【女子中学生・十三から娘】(2)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-07-02
福川司はその日旭川のショッピングモールに来ていて、トイレに行きたいと思った。何気なくトイレのような所に来る。小便器が見えるので男子トイレと思い中に入る。30歳くらいの女性が3-4歳くらいの男の子にそこでおしっこをさせていた。このくらいの子供だとお母さんが付いてないと不安なのかなあと思い、少し離れた所で待つ。
その時、司は気付いた。奥の方に個室が3つあり、そこに女性が3-4人並んでいることに。
なんで男子トイレにこんなに女性がたくさん居るの?
そんなことを考えていた時、唐突に福川は声を掛けられた。
「あれ?司(つかさ)ちゃんじゃん。旭川に来てたの?」
それは村山千里だった。中学に入ってからは別のクラスになったものの、小学4-6年では同じクラスだった。村山さんって、男の子なのか女の子なのかよく分からない。学生服を着てる所もセーラー服着てる所も見たことある。でもやはり男の子なのかな。男子トイレ使うんだから、などと考える。
「うん。お母ちゃんやお兄ちゃんたちと一緒に出て来たんだけど、みんな映画見ると言うから、僕だけお店の中見て回ってた」
「ああ。あまり興味の無い映画だと見るのも退屈だよね」
などと言っている内に、奥のほうの個室が空いた。
「空いたみたいよ。どうぞ」
と村山さんが言う。
自分は小便器の所で待っていたのだが、男の子は服を直すのに手間取っているようである。それで個室でもいいかと思い、そちらに入った。便座をあげて用を達し、終わったら便座を戻しておいた。
個室を出て手を洗っていたら、村山さんも出て来てまた一緒になり、何となく一緒にトイレを出た。
トイレを出た後で、村山さんが小さな声で言った。
「でも司ちゃん、女子トイレ使うのね。でもどうせならスカート穿いてた方がトラブル無く使えると思うよ」
「女子トイレ!?え?もしかして今入ったの女子トイレだった?」
と言って、福川は青くなる。
「女の子が男子トイレ使うわけない。トイレの中も女性だらけだったでしょ?」
「でも小便器があったよ」
「あれはお母さんが同伴する幼児のための小便器だよ」
うっそー!?俺、女子トイレに入っちゃった!?
福川が頭の中パニックになっていたら、村山さんは言った。
「折角旭川のデパートに出て来たんなら、可愛いスカートとかでも買って帰ったら?私、選ぶの付き合ってあげるよ」
「そ、そうだね。でもあまりお金無くて」
「だったらリサイクルショップで選ぶといいよ」
それで福川はうまく乗せられて、リサイクルショップに行った。レディス専用の店のようで、たくさん女の子用の服が並んでいる。レディスの服の店なんて入ったこと無かったので、くらくらとする。しかし値段が凄い。100円!とか200円!なとという値札が付いているので、すげーと思った。結局300円のレースたっぷりの白いロングスカートを選んだ。
「ウェストが合うかどうか試着してみなよ」
と言われて、フィッティングルームで生まれて初めてスカートなるものを穿いてみたが、なんか可愛い気がした。村山さんからも
「似合ってる。やはりいつもスカート穿いてるのね。穿きこなしてるもん」
などと言われた。
それでそのスカートと、もう一枚、紺色のロングフレアースカート(250円)を買ってしまった。村山さんもスカートを2着選んだ。そして会計した後でフィッティングルームを借りて、紺色のロングスカートを穿いてお店を出た!
「スカート穿いてたら、女子トイレに居ても、性別疑惑もたれることはないよ」
と彼女が言うので、福川はさっきは、自分が女子トイレにいたら痴漢か何かと間違われると思って声を掛けておしゃべりしてくれたんだ、ということにやっと思い至った。村山さんがいなかったら、俺、マジで痴漢として捕まってたかも。
それで村山さんとは別れたが、お母ちゃんたちと合流する前にはズボンに戻らなきゃと思って、ドキドキした。
彼はその“スカートからズボンに穿き換える”のをどこでするのか、という問題について、何も考えていない!
彼はその後、本屋さんでしばらく時間を潰した後、再度(今度は意識して)女子トイレに入ったが、特に何も騒がれなかった。でも女子トイレって順番待ちの列がいつもできてるのかなと思った。
そして彼はスカートを穿いていると、立っておしっこがてきない!という問題にも気付いてしまった。便器に座ってしたが、座ったのに小だけをするのは変な気分だった。だけどスカートで便器に座る場合、スカートをめくってパンツ下げるだけだからズボンより楽だという問題にも気付く。つまり女性はスカートの方がトイレは楽なんだなということを認識し、なんか凄い発見をした気分になった。
トイレを出た後、通路を歩いていたら、白い上着に白いミニスカート、青い帽子をかぶったお姉さんがティッシュか何か配っている所に遭遇。何となく受け取ったが、どうもティッシュではないように思えた。しばらく見ている内に、これは女性用のナプキンではないかということに思い至り、かぁっと真っ赤になった。
こんなの持ってるのお母ちゃんに見付かったら変態か何かと思われそう。どこに隠しておこう、などと考えていたら、自分が今スカートを穿いている問題は、ほぼ忘却してしまった。
彼はこのスカートの“洗濯問題”についても、まだ何も考えていない。
4月23日(金).
授業はいつものように6時間目が15:25に終わるのだが、千里YはいつものようにS町15:26(←一応授業は終わっている!が、帰りの会には出てない)の幌延行きバスに乗ると15:31頃にC町で降りた。そのままP神社に入り、(温水の)シャワーを浴びて、下着まで交換してから巫女衣装を着る。これからだいたい20時頃まで、ここでご奉仕するのが、千里Yの日常である。その内、蓮菜か恵香あたりが来たら勉強会を始めるが、その前から千里は小学5年生(やっと5年生になった:Rはまだ4年生)の算数ドリルをやる。
翻田宮司が来て言った。
「あ、まだ千里ちゃんだけか」
「ええ。みんなだいたい16時半くらいに来ることが多いですね」
(帰りの会に出て、掃除にも参加したら、どんなに早くてもその時間になる!)
「千里ちゃん、明日何か用事ある?」
「特に無いですよー。中体連の大会があちこちであって、部活に入ってない人はどこでもいいから応援に行ってと言われたけど、どこか応援に行ったことにしておけばいいですから」
「じゃ明日、家のお祓いに付き合ってくれる?」
「はい、いいですよー」
「なんかポルターガイストみたいなのが起きてるらしくて」
「そういう家は引っ越した方がいいんですけどねー」
「うん。でもまあ現地の状況を見てから」
「分かりました」
そういう訳で、明日・明後日の土日は、中体連の大会があちこちで開催されるのだが、女子バスケット部も、女子剣道部も、今回は会場が市外なので、保護者の車に相乗りして向かうことにしている。
女子剣道部では、このように計画した。
紅音の母の車:紅音・真南・聖乃
香恵の母の車:香恵・如月・好花
沙苗の母の車:沙苗・玖美子・千里・セナ
グループ分けは地域的な理由が大きい。純粋に地域別なら如月も真南たちと一緒のほうが都合がいいが、1年生の好花が3年生の香恵と2人だけでは緊張するだろうということで、如月が同乗する組合せにしている。
女子バスケ部では、このように計画した。
久子の母の車:久子・数子・雪子
友子の母の車:友子・泰子・伸代
千里の母の車:千里・留実子・雅代
これも主として地域的な分け方である。雪子は実は泰子たちと一緒の方が便利だが、雪子は孤独癖があるので、同学年の泰子たちより、他学年の数子などと一緒にした方が気楽だろうという判断。雅代はシューターなので千里とたくさん話したそうだったので、そちらに乗せる。
千里母の車では“男の子”の留実子が助手席で、千里と雅代が後部座席である。千里と母が出かけるので、父と2人になりたくない玲羅は1日P神社に行ってると言っていた(花絵に言われて小学1年生!の算数トリルをやらされることになる。玲羅は1桁の引き算が怪しい。むろん九九など全く覚えていない!!)。
小春は、新人戦の時は会場が隣で混乱したけど、今度は留萌の北と南だから問題は起きないだろうと思っていた(←甘い!)。
4月24日(土).
この日は中体連バスケットボール留萌地区大会が増毛町(ましけちょう)の増毛中学校および、近くの増毛町立体育館を会場に行われる。増毛中学と増毛町立体育館は600mほど離れているが、ここは留萌の中心部からR231沿いに南西へ17kmほど行った場所である。
一方、この日、中体連剣道留萌地区大会が羽幌町(はぼろちょう)の羽幌中学校および羽幌町総合体育館を会場に行われる。2つの会場は900mほど離れている。ここは留萌中心部からR232沿いに北へ50kmほど行った所にある。
剣道部もバスケット部も保護者の車に乗り合いして会場に向かうことにした。
剣道部は沙苗の母の車(ビスタ)に、沙苗・玖美子・千里・セナの4人が相乗りしていくことにした。集合場所はC町バス停である。ここは留萌市でも最北端付近なので、そこからR232を45kmほど北上すると、会場の羽幌町に到達する。
「助手席はセナか私かどちらかだな」
と玖美子は言った。
「ん?」
「要するに性別の女性度が、私>千里>>沙苗>>>セナ、だからその左端か右端が助手席に乗るのが平和」
「よく分かんなーい」
と千里は言うが
「くみちゃん、助手席に乗りなよ」
と沙苗が言って、そういう席順になった。
後部座席は、千里・沙苗・セナと並ぶ。
「でも女性度ってあるんだ?」
「私は100%女、千里は110%女、沙苗は50%女、セナは10%女」
と玖美子は言う。
沙苗は妥当な数字かもとは思ったが
「さっきの不等号の順序と違う」
と指摘した。
ただ22日の晩の出来事で、自分が70%、セナも30%くらい女になったかも、という気はした。あの夜のことを後で千里に尋ねてみたものの、どうも何も知らないようである。だから、きっと“あの千里”は、普段学校にいる“千里”とは別の千里かもしれない気もした。千里が何人かいるのでは?というのは、沙苗も小さい頃から、漠然と感じていた。そしてきっと、私にずっと女性ホルモンをくれていたのが、あの千里だと思った。
バスケット部では、千里の母・津気子が車(ヴィヴィオ)に千里(千里B)を乗せて家を出るが、この時ついでに玲羅をP神社にポストした。玲羅は母の車が出発してすぐに、千里姉が神社に来て
「あれ?玲羅来てたんだ?」
と言ったのは、気にしないことにした!
(むろん車に乗っていたのは千里Bで、神社に来たのは千里Yである)
津気子は留実子の家に寄って留実子を乗せ、その後、T町までR232(R239重複区間)を南下。T町バス停でお母さんと一緒に待っていた雅代を乗せる。そして留萌市中心部近くまで南下すると、ルルモッペ大橋を渡り、R231に入る。市街地を通過し、増毛方面へ南下を続ける。約30分ほどで開会式が行われる増毛町立体育館に到着した。到着したのが8:20頃で、開会式は8:50の予定なので余裕である。
千里たちが到着した時、既に久子たちの車は到着していた。そして2分ほどで友子たちの車も到着した。
組合せ表とスケジュール表が張り出されているのを見るとこのようになっていた。
_9:00 女子1回戦 ** CD
10:00 男子1回戦 AB CD
11:00 女子2回戦 AB CD
12:00 男子2回戦 AB CD
13:00 女子SF CD
13:30 男子SF AB
14:30 女子F,3 CD
15:00 男子F,3 AB
16:00 女子表彰式・閉会式 C
16:30 男子表彰式・閉会式 A
AB:町立体育館、CD:増毛中学
E┳□┳┓
D┛R┛┣┓
H┳┛┃
M┛ ┣
N┳□┳┓┃
T┛S┛┣┛
K┳┛
C┛
「なんか私たち凄いシードされてない?」
と数子が言うと
「そりゃ昨年秋の大会が3位で新人戦は準優勝だからシードされるよ」
と友子が言う。
「へー!新人戦でうち準優勝したんだ?凄いね」
と千里が言っているので、久子は呆れて
「千里君、君の大活躍でC中に勝ったしR中にもあわやという所だったではないか」
と言う。
「嘘!?私、男子なんだから女子の試合に出られるわけない」
などと千里が言うので、久子は頭を抱えている、
「千里、取り敢えず性別の話はするな」
と留実子が注意した。
周囲に他校の生徒も多数居るので、性別に疑惑を持たれるような話をしてはいけない。
そういう訳で、S中女子の予定はこのようになる。
8:50 開会式
11:00 2回戦 C
13:00 準決勝 D(2回戦に勝ったら)
14:30 決勝(C)or3決(D)(どちらに出るかは準決勝次第)
16:00 表彰式・閉会式
久子がユニフォームを配るので、全員、保護者の車の中で着替える。背番号は既に縫い付けてある(1年生4人がやってくれた)。
「ユニフォームできたんだ!」
と千里が驚いた。
「校長と教頭が3万ずつ、伊藤先生が1万に、なんか3年生の誰かの保護者さんが17万も寄付してくれて。それで20着作ったんだよ」
「そんな奇特な人があったんだ!3年生って誰?」
「騒がれたくないからって匿名」
「へー。でもユニフォームができるなんて画期的だね」
と言っていたら、千里もユニフォームを渡される。12番の背番号が付いている。
「私も着るの〜?」
「当然。選手は全員ちゃんとユニフォーム着なければならない」
「私、選手じゃないのに」
「また変なこと言ってるし」
ということで、結局千里もユニフォームを着た。背番号はこのようになっている。
4.久子SF 5.友子SG 6.留実子C 7.数子PF 8.雪子PG 9.雅代SG 10.泰子F 11.伸代F 12.千里SG
S中女子のメンバーはこのユニフォームを着て開会式に並んだ。
開会式ではR中男女が優勝旗の返還をし、また選手宣誓もR中の男女のキャプテンが共同でおこなった。女子ではR中はここ10年ほど、この地区で優勝を続けている。男子はR中、H中、M中などが優勝しているようだ。新人戦でS中が優勝したが、S中の優勝は春秋・新人戦を通じて15年ぶりということだった。
貴司の力だよなあ、と千里はあらためて貴司に惚れ直す。でもどうして私、貴司とうまくデートできないんだろう?と悩む。
(この件は小春も困っている。何とかBを貴司とデートさせてあげようとするのだが、なぜか結果的にデートするのはRになってしまうのである。Rも最初は“別の千里”の代理でデートしているつもりだったのだが、少しずつ自分自身が貴司のことを好きになり始めていた)
開会式が終わると
「全員ユニフォームはいったん脱いで」
と言われる。
「試合は2時間後だから直前に着替えよう」
「ああ、そうなんですか」
「だって試合までの間に汗掻くと、試合の時に不快だからね」
「何か汗掻くことあるんですか?」
「取り敢えず試合のある増毛中学まで走るよ」
「え〜〜〜〜!?」
それでユニフォームを脱いで体操服に戻り、S中女子9人は増毛町立体育館から増毛中学まで、約600mの距離をジョギングしたのであった。
体力のある留実子や数子は600m程度走っても全く平気だが、体力の無い友子や雪子は完全にへばっている。
「私、だめ。死んだから、試合は私抜きでよろしく」
などと友子は言っている。
しかし久子は
「ドリブル練習するよ〜」
と言って、増毛中の駐車場でドリブル走の練習をする。ただし友子はダウンしていて不参加。また雪子には
「あんたは本番に備えて休んでなさい」
と言って休ませていたので、参加者は7人である。
ドリブル練習の後はパス練習もする。これは誰か1人が妨害役をして、そこにパスを通す練習で、パス投げ→妨害→パス受け、と7人で回していく。
そのあたりまで結構やった所で、1年生の雅代が
「これ以上やったら試合に響くと思います」
と言うので練習は終了した。
「なんか既に1試合やった気分」
などと泰子は言っている。
「じゃ少し休もうか」
ということで休憩する。
水分補給して少し身体を休めていたら、運営の腕章を付けた人がこちらに来る。
「S中学校さん?」
「はい」
「女子チームの中に男子が混じっているのではという情報を聞いたのですが、あなたたち全員女子よね?」
「女子ですけど」
ああ。会場前で千里が「私男子なのに」と言っていたのを誰かに聞かれたな、と久子は思った。
運営委員さんはメンバーを見回して・・・留実子に視線を留める!
「あなたも女性?」
「女ですけど」
「念のため、バスケット協会の会員証確認できる」
「荷物の中に入れてます」
ということで、S中の控え場所まで一緒に行き、留実子は自分のスポーツバッグから、バスケ協会の会員証を出して提示した。
会員証の写真と見比べている。会員証には確かに女と記載されている。
「確かに女子ね!念のため生徒手帳も見せてもらえる?」
「いいですよ」
と言って、留実子は自分の生徒手帳もバッグから取りだして提示した。
セーラー服姿の写真が印刷されているし性別は女となっている。本人と写真をあらためて見比べている。
「本当に女子だね。ごめんね!」
「いえ。慣れてますから」
と留実子が言うと
「この子、背が高いし、雰囲気が男っぽいから、しょっちゅう性別間違えられるんですよ。女子トイレとか女湯で悲鳴あげられたのも数知れず」
と千里が言っている。
「大変ネ!」
と運営の人は言って
「手間取らせてごめんねー」
と言って出ていった。
「じゃ、そろそろユニフォームに着替えようか」
と友子が言って、全員にユニフォームを配っていく。
ところが4番から11番までを渡して、12番を千里に渡そうとしたら、千里が居ない!?
「あれ?千里どこ行った?」
「今ここに居たけど」
と留実子。
「トイレにでも行ったのかな」
「じゃ千里の分は後から」
と言っていたのだが、千里は、いつまで経っても戻って来なかった!
「どこ行ったのよぉ!?」
2階席に居る千里の母に尋ねてみるがお母さんも知らないと言う。
「お母さん、千里ちゃんの携帯番号を教えて下さい」
「あの子、携帯は持ってないのよ。うち貧乏だから、子供にまで携帯持たせられなくて」
久子と留実子が顔を見合わせる。こないだ千里は確かに赤い携帯を使っていた。もしかしたら親に内緒で持っているのかもと思う。
「私探してくる。あんたたちはもう1階に行って」
と千里の母。
「私たちも探すよ」
と久子・友子の母も言い、3人の母が探しまわったものの千里は見付からなかった。(かなり大事(おおごと)になっている。)
「なんで千里は消えたの〜?」
と、ヒツジ子が焦っている。
「Yちゃんは留萌、Rちゃんは羽幌だし、面倒くさくなって消えたのでは?」
と困ったように芳子は言った。
「町立体育館からジョギングしてきて、そのあとドリブル練習とかで疲れたのかなあ」
「それもあり得るなあ」
「小春ちゃんに連絡しよう」
「うん」
(Yは実は増毛に来ているが、芳子は気付いていない。他に実はGも増毛に来ていたのだが、何をしていたのかは作者も知らない!?)
結局、千里は試合開始時間には間に合わず、2回戦のT中学との対戦は千里抜きで臨むことになった。
もっともここはあまり強くない所なので、千里、更には留実子抜きでも充分勝てる感じだった。前半だけでダブルスコアになったので、後半は体力の無い雪子を温存して休ませておき、留実子も伸代と交代で使って、あまり消耗しないようにしたが、快勝できた。
これでS中はこのあとの結果如何によらず閉会式まで会場に居ることが確定した。
試合は11:50頃に終わった。あらためて全員で千里を探す。会場の周辺も探していたら、その千里がセーラー服を着て、こちらに歩いて来るのを留実子が見た。
「千里!どこ行ってたんだ?」
と留実子は怒っている。
「え?何!?」
と“この千里”は訳が分からない!
「とにかく来い」
と言って引っ張って行かれる。
「千里!」
「あんたどこ行ってたのよ?」
「どこって私はちょうど近くまで用事があったから、そのついでにバスケの応援に来たんだけど」
「どうも寝ぼけているようだな」
「とにかくこれに着替えて」
と言って、12番のユニフォームを渡される。
「またバスケの試合に出ればいいの?」
「やはり半分寝てるな」
「まあとにかく次の試合まてに逃亡しないよう、紐(ひも)でも付けておくか」
と言って、本当に紐を付けられた!
「トイレ行く時はどうすればいいのよ〜?」
「私も付いていく」
と数子。
「試合に出るのはいいけど。じゃ着替えてくる」
「当然私も付いていく」
と言って、紐係の数子も付いて女子更衣室に行き、セーラー服から白いユニフォームに着替えた。小春が
「千里これ使って」
と言ってスポーツブラを渡してくれたのでそれを着けた。
「でもユニフォームできたんだね」
「何か3年生の誰かの保護者が寄付してくれたらしいよ」
と数子は言う。
「へー。3年生というと、久子さんか、もうひとりの人のお父さん?」
(この千里は新人戦で友子を見ていないので、彼女の名前を知らない)
「あまり騒がれたくないからって匿名らしいけど、多分久子さんか友子さんのお父さんだろうね」
と数子は言っている。
「ああ、もうひとりの3年生は友子さんと言うのね」
などと千里が言っているので、数子は頭を抱えている。
「ねぇ、数子ちゃん、私みんなの名前が分からない。教えて」
と千里が言うので、数子は呆れながらも、背番号と名前の対応を教えてあげた。
4.久子(ヒサ)SF 5.友子(トモ)SG 6.留実子(ルミ)C 7.数子(カズ)PF 8.雪子(スノー)PG 9.雅代(マサ)SG 10.泰子(ヤス)F 11.伸代(ノブ)F 12.千里(サン)SG
「ニックネームがあるんだ!?」
「コートネームと言うんだよ。昔、女子バスケット・女子バレーの強かった、日紡(にちぼう)で始まった習慣らしい。試合してる最中にフルネームで名前言うのは面倒だから、だいたい2音程度の略称を使う。そして先輩・後輩関係なく、その名前で呼ぶ」
「ああ。昔のそういうチームって先輩後輩の関係が厳しそうだから、試合中は無礼講にしないと効率悪いよね」
「だから、そういう習慣を作ったんだと思うよ」
「雪子ちゃんは英語なんだ?」
「あの子、ミニバスにアメリカ人の友だちから誘われて入ったから、スノーちゃんと呼ばれていたらしい」
「へー。それで私がサンなのは?」
「3月3日生まれだから」
「誕生日から来たのか!?」
「ポジションの何とかガードとか言うのは?」
などと千里が訊くので、数子は呆れながらも教えてあげる。
「ポイントガード(Point Guard PG)あるいは1番は、チームの司令塔。攻撃を組み立て、全体の選手の配置を把握して、得点できそうな人にパスを出す」
「シューティングガード(Shooting guard SG)あるいは2番は、2つのタイプがあるけど、うちのチームでは主としてスリーポイント・シュートを撃つのが役目」
「ああ、あのゴールを中心に6mだか7mの半円が描かれている所の外から撃つのね」
「そうそう。別のタイプのシューティングガードもあるんだけど、今は考えなくていい。千里はシューティングガードだから、ボールもらったらどんどんスリーを撃って」
「了解〜」
「スモールフォワード(Small forward SF)あるいは3番は、概して器用でスキルの高いプレイヤーか就くポジションで、チームの便利屋さん。ボール運び、パス回し、そして自ら中に進入して得点を挙げたり、時には外からスリーも撃つ何でも屋さん」
「へー。でも久子さんあまりシュート撃たなかったよ。新人戦の時」
「久子さんは本来ポイントガードなんだけど、雪子ちゃんという優秀なポイントガードが入ったし、うちにはスモールフォワードに相当する選手が実は居ないからスモールフォワードとして登録している」
「ああ、そういうことか」
「パワーフォワード(Power fowrard PF)あるいは4番は、実は次に説明するセンターの予備のようなポジションで、中学生くらいのチームだと、いちばん背の高い人がセンターになって、次に背の高い人がパワーフォワードになったりする」
「でも数子ちゃん、そんなに背が高くないよね」
「背を伸ばしたいんだけどね〜。牛乳毎日飲んでるけど、なかなか伸びない。でも私はスモールフォワードやるほど器用じゃないから、パワーフォワードの登録にしてもらっている」
「ああ、選手のタイプの問題か」
「そうそう。がむしゃらに得点に行く、貪欲なタイプがパワーフォワードで、巧みにプレイして上手に得点するのがスモールフォワード」
「ああ、何となく分かった」
「そして最後にセンター(Center C)あるいは5番は、一般にチーム内で最も背の高いあるいは得点力のあるプレイヤーがなるのだけど、チームの大黒柱で、相手の防御を強引に突破してレイアップシュートを決めたり、相手のシュートをブロックしたり、リバウンドを取ったりする。ジャンプボールもだいたいセンターがやる」
「リバウンドって?」
「シュートしたけど入らなかったボールがバックボードで跳ね返ってくるでしょ?それを確保して、自らシュートし直したり、あるいは誰かシュートしやすい位置に居る人にパスする」
などと説明しながら、数子は、何で今更こんな基本的なことを解説しなければならないんだ?と思っている。
「ああ、背の高い子が絶対有利だ」
「そうそう。だからるみちゃんがセンター」
「ありがとう。だいぶ分かった」
と千里は数子に感謝した。
千里は指を折っていた。
「ねぇ。今日来てる人私を入れても9人しか居なかったよね。私12番の背番号のユニフォームもらったけど、3人休んでるの?(←引き算よく出来ました!)」
「バスケットの背番号は4番から」
「そうなんだ!」
「審判がスコアラーにファウルした人とか得点した人を指で示して伝えるのに、1から3までは得点の数やフリースローの数と紛らわしいから、背番号は4からにする」
「なるほどー」
「だから4番付けてる久子さんがキャプテンだよ」
「そういうことだったのか」
「5番が副キャプテンで、友子さんが付けてる」
「ああ」
着替えた後で、数子はお弁当を食べていたが、千里(実は千里Y)も母からお弁当を渡されて食べる。
「あんたどこ行ってたのよ」
と母からも叱られた。
なお留実子のお弁当も千里の母が渡していたが、実際にこのお弁当を作ったのは千里Bである!
そして13:00。準決勝の試合が始まる。相手はC中である。昨年の秋の大会で3位決定戦を戦った相手で、その時は1点差で勝ってS中が女子バスケ部創設以来初めてのメダルを獲得している。新人戦では総当たり戦の第2試合で対戦し、千里のスリーと留実子の近くからのシュートがどんどん決まり、52-64で勝っている(この試合に出たのは千里R)。
向こうは最初から4番を付けた人が千里を、5番を付けた人か留実子をマークした。新人戦の時と同じマークの組合せである。
しかし“この千里”は新人戦の時は、ここよりもっと強いR中の4番さんとやっていたので、C中の4番さんのマークは簡単に外してしまう。それでフリーになった所に雪子から鋭いパスが来るので、千里はすぐにスリーを撃つ。
それでこの試合は、千里のスリーが(フリースローを含めて)40分間に18本分入って54点。留実子も新人戦の時より進化してるので5番さんのマークをものともせずに得点を決めて28点をゲット。2人の得点だけで合計82点、全体では52-96の大差でS中が勝ち、決勝戦に進出した。C中も途中からもう諦め顔で、1年生で6番を付けている子を後半は下げて3位決定戦のために温存したようであった。
なお、試合が終わると、千里はすぐ紐を付けられた!
「でも次の試合はユニフォームを着替えなくちゃ」
「下着も交換したーい」
ということで、紐を付けられたまま更衣室に行く。
それで下着を交換する。千里は小春が新たに渡してくれたスポーツブラとショーツを着けた上で、赤いユニフォームを着ける。
「ユニフォーム2色あるんだ?」
「そうそう。対戦するチームを区別できないいけないから、ユニフォームは、淡い色と濃い色の2色用意しておかないといけない」
「へー」
「決勝戦では対戦相手のR中が白を使って、うちが赤を使う」
「それで着替える訳か」
「うん」
「どっちが薄い色でどっちが濃い色ってどう決まるの?」
「元々リーグとかでは、ホームが薄い色で、アウェイが濃い色なんだけど、中高生の大会みたいなノックアウト式のトーナメントでは、付けられた番号の若い方が淡い色を着る。ただし、着替えとかの都合で双方のチームが同意すれば、濃淡を交換して試合をする場合もある」
「なるほどー。できたら試合ごとに着替えたいよね」
「そうそう」
留守番をしていた千里Vは、OL風の服を着てお化粧までした千里Gが入ってくると
「お帰り。お疲れ〜」
と言った。
「ただいまぁ。疲れた」
と言って、Gは座ると、メイクオフシートで顔を拭く。
「私たちも眷属が欲しいなあ。どこかに可愛い男の娘でも落ちてないかなあ」
「男の娘がいいの?」
「普通の男の子でもいいよ。女装が似合いそうだったら。それで去勢してからしもべにする」
「犬や猫並みの扱いだ」
「似たようなもんじゃない?そうだ。去勢といえば、福川君、去勢してあげたらダメかなあ。あの子最近かなりスカート穿いてるみたいだし。スカート姿がまた可愛いのよね〜。でも睾丸が付いたままだと、男っぽくなってしまってもったいない。13歳くらいが女の子らしい骨格になれる最後のチャンスたと思うのよね〜」
などとGは言っている。
「やめときなよー。女の子になっちゃったら野球選手になれなくなるし」
「女子ソフトボール選手になればいいのよ」
「よけいな親切はやめよう」
全くである。勝手に女装常習者と勘違いされて去勢されたら、さすがに可哀想だ。
「だけど“車の免許持ってる”しもべが欲しいよね」
「ほんとほんと。お巡りさんに見付からないように運転するの大変だし」
「よくやるよ」
とVは呆れて言った。
準決勝が終わって約30分後、決勝戦と3位決定戦が始まる。CコートでS中とR中の決勝戦、DコートでC中とH中の3位決定戦である。
R中は最初から千里にダブルチームを掛けて来た。更に向こうのキャプテンは留実子をマークする。結局、S中の得点はこの2人で大半を稼ぐので、この2人を何とか抑えればどうにかなるし、また抑えないと下手すればワンサイトゲームになる、という判断である。
向こうの厳しいマークに、さすがの千里と留実子も得点ができない。その前にボールを持たせてもらえない。ここで3対2になるので、R中は残りの2人でS中の3人と対峙しなければならないが、S中は、千里・留実子・雪子の3人と他のメンバーの実力差が大きいので、残りのメンバーの中で最も得点力のある数子でも、R中の選手には全く対抗できない。それで優秀なポイントガードである雪子も、得点力のある人が使えない状態では、ゲームの組み立てようが無かった。
それで前半は24-14と、R中が大きくリードを奪う展開である(でも得点がどちらも凄く少ない)。千里はフリースローで取った6点だけである。
「第3ピリオドは向こうの3人も休むのでは?そしたらこちらのチャンス」
と久子はハーフタイムに言っていたが、千里・留実子をマークする3人は第3ピリオドになっても休まなかった!新人戦の時に、4番の人と5番の人が休んだら、その間に一気に40点取られて追いつかれたので、今回は一切休まないつもりのようである。
「これはどちらが先に体力が尽きるかの勝負だ」
と友子が言った(←友子は既にへばっている)。
第3ピリオドを終えて得点は38-22と相変わらずロースコアである。第4ピリオドに入り、千里もこのままやられるのは不愉快と思い、強引にシュートに行った。ブロックされるが、相手の手が千里の手に当たった。
ファウルのコールでフリースローになる。
千里はきっちり3本決める。38-25.
向こうのシュートが外れたののリバウンドを留実子が取り、センターライン付近に居た千里に長いパスを送る。千里はドリブルでスリーポイントライン近くまで行くとすぐスリーを撃つ。ブロックされる。
ファウルのコールでフリースローになる。
千里はきっちり3本決める。38-28.
更に乱戦の中から雪子がボールをスティールして高速ドリブルで攻め込む。千里が追いかけていく。雪子は千里のほうを見もせずに、後ろ向きにパスを出す。千里は飛び付くようにキャッチして、シュートをする。
またブロックされる。ファウルのコールだが、何か審判が記録員に確認している、そして、今ファウルした選手に退場が命じられた。
「何何?どうしたの?」
と千里が数子に尋ねる。
「ファウルの累積5回で退場をくらった」
「そういうルールがあるんだ!」
千里はもちろんきっちりフリースローを3本とも決めて38-31.
この後、向こうが攻めて2点取り40-31.
千里はこれまで5番の人と6番の人にマークされていたのが、5番の人が退場になり、代わって7番の人がマークについた。しかしこの人は5番の人ほどうまくない。
千里はたくみにマークを外す。雪子から矢のようなパスが来る。すかさず撃つ。入って、40-34.
もう試合の行方は分からなくなった。
向こうも反撃してしっかり2点取る。
4番さんが千里のマークに付く。千里を4番さんと7番さんでマークし、留実子を6番さんがマークする。
これで千里の動きがまた封じられるが今度は留実子がマークを振り切って得点を入れ、42-36.
しかし、4番さんは試合開始からここまで全く休まずにずっと出ている。少し疲れて来ているのではという気がした。4番さんが9番さんにやや無防備なパスを出した所に千里はダイビングでもするかのように飛び付いてカットした。
ボールが転がる。雪子が確保する。
態勢を立て直した千里にパス。
千里が撃つ。
入って42-39.
もうスリー1発で追いつくという得点になってしまう。
しかしR中は次の攻撃では慎重に2点取り44-39. 数子が2点入れて44-41.向こうの攻撃が失敗した後、 こちらの攻撃で千里が巧みにフリーになってスリーを撃つが、向こうのキャプテンがブロックしようとして千里の手に触れてしまう。
ファウルの笛。
でも千里のシュートはゴールに飛び込んだ。
千里はゴールしたんだから、ファウルは関係無しかなと思ったのだが、フリースローを指示される。
「なんで?」
「ファウルされてゴールした場合は、バスケットカウント・ワンスローと言って、得点は認められた上でフリースローを1本もらえる」
と数子が説明する。
「お得だね!」
「シュートに対するファウルというのは悪質だから、その分のペナルティだよ」
それで千里はこのフリースローもしっかり決める。
つまり一気に4点取って 44-45 と、この試合初めて、S中がリードを奪った。
そして千里にファウルした向こうのキャプテンはファイブ・ファウルで退場である!
キャプテンも副キャプテンも退場になり、6番さんがキャプテンマークを付けた。
残りは10秒である。
向こうは速攻を仕掛ける。相手のシュートを留実子がブロックした。
が、これが“ゴール・テンディング”を宣言されて、R中側に得点2点が認められた。留実子は青ざめている。
「何で得点になるの?」
と千里が数子に訊く。
「シュートされたボールが最高点に達した後、落下している最中のまだゴールより高い位置にある間に、守備側の選手がそのボールに触ったら、ゴール・テンディング(*6)と言って、ゴールしたのと同じとみなされる」
しかし中学生女子の試合で日本人選手にゴール・テンディングが宣告されるのは、ひじょうに珍しい。
「ブロックできないじゃん」
「だからブロックは、ボールが上昇している最中にしなければならない」
「むつかしー!」
(*6) この規則が無いと、背の高い選手が居るチームはその選手がゴールそばに陣取っていて、全てのシュートを叩き落とすことにより、相手は全く得点できなくなってしまう。NBAで身長208cm のジョージ・マイカンがまさにこういうプレイをしてゲームが成り立たなくなってしまったため1944-45年に導入されたルールである。
当時は“バスケット・インターフェア”であったが、2001年に、それまでのバスケット・インターフェアがバスケット・インターフェアとゴール・テンディングに分けられた。直接ボールに触るのがゴール・テンディングで、リングやバックボードを動かしたり、ネットの下からボールを反射する!?のはバスケット・インターフェアである。
今回のプレイでは守備側の選手が落下中のボールに触ったのでゴールしたのと同じとみなされたが、攻撃側の選手が触った場合は、シュートはゴールしても無効となる。ただし、アリウープ(空中でパスを受けてそのままゴールに叩き込むプレイ)の場合を除く。
アリウープは昔から「あれはバスケット・インターフェアなのでは?」と言われながらも黙認されていたが、こちらは1995年のルール改定でリーガルなプレイとして認められている。
そういう訳で、R中は土壇場で46-45と再逆転した。
残りは3秒!である。
「千里、センターラインのあたりまで行って」
と数子が囁くので、千里がそこに行くが、向こうの7番さんが千里に付いて行く。スローインする久子は、さすがにあの状態ではパスは通らないと見て、フリーになっている友子の所にボールを投げ入れた。
友子はボールを受け取ると、そのままセンターラインの所から思いっきりボールをゴールに向けて投げる。
しかしボールはさすがに入らず試合終了となった。
結局、R中が1点差、ギリギリで逃げ切った。
「何かスっキリしない!」
と千里は言った。
「向こうもスッキリしないと思うよ。秋までにもっと練習しようよ」
「私また出るの〜!?」
と千里が言っているので、今日の千里は“重症”だな、と数子は思った。
そういう訳で、今回の大会では、新人戦の時と同じく、R中が優勝、S中は準優勝となった。また3位はC中となった。
でもR中はフェアプレイを開会式で宣誓したはずのキャプテン自らが退場になったことで、かなりきつく注意されたようであった。
R中は新人戦の時もファウルが多すぎるということで注意されていたため、この後、顧問とキャプテン連名の始末書を提出させられたらしい。これは結果的に秋の大会決勝戦でのR中の戦術に大きく影響を与えることにもなる。
少々時間を戻して、この日の午前中。千里Yは宮司さん、梨花さんと一緒に家のお祓いを頼まれていた所に宮司さんの運転する車で向かった。
「今日は遠いんですね」
「うん。増毛町なんだよ」
「へー」
増毛(ましけ)は留萌のサブ漁港として栄えた町である。留萌港がニシン漁の基地として計画された時、その港湾施設の整備に結構な時間が掛かっていた。それで少し離れた所にある増毛港を、暫定的に基地として使用し、鉄道も留萌から増毛まで延長したのである。留萌港が開港した後は、主役はそちらに譲ったものの、ニシン漁・スケソウダラ漁のサブ基地として栄え続けた。そしてスケソウダラもあまり穫れなくなった今、増毛は留萌同様に寂れてきつつある。留萌本線の留萌−増毛間も2016年12月に廃止されてしまった。
この物語の時点では町内に中学が2校あったのだが、2008年春に1校に統合されている。
千里たちが行ったのは、かなり年数の経った大きなお屋敷で、もしかして昔の鰊御殿(にしん・ごてん:ニシン漁で栄えた頃に作られた大きな邸宅)なのではと思った。こういう古い家は色々居そう!
庭に車を駐めて降りたところで、千里は梨花さんや宮司さんと顔を見合わせた。
「悪くない・・・ですよね?」
「私もそう思う」
“怪異”が起きそうな、変な雰囲気が無いのである。
玄関を入るが、玄関の所で、奧さんと並んで、何か!?が挨拶しているように思えた。千里は“見る”より“感じる”タイプなので、よく分からなかったが、後で梨花さんは「人の良さそうな家守(やもり)さんだったよ」
と言っていた。
居間に通してもらい、話を伺う。
70歳くらいの御主人は言った、
「私はよく分からないのですが、家内や娘が、誰も居ないはずが、たくさんの男の人が宴会でもしているような声がするというんですよ。台所で御飯作っていて背後に気配を感じて振り返ると誰も居なかったとか、トイレに行ってノックするとノックが返ってきたので誰か入っているのかと思って待ってても誰も出てこない。しびれを切らして『まだあ?』とか言うと返事が無い。それで開けてみると誰も入ってなかったとか」
宮司は尋ねた。
「その手のものに何か悪いことをされたことはありますか?例えば怪我したとか」
「どうたろう?」
と言って、御主人は奧さんと娘さんを呼んだ。お孫さんも3人くっついてくる。
あらためて尋ねたが、誰も危害を加えられたことはないと言う。むしろ押し売りが何かに驚いたようにして慌てて逃げて行ったこともあったが、何に驚いたかは分からなかったと娘さんが言っている。
「時々勝手にピアノが鳴ってるんですが、BGMみたいなものと思って気にしてません。なんか昭和初期とかの曲が多いみたいですけどね。母がよく歌ってた曲だあとか思って懐かしいくらい」
と奧さん。
「宴会でもしてるような声が聞こえるというのは?」
「お昼寝してる時に聞くことがあるんですけど、慣れてるから、人がたくさん居るならよけい安心くらいに思ってます。昼間は女子供ばかりだし」
「トイレでノックしたらノックが返ってくるというのは」
「時々ありますけど、あれ本当に誰かさんがトイレ使ってるのかも」
と奧さん。
「終わったら言ってくれたらいいんだけどね」
と娘さんは笑って言っている。
孫のひとりが言った。
「ゆうちゃんたちはいい子だよ。悪いことはしないよ」
「ゆうちゃん?」
「ぼくたちと遊んでくれるの。いい子だよ」
御主人は戸惑っているようだが、宮司は微笑んで言った。
「この家には良い家守さんが居て、しっかりと守られているようですね。きっと家族みんなのことを守ってくれてるんですよ」
「そうだったんですか!」
それで宮司は神棚の前で祝詞を奏上した。悪霊退散の祝詞ではなく、家運繁栄の祝詞を使用した。梨花さんが太鼓を叩き、千里が龍笛を吹くと、家の中に住んでいる“子”たちも、心地良くその祝詞や楽器の音を聞いている様子であった。
これらの祝詞や笛・太鼓を心地良く聴けるということが、この家の“隠れ住人さん”たちが、邪悪なものではないことを示している。
しかし千里は笛を吹いていて、ある抵抗を感じた。
「宮司、ちょっと」
「うん。僕も感じた」
それで宮司と千里たちは
「ちょっと失礼しますよ」
と言って、家の中を進む。
家の奥に蔵のようなものがあった。そこに行けないようバリケードが置かれている。
「御主人、ここは?」
「それは開かずの蔵なんです」
「開かず!?」
「この蔵の鍵がもう20年以上前から見当たらなくて開けることができないんですよ。鍵屋さんに依頼したことはあるのですが、ここに来るなり『申し訳ないが勘弁して』と言って、そこに狛犬のペアがいますが、そこより向こうには近付けないとおっしゃって」
「その蔵は、何が入っているんですか?」
「分かりません。私の父も知らないと言ってました。私の祖父は時々入っていたようですが、人が見る物ではないと言っていました。もしかしたら祖父が鍵を隠してしまったのかも」
「ここはこのままにしておきましょうか」
と千里は提案した。
「それがいいかもね」
と宮司が言った。
「私もそれがいい気がしてました」
と御主人も言うので、ここは一切手を付けないことにした。
ただ千里は狛犬の1mほど先!にある、倒れた左右の五重塔を起こすと、その傍にある2つの花器を取って来て、狛犬の手前に置いた、九谷焼の花器っぽい。
「ここにお花を活けてあげていたら、10年後くらいには人が近づけるようになるかも。水もたっぷり入れて」
と千里は言った。
「君よく狛犬の向こうまで行けたね!」
「供養する気持ちがあれば、五重塔の所までなら行けます」
と千里は言う。
それで一同は蔵の中にあるものの正体に何となく想像が付いた。
「祖父は毎年お盆と小正月にひとりで蔵の中に入っていたんですよ。たぶんその手のものがあるんでしょうね。ここには毎週花を活けてあげようかな」
「水もあげた方がいいなら、水を入れる茶碗か何かも買ってきて置きましょうか」
「それもいいですね。サラダボールみたいな大きいのがいいかも」
「分かりました」
「良い供養になると思いますよ」
クライアントの家を出てから梨花さんが言った。
「怪異の対処にも色々な方法があるんですね」
「うん。今日は3種類の対処を全部やったね」
と宮司。
「へー」
などと千里は言っている。
「あの家全体は良い家守さんたちが守っている。それはきっと昔の鰊御殿の時代にここにお世話になったりして感謝している人や精霊たち。だからこちらも友好的に接すれば良かった。でも蔵の中にあったのは恐らく、その影の部分で、悲惨な最期を遂げた人たちの思い。あれは今の時点では関わらない方がいい」
「まあ繁栄には光と影がありますよね」
と梨花さん。
「御主人のお祖父さんは、その人たちの霊を定期的に鎮魂していたのだと思う。お経とか読める人だったんじゃないかなあ。でもその息子さん、今の御主人のお父さんはそのあたりの感覚が無かった。もしかしたら合理主義の人だったのかも。だからお祖父さんは、息子の代になって変に怒らせたりしないように鍵を隠して入れなくしてたんだよ」
「今の御主人は理解ある人みたいだから、鎮魂を進めてくれそう」
「でも蔵の周囲に巣食ってたのは無関係の邪霊・雑霊たちだった。千里ちゃんがあっという間にそいつらを掃除しちゃったから、感心した。あれで五重塔までは近づけるようになった」
「ネガティブな“気”に誘われて集まってたんでしょうね〜。本来変なものを近づけないように五重塔が置かれているみたいだったのが倒れてたから起こして。ついでに、邪魔しようとした奴らを退治しただけですけどね〜」
「なるほどねー」
そんな話をしながら車を走らせていたら『中体連バスケットボール大会会場』という看板が体育館に掲げられていた。
「ああここで中体連のバスケやってるんだ?」
「千里ちゃんのお友達とかも出てたりする?」
「出てるかも。ちょっと応援して行こうかな」
(B消失の連絡を受けて、代わりにYを会場に行かせるため小春がさりげなく誘導しているのだが、千里は気付かない)
「うん。行ってらっしゃい」
「じゃセーラー服に着替えなきゃ」
「巫女服で行ったらびっくりするかもね」
「学生服で行ってもいいけど」
「それは更にびっくりさせる」
「応援団ということで」
「それならあり得るけど、千里ちゃんの応援団は全く似合いそうにない」
留美ちゃんの学生服はよく似合うけどね〜。
それで千里は車の座席で巫女衣装を脱いでセーラー服を着てしまった。むろん宮司はその間後ろを見ないようにしてたし、バックミラーも向きをずらしておいた。
「じゃ済みません。これで失礼します」
「またよろしくね」
それで千里は宮司さんたちと別れ、セーラー服姿で体育館に近づいて行った。するとそこに留実子が立っていて、こちらを怒ったような顔で見ているので、どうしたんだろう?と思う。
「千里!どこ行ってたんだ?」
と留実子は言った。
「え?何!?」
と、千里は困惑した。
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【女子中学生・十三から娘】(2)