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■春宴(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-01-31
 
ちょうどそこに高校生くらいの子が階段を降りて居間に入ってきた。
 
「こんにちは」
と竹田と青葉が挨拶する。
 
「ああ、もしかしてこないだ言ってた霊能者さん?」
とその子が訊く。
 
「そうそう」
「テレビで見たことがある。・・・・竹田宗作さんでしたっけ?」
 
「いや、それは僕の物まねをしているお笑い芸人さんで」
「あ、ごめんなさい!」
 
「竹田宗聖と申します」
と言って竹田はその子にも名刺を渡した。
 
「今皆さんから色々見たという悪夢の話を聞いていたのですが、お嬢さんは悪夢とか見ておられませんか?」
と竹田は訊いた。
 
「あ、えっと・・・」
とその子は何だか戸惑っている。
 
「済みません。その子、男の子で」
と森元さんが申し訳なさそうに言う。
 
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「えーー!?」
 
これには物事に驚かないように習慣づけている竹田も青葉も驚きの声を挙げてしまった。
 

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次男の蓮は彼が見た夢をこう語った。
 
「夜中に高貴な感じの女性に導かれて、大きなお屋敷の中を歩いて行くんです。事典で調べてみたらどうも平安時代頃の服のようなんですよね。やがて広い部屋があって高貴な女性と、傍に付いている女性が居て、僕はそこでいつもギターを弾くんです」
 
「ギターですか?」
「ええ。愛用のギブソンのJ-45というのをいつも使っています」
「J-45ですか!いいギター使ってますね!」
と青葉が声を挙げる。
 
「ああ、分かる?」
蓮は同世代の気安さで、丁寧語抜きで話す。
 
「私も軽音部に入っていて友人たちと一緒にバンドやってるんですよ。ギターの子がいつも、そのうちJ-45が欲しいと言ってるんですよね」
 
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「その子何使ってるの?」
「ヤイリですけど型名は覚えてないです。7-8万円くらいだったらしいです」
「ヤイリは結構いいよね。そのくらいの価格なら結構鳴るんじゃないかな」
「みたいですね。本人もわりと気に入ってるとは言ってました。最初はヤマハのFGの逆輸入品で1万5千円で買ったの使っていたらしいです」
「それはまた安い! でも僕も最初はフリマで売られていた壊れたFGを買って修理して使い始めたんだよ。買った価格は500円なんだけどね」
 
「それは凄いです!」
「修理するのに買った材料が7000-8000円掛かった気もするけどね」
「でもそういうの楽しいですよね?」
「うんうん。凄く楽しかった。ちゃんと鳴るようになった時は感激だったよ」
 
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「でもどんな曲を弾かれるんですか?」
「サケロックって知ってる?」
「星野源さん好きですよ」
「あとはトライセラトプスとか、GO!GO!7188とか、サカナクションとか」
 
「わりとオーソドックスなロックがお好きなんですね」
「そうそう。世間に迎合するのはあまり好きじゃない」
 
「そのお姫様の前でもそういう曲を弾くんですか?」
「そうそう。最初ジェットにんぢん弾いたら、何か受けちゃってさ」
「ジェットにんぢんは名曲だと思います」
「あの曲、知ってる人にはそう言う人多い」
 
「どうもガールズバンドの曲が受けるみたいだからシンティアとか赤い公園とか良く弾いてるよ」
 
「なんだか悪夢というより楽しそうな気がするんですけど」
「実は楽しいんだよ」
「やはり!」
 
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青葉と蓮がなんだか楽しそうに会話しているので竹田が少し呆気にとられて雰囲気。
 

「ただ、その後が問題でさ」
「ええ」
「僕がその姫様の娘に似てるというんだ」
「ほほぉ」
「それで、僕に姫様の娘になってくれと言われて」
「なるほど」
「演奏が終わった後で注射を打たれるんだよ」
「注射ですか?」
 
「僕は男だから娘にはなれないと言ったら、この注射を打っていれば、その内娘になれると言われて」
 
青葉は少し考えた。
 
「蓮さん、あるいは女の子になりたい男の子なのかと思ったんですが、そういう傾向は無いんですかね?」
「うん。全然無い。別に女の子になりたいと思ったことはない」
と蓮は答えるが
 
「でもお兄ちゃん、かなり女性化してるよね」
と妹の純が言う。
 
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「そうなんだよ。あくまで注射されているのは夢の中なんだけど、本当に体質が女性化しているんで、僕も困っているんだけどね」
 
「その夢ってどのくらいの頻度で見ておられますか?」
「だいたい週に1回くらい。木曜日に見ることが多いけど、ずれる場合もある」
「いつ頃から見ておられますか?」
 
「最初に見たのは1月30日の夜です。STAP細胞発見のニュースが飛び交っていたのと、山形新幹線が運休したのを覚えていたので、それで後から確認しました。この日も木曜日なんですよね」
 
「STAPですか」
「あれ、ノーベル賞確実と思ったんですけど、どうも雲行きが怪しくなってきてますね」
「そんな都合のいい話があるかと私は思いましたよ」
と竹田は言う。竹田はこういう仕事をしているが東大理学部の出だ。科学者特有の勘で「おかしい」と感じたのだろう。
 
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「とするとこれまで19回木曜日が来てますね」
と青葉は携帯のアプリを使って計算した結果を言った。
 
「あ、そんなものだと思います。実はその注射を打たれる時に毎回アレのサイズを測られるんですよ。いや、女子高生の前で言っちゃっていいのかな」
 
「あ、私、男だから平気ですよ」
と青葉が言うと
 
「えーーー!?」
とみんな驚く声。
 
「川上君、そういう冗談は控えなさい」
と竹田さん。
 
「ごめんなさい」
と青葉。
 
「いや、それで最初に測られた時に6cmちょうどと言われたのを覚えているんですが、一昨日測られた時に4.1cmと言われましたから」
と蓮。
 
「もしかして毎回1mmずつ短くなっているとか?」
と竹田が訊く。
 
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「そうなんです。小さい時のサイズがそれで、大きくなった状態では最初に測られた時が16cm、一昨日は10.1cmと言われました。逆にバストは0.1mmずつ大きくなっているみたいで」
「胸が膨らんでいるんですか?」
 
「一昨日夢の中で測られた時にアンダー83.1cm トップ90cmちょうど言われました」
 
「それって現実に身体に変化が起きているんですか?」
「長さの方はよく分からないんですけど、立ちにくくなっているのは感じています。そしてバストは確かに膨らんでいます」
 
「7cm差があったらAAカップだね」
と純が言う。
 
「最初は5cm差があるからAAAカップだと言われたんです」
 
「病院に掛かられましたか?」
「はい。肝臓疾患とかで身体が女性化する場合があると言われて。それでお医者さんの診断なんですけどね」
「ええ」
 
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「睾丸の一部に変化が見られて、そこから女性ホルモンが分泌されているようだというのですよ」
「腫瘍ですか?」
「腫瘍ではないそうです。むしろ正常な卵巣組織に似ていると言われて、半陰陽ではないかと言われて染色体検査とか全身MRIとか取られましたけど、特に異常は無いみたいで」
と蓮。
 
「なるほど」
 
「純からは、睾丸から女性ホルモンが出てるんなら、睾丸取っちゃったら女性ホルモンも停まるのではと言われたんですけど」
と蓮は言っているが、どうも本人はあまり深刻そうではない。
 
「いっそ性転換手術しちゃったら?」
などと妹の純は言っている。
 
「まだ男辞めたくないんだけどなあ」
と蓮。
「でもこのままだと、いづれ男ではなくなってしまいそう」
と純。
 
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「うん。例の姫様のお付きの人からは、やがて女になったら姫様の娘になってくれと言われているんだよね。一昨日も『だいぶ短くなってきたね。早く無くなってしまうといいね』と言われちゃった」
 
「6cmあったものが無くなるには60週。1年ちょっとかな」
「その前に立たなくなっちゃう気もする」
「お兄ちゃん、女湯に入れるようになるのも時間の問題だね」
「すね毛は全部無くなっちゃったし、もうヒゲも生えないんだよね。それからあの付近に何かよく分からないくぼみが出来てるんだよね。小指の先が入っちゃうくらいのサイズある」
「それヴァギナの出来かけだと思う」
「喉仏も小さくなっているし」
「お兄ちゃん、声も凄く女っぽくなってきたよね。いっそお姉ちゃんって呼んであげようか」
「もう少し待って」
 
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蓮と純は何だか楽しそうに会話している。
 
青葉はこの人、さっきは否定してたけど実は女の子になりたいのでは?などと考える。もしそうなら、このまま放置でもいいような気さえしてしまう。しかし怪異については何とかする必要があるだろう。
 
その時、青葉の後ろに居る《姫様》が言った。
 
『これ何とかしたい?』
『代金次第では』
『青葉の部屋に寝場所がないから作ってくれ』
『ベッドですか?』
『祠が欲しい』
 
うーん。この女神様、私のそばにずっと居るつもりか? まあいいけどね。
 
『神棚みたいなのでいいんですか?』
『白木の板を用意すれば形は私が指定する』
『私、工作苦手です!』
『おぬしの僕(しもべ)がおるじゃろ?』
 
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あー、なるほどね。
 
『いいですよ』
『よし』
 

「竹田さん、ちょっと蓮さんを借りたいんですが」
「うん。じゃ僕は少し離れた所で見ていよう」
 
「蓮さん、ちょっと付き合ってください」
と青葉は言った。
 
「うん」
 
それで青葉は蓮とふたりで家を出る。あたりはもうすっかり暗くなっている。高速道路の橋桁の方へ歩いて行く。竹田はふたりから30mくらいの距離をおいて付いてくる。橋の下を過ぎて、少し小高くなっている所に来た。何か大きな石が1つ置いてあり、どうもこの橋の説明が書かれているようだ。
 
「こんばんわ」
と青葉が語りかけた時、蓮は目の前に夢の中で見たのと同じ部屋があり、例の高貴な女性が文でも書いていた風なのを見た。向こうはびっくりしてこちらを見る。蓮も
 
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「こんばんわ」
と笑顔で語りかけた。
 
「どうしたのじゃ?わが娘よ」
と姫は蓮に語りかける。
 
「乙和姫殿、そなたの本当の娘を連れて来ましたぞ」
と青葉に付いてきている《ゆう姫》は言った。その《ゆう姫》の姿が今蓮にも見えているようだ。
 
「え?」
「これ、恥ずかしがらずに母君の所に行きなさい」
と言って《ゆう姫》は、ずっと持っていた琵琶を前に押し出す。これは平泉の迎賓館跡で拾った琵琶だ。撥(ばち)の欠片(かけら)を守護のためにあの家に置いてきて、霊体だけが残存していた琵琶を《ゆう姫》は持って来ていたのである。
 
その琵琶は娘の姿に変じると、おずおずと乙和姫の前に進み出た。幼い女の子も連れている。
 
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「浪ノ戸?」
「お久しゅうございます、母君。こちらは私の娘、花にございます」
「おお、花と申すか。可愛いのお」
 
「一度嫁いだ身であるのに申し訳ありません。しばらく母君の近くに寄せて頂けませんでしょうか?」
 
「浪ノ戸、そなたの夫君はどうしたのじゃ?」
「九郎殿は逃げおおせたと思います。弁慶殿とふたりだけで北上川の方へ逃れて行かれました。私は直前に離縁を申し渡されましたが、九郎殿の身代わりになられた行信と共に槍を取って藤原の軍勢と戦ったのですが、殺されてしまいました」
 
「ほほお、そなた槍を持って戦ったか?」
「巴御前様ほどではありませんが、私も武士の娘。槍の練習は日々しておりました」
「偉い偉い。しかし離縁されたのか?」
「はい。九郎殿からは、そのまま逃げ延びよと言われたのですが、少しでも藤原の軍勢を留めておかねばと思いまして」
 
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「そうか、そうか。だったらしばらくここで暮らすが良い」
と乙和姫は嬉しそうに言った。
 

それで《ゆう姫》が言う。
 
「乙和姫殿、それではこちらの蓮は私が連れ帰ってもいいか?」
「済まなかった。しかしそなたの琵琶の音にはずいぶん癒やされたぞ」
と乙和姫。
 
「演奏は私も楽しませて頂きました」
と蓮。
「何だったら、まだ続けてもいいくらいですが」
 
こら、待て!
 
「おお!それでは演奏は頼む」
 
ちょっとー! せっかくお膳立てしたのに!!
 
青葉は《ゆう姫》と顔を見合わせた。
 
「でも姫様。ここは少し殺風景ですね。御館の周囲に垣根など作ってはいかがでしょうか?」
と青葉は言った。
 
「ああ。それは良いことじゃ。任せる」
と乙和姫。
 
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青葉と《ゆう姫》はホッとした。
 
「それと、浪ノ戸姫様も戻られましたし、蓮が乙和姫様の娘になる必要はないですから、注射は中止して頂けませんか?」
と青葉は更に言う。
 
「うむ。琵琶を聞かせてくれるのであれば注射はしなくてもよい」
と姫のお付きの女性が言った。
 
これで何とか話がまとまった。
 
蓮はその日もその場でギター演奏をしてあげた。青葉も《ゆう姫》も、その演奏に一緒に聞き惚れていた。
 

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