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■春虎(12)
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青葉は言った。
「昨夜偶然遭遇して、後を追ったら、このお店の看板に飛び込んで消えました。それでこの看板に何があると思ったのですが、拝見させて頂いて分かりました。お店の名前“琥珀”から王偏が脱落して“虎白”になってしまっていたんですね。それで白い虎が出ていた。だから、この看板を直せば、虎は出なくなります」
「なんてこった・・・」
明恵は、これは『陰陽師』の『口無しの女』と同じパターンだなと思った。
「このお店は・・・50年くらいですか」
「40年です」
「それだけの時を経れば、ただの物質だったものも、魂を持つことがあるんですよ」
「どうしよう・・・」
「桜坂さん、神谷内とも話したのですが、うちは報道縛組ではないので、決してこちらのお店に責任があるかのような形にはしません(昨夜の内に真珠と幸花との電話でこの方針を決定。幸花が神谷内の承認も取ってくれた)。ですから問題解決のために、ご協力をお願いできませんか」
と青葉は言った。
(この場の番組制作責任者は真珠だが、青葉は番組の冠にもなっているし、またここにいる中では最年長に“見える”のでこの役目を果たすことにした)
「分かった。協力する」
と桜坂さんは唇を噛みしめながら言う。やはりマスコミ人としての責任感を感じているのだろう。普通の店主さんなら、知らぬ存ぜぬと言い張るかも知れない。
「この看板の王偏の所が脱落したのはいつですか?」
「12月31日の地震の時に落ちたんですよ」
「それで1月頃から白い虎が目撃されるようになったんですね」
「でもあの虎、悪いことはしてなかったみたいね」
「鬼が人を襲おうとした所で、虎がその鬼を倒してくれたのも目撃されてますし、夜中にひとりで歩いていた女の子をガードしてくれたりしてるんですよ。変な男が女の子に接近しようとしたのを威嚇してくれたり」
「本人は、夜中には、弱い妖怪とか小鬼とかが出没するから、そういうのを食べていたんだと思います。見た瞬間、人間とかは食べてないと思いました」
「私も同感」
真珠は幸花に電話した。
一方千里はホテルで待機している遙佳に電話して何か頼んでいる様子だった。
初海が洋菓子屋さんでケーキを買ってきた。また明恵が缶コーヒーを買ってきて、みんなでお店の中で食べた。真珠は「気晴らしに」と言って、2月に信貴山・鞍馬寺・貴船神社に行って来た時の映像をみんなに見せた。桜坂さんや井原さんも「ここ凄いね」と言って見ていた。
幸花は実は朝からこちらに向かっており、11時頃、到着した。神谷内さんも一緒である。事態が重大なので一緒に来たのだろう。
神谷内さんが来ると、桜坂さんは
「みんなに迷惑を掛けて、何とお詫びしたらいいか」
と言って、少し思い詰めたような表情で謝っていた。
神谷内さんは
「この件は、決してこちらのお店に責任があるかのような形にはしないから」
と青葉も言ったことを再確認した。
「ドイルさん、物語の結末を少し変えさせてもらっていい?」
「いいですよ。『北陸霊界探訪』は報道番組ではなくバラエティですから」
と青葉は笑顔で答える。
「ここに来る途中考えていたんだけど、傾城反魂香の方式で行こうよ」
「つまり絵筆で描き消してしまうんですね。それが誰も傷つけずに済む気がします」
と青葉は言う。青葉も収拾の仕方について考えていたのだろう。
「絵筆より、練り消しのほうが説得力あるかも」
と幸花。
「ではそれで」
「桜坂さんは、この看板すぐ直せます?」
と神谷内が訊く。
「脱落した部分は、落ちた時に割れてくずくずになってしまったんですよ。なにしろ40年前に作ったものだから、業者に作り直しを頼むつもりだったけど、それだと時間が掛かるから自分で直しますよ」
「プラダンか何かで成形します?」
「浮き出てる文字を全部取り外して、ペンキで描こうと思います」
「その方がいいかもね。伊勢ちゃん、桜坂さんと一緒にムサシに行って、塗料とハケとマスキングテープとビニール手袋を買ってきてくれない?」
と言って、神谷内さんは真珠に1万円札を2枚渡した。
「行ってきます、桜坂さん、行きましょう」
「うん」
それで真珠は桜坂さんをCX-5に乗せてホームセンターに向かった。
真珠に頼んだのは、やはりこういう時に最も頼りになるからだろう。基本的に桜坂さんからは絶対に目を離してはいけない。それが確実に出来るのはここに居る人間では真珠と幸花だけである(明恵や千里はとっても危ない)。幸花は番組の責任者だから現場を離れられない。
桜坂さんが材料を買いに行っている間に、神谷内さんは従業員の井原さんと協力して、残っている「虎白」の部分も、留めているネジを外して、全体を取り外してしまった。文字部分はかなりボロボロで、指で簡単に穴が空く状態であった。そもそもネジからして腐食していたし、ネジ穴も広がっていた。残りの部分の崩落も時間の問題だった。
「何かの樹脂だったようですね」
「プラスチックは日に当たっていると結構劣化しますからね〜」
やがて真珠たちが戻って来る。
「1万円もしませんでした」
と言って、真珠がお釣りを渡す。
そして桜坂さんは梯子に登って“琥珀”という文字のレリーフが取り付けてあった場所に塗料をハケで塗って、平面的な文字として“琥珀”という看板を復活させた。
「これで大丈夫ですね」
と青葉は笑顔で言った。
「この取り外したレリーフはどうする?」
「ああ、捨てておこうか」
と桜坂さんが言ったが
「私がもらっていいですか?」
と千里が言うので、神谷内さんは千里に渡した。
『何かする気だな』と青葉は思った。
「じゃ、うまく編集して、この看板のせいではなかったことにするから。昨日のビデオもお店が映る部分は流さないから」
「恩に着ます」
神谷内は桜坂さんに奧さんを呼び出してもらい、簡単に事情を話した上で、「御主人から絶対に目を離さないようにして欲しい」と言った。奧さんも了承した。神谷内は
「お店のリニューアルオープンの前祝いに。これで何か甘いものでも買って食べて下さい」
と言って、祝儀袋を奧さんに渡した。
「すみません」
それでこの日は全員ホテルに引き上げたのである。遙佳はいなかったが、千里が「秘密のミッションを頼んだ」と言っていた。
神谷内さんと幸花もこの夜はホテルに泊まった。だから、ホテルの部屋はこのように取られた。
・青葉と千里
・明恵と真珠
・初海と幸花(シングルからツインに変更)
・神谷内
3月29日から4月2日まで、真珠が取材に出ていたので、邦生は、夜にはLINEで話はするものの、やはり寂しいなと思った。
瑞穂が3月31日までは居たが、勝手に人の衣裳ケースを見ては
「美事に女物しか無いのね」
などと言っていた。
瑞穂は御飯を作ってくれたり、洗濯をしてくれたりする子ではないので、真珠が出ている間は、邦生が御飯を作り、洗濯物なども瑞穂の部屋に脱いだまま放置されている服を「これ洗っていいの?」などと言って回収し、洗濯機に放り込んでいた。普通の兄妹なら、兄が妹の部屋に勝手に入って服に触ったりすることはあり得ないが、邦生はさんざん女子の友人を泊めて、彼女たちの服を回収しては洗濯していたので、その感覚の延長である。瑞穂も邦生が勝手に入ってくるのは気にしないようである。
「まあ私たち姉妹だしね」
などと瑞穂は思っていた。
3月30-31日は、“邦生を含む女子5人で”新人研修の会場に行き、本店から来た5人と一緒に、ビデオ研修の設営をしたり、新人が宿泊する部屋のネット環境を整えたりする作業に参加した。
「吉田さん、妹さんが今年新人で入るんでしょ?どこの支店に行くの?」
「小立野支店だそうです」
「ああ、姉妹同じ支店ではないのね?」
「姉妹だから分けるんだと思いますよ」
(↑自分で“姉妹”と言っている)
「ああ、そうだよね」
4月1日朝には、瑞穂は邦生が作った朝御飯を食べ、
「お姉ちゃん、行ってきまーす」
と言って、真珠のスペーシアに乗り、入社式・新人研修の会場に出掛けて行った。
(4/1) 夜、青葉や真珠たちは“浄化場面の再現ビデオ”を撮影しに出る。
またまた初海はお留守番で、青葉と千里、明恵と真珠、遙佳!、それに幸花と神谷内の7人で出掛けた。
青葉・千里・明恵・遙佳の4人が夜の町を歩いているシーンを真珠と幸花が同時に2方向から撮影する。幸花以外は昨夜と同じパターンである。神谷内はそれを見守っている。
「虎の気配がある」
と青葉が言い、千里も頷く。その気配を追って歩いて行くと、遙佳が虎と遭遇した交差点にも来る。
「あ、私が虎さんと会った交差点だ」
と遙佳(なかなか名演技)。
更に歩いて行くが、ここから先は実際の虎ルートとは全然違うルートを進む。やがて、一行は農道に入り、竹林の中に来た。虎と竹林というのは、よく似合う。
(日本では虎は出ないが、竹林にはイノシシがよく出るので注意)
「見付けた」
と青葉が言う。
指さす先には何も無いのだが、あとでCGで虎を描き加える。
青葉は漫画に出てくるような“骨付き肉”の絵を描いたキャンバスをバッグの中から取り出した。そして“虎のいる方角に向かって
「おいで。美味しいお肉だよ」
と声を掛けた。”
虎が起き上がってこちらに来る。青葉がキャンバスを道に立てる。すると虎は歩いて、そのキャンバスの中に入った(というシーンをCGで描き加える予定)。
青葉は急いでキャンバスの右下に梵字の阿字、左下に梵字の吽字を書き入れた。そして数珠を持ち、印を結んで
「ナウマク・サマンダ・ボダナン・ヴァイシュラマナダヤ・スヴァーハー」
と何かの(?)真言を唱えた。
これで虎は勝手に出て来られなくなる(という設定!)
青葉がキャンバスをカメラに見せる。そこには美しい白虎がお肉を食べている絵があり、キャンバスの右下・左下には、青葉の描いた封印があった。
「封印完了です」
と青葉は言った。
「ちゃんとお肉を食べられたみたい」
「良かった」
と明恵と遙佳が言った。
この方法が採られたのは、初海が
「虎さんを消しちゃうなんて可哀想」
と言ったので、真珠が代替策として
「元々絵から抜け出してきたものなら、絵の中に戻そう」
と言って、こういうストーリーを考えたのである。
虎の絵を描いたのは遙佳である。4月1日の昼前から夕方まで掛けて描きあげた力作である。千里はこういう展開になることを予測して、遙佳に絵の制作を依頼していた。青葉が最初に見せたキャンバスはこの絵が完成した後で、同じ位置にお肉を描いたもの。そちらはその場で青葉が封印の印を描いたが、虎の絵が描かれた方のキャンバスは、最初から青葉が梵字を描いておいた。また、虎が入っている方のお肉は囓られており、虎の無い方のお肉は無傷である。だから、両者を続けて見ると、虎が絵の中に入ってお肉に囓り付いたかのようである。
また後にビデオに描き加えられた虎のCGはこの遙佳が描いた虎の絵を参考に、似た雰囲気で描き加えている。
この“虎の絵”はあらためて青葉から遙佳に託された。
「ごはんたくさん食べられるように、うちのレストランに飾っておこう」
と彼女はカメラの前で言っていた。
「餌の絵を描いてあげてね」
と青葉が言ったところで撮影完了である。
ホテルに戻って1泊した後、4月2日の午前中、ホテルの会議室を借りて総括の編集会議と、最後のまとめの撮影も行った。これにはまたホテルまでやってきた遙佳も出席した。今回は遙佳大活躍であった。虎の絵は本当に遙佳の父(渡辺館長の娘の夫)がシェフをしているレストランに飾られることになった。実際問題として、放送局が持っていても仕方ない。
撮影が終わった所で、千里が遙佳に声を掛けた。
「そうだ。遙佳ちゃん、これあげるね」
と言って千里は彼女にペンダントを渡した。
チェーンはプラチナっぽく見えたが持ってみると軽いのでびっくりした(千里所有の工場で生産しているプラスチーナという、“一見プラチナに見えるプラスチック”)。
「琥珀のペンダント?」
「琥珀ちゃん、あるいはアンバーちゃんと呼んであげてね」
「もしかして、これ、あの白い虎ですか〜?」
「いい子だよ」
と千里は言っていた。
「塾とかで遅くなった時のボディガードとかには役立つよ」
「あはは」
また白い虎の噂が立ったりして!?
千里は、看板から取り外した“虎白”の文字の残骸、また肉の絵と青葉の書いた梵字だけが入ったキャンバスも遙佳に渡した。
「こちらのキャンバスにも同じ絵を描いちゃお」
「それもいいかもね。依代は複数あったほうが安心」
「虎が2匹出て来たりして」
「結婚して増えたりして」
青葉は虎といえば天津子の“ペット”のチビだよなあと思った。
あの虎は今一教育がなってないけど!
でもあの虎、どうも過去に千里姉と何かあったっぽい。千里姉を極端に恐れている。
私も一度ペシャンコに潰してやったけど!
千里がほっともっとのお弁当を配ったので、みんなそれを食べる。
(この場所から100km以内に、ほっともっとの店舗は無い!)
そして解散した(4/2 13:00).
Mazda3は初海が運転して、幸花と神谷内を金沢まで運んだ。
一方、CX-5は千里が運転して、青葉を助手席、明恵と真珠を後部座席に乗せ、能登空港に向かった。そして空港で千里と青葉が降りる。
「でも私、実は今回何もしてない気がする」
と、飛行機に乗り込み、離陸を待ちながら青葉は言った。
「まあブランド料だよね。看板の件は、青葉が指摘したから、桜坂さんは納得した。真珠ちゃんとかでは納得しない」
と千里は言う。
「最後もわりと誤魔化したし」
「あれも金沢ドイルだから視聴者は納得する」
「まあこの番組はバラエティだからね〜」
と青葉も投げ槍に言った。
Honda-Jet
blackで千里たち(?)が熊谷に向かって飛び立ったのを見送り、明恵と真珠はCX-5を交替で運転して金沢に戻った。
「飛行機離陸する時、あっちゃん何か首傾げてたけど、何かあった?」
「うーん・・・きっと気のせい」
今回、青葉は3月30日に拉致されてきて、4月2日に関東方面に戻った。足掛け4日間の北陸滞在であった。そして今回も青葉は高岡の新居には1度も寄らなかった!
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