【女子中学生・ひと夏の体験】(6)

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熊肉パーティーが終わったのは、20時すぎ頃である。熊1頭8人でほんの1時間ほどでぺろりと丸ごと食べちゃったのは大したものである(1人10kg以上食べてる)。
 
この子たち、食費たいへんそう!
 
「明日は私吹奏楽の大会に行ってくるから来るの遅くなると思うけどよろしくー」
「はい。適当にやってますよ」
「吹奏楽って何演奏するんですか?」
「フルートだよ」
「吹いてる所見たーい」
 
「でもフルート持って来てないや」
「誰かに取ってこさせるといいですよ」
「女に行かせたほうがいいな」
「男が行くと、家ごと壊してしまうかも知れん」
 
荒っぽい奴らだな。
 
「誰がいいと思う?」
 
「千里ちゃん、大裳(たいじょう)を呼ぶといいよ。この手の用事はあの子が得意。物のありかをすぐ見付けるから」
と言っているのは、びゃくちゃんである。びゃくちゃんも女の子なのに!
 
それで呼び出す。
 
未(ひつじ)の方位(南から30度西)を向き、召喚呪文を唱える。
 
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥(シチュウインボウシンシゴビシンユウジュツガイ)の未(ビ)。大裳(たいじょう)、我が許(もと)へ本体を顕せ(あらわせ)」
 
それで召喚されて中年の漢服っぽい服装の女性が現れた。1000歳くらいかな。
 

「大裳(たいじょう)ちゃん、こんにちは。よろしくー」
「千里さん、よろしく。“たいじょう”でもいいけど“たいも”と読まれるほうが好きだな」
 
「じゃそれで」
と言っていたら、歓喜が
 
「ニックネームつけてやりなよ」
と言っている。
 
「じゃ、たいちゃんとかでもいい?」
「可愛くて好きかも」
と彼女は微笑む。
 
「P神社って分かるかな」
「私の手を握って」
 
どうも手を握ることでこちらのイメージが彼女に流れ込むようである。
 
「倉庫部屋の2番目の桐箪笥の3番目の引出しに入れてたと思うんだよ」
「了解」
 
それで5分ほどでフルートを取って来てくれた。
「ありがとう」
と言って受け取る。
 

そしてそのフルートを構えて吹いてみせる。
『主よ、人の望みの喜びよ』である。
 
ドレ・ミソファ、ファラソ・ソドシ、ドソミ・ドレミ、ファソラ・ソファミ、レミド・シドレ、ソシレ・ファミレ、
ミドレ・ミソファ・・・・
 
という曲である。『山の魔王の宮殿にて』と『精霊の踊り』とか吹いたら、こいつら踊り出して、せっかく建てた家が壊されるかもと思い、この選択にした。
 
しかし彼らが千里のフルートに聴き惚れているようなので、快感!だった。
 
吹き終えるとみんな拍手してくれる。
 
「マジでうまい」
「横笛を吹く少女は絵になる」
「俺絵に描いちゃった」
と言って、げんちゃんが絵を見せる。
 
おぉ可愛く描けてる。よく短時間でこれだけ描くものだ。
 
「龍笛は吹かないの?」
「吹くよ。たいちゃん、申し訳無いけど、取って来てくれない?フルートの横にあったと思うんだけど」
 
「そういうことになりそうだったから一緒に持って来た」
「おお、サンキュ」
 
なるほどー。この子は短時間先の未来予測ができるんだなと千里は思った。
 
それで龍笛(No.228)を構えて神楽の曲を吹くと、フルートの時は楽しそうに聞いていた眷属たちがみんなシーンとしている。ありゃあ、お気に召さなかったかなと思いながらも吹き続けてやがて終曲する。
 
「お粗末様でした。ごめんね。へたくそで」
「いや、凄かった」
「身動きできなかった」
「雷でも落としたくなった」
「こんな凄い龍笛はなかなか聴けない」
などと彼らは言っている。
 
「千里さん、マジでうまいよ。今回仕事仲間になった、天野貴子さんというか天乙貴人さんといい勝負じゃない?」
 
などと彼らが言っているので、千里は
 
「へー。きーちゃんが天乙貴人役なのか」
と思った。今後のことは7月31日に分かると言ってたのはそういうことか!
 

「でもこのミニ精霊、私の周囲を飛び回ってて邪魔だなあ。取り外しててもいいんだっけ?」
「各々と一度でも会って言葉を交わせば、後は外していいですよ」
「じゃ外そう」
と言って、千里はミニ精霊の中でこの日会った勾陳、騰蛇、六合、青竜、玄武、白虎、大裳の7人の召喚アイテムを掴むと取り外しちゃった!
 
「・・・・・」
「どうかした?」
 
「よく識別して取り外せるなあ」
「そう?」
 
その後もしばらく談笑し、20:45頃に解散する。
 
「じゃ千里さん今後ともよろしくー」
と言って、彼らは散っていった。
 
びゃくちゃんに自宅まで送ってもらった。虎の背中に乗るのも快適だった。「毛並みがしなやかできれーい」と言ったら照れていた。
 
しかし今日の彼らの様子を見ていて千里は思った。今自分を乗せてくれている、びゃくちゃんは、女性だけどわりと男っぽい。腕力も男並みのようだ。焼き肉パーティーの最中に倒れてきた木(勾陳が引き抜きかけて途中で外れていた木)を軽く片手で放り投げていた。一方で男性陣の中で、せいちゃんは男ではあっても少し女性的だ。言葉遣いも優しい。
 
まあ12人いると、確率的にそういう人たちが出るよね。せいちゃん女装しないのかなぁ?などと千里は妄想していた。
 

千里(千里R)は熊肉を300gほど取っておいたのを持ち帰り(それ以外に母用と玲羅用もある)、家でプロ野球中継を見ながら寝転がっていた父に「お土産」と言って渡した。
 
「これは熊肉か!」
「お友達のお父さんが仕留めたんだよ」
「ああ、それは素晴らしい」
と言って、父は美味しそうに食べていた。
 
「ビール飲んでいい?」
「11時まではいいんじゃない?」
 
機関長である父は、出港の30時間前(土曜日の23時)からは禁酒になる。むろんそれ以前でも深酒は厳禁である。
 
父はビールを飲みながら、楽しそうにプロ野球のこととか、船の上のできごととかを話していた。千里はたまにはこういう話を聞いてあげるのも親孝行かなと思った。
 
この日、母と玲羅に“千里”は22時頃旭川から帰ってきたが、父は(満腹して)寝ていたのでそっとしておいた。
 

8月1日は、朝から吹奏楽の大会で今年も会場となる文化センターに出て行った。昨年は中学はC部門3校、B部門4校だったのだが、今年はC部門4校、B部門3校であった。昨年B部門に出ていた1校が今年は人数が足りずに課題曲が演奏できずC部門にしたようであった。
 
年々人数が減ってるからなあ。
 
それで千里たちはB部門3校の2番目で演奏した。助っ人が多いので全員揃ったのは今日が初めてなどという状態たったにもかかわらずノーミスで演奏できたので
「私たち天才ね」
などと言い合っていた。
 
結果は今年も金賞だが、道大会に進出するのはR中で、S中は進出しない。(B部門3校の内、R中とS中が金賞、もう1校が銀賞)
 
ということで大会は11時頃には終わってしまった。
 

「ごめん。ちょっと用事があるから帰るね」
と言い、タクシーでC町まで行く。(他の多くの子は午後の高校や一般の部も見る)
 
そこから今日はりくちゃんに迎えに来てもらって、現場に入った。
 
見ると、また焚き火をして、イノシシ!?を焼いて食べている。大きさは昨日のヒグマの半分くらいだ。
 
「そのイノシシは?」
と千里が訊く。
 
北海道にはイノシシは棲息していない!
(ブラキストン線の南のみに分布)
 
「ああ、歓喜がちょっと飛んでって、青森で捕まえてきました」
「それは素晴らしい」
 
ということで、千里もお裾分けをもらった。
 
豚肉に似ていて、なかなか美味しい。
 
でもこの子たち食料は自分たちで確保するみたいね。
 
さすがに毎日ヒグマは捕まえられない。
 
なお今日来ているのは、昨日のメンツの内、たいちゃん以外の8人である。彼女には力仕事は無理だろう。
 
なお、歓喜と九重が
「俺たち主人が居ないから、千里さん、眷属にしてください」
と言うので、彼らとも契約を結び眷属にした。
 
なんか大量に眷属が増えた気がするぞ。ほんとに食わせていけるかな。と少し不安になった。
 

建物はかなり改造が進んでいた。とうちゃんが状況を説明してくれる。
 
まず、家の周囲には害獣(主としてエゾシカとヒグマ)侵入防止用の塀を二重に張り巡らせてくれていた。これは目隠しにもなるなと思った。早川家の土地はちゃんと境界を示す石が打たれているので、それを見てその内側に塀を作ってくれたようだ。
 
地下に貯水槽と浄水装置を設置して、そこから簡易な水道が使えるようにし、水も適当な場所(ってどこ?)から運んできて貯水槽に入れている。今後は雨水を雨樋で導いて貯水槽に入れるようにしてくれる。
 
「足りなくなりそうだったら言ってください。適当な場所から運んできますから」
「よろしくー」
 
バスルームひとつの他にシャワールームも3つ造り込んでいる。また太陽光パネルを設置して電気が使えるようにしている。地下の貯水槽から屋根のタンクに水を揚げるのもこの電気を使っている。
 
ちなみに、実は作業中にうっかり昨日持って来た倉庫を九重が潰しちゃった!のだが(百叩きの刑に処せられた)、すぐ代わりの倉庫を持ってきて、再度フローリングを敷いたことは千里には内緒である。それで昨日のフローリングはミズナラ(無料)だったが、新しいフローリングは江差のヒバである!(代金は九重に払わせた:九重が払うならというのでヒバを使用した!)
 
またついでに板の“向き”を変更した。
 
昨日のフローリング
┏━━━━━━┓
┠──────┨
┠──────┨
┠──────┨
┗━━━━━━┛
新しいフローリング
┏┯┯┯┯┯┯┓
┃││││││┃
┃││││││┃
┃││││││┃
┗┷┷┷┷┷┷┛
 
こういう造りにすると、将来試合場を3つ作りたくなった時に拡張しやすい。実は昨日勾陳は、板を敷いてしまい、グラインダーを掛けている最中に気付いたのだが、今更作り直せないので気にしないことにしていた。九重が壊したので、新しい倉庫ではやり方を変更した。
 

お昼(イノシシ)を食べていて、青龍がそのことに気付いた。
 
「この家に入る道。狭すぎません?」
「ああ。狭いなとは思ってた」
「少し広げていい?これじゃ軽自動車だって通れない」
「いいよ」
 
(この進入路は歩行用で、実は軽自動車なら別の進入方法はあるのだが、目印とかも無いので千里くらいにしか分からないと思う:多分大裳にも分かる)
 
「よしひと仕事しよう」
と言って8人の男たち(女もひとり居るけど)は、お昼ごはんの後、ほんの2時間ほどで、道路からこの家に至る50mほどの進入路の幅を拡張して小型乗用車(車幅1.7m)なら通れるようにしてくれた。
 
そして最後は家の方の改造を16時頃までに完了させてくれた。
 
快適な練習場がほんの1日でできてしまったのである。8人がかりとはいえ、物凄い能力だ。
 
千里はこの子たちは凄く有能だ。かなり使い手があると思った。でもどうも最初に勾陳を呼び出したのが正解だったようだ。
 
ちょっと態度悪いけど!
 
なお彼らには、キタキツネは自分が眷属として使役しているので捕食しないようにお願いした(三重に居る小春からテレパシーで頼まれた)。
 
「ああ、キツネみたいな小さな動物は腹の足しにならないから食いませんよ」
と彼らは言っていた。
 

作業が終わった後、千里は彼らを留萌市内の1軒の空き家に連れて行った。ここはつい先日まで市の助役さんが住んでいたのだが、怪異が酷いので、他へ引っ越して行ったのである。千里は前からここに目を付けていた。
 
(昨年12月にここでお祓いをしたのは千里Yで、今日ここに勾陳たちを連れてきたのは千里R)
 
「ヒグマやイノシシほど美味しくないけど、こいつらを好きなだけ食べていいよ」
「おお、これは素晴らしい」
 
「ここってあちらに○○があるから、どんどん悪霊が増えるんだよ。だからいくらでも流れてくるから、餌場にはいいと思う、いつでも来て食べていいから」
 
「こういうのも好きですよ〜」
と言って、彼らはその家に大量にあふれている悪霊たちを楽しそうに捕獲しては捕食していた。どうもゲームでもやってるような感覚のようであった。
 
(多分人間が銛(もり)で魚を獲るのに似た感覚)
 

ところで千里Yは7月19日から三重県の河洛邑で光辞の朗読をしていたのだが、7月31日は「ずっと籠もっていると疲れるだろうし、少し気張らししておいで」と言われて、近隣の遊園地に、真理さんとその娘の紀美(中2)・貞美(小6)と一緒に4人で遊びに行っていた。
 
でも紀美は同年齢だからかも知れないが、どうもこちらをライバル視しているみたいで、あれこれ議論をふっかけてくるので、正直閉口していた。
 
まあ河洛邑との付き合いも恵雨さんが生きている間だけだろうけどね。
 

千里は今回河洛邑に来て、故・遠駒来光(恵雨の夫)の高弟だった湯元さんが居ないことに気付いていた。彼は教団の事実上のNo.2だった。もし怪我したとか病気とか、あるいは亡くなったとかなら、そう聞くはずだ。しかし彼のことに誰も何も言及しない。おそらくあまり円満ではない形で教団を離脱したのだろう。
 
P神社の宮司さんの話では理数協会も1980年代のオカルトブームの頃はかなり話題になり、“都々の宮”への参拝者も凄かったが、今は恐らく往時より1桁少なくなっているのではないかと。それで幹部の離脱も起きているのかも。
 
遠駒恵雨さんは、自分の後継者について何も言わない。きっと自分の代で閉じるつもりではと千里は思う。藤子さんや真理さんは後を継ぐ気無さそうだし。
 
紀美ちゃんが一派立てるかも知れないけどね。
 
この子、そういうの好きそうだし。
 
恐らくは、恵雨さんは、自分の死後、教団も解散した後の光辞の散逸を恐れて、留萌に分霊を作ろうとしているのだろう。この分霊のことは、ごく少数の人しか知らない。
 

なお留萌の光辞の“写し”は、真理さんが書写したもの(A)と、それを更に千里自身が書写したものがあり、更に千里は書写する時にカーボン紙を使用して2部(B)(C)できるようにしている。つまり3セットの“写し”があるし、更に(A)をコピー機でコピーしたもの(D)まであるので、光辞が4セット存在することになる。光辞の写しは、千里が読まなくてもいい部分(多くは発表済みの部分)まで送られてくるので、恐らく来年の春頃までには全部揃う。
 
光辞は“分散して保管して”という恵雨さんのことばに従い、真理さんの書写したものをP神社の物置!、千里が書写したものの内(B)をP神社境外摂社・鈿女神社の地下倉庫に、(C)は旭川A神社に借りた倉庫に収納している。そしてコピーの(D)はP神社内の資料室の立派な棚に桐の箱に入れて!保管している。
 
恵海さんの後継者を自称する人物(本当に紀美だったりして?)が返還を要求した時のための備えとして、恵雨さんはこういう体制を依頼したのである。(D)は向こうが暴力で奪いに来た場合の備えである。大事なものがまさか無造作に物置に置かれているとはなかなか思わない。鈿女神社の地下倉庫はそんなものが存在することは、千里と小春以外知らない(翻田宮司も知らない)。またA神社の分霊のことは翻田宮司のみが知っていて千里も知らない、つまり全ての分霊の在処(ありか)を知る人が居ないようにしているのである。全てにアクセスできる人を作らないというのは、セキュリティの基本である。
 
このような保管体制にあることは、真理さん・藤子さんも知らないし、恵雨さんでさえ具体的なえ保管場所は知らない。
 

31日は遊園地で夕方までたっぷり遊んで、そろそろ帰ろうかなどと言っていた時のことである。千里は唐突に自分の周囲に何かが飛び回り始めたような気がした。
 
最初はアブか何かかとも思ったのだが、実体が見えない!ことから、これはもしかして霊的なものかと思い至る。真理さんが気付いて言った。
 
「千里ちゃん、何か憑いてる」
「やはり、そうですか。これって祓うべきものじゃないですよね」
「うん。私もよく分からないけど、千里ちゃんを守護してる気がする」
「へー」
「詳しいことは、たぶんうちの母(藤子)に聞いたほうがいいかも」
 
この場に居る人で千里の周囲を飛び回っているものが見えているのは真理さんのみで、2人の娘には、見えるどころか何も感じられない様子だつた。
 
霊的な能力は隔世遺伝になりやすいので、来光と恵雨の息子の光風さんにも前妻さんとの息子・光林さんや光海さんにも、全く能力が出なかったが、孫の真理さんには能力が出た。そして真理さんの娘2人にはその手の能力が無さそうである。もしかしたら、紀美か貞美の子供に能力が出るかもね?
 

通路の一角で2人組の芸人さんがトークをしていた。最初男女のペアに見えたが、近くまで来てみると、どうもひとりは女装しているようである。本物の女装者ではなくドラッグっぽい。それを見て紀美が言った。
 
「私、女装男って大嫌い。男のくせに女を装って女子トイレとかに入る奴は全員痴漢の重罪犯として銃殺刑に処すべき」
 
まぁ、過激ね!
 
貞美ちゃんの方は寛容っぽい。
「殺す必要無いと思うなあ。全員性転換させてあげればいいじゃん」
などと言っている。
 
この芸人さんはきっと性転換はしたくないだろうけどね!
 
真理さんは
「単にトイレを排泄のために利用するだけならいいんじゃない?」
などと言っていた。
 

それでとにかくも帰ろうとした時のことだった。
 
突然真理が倒れたのである。
 
「真理さん!」
「お母ちゃん!」
 
紀美が真理の身体を揺すろうとしたが
「揺すったらダメ!」
と言い、
「真理さん、私の声が分かりますか」
と呼びかける。
「分かる。ごめん。少しのぼせたのかも」
と真理は答えるが声が弱々しい。
 
身体に触ると熱い。
 
熱中症だ!と思った。すぐ日影に移したいが、中学生と小学生の女子3人で推定60kgくらいの真理さんの身体を動かすのは無理だ。
 

「紀美ちゃん。誰か遊園地のスタッフさんを呼んできて」
「うん」
と言って駆けていく。
 
「貞美ちゃん、こっちの方角に100mくらい行った所に自販機があるから、アクエリアスかお茶か買ってきて」
と言って100円玉を5枚渡す。
「うん」
と言って、駆けていく。
 
しかし困ったなあ。誰かおとなの人が来るまで動かせない。
 
通行人が何人か立ち止まる。が誰も手伝ってくれようとしない。きっと関わって何かあった場合に責任を問われたりするのを怖がっているのだろう。
 
その時ふと千里の脳裏に4年前に自分が羽田空港で“うっかり死んじゃった”時に、きーちゃんが介抱してくれたことを思い出した。
 
そういえば、きーちゃんとは1年半くらい会ってないけど、病気でもしてるのかなあなどと思った。私が死んだ時、きーちゃんはどんな治療をしようとしてたっけ?などと考えていたら、当のきーちゃんが姿を現した。
 
「きーちゃん!?」
「呼ばれたような気がしたから来た」
「きーちゃん、久しぶり!この人、熱中症みたいなの、何とか日影に移せないかな」
「久しぶり??それより私と千里で持とう。きっと2人でなら持てる」
「うん」
 
(“この千里”はきーちゃんと会ったのは小学生の時以来。でもきーちゃんとしては毎月“千里”には会ってる)
 
それで、きーちゃんが真理の頭と肩を抱え、千里が足を持ち。木陰へ移動する。
 
2人がその作業をし始めたら
「手伝いますよ」
 
と言って、さっきの2人組の芸人さんが手伝ってくれた。異変に気付いて駆け寄ってくれたようだ。この2人がさすが男性だけあって物凄く戦力になった。
 

それで4人がかりで、何とか真理の身体を木陰に移すことができた。
 
「熱中症だね」
「ですよね」
「経口補水液を飲ませたいな」
「ある?」
「持ってくる」
と言って、きーちゃんはほんの1分ほどで経口補水液を持って来てくれたので飲ませる。それを飲ませていたら、貞美がアクエリアスを2本買ってきたのでそれも飲ませる。
 
これで真理はかなり体のバランスを回復したようである。
 
「千里、塩持ってるみたいね。それ出して」
と、きーちゃんが言う。
 
「あ、そうか。塩分も大事なんだ」
 
それで千里は、お清め用にいつも持っている塩の容器を出すと掌に少し振り掛け
「これ舐めて」
と言って、真理に舐めさせた。
 

そんなことをしている内に10分ほどで真理はだいぶ体力を回復したようである。そこに遊園地の男性スタッフさんが4人、担架を持って走って来た。
 
「熱中症ですか」
「そうなんです」
「病院に運びましょう」
と言って、真理を担架に乗せる。そして静かに運んでいく。濡れタオルを額に載せてくれた。
 
千里と貞美、それにきーちゃんが心配そうに付いていく。
 
「あれ?紀美ちゃんは?」
と言って周囲を見回す。
 
スタッフさんに訊く。
「すみません。スタッフさんを呼びに来た女子中学生を知りませんか?」
「え?女子中学生?」
「私たちはウーマン&シーマンさんの電話連絡で来たんですが」
 
どうもあの芸人さん2人が(業務用の連絡網で?)連絡してくれたようだ。結局紀美が死刑だなんて言ってた人に助けられたことになる。
 
で、その紀美は?
 

「迷子になっちゃったんじゃないかなあ。お姉ちゃん、極度の方向音痴だもん」
と貞美が言っている。
 
え〜〜〜!?こんな時に余計な手間を。
 
「きーちゃん、申し訳ないけど、この子と一緒に真理さんに付いてて。私、紀美ちゃんを探してくる」
「分かった」
 
それで千里は目を瞑って紀美の波動を探す。
 
遊園地は人が多いので、人を探すのは難しい。似たような波動の人もいるのでその度に精査する。それで5分くらい探していた所で、やっと見付けた!
 
なんか遊園地の反対側にいるじゃん!なんでそんな所まで。
 
千里はきーちゃんの携帯に電話した。
「紀美を見付けたけど、かなり遠くに居る。これから連れていくけど時間がかかりそうだから、申し訳無いけど、病院まで付いていってくれない?」
「OKOK。気をつけてね。千里も水分取ったほうがいいよ」
「ありがとう」
 

確かに自分が倒れたらどうにもならんと思い、千里は近くの自販機の所まで行き、アクエリアスを1本買って飲み干す。それから紀美の居る方向へ歩いて行った。
 
20分ほど掛けて紀美をキャッチする。
 
「千里ちゃーん」
「紀美ちゃん大丈夫?」
「心細かったよぉ。スタッフっぽい人に全然会わないし」
「乗り場の所に立ってる人でも捕まえれば良かったのに」
「そうか!その手があったか!」
 
どうも入場ゲートまで行って、その傍にあった救護室に行くつもりだったのかも。でもきっと母親が倒れてパニックになってたのかも?
 
それで彼女にも水分補給させて(桃の天然水を飲んでいた)、一緒に遊園地を出る。そしてタクシーに乗り、きーちゃんから連絡のあった病院に向かった。
 
一方きーちゃんは千里に電話連絡した後、首を傾げていた。
 
「いつもの携帯番号と違うけど、あの子2台持ってるのかな」
 

真理は大したことないようだったが一応一晩入院させることにする。
 
真理さんの夫・高木東治さんと、母の藤子さんが駆けつけて来てくれたので、病院の手続きをしてもらう。子供たちは帰した方がいいということになり、千里・紀美・貞美の3人で電車で帰ることにした。
 
21時頃、何とか河洛邑に帰着した。紀美・貞美を恵雨さんに託す。
 
恵雨さんにしても、向こうで会った藤子さんにしても、千里の周囲を飛び回っているものに興味津々だったようだが、真理の病状、子供の世話とかが優先で、今日は何も訊かなかったようである。
 
自分の部屋に下がると、千里はベッドに横になり
 
「疲れたぁ!」
と呟く。
 
「きーちゃんありがとね」
と言うと、彼女が姿を現す。
 
「藤子さんや恵雨さんに見られたらさすがに正体がばれそうだったから隠れてた」
「そういえば、きーちゃんの名前、恵雨さんと同じだね」
「そうそう。あの人も貴子なんだよねー。本名は」
 

「でもきーちゃんって遠くからワープしてくる能力も持ってたのね」
「千里が召喚したから、そのチャンネルで来ただけだけど」
「召喚した?」
「だって、“アイコン”を使って私に呼びかけたじゃん」
 
千里は少しだけ考えたが、すぐ分かった。
 
「私の周りを飛び回っているのは、召喚アイテムか」
「まさか知らずに使った?」
「そうだったのか!いや、今分かった。だったらこれ使ったら遠くからでも呼び出せるの?」
 
「遠くからだと時間かかるけどね。通常の移動よりはずっと速い」
「便利だねー。じゃもしかしてこれひとつひとつが別の精霊の召喚アイテム?」
「そうそう」
「そうだったのか」
と言うと、千里は自分の周囲を飛び回っているアイコンを“シールド”して霊的にも遮蔽した上で、
 
「騰蛇、朱雀、六合、勾陳、青竜、天乙貴人、天后、大陰、玄武、大裳、白虎、天空」
 
と“アイコン”の名称を唱えた。
 

「合ってる?」
「合ってる。さすがだね」
 
「今のは頭に浮かんだ名前を唱えただけだけど、これって何か意味あるの?」
などと千里が訊くので、きーちゃんは微笑んで
 
「十二天将というんだよ」
と言って、各々の“アイコン”が持つ性質を教えてあげた。
 
騰蛇♂ 羽根を持つ火の龍。十二天将のリーダー。
朱雀♀ 南の守護神で火行に属す。若く赤い鳳凰。ルフ鳥やフェニックスと同族。
六合♂ 幸せの龍。性質は温厚。人を和解させ協力させる力を持つ。
勾陳♂ 別名黄龍。中央の守護神。金色の大きな龍。乱暴で争いを好む。
青竜♂ 東の守護神で木行に属す。若い水の龍。頭脳派で財運をもたらす。
天乙貴人♀ 天を守る。天女属で、十二天将の事務局長。
天后♀ 海神の若い娘。交通安全の守護神。
大陰♀ 女性の守護神。知恵のある老婆。
玄武♂ 北の守護神で水行に属す。若い亀属。
大裳♀ 衣服や持ち物の管理者。未来予測ができる。
白虎♀ 西の守護神で金行に属す。若い虎族で看護婦さん。荒っぽいが悪気は無い。
天空♂ “姿”は無く遍在する。霧の神で物事を隠す力がある。
 

「ただし実際に呼びだされる精霊は、その役割に任じられているだけだから、結構本来の十二天将の性質とは違うけどね」
「それはひとりずつ会ってみよう」
と千里は楽しそうに言った。
 
「この中で勾陳だけは絶対気を許してはだめだよ。レイプされかねないから」
「襲われたら、ちんちん切り取っちゃうよ」
「あんたならできるかもね」
と、きーちゃんは言っていた。
 
翌朝会った恵雨さんが
「あら昨夜付けてたお供は?」
と訊いた。
 
千里Yはアイコンをシールドしてしまったので、もう見えないのである。
 
「何か付いてました?」
と千里がしらばっくれたので、恵雨さんも一時的に憑いてたものだろうかと思ったようであった。
 

さて、この7月31日(土)、旭川に出掛けたほうの千里も大変だったのである。
 
7月28-30日の晩に村山家で寝たのは千里Rである。千里Rは「この日旭川に行く」という約束のことは知らない。31日の朝5時に起きて御飯を炊き、みんな寝ているので自分だけカレーを温めて食べてから、
 
「P神社行ってくるね」
と寝ている玲羅に言うと、出掛けた(玲羅は聞いてない)。神社の裏手で素振りなどをするつもりである(それで夕方勾陳を召喚することになる)。
 
村山家を映すカメラで、Rが出掛けてしまったのを見て千里Vは、やはり自分が旭川に行ってこないといけないようだと判断して村山家に転送移動する(Bが出現したように見える)。
 
※実際問題として“精霊セット”を受け取るのは“エイリアス”にはできないことだったので、Vが旭川に行くことになったのは多分A大神の密かな策略。
 

9時頃起きてきた母、11時頃起きてきた玲羅に朝?御飯を食べさせ、お昼頃、母の運転するヴィヴィオで旭川に向けて出発する。
 
(父は10時頃起きてカレーを食べたがまた寝てしまった。たぶん夕方まで寝てる)
 

それで千里は玲羅と一緒に『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』を見た。母はその間に買物などをしていた。映画を見終わった後、千里が店内の公衆電話から母の携帯に掛けてみると、母はもう少し買物をしていたいようである。それで18時に待ち合わせることにした。
 
(千里Vは主としてGとの連絡用にすみれ色のピッチを持ち歩いているが、Bを装っている間は使用しない。Bは携帯を持っていない)
 
それで千里と玲羅は本屋さんに行った。玲羅が漫画を欲しがっていたので1000円札を渡して「これで買える範囲で」と言ったら自分のお小遣いも入れて3冊買っていた。
 
「ちょっとトイレ行ってくるねー」
と言って玲羅が出て行く。千里はお店の中でぶらぶらしていたのだが、千里Gから緊急連絡の脳間通信がある。
 
「玲羅が危ない。助けに行って」
「どこ?」
「ガイドする」
 
それでGの言う通り走っていくと、女子トイレである。千里Vはドアを開けたが、そこには異様な光景があった。
 

玲羅が個室ドアの前で何かにおびえるようにして、トイレの中の1ヶ所を見詰めている。入口の近くに、小学2−3年生くらいの男の娘が立っていて、何かを睨み付けている。玲羅が見詰めているポイントとその男の娘が睨み付けているポイントは同じ場所だ。
 
千里Yや千里Vはこの手のものに対する“視力”が弱い。4月に増毛に行った時も千里Yの目には家守さんが見えなかった。梨花さんにも見えたのに。それでVには何も見えないのだが、そこに何か居ると確信した。
 
左側に掃除用のモップが立てかけてある。それをさっと手に持つと、その何か居ると思われたポイントめがけて、剣道の竹刀を扱う感じで思いっきり振り下ろした。
 
(“この千里”は剣道からは1年4ヶ月離れてはいたもののRがたくさん練習しているので、その影響で結構な実力がある。そのパワーで打たれたら、弱い精霊なら即死する)
 
何か動物のようなものに当たった感触があった。
 
『ギャッ』
という悲鳴のようなものを聞いた気がした。何かが脇の窓から飛び出して行った気配がした。くそー。仕留められなかったかと思った。つまり結構強い奴だったことになる。下手すれば玲羅が殺されていたかも知れないと千里Vは思った。
 
「お姉ちゃん」
と玲羅がやっと声を出した。かなり恐かったようだ。
 

「大丈夫?」
「うん」
 
その返事を聞いて千里はホッとした。
 
その時、千里は入口の所に立っていた男の娘のことを思い出した。
 
「あ、君も大丈夫だった?」
 
「はい、ありがとうございます。あの、今の見えたんですか?」
「見えてないけど、何か居るなとは思った。だから、その居そうな所めがけて打ってみた」
「凄い勘ですね」
「君、イントネーションがこの辺の子じゃないね?」
「あ、はい。岩手から来ました」
「そう。気をつけてね」
「はい」
 
千里はVは「可愛い男の娘だったなあ」と思った。でも女装の技術が少し低いかな。指導してくれる人が居ないのだろう(*19)。きっとGちゃんが見たら「性転換して本当の女の子にしてあげたい」と言い出しそうと思った。
 
これが千里と青葉の初対面だったのだが、ふたりはその後、どちらもこの時の対面のことを忘れてしまった。
 
(*19) 実際青葉は今回の記念式典で多数の人から
「君どうして男の子なのにスカート穿いてるの?」
「最近は男の子でもスカート穿くんだね」
などと言われまくっている。
 
女装男子嫌いの女の子から、女子トイレに居る所を通報されたりもしている。
 
それにそもそも青葉は小さい頃からファッション・センスが酷すぎる。(母からネグレクトされ、青葉も姉も適当な服を着て育ったせいもあると思う)
 

千里はさっきの奴が仕返しに来た場合も考え、玲羅にはずっと付いていた方がいいと思った。それで、まだ約束時間には早かったが、一緒に待ち合わせ場所に向かった。途中ミスドを買ってあげた。
 
その時のことである。
 
「すみません」
と呼び掛ける声があった。
 
「はい?なんですか?」
と千里は振り向いて答える。フライトアテンダントか何かのような服を着た女性が立っていた。
 
「これ差し上げます」
と言って何かを差し出すので、千里は反射的に受け取る。
 
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
と玲羅が言った。
 
「え?今ティッシュか何かをもらったから」
と言ったが、手の中には何も無かった。そして目の前にはフライトアテンダントのような人も居なかった。
 

千里と玲羅は結局18時半に母と落ち合った。それまでの間に玲羅はミスドのドーナツを3個(オールドファッション、ストロベリーリング、ココナッツチョコレート:合計791Kcal)食べていたが
 
「お腹空いたー」(!?)
と言い、3人でおそば屋さんに入って食事をした(玲羅は天丼の大盛りを食べていた。よく入るものだ)。
 
そしてオートバックスで傷んでいた車のバッテリー、更にエアコンのフィルターを交換してもらった上で、20時頃に旭川を出て22時頃に留萌の村山家に到着した。
 
到着する少し前、家まで30mほどまで来たところで、千里VはW町の自宅に転送帰宅した(カノ子の目には30mルールでBが消滅したように見える)。
 
玲羅は、お姉ちゃん消えたな、と思ったが、珍しいことではないので気にしなかった!
 
「あれ?千里は?」
と母がエンジンを止めてから言うが
「先に降りたよ」
と玲羅は答えた。
 
実際、家に帰ると千里は居て、もうパジャマを着ているので、随分素早く着替えたなと母は思った。
 
「おかあちゃん、玲羅お帰りー。これ友だちのお父さんが仕留めたヒグマの肉。火は通ってるけど、冷めちゃったからチンして食べるといいよ」
と言って、母と玲羅に取っておいた熊肉を出す。
 
玲羅は
「わー!ヒグマ食べる食べる」
と言って、レンジでチンし、エバラ黄金の味を付けて美味しそうに食べていた。
 
母は「お腹壊しそうだからパス」と言ったので(母は牛肉でもお腹を壊す)、母の分は結局、翌日の朝、父と玲羅が半分ずつ食べることになる。
 
「へー。旭川に行って来たんだ?お疲れー」
と千里が言う。
 
「お疲れってあんたも一緒に往復したじゃん」
「うっそー!?」
 
玲羅がおかしそうにしていた。
 

この日、美鳳はH大神から“十二天将を呼び出すアイコン・セット”を渡され、旭川のショッピングセンターで「渡して」と言われ、旭川までやってきた。H大神に
「誰に渡すんですか?」
と訊いたら
「行けば分かる」
と言われた。
 
「行けば分かる」ということは、そこに霊的な能力の高い人が居て、見れば分かるということかなと思った。またH大神のここ数ヶ月の言葉から、渡す相手はたぶん若い女性のようだという気はしていた。
 
ところが現地に来てみると
「何これ〜〜〜?霊能者の集会でもあったの?」
と思った。
 
結構なパワーの霊能者が10人くらい、ショッピングセンターの中を歩き回っていたのである。
 
実はここに来ている霊能者の多くは、旭川近郊の**町で、行われた**教神殿落成20周年記念行事に招待され、全国から集まってきた人たちの一部がなだれ込んできたものである。それで関西や九州からまで実力者が多く集っていた。まさに霊能者の集会があったのである。(千里だけ別口)
 
美鳳は考えた。H大神は天野貴子さんに命じて、旭川周辺に十二天将の家を用意させた。ということは、渡す相手は北海道の人だ。それも旭川の近くに住む人だろう。それでまずは道外に住んでいる人は除外していく。また男性は取り敢えず除外することにした。
 
美鳳が3ヶ月ほど前に鶴岡で出会った川上青葉までいる。美鳳は
「この子に十二天将を渡したい!」
と思った。青葉は、若死にしなければ、絶対物凄い大霊能者になる。
 
(強い霊的能力を持つ人には若死にする人がひじょうに多い。佐藤小登愛もある意味、その例である)
 
この子は男の娘ではあるけど、女性に分類していいよね?ね?ね?
 

しかし冷静に考えると、青葉は十二天将を使うようなタイプではないことに気付く。青葉は眷属を使うのではなく、自ら動き回って、霊的なものに対処していくタイプ。駆逐艦型だ。眷属を使うのはむしろ空母型。自身はそれ程大きな霊的な能力がある訳ではなく、多数の眷属の止まり木になるタイプだ。
 
そういう人間は物凄く見付けにくい!!
 
だってそういう人間は、ごく普通の人に見えるから。青葉みたいに物凄いオーラを漂わせていたりはしないだろう。攻撃に弱い分、ステルス性能が高いはずだ。まさに空母である。
 
H大神様の意地悪〜。せめて相手の特徴とかでも教えてよ。例えば髪が長いとか手が8本あるとか(四面八臂?無茶なこと言ってる)、顔が馬だとか(ウマ娘か?)。
 

などと思っていたら、髪の長い美少女が凄い勢いで走って行くのを見る。
 
しかも美鳳の目には、その美少女には手が8本あるように一瞬だが見えた。顔は馬じゃないけど!
 
何?この子?と思って付いていくと、女子トイレの中に凄い状況を見る。
 
個室ドアの前に、少し霊感のある小学6年生くらいの少女が立っていて、おびえたようにして、トイレ内に居る大きな虎を見ている。その虎は美鳳お気に入りの青葉と睨み合っている。青葉の霊的なパワーではこの虎にはまだ勝てないと思った。しかし青葉がハッタリで凄い気合で睨んでいるので、虎は攻撃のタイミングが掴めないようだ。
 
恐らく、あの霊感少女が襲われそうになった所に青葉が助けに入ったのだろう。
 
(GはVを女子トイレに転送しようかとも思ったのだが、そこに青葉が助けに入ったので、Vが走って到達しても間に合うと判断し、転送しなかった。むろん万一の場合は自分がそこに行くつもりで真剣!を取り出して用意していた)
 

髪の長い少女は女子トイレに飛び込むと、その状況を見た途端、壁際のモップをつかんだ。そして物凄いスピードでそれを虎の上に振り下ろした。
 
そのパワーが少女の力とは思えないほど凄かったので、美鳳は仰天した。
 
この子は・・・・実は凄いのに、大したことないようなふりをしている。
 
つまりステルス型じゃん!
 
しかも美鳳がさっき考えた“髪が長い”“手が8本”というのにも該当する。(美鳳が勝手に考えた条件だが)
 
ただし、さっきは一瞬手が8本あるように見えたが、今は2本しか見えない。
 
物凄いパワーで打たれた虎は「ぎゃっ」という悲鳴をあげて逃げ出した。今のは即死してもおかしくないパワーだと思ったが、虎が丈夫だったのか、あるいは髪の長い少女は、まだ相手を殺すということに慣れておらず手加減したのか。
 

それでその後も見ていたら、虎に襲われそうになった霊感少女は髪の長い少女の妹だったようである。妹がこれだけ霊感があるなら、姉も最低でも同程度、ひょっとするとその数倍あってもおかしくない。そもそも妹の危機に気がつきかなり遠くから駆けつけて来たというのが、強い霊的能力を持つことを示している。
 
でもその能力を隠している!!
 
オーラだけ見たら、普通の一般人にしか見えない。
 
また、今手加減?したことからも想像できるのは、この子がまだ磨かれてない原石だということである。
 
髪の長い少女と青葉が言葉を交わしていたが、その会話内容から、この子が北海道の住民であることが分かる。そしてその後、この姉妹に付いていくと、2人が旭川近郊の留萌から遊びに出て来ていたことも分かった。
 
H大神が言ったのはこの子だ!
 
と美鳳は確信した。
 
そして“手の本数”について、よくよくこの子を“霊視”してみると、外見上は1人なのに、実は四重体(テトラマー)であることに気付く。もしかして本来四つ子で生まれるはずが1つに合体して生まれた子だろうか。でもそのせいで、この子、4人分のパワーを持っている。もしかしたら四重人格かも。でも4人もいれば眷属が12人いても1人3体ずつ世話することで、楽に十二天将を制御できたりして!?(勝手な想像)
 

それで美鳳はこの子に“十二天将アイコン・セット”をあげることにしたのである。この子には使い方を教えなくてもきっとすぐ使いこなす。
 
それで美鳳は千里に声を掛けた。
「すみません」
「はい」
と言って千里が振り返る。
 
「これ差し上げます」
と言って、美鳳は千里に“ミニ精霊セット”を渡した。
 
そして出羽に帰った。しかし出羽に帰った途端、千里が勾陳の(アイコンではなくその先に居る)本体を呼び出したのを認識して仰天した。
 
十二天将の中でも最も扱いにくい勾陳をいきなり呼び出すなんて。
 
私この子のパワーを読み間違ってたみたいと美鳳は思い、楽しくなったのであった。
 

千里Vは何か自分に付いてる(憑いてる?)みたいだなあと思いながら、母・妹と一緒に留萌に帰った。ただし村山家にはRが居るので、自宅そば30mまで来たところでW町の家に転送移動した。
 
「ねえGちゃん、私に何か付いてる?」
「うん。憑いてる」
 
とGは笑顔で言う。実はGの周囲にも飛んでいたのだが、うるさいので捕獲!してお守り袋に入れ、首から下げた。アイコンはこの状態でも使用できるはず、と思ってA大神を見ると頷いていた。
 
しかしVは捕獲という技ができないようだ。そもそもこの子にはアイコン自体が見えてないみたいだし。見えないと捕獲という動体視力が必要なワザは使えない。Yちゃんが三重でやったようにシールドすることならできるはずだが、思いつかないようだ。
 
「これどうすればいいの〜?」
「明日になれば分かるよ」
とGは楽しそうに答えた。
 

千里(Bを装ったV)が翌日(8/1 Sun)、神社にお仕事で出ていくと、宮司さんが千里を見てビクッとしたような顔をした。
 
「千里ちゃん、どこに行ってきたの?」
「えっと・・・旭川にハリー・ポッター見に行ってきただけですが」
 
「ハリー・ポッターの精霊をもらってきた訳じゃないよね?」
「ハリー・ポッターというより、ポケット・モンスターだね」
と香取巫女長が言う。
 
「眷属というか」
「式神というか」
「これかなり優秀な精霊セット」
「その使い方、分かる?」
 
「そんなの分かりませーん」
「じゃ、修行だな」
「えっと、どんな修行ですか?」
 
「うーん」
と言って宮司さんは、本棚から何やら難しそうな和綴じの本を取り出してくる。
 
「毎朝、30分ジョギング、滝行5分、それからこの祝詞を唱えて、瞑想20分」
「滝行ですか!?」
 
やだー。冷たそう!!
 
「それどのくらいの間するんですか?」
「1ヶ月だな。それまでの間は、お肉・お魚などのナマグサを食べないこと」
「それは何とかなると思います」
 
(一方、河洛邑のYは毎日美味しいお肉やお魚を食べて『私太りそう』などと思っていた:実はYが美食してRが激しい運動をしてバランスが取れている。千里は少なくともRBYWGVは体液を共有している)
 
しかしVは8月いっぱいこの修行をしたことで、以前よりかなり“視力”が上昇して、結構霊的なものが見えるようになった。(神社の奉仕は9:00-12:00に星子がして、修行はVが朝6:00-7:00にする)
 

8月1日(日)は模試があったのだが、千里は欠席した。
 
R:午前中は吹奏楽の大会に出て、午後は建設現場で工事を見る
B:冬眠中
Y:河洛邑で作業中
V:午前中は(この日まで)Q神社に出る。午後は寝てる。
G:全体の管理をしているのでW町の家から動けない
 
なお、この所C町の村山家に帰宅しているのは下記である。
 
5/14-7/15 R (たまにYのこともある)
7/16-7/18 Y (R=旭川)
7/19-25 V (Y=三重)
7/26 R (稚内から帰還)
7/27 V (Rが勉強合宿)
7/28-8/11 R
8/12-22 Y(三重から帰還 Rは旭川/栃木)
8/23- R(たまにY)
 

8月1日の夕方、千里(R)は清香に電話した。
 
「実はお友達の家の山間(やまあい)にある倉庫を使っていいことになったんだよ。そこで練習しない?」
「するする」
「メンツはどうしよう?実は玖美子は今札幌の学習塾の合宿に行ってるんだよ
「お勉強のできる子は大変ね〜。実はこちらの柔良も旭川の学習塾の合宿で夕張に行ってて」
「夕張に行くなら留萌と大差無い気がする」
「ね?」
 
それで結局今回の練習には、千里、清香、沙苗、公世の4人が参加することになったのである。
 
「女の子4人なら気兼ねが無くていいな」
と清香が言っているので、また裸で素振りとかやるつもりだなと思った。
 
しかし公世はもうほとんど女の子扱いされている。あの子、実際にはどうなんだろう?女装させたら可愛くなりそうなのに、女の子になりたい気持ちとかは無いんだろうか?と千里Rは疑問を感じた。
 
取り敢えず、女の子の裸を見ても平気みたいだから、恋愛対象は女の子ではないんだろうな。(←強引に慣れさせて不感症になりつつあるだけ)
 

それで8月2日の朝、前橋善枝(よしちゃん)に車(カローラ)を出してもらい、まずはA町に行って、公世と『見学したい』と言った公世の姉・弓枝(高2)を乗せて練習場に行く。2人をポストするが、ここには留守番として、南野鈴子(すーちゃん)が先に来ている。
 
善枝はC町で千里と沙苗を拾い、Q町まで行ってQ町バス停で清香を拾って練習場に戻る。
 
すーちゃん(朱雀)は昨日の夕方召喚して顔合わせをし、協力をお願いした。彼女は“仕事仲間”になった天后(てんちゃん:海野照美)と2人でやっていいかと言うので彼女も呼び出して2人交替でしてもらうことになる。
 
この後、しばしば、すーちゃんとてんちゃんはセットでお仕事をすることが多くなる。今回付くことになった12人の中では最も若く、年も近いし、元々知り合いだったらしい。朱雀は鳥さんだが、天后は海の女神の娘さんらしい。「将来は海の女神になるの?」と訊いたか「お姉ちゃんたちがたくさんいるからきっと無理」と言っていた。神様の世界も競争が厳しいようである。彼女は自動操縦車?を持っているらしく、千里は興味を持ったが、すーちゃんは「あれだけは乗らない方がいい」と言っていたので、よほどのことがない限り乗るまいと思った。
 

前橋善枝と契約したのは、こういう経緯である。
 
昨夜メンバーたちに
「誰か運転できる人居ない?」
と尋ねると、こうちゃんが
 
「俺トラックでも戦車でもジェット機でも運転できるよ」
と言ったが、彼の運転する車に女子中学生を乗せるなんて、あまりに危険すぎる(女子たちの貞操が)ので却下した。
 
「誰か女の子で居ない?」
 
と訊くと、今回の“仕事仲間”の中では、女子で車が運転できるのはきーちゃんだけらしい。(びゃくちゃんは実は運転できるが黙っていた)
 
きーちゃんには旭川でオペレーションしていてもらいたいので、他に居ないかと訊くと『太陰は人の乗ってない中古車なら運転できる』という話である。どうも運転の技量に問題があるようだ。
 
その時、歓喜(かんちゃん)が言ったのである。
「俺ちょっと苦手なんだけど、一応運転のうまい女知ってる」
 
それで歓喜が呼んだのが前橋善枝だったのである。性格の良さそうな龍族の女性だった。びゃくちゃん以上に元気の良い子という感じで、歓喜が苦手と言ったのが分かった気がした。こういう女性は千里は大好きなので、彼女とも契約し、協力をお願いした。
 
それで彼女が運搬をしてくれることになったのである。
 
なおカローラは小春所有のもので、普段は小春の家の庭に駐めている。最近はカノ子が運転することが多かった。千里が管理しているので、善枝に使ってもらった。(千里も運転してるのは内緒:千里たちは実はB以外は4人とも運転できる)
 

沙苗・清香と一緒に、前橋善枝の運転で、早川ラボ?への取り付け道路に進入したら、沙苗が言った。
 
「こここないだ来た時は暗くて気付かなかったけど、タマラちゃんちだ」
 
「沙苗、最近来たの?」
と千里が言うので沙苗は「うーん」と思ったものの気にしないことにした!
 
それにこないだ自分やセナを連れてきたのは“千里・緑”で今そばに居るのは“千里・赤”だろうし。
 
(赤は当たっているが緑は不正解。先日沙苗たちをここに連れてきたのは、Y(黄色)を装ったV(すみれ色)である。YとVは身体つきが全く同じなのでP大神もてっきりYだと思い込んで協力した。もっともP大神は元々沙苗やセナを早く完全な女の子に変えてあげたいと思っている。またVは更に沙苗の前でグリーンのピッチを使ってみせて千里緑であるかのようにも装っていた)
 

「先日来た時と家の形が完全に変わってる」
と沙苗。
 
「ちょっと改造させてもらった」
「“ちょっと”の範囲を超えてる気がする」
 
中に入ると、広いフローリングがあり、試合場も2つ取られている。
 
「すごーい。かなり整備されてる」
「床は一応グラインダー掛けてるけど、ささくれとか残ってたらごめん」
「それは見れば分かる気がする」
と清香は言っている。
 
「私も分かると思う」
と沙苗も言っているので、2人に任せた!
 
(実際には問題になる場所は無かった。眷属たちは優秀である)
 
「エアコンも入っているし快適だね」
「バスルームが1つとシャワールームが3つあるから適当に譲り合って使って」
「取り敢えず4人同時に汗を流せるな」
「水道は略式のものだから、顔洗うのとかはいいけど、念のため飲まないで。飲み水はミネラルウォーター買っておいた」
と言って千里は“留萌の新鮮な水”のペットボトル2L6本入りの箱が5箱積み上げられているのを示す。
 
「足りなくなったら買ってきますから」
と善枝が言っている。
 
「よろしくお願いします」
「夏だからどんどん飲むかも」
 

それで1日の練習メニューはこのようにしていた。
 
9:00-9:30 集合
10:00 表側の市道を3kmジョギング。その後、体操・筋トレ、素振り、ラダーなど。
12;00 お昼を食べてから、休憩
13:00 切り返し、面打ち・小手打ち・胴打ちなどなどの基本パターン練習
14:00 試合形式の練習
15:00 おやつを食べて休憩
15:30 試合形式の練習
17:00 整理運動・マッサージ
17:30-18:00 軽食を食べてから解散
 
市道のジョギングは必ず全員まとまってというのを全員に厳命した。
 
「ここ7月31日に家の改造してる最中にもヒグマが来て、たまたま猟銃持ってた人が射殺したんだよ。1人でジョギングとかしてて熊が出て来たらどうにもならないから」
 
「みんなでジョギングしてる時にヒグマに襲われたら?」
と公世が訊く。
 
「誰か足の遅い人が食べられたら、その間に他の人は逃げられるな」
などと清香が言うと、弓枝は
 
「アフリカのヌーの川渡りみたいなものだね。ヌーは集団で川を渡るから、その中の数匹は必ずワニに食べられちゃうけど、その数匹の犠牲で、大半のヌーは川を無事渡りきることができる」
などと言っていた。
 
 
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【女子中学生・ひと夏の体験】(6)