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■春慶(6)
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「そりゃ女の子の下着があふれている部屋にふつうの男の子がいたら平静ではいられませんよ」
と青葉も答える。Fさんも笑っている。
「私はT姉ちゃんは、物心付いたころからこういう感じだったから何も変には思ってなかったけどねー」
などとFさんは言う。
「あと2体ありますね」
「ひとつは居間に置きます」
と言って、青葉は居間の中で場所を探す。
「神棚に置いていいですか?」
「いいですよ」
ということで、こけしの一体を神棚の左側に置いた。
「もう1体は全体の守りに使います」
と言うと、青葉は家の間取りを確認した上で、台所の棚の上に置いた。
「これ、ガスレンジの方を向けておいてもらえますか」
「ずれちゃったら?」
「気付いた時に直せばいいですよ」
と青葉は言った。
「でも今して頂いたのは、この家自体を守るものですよね。根本的な環境は改善できないものでしょうか?」
とTさんが言うので、一緒に家の外に出る。
青葉は少し考えてみた。
「高速道路の向こうからの霊的な流れが、昼間はあちらのお地蔵さんの方に行っているのですが、夜間はこの家の付近を通るんですよ。今までこの家に《猛獣》がいたので、ここで通せんぼされていたのだけど、それが無くなったので、この下流のそちらの方の家々にも影響が出ますね」
「お地蔵さんか・・・・。こちらにもお地蔵さん作っちゃうとかはどうでしょう?」
「ああ。行けますよ」
「どこに設置したらいいですか?」
青葉はTさんと一緒にその付近を歩く。
「ここがいいです」
と青葉は場所を指さした。
「ここは**さんの土地なんだけど、交渉すれば売ってくれると思う。資金は私の手術用に貯めていたお金を使えばいいや」
とTさん。
「いいんですか?」
「去勢はもう済ませてるから男性化が進行する心配は無いしね。また貯金するよ」
「早くお金貯められるといいですね」
竹田さんに電話して、処理が終わったことと、状況の説明をした。それで竹田さんも来週くらいに何とか時間を取って最終確認に来ると言っていた。
なお、地蔵を建てるのに最適な場所の持ち主さんは、地蔵くらいうちで建てようと言って建ててくれたので、Tさんは性転換手術用の資金(手術後1年程度の生活費・アフターケアの治療費などを含む)に手を付けずに済み、無事翌年、タイで手術を受けることができたようである。
むろん、次男さんの方は青葉が予言した通り、翌月手術不要・奇跡的な全快として退院することができた。
青葉が佐藤さんの件を処理した翌日。いつものように朝4時に起きて3kmほどのジョギングをして帰って来た青葉は朝御飯を作りながら、考え込んだ。
やがて起きてきた母に言う。
「お母ちゃん、今日、私、学校休む」
「あらあら。昨日たいへんだったみたいだから、その疲れが出た?」
「別件」
「またお仕事?」
と母は顔をしかめて言う。
「物凄く大事なこと。冬子さんの今後を左右する」
「冬子さんって、東京の歌手の?」
「うん」
「こちらに来るって連絡あったの?」
「ううん。でも今日来ると思う」
「ふーん」
「それで、お母ちゃんも会社を休んで欲しいんだけど」
「どこか行くの?」
「えっとね・・・・」
と言って青葉は目を瞑って考える。
「雨晴海岸・・・・輪島・・・じゃないな。えっと・・・小松だ」
空港のイメージが出てきたので、輪島市にある能登空港かとも思ったのだが、小松の方だと思い直した。
「それで。ごめん。明日と明後日も学校休みたいんだけど」
「それ、凄く大事なことなのね?」
「うん」
「分かった。でも気をつけてね」
「これは危険な仕事ではないから」
と青葉が笑顔で言ったら
「じゃ昨日のは危ない仕事だったの?」
と訊かれる。
しまったーと思ったものの
「今、凄い強力な味方が付いてるから平気。もちろん、危険な真似はしないよ」
と答える。しかし
「あんまり信用できないなあ」
などと母は言っていた。
母は小松まで行くならガソリン満タンにしておくと言い、買物がてら市の中心部の方に行った。青葉は風呂場に行き、裸になって水垢離をした。
11時頃母が帰宅する。母はタコ焼きを買ってきてくれていたのだが
「ごめーん。今、私お肉やお魚が食べられない」
と言って、野菜サラダだけいただく。
「ケーキもダメ?」
「うん。生クリームは牛の乳だしスポンジに卵使ってるし」
「面倒だねー!」
やがて青葉の予想通り、12時すぎに冬子が来訪した。母がドアを開けて中に入れる。
「お待ちしてました」
と巫女服を着た青葉が言うと、冬子はびっくりしていた。
取り敢えず、手つかずだったタコ焼きを冬子に押しつけ、一息ついてから3人は母の車で市内の雨晴海岸まで行く。母がふたりを置いてどこか散歩していると言い車外に出たので青葉は車の中で冬子とセッションを開始した。
ただ、この日は普通のヒーリングのようなことはせずに、もっぱら話をした。
冬子の話を聞きながら、青葉は頭の中で要点を整理していく。すると問題点は2つあることが浮かび上がってきた。
1つは冬子が現在の仕事の量が過負荷になっていると感じていること。
1つは冬子が最近良質の曲を書けないと感じていること。
両方の問題はリンクしている。過負荷で精神的な余裕が無いから楽曲の品質が落ちてしまっているのだろう。
「やはりひとつの問題は冬子さん、断るのが下手だってことですね」
と青葉は正直に言う。
「うん。それはいつも政子や和泉に言われている」
「あと、他の人にもできることは、どんどんその人に任せちゃえばいいんですよ。楽譜をまとめるくらいの作業とかは、お友だちとかミュージシャン仲間の誰かに頼むなり、何なら人を雇ってもいいんじゃないですか?」
「ああ。清書係を雇う手はあるかも知れないな」
「才能のある人、きっといますよ」
冬子は言う。
「でも下手な人には頼めないのが作曲だよ。それなのに最近のヒット曲って、実は昔書いたのばかり。『あの夏の日』『花園の君』『あなたがいない部屋』
は高1の時の作品、『A Young Maiden』は高2、『影たちの夜』『夜宴』は高3、『雪うさぎたち』『坂道』なんて中学1年の時の作品。大学に入ってから作った作品で売れたのと言うと『恋座流星群』は私じゃなくて和泉が書いたものだし、『神様お願い』は政子が書いたものだし。私って実は中学高校時代の貯金でやってきているみたいなものなんだよ。私もうああいう曲は書けないのかも知れない」
「『キュピパラ・ペポリカ』は?」
「あれは大学2年だけど、夢の中で見たモチーフなんだよ」
「『ピンザンティン』は?」
「・・・大学3年。でもそれも夢で見た曲」
「『アメノウズメ』は?」
「それは今年だけどえっと・・・・・」
冬子が言いよどむ。
「彼氏とHしながら書いたんですか?」
「知ってたの!?」
「冬子さんの心を読みました」
「もう・・・」
「つまり、そういう名曲がちゃんと書けるんですよ。逆にこのレベルの曲は1年に1〜2曲くらいしか書けませんよ」
「うーん。。。」
「そういう曲を書く時って個人の力で書いているんじゃないんです。神様の力を借りているんですよ」
「最初の話だね」
「タルティーニが悪魔から習って『悪魔のトリル』を書いたのとか、もう耳が聞こえていなかったはずのベートーヴェンが、不思議なメロディーに誘われて散歩に出て『月光』を書いたのだとか、やはり一種の神懸かりだったと思うんですよ」
「政子の詩作なんか、そもそもそれに近いよね?」
「ええ。政子さんは詩を綴る巫女です」
「私も・・・歌を綴る巫女になれるだろうか?」
「冬子さんは、元々歌を綴る巫女だったと思います。『Crystal Tunes』とかあるいは『あなたがいない部屋』とか、天からメロディーが降りてきたような感覚がありませんでしたか?」
「私・・・・もしかしたら、その感覚をどこかに忘れてきたのかも知れない」
「だったら思い出しましょうよ」
「どうやったら思い出せる?」
「確実に、冬子さんが巫女として歌を綴ったことのある場所に行けば思い出しやすいと思います」
「『あなたがいない部屋』はスタジオで書いたんだけど、あれは凄く特殊な心理状態だったんだよ。政子からタイに転校するかも知れないと言われ、彼女を失うかも知れないという心の不安があれを書いた」
「自分のパートナーを失うかも知れないという不安は、それこそ心の根本を揺り動かしたでしょうからね。『Crystal Tunes』は?」
「あれはね。KARIONのキャンペーンで博多に行った時、ホテルで書いたんだ」
「じゃ、一緒に行きましょうよ」と青葉は言った。
「いつ?」
「今から」
結局車の中で青葉と冬子は3時間くらい話していた。青葉は母を呼び、小松空港に行ってくれるよう言った。車内で冬子の手を握り、ふつうのヒーリングを施す。車は高岡北ICから能越自動車道に乗り、小矢部砺波JCTで北陸道に乗って、小松ICまで行き、小松空港に着いたのは18時半くらいだった。
車内で福岡行きを予約・決済していたので、母に礼を言って降りて航空券を受け取り、福岡行き最終ANA319便に乗った。青葉は機内でもずっと冬子の心のヒーリングを続けた。そして福岡空港で降りて地下鉄で博多駅まで行きこれも母の車内で予約していたホテルにチェックインする。うまい具合に当時と同じフロアに部屋を確保することができた。
当時は大浴場に行った後、和泉から詩を渡されたのだということだったのでそれを再現しましょうと言い、冬子を大浴場に行かせる。
なお、明日は冬子は仕事があるので朝から東京に戻るが、夕方政子と一緒に広島に来てくれることになった。2010年の夏に『蘇る灯』と『星の海』に曲を付けた時のことを再現するためである。
その日は冬子が大浴場に行くのを見送ってから、青葉は少し考えて、和泉に電話を掛けた。
「おはようございます。川上青葉です。今少し時間取れますか?」
「うん、いいよ」
実際には今和泉の時間が取れるはずというのを確信して電話している。ちなみに政子は入浴中と判断した。
青葉は冬子と一緒に福岡の**ホテルに来ていることを話した上で、実は冬子が少し自信喪失ぎみになっているので、名曲が出来た時の状況を再現して、その時の心理状態を呼び起こしたいのだということを説明した。それで冬子に何か曲を書かせたいので、適当な詩がないかと尋ねた。
「だったら、ちょうどいいのがあるよ」
と言って、和泉は『輝く季節』という詩をメールしてくれた。
「青葉ちゃん、ついでにといっては何だけどヒーリングしてくれない?」
「はい、いいですよ」
それで青葉はいったんLINEに切り替えてから和泉といろいろ雑談しながら20分ほどヒーリングをした。
「和泉さん、寝不足みたい」
「うん。ここのところ卒論書くのに睡眠時間3時間になってるから」
「わあ、たいへんですね。でも頑張ってください」
「うん。多分冬子は私以上にたいへんなはず」
「・・・多分冬子さん、まだ着手してないと思います」
「それはヤバイなあ。あの子の卒業が遅れるとKARIONの活動再開が遅れてしまうから」
「それですけど、私、和泉さんを唆していいですか?」
「ん?」
「もうバラしちゃいましょうよ。蘭子さんの正体。活動再開する時はちゃんと4人でお客さんの前に並びましょうよ」
和泉は少し考えているようだった。
そして言った。
「その話、乗った」
和泉とのセッションを終えた後、青葉は冬子がまだ大浴場の浴槽に浸かっていること(かなりボーっとしていて時間を忘れている感じ)を感知して、和泉からメールで送ってもらった詩を、ホテルの便箋に書き写した。そしてエレベータに乗って大浴場のある階に行く。そして冬子が出てくるのを待った。
「冬子さん」
と呼び掛けると、向こうは不意を突かれた感じで驚いている。
「すみません。これに曲を付けてくれませんか?」
「へ?」
冬子は紙を受け取り詩を斜め読みしていた。
「これ、和泉の詩?」
「はい。当時の状況をできるだけ近い感じで再現するには、和泉さんの詩を出した方がいいかなと思ってお電話してみたら『じゃ、これお願い』と言ってメールしてもらったので、それを書き写して来ました」
「あはは。了解。朝までに付けるね」
それで一緒に部屋に戻り、裸で寝てもらってヒーリングを開始した。冬子は5分ほどで眠ってしまった。
その眠ってしまった冬子の心の中に侵入する。
『冬子さん、こちらです』
と言って、手を引いて森の中の道を歩いて行く。この森は実際には冬子の心の中の Self(自己) と呼ばれる部分である。Ego(自我)よりひとつ下の階層にある深層心理のエリアだ。この道は実際には《姫様》が誘導してくれている。やがて森の中のある場所にたどりついた。
そこで姫様が青葉の珠を起動して水を噴出させた。すると、その水につられて冬子自身の心の中からも水が湧き出してきた。このあたりもどうもこの珠の『裏の使い方』のひとつのようである。この珠にはいろいろな使い方があるようだ。
『美味しそうな水でしょう? 飲んでみるといいです』
と青葉は冬子に言った。手ですくって飲んでいる。
『美味しいでしょ?』
『うん。もっと飲んで良い?』
『たくさん飲んで下さい』
『飲んじゃおう。青葉も飲むといいよ』
『そうですね。じゃもらっちゃおうかな』
と言って青葉はその冬子の心の中から湧いてきた泉の水をもらって少し飲んだ。
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