広告:ここはグリーン・ウッド (第5巻) (白泉社文庫)
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■春代(7)

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「でもね」
と玲央美は言った。
 
「千里がユニバ代表に漏れたことでさ」
「うん」
「上の方では千里をフル代表に招集しようという話が出ているみたい」
「嘘!?」
「フル代表に入れるためにユニバ代表から外したのであれば世間も納得するからね」
「えー!?」
 
「フル代表のシューターは現在あっちゃん(花園亜津子)と三木さんというのが有力な線。でも三木さんもう39歳だからさあ。1996年アトランタ五輪の最後の戦士。本人も体力が付いていかないなんて言っているんだよ」
 
「いや、三木さんはそれでも強い。私には雲の上の人だよ。2012年にフル代表で一緒にプレイして、しみじみ思った」
 
「私は今回、フル代表の合宿で三木さんとあらためてやって、こうやって日々の練習で千里とやっていて、今はもう両者互角だと思ってるよ」
と玲央美は言う。
 
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千里は顔を引き締めた。
 
「技術とか体力・瞬発力では千里が圧倒的に強い。でも三木さんの経験が今の所それをわずかに上回ると思う」
 
千里は心の中に闘争心が燃え上がるのを感じた。三木さんとは確かにもう3年手合わせしていない。今の三木さんとまた戦ってみたい気分だ。彼女がとにかくまだ自分より上である間に戦いたい。
 
「千里があと1年くらいマジメに練習して、大会から逃げなかったら追い抜くよ」
と玲央美が言うと、千里も笑顔になる。
 
「だけど私も千里も逃げたつもりが、ってことあるみたいだし」
と玲央美。
 
その言葉に千里は大学1年の時の出来事を思い出していた。
 
「あれは不思議な体験だったね」
と千里は言う。
「今でもあれは夢としか思えないよ。きっと私も千里も一生バスケットからは逃げられないんだよ」
と玲央美。
 
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「ちなみにフル代表は3年前に一度やって分かってると思うけど、会社の仕事とかをする時間は全く無くなるからね」
「だよねぇ」
「会社の辞表、書いておきなよ」
「うむむむむ」
 
「でもその前に首にならないの? 千里全く会社に出てないじゃん。午後からフレックスで出てるなんて嘘でしょ」
「うーん・・・・」
 

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翌日4月10日(金)。この日は40minutesの練習は無いのだが、千里は13時から16時までカラオケ屋さんで作曲の仕事をした上で、W大学の体育館に顔を出した。実は千里は昨年の秋くらいから、毎週金曜日にW大学の女子バスケ部が主宰している《レディス・バスケット・ゼミナール》という催しに参加している。毎回出られるのではないのだが、他の用事が無い限りは出るようにしている。本来は高校生以上の女性を対象にバスケットの技術指導をする企画なのだが、そういう名目で千里は毎回W大学のメンバーとかなり本格的な「手合わせ」をしていた。
 
実際問題として千里は修士論文がほぼ完成した11月以降、関東地区に居る間はバスケットと音楽製作活動で1日の時間をほとんど使うようになっていたのである。
 
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しかし今日は練習に入る前にW大学から唯一今回のユニバーシアード代表に選ばれた伊香秋子につかまってしまう。
 
「千里さん、辞退したってどういうことですか?」
「ごめーん。2年以上のブランクをまだ取り戻せてない私が出るより現役バリバリの秋子ちゃんと晴鹿ちゃんで頑張ってもらった方がいいと思ってさ」
 
「私も晴鹿も千里さんには全然かないませんよ。確かに昨年秋に最初にここのゼミナールに来られた時は感覚が鈍っている感じはありましたけど、もうとっくに私も晴鹿も手の届かない領域に行ってしまっています。今日は私と勝負して下さい」
 
「えーっと」
「それで私が勝ったら辞退を取り消して下さい」
「そんなこと言っても」
 
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ともかくも、そういう訳で今日のゼミナールは千里と伊香さんとの「勝負」の観戦から始まることになったのである。
 
勝負は、マッチング対決を攻防を変えながら10本ずつやった後、スリーポイント30本勝負ということになった。
 
マッチングでは1回ずつ攻守交代してやるのだが、千里が攻撃するケースでは伊香さんは10回の内2回、千里の攻撃を停めた。逆に伊香さんが攻撃するケースでは千里は10回の内6回、伊香さんの攻撃を停めた。
 
「なんか既に大差で勝負が付いている気がするけどスリー対決行きます」
「うん」
 
W大学のフォワードの人にマークされている状態でスリーを撃つというのを交互にやる。それで30本の内伊香さんが10本入れたのに対して千里は30本の内18本入れた。
 
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「私の負けです」
と伊香さんは素直に負けを認める。
 
「じゃ、私の辞退はそのままでいいね?」
「だめです。ユニバーシアード代表に選ばれた私より明らかに千里さんが勝っているのだから、私が辞退しますから、千里さん出てください」
「え〜〜!?」
 

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青葉たちの高校では4月13日(月)に新入生を部活に迎えた。青葉たちの合唱軽音部では体育館での新入生勧誘で、各自楽器を持ってステージに上がり、練習中の『黄金の琵琶』を30秒器楽演奏した後、30秒歌うパフォーマンスをした。これが結構好評であったようで、21名もの新入部員を迎える。
 
例によって、楽器はできないけど歌ならという子も、歌は歌えないけど楽器ならという子も受け入れたし、今年は男子部員が2名入って来た。これで合唱軽音部は総勢48名(内男子4人)となった。
 
「ちょっと待て。その男子4人に俺も数えられてない?」
と吉田君が空帆に尋ねるが、空帆は
「当然入ってるよ。チューバもドラムスも歌も頑張ってね」
などと言っていた。
「今年は高音が出やすくなるように去勢を考えない?」
「お前ら、そういうのを翼にも言ってるだろ?」
 
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48人は学年別ではこうなる。
■3年生12人(歌唱者11人)
川上青葉(Sp/A.Sax) 杉本美滝(Sp/Tb) 清原空帆(Sp/Gt1) 上野美津穂(MS1/Cla) 黒川須美(MS1/Dr) 治美(MS1/Tp) 竹下公子(MS2/Tp) 呉羽ヒロミ(MS2/Tp.Vib) 大谷日香理(A/Tb) 沢田立花(A/A.Sax) 真梨奈(A/Tb) 吉田邦生(-/Tuba-Dr)
 
■2年生15人(歌唱者11人)
久美子(Sp/T.Sax) 佐絵(Sp/Cla) 真佑(Sp/Tp) 彩菜(Sp/Fl) 和紗(MS1/Fidd) 麻季(MS1/Euph) 佑希(MS2/Dr-Tb) 乙音(MS2/Gt2) 友絵(MS2/Bass) 亜耶(A/Fl) 芽生(A/Gt2-B) 衿香(-/Gt1) 菜美(-/Gt1) 衣美(-/KB) 谷口翼(-.Pf/Pf)
 
■1年生21人(歌唱者17人)
純奈(SP/Gt1) 月花(SP/B-Gt2) 祥子(SP/A.Sax) 千鶴(SP/Dr-Tb) 小雪(SP/Fidd) 妙子(MS1/Fidd) 愛子(MS1/Tp) 紀子(MS1/S.Sax) 比奈子(MS1.Pf/Pf)
美涼(MS2/A.Sax) 理夜(MS2/Vib) 佳穂里(MS2/Cla) 絵利紗(MS2/Tb) 睦美(A/Gt2) 育乃(A/Euph-A.Sax) 叶恵(A/T.Sax) 玉江(A/Tb) 照香(-/Fl) 花美(-/Gt2) 高橋晴彦(-/Tuba-Fl) 坂上透(-/Bar.Sax)
 
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人数の都合で2-3年は若干のパート移動が発生している。合唱パート別の人数はSp 3+4+5=12 MS1 3+2+4=10 MS2 2+3+4=9 A 3+2+4=9 という構成である。また楽器パート別ではこうなる(括弧内は学年)。
 
Gt1 空帆(3.琵琶) 衿香(2) 菜美(2) 純奈(1)
Gt2 乙音(2) 芽生(2.B) 睦美(1) 花美(1)
B 友絵(2) 月花(1.Gt2)
Pf/KB 衣美(2) 翼(2.BS) 比奈子(1.Vib)
Dr 須美(3) 佑希(2.Tb) 千鶴(1.Tb)
S.Sax 紀子(1)
A.Sax 青葉(3) 立花(3) 祥子(1) 美涼(1)
T.Sax 久美子(2) 叶恵(1)
Bar.Sax 透(1)
Fl 彩菜(2) 亜耶(2) 照香(1)
Cla 美津穂(3) 佐絵(2) 佳穂里(1)
Tp ヒロミ(3.箏) 公子(3) 治美(3) 真佑(2) 愛子(1)
Tb 日香理(3) 美滝(3) 真梨奈(3) 絵利紗(1) 玉江(1)
Tuba 邦生(3.Dr) 晴彦(1.Fl)
Euph 麻季(2) 育乃(1.AS)
Fidd 和紗(2) 小雪(1) 妙子(1)
Vib 理夜(1)
 
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今年はソプラノサックス、ヴィブラフォンが加わっている。ソプラノサックスが入ったのは紀子がそれを自己所有しているからである。またヴィブラフォンが入ったのは理夜が「鉄琴しか出来ない」と言うので、学校の備品のヴィブラフォンを借りることにしたからである。1年生の透は中学の吹奏部でサックスの経験者ということで、身体が大きいのでバリトン・サックスの担当にして、それでこれまでバリトン・サックスを吹いていた翼は本来のキーボードに戻ることになった。
 
なお全体合奏では1人で済む楽器、逆に1人しか担当者の居ない楽器については兼任になる子が数人居る。
 
「歌える人が39人も居る!」
「やった!これで今年はエア歌唱者を入れなくて済む」
「でも40人越えなくて良かったね。41人以上だと逆にコンテストに出られない子が出てくる」
「とりあえず後1人は増えても大丈夫だな」
 
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などと言っていたら、吉田君が
「あ、だったら俺抜けていいの?」
と言うので
「合唱からは抜けてもいいよ」
「でもチューバとかドラムスはお願いね」
と空帆たちは言う。
「まあ、そのくらいはやってやるか」
と吉田君。
 
「でもどうしても女子制服を着てコーラスのメンツに並びたいなら課題曲と自由曲で一部歌唱者を入れ替えてもいい制度を利用して」
「あれは二度と嫌だ!」
 

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翌14日火曜日。
 
青葉は理数科の杏梨から声を掛けられた。
 
「ね、青葉、青葉って水泳確か上手かったよね?」
「そんなでもないけど」
「富山湾を氷見から黒部まで横断したことあるんだって?」
「それは無茶! 以前住んでた岩手県の大船渡で、大船渡湾をよく横断往復してたんだよ。片道1kmくらいだよ」
 
「氷見から黒部までってどのくらいだっけ?」
「40kmあると思う」
「そんなにあるのか」
「ドーバー海峡より長い」
「そんなにあるのか!」
 
「でも何で?」
「うちの水泳部に入ってくれないかなあと思ってさ」
「へ?」
「うちの水泳部、人数が少ないのよ。一応部活の統廃合基準は何とかクリアしてるんだけどね。特に女子が新入生を入れても3人しか居なくてさ、これだと6月の高体連でリレーに出られないのよ」
「あらら」
 
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「だから青葉、大会に出る時だけでもいいから顔貸してくれないかなと思って」
 
すると近くに居たテニス部の純美礼が訊く。
 
「青葉って女子選手として出られるんだっけ?」
 
「ん?何か問題あるんだっけ?」
「うーん。私、戸籍は男だから」
「嘘?」
 
「だけど青葉、中学の時に卓球の大会に女子として出たよね?」
と隣から美由紀が言う。
 
「うん。私の参加資格について当時体育連盟に照会してもらって、それで許可をもらったんだよ」
「へー。でも卓球で出られたんなら水泳にも出られるのでは?」
「高体連の方に確認する必要はあるけど、許可出るかもね」
 
「よし、すぐ確認してもらおう」
 
それで杏里はすぐに青葉を職員室に連れて行き、顧問の先生に青葉の性別問題を説明して、高体連に問い合わせてもらった。するとその場で口頭で去勢から2年以上経っているのであれば女子として登録できると回答があり、念のため証明する医師の診断書を持参して本人が来てもらえたら、登録許可証を出すということであった。
 
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それで青葉は顧問の先生の車で自宅に戻り、2011年7月14日付けの睾丸が存在しないという診断書、2012年7月18日付けの性転換手術をしたという証明書を持って高体連に赴いた。それでその診断書・証明書を見て、高体連水泳専門部の人はすぐに女子としての参加を認めるという許可書を書いてくれて、その場で向こうの人がデータベースに登録して選手登録カードも発行してくれた。
 
どうも向こうの人は青葉の「実物」も確認しておきたかったようで
「へー。君はふつうに女の子にしか見えないね」
などと言いながら作業をしてくれた。
 
そういう訳で青葉は「水泳部に入る」とは一言も言ってないのに、なしくずし的に水泳部の部員になってしまったのであった。
 
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