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■春楽(3)
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ここで未雨の同級生たち、青葉の元同級生やコーラス部の人たち、祖父母の友人達が帰って行った。青葉・朋子・桃香・千里と早紀・椿妃・美由紀・日香理に菊枝・直美・民雄いった「身内」で御礼の品を渡しながら送り出す。同級生達は各グループでまとめてお香典を包んでくれていたが、青葉は桃香と相談して、1人1人に記念のボールペンを渡すことにしていた。それを渡していた時、コーラス部の面々の中に1人知らない顔の生徒がいた、と思ったら青葉に話しかけてきた。
「こんにちは。私、立花といいます」
「ああ!こんにちは。歌里(かおり)さんですね。話は聞いてました。ソロを歌ってるんですよね。頑張って下さいね」
「1度、川上先輩の歌も聴きたかったんですが、今日は慌ただしいし」
「次は8月6日に来るつもり」
「その時、会っていただけます?」
「いいよ」
「その時にはお互い、全国大会行きの切符を手に入れてますよね?」
「うん。そのつもりで頑張る」
ふたりは硬い握手を交わした。
身内やそれに近い人だけ残った所で、初七日法要を行い、ここまで済んだ所で霊能者さんたちや、父母の友人たちが帰ることになる。
父の友人たちは各々自分の車で来ていたのでガソリン代と精進落としの仕出しを渡して送り出す。母の友人3人は霊能者さんたちと一緒に車で送ることにする。この人たちにも交通費と精進落としの仕出しを渡す。
一ノ関駅が都合のいい人たち、花巻空港に行く人たち、一ノ関・花巻どちらでもいい人がいるので、花巻行きと一ノ関行きの車を出して、振り分けて乗ってもらった。
彼らを送り出した後で、残った人で精進落としをする。
ホール内にテーブルが設置され、料理が並べられた。ここまで付き合ってくれたのが、朋子・桃香・千里、彪志親子、佐竹親子、早紀・椿妃・咲良とその母、柚女、美由紀・日香理・小坂先生、舞花、政子、あきら・小夜子・和実・淳、といった面々で、それに瞬嶽を含む主賓の僧3人まで含めて28人がテーブルについた(菊枝は花巻組を送りに行っている)。喪主の青葉がみんなに感謝のことばを述べて、彪志の父が献杯の音頭を取ってくれた。
精進落としまで終わった所で、今日帰る最後のグループを送り出す。政子、あきら・小夜子、和実・淳といったメンツを千里が一ノ関まで送っていった。
そして更に残ったメンツで四十九日兼百ヶ日法要まで行った。§§寺の住職は帰す。テーブルを片付けて椅子を前向きに並べ直し、瞬嶽と££寺住職の2人でお経をあげた。もう震災から135日が経過している。出席者はまた涙を新たにした。
菊枝と千里が戻ってきた所で残った20人(瞬嶽も残っていたが既に寝ている)で、旅館の部屋に集まり、あらためてお茶と、お腹が空いている人は軽食を取る。食糧は千里が戻る前に桃香がコンビニで調達して来ている。
これに顔を出したのが、青葉・朋子・桃香・千里、彪志親子、佐竹親子、早紀・椿妃・咲良とその母、柚女、美由紀・日香理・小坂先生、舞花である。
「交通費みんな、なかなか受け取ってくれなかったけど、受け取ってくれないと私が困るといって、何とか押しつけてきたよ。政子さんには昨日どうしても受け取ってくれなかった冬子さんの分まで押しつけた」と千里。
「ありがと、ちー姉」
「あのクラシカルなというかゴシック風?の黒いドレス着ていた姉妹?はどういうつながり?」と美由紀。
「MTFつながり」と青葉。
「え?まさか、あのお姉さんの方、ホントは男の人?」
「妹の方もだよ」
「うっそー!?」
「まあ姉妹というより夫婦なんだけど、和実ちゃんとは凄く親しくなって最近よくメールのやりとりしてるよ」
「へー」
「もしかしてあの上等な和服着てた姉妹も?」
「MTFつながり」
「じゃあ、あの2人も男の人だったの?」
「あきらさんはMTXだけど、小夜子さんは天然女性。あのふたりは正式に結婚している」と青葉。
「わ、わからない・・・・・」
「だいたい小夜子さん、妊娠してるし」
「ああ、確かにお腹が大きかった!」
「大学生くらいの感じで、昨日来てくれてた人とさっき帰ってった人ってさ、何か見覚えがあると思って考えてたんだけど、もしかして『ローズ+リリー』
の人たちじゃないよね?」と美由紀。
「そうだよ」
「すごーい!それもMTFつながり?」
「そう。冬子さんというかケイさんとね。ケイさんは新曲のキャンペーン中で今全国を飛び回っている最中なんだけど、ちょうど昨夜は青森から仙台への移動途中だったからといって、こちらに寄ってくれた。政子さんも冬子さんが来るとは知らなかったと言ってたから、ほんとに急に決めたんだろうな」
「霊能者さんの方もなんかオーラの凄い人たちがいたね」と彪志。
「テレビで何度か見た顔があった。竹田宗聖さんだっけ?」と椿妃。
「うん。神戸の人。あの人わりとマスコミ好きなんだよね。物心ついた頃からひいばあちゃんの家によく出入りしてたから、私、飴もらったりしてたよ」
「へー」
その日はそんな感じで参列者の品評会が遅くまで続いていた。
葬儀が終わり青葉たちも富山に戻り、一週間して、コーラス部の中部大会があった。青葉や日香理たちは愛知県の会場にJRで出かけていった。
県大会では早めに歌うことができたので他の学校の出来を気にせずのびのびと歌うことができたのだが、中部大会では順番(抽選で決まる)は最後から2番目になっていた。
ここまで来ている学校はみんな凄い所ばかりである。みんな「わあ」とか「ひゃー」
とか言いながらその歌を聴いていた。「なんかこういう歌をたくさん聴けただけで満足」などともう諦めきったようなことを言っている子もいる。しかし結果的には青葉たちは、こりゃさすがに無理だという気分になり、完全に開き直って歌うことができた。また、ここまでたくさん良い歌唱を聴いていたので、その結果をみんなが吸収している感じもあった。そのため青葉たちの歌は、先生が「会心の出来だね」と言うほどの出来だった。
その後、最後の学校が歌う。「すごいね」「なんかパーフェクトという感じ」
とみんな言っている。ほんとにうまい学校であった。
全ての演奏が終わり、結果発表まで10分ほど待たされた。司会者が出て来て成績を発表する。3位から順番に発表されたが、青葉たちの学校の名前は無かった。ラストに歌った学校が1位だった。
「あぁあ」
「残念だったね。今日は本当にいい出来だったのに」
「みんなうまいもん。仕方ないよ」
表彰式が始まるまでの間に先生が成績表をもらってきた。
「うちは4位だったよ。しかも3位と1点差。惜しかったね」
「わあ」
やがて表彰式が始まる。3位の学校がステージに昇り賞状をもらい会場から拍手が湧く。続いて2位の学校の表彰。そして1位の学校が呼び出されようとした時、アナウンスが「そして1位・・・」と言った所で制止されて学校名が呼ばれない。
表彰状を持った人も呼び戻されて裾に下がった。何人か走っている人がいる。突然慌ただしくなった感じだ。
「何だろう?」
「1位の学校が帰っちゃったとか?」
「まさか」
「何か揉めてるね」
司会の人が「しばらくお待ちください。少し審議があります」というアナウンス。会場がどうしても騒がしくなる。審議は結局30分くらい続いた。やがて司会の人ではなく、なんかお偉いさんという感じの人がステージに上ってマイクを持った。
「ただいまの審議の内容を発表致します。えー、1位となりました△▽中学のソプラノソロを歌った生徒が、今月中旬に他校に転校済みで、本日現在は在籍していなかったことが分かりました。△▽中学側とも話し合った結果、△▽中学はこの中部大会を辞退することになりました」
会場が凄まじく騒然としている。
「この結果、さきほど2位で表彰しました◇□中学が1位、3位で表彰しました○◇中学が2位と繰り上がりまして、4位の成績だった◎◎中学が3位になり、全国大会進出となります」
きゃーと青葉たちは大騒ぎである。日香理は興奮のあまり青葉に抱きつき、更にキスまでする。さすがに舌までは入れないもののかなり強い吸引力。青葉もお返しに強く日香理の唇を吸って喜びを表した。
「ただいまより表彰式をやり直します。今新しい表彰状を準備しておりますので、◇□中学と○◇中学はさきほどの表彰状をいったん返還してください」
再開された表彰式。新たに3位となった青葉たちの学校が最初にステージに上がる。表彰状を受け取った府中さんが右手に持った賞状を高らかに上げて喜びを表現した。
ロビーに出たところで何人かトイレに行ってくる。青葉はロビーの隅で携帯をチェックしたら椿妃から「東北大会2位。全国大会進出☆」というメールが入っていた。「おめでとう!こちらも滑り込みで3位。全国大会で会おう」と返信する。ほどなく返信があり、きらきらしたアイコンたっぷりで「おめでとう!!!」とあった。
帰りのしらさぎを待つ名古屋駅で、付き添ってくれていた教頭先生がポケットマネーでアクエリアスを2箱買ってきてくれてみんなに配る。それで青葉たちは乾杯してあらためて喜びを分け合った。
「しかしここまで来れたのも、まずはひとえに寺田先生のおかげですね」と教頭。
「いえとんでもない。私、前の学校では軽音楽部、その前の学校ではブラスバンド部の顧問していて、コーラス部の顧問したのは8年ぶりで合唱の指導方法とかも忘れていて。この春この学校に来てコーラス部を担当してくれと言われて最初は何も分からずに本当に手探り状態だったのですが、みんなが頑張ってくれたから。私の方こそ部員のみんなに支えられた感じです」
「先生のご指導は合理的でみんな分かりやすかったです」と部長。
「去年までの先生はそもそも練習にもめったに顔出してなかったもん」と副部長。
「でも△▽中もちょっと可哀想な気もするね」という声があちこちから出る。
「転校生の問題ってけっこう微妙なのよね。いろいろえげつないことする学校があって。高校の運動部とか転校生の出場規制があるよね」
と寺田先生は言う。
「特にソプラノソロはそう簡単には他の子には務まらないだろうし、気持ちは分かるけどね」と3年生。
「あれって、いっそソプラノソロを外すことはできなかったんですか?」と1年生。
「途中での編曲変更は禁止だもんね。地区大会で使った編曲で全国大会まで歌わないといけない」と副部長。
「あっそうか」
「ばっくれようとしたんだろうけど、まあバレるよね。ソロ歌う子なんて他の中学からも注目されてるもん」と府中さん。
帰宅してから少し遅い時間ではあったものの椿妃と電話で話した。
「わあ、それはドラマティックだったね」と椿妃。
「辞退した学校の生徒可哀想だけどね」
「仕方ないよ。ルール違反だもん」
「今日はソロはどちらが歌ったの?」
「それがさ、ふたりとも優劣付けがたいといって、前半を歌里、後半を柚女が歌った」
「わあ」
「全国大会もこれで行くかもね」
「でもふたりとも歌えるならいいね」
「よくない。当然ふたりとも後半を歌いたい」
「そっか」
「また熾烈な争いで2人とも燃えてるよ」
「私も頑張らなきゃ」
「じゃ、来月、MGKホールで」
「うん」
8月4日、彪志が1度挨拶にということで富山にやってきた。青葉は6-7日に岩手に行ってくる予定だったので、帰りは5日夜の夜行バスで一緒に移動することにしていた。
「夜行バスじゃいちゃいちゃできないなあ」
「まあそれは仕方ないね。おうちで少しだけいちゃいちゃしよ」
「えーほんと?少しってどのくらい?」
「あまり期待しすぎないように」
などと事前に電話で話した。
4日当日は母と一緒に高岡駅まで迎えに行った。
「お疲れ様〜。受験生なのにありがとうね」
「往復する間に問題集1冊仕上げることになってる」
「わあ、たいへんそう。頑張ってね」
などと言いながら車に乗り込む。
「こないだの葬儀では色々ありがとう。男手が少ないから助かった」
「しかし最終的に凄い人数になったね」
「うん。ホントにびっくりした。でもありがたい」
「でも半分以上は青葉の友達だろ?青葉はみんなに愛されてるな」
「うん・・・」青葉も微笑んで頷く。
「お、ここで泣かないのは大きな進歩」と彪志。
「えへへ」
自宅に着き、居間まで行ってから彪志は
「えー、そういう訳で挨拶が後先になりましたが、青葉さんと付き合っている鈴江彪志です。よろしくお願いします」
と彪志がペコリと朋子に礼をした。
「いえいえ。こちらこそ娘がお世話になっておりまして」と朋子も挨拶する。
「あ、これうちの親からことづかりました」
と言って一ノ関のお菓子を出す。
「わざわざお心遣いありがとうございます」
「えーっと、挨拶は終わったかな?」と青葉。
「うん」と彪志と朋子。
「じゃ、お昼ごはーん」
と言って青葉は台所に行くとカレーの鍋を乗せたIHヒーターのスイッチを入れそれが暖まる間に冷蔵庫に入れていた野菜サラダの皿を出して来て、母の前、彪志の前と自分が座る予定の席の前に並べる。
「ドレッシングは好みで掛けてね」
といってテーブルの中央に置く。
それからポットのお湯で簡易チャイを作りカップを並べて注ぐ。それからカレー皿に御飯を盛り、暖まったカレーを掛けて各自の前に置き、スプーンを添えて、自分も席についた。
「凄くいい匂いがすると思った」と彪志。
「じゃ、いただきます」と母。
「いただきます」「いただきます」
「美味しい!本格的なインド風カレーだね」
「うん。レシピ本見て少しがんばってみた」と青葉。
「おー、凄い」
「たくさん食べてね−。御飯も思いっきり炊いたから」
「あはは、ふだんは御飯どのくらい炊くの?」
「朝2合炊いたら、朝晩の私とお母ちゃんの分あるよ。今日は5合炊いた。足りなくなったら、また炊くね」
「ありがとう」
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