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■春慶(2)
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目次 #
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先に2年生バンド《Morning Teacup》の出番が来る。『Diamond Head』はもう50年も前に発表された曲ではあるが色褪せていないし、この曲を弾きこなすにはかなりのテクが必要である。郁代さんは最初全然弾けなかったので、他の曲にする?と言われたものの、空帆が弾くのを見ながら必死に練習して弾けるようになった(空帆は中学時代にかなり練習したらしい)。
「《Morning Teacup》って《放課後ティータイム》のパクリですか?って知合いの他の学校の子に訊かれた」
「あ、そういえば語感が似てるね」
「実はモーニング娘。のパクリだったんだけど」
「そちらか!」
《Morning Teacup》の10分後が1年生バンド《Flying Sober》の出番だったのでドラムスセットをみんなで手分けして頑張ってフロントステージからリアステージに運んだ。やがて前のバンドが終わり、その片付け終わるのを待ってこちらのバンドのセッティングをする。
「今気付いたけど《Flying Sober》って『焼きそば』?」
「何を今更」
「Flying Saucer : UFO : Fried Soba です」
「なんで?」
「うっちゃんがUFO焼きそば大好きだから」
「個人的な趣味か」
「誰も他に案を出さないんだもん」と空帆。
やがてスタッフの「どうぞ」の声を合図に演奏開始する。
7人編成だが真梨奈が弾くグランドピアノと、木管セクション3人はPAを使用しない。生楽器の音で響かせる。PAを使っているのはギター・ベース・ドラムスの3人のみである。
空帆のギターが中心になる曲である。ギターがひたすらメロディを演奏する。ピアノが和音、ベースが根音を奏で、青葉のサックス、世梨奈のフルート、美津穂のクラリネットは脇の方で彩りを添えたりカウンターを入れたりする。
それでも間奏では4小節の短いピアノソロの後、8小節のサックスソロがあり、そこは中央まで出てきてソロを演奏した。
後半また空帆のギターがひたすらメロディーを演奏する。そして最後はピアノ、木管が全て絡み合うように音を出して終曲である。
拍手をもらい、空帆が「ありがとうございました!」と挨拶する。実はスタッフが「どうぞ」と言ってからこの「ありがとうございました」までの時刻をストップウォッチで計られていて、これが規定の秒数を越えると採点対象外になるのである。
最初の拍から最後の音の余韻が消えるまでで良い合唱の大会とは違って全てが慌ただしいしガチガチだ。青葉はやはり、私、こちらの世界とは性(しょう)が合わない気がするという気分だった。
軽音大会のBクラスは、オリジナル部門が参加20バンド、コピー部門が40バンドだった。各々の持ち時間が5分なので予定通り進んでも5時間掛かる。しかしどうしても遅れが生じるので全バンドの演奏が終わったのは16時頃であった。
審査結果が発表される。残念ながら入賞はできなかったが、Flying Soberはオリジナル部門で20組中5位、Morning Teacupはコピー部門で40組中12位であった。
「まあ、どちらも比較的上位だね」
「また来年頑張ろう」
「だけどオリジナル曲部門はさ、やはり曲の出来の比重が高かった気がするよ」
と1年生の軽音部員・真梨奈が言う。
「私の曲、やっぱりダメだった?」
と空帆が言うが
「違う違う。うっちゃんのは充分優秀。でも10位以下のバンドはやはり曲で見劣りした感じがしたなと思ってさ」
と慌てて真梨奈は言う。
しかし空帆は親友の須美(ドラムス担当)に訊く。
「ねぇ、すーちゃん。正直に言ってよ。私の曲は何点だと思う?」
「そうだなあ。82点」と須美。
「なんだか微妙な点数だ」と治美。
「青葉にも訊いてみよう」と空帆。
「曲自体は88点。でも編曲で75点くらいになった」と青葉。
「採点きびしー」
「そうか、編曲か・・・」
「曲自体は2位のバンドがいちばん良かった。92点くらい。そして編曲も良かった。編曲で95点にしてる。でも演奏が1位のバンドの方が上手かった」
「1位のバンドの曲は?」
「曲で80点、編曲で90点にして演奏で95点にしたと思う」
「なるほど」
「曲は素顔、編曲はお化粧、そして演奏はファッションだよ」
「ほほぉ」
「ところで1位になったバンドのギターの子、あれ男の子?女の子?」
「どちらとも取れる雰囲気だったね」
「声も中性的だった」
「私は低音ボイスの女の子だと思った」
「私はハイトーンの男の子だと思った」
「青葉はどう思う?」
「男の娘だと思ったけど」
「結局、それか!」
「よし!次の大会に向けて、新しい曲を書こう!」
と空帆は言い出した。
「頑張ってね」
「今から書くから、みんな付き合ってよ」
「付き合うって?」
「そうだなあ。海岸とかに行ったら良い発想が浮かばないかな」
と言うと
「先生!」
と空帆は顧問の先生に声を掛ける。
「私たち、ちょっと次の曲の構想を練るのに、氷見漁港に寄ってから帰りたいんですが」
「いいけど、列車代は返せないよ」
「構いません」
「誰々が行くの?」
「私と須美と・・・」
と言ってから周囲を見回す。
「私も」と真梨奈。
「私も」と治美。
「じゃ、その4人?」
「あと、青葉と日香理とヒロミと美津穂もです」
突然名前を呼ばれて「ん?」と青葉たちは顔を見合わせる。
「了解。青葉ちゃん居るなら大丈夫そうね。あまり遅くならないようにね」
と先生は言った。
で、結局その8人が残る。
「なんかご指名されちゃった」
「青葉の信用度が高いみたい」
「お金持ってそうだからかも」
「今現金は3万しか持ってないけど」
「お金持ちじゃん!」
取り敢えずタクシー2台に分乗して氷見の道の駅に行った。
「氷見うどんでも食べながら考えようよ」
「ああ、腹ごしらえは大事だよね」
ということで、道の駅の中の食堂で全員、氷見うどんを頼む。
「私、最初これ見た時、これうどんじゃなくて、そうめんなんじゃと思った」
と長野県生まれの日香理が言う。
「実際作り方は、そうめんに似てるよね」
「手延べ方式だからね。うどんは普通、手延べせずに小麦粉を練った塊を切る。輪島そうめん−氷見うどん−大門そうめんというのが一連の流れで、元々は輪島そうめんから来てるからなんだけどね」
「あれ?輪島そうめんなんて知らないよ」
と輪島出身の空帆。
「いや、その大元の輪島そうめんは伝承者がいなくなって消滅したんだよ」
「へー」
「それで氷見うどんと大門そうめんだけ残っているんだよね」
「よし。次の曲のタイトル決めた」
と空帆。
「何?うどんの恋とか?」
「う・・・・」
「まさかね」
空帆は明らかに焦っている。
「えっとね。『細い恋の糸』っての、どう?」
「やはり、糸うどんから来たんだ」
「海を見る必要無かったね」
「まあ景色より食欲だよ」
食堂を出て、海に面した場所に座り、空帆はギター(エレキギターだけど)を取り出してそれを爪弾きながらメロディーを作っていく。
「そのサビが格好いいね」
「これを最初に思いついたんだよ。でもここミファソラーというのとレミソラーというのと、どちらがいいかなあ」
と空帆が迷うように言う。
「レミソラーの方がいい気がする」
と真梨奈。
「私もレミソラーに1票」
と青葉。
「よし」
という感じで、周囲の意見を聞きながら、空帆は30分ほどで曲をまとめて行った。
「誰か五線紙持ってる?」
「ああ、あるよ」
と言って美津穂が五線紙ノートを出す。
「ページ適当に破って使っていいから」
「サンキュー」
と言うと、空帆はノートの真ん中から見開きの紙を綴じ糸を傷つけないように外し、それに今作ったメロディーとギターコードを書き込んでいった。
「あとはアレンジ考えながらまた微調整しようかな」
「タイトルは『細い恋の糸』?」
「うーん。『細い糸』だけでいい気がした」
「やはり糸うどんなんだ」
氷見駅までのんびりと歩いて戻ろう、などと言っていたら、表通りに出る所にある道の駅のトイレの前で、バッタリと見たような顔の人と遭遇する。
「青葉ちゃん!」
「竹田さん!」
竹田さんは40代くらいの女性と一緒だ。
「青葉ちゃん、いい所で巡り会うなあ。君とはきっと色々縁があるんだよ」
と神戸在住の霊能者・竹田宗聖さんが言う。
「どうもまずい所で巡り会ったみたいなので、私はお邪魔せずに帰ります」
と青葉はにこやかに言う。
そして他の子たちを促して駅方面に行こうとしたが、
「待って、待って。ちょっと手助けしてくれる人が欲しいと思っていたんだよ。報酬はずむから手伝ってよ」
「どうもやばい案件みたいだから、遠慮しておきます」
「そう言わずに手伝ってよ。去年、鯖江の案件ではちょっと僕が手伝ったじゃん」
「そうですね。じゃ、あれの借りを返すということで」
この会話をしながら青葉はさりげなく、他の子たちと竹田さんたちの間にバリアを張り、他の子たちがこの問題の影響を受けないように気をつけていた。
「じゃ、ごめん、みんな先に帰ってくれる? 電車代足りる?」
と青葉は言う。
「うん。大丈夫だと思うよ」
と美津穂が言うので、バイバイして別れた。
「おやつ代とか恵んでくれたら青葉に感謝状を贈呈するけどね」
と日香理が言うので
「じゃ、これあげるよ」
と言って笑って、青葉は日香理に、モスの株主優待券(1000円相当)を渡した。
「おお。凄い!」
「みんなで食べて帰ろう!」
ということで一行は南の方角にある駅ではなく、西の方角国道160号沿いにあるモスバーガーの方に歩いて行った。
それを見送って青葉は仕事モードの顔になる。
「失礼しました。竹田さんには子供の頃から目を掛けていただいておりました。川上青葉と申します」
と青葉は竹田の連れの女性に挨拶する。
「この子は戦後間もない頃から昭和50年代頃まで《岩手の神様、おしらさま》とまで言われた大霊能者・八島賀壽子さんという人の曾孫娘で、実際問題として私より凄いんですよ。まだ高校生なので霊能者の看板こそ掲げていませんけど、これまでたくさんの難事件を解決しているんです」
と竹田さんが私を紹介する。
「それはそれは。お若いのに凄いですね。申し遅れました。佐藤と申します」
とその女性は名乗った。
「立ち話も何ですから、何か食べながらでも話しましょう」
と言って、竹田さんは道の駅の向かいにあるうどん屋さんに入る。またうどんか!但し、この店で出しているのは、さっき食べたのとは別の製造元のものである。
氷見のうどんの三大製造元が、高岡屋(氷見糸うどん)・海津屋(氷見うどん)・曙庵(綾紬)である。最初に始めたのは高岡屋だが、手広く商売してこの製品を普及させ「氷見うどん」の商標権を取ったのは海津屋で、仕方なく高岡屋の方は「氷見糸うどん」の商標権を取得した。道の駅の中のお店は海津屋の麺を使っており、この道の駅の向かい側にあるお店は、高岡屋の麺を使っている。
青葉たち3人は他の客の迷惑にならないよう、お店の隅の方に座った。青葉は更に自分たち3人を結界で包み込んでカプセルのようにした。こうしておけば、ここでもし何かやばい話をしても、この場所にその影響が残らない。竹田さんはその結界を感じ取って「へー」という顔をした。
「思えば10年くらい前からだと思うんです」
と佐藤さんは話し始めた。
「私の祖父が83歳で亡くなりました。それまでとても元気で、毎日ふつうに農作業などしていたので、びっくりしたのですが、まあ年かもねと当時は言っておりました」
「死因はご病気ですか?」
「ええ。お医者さんの診断では脳溢血ということでした」
「ほほぉ」
「でもその翌年、祖父の弟が亡くなったんです。2つ違いでしたから82歳でした」
「そちらは死因は?」
「新潟県中越地震で家の裏の崖が崩れて、押しつぶされて」
「わぁ」
「他の家族は逃げ出して無事だったのですが。こちらも祖父以上に元気で工務店を経営していたのですが、若い人に混じって現場に出て、お酒も豪快に飲んでて、みんなまだ60代だと思ってたみたいでした」
「元気な方が多いんですね」
「そうなんですよ。そちらの血筋は元々長生きの家系だとも聞いています」
「更にその翌々年2006には今度は祖父の妹の旦那さんが亡くなりまして」
「もしかして男の人ばかりが亡くなっているんですか?」
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