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■春来(7)
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今回千里のドライビングクラブから十勝スピードウェイに来ているのは男性が5人と女性が4人で、実際にレースに出場したのは千里を含めて6人であった。車両は友好関係にある札幌のクラブから借りたのだが、運搬はこちらの責任でやる。千里は来る時はギリギリで入ったので、帰りはこの運搬を担当することにした。
キャリアカーは3台積みのを2つ持って来ている。まずはみんなで協力して4台積み込んだ上で、手ぶらで帰るメンバー7人を千里と鹿美さんの2人で帯広空港まで運んだ。その後、帯広空港までの往復に使った2台もキャリアカーに積み込み、ふたりでそれぞれ1台ずつ運転して札幌に向かう。
札幌までは200kmほどの距離でこれを4時間ほど掛けて運んだ。向こうのクラブの人に御礼を言って札幌駅に移動する。実際は向こうのクラブの人が送ってくれたので、再度御礼を言って別れた。
駅前で一緒に晩御飯を食べた後、22:00発の《はまなす》に乗り込む。切符を見ながら自分達の席に行く。今回は実は人気のカーペット席が取れたのである。女性専用席1階の隣り合う席なので、取り敢えずカーペットの上に座り込む。このカーペット席というのは、いわばフェリーの2等室のような感じでカーペットが敷かれており、布団も付いているので横になって乗車することができる。いわば「区切られていない」寝台のようなものである。2階席は事実上個室に近いが、1階席は4人単位で1区画になっている。その先頭側(青森側)1区画が女性専用になっているのである。
同じ区画で一緒になった人達も友人同士のようで、40代くらいの女性2人組であった。軽く言葉を交わしたら、青森から来た人でこの週末、定山渓温泉まで来ていたのだと言っていた。
「私たちは東京方面からカーレースに出るのに来ていたんですよ」
「へー、すごーい」
「F1みたいなの?」
と向こうの佐々木さんという人が訊く。
「あんな凄いマシンじゃなくて、ふつうに公道を走れる車なんですよー」
「へー、そういう車でもレースするんだ?」
「ハイブリッドカーでのレースも一緒に開催されて、プリウスやCR-Zがたくさん並んでましたよ」
「わぁ、私もプリンスいいなと思ってたのよ。お父ちゃん、次はプリンスにしようよと言ってるんだけど」
という向こうの工藤さんの発言には千里も鹿美さんも敢えて突っ込まないことにした。
「おふたりとも東京の人?」
と佐々木さん。
「私は新潟出身なんですが、もう東京に10年住んでます」
と鹿美さん。
「私は留萌出身なんですが、6年ほど千葉に住んでます」
と千里。
「あら道産娘なんだ!」
「父から漁師になれと言われたのを逃げて千葉まで行っちゃいました」
「女の子にも漁師になれって言うの!?」
「まあさすがに沖合まで行くような船には乗せないだろうけど、沿岸を回る船にはけっこう若い女性も乗ってるんですよ」
「なるほどー」
「まあ、あと海女さんは女性が大半だよね」
「男性の海女さんというのは聞いたことない」
「おふたりとも青森市の近くですか?」
「五所川原って所なんだけどね」
「ああ。お隣のつがる市には私、高校生時代に行ったことありますよ」
と千里が言うと
「それ遮光器土偶の出たところだっけ?」
と鹿美さんが言う。
「そうそう。亀ヶ岡遺跡。近くの木造駅とか駅が巨大な遮光器土偶になってるよね」
と千里。
「遮光器土偶って可愛いよね」
と佐々木さん。
「ええ、可愛いですよね−」
と千里も同意する。
「でもなんか青森って色々怪しいスポット多いんだよ。戸来村(へらいむら)にはキリストの墓があるし、うちの五所川原にはお釈迦様の墓があるし」
と佐々木さん。
「それは凄い! キリストも釈迦も日本で死んだんですかね?」
と鹿美さんが言うが
「分骨したのをもらったんじゃないかね」
と工藤さんが物凄く現実的なことを言う。
「ああ、それならあり得ますよね」
「仏舎利塔なんてあちこちにたくさんあるし」
「お釈迦様もたいへんねー。死後自分の身体が広い範囲に分散して」
「まあ死んだら本人としては遺体はどうでもいいかも」
「でも五所川原の釈迦の墓は何だか偉い霊能者さんがここだって認定したらしいよ。最初は長野県のほうでそれらしき場所を見付けたらしいけど、更に研究していたら、そちらは分骨したもので、本体はこちらだって」
「へー。何て霊能者ですか?」
「何とか菊子さん」
「山根キクですか!」
と千里が半分驚いたような声で言う。
「あ、そうそう。そんな名前」
と工藤さん。
「キリストの墓が戸来村にあるってのも、竹内何とかさんより先にその菊子さんが言い出したんだって」
「へー!」
彼女はそう言っているが、千里の認識では山根キクは竹内巨麿の共同研究者に近い存在だったのではないかと思った。山根はミッションスクールの出身なので竹内文書のキリスト教に関わる部分には山根の関与もかなりあるのではと千里は想像していた。
「あ、興味あるならお釈迦様の墓、行ってみる?」
と工藤さんが言う。
「私、行ってみたいかも」
と鹿美さんが言うので、明日そこに行くことが確定した。
急行《はまなす》は6月1日(月)5:39に青森駅に到着した。4人で一緒に朝御飯を食べた後、駅の近くに駐めてあった佐々木さんのトヨタistに4人で乗り込む。車は国道7号・101号を走りやがて細い道を登って青森県自然ふれあいセンターという所まで行った。時刻は8時頃である。
「あれが梵珠山。そこの中腹に寺屋敷というところがあって、そこがお釈迦様の墓なんだって」
「旧暦4月8日と7月9日には御灯明が降臨するんだって」
「旧4月8日っていつだろう?」
「5月25日ですね」
と千里は手帳を見ながら言った。
「過ぎちゃってるね」
「先週来たら見られたのかな?」
「一応登山道もあるけど」
「山頂まで2.4km 70分と書いてある」
千里は
「ちょっと行ってみようかな」
と言ったのだが、他の3人は
「私たち待ってるね」
と言った。
それで千里は登山靴に履き替えると水と非常食をリュックに入れて少し膝の屈伸運動をする。
「なぜ登山靴を持っている?」
と鹿美さんから訊かれる。
「うーん。私、必要になるものが事前に分かる性格なんですよねー」
と千里。
「あ、たまにそういう人いるね。その人が傘持って出た日は必ず雨が降るとか」
と工藤さん。
「雨の降る日は分かりますよ」
と千里。
「やはり!」
それで千里は最も古くからの登山道だというサワグルミの道を選んだ。その登り口までは車で行けるので佐々木さんに送ってもらってから、鳥居を通って登り始める。佐々木さんたちはふれあいセンターで展示を見ているということであった。
六角堂休憩所、岩木山展望所、八甲田山展望所、と通過していくと分かれ道がある。ここがふれあいセンターでもらった地図で見ると寺屋敷南広場のようである。「←釈迦堂山山頂10分、→梵珠山山頂20分」と書いてあるので千里は梵珠山山頂の案内板の方に進む。
すぐに寺屋敷北広場に到達する。
『さっきの所が南広場でここが北広場なら、寺屋敷は気がつかないうちに通過しちゃった?』
『ここから右手の登山道を行った所にあるんだよ』
と《とうちゃん》が教えてくれる。
『じゃ、そっち行けばいい?』
『せっかく来たから先に山頂に行ったら?』
『そうするか』
それで少し歩いて梵珠山山頂に到達した。七体の観音像が並んでいるので千里は1体ずつ合掌してご挨拶をした。このサワグルミの道は標準時間が75分らしいが、千里は1時間も掛けずに到達した。
山頂の展望台で景色を見ながら水分補給・カロリー補給してから下ることにする。さっきの寺屋敷北広場まで降りてきた後、マンガンの道の方に進む。少し行ったところで
『千里ここだよ』
と《とうちゃん》が言った。
『ああ、確かに何かあるね』
『まあ挨拶だけしていきな』
『うん』
それで千里はその何かある場所に向かって合掌した。
それで更に道を行こうとした時、何かを登山靴の先で蹴ってしまった。
「何だろう?」
と独り言を言いながら拾い上げると、小さな黄色い石である。
『千里、それを青葉に渡してあげなよ』
『青葉に?』
『それ欲しがってるから』
『へー!』
その後「越口」(峠という意味)と書かれている所を通り、陸奥湾展望所を通り、結局山頂から40分くらいで、ふれあいセンターの所まで降りてきた。到着したのは10時半頃である。往復で休憩時間も入れて2時間程度の山歩きであった。
「お疲れ様〜」
と待っていた3人から声を掛けられる。
「どうだった?」
「気持ち良かったよ。見晴らしも良かったし」
「ああ、見晴らしはいいだろうね」
「火の玉見た?」
「夜中しか見えないかも」
「それは言えるね!」
「写真撮った?」
「撮ってない」
「あら残念」
「私が写真撮ってもまずまともに写らないんですよ」
「もしかしてカメラ音痴?」
「いや、機械全般に音痴です」
「それでよく車を運転できるね?」
「車は何となく感覚で運転するし」
ふれあいセンターのトイレで汗を掻いた下着を交換させてもらう。それから4人で7号線付近まで降りてからファミレスのような所で少し早めの昼食を取った。お金は千里が出した。その後「どうせ近くだし」と言って佐々木さんたちは千里たちを新青森駅まで送ってくれたので、千里たちは12:39のはやぶさ20号に乗って東京方面に帰還した。
鹿美さんは自宅が埼玉県、そして千里もこの後高岡に行くのでふたりとも15:38に大宮で《はやぶさ》を降りる。それで千里は16:18の北陸新幹線《はくたか569》に乗り継ぎ、18:42新高岡に到着した。
新高岡駅に降り立つと青葉と朋子が迎えに来てくれている。
「わあ、ありがとう」
「いやびっくりしたけど、何かあったの?」
「青葉、これあげるね」
と言って千里は梵珠山の『釈迦の墓』のそばで拾った黄色い石を渡した。青葉が受け取った時、青葉は「カチッ」という音を聞いた。
3つ目の石だ!
「これどこにあったの?」
「お釈迦様の墓の前で拾った」
「お釈迦様の墓! それどこにあるの?」
と青葉が驚いたように訊く。
「青森。正確には五所川原市と青森市の境界。あそこはまだ青森市の範囲かな」
「そんな所にお釈迦様の墓が!?」
「梵珠山で検索してごらんよ。青森県自然ふれあいセンターのパンフレットに詳しい場所が書いてある。はい、これ」
と言って千里はそのパンフレットも青葉に手渡した。
「じゃね!」
と言って千里がまた駅の中に戻ろうとするので朋子が呼び止める。
「御飯でも食べてから帰りよ」
「うん。そうしようかな」
それで朋子の運転で伏木の自宅まで戻った。朋子がカレーを仕掛けてタイマーをセットして出ていたのでルーを加えて10分で仕上がる。
「美味しい美味しい」
「カレーはいつでもいいよね」
「でも、やはり何か案件を抱えていたのか」
と千里が言う。
「鍵を2つまでは拾ったんだけど、もうひとつがなかなかヒントが無くて」
と青葉。
「なんかかなり古いものって気がしたよ」
「うん。これは凄まじく古いものなんだよ」
「青葉が漂わせている雰囲気だけから見ると飛鳥時代くらいの古さって感じ」
「うん。これって物凄く古い」
「これって呪いじゃないよね」
「そんな気がしてきた。むしろ幸運をもたらすものと思うんだ」
「同感。その悪夢見ている人って、単に自分のエネルギーをコントロールできてないだけじゃないの?その悪夢ってパワーの暴走だと思う」
「やはりそう思う?」
「車のエンジンだってガソリンの爆発だけど制御された中で爆発しているから有用なエネルギーとして取り出せる。原子炉だって凶暴な破壊力があるけど大学の先生レベルの専門家が扱う限りはまず問題は起きない。その人は自分の力を制御できてないんだよ。放射能漏れみたいなもん」
と千里は言う。
「うーん。原子炉に関してはその意見には私は必ずしも賛成できないけどちー姉の言いたいことは分かる。この人も本当は修行でもしてもらうのがいいんだろうけどね」
と青葉。
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