広告:ここはグリーン・ウッド (第6巻) (白泉社文庫)
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■春代(4)

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入口を入ってすぐの所に梵字を書いた半紙が2枚、左右に貼ってあるのでギクッとする。見るとごく普通の阿字と吽字だ。ちー姉が書いたのだろうか。美しい阿字と吽字だと青葉は思った。
 
部屋の中を見ると、彪志のお友達がエアコンを取り付けてくれたのと冷蔵庫・洗濯機以外では、荷物はほとんど段ボールに入ったままである。洋服が少し出してある。出社するのに着る服が必要なので出したのであろう。青葉は段ボールを何気なく見ていたのだが、あることに気づく。
 
ここには調理器具を入れた段ボールが無い!
 
もしかして調理器具は全部桃姉の新居に持っていっちゃった? やはりちー姉は向こうを生活の拠点にするつもりなのか。あるいは今持っている調理器具は全部桃姉の所に置いておいてこちらでは新しいのを買うつもりなのか。
 
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ここにある箱は大量の書籍類、大学の講義のノート、CD/DVD、洋服・和服の類い、それにハードディスクの入った箱が2箱ある。おそらくこれは音楽制作関係のデータではないかと青葉は思った。バスケ関係と書かれた箱があるので開けてみる。
 
わぁ!
 
そこには千里があちこちの大会でもらったものであろう。多数のメダルや記念品がひとつひとつビニール袋に入れられシリカゲルも入れられて保管されていた。大量の賞状も入っている。
 
すごーい!
 
青葉が見ていると、インターハイやウィンターカップのもの、U18,U19,U20,U21 と書かれたもの、また千里の出身校である旭川N高校の名前のものもあるので、学校から表彰されたものであろう。
 
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時計やボールペン?などもある。ちー姉は確かU18アジア選手権でもらった腕時計を普段使いし、U21世界選手権でもらった万年筆で作曲作業をしていたと思ったが、他にもたくさんあるようだ。
 
それを丁寧に閉じたあと、他の箱も眺めてみる。
 
不思議なマークの箱がある。何かの絵みたいだけどなあと思いながら開けてみたら、箱の中に更に箱が入っている。そしてその内側の箱の上に
 
『青葉へ。開けちゃダメよ〜ダメダメ』
 
という文字が書かれたメモ用紙が貼り付けてある。
 
ガーン。
 

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私って、やはりちー姉の掌の上で筋斗雲(*1)に乗って飛び回っている孫悟空?
 
 
(*1) キント雲のキンの字は觔という字。意味的には筋と同じ。筋斗とはトンボ返りという意味で、この雲に乗っている間、術者はひたすらトンボ返りをし続ける必要がある)
 
猛烈に不愉快になった。
 
開けちゃる!
 
と思うと青葉はその箱を開封する。
 
更に箱がある!! そしてまたメモだ。
 
『じぇじぇじぇ!見るんけ?』
 
青葉は苦笑する。「じぇじぇじぇ」は例のドラマで随分有名になった言葉だが、同じ三陸でも青葉が育った大船渡などの気仙地区では使わない表現である。ドラマの舞台になった「北三陸市」は実際には久慈市がモデルになっていると言われる。
 
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はいはい。見ますからね〜。
 
更に開ける。
 
中に入っていたのは、以前千里が愛用していた青いスントの腕時計、それからリズリサの財布、そして折りたたまれたミッキーマウスのトートバックなどなどである。
 
これ、多分全部細川さんからもらった品だ。
 
と青葉は直感した。きっと彼が結婚してしまった時点で彼からもらったグッズをここに入れて封印したのだろう。真新しい「タンスにごん」とシリカゲルが入れられている。引越前に交換したのだろう。
 
フォトアルバムが2つある。ひとつは彼と撮ったスナップだ。中学生時代?のものからある。すごーい。でもちー姉ったら、中学生の頃からちゃんと女子中生してるじゃん!! ふたりともお揃いのユニフォームを着て並んでいる写真もある。Rumoi S JHS と書かれている。ほんとにふたりって長い付き合いなんだなというのを改めて思った。
 
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もうひとつのアルバムを開ける。
 
こちらは写真は数枚しか無いようだ。
 
可愛い6-7歳くらいの感じの男の子が写っている。誰だろう? ちょっと面影がちー姉に似ている気がする。まさかちー姉の小さい頃の、まだ男の子していた時代の写真じゃないよね? と思ったものの、次のページには千里自身がその子と並んで写っている写真がある。これ、ちー姉は高校生だろうか、それとも大学に入りたての頃だろうか。結構若い。更に細川さんとその男の子がバスケットボールを手に持って一緒に写っている写真まである。細川さん、これ20歳頃かな?だとすると今はこの男の子は12歳くらい?でもこうやって並んでいる所みると、この子、細川さんにも似てない?もしかして細川さんの従弟か誰か??
 
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でも誰なんだろう?
 
と考えたが分からなかった。
 
そのアルバムの最後のページにあった数枚の写真に青葉は大いに戸惑った。
 
赤ちゃんのエコー写真なのである。
 
青葉はその写真を見ている内、その写真に見覚えがあるような気がしてきた。
 
そうだ!
 
これは細川さんの奥さんの胎内で育っている最中の子だ。
 
でもなぜその写真がここに??
 
しばらく考えている内に、青葉は驚くべき結論に到達した。
 
でもまさか?
 

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その時、青葉は誰かに肩をトントンとされ、びっくりして振り向いた。
 
そこにはクリーム色のアロハシャツと薄黄色系のアロハシャツを来た6-7歳くらいかな?という感じの男の子の兄弟が立っていた。顔が似ているし、年齢も同じくらい。双子だろうか?
 
そして例によって、その子たちを見てしまってから「しまったぁ!」と思った。
 
何か最近も似たようなことをして、私、ちー姉に注意されたぞと思う。でもこの子たち、ちょうどこの写真の男の子と同じくらいの年齢かな。
 
「君たちどうしたの?」
と青葉は優しく訊く。
 
「ぼくたち、まいごになっちゃったみたい」
「それは困ったね。どこから来たか分かる?」
「あっちのほう」
「ちがうよ、こっちのほうだよ」
とふたりの意見は一致しない。
 
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どうもクリーム色の子がお兄さんで黄色系の子が弟のような感じだ。
 
「お前たち、琉球から来たな?」
と突然青葉の後ろから、《姫様》が出てきて、ふたりに訊いた。
 
「りゅうきゅうっていうのかな?」
「ぼくたちニライむらってところにいたの」
 
「姫様、ご存じですか?」
「いや、知らん。しかしこの子たちは南国の匂いがするのだよ」
 
「この子たちどうしましょう?」
「警察は迷子の面倒は見てくれんのか?」
「人間の迷子なら面倒見てくれますが」
「仕方ない。青葉、しばらく養ってやれ」
 
それで姫様が言うので、青葉はしばらくふたりを自分の眷属に入れておくことにした。
 

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その4月1日、会社に出て行った「千里B」は入社式の場で、社長から3月末で社員が7名辞めたことを聞かされ驚く。
 
それでなくても手が足りない感じだったのだが。
 
おそらく忙しすぎて体力や精神力に限界を感じて辞めてしまったのだろう、と千里Bは思った。
 
入社式が終わった後、女子社員一同でオフィスにいる社員にお茶を配ったが、それを配り終えた所で千里Bは山口専務に呼ばれた。
 
「村山君、君さ。この程度の仕様書を見てプログラム書ける?」
 
と言って渡されたのは、なんとまあ今時こんなものを使っている所があったのかと千里B自身驚いたHIPOシートである。1970-80年代に多用された「構造化チャート」を書くためのシートだが、千里Bこと《きーちゃん》(天一貴人)がが千里Aの所に来る前に宿主にしていた人が、この業界に就職した1980年代半ば頃には既に形骸化して、事実上フリーシートしか使用されなくなっていた。この仕様書もそのHIPOシートのフリーシートに機能が記述されたものである。
 
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「ここまで書いてあれば書けます」
と千里Bは明言する。
 
「実はある金融業者の支店固有システムの話があるんだけど、そこの管理をしている監査法人の会計士補さんがこのレベルの仕様書を書くので、こちらでプログラムを書いてもらえないかという依頼なんだよ。実は**君にやってもらおうと思っていたら、彼女辞めちゃったし」
 
「ああ・・・」
「それで考えていたんだけど、君凄くしっかりしたプログラム書いてるなあと思ってね。ちょっと午後から打ち合わせに行くから一緒に来てくれない?」
 
「分かりました」
 

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一方千里Aは何とか4時までに楽曲2つの調整を終えると新島さんに送信したあと、車で経堂駅まで行き、コルティの駐車場に駐めて大量の食料品を買った。それで桃香のアパートに戻り、鶏のクリームシチューを作り始める。材料を全部入れてIHヒーターで煮込んでいる間に今度はスパゲティミートソースを作る。更にブロッコリーを小さく切ってガスコンロで茹でる。その後ほうれん草をこちらもガスコンロで茹でて充分湯切りし小さく切る。鶏の手羽に唐揚げ粉を付けて揚げ始める。これは結構時間が掛かる。
 
ここでお米を研いでしばらく流水にさらしておく。
 
スパゲティが冷めて来たので小分けして冷凍する。ブロッコリーを小分けしてクレラップで包み冷凍する。ほうれん草もクレラップで包んで冷凍する。やがてシチューができあがるので、冷まし始める。鶏を鍋から上げてこれも冷まし始める。
 
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そして!今日の晩御飯に取りかかる。お米をジャーに移して水加減してスイッチを入れる。それから今日のメニュー、ビーフストロガノフを作り始める。さっきクリームシチューを作ったばかりで、何ともデジャヴな感じだ。取り敢えずIHヒーターで煮込み始め(基本的に煮込み作業は忘れてしまった場合にそなえて、IHヒーターでタイマーを使用してすることを桃香とは話し合っている)た所で洗濯機が終わったので、取り出して室内に掛けたタコ足やハンガーに掛けて干す。除湿器を作動させる。それをやっている内に桃香が帰宅した。
 
「お帰り〜」
「ただいま〜、千里。何かいい匂いがする」
「今振袖脱がせるね。その服で1日仕事したら大変だったでしょ?」
「今日1日で2kgくらい痩せたかも知れん。着崩れするから、上手な人が途中で結構直してくれた」
「良かった良かった」
 
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それで千里は鍋を弱火で煮込んだまま、桃香の振袖を脱がせて、和服用の衣紋掛けに掛けて奥の部屋の鴨居に掛けた。
 
「お腹空いた」
「もう少ししたらできあがるからお風呂に入ってて」
「おやつ無いの〜?」
「うーん。フランスパンでも食べる?」
「食べる」
 
と言って桃香はフランスパンをスライスして、そのままかじり付いている。
 
「トーストした方が美味しいのに」
「待ってられん」
 
その後桃香がお風呂に入っている間に千里はクリームシチュー、唐揚げも小分けして冷凍してしまうが、そこに電話が掛かってくる。見ると新島さんである。居室に行ってから電話を取る。
 
「こんばんは。醍醐です」
「あ、千里ちゃん、ちょっと雨宮先生と連絡取りたいんだけど、取れるかな?」
「新島さんがご存じないのを私が知る訳がないのですが」
「そう言わないで何とか連絡取ってもらえないかな?」
「緊急ですか?」
「明日中に返事をもらいたいのよ。実は町添さんからの書類なんだけど」
 
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千里はため息をつく。
 
「明日の午後でも良ければ会う予定なので、渡して来ますが」
「ほんと?助かる。じゃ、申し訳ないけど、書類こちらまで取りに来てくれる?私、今夜中に仕上げないといけない曲を抱えていて」
「了解です。行きますよ」
 

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千里Aが新島さんと電話していた頃、千里Bはようやく仕事を終えて、ややぼんやりしながら電車に乗っていた。会社の最寄り駅・二子玉川からアパートの最寄り駅・用賀までは1駅しか無いが、歩けば30分近く掛かる。仕事の後で疲れていると1駅でも電車に乗りたいところである。
 
しっかしこの業界は10年経っても全く体質が変わってない! 人が居着かない訳だよ。
 
などと千里Bはぶつぶつ言いながら電車を降りるとアパートまでの道のりを歩き始めた。そこに千里Aから声が掛かる。
 
『きーちゃん、音楽関係の用事で出かけないといけないのよ。今どこに居る?』
『用賀駅を降りてアパートに向かう途中』
『こちらはごはん作り終えて、今桃香がお風呂入っている所。ちょっとチェンジしてくれない?』
『それって私が御飯食べていの?』
『もちろん』
 
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『じゃ入れ替えるけど、桃香とセックスということになる前に帰ってきてよ。私、女の子とHする趣味無いから』
『たぶん間に合うんじゃないかなあ。桃香には取り敢えず水割りでも飲ませたら今夜はダウンしてセックスまで行かない可能性もある』
『飲ませてみる』
 

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それで千里Aは自分が用賀駅の近くにいることを認識する。
 
じゃ千里ちゃん、よろしくね〜。
 
と心の中で言って千里Aは方向転換して用賀駅に向かった。東急で渋谷まで出てから乗り換えよう。しかし結局自分自身は晩御飯を食べてない!お腹空いた〜。コンビニで何か買っていこう。
 
ということでこの日千里はたくさん料理を作ったのに自分では食べそびれたのであった。
 

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千里はその晩は新島さんから
「せっかく来たついでに今月の分、これだけ作曲お願い」
と言われてタイトルと歌唱者のリストをもらい、簡単な打ち合わせもする。それで結局夜11時まで掛かってしまった。なお桃香は実際御飯を食べたらお酒を飲ませるまでもなくそのまま眠ってしまったらしい。よほど疲れたのだろう。それで千里Bは桃香を放置してミラを運転し用賀のアパートに戻ったということであった。
 
千里Aは新島さんのマンションを出ると渋谷に出て、同駅を0:01の東急で用賀駅に帰還。自宅まで歩いて5分の道のりを走って2分ほどで到着する。シャワーを浴びてからスヤスヤと寝ている千里Bを吸収して、自分も寝た。
 
千里Bを吸収してから感じる。
 
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これって2人分疲れてるじゃん!
 
『2人分仕事してんだから当たり前じゃん』
と呆れたように《こうちゃん》が言った。
 
 
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