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■春宴(6)
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青葉たちは結局その場に1時間ほど留まっていたようである。戻ってくると竹田が
「お疲れ様。何とかなったみたいだね」
と声を掛ける。
蓮のお母さんも
「片付いたんですか?」
と訊く。
「今夜は遅いので明日仕上げをします。この付近に杉の葉の落ちているのを拾っても構わないような林はありませんか?」
と尋ねる。
「杉ですか。アテ(アスナロのこと)なら、うちの親戚が持っている山に沢山生えてますが」
「アテならもっといいです! 山深い所ですか?」
「山奥ですけど車で行けますよ」
それで話し合った結果、親戚の人と青葉、森元さん、喬・蓮の兄弟の5人でそのアテの葉を拾う作業をすることになった。竹田は明日石川県内で予定が入っているものの、そちらを片付けてからまた来るということであった。
青葉はその日C市内のホテルに泊まり、朝から森元さんの家に行く。親戚の人が8時頃来たので、一緒に森元さんの車で山奥まで行った。実際には車を降りてから更に30分ほど山道を歩く。親戚の人も青葉も山道は平気だが、後の3人は慣れていないようで、結構休み休み行った。
土地の境界の目印に紐を結んだ木があるので、ここから先は取っていいよと言われる。更に新鮮なのがいいだろうと言われて、親戚の人は演芸用のハサミでたくさんアテの葉を切り出してくれた。これを拾って行く。親戚の人と青葉が150個くらいずつ、他の3人には50個くらいずつ拾ってもらう。拾ったアテの葉はビニール袋に入れ、親戚の人、青葉、喬さんの3人で持って車まで持ち帰った。
戻って来たのはもうお昼である。お昼御飯を頂いてから、問題の場所に青葉と喬さん・蓮さんの3人で行く。ここの土地の所有権は道路公団にあるということだったので、その問題に関してはバッくれておくことにする。
最初に青葉がエリアの四隅に枝を建てた。この枝と枝の間にアテの葉を埋めていくことにする。
「だいたい30cm間隔くらいで埋めていって下さい」
と青葉は言い、埋め方を実際にやって示す。それで3人で手分けしてこの作業をする。
40分ほど掛けてこの作業が終わるが、全部埋め終わった後で青葉は全周を見て周り、埋め方の甘い所に補間するように予備のアテの葉を埋めた。
埋める作業をしていて青葉はふと思った。この兄弟ってまるで弁慶と義経みたい。体格の良いお兄さんが弁慶。女みたいな容姿の蓮さんが義経。実際いつもお兄さんは蓮さんを気遣っているよう。しかしこの人のズボンどうもレディスっぽいな。
終わった所で、いったん2人には少し離れていてもらうように言い、そこで真言を唱える。
「終わりました」
と言って青葉はニコっと笑った。
「でもこれ雨とかが降って流れたりしないんですか?」
「いったん霊的なバリアができてしまえば、その後はその程度のことでは大丈夫です。
最後に四隅に建てた枝を抜いて持ち帰った。その後、家の周囲の封印を整え、家の内部で問題のある箇所を点検・調整した。
「ここの窓はできるだけ開けないようにして欲しいんです。何かでふさぐのが理想なのですが」
「じゃ、窓の手前に断熱シートでも貼っちゃいましょうかね」
「それもいいですね。アルミ製のとかだと遮蔽効果も高いですよ」
午後3時くらいに竹田さんがやってきて
「見事に処理されているね。さすが!」
と言った。
「それではもう大丈夫なのでしょうか?」
と森元さんが訊く。
「しばらくは後遺症でまた悪夢を見たりするかも知れませんが、招かれても中に入ったりしない限り大丈夫ですよ」
と竹田は言った。
後で調べて分かったことだが、平泉で義経主従が藤原泰衡に攻められたのが文治5年閏4月30日・己未で、この日は木曜日であった。蓮さんが最初に呼ばれたのが今年の1月30日・木曜だったという。同じ30日・木曜日というので同調しやすかったのかも知れないと青葉は思った。
浪ノ戸姫は義経と弁慶は2人で逃げおおせたはずと言っていた。通説ではふたりは北上川方面に行き水路脱出しようとして、弁慶は敵の矢を受け支流の衣川傍で立ち往生し、義経も今義経堂が建つ場所で自刃したとされている。実際はどうだったのだろう。
義経の生存伝説は古くからあり、蝦夷地まで渡って行ったという話もある。そして平泉で死んだのは、義経の影武者・杉目太郎行信で、彼の首が義経の首と称して鎌倉に送られたというのである。行信は「狐忠信」で有名な佐藤忠信の兄弟とされるので浪ノ戸姫にとっても兄弟ということなのだろう。
実は平泉で死んだ義経の妻が誰なのかについても諸説あるのだが(有力な説は郷御前)、今回の事件の内容をそのまま信じれば、浪ノ戸姫と考えていいのかも知れないと青葉は思った。
ただそれにしても佐藤兄弟たちの母・乙和御前が何故越中の地に居たのかというのもよく分からない。佐藤一族は元々福島の人のようだし、乙和御前は義経を保護した藤原秀衡の従妹に当たるのでこの人も東北に居ていいはずだ。
6月下旬。政子から青葉に電話がある。
「青葉、例の神社に招き猫を設置するから」
「招き猫ですか!?」
「常滑焼の窯元さんに頼んで、今週中に焼き上がるらしいから、今週末、こちらに出てこられない?」
「今週末ですか?」
「うん。じゃよろしくねー」
ということで政子は青葉の返事も聞かずに切ってしまった。いや、今のはこちらが同意したと思っているかも知れないぞ!
政子の話は省略されすぎていて全然分からなかったので冬子に電話して確認すると、青葉が出演したローズ+リリーの仙台公演の後で、打ち上げしている時に、あの神社に狛犬代わりに白黒の招き猫を置こうという話で盛り上がったのだそうである。
「出席者の中に常滑焼の窯元と知り合いの人が居て、その人は皿とかを焼いているんだけど、その知り合いに大きな招き猫を作っている人があったんで、そのツテで頼んだんだよ」
「黒猫ですか?白猫ですか?」
「右手を挙げた黒猫と、左手を挙げた白猫」
「じゃ、左右に対にして置くんですね?」
「そうそう」
「サイズはどのくらいですか?」
この時点では青葉はふつうの家庭にあるような10cm程度のサイズのものを想像していた。それで祠の床部分にお人形でも置くかのように置けばいいと思ったのである。
「20号だって」
「それかなり大きなものでは?」
「うん。高さ63cmだって。その頼んだ窯元も左手を上げた20号の型は持っていたけど、右手を上げたのは持ってなかったらしいんだ。それで息子さんが機械の部品を作る会社に勤めていて、3Dプリンタを持っていたから、それを借りて反転させた型を作って、それを元に制作したらしい」
「3Dプリンタは便利ですね。冬子さん、自分のボディダブルを3Dプリンタで作れますよ」
「やってみたいね。身体が3つくらい欲しいことあるから」
「冬子さん仕事のしすぎだもん。でもそんなに大きな猫と置き場所を何とかしないといけませんね」
「うん。だから台座を作ってもらったんだけど・・・・政子から聞いてるよね?」
「聞いてません!」
「え?だって仙台公演の翌日政子が電話してたからその件話してたかと思ったのに」
「私が聞いたのは作曲依頼の件だけです」
それもいきなり大宮万葉と命名されちゃっただけだったんだけど!
「じゃ悪いけど事後承認で。もう作っちゃったから」
「まあいいですよ」
「で、その設置を6月29日にやるんだけど、出てこれる?」
「出て行きます!」
それで青葉が千葉に住む桃香に連絡を取ったところ、向こうは桃香・千里が彪志を車に乗せて現地入りしてくれることになった。
連絡を終えてからふと後ろを見ると、《ゆう姫》が何だか楽しそうである。
『どんな可愛い子か楽しみ〜』
などと言っている。
『僕(しもべ)って猫だったんですか?』
『猫は距離感が良いのだよ。犬はべたべたしすぎて煩わしい』
『猫派の人って、よくそう言いますね』
それで青葉はその日、朝一番の《はくたか》で(越後湯沢で新幹線に乗り継ぎ)東京に出て行った。東京駅で冬子に車で拾ってもらい千葉に向かう。招き猫2体は冬子の車の荷室に積んであったが、巨大であった。
現地に行くと神社の近くにインプレッサが駐まっている。青葉たちが着くとそちらから桃香・千里・彪志が降りてきた。
「お疲れ様〜」
彪志がフィールダーの荷室から招き猫を降ろしては1つずつ神社の手前に設置されている台座の上に乗せる。彪志は白い招き猫を左側、黒い招き猫を右側に置いた。
《ゆう姫》は久しぶりに自分のホームに戻ったので、祠の中に入って、何やら歌を歌っているようだ。あの曲・・・・KARIONの『夕映えの街』じゃん。そういえば、作曲者はここで千葉の街並みを眺めながら書いたと冬子さんが言ってたっけ?ここ随分人が来ているみたいだな、などと青葉は思う。
「取り敢えず適当に置いたけど、これどちらがどっち?」
と彪志が訊く。
「ちー姉、どっちだと思う?」
と青葉は千里に訊いてみるが
「そういうのは分からないから青葉が決めて」
と千里は言う。すると政子が
「これはねー、左側に右手を挙げた黒猫、右側に左手を挙げた白猫だよ。そうすると、各々外側の手を挙げている形になって門が広くなる。今置いてるみたいに内側を挙げたら狭くなっちゃうよ」
と言う。そこで彪志は左右の招き猫を逆に置いてみた。
「ああ、確かにこの方が雰囲気良くなるね」
と桃香も言っている。
そんなことをしていたら、近くにワゴン車が駐まり、そこからテレビカメラを持った人を含めた男女数人が降りてくる。テレビ局の取材ということであった。関東周辺の「不思議」なものを探訪している番組で、リポーターは元アイドルの谷崎潤子である。どうもこの神社を定点観測しているようで色々質問攻めに合う。そしてその人たちがいる間に工務店の人が来たので、招き猫を今置いている位置でセメントで固定してもらった。
レポーターの谷崎は主として千里にあれこれ質問していたが、千里がしっかりした受け答えするので、青葉はへ〜と思って見ていた。
「そちらの神社の方もありがとうございました。今までも何度かここでお会いしましたね」
と潤子が最後に言う。
「妹がこの神社を設立したから、私は時々お掃除に来てるだけだけどね」
と千里は答えていた。
テレビ局が帰った後で青葉は千里に訊く。
「ちー姉、お掃除してくれてたんだ?」
「ここ結構ゴミが落ちてるんだよねー。ファミレスのバイトが朝終わるから、その後、ここに寄ってお掃除してたんだよ」
「ちー姉、ゴミ以外にも何か掃除してない?」
「ゴミ以外? ああ。草とかもむしってるよ」
「ふーん。ありがとう」
青葉は千里がひょっとして《霊的なゴミ》まで掃除してくれていたのではという気がした。でもちー姉って、そんな力があるんだっけ?試してみたくなった青葉は、千里が車の方に戻るのに、その前に眷属の1人で巨体の《海坊主》と呼んでいる子を立たせてみた。すると千里はそこに《海坊主》が居るのには何も気付かないかのように、その場所を通り抜けてしまった。
青葉は考えた。ちー姉にある程度の霊感があるなら当然《海坊主》の気配に気付くはず。実際今、近くに居た冬子さんは明らかに気付いたような反応をした。政子さんも彪志もあれ?という顔をした。しかし桃姉もちー姉も何も反応しなかった。気付いたらそこを通り抜けようとは思わないはずだ。霊感のある人はこの手のものを避けて歩く。自分の霊感に無自覚な人も無意識に避ける。通り抜けられるのは、やはり霊感がまるで無い人だけだろう。
「やはり気のせいかな・・・・」
と青葉は小さな声で呟いた。
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