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■春宮(2)
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そのアルトが居る場所に、西湖が事務所からの書類を持参したりする場合もある。西湖は学校が終わった後(しばしば早退して!)桜木ワルツや河合友里の運転する車(水色のミラココア−これは西湖送迎専用として設定されている)で放送局やスタジオなどに行く時、そのワルツや友里から書類を渡されるので、仕事が終わった後、タクシーでその書類をアルトが居る場所に届けてから、またタクシーで帰宅するということをしていた。逆にアルトから色々物を言付かることもあった。
(西湖はアクアのリハーサル役なので、ドラマの撮影など以外ではアクアより早く上がれることが多く、あまり非常識な時間にはならないことが多い)
水色のミラココアで西湖がリハーサルに行き、1〜2時間遅れでその場所に白いアクアに乗ったアクアが入るというのが基本的なパターンである。アクアが入るのと入れ替わりに西湖を乗せたミラココアは次の番組のリハーサルが行われる放送局に移動する。ミラココアを運転する桜木ワルツや河合友里と、アクアを運転する緑川志穂や高村友香がハンドフリーの携帯で連絡を取り合う。つまりアクア1人のために毎日2台の車と西湖も含めて3人(総勢5人)のスタッフが動いているのである。むろんそれ以外に山村がかなり多忙に動き回っている。
ワルツは昨年春頃は主としてアクアのマネージャーだったのだが、最近はむしろ西湖のマネージャーと化している。実は自身のタレントとしての給料より西湖のサポート役としての報酬の方が遙かに高い。
西湖たち§§ミュージックのタレントは、スタジオや放送局などに出入りする時は、きちんとした服装をしておくように事務所からは厳命されており、基本的には学校の制服である。
それで仕事が終わった後、アルトの所に行く時も、S学園の制服、当然女子制服を着ている。それでアルトから言われた。
「葉月(ようげつ)ちゃん、最近いつも女子制服着てるね。お仕事で女子高生の役が多いんだっけ?」
「いえ、これ自分の高校の制服です」
「ああ、通っている学校の女子制服も作ったのね」
「というか、うちは女子高なので」
「え!?葉月ちゃん、女子高に入ったの?」
「そうなんですよ。参っちゃったんですけどね」
「じゃ女子高生になっちゃったの?」
「はい」
「葉月ちゃんって、女の子になりたい男の子だったんだっけ?」
「別になりたくないですけど、ここ以外全ての高校の入試に落ちたので、ここしか行くところが無くて」
「それにしてもよく、女子高生として入学を許してもらったね」
「父が特別面談に付いてきてくれて、たとえ女でなくても、女でないとは夢にも思われないようにして3年間過ごさせると言って、学校の先生たちも納得しちゃったので」
「何それ〜?」
「私もよく分かりません。父は女形(おやま)修行と言ってましたが」
「漫画にはある話だけど」
「私も漫画の中でしかあり得ない出来事と思ってました」
「でもそれ先生たちはあなたのこと、女の子になりたい男の子だと誤解していたりして」
「そんな気はしないこともないです」
アルトはしばらく考えていた。
「私も女子高を出てるけどさ、女子高のスキンシップって凄いよね」
「凄いですね。私も最初は驚きましたけど、だいぶ慣れましたよ」
「慣れたってことは・・・女の子に抱きつかれたりしても、あそこ大きくなったりしなくなった?」
「あ、それは最初から割と平気です。自分は女の子だと暗示を掛けてますから、同性に抱きつかれても何も感じません」
「葉月ちゃん、その学校を卒業しても男の子に戻れなかったりして」
「男の子に戻れる自信無いです」
「あぁ」
「第一、これだけスキンシップとかして、体育の着替えの時も身体測定の時も裸を見せ合っていたのに、実は男でしたとか言ったら、私、同級生たちから殺されると思います」
と葉月は言う。
「じゃ性転換して本当の女の子になってしまうしかないじゃん」
「それか性転換しなくても一生女で通すかですね。私どっちみち女優扱いだし」
「それ睾丸があったら絶対無理。どうしても男性化していく」
「父からは25歳までには去勢しろと言われました」
「え〜〜〜!?」
西湖の学校では5月中旬に2日間掛けて球技大会が行われた。各クラス(20〜50人程度)でいくつかの種目のチームを編成し、トーナメントで各々優勝を目指す。
クラスは中等部が6クラス×3学年で18クラス、高等部は8クラス×3学年で24クラス、合計42クラスだが、バレーボールは1クラスで複数チーム出した所もあり、50チームも参加したので、
1回戦→2回戦→3回戦→準々決勝→準決勝→決勝
と最大6試合を経て優勝クラスが決まることになった。卓球はダブルスだが、100チームくらい出たので4回戦までやって、準々決勝・準決勝・決勝となった。
種目としては、バレー、バスケット、ソフトボール(これは参加クラスが少ない)、卓球の4つ。バレーとバスケットは第1体育館、卓球は第2体育館で、ソフトは校庭で行われた。
西湖はバスケットに出たが、普段の芸能活動で仕事をこなすのに体力を使っていることもあり、最後まで走り回ることができて、パスやボール運びなどで結構貢献できた。もっともシュートはほとんど入らず、1回戦で2ゴール4点、2回戦で1ゴール2点、準々決勝でも1ゴールとフリースローで合計3点取っただけである。そこで負けてしまったが、西湖は準決勝の審判をすることになり、更に30分ほど走り回ることになった。
(基本的に負けオフィシャル方式である)
「聖子ちゃん、体力あるね〜。私は3試合やっただけでクタクタ」
と言っているのは聖子と一緒にバスケットに出た浅井童夢である。彼女は身長が164cmあり、比較的長身なのでジャンプボールもしていた。
「毎日ドラマとか歌とかの仕事してるからだと思う。童夢ちゃんこそ、身体が大きいから体力ありそうなのに」
と西湖は言う。西湖は158cmである。
「その身体が重たくて」
「ああ・・・」
「私体重が53kgもあるし」
「その身長で53kgはむしろ軽いと思う。童夢ちゃんの身長なら、多分標準体重は60kgくらいだと思うよ」
「標準体重ってそんなにあるんだっけ!?」
「日本のタレントさんとか、痩せすぎの人が多いからね。ヨーロッパだとBMIが18未満だとモデルができないんだよ。日本だと軒並みアウト」
「確かに異様に細い人いるよね」
と言ってから童夢は訊いた。
「アクアちゃんと聖子ちゃんのBMIは?」
「アクアさんは156cm 40kg BMI 16.4、私は158cm 46kg BMI 18.4。私はギリギリヨーロッパの規制に掛からないけど、アクアさんは完璧にアウト」
「似た体格かと思ったけど、体重差かなりあるね!」
「おっぱいとか、お尻のお肉の分かも」
「なるほどぉ!」
と言ってから童夢は小さい声で訊いた。
「でも男の子は、おっぱいが無い代わりに、おちんちんとタマタマがあるよ」
「あれ、どのくらいの重さなんだろう?」
「ただ本当にアクアちゃんに、おちんちんがあるのかは疑問がある」
「見たことはないけど、付いてると思うけどなあ」
「タマタマはもう無いよね?」
「それもあると思うけどなあ。見たことはないけど」
「見てたらやばいよね」
「普通他人には見せないからね」
「聖子ちゃん、アクアちゃんからもし求められたら応じなさいとか言われてたりは?」
それに対して西湖は答えた。
「無い無い。それにアクアさんは多分性欲が無いんだと思う。恋愛もよく分からないと言ってる」
「ああ、そうかもね」
と納得するように言ってから、童夢は更に訊いた。
「睾丸取っちゃったから、性欲も無くなったとかは?」
睾丸とかいう単語をよく発音するなあと思いながら西湖は答える。
「おそらくは生まれつきなんだと思う。アセクシュアルとか言うんだよ」
「へー!」
西湖が§§プロと契約したのは2015年5月である。(それ以前は契約しないままスポットでお仕事をしていた)
最初はただの事務取扱代行だったのだが、2016年春に本契約に移行し、§§プロのホームページにもタレントとして載るようになった。その当初の給料は月額20万円であるが、2016年中に何度も改訂され、2017年春には200万円になっていた(実はアクア・紅川・コスモス・ゆりこ・みちるに次ぐ高給取りである)。それでそれまで健康保険は父の会社(劇団黒部座は株式会社になっていて団員は社員である)の健康保険の被扶養者になっていたのが、西湖の年収では被扶養者にできないと指摘され、単独で国民健康保険に移行することになった。
西湖はこの手続きを2017年春にするが、本人は中学生なので実際の手続きは母が代行してくれた。
「新しい健康保険証、もらってきたよ」
と言って、母は西湖にカード型の保険証を渡した。
「ありがとう」
と言って西湖は受け取ったが、あまり病気をすることもないので、その保険証は全然使用しないまま、自分のポーチのポケットに入れておいた。
西湖は小さい頃から両親のロケハンに同行して、何度も海外に出ている。
幼稚園の頃から、韓国の慶州(キョンジュ)、中国の桂林(グイリン)、タイのチェンマイ、イギリスのエディンバラ、イタリアのフィレンツェやヴェネツィア、アメリカのブロードウェイなどと行っているが、実は「今度はお前が発生した場所の西湖にも行ってみよう」などと言っていた時期にタレントになってしまったので、自分の名前の由来となった地・中国の西湖は(生まれてからは)未踏である。
そういう訳で西湖は5歳の時、2007年11月2日に最初のパスポートを作り、2012年に更新したのだが、それは2017年11月2日に期限切れとなった。
2017年8月18-20日に映画『キャッツアイ』のロケで香港に行った時は、まだ有効期限が2ヶ月以上残っていたので、そのパスポートで渡航している(香港の入国には滞在日数+1ヶ月以上有効期限のあるパスポートがあればよい)。
しかし今回『八十日間世界一周』の撮影に同行するので、西湖はパスポートの期限が切れているのなら新しいのを取ってくれと言われた。
ここで失効してから6ヶ月以内のパスポートがあれば、それを本人確認書類にできるのだが、申請しようとしたのが6月だったので、既に半年以上経っていて使えなかった。それで西湖は健康保険証と生徒手帳を本人確認書類として使用した。
ここでパスポート申請の際に提出・提示した書類は下記である。
・一般旅券発給申請書(5年)
・戸籍謄本
・パスポート用写真
・健康保険証
・生徒手帳
未成年は5年のパスポートしか取れない。10年有効のものは20歳になってからである。
申請書には保護者の署名が必要なので、西湖は6月6日、劇団本部まで行き、母に署名を頼んだ。実際には母は《天月晴渡》と父の名前を書いた。その時、母は申請書を一通り見ていて、性別の所が、どちらにもチェックマークが付いていないことに気付いた。それで母は
「せいちゃん、性別のチェックが入ってない」
と言ってチェックを付けてあげた。
この時、西湖は
「あ、ごめん」
と言ったが、母がどちらにチェックを付けたのかをよく見ていなかった。
「これ写真が貼ってないけど?」
「パスポートの写真はサイズが厳密だから、写真屋さんに撮ってもらうよ」
「ああ、それがいいかもね」
それで西湖は劇団事務所を出ると、駅近くにあった写真館に入り
「パスポートに使う写真、撮って下さい」
と頼んだ。
ちなみに、西湖は学校が終わってからそのまま劇団事務所に来たので制服のままであった。西湖の通うS学園は女子校なので、西湖は当然女子制服を着ており、パスポート写真も女子制服姿になった。また西湖が持つ生徒手帳の身分証明欄も女子制服姿で写っている。生徒手帳の性別はむろん《女》と記載されている。そもそもS学園の生徒手帳で性別は最初から女と印刷されている。
それで西湖は書類を東京都のパスポートセンターに持って行き、窓口に提出したのだが、係員は書類をチェックする。
申請書には
天月西湖 アマギ・セイコ AMAGI SEIKO
性別女 生年月日 平成14年08月20日
と書かれている。
本人確認書類として提示してもらった生徒手帳には
天月西湖 S学園高等学校1年7組3番
性別女 生年月日2002年8月20日
と印刷されている。
(西湖は学籍簿に記載された「天月聖子」名義と、戸籍名の「天月西湖」名義の生徒手帳を持っており、提示したのは戸籍名の方だが、どちらも性別は女になっている!そもそも女子校のS学園で性別が男になっていたら偽造を疑われる)
国民健康保険証を見ると
氏名 天月西湖 アマギセイコ
生年月日 平成14年8月20日
性別 女
と印刷されている。
そして戸籍謄本(全部事項証明書)を見ると、両親の記載に続いて西湖の記載があり、このようになっていた。
西湖 平成14年8月20日 父:天月晴渡 母:天月湖斐 続柄:長男
係員はこれらの書類をひととおり見た上で
「問題無いですね」
と言った。
そして、旅券引換書を渡し、
「受け取りは6月14日以降になります。必ず御本人がこの引換書を持って、おいでください。その際、手数料として11,000円が必要です」
と言う。
「分かりました。ありがとうございます。よろしくお願いします」
と言って、西湖は窓口を離れた。
係の人は西湖の申請書類をクリアファイルにまとめて、入力担当者の机の上の棚に置く。この棚は上に置いて下から取る方式で、どんどん入力されていく。約5分後に、入力担当者は申請書をスキャナに掛け、パスポートの必要事項が自動的に入力された。担当者は目視でコンピュータが自動認識したデータと申請書が一致していることを確認。そのまま処理に掛けた。
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春宮(2)