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■春慶(8)
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中田店長と結構長く話し込んでしまったので、青葉は予定の仙台空港アクセス線に乗ることができず、搭乗する飛行機も1時間遅いのに変更することにした。17:35発 ANA 738便(B767-300)に乗って、伊丹には19時すぎに到着する。連絡バスに乗り新大阪に19:50頃到着、新幹線に乗って21:32に広島駅に到着した。
冬子たちは18:10東京発の新幹線に乗ったという連絡が入っていた。広島には22:05に到着するはずだ。青葉はそのまま駅のホームで待った。
やがて新幹線が到着する。列車から降りてきた2人に手を振る。政子は驚いていたようだが、冬子の方はふつうに笑顔だ。
「青葉のこういう勘に私もだいぶ驚かなくなったな」
と冬子。
「勘なの?」
と政子。
「だよね?」
「そうです」
「冬も昔私が電車からおりたら出口の前に居て手を振ってくれたことがあった」
「あれは推測」
「推測と勘って何が違うんだっけ?」
「推測は左脳・勘は右脳」
『蘇る灯』と『星の海』を書いた時のホテルがもう無くなっていたので、代りに政子の希望で市内の高級ホテルに宿泊する。53平米の広いエグゼクティブツインにエクストラベッドを入れて3人で泊まれるようにしてもらっていた。
いったん部屋に入って荷物を置いた後、政子の希望でお好み焼きを食べに出かける。中心街の近くのホテルなので、歩いて商店街に出て、一緒にお好み焼き屋さんに入った。
「青葉もうお肉食べられる?」
「食べられますけど、冬子さん、お好み焼き半分こにしません?」
「ああ。私も青葉もそんなものだよね」
と言って、冬子は「お好み焼き4つ」と注文した。
むろん政子が3つ食べるのである。
ホテルに戻ってから、交替でお風呂に入るが、冬子は青葉に最初に入るよう言った。青葉が浴室で潔斎しておけば、その後入った政子・冬子が順番にヒーリングしてもらえる。
「確かに合理的ですね。それでは失礼して最初にお風呂頂きます」
とは言っても青葉は実際にはお湯ではなく水を出して身体中に当てる。冷たい。がこの冷たさが感覚を研ぎ澄ますのである。水垢離は物心付いたころからずっとしていたが、子供の頃は自分の股間に変なものがあるのが凄く不快だったし、それで集中が乱れる感覚があった。タックを覚えてからそれはかなり軽減されたし、手術して取ってしまった後は、すこぶる快適である。
やはり女の子の身体っていいよな、などと思いながら気を引き締めていく。
青葉が浴室から出ると冬子が身体に触る。
「凄く冷えてる」
「水をかぶりましたから」
「えー?そんな冷たくないの?」
と政子が訊くが
「小さい頃からやってて慣れてますから」
と答える。
政子がお風呂に入っている間に青葉は冬子と少し話をした。彼女とは話すこと自体がセッションである。話しながら、やがて冬子は泣き出した。こんな冬子は珍しい。彼女はいつも明るい笑顔で頑張っているから、泣いているのなんて、初めて見た。しかしこういう人はやはり心にかなりの無理をさせているものなのである。
彼女の話は自分の性別に関する悩み、将来への不安、政子とのこと、彼氏とのこと、など多岐に及んだ。作曲の仕事に関する悩みがいちばん大きいハズだが、こういう細かい問題があるから、なかなか悩み本体まで処理できない部分もあるのだろう。しかし青葉と話すことで少しずつ気持ちが整理されていくようだった。
「私、こんなに泣いたの久しぶり」
と言って冬子は笑顔を見せた。
「泣きたい時には泣いていいと思いますよ。政子さんがいるんだから」
「そうだよねー」
「和泉さんたち3人にも色々相談すればいいんです」
「うん。結構政子に話せないようなことを和泉や小風に話しているかも」
「それですけど、冬子さんがKARIONのメンバーだってこと。もう世間にバラしちゃいましょうよ」
「それ前にも言われたね」
「もう隠す必要は無くなったでしょ?」
と言って青葉は微笑む。
「うん。でも今度は公表するタイミングが見つからなくて」
「それ和泉さんとよく話し合うといいと思います。春にはKARIONのツアーやるんでしょ?そのステージにちゃっかり昔から居たみたいな顔して立てばいいんです」
「うん。ローズ+リリーもツアーやりたいけど、政子のお父さんの説得が難しい」
「・・・お父さんは多分政子さんの活動を認めてくれると思います」
「へー!」
「だから、冬子さん、両方掛け持ちでやって、両方ともステージの前面に立てばいいんです」
「やっぱり青葉も私を酷使しようとする!」
「あははは」
政子は2時間ほどお風呂に入っていた。それで冬子とお風呂を交代し、その間に政子のヒーリングをする。政子の場合は心のヒーリングが有効だったので、彼女の手を握り、主として雑談をした。政子はどこどこのおやつが美味しいとかいう話をしていて、突然クェーサーがどうのとか、巨大天体ヒミコがどうのという話をしたかと思うと、東野圭吾がどうのとか、AKBのどの子が可愛いとか、いろんな分野に飛んで行く。明日香の教育のおかげで、だいぶ世間的な話題にも強くなった青葉だが、さすがにAKBの子の名前を言われても全然分からないので、半ば聞き流しになった。しかし政子は話をしているだけで気分が良くなっていくようだった。
冬子は20分ほどでお風呂から上がったが、政子とのセッションは1時間ほど続け、その後、政子は眠くなったようなので寝せて、冬子とのセッションに戻った。
そもそも広島駅で落ち合ったのが夜の10時で、お好み焼き屋さんに2時間居て、政子がお風呂に2時間入って、その後1時間ヒーリングしたから、結局時刻は午前4時である。
青葉は冬子を半覚醒・半睡眠の状態に導いた。夢とも現実ともつかない世界で青葉は冬子の意識を誘導する。
『星がきれいな夜ですね』
『ほんとだ。オリオンが見えている』
(10月2日の午前4時には南から少し東よりの空にオリオンが輝いている)
『シリウスとプロキオンも見えてますね』
『うんうん』
『冬の大三角形ですよね』
『なんだか私の名前みたい』
『確かに《冬》の大三角《けい》ですね』
『私、子供の頃から、季節の話をしているのに自分が呼ばれているみたいな気がすること多かった』
『私の子供の頃からの友人にサクラ(咲良)って子がいますが、春になるとあちこちで自分の名前を呼ばれている気がしていたそうです』
『あはは大変だね』
『こんな美しい星空を見て、ほら政子さんが詩を書きましたよ』
『わあ、きれいな詩』
『曲を付けてみましょうよ。創作の泉が復活したから、きっといい曲ができますよ』
『よし、やってみよう』
そんな感じで、冬子はこの《半覚醒》状態の中で、2時間ほどのセッションの中で5曲も曲を書いたのであった。
セッションが終了してから、冬子を完全な睡眠に導き、青葉はいったん起きてシャワーを浴びてから寝た。
青葉はこの日まで学校を休むことにしていたし、冬子たちも今日は仕事は無いと言っていたので、チェックアウト時刻ぎりぎりまで寝ておくつもりだったのだが、7時に政子に起こされる。
「冬〜、青葉〜、朝御飯に行くよ」
「ごめん。せめてあと1時間寝せて」
と冬子。
「そんなに遅くまで寝てたらダメだよ。さ、行こう行こう」
ということで、結局身支度を調えて7:15頃、ラウンジに行き朝食を取る。バイキングだが、高級ホテルなので内容が充実している。美味しそうなウィンナーが出ているし、コックさんが目の前でオムレツを作っている。
昨夜お好み焼きをたくさん食べて満足した政子は今朝は牡蠣フライをたくさん取って食べていた。
「そういえば、3年前はこのシチュエーションから富山に行ったね」
と政子が言い出す。
「行くの?」
と凄く眠たそうな顔の冬子が訊く。
「行こう、行こう。そして能登の岩牡蠣を食べよう」
「残念。もう岩牡蠣のシーズンは終わっている」
「でもふつうの牡蠣ならありますよ」
「あ、じゃそれでいいや。広島と能登と牡蠣のハシゴだね」
それで3人は朝御飯を食べた後、広島駅に行き、8:24の新幹線に乗る。そして新大阪でサンダーバードに乗り換え、七尾に14:03に着いた。新大阪の乗り換え時間は20分ほどあったので、その間にしっかり駅構内でタコ焼きを買った。
冬子も青葉も新大阪までは寝ていたが、サンダーバードの中では起きていて、冬子は、政子から渡された『女神の丘』という詩、そして和泉から青葉がもらっておいた『エーゲ海の夕日』という詩にも曲を付けた。どちらもとても素敵な曲である。
レンタカーの送迎を申し込んでいたので、駅前で借り受ける。そして冬子の運転で中島の牡蠣料理店まで行く。14:40頃に到着した。本当は昼食と夕食の間の狭間で、店をいったん閉めている時間帯だったようだが、特別に店を開けてくれて牡蠣のコース料理を出してくれた。
「あれー。牡蠣が小さい」
「仕方無いよ。岩牡蠣は夏だけ」
「そっかー。また夏に来たいね」
「時間が取れたらね」
「岩牡蠣はいつからですか?」
と政子はお店の人に訊いている。
「5月の上旬か中旬くらいからですね。その年の天候にも左右されるのですが」
「じゃさ、冬、5月下旬くらいに金沢か富山でライブやろうよ」
「あはは。いいけど。マーサ、お父さんを説得してよ」
「そうだなあ。お父ちゃんと何とか話をしないとフル稼働できないよね」
「うん。頑張って」
「ところで今日は誰かのライブにゲスト出演なんてことはないよね?」
「予定は無いけど。そもそも私たちは卒論準備のため休業中」
「むむむ。そうか。卒論を書かないといけなかった」
「それちゃんと12月頭に提出できなかったら、お父さん怒るだろうね」
「やっばー。ちょっと頑張るか」
その後、ふたりは青葉を高岡まで送ってくれた。その後富山空港まで行き、レンタカーを返して羽田行き最終便で東京に戻ったようである。鱒寿司が美味しい!というメールが政子から青葉の携帯に入っていた。ほんとによく食べる! 冬子が何度か心配して健康診断とかも受けさせたようであるが血糖値なども極めて正常値だったようで「政子の身体は分からん」
と冬子は言っていた。
もっとも政子に言わせると、女性ホルモンが体内で生産されていて製剤での補充が不要な冬子についても「冬の身体は分からん」ということのようである。
「冬子さん、妊娠可能ってことはないですよね?」
と青葉はふと《姫様》に訊いてみた。
「妊娠できるようにしてあげようか?」
「あ、いや。それは余計な親切かも」
「子宮と卵巣はあるんだよ。この世にじゃないけどね」
「へー」
「だからこそ生理がある。青葉もだけどね」
「・・・・」
青葉は今はその問題について深くは考えないことにした。
半年後。2014年の春。青葉は彪志と一緒に千葉市のとある丘の上に来ていた。
真新しい祠が建っている。その祠の中に彪志に預かってもらっていた柿右衛門の大皿を収める。彪志は今日になってこの皿が30万円と聞き、驚愕していた。
「高そうな皿だなあとは思ってたけど、3〜4万かと思った。落として割ったりしなくて良かったぁ」
ここの土地(30坪で元は民家が建っていたが20年以上放置されていた)を買うのに、1200万円、その古家を解体して整地し、この祠を建てるのに1200万円、鳥居を建てるのに150万円、そのほか玉砂利を敷いたり排水溝を整備したりなどで200万円ほど掛かった。冬子からもらった3000万円の内、柿右衛門の皿まで入れて、2800万円近くをここにつぎ込んだことになる。祠は一応檜材で屋根も檜皮葺きである。
ここの通常の祭祀に関しては千葉市内のある神社(美鳳さんのツテで頼んだ)が定期的に巡回して祝詞を上げてくれることになっている。そこの境外末社扱いにしてもらった。
「ここも恋人たちの聖地になったりしてね」
と彪志が言うと
『ああ、カップルでお参りに来たら、運気くらいあげてやるぞ』
と姫様は言っている。姫様の声は彪志には聞こえない。
「ほんとに聖地になったりしてね」
と青葉も答える。
少し待っていると、車で神社の神職さんが来てくれた。そして祠を見るなり言った。
「これ、神様、入っているじゃないですか!」
「ええ。入ってますよ」
と青葉はにこやかに言う。
「どなたが入れたんですか?」
「本人が勝手に入っていきました」
「へー! 神様の名義は分かりますか?」
「えっとですね・・・・《玉依姫神》にしてくれ、と今本人が」
「ほほぉ!」
それで神職さんは白木の板に《玉依姫神》と墨で書いてくれた。これを取り付ける。
「なんか凄く大物の神様のような気がするんですが」
と神職さん。
「かなり神格は高いようです」
と青葉も真面目に答える。
「個人で祭るべきものではないですね」
「ええ、それでツテを頼ってお願いして、神社さんで管理してもらえるように話を持って行ったんです」
「分かりました」
神職は再度祝詞をあげて帰って行った。
『姫様、これで少し落ち着けますか?』
と青葉は尋ねる。
『ここは元神社のあった場所を見下ろすことができてなかなか快適じゃ』
『それは良かった』
『私もこれで三帰の家ができたなあ』
『三帰??』
『なんだ、三帰を知らんのか?漢文の授業で習わなかったか?』
『帰る家が3つあるということですか?』
『元神社のあった所の泉、この祠、そして青葉のそばだ』
『あははははは』
そうか、やはりまだ私のそばに居座るのか。
自分の守護霊が微笑んでいるのを青葉は感じた。
そしてその年の夏のテレビ番組で取り上げられて、ここは本当に恋人たちの聖地になってしまったのであった。姫様は若い人がたくさん来てくれるというので、ご機嫌であった。
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春慶(8)