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■春宴(3)

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翌日は彪志の運転するレンタカーで朝から一度大船渡に行き、一昨日積み残した案件の処理を3つした。午後2時頃までにそれが片付き、車で3時間ほど走って仙台市内に入った。
 
彪志とキスして別れてから会場内に入って行くと、★★レコードの加藤課長、スターキッズの面々、それに櫛紀香さんが居る。
 
「おはようございます」
と挨拶する。
 
この日19時からのローズ+リリーの公演で、ちょっと顔を出すことになっていたのである。
 
「リーフさん、こんにちは」
と加藤さん。
「青葉ちゃん、おっはー」
と七星さん。
 
櫛紀香さんとは初対面だったので名刺を交換した。もっとも櫛紀香さんのは仲間内で使っている名刺のようで、本名の芳田卓郎という名前と携帯の番号とアドレス、それに可愛い女の子風に描いた似顔絵入りだ。青葉の名刺は肩書き無しで「川上青葉」という名前とメールアドレスのみが入っている。
 
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「可愛い似顔絵ですね」
「それが女の子の《櫛紀香》ちゃんのイメージということで」
と櫛さんは言う。
「女装なさるんですか?」
「しない、しない」
 
と言ったものの、七星さんが
「私、櫛紀香ちゃんの女装写真見たことあるよ」
などと言う。
 
「あれは黒歴史ということで」
などと本人は言っている。何でも罰ゲームで女装させられて写真を撮られ、ネットに流されてしまったらしい。
 

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青葉が到着してから少しして、南藤由梨奈と彼女の伴奏者たちが到着する。
 
「鮎川先生、おはようございます」
と青葉は挨拶する。
 
「おはよう、青葉ちゃん」
 
伴奏者は南藤由梨奈のディレクター役もしている鮎川ゆまと、彼女の古い友人で、彼女と一緒に2011年まで Lucky Blossom というバンドに参加していた鈴木さん(Gt)、貝田さん(B)、咲子さん(Dr)である。青葉は昨年ゆまにサックスを習っていた。
 
「あれ?だったら以前も、この4人で活動していたんですか?」
と雑談していて、櫛紀香さんが驚くように言った。
 
「うん。実はLucky Blossomを結成する以前、この4人でRed Blossomというバンドをしていたんだよ」
「もしかして河合さんたちとは別ですか?」
 
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「そうそう。河合君たちはLucky Tripperというバンドだったんだよ。それを合体してLucky Blossomになったんだ」
「それは知らなかった」
 
「じゃこの4人でまた活動再開ですか?」
と青葉が尋ねると
「どうだろう?」
とお互い顔を見合わせている。
 
「君たちがバンドとして活動するなら、僕がどこかに口を聞いてもいいよ」
などと加藤さんは言っていた。
 

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18時前に加藤さんがケイを迎えに車で出る。18時半頃、ふたりで戻ってくる。18:45くらいになってから、マリがUTPの花枝さんの車で南相馬から到着する。ふたりは今日16:30から南相馬で行われたローズクォーツの公演のオープニングに出たのだが、マリは出番が終わったらすぐに車で移動開始し、ケイの方は幕間にKARIONの蘭子としても出演した後、ヘリコプターで仙台まで移動したのである。結果的にはマリより1時間遅れで南相馬を出てヘリコプターで移動したケイの方が先に到着したが、計画ではどちらが先に着くかは微妙とみていたらしい。
 
青葉は、ケイさんって忙しすぎるよなあと思う。4月1日に記者会見して「ローズクォーツも続けます」と言ってたけど、本気で続けるのだろうか?
 
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やがてローズ+リリーの公演が始まる。青葉は南藤由梨奈や七星さんたちと一緒に楽屋で演奏を見ていた。青葉が平泉で買っていた《黄金かもめの玉子》と七星さんが昨日郡山で買って来たという《三千里》というお菓子を開けて食べていたのだが、青葉はその《三千里》が一瞬《三・千里》と空目してしまい、千里のことを思い起こしていた。千里が3人?
 
でもまさかあんな場所で遭遇するとは思わなかったなあ・・・。
 
3月下旬の連休、奈良で瞬嶽の一周忌法要が営まれた。そこに千里が来ていたのである。
 
「ちー姉、どうしたの?」
「呼ばれたから来た」
と千里は言う。
 
ちょうどそこに瞬醒が通り掛かり
「あ、瞬葉ちゃん、瞬里ちゃん、ちょっとお花を移動させるの手伝って」
と言うので、
「はいはい」
と言って、千里とふたりで届けられた花が祭壇のレイアウト変更で動かさなければならなくなったのを手伝った。
 
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「瞬里って?」
と千里に訊くと
「青葉の家族の葬儀に瞬嶽さんがいらっしゃって、私がその後、ここまで送って来たでしょ? その時に名前やると言われてもらっちゃったのよね。瞬嶽さんの気まぐれだよ」
と千里は言う。
 
「印可ももらってたの?」
「まさか。私、般若心経も分からないよ」
 
どうもちー姉って、何か隠してるよなあと青葉は思う。師匠がそんなに気まぐれで《瞬》の文字の入る名前をくれるものだろうか?長谷川一門の末端の弟子はたいてい直接の師の名前の一部が入った名前か《山》の字が入った名前をもらう。実力が認められたら《岳》の字の入った名前になり、かなり上位の人でないと《嶽》の字の名前は認められない。そして《瞬》の字の付いた名前をもらった人はおそらく30人くらいしか居ないはずだ。そのほとんどが免許皆伝の証しである印可までもらっている。ちー姉ってまさかとんでもなく凄い人ということは??
 
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ただ千里のオーラは青葉が見る限りは大したことない。むしろ冬子さんや政子さんの方が強い霊感を持っているように思う。でもちー姉はあの時、師匠を送っていった時に師匠とどんな話をしたのだろう? あの一周忌の時はこちらがバタバタしていてあまり話す機会が無かったけど、一度訊いてみたいなと青葉は思った。
 

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19:40頃、KARIONの和泉・美空・小風の3人が氷川さんの運転する車で到着する。3人は南相馬で蘭子(冬子)と一緒にローズクォーツのゲストタイムに出演した後、車で移動してきたのである。冬子がヘリで移動しているので一緒に移動しても良かったはずだが、ヘリの定員の問題と、危険分散の意味で他の3人は車での移動になったようだ。
 
彼女たちが到着して間もなく、ローズ+リリーの公演前半が終わり、KARIONの4人が幕間ゲストとして出て行く。
 
この時、ローズ+リリーのケイが最初に上手に退場し、その後マリが退場した。それから下手からKARIONの和泉・美空・小風・蘭子が登場した。この登場に客席からは「えーー!?」という声が上がっていたが、冬子はケイが退場した後、マリが退場し和泉・美空・小風が登場する間に、上手から下手まで舞台裏をダッシュ走した上、衣装も一瞬で替えたのである。よくやるなあと思って青葉は見ていた。
 
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このKARIONのゲストタイムが終わった所で南藤由梨奈と伴奏陣が出て行く。青葉も七星さんとおそろいのピンクゴールドのサックスを持って出ていく。ゆまさんと3人でサックスを三重奏するのである。青葉は自分にまで
「リーフちゃーん!」
などというかけ声が掛かるのでびっくりした。
 
この幕間でサックスを吹いた後は、加藤さんに仙台駅前まで車で送ってもらい、青葉は高岡行きの夜行バスで高岡に帰還した。
 

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ところが月曜日学校から帰って宿題をしていたら政子から電話がある。あの2人から連絡がある時はたいてい冬子の方が連絡してくるので、珍しいなと思って電話を取る。
 
「昨日はお疲れ様でした」
「そちらもお疲れ〜」
 
と取り敢えずは挨拶を交わす。
 
「青葉のね、名前を決めてあげたよ」
「は?」
「私が岡崎天音になるから、青葉は大宮万葉ね」
「何ですか?それは」
「じゃ、後で歌詞を送るからよろしくー」
「あ、はい」
 
青葉は携帯をオンフックしたものの、何のことやらさっぱり分からない!!
 
しかしその夜9時頃に歌詞がFAXで送られてきた。岡崎天音作詞・大宮万葉作曲・『黄金の琵琶』カリオンと書かれている。どうもこの作詞作曲者名でKARIONが歌う曲を書いてくれということのようだ。
 
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やれやれと思ったが、今回の東北行きで平泉で見た金色堂のイメージ、そして迎賓館跡で琵琶の撥(ばち)を拾い、青葉の後ろに付いている《ゆう姫》が琵琶の演奏をしていたなというのを思い出し、そのイメージで青葉は曲を付けて行った。
 
メロディーとギターコードができあがったところでキーボードを接続してCubaseを起動する。
 
取り敢えずいつも使っているドラムスパターンをコピペする。
 
KARIONの曲はあまり16分音符を使わない曲が多いので8分音符にクォンタイズを設定してメロディーをリアルタイム入力をした上で細かい音符の長さの調整をする。
 
どのパートから始めるかというのは結構人によって差があるようだ。ベース、ギターと入れてからメロディーを作るという人も結構多い。ギタリストには特に多い気もする。青葉の場合は最初にメロディーラインの発想があり、それに調和するように伴奏を作っていく。キーボード弾き、特に正規の教育を受けていないキーボード弾きにはこういう作り方をする人が結構いるかも知れないと青葉は想う。
 
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それで青葉はメロディーがだいたい固まった所で、ドラムスのフィルインを自分のフィルインストックからコピペし、ギターのバッキング、ベースラインもキーボードから入力して調整する。
 
これで楽曲の基本はできたので何度か試聴して再調整した上で、その他のパート作りに進む。ここからは編曲作業である。
 
メロディ(和泉パート)のトラックを3度・5度下げて小風・美空のパートを作り、その上で各々調整を加えていく。そして蘭子のパート、ピアノ・サックスのパートも付加していく。このあたりは一応譜面に書いた上で入力するのだが、半ば即興で弾きながらその瞬間の思いつきでフレーズを入れたりもしている。最後に間奏を入れ、前奏とコーダも作り、更に調整を続ける。
 
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かなりまとまり始めた所で、《ゆう姫》が言う。
 
『ちょっと鳴らしてみて』
『はい』
 
それで試奏させると姫が言った。
 
『なぜ琵琶の音が無い?』
『確かに!』
 
『しかし青葉、琵琶の演奏したことあるか?』
『無いです』
『だったら今日は特別に私が演奏してやるからそれを使え』
『ではお言葉に甘えます』
『この分は付けておくから』
『了解〜』
 
それで姫様が青葉の作った曲の試奏に合わせて演奏してくれたのを取り敢えず手書きで五線紙に書き取り、それを今度は打ち込んでみたのだが
 
『それは全然違う』
と言われる。
 
どうも弾き方そのものの問題があるようだ。つまり青葉の打ち込みでは琵琶の弾き方を再現できていないのである。
 
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私、撥弦楽器やったことないからなあ、と青葉は思う。誰か琵琶が弾ける知り合いは居なかったっけ?
 

翌日、青葉は学校で空帆にこの曲を聴かせてみた。
 
「ああ、これは酷い。これは音だけ琵琶で中身はピアノだよ」
と言われる。
 
それで彼女に青葉の書いたスコアを見ながらギターで演奏してもらった。それを音で取り込んだ上でMIDIに変換し、音色を琵琶の音に設定する。
 
空帆は「さっきのよりはかなりマシ」と言う。《ゆう姫》も頷いてはいるがまだどうも不満な様子である。
 
「空帆、琵琶が弾ける人知らないよね?」
「うちのお婆ちゃんが弾ける」
「紹介して!」
 
青葉が冬子に電話して確認すると時間的な余裕はあるようであったので(政子に電話しても埒(らち)が明かない)、次の週末に一緒に空帆のお祖母さんの家にお邪魔した。それで空帆がギターで弾いたものを音色だけ琵琶の音に変換したものを聴かせると
 
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「これは三味線弾きさんが弾いたような琵琶だ」
とおっしゃる。
 
「すみません。良かったら、おばさまに演奏して頂けませんか?」
「いいよ」
 
それで何度か今のを聴いてもらった上で、軽く練習してもらってから演奏してもらい録音することにする。その時、《ゆう姫》がすっと、お祖母さんの後ろに付いたのを青葉は見た。
 
演奏を録音する。
 
終わった所で
「お婆ちゃん、すごーい!」
と空帆が言った。
 
「私、今どうしたんだろう? 自分でも信じられないくらい上手く弾けた」
とお祖母さん本人も言っている。
 
《ゆう姫》がVサインをしている。この姫様も結構現代生活に慣れているなと青葉は思う。
 
ともかくも、空帆のお祖母さんの協力でこの曲は完成し、青葉は無事冬子の所にこのデータを送ったのであった。
 
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しかしこのデータの琵琶パートを聴いた冬子は、この琵琶があまりに凄かったので冬子の親戚で琵琶の師範の免状を持つ名古屋在住の若山鶴風さんに聴かせた所、「これは人間国宝クラスの演奏」と言ったらしい。それで結局「青葉のデータの音をそのまま使ってもいい?」と打診され、空帆に確認の上OKした。
 
あまりにも素晴らしい仮歌や仮演奏をそのまま商品版に残すというのはしばしばこの世界ではあることである。
 
カーペンターズがデラニー&ボニーの『グルーピー』をカバーした時、楽曲制作の初期段階でのカレンの仮歌があまりに素晴らしかったので、それをそのまま活かしたと言われる(『スーパースター』のタイトルで発売)。また伊東ゆかりがカバーしたことでも知られるリトル・エヴァの『ロコモーション』は本来は別の歌手に歌わせるつもりだったのが、仮歌を歌ったエヴァがあまりに上手かったので、彼女が歌ってリリースしたという(異説もある)。
 
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春宴(3)

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