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■春宴(2)

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ゴールデンウィーク、青葉は何やらいつの間にか冬子から押しつけられた!?作曲の仕事をこなすとともに、何度か軽音の練習に出ていった。それで溜まっている岩手の方の仕事は、ゴールデンウィーク明けの5月9-11日に行うことにした。どうにも案件が溜まっているので9日(金)は学校を休むことにして8日(木)の夜行バスで仙台まで行き、その先を慶子さんに迎えに来てもらい、車で大船渡に入る。
 
青葉は9日は午前中に1件、午後から細かい案件を3件こなす。どれも土地絡みのもので、出雲の直美さんに協力してもらって霊道を動かしたり持参した風水グッズで《形殺》の影響を減らしたりして対処した。
 
形殺というのは地形や建物の形から及ぼされる風水的な影響である。例えば自分の家を見下ろすような建物が傍に建っていると、その建物に形殺される。四角柱や三角柱状の建物の角が目の前にあったりすると、その角から形殺される。それほど強くないものであれば、八卦鏡をその方向に向けて置いて反射したり、大きな金魚鉢を置いたりして緩和したりすることができる。
 
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さて、青葉はこの日の仕事が終わった後、慶子に送ってもらって奥州市平泉まで行った。ここで少し古い友人と会う。
 
「ごぶさた〜、登夜香ちゃん」
「ごぶさた〜、青葉ちゃん。お葬式とかに行かなくてごめんね」
「ううん。こちらこそ、そちらのお葬式に行かなくてごめんね」
 
木村登夜香は大船渡の生まれで青葉と同じ小学校に通っていた。しかし4つ上のお兄さんが野球の強い花巻の高校に進学したので、お母さんと登夜香も一緒に移住した(結果的にお父さんが大船渡に単身赴任状態になる)。そのため登夜香は小学6年生以降は花巻で過ごしたのである。
 
登夜香は拝み屋さんをしていた祖母の血を継いでいてある程度の霊的な力を持っている。そのため花巻で中学生になった頃から、しばしば知り合いから霊的な相談事を持ち込まれるようになった。基本的にはお断りしているもののどうしてもという場合、対応している場合もある。自分で対応しきれないものを大船渡から祖母を呼んで解決したりしたこともあったようだ。
 
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「だけど青葉ちゃん、すっかり女子高生になってる」
「えへへ。中学2年の時から完全に女子扱いになったよ」
 
今日の青葉は学校の制服姿である。午後お伺いしたクライアントの夫が元議員さんで、拝み屋とか巫女とかいった「うさんくさい物」が嫌いという話だったので、学校の制服で出かけて行った。そのまま奥州市に移動してきたのである。
 
「すごーい。でも中1の時は学生服?」
「うん、公式見解では」
「公式見解ねぇ」
 
と言って登夜香はニヤニヤしている。
 

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その日は登夜香と青葉、慶子の3人で一緒に遅めの夕食を取り、平泉市内のホテルで泊まった。
 
翌朝、3人は登夜香の案内で「問題の家」に行く。
 
「私も先月一度ここに来たんだけど、私には手が負えないと思った」
と登夜香は言う。
 
「あそこ何があるんですか?」
と霊感の弱い慶子までもその「問題の場所」の方角を向いて言った。
(慶子もこういう場所を絶対に指さしてはいけないことくらいは分かっている)
 
「奥州藤原氏の迎賓館みたいな所があったんですよ。源義経は一般に言われている北上川近くの現在義経堂が建っている場所で船で逃れようとした所を殺されたのではなく、ここで亡くなったのではという説もあるんですよ」
と登夜香は説明する。
 
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取り敢えず3人でその家を訪問し、中に入れてもらい相談者さんの話を聞く。
 
「3年前までは特に何も問題無かったのですが、あそこに建っていた工場が震災で崩れて、その後半年ほど放置されていた後、やっと撤去されたのですが、その撤去された後くらいから異変が始まったんですよ」
 
家の中で突然人が怒るような声を聞いたり、訪ねて来た友人が背の高い男性の姿を見たこともあるらしい。この家はこのクライアントさん、そのお母さん、お祖母さんの女3人で暮らしているし、誰もボーイフレンドの類いは居ない。
 
「何度か夢を見たんです。夜中立派な階廊のあるお屋敷を歩いているんです。やがて30畳敷きくらいの広間があって、そこに高貴な女性が小さな女の子を抱いて座っているんです。中に入るよう誰かに言われるんだけど怖くて入れなくて」
とクライアントさん。
 
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「中に入ったら死ぬでしょうね」
と登夜香は言う。
 
「やはりそうですか!?」
「今度その夢を見ても絶対に中に入ってはいけません」
「そうします!」
 

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クライアントさんと、こちらの3人で一緒に表に出てみる。迎賓館跡が見える。
 
「やはり霊道とか、そういうものが通っているのでしょうか?」
「霊道だったらまだいいんですけどね・・・・」
と青葉は口を濁す。
 
「霊団そのものだよね」
と登夜香。
 
「じゃお祓いとかしないといけないのでしょうか?」
「悪い霊なら祓えばいいのですが」
「これは良い霊なのですよ」
「えーー!?」
 
「どうしようかねぇ」
と言っていたら、青葉にくっついてきていた《ゆう姫》が
『ここは私に任せなさい』
と言う。
 
『えっと・・・ご報酬は?』
『僕(しもべ)が欲しい』
『それ誰がなるんです?』
『心配するな。人選は私がするが青葉ではない。青葉は私の宿だから』
『はいはい』
 
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それで青葉はみんなを促していったん家の中に入る。お茶を飲みながら細かい怪異の話を聞いていた時、突然慶子が「あっ」と言う。
 
「変わったね?」
と登夜香。
 
「うん。話が付いたみたい」
と青葉も言う。
 
「どうしたんですか?」
「もう怪異は起きませんよ」
「ほんとですか!」
「ただ貢ぎ物を日々して欲しいんですが」
「はい?」
 
みんなでその遺跡の所まで歩いて行ってみた。みんなで合掌して義経ゆかりの人たちの冥福を祈る。青葉が般若心経を唱え、登夜香と慶子もそれに唱和した。
 
青葉は何かを探す。やがて地面を少し指で掘って小さな白い石のようなものを取り上げた。小指の爪程度のサイズである。
 
「本当はこういう遺跡で物を勝手に取ってはいけないのですが、緊急避難なので」
と青葉は言い、それを持ち帰って流しを借りてきれいに洗い、ペーパータオルできちんと拭く。
 
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それを仏壇横の床の間の、オシラ様の像が置かれている所の横に置いた。
 
「ここに毎週1回でいいので、チョコレートとかアメとか、甘い物を備えてください。女性が多いので甘い物が好きなんですよ」
 
「そのくらいします!」
 
3年間怪異に悩まされたのだから、そのくらいお安い御用ですとお母さんの方も言った。
 
「お供えした後は自分たちで食べていいんですよね?」
「はい。次のお供えと交換した後で頂いてください。お下がりの物を食べることで、霊的な防御も高まりますよ」
「それはしっかり頂こう」
 
「三方か何かに置いた方がいいですかね?」
「ええ。そんな感じがいいと思います」
「でもこれ何でしょう?」
 
「琵琶の撥(ばち)だと思います。一部ですけど」
「石か何かでできているんですか?」
「象牙ですね」
「それはかなり貴重なものでは?」
「ふつうはツゲとかを使っていたと思うんですけどね。身分の高い女性だから象牙の撥を使っていたのでしょう」
 
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と言いながら青葉は自分の後ろで《ゆう姫》が琵琶を象牙の撥で弾いているのを見た。そういえば、この女神様って多数の「琴弾き」たちがお参りに来ていたなんて言ってたなあと青葉は思い起こしていた。元々音楽の神様なのかな?
 

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このクライアントさんの家はお昼前に撤収したのだが、青葉は登夜香とふたりで花巻市内のある人物の家を訪問した。以前この人の経営する会社で起きた事件を登夜香が、その時も青葉の力を借りて解決したことがあったのである。ふたりはここで、ある「裏工作」を依頼した。
 
「それはむしろ良いことだと思う。働きかけてみますよ」
と彼は言ってくれた。
 
この人の家を辞した後、登夜香と別れ慶子と一緒に盛岡に行く。ここで慶子の娘・真穂と落ち合い、真穂から相談があっていた、彼女の大学で起きていた問題に対処する。そのあと慶子と別れて青葉は新幹線で一関に行った。
 
「お帰りなさい」
と彪志の母は笑顔で青葉に言った。
 
「ただいまです、おかあさん」
と青葉も言う。
 
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「これお土産です」
と言って高岡で買って来た辻口博伸さんの洋菓子を出す。
「わあ、この人のお菓子好き〜」
「センスがいいですよね」
 
「彪志は今お風呂に入っているんですよ」
「済みません。私、到着する時刻を言ってなかったから」
「でも青葉ちゃん、制服で来たの初めてかも」
「そうかもです!」
「セーラー服なのね?」
「高校の制服はブレザーが多いですけど、古くからある高校ではセーラー服を守っている所もけっこうあるんですよ。うちは100年以上経っているようですから」
「それは凄いね!」
 

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やがてお風呂からあがってきた彪志と交代で青葉もお風呂を頂き、そのあと、みんなで夕食を食べる。
 
「そういえばこないだうちのスーパーに三笠景織子さんがCMのキャンペーンで来たのよ」
と彪志の母が言う。母は地元のスーパーに勤めている。
 
「きれいな方でしょ?」
「凄い美人なんでびっくりした。テレビとかでは見てるけど生で見ると美人度が強烈だった」
 
「テレビでも最近はふつうの女性タレントさん同様の扱いになってるよね」
と彪志が言う。
 
「ただ声が少し低いのよね」
「一度声変わりしてしまったら、なかなか女の声出すのは大変だから」
「普通に聞いたら女性が話しているような声や話し方になるまで相当苦労したと思いますよ」
「あの人、でも10代の内に去勢してるよね?」
「うん。高校在学中にこっそり去勢したと言ってた。本当は小学生くらいでやっちゃうのが理想なんだけどね」
「青葉みたいな子はめったに居ないよ」
と彪志は言った。
 
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