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■春慶(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-12-14
「だから、すっかり恋人たちの聖地になっちゃったんだよ」
と電話の向こうで彪志は言った。
「へ。へー!」
「地元のテレビが千葉市闇のスポット巡りとかいう番組を作ってさ。霊能者の竹田宗聖さんを招いて、闇スポットを見て回ったんだよ。5回連続の特集で」
「ふーん」
「冒頭が八幡の藪知らずで」
「千葉市じゃないじゃん!」
「竹田さんも言ってた」
「まあ、あそこはあまり関わらない方がいい」
「そう言ってた。例の踏切も出てきたよ」
「何かしてた?」
「青い街灯を付けたらどうだろうと言ってて、地元の町内会長さんが提案してみると言ってた」
「ああ、それは効果あるかもね」
「3回目があの噴水でさ。テレビ局が下調べしたのでは、あの付近に昔神社があったらしい。古い地図を確認してたよ。大学を作るというので、全部更地にしてしまったみたいだね。神社自体は移転させたらしいけど、どこに移転したかは不明と言っていた」
なるほどね〜。大学構内の噴水にしては随分大物の姫様がいると思った。あそこは多分、上総一ノ宮の関連社ではないかと青葉は思った。真珠の珠をもらったが、上総一ノ宮の御神体も珠のはずである。
「竹田さん『これはかなりの能力のある霊能者が最近きれいに処理してしまっている。これは闇スポットじゃなくてむしろ幸運の地になっている。美しい女神様に守られてますよ』と言ってた」
「ふふふ」
「それでレポーター役の谷崎潤子ちゃんがさ『女神様なら恋愛成就とか祈願してもいいですかね』と言ったら『ああ、カップルで来てもいいですよ』と竹田さん言ってた」
「うん、悪くないかもね」
「それであの噴水の所にカップルが大量に押し寄せ始めたんだよ」
「ははは」
「大学の生協が愛の鍵とかいって南京錠を近くの店舗で販売して、それを取り付ける格子を大学の許可を取って設置した。設置場所は竹田宗聖さんにアドバイスをもらったらしい」
竹田さんが決めたんなら変な場所ではないだろう。でも監修料をたくさん取ったろうな。
「あと、泉に背を向けてコインを投げ入れると片想いの恋が叶うとか」
「トレビの泉か?」
「それからあの池の縁に2ヶ所、ライオンみたいなレリーフがあったでしょ?その内の片方が口を開いているんで、そこに手を入れると、嘘つきは手が抜けなくなると」
「真実の口? まるでローマだね」
しかしたくさん人が訪れるのは悪いことではない。特に恋人がたくさん訪れていると、エネルギーが豊富に供給されるから、青葉が作った「仕掛け」は想定した年数より長くもつ可能性が出てくる。
「でもあれって、ひょっとしてライオンというより狛犬じゃない? テレビの画像見てて、ふと思った」
「正解だと思う。おそらく、あの近くに神殿があって、狛犬が2体守ってたんだよ。口を閉じてるのと開いてるのが対なのは阿吽(あうん)だよ。多分そういうのが分かっている人があそこを作ったんだと思う」
「やはり」
「噴水自体を復活させるともっといいんですけどね、と竹田さんは言ってたけど予算が足りない上に、昔の噴水だから循環式じゃないんだよね。それで水資源の観点からは難しいと大学関係者が言ったらしい」
「水道代も掛かるし」
「そうそう。今あの池の水は放射線施設の排水を完全浄化したものが流されているらしい。ガイガーカウンターでチェックしてたけど自然環境値以下ですねと言ってた
「ああ。それで水は供給されていた訳か。でも40年前に停めたものを復活させようとしたら工事のやり直しになるかもね」
「そんな気もする」
彪志との電話を終えてから、青葉はふと後ろに意識を向けながら訊いた。
『で、姫様はここが気に入ってしまわれたんですか?』
『ちゃんとあの池の所にもおるぞ。私は遍在できるんだ』
それだけ高レベルの存在だということなのだろう。
『でもここにもおられると』
『この空間が不思議と心地よいのじゃ。それにそなたにその珠の裏の使い方を教えてやりたいから。おぬし、どこぞのおばちゃん・・・あわわ・・・お姉様に表の使い方は教えてもらったようじゃが』
今のは美鳳さんがギロリと睨んだのだろう。格としてはこの姫様の方が多分上なのだろうが、パワーのある者には逆らえないというのもある。
9月15日のコーラス部の大会の後、青葉たちは今度は翌週の軽音部の大会に向けて練習に熱が入る。
軽音部の大会はAクラスとBクラスに別れており、それぞれに重複して出場できる。Aクラスは10人以上の編成なので、これには全員で参加する。バンド名は「THSバンド」(THS=T High School)とそのまんまである。演奏する曲目は『Sing Sing Sing』である。
Bクラスは9人以下で、2チーム出ることにした。
1つは軽音部1年生を中心とする《Flying Sober》。Gt.空帆 B.治美 Pf.真梨奈 Dr.須美 の4人に、Sax.青葉 Fl.世梨奈 Cla.美津穂 という木管セクションを加えたフュージョンバンドで演奏曲目は空帆のオリジナル曲『Love in the Air』
という格好いい曲である。空帆がギターを弾きたい!格好よく弾きたい!と言って自分の演奏をアピールする曲を書き、治美がじゃ私がベース弾くよと言って未経験のベースの練習をしてくれたのである。青葉たちは見学していたら「あんたらも参加し」と言われた。
もう1つは軽音部2年生を中心とする《Morning Teacup》。Gt.郁代 B.美香 KB.朝美 Dr.須美 の4人のロックバンドで曲はヴェンチャーズの『Diamond Head』
である。ドラムスの須美は2バンド掛け持ちだが、この大会では1人が複数のバンドを掛け持ちすることが認められているらしい(2人以上の掛け持ちは不可)。
結果的には須美は3つのバンドに出場することになるが、練習では1人では手が回らないので、この1週間は、昔ドラムスを叩いたことがあると口を滑らせてしまった吉田君を2年生バンドの練習に徴用していた。
「くにちゃん、そのまま本番にも出演しない?」
「その《くにちゃん》やめてくれない? 俺トラウマになりそう」
「また女子制服、着せてあげるからさ」
「いやだ。2度といやだ」
実際には軽音の大会は規約が厳しく、事前に全メンバーの名簿を提出しておりそれから増減も担当楽器の変更も認められない。つまり誰か1人でも当日風邪を引いたりしたらアウトなので、健康管理を徹底するよう、全員に通達していた。
なおメンバー表提出の時、学年・性別も届けなければならないので「性別」に関して、戸籍上の性別と学籍簿および実態の性別が違うメンバーがいるのだがということで主催者に尋ねたら、実態の性別で提出してくれと言われた。(確かに戸籍上の性別は現場でチェックのしようがない)
「じゃ、呉羽さんは女子ということで書類提出するね」
と顧問の先生が言っていたので、空帆が
「あ、川上さんも」
と言ったら、先生は
「川上さん、何か問題あった?」
と訊く。
「いや、彼女も戸籍上は男性だけど、学籍簿と実態は女性だから」
と空帆が言うと
「忘れてた!」
と言われた。
「たぶん川上さんが戸籍上男子なんて、誰も忘れてるよ」
「確かに」
当日、氷見市の会場に出かけて行く。これは北陸ブロック大会、つまり福井・石川・富山3県の合同大会ということであった。
10時からAクラス、11時からBクラスと聞いたのでAクラスは随分慌ただしいなと思ったら、Aクラスの参加バンドは3つだけだと聴いてびっくりした。青葉たちの高校のバンドと、金沢の私立高校の18人編成のバンド、敦賀市の公立高校の30人編成のバンドの3つのみであった。最初から「各県代表」という感じである。
「あと2バンド参加予定だったらしいけど、名簿提出していた部員の退団とかで出場できなくなったらしい」
「わあ、それ退団した元部員が恨まれそう」
「大編成バンドについてはもう少し規約を緩くして欲しいね」
「3〜4人のバンドならメンバーの交替はバンド自体の性格変更になるだろうけどね」
敦賀市の高校は『Moonlight Serenade』を演奏した。多人数の楽器から出る物凄いパワーをきれいにまとめたパワフルで情緒あふれる演奏だった。しかしこの人数で敦賀から氷見まで来たのは大変だったろう。人間だけなら大型バスに詰め込めるが楽器があるからバス2台に分乗だろうか。
金沢の高校は『Fly me to the Moon』を演奏した。少ない人数ながらも、金管楽器のメリハリが効いたシャープな演奏であった。途中でアルトサックスのソロを吹いた子が物凄く上手くて、青葉は闘争本能を刺激された。
そして青葉たちの出番である。ベニー・グッドマンのヒット曲『Sing Sing Sing』。最初はトランペットの魅せ所である。4人のトランペッターの内3人が経験者なので、このセクションはほんとにしっかり音が出ている。
その後トロンボーンがメロディを吹く。真梨奈以外は管楽器自体の未経験者ばかりで、まともに音が出るようになったのも8月の頭頃からという泥縄セクションになったが、何とかギリギリ間に合わせた感じである。その後またトランペットがメロディーを吹いた後、今度はサックスの出番である。サックスは木管楽器の経験者を並べているので比較的早くみんな習得した。青葉が東京で特訓を受けてきて、自分が習ったのをみんなに教えたのもレベルアップにつながった。青葉は一所懸命自分の楽器を吹いた。
その後一時的にクラリネットが主役になる。ここは美津穂の魅せ所である。スポットライトの当たる中、美津穂は気持ち良さそうにクラリネットを吹いている。フルートを差し置いてクラリネットが主役になる機会は普通なかなか無いが、ベニー・グッドマン自身がクラリネット奏者なので、こういう場面が用意されている。ここはある意味曲の中核だ。
その後全体で吹いてから、サックスのソロが来る。ここを青葉が吹かせてもらう。席から立ち上がり、スポットライトが当たる中で華麗にソロパートを吹く。
その後しばしドラムスのソロが入る。須美はほんとに楽器未経験者だったのにこの4ヶ月でよくドラムスをモノにした。ビートが物凄く正確だし乗りの良い打ち方をする。そこに空帆のギターソロをフィーチャーする、空帆のギターはほとんどプロ級なので、これを魅せるアレンジが妙である。その後、治美のトランペット・ソロが入る。何とも個人技を魅せる箇所の多い曲だ。それから最後に全員で合奏して演奏は終曲となる。
Aクラスの最後に演奏したのでBクラス出場校もかなり到着していて満席に近い会場から大きな拍手をもらい、青葉達は退場した。
「なんか凄くうまく行った気がする。優勝したら全国大会?」
「ああ。この大会は全国大会とはつながってない」
「あ、そうなんだ?」
「全国大会を称している大会はいくつかあるけど、北陸では予選は行われてないんだよねー」
「あらら」
「一応神奈川県の団体が主催している全国大会とか大阪府の団体が主催している全国大会とかには音源を郵送すれば審査してくれる。送ってみたけどどちらも音沙汰無いから落ちたみたい」
「それは残念だったね」
「この大会も全国大会と称してしまったらどうだろう? とこないだ金沢の某高校の人と話してたんだけどね」
「ああ。それもいいかもね」
15分ほどの休憩の後、Aクラスの審査結果が発表される。
1位が福井の高校、2位が青葉たちの高校、3位が金沢の高校だった。
軽音部部長の郁代さんが壇上に上がって賞状をもらってきた。実際問題として参加した3校が全部賞状をもらった。
「準優勝って凄いですよ」
「参加バンド数を知らなければね」
「でもこれ演奏者の人数順だったりして」
やがてBクラスが始まる。この会場は正面のフロントステージと、後ろ側のリアステージという2つのステージを持つので、両方を使って交互に演奏が行われる。セッティングの時間節約である。フロントステージはコピー部門で既存曲を演奏する。リアステージはオリジナル部門で、各バンドのオリジナル曲を演奏する(オリジナルが先に終わるのでその後は両方コピー部門)。ここでオリジナル曲は実際に演奏するメンバーの作詞作曲であることが求められている。同じ学校の生徒が作詞作曲した曲であっても本人が演奏するメンツに入っていなければコピー部門になる。色々と規約の厳しい大会だ。
「バンドの人数制限は無いの?」
「最低は3人になってる。実際2人じゃバンドにならないと思う。作芸人磨心(*1)さんみたいな特殊な例はあるけどね。上限は一応9人までだけど、PAにつなげられる線は6本だから、それ以上の構成の場合、一部の楽器は生で音を会場に響かせる必要がある」
(*2)「作芸人磨心」と書いて「サウンドマシン」と読む。富山では割と有名な大道芸人さんで、身体中に10種類ほどの楽器を装着し、ひとりでオーケストラを奏でる。
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