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■春虎(6)
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2月21日(月).
幸花は、明恵と真珠が奈良・京都まで往復して取材してきたビデオを見て
「これだけで1時間の番組が構成できるなあ」
と満足そうに言った。
なお、お土産の“寅まんじゅう”と“おたべさん”は初海・双葉・幸花も含めてみんなで食べた。
「6月のネタが何にもまとまらなかったら、これで行こう」
などと幸花は言っていた。
ふたりは信貴山内の玉蔵院で、張り子の虎も買ってきていた。子虎・孫虎・豆虎の3種で、これも並べた所を幸花が撮影していた。
「そういえば“張り子”ってどういう意味ですか?」
と双葉が尋ねた。
「紙を貼って作ったから」
「あ、そういうことか」
「実際には、木の型の上に、紙を貼っていき、乾かして中の型を取り出す。そして表面に着色して絵を描く」
「なるほどー」
「赤べこも張り子」
「形が同じですね!」
「動作も同じだよね。どちらかがどちらかの応用だろうね」
「なるほどー」
「だるまも張り子」
「確かに」
「ダルマの場合は、伝統的な製法は、型に紙を貼っていって作るのだけど、量産品は真空成形という方法で作る」
「どうするんですか?」
「手造りのだるまは型の“外側”に紙を貼る。でも真空成形では、型の“内側”に紙を貼る」
「貼れるんですか?」
「紙の溶液の中に多数の穴が空いた金属の型を沈め、外側を減圧して、気圧により紙を型の内側に貼り付ける」
「なるほどー」
「真空成形法の強みは“紙の内側にある型を抜く”という難しいしデリケートな作業が不要なこと」
「ああ」
「だから量産できる」
「そういうことか」
「後は、いしかわ動物園、富山ファミリーパークの虎さんを取材してくれば結構まとまりますかね」
「あと少し欲しいなあ」
と言って、幸花が「虎」でネット検索していたら、七尾市の和倉温泉に「嘯虎巖(しょうこがん)」というものがあることが分かる。“嘯”は歌うあるいは叱るという意味のようだ。虎が歌うような音がする岩、あるいはここで虎が叱られた故事でもあるのだろうか。(巖=岩である。正確には岩は巖の略字)
「これ何だろね?」
と言って今度は「嘯虎巖」で検索してみると、写真撮ってレポートしている人は多数あるものの、みんな「由来とか意味とかの解説が無く何なのか全然分からない」と書いている。
幸花は和倉温泉観光協会に電話した。それで観光協会の人が調べてくださったのだが・・・・
「すみません。こちらでは分かりません」
ということであった!
(筆者も電話してみたものの「分かりません」ということでした。観光協会さん、お手数を掛けて申し訳ありません!)
「結局謎だなあ」
「誰も由来を知らず、名前だけが伝わっているのでは?」
「あり得るなあ」
「七尾方面の知り合いに映像撮って送ってもらおう」
と言って、幸花は友人に連絡をしていた。
幸花は更に「虎」で検索していた。そしてツイッターにこういう書き込みがあるのを見付けたのである。
「夜中に歩いていたら、歩道に虎が座っているような気がした。気のせいとは思ったけど、そこを避けて、道の反対側を通って向こうに行った」
「夜中、家に戻ろうと歩いていたら、向こうから白い虎が歩いてくるような気がした。気のせいとは思ったけど、避けて、虎が通り過ぎるのを待ってから先へ進んだ」
この手の書き込みを5個も発見した。幸花は〒〒テレビ『北陸霊界探訪』の編集部を名乗って、書き込みした人に、どこで何時頃見たかというのと、可能なら詳しい話を教えてくれないかとメッセージを送ってみた。
すると5人の内3人から返信があり、いづれもS市の住人であることが分かった。そし全員「具体的に動物の虎がいたとは思えない。ただ、虎がいるような気がしただけ」と言って、この虎がリアルに存在するものではないように捉えていたことも確認された。
「結構霊界探訪っぽくなってきましたよ」
「これはもしかしたら“白いセダン”より有望なネタになるかも」
と幸花はにわかに元気になった。
「君たち、ビスクドール展の打合せで、人形美術館に行くよね?」
「いえ。特に行く予定はありませんが」
「先日から何度か、館長さんと電話でお話はしてますけど」
「いや、行ってきなさい。そして虎の取材をしてこよう」
「そんなのどうやって取材するんですか!?」
と真珠が言う。
「夜中にS市の市街地を歩いてみたら、虎に遭遇するかも知れない」
と幸花。
「なんか鳥取砂丘で1本の針を探すような話という気がするんですが」
「まあとにかく行っといで」
と言われて、明恵・真珠・初海で行ってくることにした。
それで3人は2月26日(土)、放送局のプリウスでS市に向かった。
ここで、車を運転したのは初海である。明恵・真珠は夜中の取材になるので車中で仮眠していた。そしてS市に到着すると、初海はホテルに入ってすぐ寝た!彼女は朝まで寝ていて、明日の朝、車を運転して金沢に戻る!今回、初海は純粋にドライバーである。
人形美術館では、金沢での展示会で掲示する予定のパネルの原稿などを館長および孫の遙佳さんに見てもらって、若干の修正を加えた。これは直接会って話して良かったと思った。メールなどでやりとりすると、何度もやりとりが必要になって、よけい手間が掛かっている所である。
「でもすみませんね。わざわざ遠い所を」
「いえ、別件の取材のついでもありましたし」
「ああ、何か取材があったんですか」
「ちょっと雲をつかむような話なんですけどね。S市で虎を見たという人が何人かあって」
と真珠が言うと、遙佳が言った。
「虎、私も見ました」
「え〜〜!?」
「凄く印象的なシーンだったんで、その後、絵に描いたんですよ。家に行けばその時描いた絵がありますけど」
「見たいです!」
それで、取材班(明恵と真珠)は御自宅の方にお伺いして、遙佳が描いたという絵を見せてもらった。美しい絵である。まるで今にも動き出しそうだ。
「遙佳ちゃん、絵が上手いね!」
「えへへ。美大(金沢美術工芸大学)狙ってるんですけどね」
「おお、頑張って」
彼女が描いた絵では、交差点があり、信号機の下、歩道を塞ぐ形で白い虎が、いわゆる香箱座りをしていた。
真珠はもちろんこの絵を撮影させてもらったが、この絵は最終的には番組では放送されないことになる。代わりに別の絵が公開されることになる。
遙佳はその夜のできごとを詳しく話してくれた。
夜中にコーラを買いに行ったら、自販機より少し手前の交差点の所に虎が居たので、その虎を避けて大回りして自販機の前まで行ったこと。その後、コンビニまで行ったら、虎さんが、コンビニまで自分をガードするかのように付いてきてくれたこと。
「よし。その再現ドラマ撮影しよう」
と真珠は言った。
その時、遙佳の部屋に、紅茶とケーキをお盆に載せた、フリースジャケットにロングスカート姿の、中学生くらいの女の子が入ってきた。
「大したものは無いですけど、どうぞ」
と言う。
「ありがとう」
と真珠は言って
「妹さんですか?」
と遙佳に聞くと
「ええ、まあ」
などと言っている。何だろう?と真珠は思った。
中学生の女の子は、虎の絵を見ると
「お姉ちゃん、ほんとによく描くよね〜」
などと言っている。
「これ、いしかわ動物園かどこかで描いたの?」
「ううん。夜中に歩いてたら、虎さんに遭遇した気がしてさ。その時の印象で描いてみた」
すると、妹さんは考えている。
「歩夢、どうしたの?」
「私もこの虎さんに会った」
「ほんとですか?」
「こんな感じの顔だったよ」
「どういう状況で会いました?」
と真珠が訊くと、歩夢ちゃんは、その時のことを話してくれた。
父のレストランを手伝っていて、出前を頼まれて他に手空きの人がいなかったので、自分が出前に行った。その帰りに道を歩いていたら、前方に鬼のようなものが居て、目が合ってしまった。すると鬼はこちらに歩いて来た。ところがそこに白い虎が来て、鬼を倒してくれた。
「これも再現ドラマ撮りたい!!」
と真珠は嬉しそうに言う。
真珠は幸花に連絡を取った。すると幸花は
「よし。鬼のコスチューム用意してすぐそちらに行く」
ということだった。
それで真珠たちは、まず遙佳の体験談の再現ドラマを撮影する。
夜間の撮影に使うつもりで白い虎の着ぐるみを持って来ていたので、明恵がその着ぐるみを着て、現場の交差点の所に香箱に座っている。遙佳本人が横断歩道の手前まで来て
「あ、虎が居る」
と呟く。
それで遙佳が道の反対側に移動し、虎の居る所を避けて、こちらの道に戻り、自販機でコーラを買おうとする所を真珠が撮影する。
そして遙佳が
「あん、コーラ売り切れてる」
と言う(売り切れマークは後で編集で書き足す)。
そして遙佳がコンビニ方面に歩いて行く後ろを白い虎の着ぐるみを着た明恵が四つ足で付いていく絵を撮影した。
「後はコンビニ前で撮影しよう」
と真珠は言う。
明恵は着ぐるみの頭部分を脱いだ後、その交差点の虎が居たという場所に再度立ち、腕を組んで、ある方向を見ていた。
「何か感じる?」
「私には分からない。ここに青葉さんが居たら分かるかも知れないけど」
撮影一行は、この後、車でコンビニ前に移動し、遙佳がコンビニに入っていくのを白い虎が見回る絵を撮影した。
「お疲れ様でしたー」
「いい絵が撮れた」
「遙佳ちゃん演技力もある〜」
「実際にあの夜にした自分の行動を再現しただけですけどね」
「じゃ夕方、応援の撮影隊が来たら、またお願いします」
「ええ。“妹”がね」
幸花は16時頃、Mazda3に双葉を乗せてやってきた。鬼の衣裳は放送局にストックされているのがあったらしい。
「今の時間に中心部で撮影すると、人が多すぎるな」
「だったら人の少ない道で撮影しましょう」
と言って、一行は町外れの農道に移動して撮影を行った。
歩夢がウェイトレスさん衣裳(本物)に着替える。
「可愛い!」
と明恵と真珠が言う。
「可愛いですよね。それで高校生には結構ここのバイト人気なんですよ」
「まあ、あんたにも似合ってることは認めるよ」
と遙佳が言うと
「私も好きー」
と歩夢は行っていた。
その衣裳を着けた歩夢が保温デリバリーバッグを持って歩いている。すると道の先に鬼(演:双葉!)が座っている。歩夢がそちらを見てギクッとする(名演技)。鬼は立ち上がって、こちらにゆっくりと歩いてくる。
その時、歩夢の後ろでうなり声(後で編集で加える予定)がするので、振り返る。すると白い虎(中の人:明恵)がいる。
「きゃー!」
と悲鳴を挙げて、歩夢が頭を抱えてしゃがみ込む。。すると虎は走って歩夢のそばを通り過ぎ、鬼に飛びかかって、鬼を倒した。ここは着ぐるみで四つ足で走るのは無理なので、走り抜けて鬼に向かって行く虎はCGで描き加える予定である。
明恵は双葉演じる鬼のそばから、鬼に飛びかかって倒し、その後もこちらを見てから去って行く演技をした。
「お疲れ様でした!」
「歩夢ちゃんも演技力ある。姉妹そろって女優さんの素質あるよ」
などと真珠が言うと
「そうですか?」
などと言って、歩夢は嬉しそうだった。立ち会った遙佳も笑顔で見ていた。
幸花と双葉もホテルを取って、そこに入った。
明恵・真珠・幸花の3人は夜中の2時に人通りが途絶えた商店街で、虎が商店街を歩くシーンを撮影した。
着ぐるみを着た明恵が歩道を歩いて行く所を真珠が撮影したが、誰かに見られたら絶対警察に通報されると思った。
(トラ箱に入れられたりして!?)
酔客が驚いて道端に座ってしまうシーンも撮影したが、酔客を演じたのは、“適度に傷んだ”紳士服スーツを着た幸花である。酔客の必須アイテムとして、お土産の包み(実はコンビニで買った“あんころ”)も手にしている。
このスーツは実は邦生のスーツである!このスーツは女性体型で作られているので、邦生と体格が近い幸花は無理なく着られた。シャツは女性用の右ボタンのワークシャツを着ている。なお、あんころは撮影後、明恵・真珠・幸花の3人で美味しく頂きました!寝ていた初海と双葉には“当たらなかった”(北陸方言)。
3人は他にも2件の再現ドラマを撮影し、朝5時頃、ホテルに引き上げた。
途中で巡回しているパトカーの警官に呼び止められたが、幸花が名刺を出して放送局の番組撮影だと説明すると
「夜中に大変だね。風邪引かないようにね」
と言ってくれた。
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