【女子中学生・ひと夏の体験】(5)

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16日夜から23日お昼まで、旭川で約1週間の剣道合宿を終えた、千里・玖美子・沙苗・公世・清香・柔良の6人は、7月23日(土)の午後、旭川から稚内へ移動した。
 
旭川13:56(サロベツ)17:50稚内
 
それで、清香・柔良はR中のチームに合流した。ちなみにR中の他のメンバーは、学校でチャーターしたバスでの移動だったので、結構きつかったようである。こちらの6人は出発直前まで練習していたこともあり、特急サロベツ(*15)の快適な座席で、全員熟睡していた。
 
(*15)サロベツは2000.3.11のダイヤ改訂で急行から特急に格上げされた。使用車両はキハ183系気動車の改造版(サロベツ・利尻共通)で、特に指定席はかなり快適な座席に交換されている。
 

千里たちS中はR中とは別の旅館が割り当てられていた。それで取り敢えず沙苗に待機してもらっておき、予約されているはずの、千里・玖美子・公世の3人で旅館の帳場に行き、学校名を告げる。
 
「はい。留萌のS中学校さんね。今ご案内しますね」
と言って仲居さんが案内してくれるので付いていく。
 
エレベータで3階まで上がり、鴻鵠(こうこく)の間というところに通される。
 
「S中さんはこちらの部屋をお使い下さい」
と言われる。見ると8畳の間である。4人部屋という感じだ。
 
公世が訊いた。
「すみません。ぼくの部屋は?」
 
「S中学さんは3人でこの部屋を使って頂きたいのですが」
「でもぼく男なので」
「あら。“ぼく”とか、ぼく少女さん?でも予約は満杯なので、同じ学校の方は何とか同じ部屋をお使い頂きたいのですよ。すみませんね」
 
と言って仲居さんは帰ってしまった。
 

「まさか、ぼく、女子と一緒の部屋なの〜〜?」
と公世が情けない顔で言う。
 
玖美子は部屋の電話からフロントに掛けて、料金は別途払うから、もうひとつ部屋を確保できないかと言ってみた。しかし予約で満杯なので、新たな部屋の確保は無理ということだった。
 
「公世ちゃんの名前見て、女子と思っちゃったんだろうね。どうしようか?」
と玖美子も困り顔である。
 
千里は言った。
「沙苗を呼べば解決すると思う」
「ほほぉ!」
 

それで携帯で沙苗を呼び出す。沙苗が荷物を持ってやってくる。
 
「この部屋の名前の読み方が分からなくて、携帯メールを見せて教えてもらった」
などと沙苗は言っている。
「私も読めなーい」
と千里。
 
「“こうこく”だよ」
と公世が言う。
 
「『燕雀(えんじゃく)いづくんぞ鴻鵠(こうこく)の志(こころざし)を知らんや』の鴻鵠」
と公世は言うが
 
「何だっけ?それ」
と千里と沙苗。
 
「この旅館、鳳凰(ほうおう)とか朱雀(すざく)とか孔雀(くじゃく)、朱鷺(とき)、雲雀(ひばり)、郭公(かっこう)、鸚哥(インコ)、鸚鵡(おうむ)、洋鵡(ようむ)、紅鶴(フラミンゴ)、麒麟(きりん)、馴鹿(トナカイ)、羚羊(かもしか)、駱駝(らくだ)、驢馬(ろば)、騾馬(らば)、海驢(あしか)、海豚(いるか)、海馬(たつのおとしご)、浣熊(あらいぐま)、豪猪(やまあらし)、と、難しい名前が多くて、漢字が読めなくて自分の部屋が分からなくなる子が続出しそうではある」
 
と玖美子は部屋配置図を見ながら言っている(よく読めるものだ)。
 

「でもここ広いね。2人部屋に見えない」
と沙苗が言う。
 
「4人部屋なんだよね。それで私とくみちゃんと、きみよちゃんがここに割り当てられている」
「なぜ男女ミックスになる?」
「公世ちゃんの名前が女子と誤解されたんだと思う」
「じゃフロントに言ってもう1部屋取ってもらおうよ」
「それが満杯だから取れないということなのよね」
「うーん・・・」
 
「だから今夜はこう寝ようよ」
と千里は提案した。
┏━┓↑枕
┃千┃
┃里┃┏━┓┏━┓
┗━┛┃沙┃┃公┃
┏━┓┃苗┃┃世┃
┃玖┃┗━┛┗━┛
┃美┃
┗━┛

「私がバッファになる訳か」
「そうそう。沙苗は壁になる」
「でもこれなら、全員安眠できる気がする」
と沙苗が言うと、玖美子と公世も同意した。
 
それてこの宿ではこのように寝ることになったのである。
 
「着替える時は声を掛けて後ろ向きで」
「了解了解」
「あるいは布団に潜り込む」
「見ザル聞かザル言わザル」
 

大会は2日間に及ぶが、実際には試合が行われるのは2日目のみである。1日目は竹刀や防具の検査、受付、代表者会議、そして練習である。
 
千里たちは朝一番に会場に行き、道具の検査を受け、その検印を見せて受付を済ませる。練習時間は15:00-16:00が指定されていたので、それまではジョギングしたり、公園で素振りや切り返しの練習をしていた(←本当は周辺地域での素振りなどは禁止されていることが多い)。
 
顧問の岩永先生(♂)と鶴野先生(♀)に広沢先生(♀)も入れた3人が、早朝留萌を車で出て稚内まで来てくれ、12時からの監督主将会議に出てくれた。留萌−稚内間は日本海オロロンラインを走って4時間半、休憩を入れて6時間程度である。
 
岩永先生(♂)と鶴野先生(♀)だけでもいいところだが、それでは男女2人になってしまうので、余計な問題が起きないように広沢先生(♀)が同乗してくれたのである。広沢先生は“コーチ”として登録している。実際、鶴野先生より剣道に詳しそうだった!
 
先生たちとはお昼を食べた後、13時半に合流した。それで会議の内容の伝達を受けてから練習場に行き、練習を見守ってくれた。
 
先生たちとは夕食前に別れて、各々の宿に戻った。先生たちは男性1人、女性2人と少人数なので、生徒が宿泊している旅館ではなく、稚内市内のビジネスホテルに宿泊する。岩永先生がシングル、鶴野・広沢がツインである。
 
ちなみにこちらの宿泊問題は先生たちには言ってない。言っても解決策は無いので、もう言わずにおこうということにした。玖美子が旅行代理店に照会してみたが、稚内市内の旅館・ホテルは完全に満杯らしい。元々土日は宿泊客が多い上に、夏休みに入っているので観光客も多い。
 
「だけど、きみよちゃんが男の娘さんなら、そもそも問題は生じてないんだけどなあ」
「その冗談はいいかげんやめてよ」
 
でも完全に“きみよ”ちゃんにされてしまっている。
 
(「公世」は本当は「こうせい」と読む)
 
彼も旭川での合宿で1週間沙苗と同じ部屋に泊まっているので、多少は?女の子に対する耐性?ができているようである。昨夜も充分安眠できたと言っていた。彼には「オナニーしたい時は遠慮無くね〜」と言っておいたが疲れているので、何もせずに寝たと言っていた。
 
やはり女の子に対する耐性ができてる?(不感症になりつつあったりして)
 

2日目(8/3).
 
大会の試合が始まる。スケジュールはこのようになっている。
 
9:00 開会式
9:30 団体戦(決勝を除く)
13:00 個人戦(準決勝まで)
15:00 団体・個人の決勝戦
15:30 表彰式
 
S中は団体戦には出ないので午後の個人戦からである。千里たち4人は昨年千里と玖美子がやったように、宿に戻ってイメージ・トレーニングと精神集中をしていた。会場には鶴野先生たちが居るので、何かあった場合は連絡をもらえるはずである。
 
11時に早めのお昼を食べ、部屋に戻ってから道着に着替える。この時、玖美子が公世に行った。
 
「きみよちゃん、これを穿いて試合に出なよ」
「ん?」
と言って受け取ってから、公世は受け取った“もの”をしげしげと見ていたが
「女のパンツ〜〜!?」
と声を挙げる。
 
「そうそう。公世ちゃん、ここ数日元気が無い気がしてさ。こういうの身につけたら、元気出るんじゃないかという気がして」
「ぼく、ほんとに女物とか着ないんだよ」
と公世は言う。随分ぼくの性癖は誤解されている気がすると思う。
 
「だから穿いたら興奮するでしょ?」
と玖美子は言う。
「・・・・・興奮はするかも」
「Hな気分になるよね?そういうエネルギーは心理学ではリビドー(libido)といって、人間の根源的なエネルギーになるんだよ」
「うーん・・・」
 
「だって人間って性のためなら命懸けになるじゃん」
「確かに」
「だからそういう性的なエネルギーを呼び起こして、そのパワーで個人戦を快進撃・全国大会に行こうよ」
「全国〜〜〜!?」
「公世ちゃんなら、きっと行ける」
 
「全国なんて考えもしてなかったけど、頑張る」
「うん」
 
それで公世はそれまで穿いていたボクサーパンツを脱ぎ、ショーツを穿いてみた。物凄くドキドキする。このドキドキ感は凄いパワーかもと思った。
 
ただ・・・・
 
「ごめん。これちんちんが入らないんだけど、どうしよう」
 
すると沙苗が
「それやり方があるんだよ」
と言って、“後ろ向きに収納する”というワザを教えてあげた。
 
「凄い!こういうやり方があったのか」
「横向き収納という手もある。自転車に乗る時とかは横向き収納」
「後ろ向き収納して自転車に乗ったら痛いよね?」
 

そういう訳で、公世は女子用ショーツを穿いた上に(紺色の)道着と袴を着け、他の女子たちと一緒に会場に入った。なお、沙苗は見学者として入場する。
 
個人戦の参加者は、64名である。これは札幌市+14支庁から4名ずつに加え、開催地から更に4名追加されている。つまり、開催地からは8名が出場できるのである。
 
まずは1回戦だが、千里は地区2位(昨年も2位だった)で出て来ているので、1回戦は他地区の3位の人と当たったが、まずはこれに軽く2本勝ちした。玖美子は地区3位だったので、他地区の2位の人とだった。かなりの接戦だったが、終了間際に面が決まり、1本勝ちした。
 
木里さんは地区1位だったので、他地区の4位の人とで、軽く2本勝ちした。前田さんは地区4位だったので他地区の1位の人とだった。かなりくらいついて1本は取ったものの、終了間際に2本目を取られて敗退である。R中は団体戦では先鋒・次鋒・中堅が敗れて前田さん・木里さんに回る前に敗退している。それで前田さんにとって今年はこれが唯一の試合となった。それで彼女は
 
「また鍛え直さなきゃ」
と言っていた。千里はやはり3位通過と4位通過はかなりの差になるなと思った。玖美子も昨年は4位通過だったので、1回戦で地区1位の人とぶつかり完敗している。
 

公世は最初相手から「その人、女子じゃないの?」と言われて、剣道連盟の登録証を提示して納得してもらう。しかし相手はこちらが実は女なのでは?という疑いを完全にはぬぐうことができなかったようにも見えた。
 
公世は地区4位通過だったので、相手は他地区1位の人である。凄く強いのだが、最初の段階ではやや手加減しているようにも見えた。そもそも1位の人は初戦で4位の人と当たるから、(札幌4位以外は)結構実力差がある場合が多く、軽く流すつもりで対戦することが多い。
 
実際結婚な実力差があったと思う。1分で相手の面が決まり1本。しかしこれで相手は「やはり女か、男だったとしても大したことない奴だ」と思ってしまったのかも知れない。
 
一方、公世はこの1週間徹底的に足腰を鍛えたのがあり、フットワークが良い。それで相手の2本目がきちんと決まらない。それどころか終了間際に公世が小手で1本取り返し、延長戦に突入する。
 
そして延長戦に入っても相手のやや雑な攻撃が目立ち、公世はたくみに動き回るので相手から打たれはするものの、1本にならない、やや焦ったような面が来たところで、きれいに返し胴を決め、公世は1回戦で強敵に勝つことができた。
 
勢いでも技術でも向こうが完全に上回っていた(判定になっていたら確実に負け)が、公世は「剣技に負けて、勝負に勝った」。この1回戦を勝ったのが物凄く大きかったし、結果的にその後の奇蹟ともいえる快進撃の発端になったのである。
 

2回戦が始まる。
 
千里も木里さんも軽く相手に2本勝ちした。玖美子は他地区1位の人だったが、とても型のきれいな人だった。そして玖美子はこういう相手に物凄く強いのである。相手の太刀筋をうまく読み、2分経ったところで1本取り、そのまま終了。1回戦に続き1本勝ちでBEST16に進出した。
 
公世は2回戦はわりと簡単に2本取って勝った。実は地区4位の人が1回戦で地区1位の人に勝っちゃった場合、2回戦の相手は地区2位か3位だった人になるので、1回戦の相手より弱いことが多い。それで公世はここで勝つことができてBEST16に進出できたのである。
 
なお男子の留萌組は、R中の来宮さんは残っているが、K中の門田さん、M中の緑川さんは、いづれも1回戦で負けている。4位の公世がBEST16に残っているのはなかなか凄い。
 

男子2回戦が終わった後、女子の3回戦が行われている間に、公世はトイレに行ってこようと思った。
 
袴でのトイレは面倒なので、できるだけ袴を穿く前に行っておくようにしている。しかし長丁場の大会ではどうしても途中で1〜2回は行く必要が出てくる。が、剣道の大会での男子トイレは諸事情により(女子トイレ以上に)混雑しがちなので、早め早めに行っておく必要がある。
 
それで公世が普通に男子トイレに入ろうとしたら、運営の腕章を付けた男性とお見合いしそうになり、慌てて横にずれ
「すみません」
と言った。ところがその男性は言った。
 
「君はなんだね?ここは男子トイレたよ。女子はちゃんと女子トイレを使いなさい」
「私男子ですぅー」
「何ふざけたこと言ってるの?高速道路のトイレとかでは“今だけ男”っておばちゃんたちが出没するらしいけど、女子中学生が性別を捨ててはいけないよ。さあ、女子の方に行った行った」
 
それで公世は男子トイレを追い出されてしまい。結果的に女子トイレに入ることになってしまったのである。
 
(公世が華奢な体格で、優しい顔立ちである上に、長髪だというのもあると思う。他校の男子選手には、丸刈りとかそうでなくても短髪の人が物凄く多い。しかし元々S中の運動部には丸刈りの子はほとんど居ない。福川司が女の子に見えちゃうのもひとつは髪の長さの問題がある。S中の規則では男子は髪が耳に付かないこととなっているものの、実際には耳が隠れても肩に付かない程度までは黙認されている:司の場合は肩にも付いているが注意されない。どうも学校は“男の娘”っぽい生徒にはルール適用を緩くしてくれているようである)
 

女子トイレは列ができている(実は男子トイレは女子トイレ以上に列ができている)。でも列の長さが短い気がした。
 
(現在女子の試合をやっている最中というのもある。だから公世は混雑する男子トイレを避けて、すいている女子トイレに来た形になった)
 
女子トイレの列に並ぶのは少しドキドキしたが、誰も変な顔はしない。いいのかなあ、でも男子トイレ追い出されたから仕方ないよね、などと思いながら並んでいた。
 
すぐに列がはけるので、公世は個室に入り両足を片方に入れて用を達した(*16)
 

(*16) 袴でトイレをするには何通りかの方法がある。
 
まず袴には行灯袴(あんどんばかま)といって左右が分かれていないスカート状のものと、馬乗袴(うまのりばかま)といって左右が分かれているキュロット状のものがある(正確には他にもあるがここでは省略)。伝統的な袴は馬乗袴であるが、明治の女学生が行灯袴を使い始め、その後、特に女子の間で流行したので、これを女袴と言うこともある。
 
行灯袴を穿いていると(女子にとっては)トイレはとっても楽である。普通のスカートと同様にして用を達することができる。男性の場合でも行灯袴は個室を使用する前提では、女性がスカートを穿いている時と同様にできるので楽であり、結婚式の衣裳で新郎が袴を着る場合は、行灯袴のことが多い。
 
行灯袴はスカートと同じなので、足が動かしにくい。それで剣道を含めた武道では男子も女子も使うことはない。剣道の袴は男女ともにキュロット状の馬乗袴である。
 
この場合、主として3通りの用の達しかたがある。
 
(a) 片方の袴を足の付け根の所までたくしあげ、裾からちんちんを出して用を達する。この場合、小便器が使用できる。この方法は男子専用で女子にはできないわざである。
 
(b) 袴を脱いで用を達し、終わったらまた穿く。単純ではあるが時間がかかるのが欠点である。袴の着脱は2分くらいかかるので、小をするだけでも5分くらいかかってしまう。(むろん個室を使う)
 
(c) 割と利用者の多い方法。袴の腰紐と腰板だけ外し、片足をもう片方の股の中に移動し、ひとつの股の中に両足を同居させる。するとスカートや行灯袴を穿いているのと同じような状態になるので、スカートと同様に用を達する。
 
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(d) お勧めしない緊急時のやり方。袴の片方の裾を思いっきりたくしあげ(a)と似た状態にし、位置を横にずらして陰裂が開放されるようにして用を達する。もう漏れそう!という時は使えるが、袴を汚してしまう危険があり、全くお勧めできない。
 
(e)袴の下にショートパンツ(ブルマ?)などを穿いておき、人前で堂々と袴を脱ぎ、ショートパンツ(ブルマ?)姿でトイレに入る。この方法はトイレ内で袴の着脱などをしていると床の汚れたトイレでは袴を汚す危険があるので、それを避けることができるのが利点。でも女子が人前でいきなり袴を脱ぐのは心臓に良くないので勘弁して下さい(でもこういう子割と居る)。
 
清香は(d)の常習犯なので、彼女はトイレが物凄く速い!「袴を汚したことは無いよ」と言っているので、きっと達人。チームメイトからは「実はちんちん付いてるのでは?」と言われている。
 
(c)のやり方は、袴を完全には脱がないので(b)の方法より素早く用を達することができて便利である。
 
女子は(a)の方法が使えないので普通は(b)か(c)である。男子でも大の時は(b)か(c)の方式になる。それで(c)のワザは男子・女子ともにマスターしている人が多い。
 
なお、留実子みたいにトラベルメイトなどのSTPを使用すれば、女子でも(a)ができる。ただし女子トイレに小便器は無い!!
 

公世は個室の中で↑(c)のワザでトイレをしながら、そもそも女子用ショーツを穿いていたら、どっちみち小便器は使えなかったぞと思った。でも女子トイレって個室がたくさんあっていいなあ(←少しずつ危ない道に落ちつつある)。
 
それで袴を直して個室を出て手を洗い、女子トイレを出る。すると出た所でバッタリ、前田柔良と遭遇する。やばい所見られたかなと思ったが、彼女はトイレの男女表示を確認してから、頷くようにし笑顔で手を振ったので、公世もヤケクソで笑顔で手を振り返した。
 
でも絶対誤解されたと思った!
 
(理解されただけだったりして)
 

3回戦が始まる。
 
(女子の試合が先に行われるので、その間に公世はトイレに行った)
 
女子ではここに残っているのは各地区1位だった人が10人、2位だった人が5人で、3位で残っているのは玖美子1人である。また学年で見ると3年生が12人で、2年生が3人、1年生が1人(札幌の阿南さん)だった。2年生の3人というのが全員留萌組である!
 
このあたりから千里も木里さんもかなり本気度を上げる。千里は30%くらい本気を出して2本勝ちしたが、木里さんもかなり本気度を出したようで、鮮やかに2本勝ちした。玖美子は相手から1本取って、かなり頑張ったのだが、その後、2本取り返されて敗退。ここで消えた。
 
公世が頑張った。相手が物凄く強い人だというのが見ていて分かる。しかし公世は相手がまだエンジンが掛かる前に1本面を取り、その後、相手の攻撃をかわして、かわして、かわして、かわしまくる。フットワークが凄い。相手が次第に焦ってくる。そして相手が一瞬時計を見た瞬間、公世の鋭い踏み込みで小手が決まった。
 
それで公世はこの強敵に勝ち、BEST8に進出した。
 
相手の油断負けという感じもあったが、ともかくも道大会でBEST8というのは本当に凄い。しかも地区4位からここまで来たのが偉い。R中の来宮さんはここで消えたので、男子の留萌勢では地区4位の公世がいちばん上まで行ったことになる。
 

いよいよ準々決勝である。
 
女子ではここまで残っているのは3年生が6人、2年生が2人で、その2年生2人というのが、木里さんと千里である。組合せはこのようになっていた。
 
大橋(札幌)┳┓
石山(十勝)┛┣┓
浅野(上川)┳┛┃
村山(留萌)┛ ┣
葛西(札幌)┳┓┃
高野(渡島)┛┣┛
長尾(石狩)┳┛
木里(留萌)┛
 
同じ地区から2人以上残っているのは札幌と留萌だけである。また留萌の2人は初段だが、他の3年生6人は全員二段である。
 
千里は上川支庁1位の浅野さんとの対戦であった。なかなか強い相手だと思った。ただ、あまりフットワークが強くない。それで攻撃のタイミングがとっても分かりやすいので、相手の攻撃は全く千里に当たらない。それでも相手の攻撃の速度はさすがに速い。千里は最初30%くらいの感じで対戦していたのだが、結構強いなと思い35%くらいに上げる。それで終了間際に1本取って勝った。
 
木里さんは石狩1位の長尾さんと対戦したが、2分までに2本取って鮮やかに勝った。彼女も攻撃のタイミングが分かりやすかったので、木崎さんの敵では無かった。
 
なお男子で公世は札幌1位で、昨年も(2年生で唯一人)全国大会に行った今大会の優勝候補・蓮川さんと対戦したのだが、相手が途中で足袋が滑り?、バランスを崩して竹刀を落としてしまった(竹刀を落とすのは反則)。むろん公世は、そこに面を打ち込んで1本取る。
 
その後、向こうは焦って攻めて来るも。公世の巧みなフットワークでなかなか1本が決まらない。一方の公世は常時動き回っているので攻撃のタイミングが読みにくい。そして僅かな隙があった所に踏み込み、小手で1本取って2本勝ちを収めた。
 
留萌の4位が優勝候補に勝つという、大金星であった。
 
それで、千里、木里さん、公世、ともにBEST4に進出した。
 

少し休憩時間を置いて準決勝となる。女子の組合せはこのようになっている。
 
大橋(札幌)┳┓
村山(留萌)┛┣
高野(渡島)┳┛
木里(留萌)┛
 
札幌の大橋さんも、渡島(函館)の高野さんも優勝候補である。
 
千里はここで初めて50%までゲージを上げた。そしてその優勝候補の大島さんに1分で2本取って勝った。相手が「え〜〜〜!?」という顔をしていた。ここまでの千里の対戦を見ていたかも知れないが、ここまでの対戦ではこんな千里を想像できなかったであろう。
 
実を言うと、50%も出すと、弱い相手では怪我してしまいかねないので、ここまではセーブしていたのである。物凄い相手だからここまで出すことができた。
 
これで千里は全国大会の切符をゲットした。
 
木里さんの方は、高野さんと接戦を繰り広げていた。どちらも鋭い攻撃を繰り出すが、どちらもなかなか1本が取れない。とうとう延長戦になる。そして延長戦の1:50のところで、両者同時に面打ちに行った。
 
「面あり」
の声がする。旗を見る。
 
3人とも白(木里)である。僅かに木里さんの面打ちが早かったようである(千里の目には同時に見えた)。
 
それで木里さんも準決勝を勝ち上がり、全国大会の切符を手にした。
 
なんと北海道代表の2つだけある指定席を留萌が独占である。
 

公世は物凄く運が良かった。準々決勝で第1シードの優勝候補トップの人に勝ってしまったので、準決勝で対戦した人は、準々決勝の相手ほど強くはなかった。2番目に強い人は、もうひとつの山に居るのである。
 
(公世は1回戦→2回戦でもこれをやっている)
 
そして相手は、こちらを優勝候補に勝った人ということで、物凄く警戒していた。その強すぎる警戒があだとなり、序盤で公世に1本取られてしまう。
 
その後は向こうも立て直して、激しい攻撃が来るが、公世はこの1週間鍛えたフットワークでひたすらかわしていく。
 
そして時間切れ。
 
公世は1本勝ちで準決勝を勝ち上がり、本当に全国大会行きの切符を手にした。
 
なんと男女合計4枚の栃木行き切符の内、3枚を留萌が確保である。
 
女の子パンティーの力!?
 

団体戦の決勝が行われる。
 
女子は千里に敗れた大橋さんが入っている札幌Y学園中学が、木里さんに負けた高野さんの入っている函館J女学園中学に勝って優勝を決めた。それで大橋さんは団体のほうで栃木に行けることになった。
 
男子団体の決勝のあと、女子個人戦の決勝が行われる。
 
決勝は留萌勢同士の対決、千里と木里さんである。
 
木里さんが物凄く楽しそうである!道大会の決勝で千里と闘(や)れるというのは快絶だろう。
 
試合が始まる。
 
物凄くスピーディーで激しい攻防のやりとりに、場内がシーンとなる。
 
みんなこの後の男子の個人戦決勝を見ようと思っていて、女子の決勝は前哨戦程度の感覚だったのに、とんでもないハイレベルの戦いになっている。そしてこの対戦を見て、この2人が北海道代表になったというのを、多くの人が納得した。
 
「そういえば留萌地区の女子は昨年の大会でもベスト8に2人残っていた」
「今対戦してる村山さんがそのベスト8のひとり」
「木里さんはベスト16だったけど、優勝した畦倉さんに負けてる」
「昨年の準優勝が留萌代表の田沼さんだった」
「木里さんはその田沼さんと同じ中学の後輩」
「留萌って剣道女子の強豪地域になってる!?」
 
1:20で千里が1本、2:05で木里さんが1本取ったが、本割では決着が付かず、延長戦となる。そして延長戦の終わり際、双方最後の勝負で面打ちに行ったところで「面あり」の声がある。
 
旗を見ると白!!
 
木里さんの勝ちであった。
 
そういう訳で、ふたりの対決は、地区大会の決勝戦同様、木里さんが制し、木里さんが優勝で、千里は準優勝になり、銀メダルとなったのである。
 

礼をして下がり、試合場から退く。ふたりは握手をした。
 
「でも千里、全開じゃなかった」
と清香は言う。
 
「そんなことないけど」
「いや、せいぜい60-70%しか出てなかった」
と清香が言うと、寄ってきた柔良まで
「私にもそう見えた」
と言う。
 
「まあ越智さんとやる時とは違ってたよね。千里って無意識に相手とパワーゲージを合わせてしまうから」
と寄ってきた玖美子まで言っている。
 
「私がもっと強くならないと、千里の本気は見られないということかな」
などと清香は言っていた。
 
ここまでは良かった。
 
ところがこの後、清香はとんでもない発言をするのである。
 
「ああ、でも全国大会の切符なんて夢のようだ。ちんちん切って女になった甲斐があったよ」
 

この手の下ネタジョークは清香の日常である。ただ発言した場所が悪かった。
 
たまたま彼女のすぐ後ろに、運営の腕章を付けた女性が居たのである!
 
「ちょっとあなた、男の子だったの?」
「いえ、女ですけど」
「だって今、ちんちん切って女になったって」
「すみません。ジョークです」
「ちょっと来て」
と言って、清香は運営の人に連行されていってしまった!!
 
「あの馬鹿。ジョークも時と場所をわきまえろよなあ」
と柔良が言っている。
 
「どうなると思う?」
「徹底的な医学検査を受けさせられるのでは?」
「そして男だと判定されたりして」
「あの子、男になりたいと週に1回くらいは言ってるから、この機会に性転換して男になっちゃってもいいかもね」
と柔良は投げ槍気味に言った。
 

男子の決勝戦は、札幌G中学の西田君(3年)が、30秒で公世から2本取って勝った。圧倒的な実力差である上に、こちらは強敵を次々と倒した相手というのでかなり気合を入れていた。西田君は最初から全開で全く隙は無かった。
 
でも、今大会の優勝候補1番手の蓮川君、2番手だった西田君、という猛烈に強い相手と対戦したことで、公世は物凄く勉強になったと思う。こんな相手とはそうそう“マジな”対戦経験は得られない。
 

個人戦決勝まで終わったので、表彰式の時刻だが、女子の表彰式は保留され、まずは男子の表彰式だけが行われた。
 
でもここで公世は銀メダルをもらい、満面の笑顔だった。
 
なお女子3位の2人には、場合によっては“2位決定戦”をしてもらうかも知れないから、試合ができる状態で待機していてと伝達があったらしい。
 

男子表彰式から30分遅れでやっと女子の表彰式が行われた。
 
「優勝した木里選手の参加資格に疑義があったので調査しましたが、問題なしと確認されました」
とだけアナウンスがあった!
 
どうも医学的検査では女と判定されたようである。
 
でも多くの人は、転校して間もなかったとか、外国籍だったとか、留年で年齢オーバーしてたとか、そういう状況を想像したようである。まさか性別問題とは思わなかったろう。
 
それで、木里さんに金メダル、千里に銀メダル、大橋さんと高野さんに銅メダルが授与され、4人で笑顔で握手した。
 
「いやぁ、参った参った」
と表彰式の後で清香は言っていた。
 
「何検査されたの?」
「MRI撮られて確かに卵巣や子宮があることを確認された。血液も採られたからホルモン濃度を調べられたのだと思う」
「さーやのお陰で、表彰式が1時間くらい遅延」
「みんなに迷惑掛けて申し訳無い」
 

大会終了後、電話で学校に結果を報告したら、校長が物凄く喜んでいて、全国大会の前には壮行会をしよう、などと張り切っていた。
 
鶴野先生たちはその日の夕方、車で留萌に戻ったが、千里たちは1泊して翌日の上りの特急サロベツを使っての帰宅となった。
 
稚内13:45(サロベツ)17:54深川18:05-19:03留萌
 
千里たちは午後の汽車なので、午前中は旅館で身体を休め、お昼には稚内ラーメンを食べてから、汽車に乗った。
 
「そうだ。ショーツは洗濯してから返すね」
と公世が言う。
「結構パワーが出たでしょ?」
「確かにパワーが出たのは否めない」
「全国大会はブラジャーも着けるといいかもね」
「え〜〜〜!?」
「全国大会の宿も、千里と清香と公世の3人一室でいいよね?」
「ちょっと待って」
 

そして(7/26 19:10頃)留萌駅に着くと
 
駅には、校長先生と教頭先生、先に帰っていた岩永・鶴野・広沢先生が迎えに来てくれていて、まずは校長・教頭と握手をした。それで食事でもしながら報告をと言って、駅舎を出る。教頭が「市長さんがあれを作ってくれたんだよ」と言うので振り返って見る。すると駅舎の表に
 
「祝・R中木里清香選手、S中村山千里選手・工藤公世選手、第34回全国中学校剣道大会・女子の部出場」
 
という横断幕が貼られていたので、千里は「ぎゃーっ」と思った。
 
「あの横断幕、ぼくまで女子の部に出るように読めるんだけど」
と公世。
 
「女子の部に出ればいいんじゃない?」
と玖美子は適当っぽく言った。
 
駅近くの中華料理店で校長・教頭・岩永・鶴野・広沢、千里・玖美子・公世、それに「私関係無いんだけど」と言っていた沙苗までついでに一緒に食事を取りながら、大会報告をした。沙苗がデジカメで結構写真を撮ってくれていたので、それをパソコンのモニターで見ながら話すことになった。
 
結局全国大会が夏休み中なので全校生徒での壮行会はできないものの、出発式をやりましょう、などと校長は言っていた。
 

千里(R)が(C町の村山家に)帰宅したのは(7/26 Mon) 21時頃である。
 
「疲れた、疲れた。ごはん食べた?」
と玲羅に訊くと
「レトルトの牛丼食べた」
などと言っている。千里が居ないと、村山家の食生活はそんな感じになる。
 
(Bが民宿に居るのでVはBを装って村山家に行くことができない)
 
それで千里がお風呂に入り、布団に寝ようとして
「わっ」
と言う。
「どうしたの?」
「何この布団は?」
「懸賞で当たったらしいよ」
「へー」
「へーって、先週の火曜日からお姉ちゃん、その布団に寝てるじゃん」
「そうなの!?」
 

でも新しい布団は気持ちいいなあと重い、大会疲れもあって熟睡していたら
「千里さん、千里さん」
といって夜中にカノ子に起こされる。
 
「眠いよぉ」
「ちょっと来てください」
と言われて、カノ子が運転する車に乗せられ、市街地まで行く。
 
「別の千里さんが勉強合宿をしてたんですけど、途中で消えちゃったんですよ。悪いですけどその後をお願いできませんか」
「勉強〜〜?私苦手なのに」
「やれる範囲でやればいいですよ」
 
と言われて、千里Rが27日の朝からは勉強合宿に参加したのであった。
 

そして、27日朝、村山家には千里Bを装った千里Vが現れ、朝御飯を作ってから「Q神社に行ってくる」と言って出かけた。
 
つまり外見上は、
・民宿に居たBが翌朝村山家に
・村山家にいたRが翌日は民宿に
と入れ替わったような形になった。
 
夜間の村山家には千里が居なかったが、夜中に千里が布団に居ないのは日常茶飯事なので、玲羅は夜中にトイレに起きて姉が居ないのを見ても気にしない。
 
でも裏事情では27日朝村山家に居た“B”は実はVであり、全体ではこのようになっていた。
 
26 AM:V=Q神社 PM:B=勉強会 (Rは稚内から留萌に移動)
27 AM:V=Q神社 Rは全日勉強会
28 AM:V=Q神社 R=AM勉強会 Rは午後帰宅
29-31 Q神社お休み
 
なお、千里Rは27日のお昼は
 
「市長さんと会ってくる」
 
と蓮菜たちに言って、セーラー夏服を着て民宿から出掛け、公世、S中校長、清香、R中の校長と落ち合い、5人で市役所に行った。そして市長さんと会い、握手をしてから、メダルを掛け賞状も持って、市長さんを含む6人で記念写真を撮った。
 
その後、市長さんと高級仕出しの昼食を取りながらあらためて道大会の様子を語り、全国大会に向けて激励をしてもらった。
 
「でも全国大会に留萌地区の女子が3人も進出するというのは凄いことだね。君たち頑張ってきてね」
と市長さんが言うので、清香は笑いをこらえるのに苦労した!
 
千里はそのあと、また民宿に戻り、勉強合宿の続きをした。
 

千里は夕方、清香の携帯に電話した。
 
「越智さんと連絡取ったんだけど、私たちの全国大会参加を喜んでくれて大会の直前1週間くらい旭川で合宿しようという話になってるんだけど、清香ちゃんも来ない?」
 
「行く行く!」
「じゃ伝えておくね」
 
「でもさ千里ちゃん、それ以前にも私と沙苗ちゃん、公世ちゃんと4人で少し練習しない?留萌市内で。柔良と玖美子ちゃんまで入れてもいい」
と清香が言う。
 
「やりたいけど、どこか適当な場所あるかなあ」
「それが課題だよね。体育館とかも夏休み中は混んでるし」
「じゃ私も適当な練習場所ないか探してみるよ」
「うん。こちらも探す」
 

7月26日(月).
 
旭川市内のクリニックで7月16日に性転換手術を受けた中村裕恵(旧名:中村裕太)は、(手術前からカウントして)約2週間入院し、この日退院した。灰麗は毎日御見舞いに行ったが(剣道練習の夕方のジョギングが終わった後来ていた)、中村は「痛いよぉ」と泣きごとを言っていた。灰麗は『私、人間のお医者さんの手術受けなくて済んで良かったぁ』と思った。
 
退院後は、貴子さんが「義浜ハイジ」名義で借りてくれていた2DKのアパートに入った。ベッドにエアマットが敷いてある。しばらくは、中村はここに寝せることになる。“性転換手術を受けた人必須のアイテム”ドーナツ座布団も用意されている。
 
なお中村は既に導尿は終わっていて、病院でも女子トイレの個室で座っておしっこをしていたが、おしっこの出方には感動していた。「うん。あれは女の出方のほうが楽だよね。自分も随分長い間、変なおしっこの仕方をしていたものだ」と灰麗は思う。
 

灰麗は17日から23日まではずっと剣道の合宿をしている女子中生たちのサポートをしていたのだが、中村が退院した翌日の27日から就職活動を始めようと思っていた。が、貴子さんから
 
「こういう仕事やってみない?」
 
と言われて、紹介してもらい(女性用スーツを着て)出掛けていって面接を受けた。性別を変えていることは正直に話したが、面接担当者は
 
「別に悪いことしたわけでもないし問題無いですよ。美容整形手術したようなものですよね」
と言って、性別の件は不問にしてくれた。ちなみに女子トイレ・女子更衣室の使用も全く問題無いと言ってくれた。
 
それで灰麗がすることになったのは、キノコ栽培の仕事である。勤務場所は旭川近郊の山間部である。正確にはギリギリで(旭川市に隣接する)当麻町になる。車での通勤が必要だが、先週貴子さんの友人が取って来てくれていて、アパート近くの月極駐車場も借りてくれているので、そこから通うことになる。
 
この仕事は栽培室の環境を定期的にチェックする必要があるので、勤務に入っている間はほとんど眠れない。重労働だし、生活リズムが不規則になるが、
 
「私、芸能人の付き人やってて、深夜労働や不規則な生活には慣れてますから」
と言ったら好感してくれた。
 
それで早速27日の夜間から仕事に入ったのである。
 

千里Rは勉強合宿が終わった後、29-31日はP神社に顔を出し、ここの裏庭で沙苗を誘って、一緒に素振り、切り返しなどの練習をした。千里がP神社にいるので宮司さんが
 
「あれ?千里ちゃん、三重のほうの用事は終わったの?だったらうちの神社の方も手伝ってよ」
と言われ、29-30日は恵香と交替で昇殿祈祷の笛を吹いたりもした。
 
なお普段P神社に居る千里Yは、Tes No.222 を使用しているが、“この千里”千里Rは Tes No.228 を使用している。
 

ただ7月30日(金)は吹奏楽部の練習(大会の2日前!)があるので、千里R(フルート担当)と沙苗(サックス担当)がバスで学校まで行き、練習に出た。
 
今回演奏する曲は課題曲『吹奏楽のための「風之舞」』という曲と、自由曲『ポップホーン』という曲である。
 
実はRはどちらも全く練習していなかった!
 
沙苗は結構練習していたようだ。旭川にもアルトサックス(学校備品)を持ち込んで、ピアノ室(防音)で結構吹いていたし。千里も練習しないの?と言われたが「疲れたぁ」と言って、寝てた。
 
だから千里は実はこの日ほぼ初見だったものの、まるで自分がどちらの曲もかなり吹き込んでいるかのように演奏できたので「良かったぁ」と思った。
 
「千里忙しいのにだいぶ練習していてくれたんだね」
「そうかな」
「だいたいフルートの技術自体がかなり進化してる」
 
まあフルート自体はこの1年間けっこう鍛えたからなあと思った。
 
(実際は前述のようにGが練習していたお陰である)
 

7月31日(土).
 
この日は沙苗がP神社はお休みだったので、千里Rはひとりで素振りなどをしていた。そして夕方、ふと気がつくと、自分の周囲に12人の小さな精霊がまるで自分を周回するかのように飛んでいた。
 
千里Bなら「マグネシウムの電子軌道みたい」と言うところだが、あいにくこの千里は電子軌道なんて話は分からない。しかし12人の精霊がうまくお互いに衝突しないような微妙な軌道で周回していることは認識し「器用だな」と思った。。
 
Mg(12)の電子軌道: 1s2 / 2s2 2p6 / 3s2
 
1s 表:貴人、裏:天空(副将)
2s 表:騰蛇、裏:大裳(中堅)
2p 天:天后、地:大陰、東:青竜、西:白虎、南:朱雀、北:玄武(次鋒)
3s 表:勾陳、裏:六合(先鋒)
 
むろん大将(本丸)は千里!貴人(きーちゃん)は最終守護神・最後の砦。
 

千里Rは彼らを見ている内にあることを思いついた。花絵さんに
「今日は早引きします」
 
と言って神社を出る。そして近くの空き地で千里は辰の方位(真東から30度南)を向いて唱えた。
 
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥(シチュウインボウシンシゴビシンユウジュツガイ)の辰(シン)。勾陳(こうちん)、我が許(もと)へ本体を顕せ(あらわせ)」
 
と呼びかけると、人間なら40-50歳程度に見える男が姿を現した。
 
ふーん。1430歳か。長生きだな。
 
「小娘、何の用だ?」
と男は言う。
 
「お前態度悪いな」
「態度悪くて悪かったな」
「お前、H大神に命じられて私に付いたのだろう?だったら私を主人と思ってちゃんと言うことを聞け」
「ああ、言われたことはしてやるよ」
 
こいつは一度“おしおき”が必要だな、と千里は思った。
 
千里は携帯で地図を示す。
「私をここに連れて行け」
「いいよ」
 
すると男は龍の姿に変わり、千里をその背中?に乗せていた。千里は「なるほど。こいつは黄龍か」と彼の種族が分かった。
 
ほんの数秒でN町の山間(やまあい)に降りる。
 
「用事はこれだけか?帰るぞ」
「お前、ほんとに態度悪いな。ちょっと来い」
と言って、千里は太陽がどんどん高度を下げていく中、勾陳を連れて細い道を歩き、古ぼけた民家の前に来る。
 

「あのさ。この家の1階と2階の間の床というか天井というかを取り払ってくれない?あんたなら腕力ありそうだから、そのくらいすぐできるかと思ってさ」
「できるけど、そんなの外してどうするのさ?」
 
「剣道の練習ができる場所が欲しいんだよ」
「お前。剣道やるの?」
「来月20日に全国大会に出るからさ、その練習がしたいんだよ」
「全国大会に出るというのは、お前なかなかだな」
と言って、勾陳は千里に少しだけ興味を持ったようである。勾陳は強い人が好きである。最初千里を見た時は、いかにも“か弱そう”に見えたので、こんな娘に付くなんてと思った。
 
勾陳は虚空と50年ほど付き合ったのに「凄い人ほど大したことないように見える」というのが全然分かっていない。
 
「だったら、こんなぼろっちい家は崩して、代わりにもう少し大きな倉庫でも建てたらどうだ?」
「それ時間かからない?」
「余ってる倉庫があるから、それ持って来てここに置くよ」
「ああ。余ってるのなら持って来ていいよ」
 

それで勾陳はその古家を“ひょいと持ち上げて”どこかに持って行ってしまった。更にその付近に生えているミズナラの木を40-50本“引き抜いて”、これもどこかに持って行った。そしてどこかから本当に小さな倉庫のようなものを運んできて、ポンと置いた。
 
なかなか大したもんだなと千里は見ていた。
 
「これトイレはあるんだっけ?」
「ああ。じゃそれも余ってるの持って来てやるよ」
「2個くらい持ってこれる?」
「いいよ」
 
と言って勾陳はまたどこかに飛んで行き、トイレらしきものを2個抱えて戻って来た。そして便槽を作るのだろう。地面を深さ3mほどヒョイと“取り外して”どこかに持って行く。そして大きな鉄の箱のようなものを持って来て地面に開けた穴に押し込む。
 
ユニット工法だな、と千里は思った。そして倉庫の壁を一部崩してトイレのユニットを接続しようとしているようである。
 

千里は彼の作業を見ながら、旧友に電話を掛けた。
 
「おっはー(*17)。タマラ元気してる?うんうん」
「それでさ、タマラんちのN町の山間(やまあい)の別宅だけどさ、あそこ少し借りてもいい?」
「あ、自由に使っていい?だったら少し改造したりしてもいい?あ、自由に改造してって?じゃちょっと改造ざせてもらうね。さんきゅー」
 
ということで、実はここは早川タマラ(の父)の所有物件なのである。
 
でも「ちょっと改造」の範囲を超えている気がする!!
 
ここはタマラが室蘭に引っ越して以来、4年間空き家になっていた。
 
本宅の方は入居したいという人があり、その人に300万円!で売却している。元々400万円で買ったもの(1950年代に建てられた20坪5DK 敷地50坪)で、タマラたちは6年間使用した。千里が来たこの別宅はニシン漁盛んな時期には普通の住宅として使われていたようだが(ここを含めて10軒ほど家が建っていた跡をよくよく見ると見付けることができる)、1990年代当時は年老いた炭焼きさんの仮泊場所となっていた(それでこの1軒のみ残されていた:推定築80年 3DK 敷地は200坪)。
 
タマラの父はそれを20万!(住宅は無価値で土地が1坪1000円)で買ったが、後述の理由により事実上放棄した。
 
(*17) 「おっはー」は2000年に“慎吾ママ”が『慎吾ママのおはロック』で流行らせた。
 

電話を終えた時、千里は背後に気配を感じて振り返った。
 
ヒグマである。まだ小さい。2歳くらいかなと思った。
 
どうも向こうは気配を殺して接近してきていたようである。でもこの距離まできたらさすがに千里は気付く。
 
できたら平和にお引き取り頂きたいんだけどなあと思ったが、どうも向こうはこちらを今日の晩御飯にしたいようである。だから静かに近づいて来ていた。千里が振り向いたので、いざ勝負ということで、こちらに向かって走ってくる。
 
仕方ないので千里は相手との距離が5mくらいになった所でエネルギー弾をぶつけて瞬殺した。
 
相手はドーンと大きな音を立てて地面に落ちた。熊が走って来た勢いで、熊の身体は千里の手前1mくらいの所まで来て停まった。が、ピクリともしない。
 
即死だろうから苦しみは無かったはず、と千里は思った。頭が少し潰れている。強すぎた?でも弱すぎるよりはマシだよね?
 
熊が倒れる音に驚いて、勾陳がこちらに来る。
 
「ヒグマか!」
「ねぇ血抜きしたいから、この熊をそこの斜面まで運んでくれない?」
「お前が倒したのか?」
「そうだけど」
「よく倒せたな」
「ヒグマくらい倒すよ。これあんたの晩御飯にしてもいいよ」
「もらっていいの?」
「ちゃんと火を通して食べなよ」
 
それで勾陳は楽しそうにヒグマを斜面に運んでくれた。勾陳からナイフを借りて千里が熊の首の血管を切る。血が流れ出す。これで数時間で血抜きできるはずである。
 
「要領いいな」
「前にもやったことあるからね」
「前にもヒグマを倒したことあるのか?」
「その時は学校のみんなで楽しく熊肉パーティーしたよ」
「お前、凄いな」
 

千里がヒグマを倒したことで勾陳はかなり千里を見直したようである。
 
「剣道の練習するなら、板張りがあったほうがいいよな?」
「水道使えるようにした方がいいよな?」
「キッチンとお風呂も付けようか?」
「電気も使えるようにしてやるな」
 
と言って、まずはたくさん板を運んできて、あっという間にフローリングを作ってしまった。少し暗くなってきたのでキャンプ用の発電機を回して倉庫内を明るくして作業している。千里も虫が来るので中に入って作業を見ていた。
 
彼は板をグラインダーで平滑にし、ラッカーも塗ってくれる。その作業も物凄く効率が良く速い。
 
「こんなものでいい?」
 
千里は素足で歩いてみたが、きれいに平滑になっている。まるでタイルでも敷いたかのようである。大したものだ。
 
「いいよ。あんた有能だね」
 
彼は褒められたので気を良くしたようである。10m×10mの四角形を2つ、白いテープで貼って試合場を2枠作ってくれた。
 
「少し暗くなってきたな」
 
この日の日没は18:54だった。それから30分くらい経ったので、そろそろ日暮れになる。
 
「続きは明日にしたら?」
「そうだな。じゃ熊を食うか」
 
それで彼は千里に
「仲間を呼んでもいい?」
と確認し、“仕事仲間”になった六合、騰蛇、青竜、玄武、白虎の5人の男(女も1人いるが)、更には個人的な“友人”(←「悪い仲間」と読む)の歓喜(*18)、九重を呼び寄せた。
 
(*18) 後の“播磨工務店”社長、南田兄のこと。人間の歓喜(八重龍城)とは別人。
 

血抜きはまだ2時間くらいで完全では無かったのだが、勾陳はヒグマ(推定150kg程度)の両足を持つとハンマー投げの投げる前の回転のようにヒグマをぐるんぐるん回して遠心力で強制的に血を抜いてしまった。
 
そして、庭で焚き火をして焼き肉パーティーを始めた。
 
(ここで焚き火してもいいのか?)
 
「この熊、千里さんが仕留めたんですか?」
「すごーい」
「虫も殺せないような顔をしていて、実はスーパーガールだな」
「さすが我らの御主人様だ」
などと言っている。
 
どうもこれで男性陣(女も1人居るけど)は結構まとまったな、と千里は思った。女性陣は簡単にはいかないだろうから、少しずつ手懐けていくか。
 
どうしても女同士は厳しくなる。
 

「千里さんもどうぞ」
と言って串に刺した熊肉をくれる。
 
「さんきゅさんきょ」
と言って、焼けているお肉をもらって食べる。
「美味しいね」
「やはり新鮮なヒグマは美味いです」
 
「だけど、あんたは“こうちん”というより“こうちゃん”だな」
「“ちゃん”なの〜?」
と本人は情けなさそうな顔をする。
 
「あはは。泣く子も黙る應龍様も形無し(かたなし)だ」
「千里さん、千里さん、俺たちは?」
「じゃあんたたちは、りくちゃん(六合)、とうちゃん(騰蛇)、せいちゃん(青竜)、げんちゃん(玄武)、びゃくちゃん(白虎)、かんちゃん(歓喜)、じゅうちゃん(九重)で」
 
「ああ、なんか可愛くなった!」
と言って、彼らは喜んでいた。
 
「俺たちもセーラー服着るか?」
「俺セーラー服好き」
「ああ。水兵さんか」
 
「あ、そうそう。千里さん、呼び名を付けてもらったから、俺たちを呼び出す時は面倒臭い召喚の呪文とか唱えなくても単に《こうちゃん》とか《りくちゃん》とか呼べばいいですよ」
と《りくちゃん》が言う。
 
彼は人の良さそうな初老の紳士である。この子は1418歳か。《こうちゃん》とほぼ同世代だな。見た目は随分違うけど!
 
「そう?じゃそうさせてもらおう」
 
 
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【女子中学生・ひと夏の体験】(5)