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■春代(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-07-18
 
翌朝、千里はまた桃香の家に行き、一緒に御飯を食べて桃香を送り出してから自分のアパートに戻り、千里Aは体育館にバスケの練習、千里BはJソフトにお仕事に出かけた。午前中のバスケの練習にはこの日は玲央美の他、橘花と雪子も来て4人での練習になった。橘花は小田急沿線にある高校の教師になったので、今期も可能なら40minutesに参加したいということだった。
 
「でも神奈川県の教員チームに勧誘されない?」
「できるだけ目立たない振りをしておく」
 
練習が終わった後、千里は車で首都高に乗ってぐるっと一周してみた。
 
「やはりこちらかな」
と独り言を言い首都高を降りる。それで世田谷区の烏山界隈を走る。通りがかりのスーパーでよく冷えたコーラのファミリーサイズにビール6缶を買う。氷ももらって車に積んでいる発泡スチロールの箱に一緒に入れる。
 
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「うーん。このあたりって気がしたんだけどな」
 
と千里は更に独り言を言い、通りがかりのピザ屋さんでシーフードピザLとバーベキューピザLを買った。そしてミラを走らせていた所
 
「あ、ここだ」
と明確に波動が確認できる場所を見付けた。近くのTimesに車を駐めて千里は荷物を持ち、堂々とその派手な外装のホテルに入って行った。フロントが
 
「いらっしゃいませ」
と言うと千里は
「宅配です」
と意味ありげに微笑む。
 
「了解しました」
と言ってフロントの人は通してくれた。
 

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それで千里は4階まで上がり、その部屋をノックする。なかなか反応が無いので千里は何度もノックする。
 
「いったい何よ?」
と雨宮先生の声がする。
 
「ピザのお届けに参りました」
と千里。
 
「そんなもの頼んでないけど」
と言いつつ、先生はドアを開ける。
 
「あんたか!?」
「ピザとコーラとビールのお届けに参りました」
 
「一戦交えていた最中だったのに。あんたも入って3Pしない?」
「恋人は間に合っていますので」
 

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ベッドの中にいたのは、けっこう名の売れた歌手であるが、千里は気づかない振りをする。
 
「先生のガールフレンドですか?」
などと彼女が訊くので
 
「ボーイフレンドよ。こいつこれでも男なのよ」
と先生が言うと
「うっそー!」
と彼女は言っていた。
 
取り敢えずピザを食べる。彼女はコーラを飲み、先生はビールを飲んでいる。
 
「一番搾りか。これも悪くないけど、私はレーベンブロイが好きだって知ってるくせに」
「たまたま寄ったスーパーには無かったので」
 
「そうだ。あんたにこれあげる」
 
と言って先生は怪しげな薬のシートを千里に渡す。
 
「まるでエクスタシーみたいなマークが入ってますね」
「なめてごらんよ」
「なめるだけでいいんですか?」
「気に入ったらシートごとあげる」
 
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それで千里は1錠出して舐めてみた。
 
「ラムネじゃないですか」
「私がそんな危険な薬を使うわけないじゃない。でもあんた平然としてるから面白くない。この子はキャーっとか騒いだのに」
 
「でも先生、命拾いしましたね」
「なんで?」
 
「もし先生が麻薬などに手を出すようになったら、私がこの手でずっとハイな気分でいられる場所に送り届けてあげようと思ったのに」
 
と言って千里はバッグの中から大型の拳銃を出す。彼女がうそー!?という顔をしている。
 
「ちょっと!あんたの方がよほど危険じゃん」
と雨宮先生。
 
「ご存じコルト・パイソンですよ」
 
と言って千里はその大型の拳銃の引き金を引く。
 
カチッという音がして銃身の先に火が点いた。
 
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「ねね、このラムネ菓子10シートとあんたのそのライター交換しない?」
「いいですよー」
 
というので千里は交換に応じた。
 
「すごーい! 私、拳銃と麻薬の取引の現場に遭遇しちゃった!」
と彼女が言っていた。
 

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ピザを食べ終わった所で彼女を帰して、千里と雨宮先生の2人だけで話す。
 
「ところで何だったっけ?」
「この呼び出しで来たのですが」
 
と言って千里は雨宮先生の字で《広告チラシの裏》に書かれたメッセージを見せる。
 
《おまえのひみつをしっている。ばらされたくなかったらおかまのひまでにこい》
 
「まだ日数があるけど」
「4月4日は私は奈良まで行って来ないといけないんですよ」
「カラリパヤットの試合か何か?」
「カラリパヤットはやったことないですね。バスケットボールなら12年ほどやっていますけど。法事なんですよ」
 
「あんたもいつも忙しいね」
「おかげさまで。でも引越前で良かったです。30日に引っ越したんですよ。これ、郵送もしていますけど」
 
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と言って千里は移転通知のハガキを1枚雨宮先生に渡した。
 
「そういえば2週間くらい自宅には帰ってないな」
などと言いながらハガキを受け取る。
 
「なんで住所2つあるのさ?」
「どちらも世田谷区で距離は2km程度ですが、私自身のアパートは用賀の方です。郵便物はそちらに送ってもらった方がいいですが、書留とか宅配便は友人宅の経堂の方が確実に受け取れると思います。用賀の方は何日も留守にすることがしばしばあると思うので」
 
「ああ、あんたも割と不在がちだもんね」
「バスケの試合や合宿がありますし、ソフトハウスの仕事も何日も会社に泊まり込むようなこと多いみたいなんですよ。それに雨宮先生に言われて突然リオデジャネイロまで、なんてこともあるし」
 
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「友人ってより実際は夫婦なんでしょ?あの子と」
「マリッジリング交換しましたよ。私バスケ選手だから指輪は実際にはつけられませんけど」
「じゃ彼女だけつけてるの?」
「あの子は浮気をたくさんしたいみたいだからつけてないです。お互い持っているだけですね」
 
「まあ、それもいいかもね。でもあんた自分のパートナーが浮気しても平気なんだ?」
「私も浮気してるから」
「変な夫婦!」
「雨宮先生の所には負けます」
 

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「まあそれでさ。今月中か来月頭くらいまでに沖縄まで行ってきてもらえないかなと思ってね」
と雨宮先生は言った。
 
「まあ国内ならいいですよ。私、今パスポートが切れてるんですよ」
「それは困る。また作っておいてよ」
「分かりました」
 
「でも前のパスポートっていつ作ったんだっけ?」
「高校の時です。海外の大会に参加するのに作ったんですよ」
「なるほどね」
 
と言ってから雨宮先生は考えている。
 
「あんたさ、入出国する時に性別のことでトラブったりしない?」
「1度だけありましたね」
「1度で済んだのか。私は毎回のようにトラブってるよ。あんたどのくらいの頻度で海外に行ってるの?」
と先生が言うので、千里はバッグからパスポートを取り出してお見せする。
 
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「凄い。これページが増補してある」
「足りなくなったので」
「凄い回数だね。あんた毎年4−5回海外に行ってるでしょ」
「そんなものだと思います」
「最後のスタンプが2012年か。じゃ3年間海外に出てなかったのか」
「そうなんですよ。最後の入出国がその年にタイに性転換手術に行った時で。そのあとしばらく身体を休めていたし、バスケも一時引退していたし」
 
「・・・・」
「どうしました?」
「あんた高校の時には性転換手術終わってたよね?」
「はい」
「なんで2012年に性転換手術したわけさ? あんた男に戻ったんだっけ?」
「まさか。男から女になるための手術ですよ」
「意味が分からないんだけど」
「みんなそう言いますね」
「だいたいこのパスポート、性別が女になってるじゃん」
「まだ戸籍は直してなかったのに、なぜ性別女で発行してもらえたのかは私も謎なんですよ」
 
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「まあそれでさ。木ノ下大吉さんに会ってきて欲しいのよ」
「私で済む話なんですか?」
「あんたの妹を連れて行って欲しいんだけど」
 
「何か霊的なことに関わるお仕事ですか?」
「ちょっと怪異があるみたいでね」
「それなら妹だけでいい気もします」
 
「私の勘が言ってるんだ。これはあんたと妹と2人が同時に必要な案件だってね」
「私は何も力は無いですけど」
「何の力も無い人が、私の居場所を見付けられる訳無いさ」
 
「それ私も困ってるんですけど。居場所をせめて新島さんだけにでも連絡しておいてもらえませんか? それでこれは町添さんからの書類です。こうやって私が届けるはめになりましたし」
 
と言って千里は書類の束をクリアファイルに入れて渡した。
 
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「誰からも連絡されたくないから居場所を教えないんだけどね」
 
と言いながら、先生は書類を開けてみていた。
 
「これ今日中に返事しないといけないよね」
「お願いします」
「じゃ今書くからあんた届けといて」
「分かりました」
 

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千里はその日雨宮先生に書いてもらった書類を青山の★★レコードに届けに行き、その後、その日は江東区の体育館に行く。ここで火木土には40minutesの練習をしているのである。練習時間は火木は15-21時だが、自分が参加できる時間だけ参加すればいいことにしている。実際には火木は学生は17-21時、主婦は15-17時、会社勤めの人は19-21時という感じで、時間帯が完璧に分散している。15-21時と6時間通して参加するメンバーはまず居ない。土曜は12-16時としているので、わりと揃うのだが、毎回参加しているのに土曜日しか顔を合わせないという同士もいる。
 
千里は毎日午前中に世田谷区の体育館で「自主練習」をする他、週3回は40minutesの練習にも参加しているのである。
 
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千里Aがここで練習をしている時間帯、千里Bの方は会社で仕事をしている。そしてBが仕事をあがるくらいの時間でAも練習を切り上げて、だいたい似たような時間で帰られるようにしていた。ちなみにAが練習を終えて用賀のアパートに戻るのに使うのは半蔵門線−東急田園都市線のラインなので、タイミング次第ではAとBがほぼ同時に用賀駅に到着する場合もあった。なおAとBは別のパスモを使用している。また携帯は情報を共有できるよう出羽の佳穂さんが二重化して「完全コピー携帯」の状態にしてくれていて発着信のみならず内部メモリーやSDカードの中身まで連動する。
 

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