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■春練(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-09-30
 
「さてこんなものかな?」
と天月湖斐は用意した道具を見て言った。
 
「西湖ちゃん、君がもっと生きやすいようにしてあげるね」
と言って湖斐は楽しそうであった。
 
「そろそろ、“肝油ドロップ”効いてきてるかなぁ。私娘が欲しかったのよね〜」
 

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西湖は母からちょっと来てと言われて劇団事務所に行った。
 
「あんたが女子高生を演じるのにおちんちんをいつも体内に埋め込んでいるというのを桜井先生が聞いて心配してさ、ちょっと血行障害とか起きてないか診せて欲しいというのよ」
 
「それ最悪そういうことになっても精子は保存しているから大丈夫だよ」
 
と西湖は言ったのだが、母に言われて結局一緒に母の友人である桜井ルミが院長をしている病院に行った。桜井レディースクリニックと書かれている。女性専用の病院に入るのはちょっと抵抗があるなあと思ったが、ともかくも少し待合室で待たされた後、診察室に入った。
 
「え?女の子なの?」
「いえ、偽装しているだけです」
と言って、西湖は不本意ながら除光液を使ってタックを解除した。
 
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「上手に隠しているねぇ」
と桜井先生は感心したように言い、それから西湖のおちんちんやタマタマを触っていた。サイズを定規やスパゲティを量るもののような感じの穴の開いたプラスチックのプレートで測っている。揉まれて「痛たたた」と声をあげた。
 
「これ、おちんちんもタマタマも既に機能喪失しているね」
「あらら」
 
やはりそうなのか・・・だからボクのおちんちんは立たないんだろうな、と西湖は思った。機能喪失しても構わないとは思っていたのだが、医師にそう診断されるとややショックである。
 
「どうしたらいいの?ルミ」
と母が訊く。
 
「機能喪失したものを身体につけておくと敗血症とか起こすこともあるし、癌化することもあるから、取っちゃおう」
 
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え!?
 
「それがいいかもね。じゃお願い」
「じゃ西湖ちゃん、手術しておちんちんとタマタマ取っちゃおうね」
 
「ちょっと待って」
「このままにしておくとよくないのよ。大丈夫よ。ちんちんとタマタマを取るだけなら1時間くらいの手術だから」
 
え〜〜!?
 
と思ったものの西湖は麻酔を打たれて意識を失った。
 

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目が覚めた時、西湖はベッドに寝ていた。
 
「あら、気がついた?」
と母が言った。
 
「えっと・・・手術は?」
「成功したよ。もう西湖の身体に害毒を流すものは全部取っちゃったから安心してね」
 
母がナースコールをすると桜井先生が入って来た。
 
「じゃ傷口を確認しましょう。3日くらいはシャワーもお風呂も禁止ね。その後はシャワーはしていいけど、お風呂に入るのは1ヶ月くらい我慢して」
などと言いながら、お股のところに巻かれた包帯を解いていく。
 
そしてお股が露わになった時、西湖は息を呑んだ。
 
おちんちんもタマタマも無くなっている。代わりに縦のスリットがある。先生がそれを指で開いて説明する。
 
「ここがクリちゃん。ここがおしっこの出てくるところ。ヴァギナは無いけど、結婚する前には造るからね」
 
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「これ、まるで女の子みたい」
「そうだね。女の子とほとんど同じだよ」
と先生は言う。
 
「西湖、もう女の子と同様だし、そもそもあんた女子高生だし、戸籍の名前も西湖から聖子に変えちゃおうよ」
 
うっそー!?と西湖は思った。
 
そしてそこで目が覚めた。
 

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起き上がってから、まだ心臓が速く脈動しているのを感じながら、西湖は自分のお股を確認した。
 
普通にタックされている。割れ目(とじ目?)は接着されていて開くことはできない。指を入れてみて、おちんちんが存在することを確認した。
 
あ、でも少しほつれかけている。ちゃんとメンテしなきゃ、と思って西湖は奥側の「とじ目」が少し外れかけているのを接着剤を使って補修した。接着してから2分くらい手で押さえておく。これでだいたい接着できる。
 
でも最近メンテさぼったりしてるなあと西湖は思った。高校に入ってから「義務教育ではない」こともあり、学校を途中で呼び出されることが増えている気がする。世界一周の時には撮影で疲れていたこともあり、半分くらいまで開い(ておちんちんが見えてい)た所で気付いて、慌ててしっかり補修した。
 
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万一全部外れてしまった場合、その外れた時にいた場所次第では大変なことになるぞと西湖は思い、ちゃんと毎日チェックしなきゃと思った。
 
ちなみに母は看護師の資格を持ってはいるものの(それで怪我した時に母に応急処置をしてもらったこともある)、桜井というお友達の女医さんなどというのは存在しない。いったいどこから桜井なんて名前が出てきたんだろうと西湖は思った。
 

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2018年10月15日。
 
淳が性転換手術をしてから33日後。
 
和実が妙にはにかんだような顔をして寝室に入ってきた。その様子があまりにも可愛くてドキッとする。まさか求めてるのかな?まだとてもセックスには応じられないんだけどと淳は思ったのだが、和実は思わぬことを言った。
 
「私、できちゃったみたい」
「は?」
 
「お医者さんに行ったら、妊娠6週だって」
 
「和実、妊娠できるの〜〜!?」
 

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男の娘だったはずの和実が妊娠したという話に、淳はこの件に付いてクロスロードの仲間に相談した。集まってくれたのはこういう面々である。
 
冬子、あきら・小夜子、青葉、千里(千里2)、桃香、和実の姉と母
 
「病院の先生に私があらためて話を聞いてきたのですが、物理的には和実は腹膜妊娠しているそうです」
と淳は言う。
 
「腹膜妊娠は分かるけど、そもそもどこから卵子が来た訳?」
と小夜子が疑問を呈する。
 
「希望美ちゃん(2016.7.7生)の卵子は和実から採ったんでしょ?卵子があるんだから妊娠する可能性もあったんだよ」
と桃香が言う。
 
「DNA鑑定したけど、希望美は確かに私を父とし、和実を母とする子供であるという結果が出ています」
と淳。
 
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「やはり和実には卵巣があるんだと思う」
「じゃ半陰陽だったの?」
 
その件に付いて、和実は「自分はハイティング代数的に妊娠している」と主張した。数理論理学専攻であった千里が解説したが、その解説内容を理解した人は皆無だった。
 
「だから多分今、和実は『妊娠している』という状態も『妊娠していない』という状態も成立していないけど『妊娠しているかしていないかである』という状態は真なんだよ」
 
と千里は説明するが、部分的にもそれを理解したのは、青葉と淳くらいだった。
 

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「要するに物凄く曖昧に妊娠しているんだ!?」
と冬子。
 
「希望美ちゃんの時もそうだった。希望美ちゃんは代理母さんのお腹の中で曖昧な状態で存在していたから、ある手法で何とかこちらの世界に連れてきた。つまり希望美ちゃんが存在する確率を強制的に1に変更したんだよ」
 
と青葉は言っている。
 
「そんなことをしたのか・・・」
 
「だから多分和実は妊娠中、そして出産の時もあれと同様のこと、いや多分もっと大変なことをしなければいけないと思う」
と青葉。
 
「フェイの妊娠(2016.8-2017.3)とも似てるね」
と千里が言う。
 
「そうそう。あれもほんとに大変だった。でもフェイは小さいながらも子宮があったから何とかなった」
 
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「青葉、千里、この通りだ。何とか和実をメンテして、出産まで辿り着かせてほしい」
と淳が頭を下げて言う。
 
「もちろんそのつもりだよ」
と青葉は言った。千里も頷いている。
 

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「でも私、実は男の子が子供を妊娠して出産したケースを知っているよ」
と千里が言った。
 
「え〜〜〜!?」
 
「6年ほど前に大阪でそういう事例があったんだよ。物理的には腹膜妊娠だったんだけど、本人は自分は見えない子宮で妊娠していると言っていた。生まれた子は五体満足。元気に育っている」
と千里は言った。
 
「それは和実のケースと似ている気がする」
 
「前例があるから、充分ちゃんと生まれる可能性はあるよ」
と千里、
 
淳が言った。
 
「実は今掛かっている病院の先代院長さんが、昔1度腹膜妊娠の女性を担当したことがあって、無事生児を得たらしいんです。その子も全く異常がなく、今は東大生だそうです」
 
「それは心強い」
 
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「もしそこの病院に掛かるなら、その先代院長さんが張り付いて見守ると言ってもらっている」
 
「でも死亡率も高いし、先天異常がある可能性もあるんですよね?」
とあきらが心配して言う。
 
「和実は中絶は絶対拒否と言っています。そのために自分が死んだとしても悔いはないし、異常のある子が生まれてもその結果を自分は引き受ける。だから、このまま10ヶ月見守ってくれと言っています」
と淳が言う。
 
「私が和実でもそう言うと思う。だって、これはとんでもない奇跡だもん」
と青葉。
 
「だから私、全力で和実を守るよ」
と青葉は付け加えるように言う。
 
「10ヶ月見守る必要はない。8ヶ月くらいまで行った所で帝王切開して取り出せばいいと思う」
と冬子が言う。
 
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「そうそう。フェイの時と同じ方式。実は6年前の大阪の例も8ヶ月で帝王切開している」
と千里。
 
「やはりその一手だろうね」
 
「では和実の妊娠はこのまま見守るということで」
 
「ちー姉、ふたりで交替で見守ろうよ」
「まあそれでないと、私たちが身が持たないね」
 

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少し時間を戻す。
 
西湖(今井葉月)は夏休みの間は7月23日から8月23日に掛けてアクア主演の映画『80日間世界一周』の撮影のため、アクアや大林亮平などと一緒に実際に1ヶ月かけて世界一周の旅をしてきた。
 
これまで何度も両親に連れられて海外旅行をしてきている西湖にとっても今回の旅は一生忘れられないかもという旅になった。そもそもこんな長期間国外に出ていたのは初めてである。
 
ところで西湖は学生である。取り敢えず女子高生である。当然学業があるわけだが、学校では6月中旬から水泳の授業が始まっていた。アクアが通うC学園は都心部にあるのでプールは特殊棟の地下1階に造られているが(地下2階は体育館“乳香”)、西湖の通うS学園は郊外に立地しているので、プールは地上1階である。一応女子高であることもあり、外部から覗き見されないようにするためもあって屋内プール(ついでに温水プール)になっており、2階は第2体育館である。
 
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しかし西湖は仕事が忙しすぎて、この6月中旬から始まった水泳の授業に全く出ていなかった。しかし8月23日に帰国して24-26日はお休みにしてもらったので、少し練習しようと思った。水泳用水着は春に入学の時に買っているので、取り敢えず自宅アパートで身につけてみる。
 
女子用水着なんて着けるのは初めてなので、けっこう不純な動機でドキドキする。あの付近が少し熱くなる感覚もある(大きくはならない)。でもボク女子高生なんだから、女子用スクール水着くらい着けないとね。アクアさんだって女子用水着を着てたし、などと思っている。ところが・・・
 
きつい!
 
特に胸がきついのである。
 
あれ〜〜!?ボク太ったかなあと思う。
 
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まだ1度も使ってないのに〜。
 
でも小さい水着では辛い。仕方ないので買い直そうと思う。
 
水着は学校のマークとかも付いていないふつうのスクール水着なので、適当なお店とかで買えばいいかな?と思った。
 

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それで西湖は自転車で近くのスポーツ用品店に行ってみた。
 
水着コーナーに行くと、何か格好いい水着があるなあと思う。見てみると値段が34,500円と書かれているのでギョッとする。
 
かっこいい訳だ!!
 
それでしばらくその付近を見ていたら、店員さん(女性)が寄ってきた。
 
「水着をお探しですか?」
「はい。持っていたのが少しきつくなったので」
「なるほどですね。やはりFINA認定の水着ですか?」
「フィ??」
「国際水泳連盟です。水泳の公式大会に出る時はFINAが認定したバーコード付きの水着を着用することが必要なんですよ」
 

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