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■春宮(4)
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こういう子たちが、西湖に色々物をくれることもあった。おやつなどはよくもらう。北海道の白い恋人、青森の八戸煎餅、岩手のかもめの玉子、京都のおたべさん、伊勢の赤福、金沢の中田屋のきんつば、広島のもみじ饅頭、博多の通りもん、長崎のカステラ、鹿児島のかるかんなどなど。
稲荷寿司ももらう。それも様々な流儀の稲荷寿司があって、西湖は、稲荷寿司にもこんなに色々あるのかと思った。
洋服をもらったこともある。
「君可愛いからこれあげる」
と言ってワンピースをもらってしまったのだが、着てみたら凄く可愛いので、結構気に入ってしまった。
5月上旬には宝くじを1枚もらった。それで自分が持っていても仕方ないしと思ってワルツにあげたら、後から
「西湖ちゃん、あの宝くじ、2等の100万円当たってた!」
と言われてギョッとした。
西湖はそれはワルツにあげたのだから100万円はもらっておいてと言ったのだが、ワルツはそういう訳にはいかないと言い、結局50万円ずつ山分けした。西湖はそのお金の一部で稲荷寿司を50個とコーラの2Lサイズを2本買ってきて、白銅の鏡の前にお供えしていたら翌朝にはどちらもきれいに無くなっていた。
6月中旬、学校に提出する書類に保護者のハンコが必要だったので、事務所に言って時間を空けてもらい、西湖は劇団の事務局まで行った。
「なんか久しぶりだね」
などと母が言う。
「ほんとに会えないね!」
「あんたが家に居ないから、うっかり郵便物取りに行くの忘れてて、こないだ携帯代の請求書に気がつかなくて、停められちゃった」
「自動引落しかクレカ払いにしときなよぉ」
「あ、そうだ。少し洋服買ったからあげるね。こちらも忙しくてなかなかそちらに持って行けなくて」
「公演前は大変だよね〜」
黒部座は3月までの『リア王』が好評のうちに終了し、現在7月から公開する『夏の夜の夢』に向けて練習を重ねている所である。この期間、劇団若手の人気女優である山北リルカなどはその間隙を利用してテレビドラマにも出演していた。
なお、黒部座(くろぶざ)は元々シェイクスピアゆかりのグローブ座を漢字で表記したもので、シェイクスピアの演目を得意とする。座長(西湖の伯父)は、いづれ西湖に『お気に召すまま』のロザリンドをやらせたかったらしい。
ロザリンドは、劇中で男装した上で女役をするという複雑なキャラである。シェイクスピアの時代は女優が居ないので、男性の俳優が女性のキャラを演じ、そのキャラが男装して女役をするという三重性転換をしていた。現代では女優さんが演じることが多いが、座長は西湖にシェイクスピア時代のままの設定でやらせたかったらしい。しかしその実現はほぼ困難になりつつある。
西湖はこの劇団に小さい頃から何度も出演しているが、初舞台で演じた《いやじゃ姫》以来、女の子役が多い! それで劇団の多くのファンから少女女優と思われているふしがある。
母が買ってくれた服を見ていたが、むろん全部女の子用の服である。それも可愛い服が多くて西湖は苦笑するのだが、中にズボンが1着あった。
「あ、ズボンだ」
「まあ少しはあってもいいかなと思ってね」
「中学卒業した後はドラマの撮影とか以外では全然穿いてなかった」
「まあ制服で済むことが多いだろうしね」
「そうなんだよね〜。学校で話していても、私服があまり無いって言ってる子が多いよ。田川元菜ちゃんとかも、私服ってパジャマくらいしか無いって言ってた」
「ああ、あの子も忙しそうだもんね」
それで西湖は穿いてみたのだが、前の開きがダミーであることに気付く。
「これ布が重ねてあるだけで、実際には開きは無いんだね」
と西湖。
「まあ女の子は前の開きは使わないからね」
と母。
「ボクも、中学校に入った頃以来、全く使ってない」
「あんたの下着は中学に入った時点で全部女の子用にしてしまっても良かったかもね」
「ボクサーとか穿いてたのが遙かな記憶なんだよね〜」
「ちんちん使わないなら切っちゃう?」
「切らない、切らない」
「でもタマタマはもう取ったんでしょ?」
「お母ちゃん、あれ酷いよ。勝手に去勢手術の予約とかして」
「だって早くタマタマ取らなくちゃいけないと思ったし。取った感想は?」
「手術はキャンセルして帰ってきた」
「なんで〜?」
「ボク男の子やめたくないよぉ」
「どうせあんたは女の子として生きるしかないと思うけどね。それなら男性化を停めなきゃやばいもん」
と母は言っていた。
2018年4月、青葉(主人公である)は、大学3年生になった。今年の夏になるともう就職活動を始めなければならない。学業と、ほぼ断っているのにそれでも依頼が舞い込む霊的な仕事、それに上島先生の事件で今年は超ヘビーになってしまった作曲の仕事まであり、青葉は今年は大変な1年になるなと思っていた。
その中で「退部届けを出しているのに」受理されないので不本意に参加している水泳部の活動で、まずは4月3-8日に東京に出てきて辰巳水泳場で日本選手権水泳に参加した。これに出場するのはK大水泳部では、青葉だけである。ひとりだけなら、参加パスしてもいいんじゃないかとも思ったのだが、全国大会で会った他校の水泳選手の友人たちに会うのも楽しみだったので、青葉は出てきた。一応往復の交通費は部費からもらったのだが、宿泊費については「姉の所に泊まるからいいよ」と言って辞退した。
「お姉さんの所ではなくて、彼氏の所に泊まるのでは?」
「えっと・・・」
実際には大会中はずっと桃香のアパートに泊まっており(結果的に早月の世話まですることになる)、4月8日(日)に大会が終わってから彪志の所に1泊して月曜日に金沢に戻ることにした。
今回は女子800mで4位、1500mでは3位で銅メダルをもらっている。実は2位以内なら東京パンパシフィックまたはジャカルタアジアの日本代表に選出される所だったのだが、これを免れて助かった!と青葉は思った。
これだけ忙しいのに日本代表とかまでやっていたら死んじゃう!と青葉は思ったのである。
なお女子800m,1500mで優勝して金メダルをもらい、堂々の日本代表に選出されたのはジャネである。大会の終わった後、青葉はジャネと一緒に居酒屋で打上げをして、祝杯をあげた。
「ジャネさん、義足の調子はどうですか?」
「快調、快調。ほんとにいい義足を紹介してもらったと感謝してるよ」
「それなら良かったです」
「でもこれもう5代目なんだよ。半年で使い倒してしまうんだよね」
「ジャネさんの活動量なら仕方ないですよ」
「研究所でも耐久性について検討してみたらしいけど、耐久性をあげることで自然さが失われて不快になったり足の切断面の所に炎症とか起こしたら本末転倒というので、本体素材に関してはほとんど変更してない。足底の部分を少し丈夫な素材に変えたみたけど耐久性に大差無かったから結局元に戻したみたい。丈夫な素材はヒビが入ると物凄く不快になったし。柔らかい素材なら亀裂ができてもそんなに問題無い」
「そうでしょうね。やはり丈夫だけど心地よくないというのは問題だと思います」
「水着なんかもレース用の水着は数回でダメになるしね」
「あれ困りますよね。お金の無い人は良い水着を使えないですよ」
「全く全く。私はあの事件のおかげで水着代と遠征費用は心配無くなったけどね」
例の呪われた歌の事件で、うちのミュージシャンが作った歌が原因になって大きな事件になった罪滅ぼしにと、ΘΘプロのシアター春吉社長がジャネのスポンサーになってくれたのである。実際には支援金の半分はステラジオが出しているらしい。
もっともジャネ自身は被害者なのか加害者なのか微妙という気はする。
「あ、そうだ、忘れる所だった」
とジャネは言った。
「はい?」
「筒石がさ、家賃5千円のアパートに住んでるんだけど」
「5千円!?いったい広さはどれだけですか?」
「2DK」
「あり得ない。筒石さん、何市でしたっけ?」
「新宿区」
「都区内なんですかぁ〜〜〜?それで五千円?」
「笹台駅から歩いて20分」
「ちょっと待って下さい。あんなに駅と駅の間隔が無い所で歩いて20分って隣の駅に着いちゃいそうな気がするんですけど」
「それが複雑な路地を通り抜けた先にあるからさ。歩くと本当に20分掛かっちゃうんだよ」
「そんな場所があるんですか・・・」
「私はそんな駅から20分も歩きたくないから、こちらに出ておいでと言って新宿駅の近くで会ったりするんだけどね」
「結局、ジャネさん、筒石さんと付き合ってるんですか?」
「セックスしてるだけだよ。付き合っている訳では無い」
「セフレですか?」
「それに近いかもね。お互いにメリットあるし」
「まあ“マラさん”はセックス我慢できないでしょうね」
「だって楽しいじゃん」
と明らかに違う口調のジャネが答える。
「そうですね」
「まあそれでさ、本題だけど」
と元の口調のジャネが言う。
「はい」
「出るらしいんだよ」
青葉はため息を付いた。
「その値段なら出るでしょうね」
と青葉は投げ遣り気味に言う。正直、この手のものに一々関わっていてはとても身が持たない。
「ちょっと青葉ちゃん、見てあげられない?」
「私が見る必要もありません。引っ越した方がいいです」
「やはりね〜」
「私が請求する相談料でもっとまともなアパートの家賃が払えるよと言ってあげてください」
「そうするか」
「ジャネさんはそのアパート見られたんですか?」
「見てない。駅から20分も歩きたくないもん」
「あぁ」
「それに私が見るより、こういうのは《餅は餅屋》だと思ったし」
「ジャネさんも充分凄いと思いますけどね」
筒石はジャネから言われて引越には同意したものの、引越先選びを青葉に見てもらえないかとジャネを通して連絡してきた。筒石と青葉の関係なら直接電話してきてもいいと思うのだが、女子と電話するのが恥ずかしいらしい。意外にシャイな性格のようだ。依頼料はジャネが払ってくれるらしい。
筒石は基本的に豪快な人なので、性別など気にせず会話できるように思っていたのだが、水泳一筋のスポーツマンだから、女の子と話すのも実は苦手なのかもと青葉は思った。
それで青葉はゴールデンウィークに東京に出ていく予定があったので、その時、ジャネに連絡して、アパート選びに付き合おうと思った。
ところが、いつも青葉の後ろにいる《姫様》が
『千里にも付き合ってもらえ』
と言った。
『ちー姉に?』
『あの半幽霊女(ジャネ)が言ってたろ?ソバはソバ屋って』
『餅(もち)は餅屋ですか?』
『それそれ』
(幡山ジャネは2つの魂がひとつの身体を共有しており、青葉はその2人を《マラ》《マソ》と呼んでいる。“マラソン”由来の名前である。水泳大好きのマソの方は普通の?人間だが、歌が大好きで男も大好きというマラは2010年に死亡しており、現在は幽霊である)
『2番さんですよね?』
『3番でもできるが、2番の方が、青葉が楽だろ?』
『言っていいことと、いけないことを区別する必要がないですからね』
それで青葉は千里2に問い合わせてみた。
「WBCBLは5月5日に開幕するんだよ。アメリカの5月5日昼12時が、日本の5月6日夜中1時に相当する。だから7月までは、平日は夜22-25時、土日は午前2-11時が不可。それ以外ならいい」
と千里2は言っている。
「アメリカの祝日は?」
「5月28日Memorial Day, 7月4日独立記念日」
青葉は千里が言った時間帯を表にしてみた。
「アメリカ東部夏時間で4月30日月曜日の夜中12時から朝8時までと、少し間を挟んで昼13時から夕方17時まで、日本時間に直すと5月1日水曜日の昼13時から夕方21時までと、夜中の2時から朝6時までとかどう?」
「その間を挟むのは私のチーム練習の時間帯なのね?」
「そうそう」
「いいよ。日中に見て見当をつけておいて夜中に確認しよう。でも私が練習に出ている時間帯も青葉は眷属でもいいからその物件の所に置いておいて監視しておいてね」
「もちろんそうする」
開始をアメリカ時刻の夜12時にしたのは、千里は自分の時計で19時から24時くらいまで寝ていると言っていた気がしたからである。
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