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■春来(6)

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コスモアイルを見た後は、恋愛に御利益(ごりやく)があるという気多大社(けたたいしゃ)に寄ってお参りした。
 
「なんか神社とかお寺とかに来るとホッとする」
「まあ小さい頃からそういうものに慣れてるからね」
 
恋みくじなどというのがあるので、引く子が多かったが、美由紀が
 
「がーん。凶だ」
と言って嘆いていた。
 
「あれ、青葉は引かないの?」
「うん。私は恋では迷ってないから」
と青葉。
「日香理も引かないのね」
「うん。私も青葉と同じ。迷ってない」
 
「日香理さ、彼氏は大学どこに行くの?」
と美由紀が訊く。
 
日香理は暗い顔をして答えた。
「たぶん大阪のO大学かK大学になると思う」
 
「日香理は東京に行くんでしょ?」
「うん。だから遠距離恋愛かなあ」
 
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「東京と大阪で大変だね!」
 
それで青葉は言った。
「うちの千里姉も、千葉の大学に入って、彼氏は大阪の会社に勤めていて、それで毎月2回車で大阪まで往復してたんだよ」
 
「すごーい!」
「頑張ったんだね」
 
「青葉も岩手の彼氏と遠距離恋愛してる」
と彩矢が指摘する。
 
「うん。今は千葉の大学に通っているんだけどね」
「青葉、北陸新幹線ができたんで、だいぶ彼氏と会いやすくなったでしょ?」
「うん。でも新幹線は高いよ」
「確かに」
 
「私も運転免許取って車で会いに行こうかなと思ってるんだよ」
と青葉。
「それがいいかもね」
 
「両方が車を運転してきて中間点で会ってもいいんじゃない?」
「ああ、そういう手もあるね」
 
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「大阪と東京なら名古屋とか、金沢と千葉なら長野とか」
 

そんなことを言いながら、気多大社の境内を出て駐車場に行く。その時、青葉はノアのそばに何か赤い石が落ちているのに気づいた。
 
何気なくそれを拾った時、どこかで「カチッ」という音がした気がした。
 
え!?
 
この感覚、確か十和田湖でもしたぞ。
 
あの時拾った青い石、どこやったっけ?と焦ったが、ちゃんとバッグの内ポケットに入っている。並べてみると、ちょうど同じくらいの大きさである。
 
これはセットだ!
 
と青葉は確信した。しかし同時にこれだけでは足りないというのも認識した。たぶん・・・・石は3つ必要だ。
 
「気多大社の神様って誰だったっけ?」
と美由紀が言い出す。
 
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「大己貴神(おおなむちのかみ)、別名・大国主神(おおくにぬしのかみ)、いわゆる大国様(だいこくさま)だよ」
 
「因幡の白ウサギに助けてもらった人だっけ?」
「逆! 白ウサギを助けたんだよ」
「あ、そうか。ワニに身ぐるみ剥がれたのね」
「ふつう皮を剥かれたら死なない?」
「元気なウサギだったんじゃない?」
 
「大国主命(おおくにぬしのみこと)って須佐之男命(すさのおのみこと)の子供だっけ?」
と吉田君が訊く。
 
「うん。子供という説もある。古事記では6世の孫ということになってる。須佐之男神−八島土奴美神−布波能母遅久奴須奴神−深淵之水夜礼花神−淤美豆奴神−天之冬衣神−大国主神」
 
と青葉が暗誦すると
 
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「呪文みたいだ!」
とみんなから言われた。
 

羽咋からは、来る時の山越えの道がやはり辛かったという意見が多かったので遠回りにはなるものの、のと里山海道(旧能登有料道路)を南下して、津幡北バイパス・国道8号線を走って高岡まで帰還した。
 
伏木駅で解散するが、みんな吉田君のお母さんによくよく御礼を言った。ガソリン代はあらかじめみんなで出し合っていたお金を渡した。
 
「お母さん、吉田君がスカート穿きたいって言ったら認めてあげてくださいね」
「うん分かったよ」
「ちょっと待て。俺、そんなの穿きたくないって」
「無理しなくて良いのに」
「心の声に従った方がいいよ」
「俺マジで女装趣味とか無いから」
 
などとやりとりしたが、お母さんは冗談と思ったか本気にとったか判然としない。
 
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千里は笑顔で車から降りると、ヘルメットを取って鹿美さんと握手した。
 
「おめでとう」
「ありがとうございます。今度はこんなに走れるとは思わなかった」
「思い切りやったんじゃない?」
「そうなんです。なんか午前中のレースでは自分を無意識に抑えてしまったみたい。今回は恐れずに自分の能力をそのまま注ぎ込んで行った気分」
 
と言いながら千里はそれって色々な場面で言える話だぞと思った。
 
「うん。レースって走るのは車だからさ。そのあたりの気持ちの問題で随分成績が変わるんだよね」
「もっとも自分がコントロールできる範囲を越えたら死にますけどね」
「まあ死なない程度に頑張ろう」
 
表彰式が始まる。千里は表彰台のいちばん高い所に立って、賞状を受け取り拍手してくれるギャラリーに笑顔で手を振った。
 
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まあ敗者復活戦での優勝でも、取り敢えず優勝には間違いないよね!
 

青葉が自宅に戻ると、母が
「お疲れ様」
と言って、アッサムのミルクティーを入れてくれた。
 
「美味しい美味しい」
 
「モーゼの墓ってどうだった?」
「苦労した割に肩すかしをくった気分だった。隣の羽咋のコスモアイルが面白かった」
「へー」
 
「でも鍵を拾った」
「鍵?」
「こないだ岩手・青森まで行ってきた案件なんだけどね」
「ふーん」
 
青葉が仕事のことを他人に話すのは珍しいが、この時はなんか誰かに話したい気分だったのである。
 
「どうもかなり古い戦いにルーツがあるみたいで。あれはたぶんアテルイとかより更に前の時代じゃないかなあ」
 
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「アテルイと言ったら、坂上田村麻呂と戦った人だっけ?」
「そうそう。8世紀の戦乱だから、1200年以上前。でもあれはもっと古い」
 
と言いつつ、青葉は美鳳さんたちの時代っていつだっけ?などと思った。すると
 
「蜂子皇子が出羽に来て、私たちがお迎えしたのが594年」
と美鳳さんの声が響いてきた。青葉はそちらに会釈した。
 
「こないだはキリストの墓に行ってきたんでしょ?」
「そうそう。あれもかなり古い年代だと思ったんだよね」
 
「だったら本当は古い時代の豪族のお墓なんだろうね」
「たぶんそうだと思う。それでキリストの墓を見た後十和田湖で最初の鍵を拾ったんだよね。でも鍵は3つ必要って気がしたんだよ」
 
「それ三位一体みたいな話?」
「あ、そうかも」
 
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「でもキリストにモーゼにと出てきたら、あとは何だろうね」
 
「うーん・・・・・最初の人類アダムやエヴァか、ノアかヤコブかヨセフか・・・」
 
と言いつつ、今日は吉田君のお母さんのノアに乗せてもらったことを意識する。たぶん今日の探訪に最適の車だったんだ。
 
「ノアって洪水の人だっけ?」
「そうそう」
「そのヤコブとかヨセフは分からない」
 
「ヤコブは天に続く階段、Jacob's Ladder を見た人、ヨセフはその子供でエジプト王の夢解きをして、エジプトを飢饉から救った人」
 
「ああ、なんかそういう話があったね」
 
「でもアダムの墓はイエスが処刑されたゴルゴタの丘がそうだと言われているし、ノアの墓は諸説あるけど未確定。少なくとも日本には無かったはず」
 
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などと青葉が言ったら
 
「でもキリストに対抗できるのは私は、お釈迦様かマホメットかゾロアスターかと思ったよ」
などと母が言う。
 
「お釈迦様はインドのクシナガラで亡くなったはず」
「祇園精舎じゃなかったんだっけ?」
 
「祇園精舎、省略せずに言えば祇樹給孤独園精舎は、釈迦が生きている時代に建てられたお寺のひとつ。別に入滅の地ではないんだよね。でも平家物語の物悲しい語りから、結構誤解している人いるね」
 
「うん。私も祇園精舎の鐘の声ってので」
「しかも釈迦の時代のお寺に鐘なんて無かった」
「あららら」
 
「マホメットというかムハンマドが亡くなったのはサウジアラビアのメディナ。ゾロアスターというかザラスシュトラが亡くなったのはアフガニスタンのバルフ。どちらも多分日本には関わってない」
 
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と青葉は遠くに視線をやりながら言った。
 

ところで吉田君は自宅に戻って母に
 
「今日はありがとね」
と言ったのだが、
「あんた、本当に女の子になりたい訳じゃないんだっけ?」
などと母に言われる。
 
「なりたくないよー」
 
「この写真は?」
と言って母が見せたのは、1年生の時に空帆にうまく乗せられて合唱大会で女子制服を着てステージに立った時の記念写真である。
 
「それ捨てたのに!」
「捨ててあったの拾ってたのよ」
 
「それ、女子合唱部で女が急に2人休んで人数が足りないと言われてさ、強引に女子制服着せられたんだよ」
「そうだったんだ!」
「もう恥ずかしくてたまらんかった」
 
「じゃ本当に女の子になりたいんじゃないのね?」
「なりたくない。俺チンコ取られるくらいなら死にたいよ」
 
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「まあ別におちんちんなんて無くても困らないけどね」
「母ちゃんは無くてもいいだろうけど、俺は困る!」
「なんなら今のうちに睾丸だけでも取る?高校生くらいで睾丸を取ったら、あまり身体が男性化しない内だから女らしい身体になれるらしいよ」
「玉取るなんて嫌だ」
 
「女の子になったら可愛い服着られるのに」
「着たくない!」
「成人式に振袖着たいならお金出してあげてもいいよ」
「成人式はパス」
 

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