衣室でおどおどしていたら不審がられるけど開き直って堂々としていれば、西湖ちゃんレベルの子なら何も怪しまれない」
 
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それって同じなの〜?
 
「頑張ります」
「私が泳いでみせるから、特に息継ぎの後をよく見てて」
「はい」
 
それで千里が泳ぐのをプールサイドを歩きながら見ていた。
 
力強い泳ぎだ。
 
さすがバスケットの日本代表だなあと思う。
 
スピードも物凄く速い。たぶん西湖の5倍以上の速度だ。
 
そして息継ぎを見ているが、千里は1,2,3,4ではなく1,2,3,4,5,6,7,8で息継ぎをしている。すごーい!と思う。確かに指導員の先生も本当は8つ数えて息継ぎした方がいいとは言っていた。西湖はそこまで息をもたせる自信は無い。
 

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千里の泳ぎを見ながらイメージトレーニングしたので、その感じで西湖も泳ぐ。あ、何とか息継ぎの後、体勢が立て直せた気がした。確かにこれは“勇気”だよなあと思った。
 
それで結局この日西湖は千里の指導で25mは確実に泳げるようになったのである。泳ぎの速度も最初からするとかなり上がった。やはり姿勢が崩れていたので速度も落ちていたようである。
 
「明日もやろう」
「はい!」
 

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それでその日はまた千里のアテンザで用賀のアパートまで送ってもらい、また明日午前中にここに来る約束をした。
 
(実際に帰りのアテンザを運転したのは《えっちゃん》である)
 
そして9月2日(日)、千里(本当はえっちゃん)がアテンザで用賀のアパートまで迎えに来てくれたので一緒に乗って昨日と同じ**町のプールまで行く。
 
それで千里(合宿所から抜け出してきた千里3)に教えられて水泳の練習をする。この日は飛び込みの練習をした。
 
飛び込みはわりとすぐに覚えた。
 
「ここのプール浅いからあまり角度つけて飛び込まないでね。プールの底で頭を打ったら、一生病院のベッドの上だよ」
「気をつけます!」
 
飛び込み台から飛び込むには本当は1.3mの水深が必要とされるのだが、実際にはほとんどの公共プールが1m程度しか水深が無い。1.3mで作ると小学生が立ちあがっても息ができず危険だからである。
 
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ちなみに西湖の学校のプールはプール底が可動式になっており、授業の時は浅くして、高体連の大会などで使う時には深くしている。
 

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ターンは9月3日の放課後に練習した。
 
原理を言葉で説明した上で、千里が何度か模範演技を見せてくれた。その後で実演するが、うまく回転できないし、プールの壁をうまく蹴れない。
 
それで「はい」とターンするタイミングで声を掛けてもらい、千里が西湖の身体を捉えてきちんと回転させてあげる。それを数回やっている内にまずは回転の要領が分かるようになり、やがて声を掛けられなくてもタイミングが分かるようになってきた。
 
「だいぶうまくなったね」
「ありがとうございます。凄くいい感じになってきました」
 
それで飛び込み台から飛び込み、向こう側の壁でターンして戻ってくるというのをやる。これで西湖は立ち上がったりせずに(体力が続く限り)ずっと泳いでいられるようになった。
 
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「西湖ちゃん、体力はあるんだね」
「やはり日々ハードな仕事をしているお陰だと思います」
「確かにアイドルなんて体力がないとやってられないもんね」
 

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かなり練習が進み、あとはスピードアップが課題だね〜、などと言っていた時にその事故は起きた。
 
西湖は泳いでいる最中に何か違和感があったものの、取り敢えず泳ぎ終えてから確認しようと思った。それで結局25mプールを6往復(300m)した所で水からあがる。
 
ところが水からあがった途端、千里がギョッとした顔をして
「西湖ちゃん、水に戻って!」
と言った。慌てて戻るが、千里は更に言った。
 
「お股が大変」
「え!?」
 
それで触ってみて西湖もギョッとする。
 
タックが外れてしまい、水着のお股の所に盛り上がりができているのである。
 
「きゃー!どうしよう?」
 

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「立ち止まってたら変に思われる。1コースに行こう」
「はい」
 
1コースは水中歩行用なのだが、この時間帯、幸いにも誰もやっていない。西湖が1コースまで行ったら、千里も水の中に入った。
 
一緒に歩きながら小声で会話する。
 
「それいつ接着したの?」
「接着は世界一周の前にやって、その後数日おきにメンテしてました」
「最後にメンテしたのは?」
「8月31日かも」
「たぶん飛び込みとかターンとか激しい動きを水中でしていたから弛んじゃったんだろうね」
「う・・・」
「プールって塩素も入っているし、泳ぐ前後にはメンテが必要かもね」
「今後気をつけます。でもこれどうしましょう?」
 
「そのまま女子更衣室に行ったら痴漢で通報されるだろうね。その前にプールサイドで悲鳴をあげられそうだ」
 
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「何かで隠してって訳にはいきませんよね?」
「お風呂とかで外れたのなら、タオルで隠せるんだけど、プールじゃタオルとかも使用禁止だしなあ」
「手で押さえていたら目立ちますよね?」
「物凄く目立つ。それ脇から手を入れて何とか直せない?」
 
西湖は試してみたのだが、手が入らない!
 
「手が入りません!」
「うーん。。。」
 
肩紐を外して少し水着が下げられないか試してみたのだが、水中では水着はズレないようである。泳いでいる最中に外れたりしないような造りになっているようだ。
 
「水からあがったらズレるんだろうけど」
「でもその前に悲鳴あげられますよね?」
 

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千里は考えるようにして言った。
「いっそのこと一時的に女の子の身体になっちゃう?」
 
西湖はドキッとした。
 
「そんなことができるんですか?」
「そういう秘法があるんだよ」
 
西湖は4月に心電図検査をされた時“誰かが”西湖の身体を女の子の身体に変えてくれて、夜中の0:01になった所で男の子の身体に戻ったことを思い出した。
 
「それ、可能であるならしてもらえませんか?」
「女の子になっちゃってもいい?」
「後で男の子に戻れるんですよね?」
「それは可能。これ使って男になったり女になったりしてる人いるから」
「へー!」
 
むろん羽衣のことである。羽衣は会う度に男になっていたり、女になっていたりすると千里は思った。まあもっとよく分からないのは丸山アイなのだけど・・・
 
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「だったらお願いします。これ万一通報されたりしたら、とんでもない騒ぎになっちゃう。事務所にも迷惑かけるし、私はたぶん退学だろうし」
 

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