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■春輪(2)
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この時期、青葉は水泳のほうの北信越大会が迫っているので、合唱の練習は放課後最初の1時間であがらせてもらって、そのあと水泳部の方に行きたくさん泳いでいた。身体の姿勢にムダがあるというのを魚さんが指摘するので、そこを改善してスピードを上げられるよう練習を重ねていた。
その日はその水泳の練習も18時で切り上げて帰宅した。
「お邪魔してます」
と可愛い声で、可愛い服を着た長野龍虎(芸名アクア)が来ている。北陸方面の仕事があったついでに高岡まで足を伸ばして青葉のセッションを受けに来たのである。
「可愛い服着てるね!」
と青葉は正直に言ってしまった。
「こないだうっかり安物のTシャツと穴の開いたジーンズで近くのコンビニまで行った所を週刊誌に撮られちゃって、そのあと田所さんがうちに来てですね、ああいうあまりに安っぽい服を着られるのは困ると言って、私のタンスをチェックして安物のとかデザインに難のあるのとかの服を全部持ってっちゃったんですよ。そしたら、何か可愛い服しか残ってなくて。ズボンとかも、学生ズボン以外何も残ってなかったんですよ。だからここ数日、家の中ではずっとスカートで」
「それで今日もスカートなんだ!」
「今フェリシモで新しいズボンいくつか頼んでます」
フェリシモって・・・それ女性用なのでは?と青葉は思わず突っ込みたくなった。
「スカートで外出するのは構わないの?」
「それは別にいいよと言われました。こないだ『男の証明』やらされたから、しばらくは男の娘疑惑は出ないだろうと言われて」
「あれは災難だったね!」
アクアがあまりに可愛いし、声変わりもしていないので、実は去勢もしていて、おっぱいとかも大きくしているのでは?と疑われ、先日テレビ番組の企画で病院で検査を受けさせられて、男性器が確かに存在することを確認され、その後、まわしを付けて相撲まで取らされたのである。
もっとも対戦した力士はアクアを男の子とは思っていなかったようで
「え?うそ! まだ胸が無いから小学生の女の子かと思った」
などと言っていた。
そしてこの番組に対して、テレビ局にアクアのファンの女の子たちから凄まじい抗議の電話が入り、プロデューサーが企画は行きすぎだったと謝罪するハメになった。
ただネットでは
「やはりアクアちゃん、男の子なのね」
「ちょっと安心した」
「男の子だったら結婚したい」
などといった女の子たちの書き込みも大量に入っていた。
龍虎本人がまだしばらく声変わりはしたくないと言っているので男性ホルモンが上半身には効かないような流れを作っている。彼の男性機能はやはり小さい頃に大病をしたせいか、元々かなり弱い。それについては逆に活性化するようにしたので、龍虎は
「最近すごくオナニーしたくなるんです」
と言っていた。
もっとも詳しく聞いてみると、今まで月に1度くらいオナニーしていたのを最近週に1回くらいしてしまうということなので、性衝動も普通の男の子よりかなり弱いもののようである。
「男性ホルモンの量がやはり増えているみたいだから、バランス取るのに女性ホルモンの量も少し増やすね」
「はい」
と言ってから龍虎は
「それでおっぱい大きくなりますか?」
などと訊く。
青葉は彼の言葉に「不安」ではなく「期待」を感じ取ったので訊いてみた。
「おっぱい大きくなった方がいい?」
「いえ。まだ今のままでいいです」
「じゃ、胸には女性ホルモンが効き過ぎないようにしてるから大丈夫だよ」
と青葉は言ったが、彼は少し迷っている風。おっぱい大きくしようかどうか本人も悩んでいるふうだ。
「大きくするのはいつでもできるから。でもいったん大きくしちゃったら、元には戻せないからね」
「じゃ、しばらくはまだ男の子みたいな胸でもいいです」
龍虎は言った。
ふ〜ん。「まだ」「男の子みたいな」胸ね〜。
ユニバーシアード女子日本代表は6月24日から7月1日まで東京の味の素トレセンで練習を行い、2日に渡韓、3日にカナダとの練習試合をした後、5日から本戦に入った。千里はその途中、26日夜から27日朝まで外出して大阪まで往復してきて阿倍子の出産をサポートした。ただし実際に阿倍子が出産したのは28日の午後であった。
まだ東京で合宿をしていた6月30日のことである。同時期に行われていたフル代表の合宿に参加していた玲央美は千里を誘って夕食に行こうと思い、千里の部屋まで行った。トントンとノックするが返事が無い。
「千里〜、寝てる?」
と言ってドアを開けて中に入ると不在である。
ベッドはきちんと整えてある。千里にしても玲央美にしても、ベッドから出たらすぐ布団をきちんと直す癖があり、一度4人部屋で江美子・彰恵と泊まった時に「あんたら行儀いいー」と言われた。江美子などは抜け殻にするタイプだ。
「トイレでも無いよね?」
と言いながらユニットバスのドアを開けるが不在である。
「ちょっと席を外しているのかな」
などと独り言を言いながら、机の上をふと見ると、何とも不思議な小型の蓄音機??のような物が置いてある。
「何だ、これ?」
と言いながら手に取る。
玲央美はしばらくそれを見ていたが、たっぷり1分くらい眺めてやっとその正体が分かった。
「搾乳器じゃん」
玲央美はしばし悩む。あの子、随分以前に腹帯を持っているのを見たこともある。「ごめーん。妊婦ごっこ」と言っていたが、これは「授乳ごっこ」か?まあ、他人のことは言えないけど、あの子も変態だからなあ。あの子、実際には子供を産むことができないから、たまにこういう遊びをしたくなるのだろうか。
などと考えてから玲央美はふと、自分自身は結婚して(しなくてもいいけど)子供を産むのって、いつ頃になるんだろうと思った。バスケずっとしてたら産むチャンスが全然無い気もする。そもそも今まで恋愛なんてしたことも無かったからなあ。中学生の頃から、バスケしかしてないもん。でも千里って高校の時に出会った時に、既に細川さんと恋愛してたんだよな、と思ってハッと気づく。
そうだ! 細川さんの奥さんが一昨日だったか子供を産んだんだった。
ああそれで急に寂しくなって、こんなもので自分も子供を産んだような気分を味わっているのかなあ。奥さんが産気づいて動けずに苦しんでいたのを病院に運んであげたと言っていたし、その時、病院の売店で買ってきたのかも。
玲央美はそんなことを考えていた。
その時、ドアがバタンと開いて千里が入ってくる。
「あ、レオ」
「千里、食事行こう」
「うん、行こう行こう」
と言って千里は笑顔で玲央美と一緒に1階の食堂に向かった。
「ディーゼルのパワー、すげー!」
新車を買ったので取り敢えず記念走行で千葉から青森まで「ひとっ走り」した優子はアテンザ・ワゴンXD(2.2L Diesel 6MT)の走りに大満足であった。
彼女が津軽SAで休憩していたら、今到着したっぽい若い男の子3人組が中に入ってくる。そして優子が1人なのを見て声を掛けてきた。
「ね、ね、君、ひとり」
「ひとりだけど?」
「彼氏居ないの?」
「私レズだから」
「おっすげー」
「だから男の子とは付き合えないよ」
「でも君、この付近の子じゃないみたい」
「うん。北陸の方だけどね」
「車何?」
「赤いアテンザ」
「あ、何か走りそうな車だなあと言ってた所」
「ね、ね、福島あたりまで一緒に走らない?」
「走るだけならいいよ」
「じゃ飯食うまで待っててよ。あ、君は御飯は?」
「まだ」
「じゃ何かおごってあげるよ」
「まあ、そのくらいはおごられてもいいかな」
その日龍虎は(もちろん学生服を着て)学校に出て行くと、クラスの女子たちにつかまる。
「ね、ね、龍ちゃん、昨日のテレビ凄かったね」
「ああ、言われると思った」
「あのキスって本当にしたの?」
「寸止めだよ」
「やはりそうかぁ」
「それ議論してたんだよ」
昨日アクア(龍虎)が出演したドラマで、女子中学生役のアクアが友人の兄の男子大学生にキスされるシーンがあったのである。ここでアクアが同時に演じている男子中学生(女子中学生の兄)の方は、その妹の友人と割と良い仲という複雑な状況である。
「監督さんがやっちゃわない?と言ったんだけど、僕がまだ女の子ともキスしたことないのに、男の人とキスするの嫌ですと言ったら寸止めにしてくれた」
「やっぱり龍ちゃんって、女の子とキスしたいんだっけ?」
「ボクはノーマルだよぉ」
「ノーマルって普通に男の子が好きって意味?」
「女の子が好きだよ!」
「自分自身が女の子の格好をするのが好きだとか」
「違うよ!」
「でもこないだの夕方、龍ちゃんスカート穿いてコンビニに居た」
「それ困ってるんだよ。こないだ、ボクが破れたジーンズ穿いて歩いてたの週刊誌に撮られちゃったでしょ。そしたら事務所の人が来て『写真に撮られたら困るような衣類は撤去します』と言ってさ、古い服とか破れてるのとか、デザインに難がある服とか、全部持ってっちゃって。それで今ズボンが1本も無いんだよ。だから家ではスカート穿いてるんだよね。今通販でズボン何本か頼んでるから、それが来たらやっとズボンで外出できる」
「なるほどー」
「でもそれでスカートで出歩ける所が龍ちゃんだな」
「ボクの部屋、スカートとかワンピースとか可愛いのがあふれてんだよ。古くからの知り合いのお姉さんがよく送ってくるし、ファンの人たちから贈られてくる服が全部女の子のだし」
「ああ、女物の服を贈りたくなる気持ちは分かる」
「スカート姿は週刊誌とかに撮られてもいいの?」
「別に構わないと言われた。今時男の子がスカート穿いても変態じゃ無いしと」
「ふむふむ」
「お父さんのズボンとか穿けなかったの?」
「ウェストが違いすぎて無理」
「龍ちゃん細いもんねー」
「でも龍ちゃんのスカート姿って何も違和感無いもんね」
「ドラマで見せてる女子制服姿も全く違和感無いよね」
「そうそう。ふつうに女子中学生にしか見えない」
「あの制服、撮影が終わったらもらえないの?」
「そんなのもらっても困るよ!」
などと言っていたら、龍虎と小学2年生の時以来の親友の彩佳がバラしてしまう。
「龍はうちの学校の女子制服も持ってる」
「え〜〜〜!?」
「やっぱり女の子の制服着たいんだ?」
「だったら、それ着て学校に出ておいでよ」
「いやだからボクは別に女の子になりたい訳じゃないから」
「それならなんで女子制服持ってるのよ」
「要らないというのに、知り合いのお姉さんがボクのサイズに合わせて作って送って来たんだよ」
「何て親切な」
「着てみた?」
「着るだけは着てみた。サイズがちゃんと合うかどうか確認してと言われたし」
と龍虎。
「その試着を私見たんだよね。リボンの結び方が分からないと言うから教えてあげた」
と彩佳。
「私もその女子制服姿を見たい」
「今度1度それで出てきてよ」
「やだよー」
「じゃ、学校に持って来て、ここでちょっと着てみるとか」
「なんで〜?」
すると彩佳がまた言う。
「じゃ、私が龍のお母さんから預かって持って来て、学校でみんなで着せて鑑賞しよう」
「え〜〜〜!?」
「写真は禁止で。万一流出したらまずいから」
と彩佳は付け加えた。
ユニバーシアード本戦。
予選リーグC組を2勝1敗の2位で通過した日本女子は9日準々決勝に臨んだ。相手はD組1位のオーストラリアである。この日の対戦はこのようになっていた。
カナダ(A1)−チェコ(B2)
アメリカ(B1)−ハンガリー(A2)
ロシア(C1)−台湾(D2)
オーストラリア(D1)−日本(C2)
今回の日本代表のメンツは全員過去に何かの大会や練習試合でオーストラリアと対戦した経験がある。実際今回の相手チームの顔ぶれを見ても、千里が見覚えのある選手が何人も居た。しかしそれは向こうも同じである。お互いの手の内はだいたい分かっているので、真っ向勝負になると千里たちは思っていた。一応前夜に相手の中心選手の最近のプレイ映像を見て研究した。
試合は夕方20:30から始まる(韓国は日本と時差が無い)。
この試合に篠原監督は中核トリオ(絵津子・純子・絵理)を先発させた。SGを入れない構成である。彼女たちには前半で全部エネルギーを使い切るつもりで行けと言っている。実際彼女は頑張った。
先日のカナダとの練習試合では背の高さに負けた彼女たちだが、カナダ以上に長身のオーストラリア・チームにスピードとコンビネーションで対抗していく。3人を時々休ませるために出した王子や晴鹿も出て行く度に良い動きを見せた。それで前半は21-20, 16-15と接戦で進んだ。
後半、千里・江美子・彰恵の修士OG組を出す。向こうは千里を超危険人物と見て徹底的に千里をマークする作戦で来る。それでもその分手薄になった防御をやぶって江美子・彰恵が得点を重ねていく。それで第3ピリオドは20-21として合計でも57-56と1点差に迫る。
最終ピリオドはいったん彰恵を休ませて王子を出す。更に途中からセンターを下げて彰恵を戻し、ポイントゲッター4人による猛攻を掛ける。
これで相手を突き放すことに成功。このピリオドを14-27で大量リード。合計で71-83で快勝した。
これで日本はBEST4となり、準決勝に進出した。
準決勝、他の試合はカナダ・ロシア・アメリカが勝っている。つまり予選リーグを2位通過したチームで準々決勝に勝ったのは日本だけである。そして残る3つの国は無茶苦茶強いところばかりである。
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