【女子中学生・ひと夏の体験】(7)

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午前中の練習は密度が濃いのでエアコンは入っていてもみんなたくさん汗を掻く。夏なので水分補給もしているが、お昼前にみんなシャワーを浴びる、そして例によって!清香が裸で出歩く!
 
柔良が居ないので、沙苗を捕まえて
「私のおっぱいの動きをチェックして」
と言って裸で素振りしていた。
 
沙苗はきゃー!とは思ったものの、頑張って羞恥心は忘れて
 
「今のは良かった」
「今のはぶれてた」
 
などとやっていた。公世の姉・弓枝は
 
「面白いチェックしてるね〜」
と言って、自分も見学して意見を言っていたが、公世は目のやり場に困っていた。
 
「きみよちゃん、これ付けるといい」
と言って、千里がアイマスクを渡したので、
「借りる」
と言ってそれを付けて見えないようにし、自分は道場の隅で横になって身体を休めていた。すーちゃんがキュア・ブラックのタオルケットを掛けてあげたらなぜか?恥ずかしがっていた。
 

お昼を食べて休憩した後、午後からは、ちょうど夏休みで帰省していた道田大海(大学4年・四段)に来てもらって練習を見てもらう。道田さんは清香を見て
 
「なんか強い子がいる。君、転校生?」
と訊く。
 
「この子はR中の子なんですよ」
「R中か!」
と残念がっていた。
 
でも千里と清香は、道田さんから
「君たちはほんとに凄いねぇ」
と言われながらも、けっこう細かいアドバイスをもらうので参考になった。
 
道田さんは公世にも
「君はまだ千里ちゃんたちには及ばないけど、足腰を鍛えるといい所まで行くよ」
などと言っていた。
 
(公世が男の子だとは夢にも思っていない)
 
「じゃ午後にも山道を走ろうかなあ」
「それは危険」
「じゃ朝海岸でも走ろうかな」
 
などと言っていたのだが、結局翌日からは全員海岸に集まり!海岸を5kmジョギングしてから、車で練習場に移動することにした。善枝の運転するカローラに加えて、公世のお母さんが運転するサニーでも運んでもらえることになった。なお、沙苗の家のビスタは(よほど上手い人が運転しない限り)進入路を通れない。左右どちらかの樹木にぶつかる。
 
そして公世は朝、他の子より30分くらい前に集合場所の5km手前に来て結果的に5km余分に走っておくことにした。公世のお姉さんが自転車で伴走してくれる。また夕方も善枝に車で送ってもらい、海岸を10km走るようにした。つまり朝夕10kmずつ走ることになる(走ったあと帰ってきて、整理運動とマッサージをする)。
 
そういう訳で2日目からは危険な山道ジョギングは無くなったのである。
 

その日も公世が自分の部屋で夏休みの宿題をしていたら(*21)、ノックもせずに弓枝が部屋に入ってきた(*22).
 
(*21) 毎日ハードな練習をしているのに勉強もしている公世は偉い。千里や沙苗はなーんにも勉強していない。むろん清香も何も勉強していない。
 
(*22) 弓枝はいつでも勝手に声も掛けずに公世の部屋に入ってくるので、公世は落ち着いてオナニーもできない。ただし弓枝は大樹の部屋には勝手に入らない!(大樹の部屋には公世も入らない。入るのは父くらい)
 

そして弓枝は公世に
 
「これあげるね」
と言って自分の中学時代のセーラー服とスカートが掛かったハンガーを鴨居に掛け、また夏服セーラー服、普通のブラウス、リボンも渡した。
 
「こんなのもらっても困るんだけど」
「大樹(小6の弟)は身体が大きくて入らないだろうし、あんたが着ればいいよ」
「ぼくも着ないよー。リボンの結び方も分からないし」
と言ったら
 
「それはいけない。練習しよう」
と言って、セーラー服の取り敢えず上半身だけ着せられた上で!リボンの結び方を練習させられた!
 
(公世は身長が165cmで、2年前の弓枝の身長とほぼ同じであり、弓枝が中学時代に着ていた服が入る)
 
しかもそれをやっている最中に母が勝手に入ってきて(なぜうちの女共はノックもせずに部屋に入ってくる?)
 
「あら可愛いわね。2学期からそれで学校に行くの?」
と言った。
 

早川ラボでの集中練習会では、道田さんの他に、4日目にはR中のOGで、道田さんと同期の小松さん(四段)も来てくれたが
 
「凄い濃厚な練習をしてるね!」
と驚いていた。
 
「短期間集中型だからできるんだと思いますけどね」
「まあこれを日常的にやってたら死ぬな」
 
小松さんと道田さんも4年ぶりとかで対戦していたが、お互いに
「強くなってる〜」
と称え合っていた。結局、小松さんもその後、毎日指導してくれた。
 

昼食やおやつについては、すーちゃん・てんちゃんが作ってくれる。買い出しは車が使える善枝がやってくれた。
 
道着の洗濯については、各自着替えたら洗濯機に放り込んでもらい、溜まったら洗濯機を回すが、バルコニー(*23)に干すのは主として弓枝さんがしてくれた。
 
練習会参加メンバーの中で、参加者全員の下着を平気で扱えるのは実は弓枝さんだけなのである!他の女子には公世の下着を扱わせたくない。公世には女子の下着を扱わせたくない。でも弓枝は、公世は弟だし、他のメンツは同性だから全く問題無い。
 
「きみよも女の子下着を着けてればそういう面倒な問題は起きないのに」
「お姉さんもそう思われますか?やはり公世は恥ずかしがらずに女の子下着を着けるべきですよね」
 
ということで、姉からまで「きみよ」と呼ばれている。なお、ここで洗濯しないと持ち帰ってからの洗濯では翌朝までに乾かない。
 
(*23) ここの倉庫?の天井は約7mであるが、体育館とかによくあるように高さ4mの所の内側に幅1m弱のバルコニーが設置されている(階段は北側)。これは上方の窓のメンテが主たる目的であるが、洗濯物を干すのにも都合が良い。せいちゃん・げんちゃんに頼んで物干しロープを張ってもらった。
 

しかし着替える時に、他の子はシャワールームの中で着替えるのに、みんなの前で平気で素っ裸になってから新しい道着を着ける子が若干1名居るので、公世が慌てて目をそらすシーンが多々あった。でも集中練習会の終わりのほうになるとかなり慣れた(不感症になった!)ようである。
 
今回の集中練習会には食費相当として1人1日500円お願いしているのだが、全く足りないので不足分は千里が出している。もっとも沙苗や公世が野菜とか魚を結構差し入れてくれた。
 

5日目(8/6)の夕方、外塀に何かがぶつかったような音がしたので、みんなにじっとしているように言って、千里とすーちゃんの2人で見に行く(すーちゃんはある程度戦闘力があるが、てんちゃんはあまり戦闘向きではない)。
 
すると、エゾシカ(推定100kg)が激突して半死の状態で暴れていた。外塀は電流を流しているので感電したのかも知れない。それで苦しまないようにトドメを刺し、こうちゃんを呼んで血抜きをする。
 
それで翌日(8/7)のお昼はまた焼肉パーティーとなり、練習メンバーも美味しそうに食べていた。この日は一部は残して以降のおやつの食材とした!
 
「しかヒグマが出たり、エゾシカが出たり、ワイルドな場所だね」
と公世。
 
「だからタマラたちはこの家使わなくなったんたと思う」
と沙苗。
 
「山道のジョギングはやめて正解だったかも」
と弓枝。
 
「メンバー半分くらいヒグマに食べられてたかもね」
と清香。
 

この外塀って、鹿熊防護壁ではなく、鹿熊捕獲壁だったりして?などと千里は思ったが、実際ここは以降、眷属たちの良き餌場と化したようであった。毎月1頭は鹿や熊が掛かるので、結果的に千里にとって“眷属たちの食費”問題が解決することになる!
 
千里たちは翌年までここを休み期間中の剣道練習場として使用した。
 
千里たちが旭川に移動した2006年以降、ここは“留萌H新鮮産業”(H新鮮産業と“天野産業”の合弁会社)がここを早川平太(タマラの父)から買取り、林業とキノコの生産基地となることになる。さすがに千里が居ないと恐くて道場としては使えない。後輩たちの道場は後述の“天野道場”のほうになる。
 
ここはずっと後の、朱雀林業・留萌支店(2020以降)である。
 
すーちゃんは2006年春まで、留萌に滞在する時はここを住居とし(すーちゃん・てんちゃんの居室を造り込んだ)、千里たちが使う時はその管理者ともなったが、20年後にここが自分の名前を冠した会社の拠点になるとは思いもよらなかった。
 

その8月7日の鹿肉パーティーの時に、その話が出たのである。
 
「コート男?」
「古いタイプの痴漢だな」
「どこに出るの?」
「中道橋だって」
「古い橋だなあ」
 
「10年くらい前から架け替えの話は出てるけど、予算が付かないみたい。今取り敢えず四輪車は通行禁止になってるから、歩行者・自転車・バイクしか通らないんだけどね」
 
「やはり女の子が通るとコートの前をはだけるの?」
「そうみたい。目撃者によるとどうも2パターンあって、どちらもすれ違い際にいきなり見せるらしい。ひとつがコート型で、夏なのにコート着てて変な人だなあと思ってると、3mくらいの距離まで近づいた時に、いきなりコートの前をはだけるパターン。もうひとつは男なのにセーラー服着てるんで、何この人?と思ったらいきなり自分のスカートをめくって、おいなりさんを見せるんだって」
 
(「おいなりさん」と聞いて、女子たちの護衛のために呼んでいる源次(一応姿を消している)が「ん?」という顔をしていた)
 
「おいなりさんなの?フランクフルトじゃなくて」
「まあどちらもあるんじゃない?」
「フランクフルトじゃなくてポークビッツだったりして」
という声があった時、千里は“どこかで”微細な反応があったのを見逃さなかった。
 
「ああ、見せたがる奴に限って小さいんだよな」
と清香が言っているので、自分が風呂上がりにおっぱい出したまま歩き回ってるのは棚に上げてるなと千里は思った。彼女のバストは、かなりのサイズである。
 
「しかし男のくせにセーラー服着てるとか、射殺したいな」
などと道田さんが言うと、なぜか公世がドキドキした顔をしていた。
 

8月9日(月).
 
この日は全国中学校剣道大会の宿泊申し込みの締め切り日であった。
 
現地に行けるのは、団体戦の場合は、監督1名+選手5名+補欠2名の合計8名が基本だが、“団体戦に出ない個人戦出場者”の場合は、学校単位で監督1名+選手+練習パートナーということになっている(監督が剣道に詳しくない場合は更にコーチが随行してもよい:但しコーチは試合には付き添えない)。
 
練習パートナーは選手1名につき1人付けられる。
 
この練習パートナーについて、R中はもちろん前田柔良を連れて行く。監督は安藤先生(剣道五段)である。
 
S中の場合、監督として千里には鶴野先生(4級を取った!)、公世には岩永先生(剣道四段)が付いていくことになる。広沢先生がコーチとして随行する。広沢先生は初段を取ってくれた!いきなり初段を取れるのがさすが体育の先生の運動神経である。
 
練習パートナーは、千里には当然玖美子であるが、公世の練習パートナーで波乱があった。
 
岩永先生は、2年男子部員で実力No.1の竹田治昭(初段)を連れて行こうと思った。全国大会を見学するのは彼にとっても、大きな勉強になるだろう。
 
それで本人に電話して、意思確認をする。
 
ところがである。
 

「怪我した〜!?」
 
「すみません。階段で足を滑らせて1階まで転がり落ちて。一週間くらいは手を動かしてはいけないと言われています」
 
一週間というのは微妙だ。大会までは12日ある。その頃にはもう完治して普通に剣道ができるようになっている可能性は高い。特にスポーツ選手は概して回復力も高い。
 
しかし万一治癒が長引いた場合は、まだ竹刀を持てない可能性もある。
 
「12日後というのは微妙だよね。仕方ない、他の子を当たるか」
「すみませーん。僕も全国大会見たいですけど、こんな時に怪我しちゃって」
「うん。お大事にね」
 
竹田君が使えないなら、誰を使う?
 
工藤君と仲の良い佐藤君(2級)あたりを使うか?しかし佐藤君は元々工藤君より少し実力が落ちる。しかも工藤君は地区大会4位通過だったのに、道大会で奇跡的な快進撃をして準優勝した。きっと彼の中で何かがブレイクスルーしたのだろう。彼はたぶん物凄く強くなっている。となると、今の工藤君なら、佐藤君ではとても練習相手にならないかも。
 
1年の吉原君?彼は先日1級を取得した。急成長株だ。全国大会を見せるのは勉強になるだろう。ただ彼は185cmと長身であり、165cmの工藤君にとっては大会前の調整のための練習相手としては微妙である。
 
3年生の古河君(2級 171cm)を使う手も考えたが、さすがに2年生の補助役というのはプライドを傷つけるだろうし、工藤君もやりにくい。そもそも古河君は佐藤君と実力が大差無い。
 
と岩永先生は15分くらい悩んでいたのだが、唐突にある人物を思いついた。
 
それで電話した。
 
「ああ、原田さん?僕岩永だけど。ちょっと相談があるんだけど」
 

N町の早川ラボ?での剣道の練習は8月12日(木)の午前中で切り上げた。
 
通常は午前中は基礎練習だけなのだが、この日は基礎練習を早めに切り上げて1時間ほど実戦練習をした。
 
シャワーを浴びてお昼を食べた後、瑞江にセレナでラボの前の道路まで迎えに来てもらい、それに乗り込んだ(ラボへの進入路を車体の大きなセレナは物理的に通過できない)。座席はこのようにした。
 
助手席 沙苗
2列目 公世・弓枝
3列目 千里・清香
 

残った道田・小松は、善枝にカローラで各々の都合のよい所まで送ってもらう。一方、すーちゃん・てんちゃんはラボの片付けを終えた後、げんちゃんを呼び、進入路の入口10mほどにカムフラージュの樹木を植えてもらった(正確にはその付近の地面を“どけて”、ミズナラの生えている地面ごと持って来て“置いて”もらった)。これでこの先に何かがあるとは気付きにくいようになる。浮浪者やバックパッカー?などの侵入を防止するためである。
 
確かに浮浪者とかが入ってくると外塀の電流で“捕獲”されかねない。
 
「人間は食ってはいけないと言われてるし」
と歓喜の弁!
「俺も食ったことないけど、人間よりエゾシカとかの方が美味いらしいよ」
と九重の弁!
 
なお、せいちゃん・げんちゃんがこの手の雑用?に使われるのは、若くて使いやすいからである。こうちゃん・りくちゃんは年長者なので、若いすーちゃんたちからは頼みにくい。また、げんちゃんは腕力があるので力仕事には最適である。せいちゃんは頭脳派。
 
「このドア開けて」
と、せいちゃんに頼むと鍵を解除してくれる。げんちゃんに頼むとドアを破る!(こうちゃんやじゅうちゃんに頼むと家ごと壊される!?)
 

(留萌の)ジャスコで旅の用品を少し買い揃えることにする。自宅から持ってきた荷物も多いが、トラベル用のシャンプーセット、非常食なども買っていたし、大量のおやつを買っている子もいた。
 
ちなみに千里はトラベル用のシャンプーセットではなく、普通のシャンプーとコンディショナーを買った。千里の髪には毎日大量のシャンプーとコンディショナーが必要である!
 
バッタリと貴司と遭遇する。
 
「あれ?どこか行くの?」
「一週間ほど旭川で合宿してから栃木の大会に行ってくる。帰りは始業式に間に合わないけど8月23日」
「へー。頑張ってね。でもそれならバスケ部の合宿には出られないか」
「ああ。バスケ部も合宿あるの?頑張ってね。北海道大会行けるといいね」
「うん。頑張る」
 
それで千里(千里R)と貴司は握手して別れた。
 

「ボーイフレンド?」
と清香から訊かれる。
 
「別の私のね」
「は?」
 
「どうも私って複数居るみたいなんだよね〜。本当は私が付き合ってるわけではなくて、別の千里があの子と付き合ってるみたいなんだけど、その子の都合が付かない時とかに代理で何度かデートした。私自身は恋愛には興味無い」
 
「君の言っていることはよく分からないが、君は何人か居るかも知れない気がすることがあるよ。昨日言ったことを全然覚えてないんだもん」
と清香。
 
「ごめーん」
 
「千里はたぶん10人は居る」
などと沙苗が言っている。
 
「私、そんなに居る?」
 
「赤・青・黄色、緑・橙(だいだい)・すみれ色、黒・白・灰、金・銀・銅。ここに居る千里は赤い腕時計をしてるから“赤”」
などと産苗は言っていた。
 
清香は指を折っていた。
 
「それだと12人いることになる」
「そのくらい居るかもね」
 

貴司はジャスコで遭遇した千里(千里R)と別れた後、本屋さんで『I'll』(バスケット漫画?)の14巻(最終刊)を買い、それからバスで留萌駅前まで行く。自宅に帰るには駅前で乗り換える必要がある。
 
ところがその時、貴司は千里が友人っぽい女子中生と並んで留萌駅の駅舎から出てくるのを見て「へ!?」と思った。
 

一方ジャスコで買物をしていた千里(千里R)たちは、そろそろ出発しようかと言って、駐車場へ向かおうとしていた。その時、向こうから歩いてくる、可愛いワンピースを着た女子中生2人組を見る。そしてお見合いになる。
 
向こうの2人はギョッとした様子である。
 
千里は言った。
「買物来たの?今日は暑いね。もう服着たままプールに飛び込みたいくらいだよ」
 
すると雅海が脱力したように言った。
「私たち、昨日プール入ったけど、今日も入りたいくらい」
「ふたりで深川のプールにでも行ってきたの?」
と沙苗が訊く。
「ううん。ガトーキングダムに」
「あそこいいよね。私も先月行った」
と千里。
 
それで千里・沙苗は、雅海と少し会話したが
「またね〜」
と言って別れた。
 
少し離れてから清香が訊いた。
「同級生?」
「そそ。しかし可愛い格好してたなあ」
 
公世が訊いた。
「もしかして、今の祐川君と福川君?」
「うん。夏季教室の時に同じ部屋になったから、それで仲良くなったのかもね」
「女の子にしか見えなかった!」
「雅海ちゃんはああやって女の子の声が出せるけど、司ちゃんは出せないから声バレしないように会話に参加しなかったのかもね」
 
(単にパニクってただけ)
 
清香が言った。
「まさか今の2人とも男の子?」
「うん。でもああやってたら結構女の子に見えるよね」
「女の子としか思わなかったぁ!」
 
「あんたもああいう格好すればいいのに。セーラー服似合ってるから普通の女の子の服も似合うよ。私の着ない服とかでもあげようか?」
と弓枝が公世に言った。
 
(↑通販の失敗物とかを押しつける気満々)
 
「セーラー服!?きみよちゃんのセーラー服姿、見たい!!」
 
公世は真っ赤になっていた。
 

千里たちが旭川に到着したのは16時前である。まずは荷物を置く。部屋割はこのようにしている。
 
No.2 公世・弓枝
No.3 沙苗・千里
No.4 清香・コリン
 
コリンは例によって朝のバスで旭川に出て来ていて、買い出しをしたりして受け入れ準備をしてくれていた。
 
今回弓枝も同行したのは、主として洗濯係としてである!また全員の練習相手にもなる。弓枝はこの半月、千里・清香と闘ることで本人も結構レベルアップした。そして結局公世は他の4人の誰からも1本取れない!
 
しかし弓枝が来たことで公世は姉と同室になることができて、前回よりは随分気楽である。
 
荷物を置いたら、早速夕方の練習を始める。なお越智さんは明日13日から来てくれる。
 

この日の夕方の練習では、主として次の組み合わせで対戦した。
 
千里−清香
公世−沙苗
 
でも弓枝が適宜誰かと代わって対戦する(代わった人は少し休めるので水分補給・カロリー補給?などをする)。弓枝(三段になりたて!)は千里や清香よりは弱いが、ふたりにとって充分な相手になる。沙苗や公世に対しては指導するような対戦になる。
 
公世は普段の剣道部の練習では結構沙苗に勝っていたのに、前回の旭川合宿でも、今月前半の集中練習会でも全く勝てないので、なんで〜?と思っていた。
 
要するに沙苗は、あまり強すぎると女子としての参加資格に疑義を持たれるので通常はパワーをセーブしているのである。だから本気の沙苗はかなり強い。沙苗は公世を鍛えるために本気パワーで対戦している。
 

この日の夜中、千里は自分の部屋を出ると、No.1の部屋に行きドアをノックした。
「どうぞ」
 
それで千里は、きーちゃんの私室に入り言った。
「きーちゃん、私の守護神になってくれたんだね。今後ともよろしくね」
「まあ挨拶はこないだもしたけど、慌ただしかったしね。大神様からは『長い付き合いになる』と言われたから、千里が死ぬまで数十年の付き合いになると思うけど、よろしくね」
 
(千里は“こないだも挨拶した”というのは意味が分からないけど気にしない)
 
「明日死んだりして」
「そういうよくないことは言わない」
と、きーちゃんは注意する。
 
「だよねー。悪いことは言い当てるから」
 
「それでさ、ちょっと頼みがあるんだけど」
と千里は言って、ある件を依頼した。
 
「分かった。それは対処する。でも管理者が必要だね」
「だれか人を雇ったほうがいいのかな」
「その必要があると思うけど、取り敢えずは暇してる眷属を当てるといい」
 
千里は《こうちゃん》の顔を想像した。
「壊されない?」
「女の子なら大丈夫だよ」
「でも、てんちゃんとすーちゃんに、山の中の練習場を頼んだしなあ」
「太陰は?」
「そうか。その子にまだ会ってなかった」
 
それで千里はきーちゃんに許可を取り、酉の方位(真西)を向いて太陰を呼び出した。
 
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥(シチュウインボウシンシゴビシンユウジュツガイ)の酉(ユウ)。太陰(たいいん)、我が許(もと)へ本体を顕せ(あらわせ)」
 
大裳と似たような感じの年齢の女性が姿を現す。
 
うっ、この人少し苦手かもと思ったが、ポーカーフェイスで彼女と話す。
 
「忌部繭子さん、こんにちは、千里てす。今後もよろしく」
と千里が笑顔で言うと、彼女は驚いたように
 
「貴子さん、私の名前を教えたの?」
と訊く。
 
「教えてないよ。この子は、人を見ただけで、その人の名前と生年月日が分かるんだよ」
 
(真名まで読み取ることは言わなかった)
 
「あんた凄いね!ちなみに私の誕生日は?年は言わないでね」
「当時の暦で5月24日。火曜日、グレゴリウス暦で7月1日、ユリウス暦で6月26日」
 
「曜日やユリウス暦換算までは覚えてない!」
 
しかしこの誕生日をピタリと言い当てたことで、彼女は千里の力を認め、従ってくれるようになったようであった。
 
それで彼女に頼みたいことを話した。
「いいですよ。そのくらい」
 
「できるだけ早く人間の管理人を探しますね」
「ゆっくりでいいよ〜」
 

翌日の早朝。まだみんなが寝ている内に、千里は、きーちゃんの車に乗せてもらって、“天空社”という額のある真新しい神社にやってきた。
 
五百円玉を20枚!(1万円分)賽銭箱に入れて、二拝二拍一拝で参拝した。
 
(紙幣を入れると、この神社の普段の管理を委託している神社の人が回収するまでに雨で濡れるから)
 
その上で千里は戌の方位(真西から30度方北)を向いて呪文を唱えた。
 
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥(シチュウインボウシンシゴビシンユウジュツガイ)の戌(ジュツ)。天空(てんくう)、我と接続せよ」
 
すると千里は大きなものに抱かれた感覚になった。
 
「千里ちゃん、こんにちは。ぼくは君と接続したよ。この後、500年間くらい一緒だよ」
「よろしくね」
と千里は笑顔で言った。
 
きーちゃんは「500年とか大げさなこと言うなあ」と思ったが、まさか本当のこととは思いも寄らなかった。
 
千里Rはこれで十二天将全員とのコネクションを確立したのである。
 
(Rがコネクションを確立したので(きーちゃんだけはYが確立した)、他の千里もこのコネクションを利用できる)
 

三重県の河洛邑で光辞の朗読と描き移しをしていた千里Yはお盆前に作業を切り上げることになった。
 
留萌への帰還は、冬休みは大阪から豪華列車トワイライトを使ったのだが、今回はトワイライトより更に豪華な(当時の)最高級列車カシオペアを使用することになった(*29). ただこれは上野発(東京発ではない!)なので、やや面倒なルートになる。
 
名古屋9:47(のぞみ2号:500系)11:30東京11:43-11:48上野16:20(カシオペア) 8/12 8:54札幌12:00(スーパーホワイトアロー11号)13:02深川13:23-14:21留萌
 
札幌で3時間待つのは「重力の方向再確認」のためである。長時間の連続乗車は体力を消耗するのでここで少し休んでいく。札幌で待たないなら留萌に12:04に到着する連絡もある。
 
今回真理さんは「東京・上野の乗り換えは慣れてないと大変だから」と言って、上野まで同行してくれることになった。そしてついでに!真理さんの2人の娘・紀美と貞美も同行する。真理さんと2人の娘は、その後、東京で泊まって、12日はサンリオピューロランド、13日は渋谷と原宿、東京タワー、日本テレビ新社屋(*24)、などを見て、14日は東京ディズニーランドに行くらしい。
 
なんかかなりハードな日程だが、真理さんは
 
「懲りたから熱中症にならないようたくさん水を飲む」
と言っていた。先日はトイレに行くのを減らそうと思ってあまり水分を取らなかったらしい。確かに遊園地はトイレに行くのも苦労する。特に女子トイレは辛い。子連れのお母さんは色々大変である。
 
(*24) 日本テレビの汐留への移転は、2003年8月〜2004年2月頃に行われた。
 
なお、スカイツリーは2008年着工で開業は2012年5月22日。この時代はまだ着工前である。
 

しかし千里の移動の手伝いをすると言いつつ子供2人を連れて行くのは物凄い重労働という気がする!!
 
名古屋までは真理さんが運転する車での移動だが、その車の中でも、東京への新幹線の中でも千里は紀美に開催目前のアテネ・オリンピック(*25)の話題や最近の幾つかのテレビ番組の話題を振って、おしゃべりをしていた。
 
また新幹線の中では、真理さんが体力消耗しないように千里は彼女に
「寝ててください」
と言っておいた。
 
紀美も、その手の話題なら、あまり敵対的にはならず、結構楽しんでいた。プリキュア(*26)の話題には妹の貞美が熱心に乗ってきた。貞美は歌舞伎メイクのピーサードが好きだったらしく早々の退場を惜しんでいた。またDASH村(*27)の話も随分した。
 
(*25) アテネ・オリンピックは2004.8.13-29に開催された。
 
(*26) この年は「ふたりはプリキュア」(無印)が放送開始された記念すべき年。
 
(*27) DASH村の企画は2000年6月4日放送分より開始され、2つの候補地から視聴者投票により、現DASH村が選ばれたのは同年7月24日である。2004年頃はある意味最も盛り上がっていた時期である。
 

新幹線を降りてから京浜東北線で上野に移動する。その電車の中での出来事だった。真理さんがしかめ面をするので
「どうかしました?」
と訊く。
「いや、あそこ」
と言って、真理さんが目で指し示した先で、女子大生っぽい女の子のお尻を、40歳くらいのサングラスを掛けた男が触っている。女子大生は泣きそうな顔をしているが、悲鳴もあげきれないようである。周囲の人は気付いてないのだろうか?
 
千里はつかつかと近づいて行くと、男の手首を握った。
「あんた何やってんのさ?」
 
女子大生はやっと声を出せるようになったようで
「この人痴漢です!」
と大きな声で言った。
 
周囲の乗客が男を取り囲む。
 
「次の駅(秋葉原)で駅員に突き出しましょう」
と千里は言ったのだが、その時、男は思いも寄らぬ行動を取ったのである。
 

千里を怯えるような目で見ると、
「わぁぁぁぁぁ!!!」
と大きな声をあげると、電車の床に土下座して
 
「悪かった。もうこんなことは本当に本当に2度としない。絶対しない。神に誓ってしない。だからお願い、許して」
 
なんか尋常ではない謝り方である。
 
その時“千里”は言った。
「あんた、こないだの奴か!」
「済まない。あの時は、本当に済まなかった」
 
「何かあったの?」
と男を取り囲んでいる乗客のひとりの女性が訊く。
 
「この男、先月私をレイプしようとしたんですよ。何とか未遂でしたけど。こんなことしたのは初めてなんだ。二度とこんなことしないから見逃してとか言うから、念書書かせて“告訴は留保”してあげたのに」
 
「レイプ犯か!」
「とんでもない奴だ」
「あんた、その時、見逃したらいけなかったよ」
「全くです。今からでも告訴しますよ」
と千里は怒りに満ちた顔で言った。
 

千里は真理には子供たちを連れて上野で待っててと言い、秋葉原で、被害者の女子大生、男が逃げないように取り押さえてくれる男性乗客2人、証言してくれる女性乗客2人と一緒に電車を降り、男を駅員に引き渡す。
 
(財布の入った片掛けバッグ以外の着替えや宿題・算数ドリル、パソコン、お土産などの荷物は真理に託した。ただし光辞の写しが入ったバッグだけは小春に持たせた)
 
警察が来て取り調べる。千里は民宿の女将に電話した。女将は電話口で警官に先月の事件を伝えるとともに、あの時取った念書をこちらに郵送すると言った。千里は内心『まあ強姦罪じゃなくて強制猥褻罪だけど、それでもいいや』と考えていた。
 
それでこの“女の敵”は厳しく取り調べられることになり、余罪も追及されることになった。千里は結局、駅と警察で合計5時間!事情聴取に応じた。警察を出たのはもう夕方であった。
 
「疲れたぁ」
と千里は言うと、そのまま消えちゃった!!
 
(カシオペアはとっくに発車し、栃木県のちょうど小山市付近を走行中)
 

一方、上野駅で子供たちにお昼を食べさせ待っていた真理は千里がなかなか来ないので、どうしたものかと思い、14時頃、千里の携帯にメールしてみた。するとほどなく千里から電話が掛かってくる。
 
「すみませーん。そちら行きますね」
と言って、30分後くらいに千里は上野駅まで来た。
 
「大変だったね。お腹すいたでしょう」
「何かパンでも買って食べようかな」
「遅くなった時のために駅弁買っといたよ」
と言って真理は千里に“牛肉弁当”を渡した。
 
「すみませーん。色々と」
「いや、あんたこそ大変だったよ」
 
結局、上野駅アトレ(*28)内のカフェで紀美たちと一緒に軽食を取り、その後、乗り場まで行く。そしてカシオペア(*29)に乗る所まで見送ってもらった。
 
「いいなあ、この列車」
と紀美が言う。
 
「紀美ちゃんも、一度これに乗って北海道に来る?」
「一度行ってもいいかな」
と紀美は言っていた。
 
彼女は実際に後にこれで留萌に来ることになる。
 
(*28) アトレ上野は2002年2月22日に開業している。
 

千里はカシオペアのスイートルームの椅子に身体を任せた。
 
「疲れたぁ」
 
と思う。警察の聴取を途中で出て来たような気もするけど、まあいいやと思った。必要であれば、また留萌か札幌あたりの警察で追加の事情聴取に応じればいいだろう。取り敢えず告訴状は書いて出してきたし。
 
「買っといたパンでも食べる?」
と小春が言うので、もらって食べる。木村屋のパンである。
 
「あ、美味しい」
 
列車のウェルカムドリンクも飲んだが、疲れているので、小春が買っておいてくれた甘いミルクティーも心地良かった。
 

小春は千里をいたわりながら困惑していた。
 
東京駅まで一緒に来たのは確かに千里Yだった。痴漢を捕まえた所まではやはり千里Yだったと思う。ところが痴漢男が土下座して謝った瞬間、千里Bに切り替わってしまったのである。こういうのでは過去に、釧路に行った時、それまで千里Bが居たのに、Rに電話が掛かって来たら、瞬間的に千里Rに切り替わって電話を取ったことがあった。
 
千里って、どうも必要がある時は、必要な千里が出現するというルールがあるようだ。しかしいったん消滅したかと思った千里Bがまた活動期に入ったのだろうか。
 
そして今ここに居るのはまた元々居た千里Yだ。
 
警察での聴取ではこのようであった。その時、千里Bが女性警察官と色々お話をしていた。ところがそこに千里Yに真理さんからメールが来る。すると警察から30mほど離れた位置に唐突に千里Yが現れて、真理さんに電話をしたのである。つまりBがいるから、その30m以内ではYは存在できない。それで少し離れた位置に出現したのだろう。事情聴取中のBが消える訳にはいかなかったから。
 
小春は正直どちらの千里に付いているべきか迷ったが、上野駅に行くYに付いてきた。
 
結局千里の出現規則って、よく分からなーい、と小春は思った。
 

この件はモニターしていた千里Gも「訳が分からない!」と思った。
 
ちなみに千里Bの本体?は例によって冬眠中で、唐突に東京に出現したのは“第2エイリアス”であった。先日は貴司君の浮気に怒って出て来たし、千里Bのエイリアスは怒りのパワーで起動する?
 
またBが“出現”してから真理のメールが来るまで事情聴取を受けていた千里Bには千里Yが混じっていた。実は千里Bの位置を示すのと同じ場所にYの位置表示も重なっていたのである。2人の千里が重なるというのはやはり千里が統合されていく方向にあることを示しているのだろう。元々Y(C1p+K)はB(C1)のコピーだから親和性あるし。
 
BとYはメール着信で分離したのである。
 
だからきっと男を“強制猥褻罪”ではなく“強姦未遂罪”で告訴したのは千里Yの意志。元々Bは気の弱い所があるが、YはRと同じくらい意志が強い。
 
(あの状況で強姦は未遂だったが、強制猥褻は既遂である)
 

(*29) カシオペアは、このように停まっていく(主な停車駅のみ)
 
上野1620 大宮1644 宇都宮1750 郡山1913 福島1952 仙台2058 盛岡2316 418函館430 長万部607 東室蘭711 苫小牧758 南千歳816 854札幌
 
盛岡を出てから函館に着くまでは停車駅は無い(青函トンネル通過のための機関車交換で青森駅に運転停車するのみ)
 
なお、カシオペアの運行日の特定はわりと難しい。
 
トワイライトの車両は3つあったので、通常は札幌行きが月水金土、大阪行きが火木土日に運行され、ゴールデンウィーク・夏休み・年末年始・雪まつりなどの繁忙期には毎日運転されていた。しかしカシオペアの車両は1つしか無かったので毎日運行は不可能であった。
 
基本的には、札幌行きが火金日、上野行きが月水土なのだが、繁忙期には曜日を無視して1日おきに運行するという、時代考証泣かせの運行がされていた。2004年8月9,11,13日に札幌行きカシオペアが運行されたというのは、乗換案内2004年7月版の情報である。このソフトは2004.6.1-9.30の間の時刻を保証している。またwikipediaには盛岡は運転停車であったと記載されているが、この乗換案内では盛岡は通常の停車になっているので、乗換案内側を信用した。
 
車両編成はこのようになっている(一部推測)。喫:喫煙 ×:禁煙
 
1(×) SU1 SM3
2(喫) SM3 DX1
3 Dining Car
4(×) CV, A1, X8
5(喫) Lobby, A1, X8
6(喫) Shower, A1, X8
7(×) A2, X8
8(×) A2, X8
9(×) Lobby, A1, X8
10(×) Shower, A1, X8
11(喫) A2, X8
12 Lobby Car
 
SU:スイート展望型 SM:スイート・メゾネット DX:デラックス CV:車椅子専用 A:ツイン平屋型 X:ツイン二層型
 
千里が取ってもらった部屋は、1号車(禁煙車)のメゾネット型(二層型)のスイートである。1階が寝室、2階がリビングになっており、この2階にトイレ・洗面台、シャワールームが装備されている。
 
カシオペアは全てがツイン個室という仕様(3人で乗ってもよい部屋もある)であり、開放型の座席やB寝台は無い。これに乗車するには1人で乗る場合も2人分のチケットが必要である(時期によっては1人分の運賃で乗れるチケットが発売されたこともあった)、
 
全ての個室に、トイレ・洗面台・電源コンセント・タオル・コップ・浴衣・スリッパ・アラーム付き時計・液晶ディスプレイ・BGM放送装置・個別空調が付いており、特にスイートとデラックスには、クローゼット・ミニバーセット・シャワーブース・バスタオル・シャンプーセット・歯磨きセットなども用意されていた。高級ホテルに泊まる感覚に近いが、料金もスイートは当時28380円だった(これに加えて運賃・特急料金が合計16080円かかる)。しかし高級ホテルに泊まることを考えたら充分リーズナブルな価格である。
 
このスイートがカシオペアには禁煙車に4つ、喫煙車に3つあったが、特に1号車・禁煙車の先端にある展望型スイート(平屋タイプ)は1室だけということもあり、競争が激しく、このチケットを確保できたら奇蹟と言われた。
 
競争率が少しだけ低くなるメゾネット型のスイートでも6室しかないから競争は厳しい。
 
真理は旅行代理店の人に頼んで1ヶ月前の朝10:00ジャストに予約を打ち込んでもらったが、9日の予約は取得失敗。11日で確保できた。11日でも失敗したら13日にも再挑戦するつもりだった。要するに今回の千里の帰還日程はカシオペアの予約確保により決まったのである。
 

千里はパンを食べちゃった後は、事情聴取の疲れもあり、ぼんやりと窓の外の風景を見ていたが、やがて算数ドリル!を取りだして解き始めた。
 
「千里もだいぶ計算ができるようになってきたね」
と小春が言う。
 
「やはり花絵さんにも言われたけど、小学1〜2年生の頃に何かで引っかかって、その後はずーっと分からないまま授業受けてたんだろうね」
と千里。
 
「迷い道に入った時に、最悪なのはそこから直接正しい道に直行しようとすること。大抵更に迷ってしまう。道に迷った時の正しいやり方は間違った所まで道を戻って、正しい道に向かうことなんだよ。時間がかかりそうで実は最も速い。それを花絵さんが導いてくれた」
と小春。
 
「それは多くの人がおかしやすい誤りかもね」
と千里も答えた。
 
「でもどこで間違ったかとか、どうしたら分かるの?」
「人にもよるけど、千里みたいに霊感の発達してる子の場合は、たいてい2つ前の分かれ道まで戻ると、正しい道に行ける」
「へー!」
 
「ねぇ」
「うん?」
「男として育った人が大人になってから女に目覚めたら女子小学生、女子中学生とかからやり直すべきなのかなあ」
「40歳くらいになってから女子中学生のセーラー服を着たがる人はいるけど、この話とは別という気がするよ」
 

やがて食堂車を予約していた時刻になるので、駅弁で買ってもらった牛肉弁当はお夜食に取っておき、小春と2人で“セーラー服を着て”食堂車に向かう。食堂車の予約は「たくさん食べたいから」と言って2人分で予約してもらっていた。
 
食堂車は3号車の2階である(1階は厨房)。階段を登ってレストランに入り、案内されて席に着く。フレンチと和食の選択だったが、フレンチを頼んでいる。これが本当に素晴らしい料理で、千里も小春も「美味しい〜!」と言って食べていた。
 
「でも河洛邑に居る間に私、たくさん歓待されて、体重がかなり増えた気がする」
「少し運動した方がいいかもね」
「何の運動するの?」
「剣道とかバスケットとか」
「そういえばバスケの助っ人もしたね」
 
(Yが美食している間にVが肉魚を断つ修行をしていたし、Rが毎日激しい運動をしているので、実はそれほど体重は増えていない)
 
食事をしている内に日没となる。宇都宮と郡山の間である。この日の関東北部〜東北南部での日没は18:36であった。但し西側に山があるので実際に太陽が沈む所は見られない。
 
千里と小春は日没後の少しずつ暗くなっていく外の景色を見ながら、たわいもない話をしていた。小春は千里と会話しながら自分って日没後日暮前みたいなものかも知れないなあなどと思っていた。
 

食堂車から自分の部屋に戻り、シャワーを浴びる。
 
「列車の中でシャワーが使えるって凄いね」
「まあこの列車は、動くホテルだからね」
「そうか。そう考えればいいのか」
 
「豪華客船も“動くホテル”と言われるね。あれに乗る人は移動はついでにすぎない。豪華な客室に泊まり豪華なホテル設備を楽しむのが目的。プールとかエンタメ付きのレストランとかカジノとか」
「なるほどー」
 
「物事って見方次第でいろいろ変わるからね〜。雑巾で部屋をお掃除する行為は逆に見ると、雑巾を部屋のごみで汚す行為」
「うむむ」
 
「携帯電話は電話機にカメラとか録音とかネットを見る機能とかが付いたものと思う人が多いけど、別の見方では撮影録音機能付きのネットができる小型端末で電話もできる機械」
「いや、たぶん今後はその見方のほうが主流になると思う」
 
「オカマさんを普通の人は女になりたがる変な男と思ってるかも知れないけど当事者の多くは自分は女なのに男の身体で生まれてきてしまったと思ってる」
「その問題は、他人事じゃなーい!」
 
「でもその問題に関して、千里は物凄く恵まれているよ」
「それは時々思う」
 

福島に着いた頃にはもうすっかり暗くなっていた。千里は音楽など聴きながらずっと算数のドリルをしていたのだが、やがて眠ってしまう。
 
「えーん。私ひとりじゃ千里の身体をベッドまで運べないよぉ。誰か手伝ってよぉ」
 
などと小春が呟いていたら、椅子に座っている千里の姿が消える。
 
ん?
 
と思って1階に降りてみると千里はベッドですやすやと寝ている。
 
「A大神様かな?ありがとうございます」
と小春は北の方を向いて言った。
 
それで小春も隣のベッドに潜り込み、熟睡した。
 
(トワイライトでカノ子は千里の身体を抱えたが、非力な小春には無理だった。もっともカノ子にも千里を抱えたまま階段を降りるのは厳しいかも)
 

実際に千里(千里Y)を移動したのは千里Gである!
 
Gは実は睡眠中だったのだが、小春の声を聞きつけて移動してあげた。
 
「よく起きれるね〜」
と寝惚け眼(ねぼけまなこ)の千里Vが言っていた。
 
「小春の声には気付くよ」
「私こそ小春を内蔵してるのに気付かなかった」
「冬眠してるからね」
 
Yの身体に小春の本体が内在しているのでVの身体にも内在している(結果的にデュプレックスになっている)が、Vの中の小春はA大神が冬眠させているので通常そこからは声は聞こえない。小春も自分の本体が2つあるとは夢にも思っていない。
 
「Vちゃん、牛肉弁当、食べない?」
と言って千里Gは丼を2個出してきて、駅弁を2つに分けている。
 
「それどうしたの?」
「真理さんに買ってもらった牛肉弁当が放置されてるから、そのままにしておくと朝までもたないし。もらっちゃおうよ」
とGは言っている。
 
「私、修行で、今月いっぱいはお肉もお魚も食べられない」
とVは情けない顔で言う。
 
「あ、そうか。じゃ全部私がもらっちゃお」
と言って、千里Gは、浅草今半の“牛肉弁当”を美味しそうに食べていた。
 

「しかしカシオペアかぁ」
と言ってからGは
 
「私たちカシオペアみたいだね」
と言った。
「どういうこと?」
とVが訊く。
 
「カシオペア座って5つの星がWの形に並んでるじゃん。だから上にある3つの星がRBYで下にある2つの星が私たちGVだよ」
「へー。北極星は?」
「本体だったりして」
「ふーん。誰がどの星?」
「そうだなあ」
と言いながらGはしばらくホワイトボードに描いて試行錯誤していたが
「多分こんな感じ」
と言って手を停めた。
 

 
「だったら姿を見せていないBのシャドウが実は本体だったりして」
「意外とそういうこともあるかもね。私たち5人が全員消えた時に本体が登場するとか」
とGは言う。
 
「私たちも消えるの?」
と少し不安そうなV。
 
「さあ。消滅したらどこかで休眠してて、その内千里が100人くらいに分裂したら復活するかもね」
「100人!?」
 

「だいたい千里って人間なんだっけ?」
とVは根本的な疑問を呈示する。。
 
「人間の定義が分からない」
とGは答えた。
 

千里Yが目を覚ましたのは、東室蘭(ひがし・むろらん)に着いた時(8/12 7:09)だった。
 
「あれ?函館かな」
「東室蘭だよ」
「嘘!?もう?」
「よく寝てたね」
「青函トンネルにも気付かなかった」
「函館駅を出てすぐ日が昇って来て、きれいだったよ」
「残念。そういうのを見逃すとは」
「よほど疲れてたんだね。モーニングコーヒー来てるよ」
「飲む」
 
モーニングヒーヒーは7:00に頼んでいたのだが、千里が起きないので小春は先に頂いていた。小春は「このほうが目が覚める」と言ってブラックで飲んでいたが、千里は「よくブラックで飲めるね〜」と言ってお砂糖もミルクもたっぷり入れて飲んだ。
 
やがて登別(のぼりべつ)に着いて(7:25)すぐ出発する。7:30に朝食のデリバリーが届くので頂く。朝食は食堂車に食べに行ってもいいのだが、混みそうなので、スイートの特権でデリバリーをお願いしていた。和朝食と洋朝食の選択なのだが、昨夜フレンチを食べたので朝は和朝食を頼んでおいた。
 
御飯とお味噌汁に簡単な和風のおかずが付く。でもやや大人向けのおかずかなあと思った。千里の苦手なものも結構あったので、鮭と玉子焼きだけ食べて他は、全部小春に食べてもらった。
 
「千里はわりと好き嫌いがある」
「普段自宅では自分が御飯作るから苦手なものは作らないし買って来ない」
「それは主婦の特権だね〜」
「小春は苦手なものって無いの?」
「特に無いなあ。基本的に出されたものは何でも食べる」
「えらーい」
 

朝食を食べている間に苫小牧(とまこまい)に到着(7:55)し、すぐ出発する。
 
「道内に入ってからは結構細かく停まるね」
「まあ全員が札幌に行くわけではないしね」
「留萌まで行ってくれたらいいのに」
「ニシン漁が今でも盛んで人口も20万人くらい居たら停まるかもね」
「ニシンの最盛期の人口ってどのくらいだったんだろう」
「統計上は3-4万人くらいだったらしいよ」
「そんなに少ないの!?」
「留萌に市民登録してなくて単に居着いてる人がたくさん居たんじゃない?」
「そうかもね」
「スケソウダラ漁が盛んだった頃の留萌高校の生徒数を考えると実質的な人口が15-16万人くらいは居ないと計算が合わないと思う」
「ああ」
「ニシン漁が盛んだった頃は30-40万人くらい居たかもね」
「もっと居てもおかしくない気がする」
 
モーニングコーヒーを飲んだので、朝食の飲み物は紅茶を頼んでいたが、千里はこれも砂糖とミルクをたっぷり入れて飲んだ。
 
「内地のおキツネさんは稲荷寿司が好きらしいけど、北海道のおキツネさんの好物はなんだろう」
「白鳥がとっても美味しいんだけど」
などと小春は言っている。
 
「人間の食べるもので!」
と千里。
 
「そうだなあ。個人的にはお赤飯好きだけどね」
 
と小春は答えつつ、西洋では白鳥は特別なごちそうとして人間も食べてたみたいだけどと思った。『白鳥の湖』でジークフリート王は、自分の誕生日=成人式=母による摂政終了&親政開始の祝宴=妃選びの宴のために白鳥を狩ろうとして湖にやってきて、美しい白鳥(オデット)を射るが外してしまう。(RPGのバッドエンドならオデットがジークフリートに食べられて終わり)
 
「そういえば、お赤飯よく買ってるね!」
と千里は言った。
 

8:54にカシオペアは終点・札幌に到着した。サポートでトノ香さん(P大神の眷属のひとり)が来てくれていたので、荷物を少し持ってもらった。
 
「光辞を書写したものは郵便とかで送るわけにはいかないから手で持ってきたけど、それがけっこうかさばって」
 
「送ると霊力が失われるの?」
「そんなことは無いけど、万が一にも紛失させる訳にはいかないから」
「そうか!」
 
「そして実はこの手のものは紛失しやすい」
と千里。
「まあこういうものが存在すると困る人たちが居るからね〜」
と小春は言っていた。
 

それで光辞の写しと、千里の着替えは、トノ香さんに12時留萌着の便で持ち帰ってもらった。
 
「豪華列車の旅で豪華なお食事したから、庶民的な食べ物を食べよう」
などと言って、千里は小春と一緒に牛丼屋さんに入った。
 
「ああ、こういうものを食べるとホッとする」
「千里は貧乏体質だからなあ」
 
そんなことを言いながら牛丼を食べていたが、あれ?そういえば買ってもらった牛肉弁当はどうしたっけ?と思ったが、分からないのでいいことにした!
 

札幌で3時間休んでから旭川行きの特急に乗り、深川で降りて留萌本線普通列車に乗り継いだ。
 
「留萌線って特急とかは走ってなかったんだっけ?」
「宮司さんの話では、昔は急行るもい・急行ましけ・急行はぽろって走ってたらしいよ」
「行き先が分かりやすい急行だね!」
 

「寝台特急“なは”は那覇行きじゃなかったけどね」
「どこに行くの?」
「西鹿児島(*30)」
「那覇までは〜?」
 
「だって鹿児島と那覇の間に線路が無いもん」
「オリエント急行みたいにフェリーで車両ごと運ぶとか」
「フェリーで運んでも沖縄に鉄道が無い」
「ずっと無いんだっけ?」
 
「昔は沖縄県営鉄道というのがあったけど米軍の空襲が激しくなってきた1945年3月に運行停止。戦後復活しなかった。辻真先さんの『沖縄県営鉄道殺人事件』が結構詳しい」
 
「フェリーで那覇港まで運んでそこを終点とするとか」
「それわざわざ車両を運ぶ意味が無い」
 
(*30) 現在の鹿児島中央駅。なお九州新幹線の部分開業(新八代−鹿児島中央, 2004.3.12)の後は熊本発着に変更された。ちなみに、ゆいレールの開業は 2003.8.10 で、九州新幹線の開業と前後している。どっちみち、二線用の車両はモノレールの軌道を走れない。
 

14:21 千里たちは留萌駅に到着する。小春と2人で出札し、駅舎を出る。
 
カノ子が迎えに来てくれていたので
 
「お疲れ様〜ありがとう」
と言って、駐車場の方に移行していたら、バッタリと貴司と遭遇する。
 
「あれ?千里、旭川に行ったんじゃないんだっけ?」
 
千里はキョトンとしている。
 
“この千里”は貴司のことを知らない!
 
「すみません。どなたかとお間違えでは?」
と千里は言ってしまう。
 
「ちょっとそれは無いだろう?」
と貴司が言うので、小春が介入する。
 
「千里、この人は男子バスケット部のエースだよ。3年生」
「へー!バスケット強いんですか?」
「僕は自信あるけど」
と言ってから
「でも旭川に行ったんじゃないんだっけ?」
と貴司は言う。
 
「私は旅行から戻ってきたんですけど」
「戻って来たのなら明日からの合宿に参加しない?」
「合宿?」
千里は全く話の流れが読めないので戸惑うように言ったのだが、小春が言った。
 
「千里、少し運動したいとか言ってたじゃん。バスケット部の合宿に参加して少し汗を流すといいよ。るみちゃんも参加するよ」
 
「ああ、るみちゃんが参加するなら私も出てもいいかな」
「やった!」
 
でも貴司は千里と握手しようとして拒否され落ち込んでいた!
 
 
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【女子中学生・ひと夏の体験】(7)