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■春来(8)

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「うん。お勧めは滝行毎日30分最低2年」
 
などと千里が言う。青葉はそれちー姉がした修行?などと思いながら答える。
 
「という訳にもいかないから、最低限の防御のお手伝いをしようということなんだよ。それで模索しているうちに鍵が3つ必要だと思ったんだ」
 
「神話的トロイカだよね。天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神とか、天照大神・須佐之男神・月読神とか、火照命(海幸彦)・火須勢理命・火遠理命(山幸彦)とか」
と千里。
 
「それそれ。3って何か深い霊的な意味があるみたい。キリスト教でも三位一体があるし」
と青葉。
 
「観音菩薩・地蔵菩薩・不動明王が仏教的三位一体と言っていた人もある」
「それ、むしろ仏教的民間信仰でしょ」
「そうそう。父母子の三位一体」
「日本人にキリスト教の三位一体の話をすると、神・聖母マリア・キリストと答える人が結構いる」
 
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「まあ異教徒は間違うよね。聖霊って思いつかない。観音・地蔵・不動は男女子になってるけどね」
と千里が言うと。
 
「それ、その順序で男女子だよね?」
と青葉は確認する。
 
「そうそう。ふつうの人は不動=父、観音=母、地蔵=子と思う。でもオカルティストなら、観音=父、地蔵=母、不動=子と考える」
「だって観音様って、どう考えても男神じゃん」
 
「まあシヴァの要素が大きいよね」
「うん。アヴァローキテシュヴァラ」
 
「でも観音様って女神と誤解されがちなんだよなー」
「それどころか女性器のことを観音様ともいうし」
「あれは観音開きになるからだと思う」
「あ!そうだったのか!」
 
そんなことを言っていたら
「あんたたちの会話は高尚なのか低俗なのか、さっぱり分からん!」
と朋子から言われた。
 
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「そういえばこないだ行ったキリストの墓のところでイエスは越中の偉い人に弟子入りしたなんて書かれていたんだけど、ひょっとしてそれって押水に居たモーゼだろうか」
と青葉は唐突に思いついたことを言った。
 
「それはあるかもね。元々の越中って石川県と富山県をあわせた領域だから」
と母が言う。
 
「そうか。越の国が越前(福井県)・越中・越後(新潟県)に別れて、その後、越中から加賀が独立して、更に加賀から能登が独立したんだったね」
「そうそう」
 
「でもモーゼとイエスでは時代があまりにも違いすぎる」
「どちらも大昔ということで」
「それ時代を合わせるためにモーゼは500歳まで生きたことにしたんだったりして」
「500歳まで生きてもイエスの時代には届かないんだけどね」
「あまり分かってなかったんじゃないかなあ」
 
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千里はその日の最終新幹線(新高岡1959→2252東京)で帰って行った。
 
そして青葉は千里からもらった黄色い石(釈迦の墓)、十和田湖で拾った青い石(キリストの墓)、気多大社で拾った赤い石(モーゼの墓)を並べてみて、確かにこの3つはセットだと確信した。全然違う場所で拾ったのにサイズ・形も似通っているのである。
 
「赤青黄って三原色かな?」
 
それで青葉は6月5日(金)の夕方、また盛岡まで出かけて行った。真穂のアパートに泊めさせてもらい、翌6日朝、一緒に石切さんの家に行く。青葉は丸い透明なプラスチックトレイに乾燥剤の上に綿を敷いて3つの石を120度ずつ離れた位置に置いたものを石切家の神棚に置かせてもらった。
 
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そしてローズクォーツの数珠を持って般若心経を唱えた。
 
「これでもう大丈夫ですよ」
と青葉は笑顔で石切さんに言った。
 
「いや、こないだ頂いた御札を枕の下に敷いて寝てたら、全然悪夢を見なかったんですよ」
 
「それもこの神棚の左側に納めていいです」
 
「でも神棚なのに、この観音様の御札を置いてもいいんですかね?」
「日本の神様は八百萬(やおよろず)おられるので、そこに仏教の仏が入っても問題無いんですよ」
「なるほどー。それでお経をあげてもいいんですね?」
 
「私の曾祖母は鈴(りん)を叩きながら祝詞を奏上してましたよ」
「面白いですね!」
 

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青葉は今回の事件の問題点を語った。
 
「悪夢を見るのは、実は石切さんご自身の中にある物凄いパワーを石切さんご自身が制御できてないからなんです。お母様も子供の頃、似たような悪夢を見ておられたとおっしゃってましたが、大人になって見なくなったのはそれを制御できるようになったからなんですね」
 
「ああ、そういうことだったのか」
「家系的にそういう強いパワーを使うことができるのだと思います。石切さんがまだお若いのに部長さんになられたのは、そのパワーを使えるからというのもあると思います」
 
「確かにもうきつい、と思ったような時にどこからともなく力が湧き上がってくることがあるんですよ」
「そのパワーの使い方を覚えると、もっとお仕事が発展すると思いますよ」
「なるほどー」
 
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「ただお母様などが子供の頃からその夢を見ていたのに、石切さんは最近見るようになったのは、たぶん石切さんの霊的な感覚がお母様ほどは強くないので見ていなかったのが、工事の影響で霊道がまともにこの家にぶつかってしまい、感覚の弱い人でも悪夢を見るようになった結果、霊的な感覚が開発されてしまったんだと思います」
 
「なるほどー。それは納得できます」
「それと男性と女性の差もあると思います。どうしてもこういう感覚は女性の方が強く出るんですよ」
 
と青葉が言った時、石切さんは衝撃的なことを言った。
 
「あ、だったらそれは最近僕が女装するようになったからかも」
 
へ?と青葉は思ったが、そんな気持ちは顔に出さない。しかし真穂は声に出してしまった。
 
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「石切さん女装なさるんですか?」
「ええ。実はここ3年くらい、会社には男として出て、自宅では女として生活するという二重生活になっていたんです。いや、済みません、川上さんは会社の人から紹介されたもので、男装でお会いしていたのですが」
 
「ちょっと待って下さい。それなら、ちょっと女装して頂けませんか、防御の方法が違います」
「あ、そうなんですか?」
 
それで青葉と真穂が居間にいる間に石切さんは寝室に行って着替えてきた。お化粧もしているし、髪も長い。ウィッグであろうか。
 
「美人〜!」
と真穂が笑顔で言う。
 
「お恥ずかしいです。私、女の声が出ないんですよね」
と石切さんはいわゆる《ささやき声》で話す。
 
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「違和感、全然無いですよ。ふつうに女性にしか見えません」
と青葉も言った。
 
「女性ホルモンはもう10年くらい飲んでるんです。ですからおっぱいがあるからもう男湯には入れないんです。男性機能は消失しているし去勢もその内したいんですけどね。法的な名前も変えたいから、数年前から友人には女性名で手紙とかを送ってもらっているんですよ」
と石切さんは語る。
 
あ・・・・と青葉は思った。ここに先日来たとき、テーブルの上に石切光平様宛の郵便物と石切由紀様宛の郵便物があったのはそれか!光平さんの女性名が由紀なんだ!
 
彼女は話し方も女性の話し方になっている。さっきまでは男性の話し方をしていたのに。視線の使い方も、さっきまでは男性の視線だったのに、今は女性の視線である。ほんとに二重生活で男と女を使い分けているんだなと、青葉は思った。
 
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「すみません。石の並びを変えます」
と青葉は言って、神棚に納めていた石を入れたケースを取ると、ふたを留めていたセロテープを剥がし、右回りに赤・黄・青とセットしていたのを青と黄の位置を入れ替えた。石切さんにセロテープをもらって再度ふたを留めた。
 
「それって底に乾燥剤を入れておられますよね。時々交換した方がいいですか?」
 
「はい。年に1度くらい交換した方がいいと思います。下の綿も一緒に。その時、この石の順序が逆にならないようにしてください。今これは女性の主人を守る配置にしていますので」
 
「じゃ写真を撮っておこう」
「それがいいですね」
 
それで石切さんがデジカメで写真を撮ってから、青葉は再度それを神棚に納め、再び般若心経を唱えた。
 
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その日は真穂から
「ついでに頼む」
と言われた、盛岡近辺での案件をいくつか処理した。
 
「この程度なら真穂さんでもできるのに」
「私は素人だよー」
「うちのちー姉みたいなことを言う」
 
それで翌日石切さんに連絡したら
 
「昨夜はとても気持ちいい夢を見ました」
ということだったので、青葉もホッとした。
 
「今日は実家の新郷村でキリスト祭りがあるのですが、おいでになりませんか?」
「あ、ぜひ見たいです」
 
それで真穂も連れて、石切さんと盛岡駅で落ち合った。彼女は今日もきれいに女装していた。
 
「ご実家にその格好で行ってもいいんですか?」
「ええ。もう諦められていますから」
「カムアウトする時はたいへんだったでしょ?」
 
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「もう結婚しろ結婚しろってうるさかったんですよ。お見合いの話とかも持ってくるし。それでカムアウトして女装で実家に行って、自分は女性には興味が無いからと言ったら、衝撃を受けていたようでしたが、結婚の話はしなくなりました。実はお見合いの話は会社の社長からも持ってこられていたので、同時期に社長にもカムアウトしたんです」
 
「男性のお見合い相手連れて来られたりして」
と真穂が言う。
「それやられたらどうしよう?という不安はあります」
 
「男性との恋愛経験は無いんですか?」
「実は高校時代、ボーイフレンドがいたんです」
「へー」
「セックスもしましたよ」
「へー!!」
 
「あれが凄く気持ちよかったことで自分は女でいいんだとあの当時思ったんですよね。中学生の頃はけっこう揺れていたんですよ」
 
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「みんな悩むと思います」
「でも結局そのあとずっと20年間仮面男子生活してたんですよ。ただ28歳の時に偶然女性ホルモンの入手方法を知って、それから飲むようになったんです。飲み始めてから凄く心が安定しました。特に射精能力が無くなり、更には勃起能力も消失したことで、自分はやっと男を辞めることができたと思えたし。それまではオナニーしてしまう度に自己嫌悪に陥っていたんですよ。それでも女装で外を歩く勇気は無かったんですよね。でもミクシイで知り合った友人が3年前に性転換手術を受けまして」
 
「おお」
 
「それで彼女に刺激されて私も私生活は完全女性に切り替えることができたんです。最初はほんとに外を歩くのが怖かったんですけど」
 
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「おそらく、その時に石切さんは心理的にも社会的にも性転換したんですよ」
 
「トランスジェンダーですよね?」
「ですです。トランスセックスも大変だけど、トランスジェンダーはまた別の大変さがあるんです」
 
「正直、まだトランスセックスのための行動を取る勇気が無いんです」
「それはまだ悩めばいいと思いますよ」
 
「ええ。でもまあそれで私にはもう子供はできないから、親には孫の顔を見せてやれないですけどね。実は親には既に去勢もしたと言ってるんです。面倒だから」
 
「化学的に去勢済でしょ」
「確かに化学的にはそうですね」
 
「性転換しても子供産めたらいいのにですね」
と真穂が言う。
 
「産めるものなら産んでみたいですね」
 
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と彼女は言って運転席で微笑んだ。その顔がまるで観音様のように美しいと青葉は思った。
 
 
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