広告:不思議の国の少年アリス (2) (新書館ウィングス文庫)
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■春代(3)

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千里は20時過ぎに「明日は入社式があるので失礼します」と言って帰らせてもらった(たぶん酒盛りは夜中まで続いたと思う)。
 
7人全員が大量にお酒を飲んでしまったので、泉堂さんがもうひとりの息子を呼ぶと、やってきたのは実際には娘さんである。
 
「あれ?息子さんじゃなかったんでしたっけ?」
「息子だったんですけどね。ちょっと海外旅行してきたら、帰って来た時は娘になってたんですよ」
「性転換したんですか?」
 
「おちんちんあるとビキニの水着を着る時に邪魔だなと思ったので、取っちゃっただけですよ」
「へー」
 
「あれ?信じられちゃった? いっそそういうキャラということにしようかな。あ、私、少なくとも物心ついた頃には女でした。それ以前に勝手に性転換されていたら分からないけど。お兄ちゃん、ゲームのバトルの時間だからちょっと待ってとか言っていつまでも動かないんで、私が来ました」
と彼女は言っていた。
 
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結局彼女が千里を南越谷駅前まで車で送ってくれた。彼女は文教大学の学生さんということであった。
 
ここは武蔵野線・南越谷駅と東武伊勢崎線・新越谷駅が隣り合っていて実はひじょうに便利な場所である。千里は新越谷駅の時刻表を見て、
 
ここから(自分のアパートの近くの)用賀駅まで乗換無しで帰られるんだ!と驚いたものの、酔いを冷ますのにはのんびりと郊外を回って帰った方がいいかなと思い、武蔵野線・南武線で登戸駅まで行き、小田急新宿行きで経堂駅まで到達。小田急OXで食料品をいろいろ買ってから、桃香のアパートに帰還した。帰宅したら
 
「千里〜、お腹が空いたぁ」
と言って桃香が裸で倒れていた。
 
取り敢えず買って来た食料品を今日配送されてきていた真新しい大型冷蔵庫に入れる。
 
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「桃香、そんなあられもない格好で寝てたら、おちんちん切っちゃうぞ」
などと言うと
 
「そんなこと言われて過去3回切られた。千里が男役してくれるなら切ってもいいぞ」
「それはさすがに勘弁してもらおう」
「千里、自分のちんちんを女の子に入れたことは1度も無かったの?」
「私は女の子には興味無いから」
「私はいいのか?」
「桃香は男の子だから」
「そうだったのか」
 
それで千里が桃香にキスしてそのまま抱きしめて愛撫しはじめたら
 
「すまん。セックスの前にごはんが食べたい」
と桃香は言った。
 

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翌朝、2015年4月1日。
 
千里は桃香のアパートで目を覚ますと、取り敢えず服を着てから朝ご飯を作った。ついでにここ数日溜まっていた服の中で洗濯優先するものを昨日配送されてきた真新しいプチドラム型・ヒートポンプ式の洗濯乾燥機に放り込んでタイマーをセットする。だいたい桃香の帰宅する時刻に合わせて乾燥が終了するようにし、桃香が帰宅してから干す方式で行こうということにしている。桃香が干し忘れる可能性は大いに!あるが、しわになるのは気にしないということでふたりは合意している。
 
「桃香、起きて」
「あと30分寝せて」
「今日は振袖着ないといけないから」
「あ、そうだった。めんどくさいなあ。だけど女だけに振袖着せるのって不公平だよな。男にも着せればいいのに」
 
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「男に振袖着せるのは気持ち悪い。でも男女差別の酷い会社は多いよ」
「日本は困った国だ」
 
文句を言いながらも起きてきてトイレに行った後、どうせすぐ着替えるしなどと言って、パンティとトレーナーだけで食卓に座り、一緒に朝ご飯を食べる。
 
そのあと千里が桃香の振袖の着付けをする。
 
「ありがと、ありがと。千里手際がいい」
「元々は桃香のお母さんに習ったんだけどね」
「しかしこれ実用的じゃないよなあ」
「まあ晴れ着だから。普段着にするのなら化繊の着物とかがいいんだよ」
「千里何枚か持ってるね」
「うん。簡単に着られるし、洗濯機で洗えるから便利だよ」
「私はポロシャツにパンツというのが楽でいい」
「お茶の水のOLだから、桃香毎日スカート穿いて出社しなきゃ」
「美緒に見立ててもらって何枚か買ったし、千里から何枚かもらったけど、それも面倒だ。なんかスカートなんて穿いてたら女装でもしているみたいで気分悪い」
 
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「まあ仕方ないね。そのうち総理大臣になってスカート禁止法とかでも制定する?」
「あ、それいいな。女性のスカート禁止」
「男はいいの?」
「可愛い男の娘ならよい」
 
髪は簡単にまとめて横に大柄の花飾りを付けた。桃香は元々かなり短い髪にしていたのだが、会社の面接の時「その髪は短すぎる」と注意されたので、しぶしぶ少し伸ばしたのである。
 
「この花飾り、いっそ生花でできないものかね」
「しおれちゃうよ」
「やはりそうか」
「成人式や結婚式で生花を使う人がいるけど、直前に付けるのがコツ」
「なるほどー」
 

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桃香をミラに乗せて、この日は永福出入口から首都高4号に乗り、神田橋で降りて桃香の会社の近くまで行った。早めに出たのでまだ車の量が多くなく1時間も掛からずに到着できた。
 
そのあと千里はいったん用賀の自分のアパートまで戻る。そしてジャージ!に着替えて、粉のスポーツドリンクを水で溶いて水筒に詰めバッシュとボールを持って出かけることにする。
 
「じゃ、千里、会社のほう頑張ってね」
と声を掛ける。
 
「うん。千里も練習頑張ってね」
と初日なのでローラアシュレイのビジネススーツを着てメイクをしている最中の千里は答えた。
 
再びミラに乗って、出勤する千里(千里B)を用賀駅で降ろした後、もうひとりの千里(千里A)は都内の某体育館に行く。しばらくひとりで練習していたら、9時頃、佐藤玲央美がやってくる。
 
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「おはよう」
「おはよう」
 
と挨拶しあい、玲央美がウォーミングアップした後、ふたりで1on1やシュート練習などをたっぷりする。
 
「あ、そうそう。クラブ選手権優勝おめでとう」
「ありがとう。次は社会人選手権だ」
「皇后杯まで上がってこいよ」
「頑張る」
 
「千里、会社にはいつから出るの?」
「あ、今日入社式だったよ」
「初日からサボってるのか!」
 
「でもレオ、今日は本調子じゃないみたい」
「千里もまだまだだな」
 
ふたりともこのところあれこれ行事が多くて、やや練習不足になっていたのである。
 
「あっちゃん(花園亜津子)が千里とまたシュート対決したがってるよ」
と玲央美が言うが
 
「うーん。今だとあっちゃんががっかりするようなプレイしかできないと思う。少し鍛え直すから6月まで待ってよ」
「6月ね。伝えておく」
「でもFIBAの見せしめは納得できないなあ」
と千里は言う。
 
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3月18日に、FIBAから、U19女子世界選手権(7月18日〜)には日本は日本バスケ協会が資格停止中なので参加不可という通達があった。しかしU19世界選手権より先に行われるユニバーシアード(7月4日〜)の参加是非については6月に判断するというのである。
 
「私も。女子はもっと怒るべきだよ。男子リーグの問題で処分くらったのに女子が犠牲になるというのは不愉快」
と玲央美。
 
「まあ男子は制裁を受けるほどの実力が無かったりしてね」
「うん。それは言える。どうせ国際大会なんて出ないんだからFIBAの制裁なんて関係無いなんて言ってる人もあるようだけど、そういう井の中の蛙的な発想はよくないね。日本の男子もちゃんと育てれば世界に通用するはずだよ」
と玲央美は言う。
 
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「田臥勇太がNBA初の日本人選手になった時も世間はみんな騒いでいたのに、バスケ協会の幹部は彼に冷たかったね。日本の国内リーグに貢献もしてない選手なんて日本代表には要らんみたいな変な話もあったし」
「うん。あれは酷かった。今回の事件をきっかけに変わるといいけどね」
 
「そちら、フル代表はいつ招集されるの?」
と千里は訊く。
 
「5月上旬と聞いてる。そのあとはアジア選手権の終わる9月5日まで、ほとんど自分のチームには顔を出せなくなると思う」
と玲央美。
 
「たいへんだね〜」
 
「千里のほうはどう?ユニバ代表は昨年招集された顔ぶれとまるで変わってたね」
「そうそう。半分入れ替わってる。ここから更に半分くらい落とされるから結局昨年招集されたメンツで実際に代表に残れるのは4人だけ」
 
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「凄いサバイバルだね!」
と言ってから
「あれ?もう代表発表されたっけ?」
と玲央美は訊く。
 
「あ、ごめーん。それ私が言ったって言わないで」
「内部情報か」
「その手の情報はレオのほうがよほど詳しい」
「世界の壁は厚いけど、優勝狙って頑張ってよ。2011年は12位、2013年は13位だったけど、怪我人とかが出た不運もあったからね」
 
「いや、怪我人以前に、あれは私も世界のレベルを思い知った。アジアとは全然違うもん。でも今回は私は出ないし」
 
玲央美は顔をしかめる。
 
「なんで?」
「辞退した」
「なんで〜?」
「うん。篠原さんからサブのシューターは(伊香)秋子と(神野)晴鹿とどちらがいいかと尋ねられたから、私が辞退しますからそのふたり両方出してあげてと言った」
 
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「うーん・・・篠原さん、千里の性格が分かってないな」
と言って玲央美は頭を抱えている。
 
「まあ実際問題として私は社会人で全然練習時間なんか取れないし、大学院に進学して大学のバスケ部でたくさん練習できるその2人の方がいいと思うんだよねー」
 
「でもこうやって会社サボって練習してる」
「まあね」
「取り敢えずこちらも5月か6月に代表が本格稼働するまで練習不足になりがちだし、良かったら練習付き合ってよ」
「OKOK。私は平日の午前中はだいたいここで練習するつもりだから。今度の土日はちょっと用事で出てこられないけどね」
 
「要するに会社行く気、全く無いんだ!」
「フレックスだよ」
「ほんとに〜?」
 
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玲央美のほうは本当にフレックスということで、13時から21時までの勤務だが、実際には最後の3時間はチームの練習で読み代えることになっている。つまり実質的には13時から17時まで勤務してそのあと1時間の休憩を置いて18時から21時までチームの練習に参加する。練習も仕事なのである。
 
この日千里は午前中4時間ほど体育館で汗を流した。
 
この体育館での平日午前中の練習というのは昨年の春〜秋のシーズンオフにしていたもので今年も先月から再開したのだが、メンツには溝口麻依子(主婦・40minutes)・森田雪子(大学院修士2年・40minutes)・六原塔子(パート勤務・江戸娘)・入野朋美(愛知J学園高校→J学園大学→レッドインパルス)など様々な所属・立場のメンバーがおり、最大6-7人集まることもある。あくまで各自が勝手に練習していてたまたま遭遇したからちょっと手合わせしたという建前になっている。
 
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この日の練習は8時から始めて、9時から玲央美が参加、11時過ぎてから「買物のついでに寄った」という麻依子が2歳の希良々ちゃんを連れて出てきて、子供はベビーカーに乗せたまま練習に参加した。千里も玲央美も時々希良々ちゃんのそばに寄って声を掛けたりあそんであげたりしていた。
 

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体育館での練習が終わった後、千里は「ついでだし」と言ってミラに玲央美を乗せて会社の近くまで送って行った。そのあと千里は車を適当に走らせていたが、コンビニを見ておにぎり・飲み物などを買った後、カラオケ屋さんがあったのでそこに入り3時間借りることにした。
 
本当は昨日、3月31日までに仕上げるよう頼まれていたものを合宿・引越とあるので期限を延ばしてもらっていた曲が2曲ある。どちらも概略はできているので今日はそれを仕上げて納品しなければならない。
 
千里はパソコンの電源を繋ぐと、MIDIキーボードもつないでCubaseを立ち上げ作業を始めた。
 
昼間のカラオケ屋さんは客が少ないので、一般に料金も安いし、他の部屋からの騒音も少ないので集中して作業するのに良い環境である。だいたいフリー・ドリンク制だし、お腹がすいたらフードも注文できる。
 
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青葉はどうにも千里の新居が気になり、4月1日は彪志が大学の掲示を見に行った間にひとりで電車で世田谷区の用賀駅近く、千里のアパートまでやってきた。
 
アパートを少し離れた所から見て考える。
 
ほんとに26日に一度下見に来た時とはまるで違う空間だ。凄くきれいにはなっているけど、きれいすぎるんだよなあ。ここはまるで神社の境内のような空間になっているので、穢れに関わることはしない方が良い。セックスはやめておいた方が良いし、できたら煮炊きなど火を使うこともしない方が良い。
 
アパートに近づいてみる。
 
その時、青葉は1階の真ん中の部屋に鍵が差しっぱなしになっていることに気づいた。
 
ちー姉ったら、なんて不用心な! きっと慌てて出かけたので鍵を取り忘れたのだろう。鍵を外してあとでちー姉に渡そう、と思ったのだが、中に入ってみたい気がした。私が入るの、別に悪くないよね? 私、ちー姉の妹だし。
 
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青葉はそう言い訳して鍵を開け、中に入った。
 

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春代(3)

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