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■春園(4)

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「その青葉ちゃんってのが、震災で親御さんを亡くして、朋子さんが養女にしたっていう人?」
と芽依さんが尋ねる。
 
今回、苗字が違うと面倒なので青葉は高園青葉を名乗らせている。ついでに千里も高園千里ということにしている。
 
「ええ。両親、祖父母にお姉さんまで5人、一挙に亡くなったんですよ」
「きゃー」
 
「亡くなった場所もバラバラで。祖父母は自宅ですが、お母さんは逃げる途中車ごと津波に呑まれ、お姉さんは学校に居て逃げ遅れて、お父さんは木材の売買をしている最中に崖崩れにやられたんですよ」
 
「わぁ」
「しかし悲惨だね」
「一家全滅みたいな所は結構あったようです
「ほんとに大変だったね」
 
「でもどういう縁で朋子さんに引き取られたの?」
 
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「私と桃香が震災直後のボランティアで行っていた時、避難所で縁があって保護したんですよ。最初は私と桃香が後見人になろうと言っていたのですが、後見人って親代わりだから、未婚の私たちが後見人になれば結婚の障害になると朋子さんが言って、代わりに後見人になってくれたんですよ。ですから私と桃香は姉代わりということで」
 
「そういうことか」
「だから、桃香と私と青葉は三姉妹ということにしています」
「ほほお」
「そんなこと言ってたら朋子さんまで自分も入れて四姉妹でもいいよと言ってましたが」
 
「それは年齢的に無理があるな」
と芽依さんは、にべもない。
 

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「でも保護した縁って?」
 
「最初は佐賀県にお祖父さんがいるというので、そこに送り届けたんです。でもそのお祖父さん自身とうまく行かなかったみたいで逃げ出してきて。東京に出て年齢ごまかして働くつもりだから、仕事を見つけるまでの当座の生活資金だけ貸してなんて言うもんだから、中学生が無茶言わない、と言って保護したんですよ」
 
「そりゃさすがに無茶だ」
 
「でも保護してから気づいたんですけど、青葉は元々私とも桃香とも遠い親戚だったみたいで」
「あら、そうだったんだ?」
 
「じゃ私たちとも元々の親戚?」
「ちょっと待って下さい」
 
と言って千里は考えている。
 
「えっとですね。どこか遠い所ではつながりがあるような気もするのですが、取り敢えず、青葉の母系統が私の父系統とつながっていて、青葉の父系統が桃香の母系統とつながっているんですよ。ここの高園の家は桃香の父系統ですから、直接は関係ないのではないかと思います」
 
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「親戚の親戚くらいの感じかな」
「そんな所じゃないでしようか」
 

千里は自分の財布の中から金色の《猿の根付け》を取り出した。
 
「これ、似たようなのを咲子さんが持ってますでしょ?」
と千里が言うと
 
「あ、そういえば見たことある」
と安子さんが言う。
 
「咲子さんの根付けはネズミなんです。私のはお祖母ちゃんからもらったものですが、そのお祖母ちゃんは自分の伯母さんからもらったという話で。咲子さんもお母さんからもらったらしくて」
 
「へー」
 
「5年前に咲子さんと会った時にこれに気づいて、これって元々姉妹か、あるいはごく親しい友人が持っていたものかもしれないねと言い合ったんですよ。材質が同じみたいで、細工の仕方とかも似てるんです。量産品の鋳金ではなく手作りの彫金(*3)で、造りがやや素人っぽいし、おそらく金属加工の趣味のある人が作ったものではと」
 
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「わあ」
「だから私と高園家もどこかでつながっているのかもしれない気がします」
 
「もう古い時代の親戚関係は分からないからね」
「そうなんですよね」
 

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(*3)金属工芸には大きく分けて鋳金・鍛金・彫金があり、他に七宝や細線粒金細工などがある。
 
一般に販売されている根付けの多くは型に金属(真鍮など)を流し込んで造る鋳金(ちゅうきん)である。彫金(ちょうきん)は金属の固まりを彫って形にしていく。鍛金(たんきん)は刀剣類などを作る技術で金属を金鎚などで叩いて伸ばしたり曲げたりして加工する。七宝(しっぽう)は金属製の下地の上に釉薬で絵柄を描き、高温で焼いて定着させるもの。
 
細線粒金細工は古代メソポタミアなどの遺跡から出土している美術品に見られるもので、細線や粒状の金属を地金の上に鑞接(ろうせつ:ハンダ付けの類)したもの。伸縮性の高い金(きん)を使って、細さ0.1mmくらいの物凄い細かい細工が施されており古代の工芸技術の高さが偲ばれる。現代では失われた技術。レーザーの無い時代にこれほどの細かい細工ができたのは驚異的である。物凄く精密な目の視力と指のコントロールが必要だし、鑞接する粒や線のサイズに合わせた鞴(ふいご)の細かい温度調整なども必要であったと考えられる。まさに神業。
 
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千里は22時半に旅館を出てバスを運転して斎場に他の人たちを迎えに行った。
 
57人の内、自宅に戻るのが土佐清水市内の6人だが、春彦一家3人が咲子宅に泊まり込み、春彦の家に芳彦夫妻と礼彦が泊まり込み、大阪組3人は別のホテルを取っていたので、旅館に泊まるのは残りの45人である。この内高校生以下の子を含む19人は既に旅館に移動しているので、この時運んだのは千里も入れて26人で、バスの定員ジャストであった。
 
「凄い。まるで最初から計算していたかのようにピタリと座席が埋まった」
などと満彦さんが感心したように言っていた。
 
やがて千里が車を出す。もうひとり大型を運転できる来彦さんは今日は大量にお酒を飲んでしまっている。
 
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「お姉ちゃん、運転うまいね」
と半分酔っている透さんが言う。
 
「大型二種免許持ってますから」
「バスとかトラックとかの運転手さんしてるの?」
 
「私、音楽関係の仕事してるので。ライブとかの荷物を運んだり、スタッフの移動とかに、しばしば借り出されるんですよ。人を乗せることがあるから二種取っておけと言われて取ったんです。実際に料金を取って人を乗せたことはないです」
 
「なるほどー」
 
「コンサートのスタッフとかしてるの?」
と秋子さんから訊かれる。
 
「いえ、制作側の手伝いなんですよ。名前は出せませんけど、某有名作曲家の助手をしているので」
 
「へー。なんか凄いね」
 

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青葉は千里が乗っている親戚たちと交わしている会話を聞いていて、ちー姉って実に様々な面を持っているんだなというのを考えていた。ちー姉の活動の全貌を知る人は誰も居ないのではという気もした。
 
バスケット選手(が本業だと本人は親しい人に言っている)で、作曲家で巫女でソフトウエア技術者(?)。最後のは実態が怪しいし、巫女は今は副巫女長というのも実質名前だけのようだけど。
 
自分や冬子さんはそのあたりまで知っているけど、いちばん近い所にいるはずの桃姉は時々巫女のバイトしているソフトウエア技術者で趣味でバスケしているくらいの認識かも、と青葉は思った。
 
まだ自分も知らない面もあるのだろうか??
 

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旅館に着いてから、お風呂に入る。
 
男性陣は軒並みお酒の飲み過ぎでダウンしており、禁酒している洋彦さんが
 
「男湯はがらがらだった」
などと言っていた。
 
それを聞いて笑美さんが
「だったら、男湯に入っちゃえば、のんびりと入れたかねぇ」
などと言って
「お母ちゃん、痴漢で逮捕されるようなのはやめてね」
と月音に言われていた。
 
ほとんどの女性親族に「女体初公開」となった清(さやか)さんは
「おっぱい大きいね」
「ほんとにちんちん取っちゃったんだ」
などと言われて、笑美さんや渚さんなどに随分触られていた。
 
「でも清ちゃん、小学生の頃にもこっそり女湯に入ってたよね」
と秋子さんに過去の犯罪?を暴露されると、彼女は真っ赤になっていた。
 
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お風呂から戻ると、もう夜中の1時を回る。朋子・桃香・彪志はお風呂にも入らず寝てしまっている。朋子は旅程で体力を消耗した上に亡夫の親戚との関わりで神経もすり減らしたようである。桃香は飲み過ぎでダウン、彪志は肉体労働をたくさんした上にかなり飲まされてダウンしていた。
 
それで結局千里と青葉が、部屋の隅で「お連れ様」と言ってコーヒー缶を開け、桃香たちの睡眠を妨げないように小さい声で話しながら、おやつをつまんだ。
 
「ちー姉、受付とかバスの運転とかお疲れ様」
「青葉もお疲れ様。だいぶ車で走り回ってたみたいね」
 
「うん。珠子さんと佑子さんが会場内でばたばたしてるんで、お使い関係は秋子さん・葵さんあたりが主としてやっていたんだけど、私や紗希さんはそのドライバー役で。紗希さんも運転うまいみたい」
 
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「へー。でも今日の様子見てたら山彦さんと風彦さんが元々仲良しで、北海道系と四国系は交流が多かったみたいね」
と千里は言う。
 
「そうそう。秋子さん(山彦の娘で高松在住)と笑美さん(風彦の娘で稚内在住)も同い年というので気が合うみたいで、ネットでつながっていていつもコメント付け合っているし、何度かお互いに訪問したと言っていた」
 
「それと洋彦さんと亡くなった桃香のお父ちゃんが仲良かったみたい」
「そうみたい。聖火さんは女の子ということもあり、独立派」
「たぶん潤滑油というか緩衝材だったんじゃないかな。山風派と洋光派の」
「かもねー」
 
「戦中派と戦後派で考え方の基盤が違うのかも知れないよ」
「内務省時代と建設省時代かな」
 
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「そうだ。こないだから聞きたいと思ってたんだけど、税務申告の時、節税のこと言ってたでしょ? ちー姉はどうやって節税してるのかなと思って」
と青葉が訊くと
 
「まずは会社を作ればいいんだよ」
と千里は言った。
 
「え!?」
 
「個人の所得だと最高税率は所得税と住民税を合わせて55%、ところが会社の場合は税金の種類が多くて面倒なんだけど、大雑把な税率を表す法定実効税率が35%くらいで、これを取り敢えず今年は30%に引き下げて、数年以内にもっと下げて20%代になる予定」
 
「じゃ会社を作るだけで税金が半分くらいになるわけ?」
と青葉が驚いたように言う。
 
「そう。ただし税金の計算はかなり面倒になるから全部専門家に計算させた方がいい。印税の入る月を考えた上での月次決算を作って管理しないといけないから専門知識を持っている経理担当をひとり雇うか、会計事務所とかに外部委託しないと無理」
 
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「それはやるよ」
「それから、会社を作って、売り上げを全部そこに付けた場合、自分はその会社から給料をもらって生活することになる」
 
「なるほど」
「その給料にも所得税がかかるから気をつけて」
「税金、二重取りされるの?」
 
「でも贅沢して、もらった印税とかをまるごと使ってしまったりしない限りは給料にかかる所得税はそう大きなものではないよ。会社に内部留保しておいて何か欲しいものがあったら会社の経費で落とせばいい。そもそも法人化しておくと、個人事業主では経費として認められにくいものが結構経費で落とせる」
 
「なるほど。行ける気がする」
 

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「ちー姉も会社作ってるの?」
「うん。フェニックス・トラインという会社」
 
「なんか格好いい名前だ。会社って3人いないと作れないんじゃなかったっけ?」
 
「株式会社は今は1人でも作れるようになった。合同会社にしたらもっと簡単。でも一応社会的な信用を考えたら、株式会社にして、募集設立して、取締役会設置会社にした方がいい」
 
「それどう違うんだっけ?」
「発起設立は発起人だけで全ての株式を引き受ける。募集設立は発起人が一部の株式を引き受けて、それ以外の株主を募集して設立する」
 
「えっと・・・」
 
「取締役会非設置会社は、いわゆる1人会社も可能。取締役会設置会社なら、最低3人の取締役が必要」
 
「ちー姉の会社は?」
「募集設立した株式会社で、取締役会設置会社。株主には高校時代の友人とかになってもらったんだよ。1株500円で」
 
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「ああ、500円なら出してくれるかも」
「毎年結構配当しているから、お得お得と言われている」
 
「ちー姉の会社なら配当大きそう」
「青葉もうちの株買う?」
「金額にもよる」
 
ちょっと3000万くらい買わない?とか言われそうだと青葉は思った。
 
「あと、うちの取締役は社長が私、専務はお母ちゃん、常務が美輪子叔母ちゃん」
「なるほどー。親族を取締役にするわけか」
 
「数人に分散して給料を払うことによって、会社の見かけ上の収益を落とすことができて、それも節税になる。これもみんなやってることだよ」
 
「それ結構節税と脱税のボーダーラインのような気がする」
「うん。あまり酷いと、本当にこの人は会社の仕事をしていて、それに対する報酬なのかと税務署に突っ込まれる」
 
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「だろうね」
 

「ちー姉、この後かなり忙しくなるよね?」
「うまい具合に今回は合宿の直前になった。昨日4日に40 minutesの運営会社を設立して。9日からはオリンピックに向けての第一次合宿。この後は8月まで、ほとんど時間が無くなる。青葉もうまい具合に新学期の始まる前だったんでしょ?」
 
「うん。2日に新入生の健康診断があって、7日が入学式なんだよ」
 
「この時期は高校生・大学生とかも来やすかったと思う。みんなが無理なく集まれるタイミングで死ぬなんて、孫・曾孫孝行なじいさまだ」
 
「それ言葉が間違っている気もするけど、みんな助かったね」
 
 
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