【女子中学生・ひと夏の体験】(3)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-07-30
灰麗は自販機でコーヒーを2本買って彼(で良い)に1本渡し、
「取り敢えず座ろう」
と言って、ロビーの椅子に並んで座る。
「ありがとうございます。どうしようかと思った」
「その化粧、あまりに酷いから少し直していい?」
「うん」
それでいったんクレンジングで化粧を全部落とし、太すぎる眉毛を細くカットし、残した部分も短くカットする。そして彼自身のメイクセットを出させて、きれいにメイクをし直してあげる。
しっかし化粧品の大半がダイソーだ!
「あのさ、化粧水や乳液はダイソーでもいいけど、口紅とかアイカラーみたいな“色物”は資生堂やカネボウとかのしっかりしたメーカーの買った方がいいよ」
とアドバイスする。
眉毛を丁寧に1本ずつ描いた上で、頬紅を濃淡を付けて入れ、最後に口紅を塗ると完成である。「いー」の形をさせてきれいに口角まで塗った。またマニキュアもリムーバーで落とし、灰麗自身の持っているエナメルを塗ってあげた。カチューシャは全く似合わないからと外させた。
「これで少しは女かもしれないと思ってもらえる僅かな可能性が出たかな」
「ありがとうございます。でもどなたでしたっけ?」
と彼は訊く。こちらが分からないようである。
「私は義浜だけど。高岡さんの付き人をしてた」
「義浜さんの・・・・妹さん?」
「本人だよ。私、女になったんだよ」
「嘘!?女にしか見えない」
うーん。彼の感覚では“こんな私”でも女に見えるのかなあ。灰麗が女としてパスする要因の大半は“女の声”で話すからであり、容貌はむしろ男に見える、と自分では考えている。
「だって私、女になったもん」
「性転換したの?」
「したよ。だから私は今完全な女だよ」
「すごーい」
やがて搭乗案内があるので、乗り込む。灰麗は自分の隣に座った男性と交渉し、“ひろちゃん”の席と交替してもらった。
「出張か何か?」
「いや、事務所は実質閉鎖になったんだよ」
「そうだったのか!」
彼は事務所閉鎖に至るだいたいの経緯を話してくれた。
それで、中村裕太も7月1日付けで退職したのである。彼は仕事上のミスが多いので、左座浪副社長は彼に言ったらしい。
「うちは千代さんが優しかったから、君でも仕事をさせていたけど、他の事務所なら2日でクビになる(つまり3日でクビになるより酷いレベル)」
それで退職して別の仕事を探したほうがいいと言われたのである。彼は富良野に住む両親と電話で話し合った所、
「田舎に戻ってきて農園を手伝うか?」
と言われた。
あまり力仕事は自信無い(彼は10kgの米袋を持てない!)のだが、取り敢えず実家に居候して、旭川あたりで仕事を探そうかと思った。それでまずは住んでいたアパートの荷物を整理し、ゴミは捨てて、実家に持って行っても良さそうなものだけ宅急便で送り、アパートを引き払って、今日旭川空港まで飛ぶことにし、ここまで来たらしい。
なお、機内では周囲の耳もあるので、女装問題については、何も尋ねなかった。ただ、彼は義浜に何か話したいことがある風だった。
「御両親には今日帰るというのは連絡してるの?」
「してない」
「だったら、ちょっと今夜色々話さない?」
「あ、実は話したいことがあったんだよ」
それで、旭川に1泊して彼の話を聞くことにした。
(7/14 Wed 18:00) 貴子さんは旭川空港まで迎えに来てくれた。
「あんた生きてるんだっけ?」
「自分でもよく分かりません。死んでたらすみませーん。あそこは完全に彼岸(ひがん)の世界(*5)だったし」
「・・・・・あんた声が女の声になってる」
「なんか出るようになったんです」
「よかったね。女の声で話してたら、ひょっとしたらこの人女かもしれないと思ってもらえる僅かな可能性があるし」
「あはは」
「それでお隣のできそこないのオカマさんみたいなのは?」
と、貴子さんも言い方がきついが、実際その通りである。
灰麗がメイクを直してあげたので、痴漢にしか見えない状態から何とかできそこないのオカマに進化した!
「羽田で偶然遭遇した友人なんです。ワンティスの事務所で雑用とかしてた人なんですよ」
「あの業界は性別が怪しい人が多いからね!」
ということで、貴子さんは今夜、灰麗と中村を泊めてくれることになった。
(*5) 「彼岸(ひがん)」とは向こう岸、対語は「此岸(しがん)」である。元々の意味は、涅槃(ねはん)と同義であり、煩悩(ほんのう)を越えた悟りの境地のこと。その境地に至ることが成仏(じょうぶつ:仏になる)であり、その悟りの世界に一度到達し、再度こちらの世界に戻ってきた人のことを如来(にょらい:そこから来た)というのである。
だから、彼岸・涅槃・仏・如来は、ほとんど同じ意味である。
しかし日本の民間信仰では死者を仏と呼び、死ぬことを成仏あるいは“お陀仏(おだぶつ)”と言うようになり(物に関しては「お釈迦(おしゃか)」)、彼岸も悟りの世界ではなく死後の世界、此岸から彼岸に行く時に越えるのも様々な煩悩ではなく、三途(さんず)の川ということになってしまった。
(全ての者は阿弥陀如来(あみだにょらい)の誓願により成仏に至るという浄土教の思想が浸透しているのも背景にはあると思う)
灰麗がいう「彼岸の地」というのは、「死後の世界」というのが70%. 「悟りの世界」というのが30% くらい混じっている。これは歩きお遍路をした人だけが得られる境地である。少なくとも観光バスで霊場を回るおばちゃんたちには無縁のもの(お金は落としてくれるから、本物のお遍路への支援にはなってる)。
簡単なものだけど、と言って、貴子さんはジンギスカンを作ってくれたので、それを頂き、お風呂も入れさせてもらって、ふたりは庭に置かれたイナバの物置!に泊めてもらった。家の中は男子宿泊禁止らしい。日中は暑そうだが、夜間は何とか過ごせそうである。一応エアコンは入れられている。
アルコールも禁止なので、2人はコーヒーを飲みながら話した。
「誰かに話したい気分だったんだけど、話すと警察から厳しい追及されそうで恐くてさ。そもそもこの話には合理性が無いから、話しても誰も信じてくれないかもという気もしたし」
と中村は語った。
ちなみに女装は高校を出てから少しずつ始めたものの、女装外出の経験は少ないらしかった。まあこの格好で出歩いてたら、その内警察に捕まるなと灰麗は思った。痴漢か“立ちんぼ”と間違えられかねない。
「将来は性転換したいの?」
「できたらしたいけど、あれ凄く高いんでしょ?」
「手術代は女から男になるのは高いけど、男から女になるのは150万円くらいみておけばいいと思う。でも手術してから半年くらいはとても仕事とかできないから、最低半年、できたら1年分の生活費の貯金が必要」
「それが大変そう」
「だからどうしてもみんな手術するのが遅くなるんだよ。お金貯めるのが大変だから」
「義浜さんはいつ手術したの?」
「どうもしばらく仕事できないみたいだしと思ったから1月に手術を受けた。それで体力回復してから5月からお遍路を歩いて来た(ということにしておこう)」
「手術回復明けの身体でよくそんなハードなことできるなあ」
「まあ死んでもいいかと思ったけど、奇跡的に生きてるみたい」
「やはり死ぬ人多いんですか?」
「統計とか無いだろうし実態は分からないね。昔はたぶん半分くらいは死んでたんじゃない?今は死ぬ前に自主的に中断するか、お寺や宿の人が説得して中断させると思う」
「あ、そうだよね」
「道中で倒れたらたぶん救急車が出動すると思うし」
「そっか。昔は救急車なんて無いもんね」
「昔は倒れてたら『ああ行き倒れさんか』で済まされてるよ」
「昔は男女の心中なんかも『ああ心中か』で放置されてたらしいですね」
「昔はそんなものだろうね」
「それであの夜のことなんだけどね」
と言って、中村は話し始めた。
「16時頃、アルバムが完成してワンティスのメンバーはすぐに新幹線で大阪に移動したけど、ぼくはもうきつくてきつくて」
「あれは全員3日くらい完徹だったからなあ」
「それで左座浪さんに頼んで、翌日朝の移動にさせてもらったんだよ。朝一番の新幹線に乗ることを厳命されたけど」
こいつ遅刻魔だからなあと灰麗は思う。
「それで三鷹のアパートに戻って寝てたんだけど、夜中に突然目が覚めて思ったんだよ。高岡さんなんてぼく以上に疲れてるのに運転させてはいけないって」
「うん」
「それで夜中だったけど、タクシー飛ばして八王子まで行ってさ、高岡さんのマンションに行ったんだよ。高岡さんたちが八王子に住んでることは、一度お使いを頼まれたから知ってた。誰にも言うなといわれたから言わなかったけど」
「それ何時?」
「マンション前で携帯から夕香さんの携帯に掛けた。高岡さんはきっと爆睡してるだろうからと思って。その発信記録が1:06だった」
「通じた?」
「3回くらい掛け直してやっとつながった。それで夕香さんが中に入れてくれた」
「うん」
「ふたりとも熟睡してたらしい。ぼくが行かなかったら朝まで寝てたかも」
そうなってたら逆に良かったかもと灰麗は思ったが言わなかった。
「それで車はぼくが運転しますよと言ったら歓迎歓迎と言われた」
「うん」
「でも夕香さんから『なんでスカートなの?』と言われて、ぼく初めてスカート穿いたままだったこと思い出した。ぼくも寝ぼけてたみたいで」
「カムアウトだな」
「スカート穿いてたら、運転中に膝に物を置きやすいんですとか言って」
「あ。それ私も思う!」
「ズボンだと物を置けないんだよねー」
「そうなんだよ」
それでぼくが運転すると言ったら
「だったら飲む」
と言って、高岡さん飲み始めて
「ああ」
「それで車内で飲んでていいですから出発しましょうと言って、そしたら夕香さんがFAX送ってからと言って何か紙を電話機にセットしてた。それから一緒にマンションを出た」
そのFAXが実際には送られていなかった。それを自分が送信したのか、と灰麗は考えた。また左座浪さんが受信したという“広中に運転してもらう”というメールは“ひろちゃんに運転してもらう”の打ち間違いかと思った。「ひろ(6699999 or 6295)」(*6)まで打った所で変換候補に出た広中をうっかり入力してしまったのだろう。携帯の予測変換はほんとに思わぬ誤入力を引き起こす。
(*6) 携帯電話での文字入力には2通りの流儀があった。ひとつは多くの携帯電話でデフォルトとなっていた方式で、1:あ 11:い 111:う 1111:え 11111:お 2:か 22:き 222:く 2222:け 22222:こ、のよう各数字を複数回押すことで、同じ行の次の字になっていくもの。もうひとつがポケベル方式といって、ポケベルで使用されていた入力方法、これは 11:あ 12:い 13:う 14:え 15:お 21:か 22:き 23:く 24:け 25:こ、のように数字を2つ押すことで特定の文字を直接指定するもの。
高速にメールを入力したい人や視力が弱くて表示された文字を確認できない人の間でポケベル方式は広まっていた。バンドのGO!GO!7188の原義は 55 71 88 で、これはポケベル打ちで「のま♥」になる。“のま”はベースの浜田亜紀子の彼氏(後に結婚)の苗字である。恐らくは他のメンバーがからかって使用したものか。
(なお88は携帯のメーカーにより様々な記号に割り当てられている。たぶん浜田亜紀子が使用していた携帯ではハートマークだったのだろう)
「それで多分1:40か1:50くらいに高岡さんのポルシェをぼくが運転してマンションを出たんだよ。高岡さんと夕香さんには後部座席に乗っててもらって」
「うん」
「その後、1人で運転するから万が一にも居眠りしないように、だいたい1時間に1回くらいは休むようにして深夜の中央道を走った」
じゃ、あの車は中村が運転してたのか・・・
「そして駒ヶ岳SAでトイレ休憩してさ。高岡さんたちに『トイレ大丈夫ですか』と声を掛けたけど、反応無かったから、自分ひとりでトイレ行ってきた」
「どうでもいいけど、そういう時、トイレは男女どっちに入るの?」
「もちろん女子トイレに入るよ」
よく逮捕されなかったなと灰麗は思った。
「それでね。駒ヶ岳SAでトイレに行ってから車に戻ろうとしたらさ」
「うん」
「車が無かったんだよ」
「はぁ!?」
「だいぶ探し回った。でもどうしても見付けることができなかった」
「それどうしたの?」
「ちょうど族っぽい男の子たちの車が来たからさ。『私、友だちの車に置いてきぼりくらっちゃって。朝までに大阪まで行きたいから乗せてくれない?高速代とガソリン代は払うから』と頼んだら乗せてくれた」
よくその風体(ふうてい)で乗せてくれたなあと思った。
「女装のこととか、男と女とどちらが好きなのかとか、肉体改造してるのかとかいろいろ訊かれたけど、適当に答えといた。触られて『おっぱいはシリコンとか入れたの?』とか『まだチンコあるんだ?』とか言われた」
興味を引く観察対象だったのかな。
「おかげで朝までに大阪に辿り着いたけど、左座浪さんが高岡さんたちを知らないかとか訊くからさ。自分が途中まで車を運転してたとか、とても言えなくて。ずっとそのまま黙ってた」
と中村は言った、
彼の話で、自分が分からなかった部分がだいぶ分かったと思った。
彼が駒ヶ岳SAまで運転したのなら、そのあと誰かがそこから事故現場までの50kmほどを運転したということになる。しかし誰が!?
「事故現場を通過したはずだけど、警察とか居なかった?」
「それは気付かなかった」
もう事故処理は終わっていたのだろうか・・・
「でもそれ警察には言わないほうがいい気がする」
「でしょ?」
「警察に言ったら絶対ひろちゃんが運転してて事故起こしたと思われる。それでマスコミに血祭りに上げられて、きっと狂ったファンに刺し殺される」
「ひぃー!」
「だから私とひろちゃんだけの秘密にしよう」
「うん。そうしよう」
「何なら秘密共有の証し(あかし)にセックスする?」
中村はごくりと唾を飲み込んだ。
「ぼく女性には恋愛感情が無いから、しない」
ああ。やはりまだちんちん立つんだ?
「別に恋愛抜きでいいのに。お互い30過ぎだし、後腐れ無しで。避妊具もあるよ」
と言ったか、彼はセックスしなかった。
このことを中村は翌日少しだけ後悔することになる。
2004年7月15日(木).
沙苗の家に旭川家庭裁判所から手紙が届いた。性別訂正の認可をするという通知であった。これで沙苗は法的にも女性になった。沙苗の家ではささやかなお祝いをするとともに、翌16日金曜、母が朝から学校に赴いて学校側に通知を提示した。
沙苗は既に学籍簿上「女子扱い」になっていたのだが、これで普通の「女子」生徒になった。
学校が終わった後、岩永先生は沙苗を連れて剣道連盟に赴き、沙苗が法的に女性になったことを裁判所からの通知を提示して告知した。対応して下さった医学委員さんは
「分かりました。これで原田さんは普通の女性剣士ということでいいですね」
と笑顔で言ってくれた。
沙苗の法的な性別が変更になったことで、もしかしたら来年春の登録証の更新は少し簡単なものになるかもしれないが、現時点では確約できないという話だった。
2004年7月15日(木).
セナの家に旭川家庭裁判所から手紙が届いた。性別訂正の認可をするという通知であった。
「なんか家庭裁判所からこんな通知が来たんだけど」
と母が戸惑うように言う。
「こないだ性別訂正届けを出したお返事じゃないの?」
とセナ。
「あれジョークじゃなかったの〜〜〜!?」
と母は驚く。
「性別の訂正って意外と簡単にできるもんなんだね」
と亜蘭は言った。
でもこの日、高山家でも、ささやかなお祝いをした。
「学校に届けないといけないんだっけ?」
「既に私の学籍簿は女子になってるから特に手続きは必要無いと思う」
「そうだよね!」
ということで学校側はセナの法的な性別が変わったなどとは思いもしなかったのであった。
でもぼく、まだちんちん付いてるのに法的に女の子になっちゃった、などとセナは内心思っていた。(←本当にちんちん付いてたらいいね)
2004年7月15日(木).
朝御飯の席で、中村が晴れやかな顔をしているので、貴子は『ああ、昨夜は2人でセックスしたんだな』と思った。やはり本棟に泊めなくてよかった。特にオカマのお友達の方はまだ男の体臭があるし。
「ふたりが住むアパートの保証人にはなってあげるよ」
と貴子は言う。
「ありがとうございます」
「旭川?札幌?それとも東京?」
「私はどこでもいいんだけどね。何も前提が無いし」
と灰麗、
「ぼくは実家が富良野なんで、旭川がいいかも」
と中村。
「じゃ旭川で探してあげよう」
「貴子さんが探してくれるの?」
「だってあんたたち、どのあたりが住みやすいかとかも分からないだろうし」
「そうなんですよ!知らない町って、そのあたりの感覚が分からなくて」
「まああまり高くない所探してあげるね」
「済みません」
「あんたたち夫婦で住むなら2DKがいいよね?」
ん?
もしかして私たち、カップルと思われてる〜〜〜?
灰麗はそれで誤解を解こうと思ったのだが、その前に貴子から言われた。
「でも灰麗ちゃん、新生活を始める前に身体を直さない?」
「身体を治すって、特に治療の必要な所は無いですけど」
身体を“治す”と“直す”の違いである!
「だからもうあんた女になりなよ。性転換手術予約しておいてあげたから。今日入院して明日には手術受けられるよ」
「性転換手術!?」
「大サービスで手術代は私が出してあげるから」
と貴子は言う。
あ、そうか。私、女になったこと、まだ貴子さんに言ってなかったっけ?
それで灰麗は言った。
「ごめんなさい。私、もう完全な女になっちゃったの」
「嘘!?じゃもうちんちん取っちゃったの?」
「ちんちんもタマタマも無いし、ヴァギナあるし」
「よく手術代持ってたね!」
やはり費用を心配されるか。
「退職金とかもらったし」
「うーん。残念。だったら性転換手術の予約は取り消すか」
と貴子は言ったのだが、ふと、中村に気付いた。
「そうだ。折角予約してるから、灰麗ちゃんの代わりに、あんた性転換手術受けない?」
「え〜〜〜!?」
「お金は要らないからさ。今日入院して明日手術受けられるから」
「ちょっと待って」
「この人、性転換してもいいよね?」
と貴子は灰麗に訊く。
「私は構わないけど」
「じゃ奧さんの許可も出たし、手術しに行こう」
「お、おくさん??」
それで中村本人が戸惑っている間に、貴子は2人を車に乗せて旭川市内の某クリニックに“連行して”行った。
即いろいろな検査を受けさせられ、手術に健康上の問題は無いということになる。手術の同意書を渡されるが、中村は手術代タダで受けさせてもらえるなら、それもいいかなという気になり、同意の署名をした。
「奧さんも署名して下さい」
と言われて、灰麗は『私別に奧さんじゃないんだけど』とは思いながらも署名した。彼は親にはきっと同意のサインをもらえないから、自分が親族ということにしておいたほうが、話がスムースだ。
「苗字が違うんですね」
「私も元男なので、性別が変更できないから婚姻届けを出せないんです」
「ああ、分かりました」
それで中村裕太は翌日7月16日(金)、GID特例法の施行日当日に、性転換手術を受けることになった。それで31年間の男性としての人生に終止符を打ち、新しく女性としての人生を始めることとなる。
手術着に着替えさせられ、ストレッチャーに乗せて手術室に運び込まれる。そして手術台に載せられる。奧さんも付いてきてと言われるので、灰麗も髪を頭巾で覆い、白衣を着て中に入る。
医師は
「さあて、楽しい楽しい、ホラーショーの始まり始まり〜」
などと言って、いきなり『逢魔がホラーショー』の歌(作詞:千之ナイフ)を歌い始めた!
「ホーデン抜いて、トンネル掘って、さあさ女になりましょう♪」
などと楽しそうに歌っている。
「じゃ女にする前に、邪魔なものを切るよ」
と言って、患者のペニスを左手で掴むと、右手で大きな斧を振り上げる(元ネタ:永井豪『ハレンチ学園』)。
それで切るのか?
中村のペニスが反応して大きくなる。
「先生。そんなもので切ったら、ちんちんじゃなくて胴体が切れます」
と女性看護師が突っ込む。
あれ?この人、女性看護師に見えたけど、声が男だ。きっと元男性なのだろう。性転換病院に性転換済みのスタッフが居るというのは、わりとよくある。院長自身が性転換者というのもよくあるパターンだ。
「胴体が切れたら上半身と下半身が別々に動けて便利だよ」
「それだと下半身がおしっこしようとした時、ファスナーが降ろせません」
(元ネタ:藤子・F・不二雄『ドラえもん』)
「それは困るね。じゃ斧を使うのやめよう」
と言って斧を片付ける。
(どうもプラスチックに銀紙貼っただけのおもちゃの斧っぽい)
「じゃちんちん切っちゃうけど、ほんとに切っていい?切っちゃったら、もう立っておしっこできなくなるよ
「全然構いません」
やっとまともな意思確認になったかと思って中村は答える。
「ちんちんをしごいて、射精の快感も味わえなくなるよ」
と言って、しごいてるし!
「要りません」
「奧さんのヴァギナに入れてセックスの快感も味わえなくなるよ」
「構いません」
「奧さんもこの人のペニスを入れてもらえなくなるけどいい?」
「ディルドーで相互入れっこするからいいです」
と灰麗は答える。
「それ凄く気持ちいいらしいね。ぼくもその内何かの間違いで性転換しちゃったらそれで楽しもうかな」
などと医師は言っている。どうもジョークとマジの境界が分からない人だ。
「なんなら奧さんと最後のセックスをする?その間待ってるよ」
「いえ、いいです」
「奧さんもいい?」
「しなくていいです」
そんなことを答えながら中村は内心思った。女になってしまうのなら、ちんちん切る前に、一昨日、義浜ちゃんに誘われた時にセックスしとけばよかったかなあなどと。少し惜しい気がしたが、今更ためらいの様子を見せたら手術は中止されるだろうというのは、目に見えて明らかだ。中村は結局、男性としてのセックス体験が一度も無いまま、女性になってしまう。
(中村は心が女なのでソープや風俗に行った経験も無い。学生時代にボーイフレンドにフェラをしてあげたことはあるが・・・少なくとも男としての性体験ではない!!)
「手術すると子供も作れなくなるよ」
「構いません」
「奧さんもそれでいい?」
「はい、いいです」
「ちんちんのついでに首も切ってあげられるけど。首を切ると口が無くなるから、御飯食べなくて済むよ」
「御飯は食べたいので、首は切らないで下さい」
「じゃ首は切るのやめるか」
どうもジョークがきつい医師のようだ。
「ちなみにこの手術したら、個人差もあるけど3ヶ月か半年くらい痛みが続くけどいい?」
「覚悟してます」
「じゃ手術しようね。麻酔どうする?麻酔無しで自分の手術の様子を観察するのもいいよ。携帯で写真撮りながら手術受けて、ブログ(*7)にアップするとか」
「痛いの嫌なので麻酔は掛けて下さい」
「奧さんずっと見学する。写真撮ってもいいよ」
「血を見るの苦手なのでパスで」
「じゃうちの看護婦に写真撮らせるね」
「お任せします」
「じゃほんとにほんとに手術していいね?二度と男には戻れないよ」
「女になりたいです。男には戻りたくないです。手術お願いします」
「じゃ麻酔打つね。麻酔から覚めた時は君はもう女だよ」
それで麻酔が打たれ、意識が無くなったのを確認して手術が始まる。灰麗は退出して、手術室の外で待機した。そして携帯で性転換ゲームをしてた!
(*7) ブログは日本では2002年頃から普及した。
約3時間の手術が終わり、中村は回復室に移された。やがて麻酔が醒めると病室に戻る。ただし、手術前は青い塗装の男性用病室だったのが、ピンクの塗装の女性用病室に移動になった。また病院着も手術前は青いものを着ていたが、手術着から着替えさせられたのはピンクの病院着だった。また病室の名札も、手術前は「中村裕太」だったが手術後は「中村裕恵」になった。更に手術前は、トイレも「一応男子トイレを使ってください」と言われていたのだが、手術後は「これからは女子トイレを使って下さい」と言われた。
こういう劇的な扱いの変更をすることで、本人に性別が変わったんだという強い認識を持たせるのだろう。
中村は手術後の、猛烈な痛みに耐えながら、医師から
「裁判所に提出できる様式の診断書お渡ししておきますね」
と言われ、
『あ、そうか。去年あたりから性別を変えられるようになったんだっけ?』
と思い出した(今年の今日から!!)。
性転換手術なんてもし受けるとしてもまだまだ先と思ってたから、そのあたりのことはまだ、なーんにも考えていなかった。
しかしこれマジで痛いし辛いよぉ。
2004年7月16日(金).
1年前に成立した、性同一性障害特例法(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律)がとうとう施行された。全国で多数の当事者が直ちに家庭裁判所に審判の請求をおこなった。
2004年7月16日(金).
この日、S中では終業式が行われ、約1ヶ月の夏休みに突入した。
本来夏休みは7月20日からなのだが、19日が海の日(*8)で休み、18日日曜、17日土曜、ということで16日に終業式が来てしまったのである。
この日学校が終わった後、“千里B”はQ神社に再度姿を現し、お祭りの次第について再確認した。
(*8) 「海の日」は1996年から祝日になった。当初は7月20日固定だったが、2003年から、7月第3月曜つまり15-21日の月曜日となった。
この日の夕方、留萌駅前に、S中の千里・玖美子・沙苗、R中の木里清香・前田柔良、更にS中の男子?・工藤公世の6人が集まった。
剣道の道大会は来週だが、その前に旭川の“合宿所”に籠もって合同特別合宿をしようという趣旨なのである。
なお、千里Rが旭川に出掛けたのでP神社に行っている千里Yは、この日神社を終えた後、普通に帰宅したが、「神社を終えた後自宅に戻ったのが久しぶりな気がする」と思った!
※千里たちの行動(5/14-7/15)
15:25 ●終わりの学活終了
15:26 ▼千里YがS町からバスに乗る
15:31 ▼C町に到着、そのままP神社に入る
15:40 ●掃除終了
15:40-18:00 ●Rが剣道部に出る
16:10 恵香たちがS町からバスに乗る
16:15 恵香たちがC町で降りてP神社に来る
18:40 玖美子・沙苗がP神社に来る
19:10 ●千里Rが買物して帰宅し、夕食を作る
20:00 ▼千里Yが神社を終えるが、帰宅途中で30mルールにより消滅
千里Yの帰宅は7/16-18の3日間のみだったが帰宅時間が遅いので、この3日間はカノ子が千里の振りをして買物し、御飯を家族に食べさせた。父が「カレーの味がいつもと違う」と言ったのでギクッとした!
16日、千里Yが帰宅してから
「あ、カレーは玲羅が作ってくれたの?」
などと言ってカレーを食べていたら、玲羅から
「カレーはお姉ちゃんが作って、お姉ちゃんさっきもカレー食べてたじゃん」
と言われ
「あれ〜〜〜!?」
と声を挙げた(千里の日常)。
留萌駅前では、6人集まった所で「全員揃ったね」と玖美子が言ったので、
「あれ?男子はぼくだけ?」
と公世は言うが
「気にしない、気にしない」
と言って、(留萌)駅前まで日産セレナで瑞江が迎えに来てくれたのに乗り込む。
「留萌まで迎えにきてもらって悪いね」
「6人でバスに乗れば9000円ですもん。留萌往復のガソリン代は2000円くらいですし。私は暇な女子大生だから、ドライブがてらに」
と瑞江は言っていた。
ここで6人の乗り方は、公世が助手席、2列目が沙苗・千里・玖美子、3列目が清香・柔良である。
旭川に着き、練習場を見せる。
「すごーい。広い練習場がある」
と公世が感激している。
この練習場は前回合宿した時は15m×30mの広さだったのだが、千里から「試合場を3つ取りたい」という要請があったので改造して15m×40mに拡張している。またお風呂は2個追加して、練習場付属のお風呂が6つと、本棟のお風呂1つで最大7人が同時に入浴できるようにしている。改造費100万円は千里が出すと言ったのだが、きーちゃんは「私の趣味だから大丈夫」と言って、全額きーちゃんが出してくれた(実際は“例の”資金を使っている)。
朝一番のバスでコリンを行かせており、御飯もできているので、ますはそれをみんなで頂いた。
「この6人で練習?」
と公世が訊く、
「基本的にはそうなる。明日になったら先生も来るけど。公世ちゃんのレベルにピッタリの練習パートナーが居なくて申し訳無いけど、私や木里さん、沙苗あたりと対戦してもらえたらいいかなと思って」
と千里は説明する。
「うちの(男子の)所沢も誘ったんですが、男子団体戦のメンバーで別途合宿するといううことだったから」
と(木里)清香。
「木里さんたちはチームの合宿無いの?」
「あるけど、こちらの方が鍛えられそうだから、こちらに来た」
実際、チームの合宿では、清香の練習パートナーが得られないのである。
「すごーい」
と公世は言ってから
「でも木里さんは対戦してみたかったです。男子でも木里さんに勝てる人はそうそう居ないんじゃないかと思ってた」
と言う。
「私も男子個人戦BEST4に入る強敵とやりたいと思ってた。うちの男子たちは真面目に対戦してくれないんですよ」
と清香。
「真面目?」
それで千里は
「公世ちゃん、ちょっと手合わせしない?」
と言う。
「うん」
それで千里と公世が防具を着けて対戦する。
30秒で1本、60秒で1本取って千里の勝ちである。
「強ぇ〜!」
と公世は言った。
「今のは本気じゃなかったでしょ?」
「本気のつもりだけど」
「いや、今のは相手が女だと思って手加減してる、精神的に。公世ちゃんが個人戦で快進撃した原理」
「そんなに言うなら本気で行くよ」
「望む所」
それで再度対戦する。
20秒で1本、40秒で1本取って千里の勝ちである。
「うっそー!?さっきより強い!」
「公世ちゃんがさっきよりは少し本気度高くなったからこちらも上げた」
と千里は言っている。
「千里はね、女子とやる時は10%くらい本気だけど、男子とやる時は5%くらいしか出さないんだよ」
と玖美子が解説する。
「なんで?逆じゃないの?」
と公世が訊く。
「つまり男子は女子相手に手加減してくるから、千里もマジ度を下げる」
「そういうことか!」
「だから私を殺すくらいのつもりで掛かって来てよ。私は死んでも平気だから」
「じゃほんとに本気でいくよ」
「本気でやらないと、道大会は10秒で負けるよ」
それで三度(みたび)対戦する。
10秒で1本、30秒で1本取って千里の勝ちである。
「強ぇ!本当に強ぇ!」
「まだ80%くらいしか出てない」
それで四度(よたび)対戦する。
8秒で1本、20秒で1本取って千里の勝ちである。
「参った」
と言って、公世は首を振った。
「まだ100%出てない気がするけど、今日はここまで。合宿を通して本気度をもっと上げないと、私にも(木里)清香ちゃんにも1勝もできないよ」
と千里。
「頑張る」
たぶんまだ心の態勢ができてないのだろう。それはすぐには修正できないので今日はここまでにした。
対戦が終わってから、公世がキョロキョロしている。
「男子トイレは・・・本棟のほう?」
「ここは元々女子専用で女子トイレしかないから、合宿中は女子トイレを使って」
「そういうことか。了解」
「便座を上げて使用するの禁止だから、座ってしてね」
「それは問題無い」
「いつも女子トイレ使ってるもんね」
「使わないよ!」
「隠さなくてもいいのに」
今回公世を合宿に引き込んだのはメンバーを偶数にしたかったのと、公世は男の娘みたいなものだから、問題は起きないだろうと(千里や沙苗は思っていると)いうのもあった。清香にも確認したが
「ああ、男の娘なら問題無い。男の娘さんなら女の裸を見ても平気だよね」
などと言っていた。裸で歩き回るつもりだな、と千里は思ったが、気にしないことにした。
食事の後、お風呂に入ることになるが、千里は公世に本棟のお風呂を使うように言った。
「練習場のお風呂は、裸で歩き回る子がいるかもしれないし」
「嘘!?」
実際、清香はお風呂上がりに裸で素振りして、柔良におっぱいの動きをチェックしてもらっていた(せめてパンツ穿くべき)。
そしてお風呂の後、今日は取り敢えず寝ることになるが
「え〜!?ぼく原田さんと同室なの?」
と公世が焦る。
「それとも私と同室する?私は公世ちゃんとなら同室でもいいよ」
と千里が言うと
「いや、原田さんでいい」
と公世は焦って言った。
正直、千里と同室になった場合、自分の理性をキープできる自信が無い、と公世は思った。
それでこのような部屋割になった。
No.2 沙苗・公世
No.3 玖美子・千里
No.4 清香・柔良
コリンは千里が自分の“海”の中に寝せた。コリンは
「ここほんと気持ちいい」
と言って熟睡していたようである。
(きーちゃんはNo.1に寝る。この他に庭の物置で寝た人物があるが、明日登場する)
同室になった沙苗は公世に
「公世ちゃん、言いふらしたりしないから、ここでは女の子の服着ててもいいよ」
と言ったが
「ぼくは女装しないよぉ」
と公世は言う。
「女の子下着とか持って来てないの?」
「そんなもの持ってません」
「隠さなくてもいいのに」
やはりぼく、みんなに誤解されてる?と思う公世であった。
でも普通の女の子と違って、同室が原田さんなら、そう緊張しなくて済む、と公世は思った。なお、公世と沙苗は「着替える時はお互い背中を向いて」というルールで運用することにした。
「私のことは気にしないでオナニーしてね。音は聞かないふりするから」
「それはさせてもらう。見えないようにやるから」
「セックスの相手はできないけど」
「そんなこと考えるほど非常識じゃない」
などと言っていたものの、この合宿中、公世はあまりオナニーしなかった。
普段はしばしば起きる性的な衝動も発生しなかった。
他の女子たちが
「汗掻いたぁ」
とか言って道着を脱いだりするのを見ても何も感じなかった(さすがに彼女たちが下着を交換する時は下を向いたりよそを向いていたりするが)
布団の中では習慣でちんちんをいじったりはするものの、そもそも立たなかったし、射精にも至らなかった、練習で疲れてるせいかな、と思った。
ただ・・・
立たないままちんちんいじってるのって、なんか凄く気持ち良くない??
この日はどんなにいじっても小さいままで、手で握れる状態にならなかった。握るためには最低8cm程度にはする必要があるので通常振ったり叩いたりしてその長さにするのだが、どうしても5cmくらい以上にはならなかったのである。
それであれこれ試行錯誤している内に指で押さえて回転運動を掛けるのが物凄く気持ちいいことに気付く。なんか今まで感じたことのない快感。それにずっといじってられるし。
(↑女子的な快感にハマる5秒前)
その夜見た夢では、村山さんが出て来て
「ちんちん邪魔でしょ?取ってあげるね」
と言われて、ちんちんを掴まれ引き抜かれた。
見ると、お股が女の子の形になり、割れ目ちゃんまであるので
「え〜?ぼく女の子になっちゃったの?」
と思ったが、朝起きてから触ってみたら、ちゃんとちんちんはあるのでホッとした。
翌17日(土)、越智さんが朝から来て稽古を付けてくれる。最初に新顔の公世と対戦する。公世も相手が男性の上段者ということで自然に100%で行くが「そうか、この感覚で村山さんともやればいいんだ」と思った。
向こうは全く本気でないが、公世は、全く勝負にならない凄まじい相手だというのを感じた。F15に挑むT-3練習機という感じである。でも思い切って打ち込んで行き、軽く返される。
「だいたい分かった」
と越智さんは言った。
「君は今初段くらいの力があるね。ただ足腰が弱い感じだ」
そんなに実力あるかな?と公世は思う。でも確かに足腰の弱さは古河さんからもしばしば指摘されている。
「でも女子にしてはわりとスピードがあるよ。君はこの一週間、よけいなテクを鍛えるよりひたすらジョギングだな。それで君の実力は10%は上がる」
あれ〜〜!?“女子にしては”って・・・あはは。でもジョギング頑張ろうかな。
それで公世はこの6日間、毎日10kmのジョギングを朝昼晩1本ずつ(つまり合計30km)することにした。でも
「女子中生を1人でジョギングさせる訳にはいかない」
と言って、きーちゃんは、1人の人物を呼び出した。
全員沈黙する。
「済みません。お兄さんの年齢をお聞きしてもいいですか?」
と千里は言った(“この千里”は東京で灰麗を見ていない)。
「千里ちゃんには言ってなかったっけ?35歳なんだけど」
彼?の声を聞いて全員驚く。
「まさか、あなた女性ですか!?」
「女に見えなくてごめん。元は男だったけど、性転換して女になったの」
「ああ、そういうことですか!」
というので全員納得した。
「昔の名前は配次(はいじ)だったけど新しい名前は灰麗(はいれ)」
と、きーちゃんが言うと
「すみません。元の“ハイジ”のほうが、女性的に響く気がします」
と柔良。
「ね?」
と、きーちゃんも言っている。
「あんた戸籍の名前変える時は片仮名書きの“ハイジ”とかにしなよ。“ハイレ”って、入れ歯容れみたいで変だから」
「入れ歯容れ!?」
「でもこの人、四国お遍路1300kmを歩いて一周してきたばかりなのよ」
と、きーちゃんは言う。
「すっごーい」
「だから足腰は丈夫だし、昔剣道をしてたこともあるから、ジョギングの護衛役には使えるかなと思って」
「へー。剣道なさってたんですか?」
「高校の時、格闘技が必須になってて、柔道か剣道しないといけなかったけど、私、男子として学校には行ってたから、男子たちと掴み合うなんてできない、と思って剣道を選択した」
「ああ、心は女の子なのに、男の子とそんなことできないですよね」
とこれは全員理解を示してくれた。
「それでやってただけだから、級とかも持ってないのよ」
「なるほどー」
「だから皆さんの練習相手にはならないけど、トレーニングのお手伝いくらいはできるかも」
「分かりました。よろしくお願いします」
千里はそれだけジョギングするならと言って、午前中に瑞江を呼んで公世をコリンと一緒に市内のスポーツ用品店に行かせ、しっかりしたジョギング・シューズと厚手の靴下を取り敢えず10足買わせた。コリンを付けて行かせたのは、公世が安物を買わないように監視役である。こんな所で足を痛めたりされたら困る。
ついでに公世には「道着と袴は毎日洗濯しなさい」と言い、替えの道着“3つ”と袴1枚、ジャージの運動着上下も2セット買わせた。
「道着はやはり白にする?」
「紺でお願いします」
「白を着けたほうが女の子らしくて可愛いのに」
「なんかぼく誤解されてる気がするんですけど」
道着は午前中・午後・夕方・夜と交換して4セットをサイクル使用する。袴はそこまで汗を吸わないので1日に2枚あれば足りる。洗濯はコリンや灰麗がやってくれる。乾燥機があるし夏なので、洗濯物はすぐ乾く。(灰麗は“一応女”なので、女子の下着を扱わせても大きな問題は無い)
また2人には、ドラッグストアにも寄ってもらってアンメルツを大量に買ってきてもらった。
(靴下はジョギングの度に穴が空いたので、灰麗にあと20足買ってこさせた)
そしてその日のお昼から早速、公世は灰麗と一緒にジョギングに出た。公世がジョギングに出ている間は残りのメンバーも3kmほどのジョギングのあと、素振り練習、切り返し練習、ラダー・トレーニングなど、基礎トレーニングをしていた。
公世に関しては、ジョギングから戻ったら、ラダー・トレーニング(縄ばしごを敷いて、それに引っかからないように素早くステップする練習)をする。更に“竹刀を持たずに”沙苗の攻撃からひたすら逃げ回る練習とかもさせた。彼はとにかく足腰を鍛えさせる。また越智さん、千里、清香などの試合を見学させ、フットワークの使い方をイメージトレーニングさせた。
「3人とも攻撃のタイミングが全然読めない」
「常に細かく動き回っていることで、攻撃のためのステップを隠せるんだよ」
「そっかー」
「常時、いくぞ、いくぞ、いくぞ、という気持ちでいることが大事」
練習は8:00-10:00, 12:00-14:00, 16:00-18:00, 20:00-21:00 の2時間ずつ1日4回で、練習終了後にはお互いにマッサージしあい食事のあと仮眠も取る(よく眠れる)。
「疲労で眠れるからオナニーする必要が無いな」
などと言っていたのは、もちろん清香である!その発言を聞いて公世はドキドキした顔をし、灰麗は恥ずかしがって下を向いていたが、越智さんは
「運動は何よりの睡眠剤だよ」
と笑顔で返していたので『人間ができてる〜』と沙苗は思った。
食事→7:00朝食、11:00昼食、15:00おやつ 19:00夕食、22:00夜食!
マッサージについては、清香・柔良、千里と玖美子はお互いにマッサージしあい、沙苗は公世をマッサージしてあけるが、公世が沙苗の身体に触るのを恥ずかしがったので、沙苗のマッサージはコリンにさせた(たぶん公世より巧い)。
越智さんは毎日夕方からは後輩の江向さんという人も呼んで、上位陣の練習相手をさせていた。彼が坊主頭なのでギョッとしたが、現役の警察官と聞いてホッとした。段位は三段である。
江向さんは千里や清香の良き練習相手となったが、実は江迎さん自身、この2人にはかなり本気で対峙しないと、マジで負けそうと感じたらしい。
「工藤さんも足腰が強くなると、木里さんや村山さんに追いついてくるかもよ」
と江向さんが言うので、やはり自分はあの2人よりマジで弱いんだなと思い(実際1本も取れない)、公世は練習に熱が入った。
また沙苗は精神面の脆さを指摘され、毎日30分間の座禅をさせられていた。確かに沙苗の最大の欠点が精神力なのである。
「沙苗も稚内に一緒に来ない?」
「選手でもないのに」
「公世ちゃんの練習パートナーに居るといいと思うなあ。部屋は私と玖美子の泊まる部屋に泊まっちゃえば分からないよ。だから交通費だけ自己負担で」
「行ってもいいかな。レベルの高い人たちの試合は見たい気がする」
ということで沙苗も行くことにした。
7月17-18日(土日)は、P神社・Q神社・R神社で例祭が行われた。
千里YはP神社の例祭に参加する。
初日早朝、宮司さんと数人の氏子男性により、静かに神輿が神殿から港へ運ばれる。日の出(4:12)とともに、神輿と宮司を乗せた船が港を出て沖合まで行き、神を迎える儀式をする。
(留萌は東側に山地があって日出は見えないが、その時刻に出港する)
戻って来た神輿はC町・A町とN町西部(東部には住宅が無い)を練り歩き、午前9時頃、神社に戻る。ここで純代(高2)と広海(中3)が舞を奉納した。町内会長さんが玉串奉奠をする。
10時頃、幼稚園〜小学校低学年の女の子たちによる巫女舞が奉納される。例年、外人さんの子供たちが入った舞になるので、いつも新聞社が取材に来てくれる。その後、幼い男の子たちにより、お魚を奉納する儀式がある。12時からは甘酒のふるまいがあり、午後は一般のイベントはお休みに入る。
拝殿では12時、14時、16時の3回、中学生5人による巫女舞が奉納される。今年舞ったのは、広海(中3:リーダー)・蓮菜・穂花・沙苗(以上中2)・結花(中1)である。中2世代の半常駐巫女が多いが世代継承していく必要があるので今年は1年生の結花に入ってもらった。このほか、恵香が笛係を務める。
巫女舞に関わらない子を中心にお札・お守り・縁起物などの頒布が行われる。ふだんはお客さんの少ないP神社も今週はQ神社・R神社の例祭のついでに来てくれる参拝客が結構来てくれて、限定品の縁起物“藁造りの三尾の狐”も夕方までには売り切れた(今日と明日、そして来週も販売する:5月頃から主として小学生たちの手で作られていた。安平町の伝統が途切れてしまったので、これは現在留萌P神社にしか無い)。
夕方(日没19:07)からは大人の氏子さんたちによるお神楽が奉納された。
多くの巫女は16時の巫女舞が終わった所で帰宅させたが、千里は梨花さん・花絵さんとともに、御神楽を見守ってから20時すぎに帰宅した。仕事は無かったのだが、恵香も御神楽が終わるまでそれを(観客として!)見ていた。(結局恵香は梨花さんとともに、花絵さんが車で送ってくれた)
2日目18日。
午前中は神輿がまた町内を巡り歩き、神社に戻った所で純代と広海の舞が奉納される。
午後からは神前で芸能が披露される。恒例になっている、旭川A神社から招いた雅楽の楽団による演奏に続き、留萌黒潮太鼓の上演、留萌尺八合奏団の上演、地元幼稚園児の楽器演奏、N小吹奏楽部の演奏、N小合唱サークルの演奏、地元の民謡家による民謡歌唱・舞踊披露などが続く。最後はソーラン節の大合唱と踊りで締めくくられる。
ここで中学生5人による巫女舞が再度奉納され、おとなの氏子さんたちによる木遣り歌の奏上後、宮司が笛と太鼓の音に合わせて祝詞を奏上する。太鼓は巫女長の梨花さんが打つのだが、笛について昨年は恵香が直前に指を痛めて千里が代わった。でも今年は恵香が普通に務めた。
その後、氏子さんたちにより神輿は港に運ばれ、宮司とともに沖合に出て、日没(19:07)と同時に神上(かみあげ)の儀式が行われ2日間に渡った例祭は終了する。
みんなが引き上げた神社では、ボランティアによる境内清掃が行われた上で21:50から宮司・梨花・純代・花絵・千里の5人だけで秘密の神事が行われる。
これが22:00に終了して、例祭は完全に終了した。深夜に及んだので、花絵さんが梨花と純代を自宅まで車で送って行った。千里は「あんたは大丈夫だよね?」と言われて放置された!
(例によって22:15頃に千里が帰宅して遅めの晩御飯を食べていたら、漫画を読んでいた玲羅から「お夜食?」と言われた)
一方、この2日間、千里Bのふりをした千里Vが留萌Q神社の例祭に参加した。
初日(7/17)の朝8:00、千里Vは青い髪ゴム・青い腕時計を着けて千里Bを装い、龍笛“織姫”(No.200)とサブの龍笛 Tes.No 224 を持って、セーラー服姿でQ神社に姿を現した。小春やヒツジ子たちの目には千里Bが出現したように見えるが、実はW町のGとVが住んでいる家から転送移動しただけである。
細川さんや香取巫女長などと打ち合わせる。
9時、神輿(みこし)の担ぎ手が集まった所で宮司が神降ろしの儀式をして、神霊が神輿に宿る。そして神輿は留萌市街地を一周した後、いったん神社に戻る。ここで龍笛・太鼓が鳴り響く中、巫女舞が奉納される。
ここで龍笛(No.224)を千里が吹き、太鼓を里恵さんが打った。巫女舞は経歴の長い循子さんが要(かなめ)で、その後ろに和世さんと映子、その後ろにバイトの巫女さん(地元の高校生)が3人並んだ。
巫女舞の後、宮司が貢ぎ物(スケソウダラ・エビ・ホタテ・昆布・数の子)を神殿に供える。そして今度は映子が龍笛を吹いて、それに合わせて宮司が祝詞を奏上した。それから神社庁からの使者(献幣使)が献幣を行い、祭詞を奏上する。
その後、氏子さんたちによる御神楽が15分ほどにわたって奉納され、更に旭川Q神社から来た男性8人(龍笛・篳篥・笙/楽太鼓・鉦鼓・羯鼓/琵琶・箏)による雅楽の奉納があった。
宮司と献幣使が玉串を奉奠し、初日の儀式は終わる。
初日の午後には様々な芸能が奉納される。
留萌尺八合奏団の演奏、留萌黒潮太鼓の上演が行われる(この2団体は翌日はP神社で演奏した:今年は留萌人形浄瑠璃は人が集まらず上演できなかったらしい)。その後は、ほぼ素人カラオケ大会と化し、地元の人たちが自由にステージにあがって、民謡・演歌などを歌っていた。千里たちは、頒布所で、お守りやお札の販売をしていた。境内および鳥居前の道路には30-40個の出店が並んでいた。
千里たちは中学生なので18時で、高校生も20時で開放されて帰宅したが、夜22時から神輿が運行されて、S中そばにある御旅所に入ったはずである(京子さんが笛を吹いたはず)。
(中学生は20時以降、高校生は22時以降使えないので、千里が朝の笛、京子が夜の笛と分担している。千里が居ないと京子が両方吹かないといけないので、昼間仮眠を取るにしても、とても辛くなる所だった)
なお千里はQ神社を出てすぐにW町の自宅に転送帰宅した。小春たちの目には消滅したように見えるので、1日お祭りで疲れたから消えたのだろうと思った。
(16-18日は千里YがC町の自宅に帰宅している。但し16日にカレーを作ったのはカノ子)
7月18日(日).
翌日朝8:30 千里はS中そばの御旅所に姿を現した。
9:00.
御旅所で、里恵さんの太鼓に続いて、千里の龍笛(織姫)が鳴り響く。そして宮司の祝詞が始まる。
千里の龍笛が始まった途端、神輿の担ぎ手の男衆たちがピタリと動きを止めてそちらを見た。約10分間の祝詞の間、里恵の太鼓と千里の龍笛が続くが、その間誰も身動きしない。ただ幾人か、チラッチラッと上空を見上げていた。
そして祝詞がクライマックスに達したとき、まるで祝砲でも撃つかのように雷鳴が鳴り響いた。
祝詞が終わり、太鼓と龍笛も終わる。
みんなまるで呪縛から解かれたかのように動き出し、またしゃべり出す。
「すげー笛だった」
「巫女さん、凄い気合入ってたね」
「なんか凄い雷鳴があった」
「かみなり(神成り)だと思う」
9:20
神輿は御旅所を出て国道を通り、留萌の市街地を回る。そして10時半頃に神社に戻る。千里と里恵は御神輿が出た後、車で神社に戻っていたが、神輿が到着すると、里恵さんの太鼓と千里の龍笛(これも織姫)に合わせて巫女舞が奉納される。そしてこれも巫女舞のクライマックスで、突然雷鳴が響いた。
巫女舞の後は、雅楽の演奏があり、宮司の祝詞があって、その後はしばらく神事はお休みになる。境内では、お酒がふるまわれ、また限定品の縁起物“連雀笛”が頒布される。
その後、弓道の模範演技、剣道の演舞、アイヌ舞踊の奉納などが続き、J小剣道部の児童たちによる剣道試合も行われた。そのあと、ちびっこ相撲大会、浴衣の女の子たちによるカルタ大会も行われた。
夕方、再度巫女舞が奉納された後、神上げの儀式が行われて、Q神社の例祭は終了した。
千里たち中学生は、お祭りの終わりまでは付き合わず、18時で解放されて帰宅した。例によって千里は神社を出るとすぐに消滅した(W町の自宅に転送帰宅)。
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【女子中学生・ひと夏の体験】(3)