【夏の日の想い出・アルバムの続き】(7)
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小林と洋介が想像した“最も危険な時刻” 1/22 0:00 まであと30分ちょっと。
店長がこんなことを訊いた。
「そういえば“ロマノフの小枝”のほうのいわれを調べてたら、ロシア革命の時にアナスタシア皇女と思わしき人からドイツ語の書き付けと一緒にもらったものということだったんですね」
「そうなんですよ。あの手紙が無かったら父が革命のどさくさで盗んだんじゃないかと疑われるところでした」
「その時ふと思ったんですがロシアのお姫様なのにドイツ語ができたんですね。やはり日本人が英語を学ぶように、ロシアの人たちはドイツ語を勉強していたんですかね」
「いやそういう位置付けで学ぶのはむしろフランス語でしょうね」
「あ、そうなんですか!」
「むしろアナスタシアはお母さんのドイツ人侍従たちと話すのに自然とドイツ語を覚えたのだと思います。ドイツ文字を使っていたのはお母さんの手紙の代筆とかしていたのかも」
「お母さんはドイツ人ですか?」
「むしろイギリス人なんですけどね」
と洋介は言う。
「イギリス?」
「お母さんはヴィクトリア女王の孫娘なんですよ。だからアナスタシアはヴィクトリア女王の曾孫(ひまご)で、イギリス王位の継承権も持っていました」
「へ〜〜〜!」
「ヴィクトリア女王の第2王女にアリスという人が居まして、この人がドイツのヘッセン大公・ルードヴィヒ4世と結婚したんです」
「ほほお」
「その第4公女のアリックス(1872-1918) がロシアのニコライ2世と結婚しました。この人がユーリー・ミハイロヴィッチの絵『小枝(Веточка)』に描かれた人ですね。このフルートはこの絵の中で彼女が手にしていたので『ロマノフの小枝(веточка Романова)』と呼ばれるようになったのですが」
「なるほど」
「アリックスは、お母さんのアリスが若死にしたため、12歳の時までイギリスで暮らしていて、お祖母さんのヴィクトリア女王に育てられたんですよ」
「そうだったんですか!」
「だから本人はドイツ人というよりイギリス人という意識があったと思います。プロテスタントだったし」
「イギリスだとそうでしょうね」
(実際にはアリックスはイギリス国教会の信徒ではなくルター派の信者。正教への改宗にはかなり心理的な抵抗があったらしい)
「一応ニコライ2世と結婚するときに形の上ではロシア正教に改宗しましたけどね」
「ああ」
「でもそれが怪僧ラスプーチンにハマっていった原因のひとつかもね」
「ありそう」
「イギリス人の彼女に複雑なドイツ文字(いわゆる“亀の子文字”)(*72) を書くのは大変だったろうしドイツ語の手紙はほとんどアナスタシアが代筆してたりして」
「あり得ますね!」
(*72) ドイツ語は以前はドイツ文字(Fraktur, 俗称:亀の子文字)と呼ばれる複雑で画数の多い文字で綴られていた。
(wikipediaから引用)
これを通常のアルファベットに変えてしまったのはヒットラーである。いわゆるヒットラーの三大遺産のひとつ。
・文字改革
・アウトバーン
・フォルクスワーゲン
アウトバーンはそこに家があろうと畑があろうと「総統のご命令である」といって構わず突っ切り、ひたすらまっすぐの道路を作った。こんなのは確かに独裁者にしかできない。しかしそれが戦後ドイツの経済発展を支えた。
洋介氏が“ロマノフの小枝”“火の鳥”にまつわるエピソードや小話をいろいろ話してくれるうちに時間は過ぎていく。
23:50
23:55
23:56
23:57
と時計は進む。
23:58 ふたりの警備員が顔を見合わせて立ち上がった。ダイレクトに2本のフルートを見る格好になる。
不寝番をしている5人も畳の上から立ち上がり靴を履いてフルートケースの前に集まる。7人の人間がケースを囲む形になった。
23:59
みんなが壁に掛かる時計の秒針が進むのを感じ取っている。
0:00
2本のフルートは7人が見守る中、展示ケース内で幻のようにすっと姿を消した。
「え〜〜〜!?」
と声をあげたのは、細川洋介・洋造、店長、の3人だった。
警備員2人は声はあげなかったものの驚いた表情で周囲を見回している。
そして小林と明智は声をあげなかった。それで明智は小林を見た。小林は明智をチラっと見たが、気にしないかのようにフルートケースのほうに視線を戻す。
「明智先生、フルートが盗まれました」
と洋介氏が声をあげる。
「そのようですね」
と明智は言った。
「明智先生、先生はどうしてそんなに冷静で居られるんです?怪人二十面相がフルートを盗んだんですよ」
と洋介氏(東堂千一夜)は言っている。
明智は言った。
「ぼくはむしろ小林君がどうしてそんなに冷静なのか疑問を感じているのだが」
と明智(本騨真樹)は小林にボールを回した。
「その理由は“明智さん”には分かってるでしょ?」
と小林(アクア)はボールをそのまま明智に返した。
ここで小林の言い方は変である。普通、小林は明智のことは「先生」とか「明智先生」などと言う。『明智さん』などという言い方は全く小林らしくない。
「明智先生、小林さん、フルートを取り返してくださいよ、二十面相を捕まえてくださいよ」
と洋介氏が訴える。洋造氏のほうはどうも“わけの分からないこと”が起きているようだぞと思い、腕を組んでいる。兄弟でも芸術家と実業家の差だろう。
店長は困惑している。
明智は言った。
「二十面相の所在は知りませんが、ぼくはフルートを確保しているよ」
「ほんとうですか!」
と洋介氏は嬉しそう。
小林は言った。
「フルートの行方は知りませんが、二十面相は確保していますよ」
「ほんとうですか!」
と洋介氏は嬉しそう。
「さすが名探偵明智小五郎とその1番弟子の小林さんのコンビだ。それでフルートはどこですか?二十面相はどこに?」
洋介氏は明智と小林の意味深な禅問答は全く理解していない。
小林が店長に尋ねた。
「高石さん、ライブが終わってからですね。18時に展示会を再開するまでの間にどんな小さなことでもいいですから、何かこの展示会会場付近で起きたことはありませんか」
店長は考えながら言った。
「えっと・・・ヘリウムガスで膨らませて浮かばせる風船を1階で配っていたのを子供がそのまま7階に持ち込んで、うっかり手を離してしまいまして、天井まで飛んで行ったのを少年探偵団の方が飛び付いて確保してくださいました。子供が喜んでいました」
少年探偵団の男子!制服を着た溝口団員(松田理史)が風船に飛び付いて取り子供に渡してあげるシーンが一瞬流れる。
(理史も初期の頃は何度か女装させられたがここ3年ほどは女装は勘弁してもらっている。鈴本などには「まだ充分女の子で通るのに」と言われるが)
「それから7階女子トイレのひとつを外国のお客様が詰まらせてしまいまして、業者を呼んですぐ修理してもらいました」
「あと退出口の所の金属探知機が故障して、これも業者を呼んですぐに直してもらいました」
「それから・・。」
と言って店長は考えたが突然青くなる。
「どうしました?」
「いえ、実はフルートの展示ケースのケース内照明が故障したんですよ。それで業者を呼んで修理させましたが・・・・何かまずかったですかね」
小林は言った。
「朝になったらその業者さんに問い合わせてみてください。きっと修理依頼はキャンセルされてますよ」
「え〜〜!?」
「どう思う?明智さん」
と小林は明智に投げる。
「きっとその時やられたんだろうね」
と明智もいう。
「ひぇー、どうしよう」
と店長は焦っている。
明智は言った。
「きっとこういうことが起きたんだよ。業者を名乗る男がやってくる。業者は展示ケースをチェックしてこう言う。『これは照明ユニットが壊れてますね。ユニット交換したほうがいいですよ』と。店長はあと1日だし修理で何とかならないかと言ったが業者は『最近の機械は何でも一体化されてて部分的な修理というのができないんですよ。スマホの“修理”だってメーカーに依頼すると新品を送り返してくるだけです』と」
「そうです、そうです。そんな感じのことを言われました」
と店長。
明智は続ける。
「それで店長がユニット交換に同意したので、業者は電話で同僚を呼んだ。同僚が黒い照明ボックスを持ってやってくる。最初に来た人と2人で展示ケースの照明ユニットを交換する。古い照明ユニットは業者が持ち帰る。修理代は5000円で業者は請求書を置いていった」
「そうです!5000円で税込5500円でした!」
と店長。
小林が呆れて言った。
「まるで見ていたみたいだね」
明智は答えた。
「まあ見ていたからね」
洋造氏は腕を組んでいる。洋造氏には“明智”の正体が分かったのである。洋介と店長はまだ気付いていないようだ。
洋造はさっと周囲の人数を確認する。自分と小林の2人で“明智”を捕まえられるか?と考えたが、すぐ警備員がいることに気付く。
それにしても“明智”は余裕だ。まさか警備員がすり代わっていたりしないか?
(↑凄く勘が良い)
明智は説明した。
「元々このフルート展示ケースには仕掛けがしてあったんですよ。外側に展示しているものと、裏側の隠しスペースに用意されたものを一瞬で入れ換えることができる」
「なんと」
と店長さんが声をあげる。
「だから二十面相はライブ後の混乱に乗じてこの作動スイッチを押し、本物のロマノフの小枝・火の鳥と、精巧に作った偽物を入れ換えてしまった。そして照明ユニットの交換と称してその隠しエリアの方は持ち出してしまった」
「では本当はあの時に盗まれてしまったのか」
「二十面相は何も有名人に化けるとは限りません。掃除のおばちゃんにも、一般店員にも、お客にでも化けますよ」
「ああ、推理小説だと最初に出て来た掃除のおばちゃんが犯人だったなんてのは酷いというルールがありますね」
「モーリス・ルブランの『813』なんかがそんな感じです。最初に出て来た関係者がことごとく殺されてしまう。誰も犯人になり得る人がいなくなったら、最初のエピソードでは背景的に描かれていた名も無き人物が犯人だったということになって『これは酷い』ということになる」
と明智。
「あれルブランはきっと締め切りに追われてよく考えないまま書き始めて、関係者をうっかり全員殺してしまったんだよ」
と小林。
「まあ推理小説だとそんなルールがあるけど、現実の事件はほとんどが、最初の事件では背景的に見えていた人物が犯人なんだよ。それが小説と現実の違いだね」
と明智。
「でも『813』で一番許せないのは部下のグーレルを死なせてしまった件だよ。ルパンともあろうものが能力無さ過ぎ」
と明智は言う。
「ああ、明智さんとしてはそこが一番憤慨するところかもね」
と小林は言う。
「でも盗まれてしまったフルートを明智先生は確保して下さったんですか」
と洋介氏が言う。
「ええ、ある場所に確保しています。ところで小林君は二十面相をいつ確保したんだい?」
と明智は小林に訊いた。
「今現実にここに確保してますよ」
「ここに?じゃ君はその二十面相に手錠でも掛けたり、縄で縛ったりしたわけではないのかい?」
「二十面相に手錠も縄も無意味なのは知ってる癖に」
「ほほお。では君はどうやって二十面相を確保したんだい?」
「みんなの目で見ていること。それが唯一の二十面相確保方法です」
「ほほお。では君は何人かの目で二十面相を見ているんだ?」
「ええ。そうですよ」
明智は話題を変えた。
「業者を装った二十面相が“照明ユニット”を持ち去った後はどうなったか分かるかい?小林君」
と明智は小林に尋ねる。小林は答える。
「多分その新しい“照明ユニット”を持ち出したあと、今日の0時になると同時に、再度表のフルートと裏の収納場所とを交換したんでしょうね。だからそれまで展示されていた偽物は裏側の隠しスペースに行った。裏側の隠しズースには今度は何もセットされていなかったから、フルートが消失したように見えた」
「惜しいね。実際は新しいユニットの隠しスペースと表の偽物とは展示時間が終わったあと、入れ換えたんだよ。新しいユニットにはホログラムがセットされていたので、あたかもそこにフルートがあるように見えた。二十面相は0時にそのホログラフィーのスイッチを切った。入れ換えの仕組みを作動させると、どうしても音がする。ホログラフィーのスイッチを切るだけなら、ほとんど音がしないからね」
と明智は言う。
「でもどっちみち二十面相は0時の時点で展示ケースの近くに居る必要があった。スイッチを押すために」
と小林。
「そうかい?スイッチなんてタイマーでも作動させられるのに」
「自己顕示欲の強い二十面相がフルートが消失してみんなが騒ぐところを見ないなんてのはあり得ないからね。スイッチは近くで自分で押したはず」
「ほほお。だったら二十面相は今この場にいることになるよ」
「今この場にいるよ」
それで洋介氏も店長もキョロキョロとあたりを見回す。
「どこかに隠れているのかい?」
「まさか。二十面相は今この場に居る誰かに変装している」
「へー。誰に変装しているんだろうね」
すると小林少年(アクア)はまっすぐ明智を指差す。
「明智探偵に変装している。君が二十面相だ」
明智は笑い出す。
「あはははは。小林君も焼きが回ったね!大恩ある自分の師匠を盗賊呼ばわりするとは」
しかし明智以外は誰も笑わない。洋造氏が言った。
「いや小林君の言うとおりだ。君が二十面相だ」
「え?そうなの?」
と洋介氏。店長もまだ困惑しているようである。
2人の警備員は明智に化けた二十面相の左右後方に立つ。いつでも二十面相を拘束できる体制である。また会場入口の警備員の1人が来て
「何かありましたか?ヘルプが必要ですか?」
と訊くので、この部屋の警備員・国崎が
「野口君、二十面相が現れた。警視庁本庁の捜査課を呼んで。君は入口の警備にすぐ戻って」
「分かりました!」
「中から出ていこうとする者はたとえ僕たちでも明智先生でも捕まえて。決して逃がさないで。二十面相は誰にでも化ける」
「はい!」
野口警備員は、部屋には警備員が2人いるし、明智探偵も小林少年も居るから大丈夫だろうと判断。入口に戻りながら本庁の捜査課に電話した。
実は先日所轄に連絡したら、二十面相事件の性格をよく把握してない警官が対応し、せっかく確保していた二十面相を逃してしまうという失態があった。それでその後警備会社と警察とで話しあい、この事件は本庁捜査課(中村係長)に直接通報することになったのである。桜田門の本庁から来るのに時間は掛かるが二十面相事件の性格を把握している捜査官が多い。
しかしニセ明智はまだ余裕である。彼は小林に訊く。
「だけど僕が二十面相だとしてだよ。それだったら本物の明智君はどこ行ったんだい?」
「分からないけど僕の明智先生が君または君の仲間に捕らえられたりするわけがない。どこかにおられるはずだ」
と小林は訊く。
「おお、すごい信頼だね。まるでマライヒのバンコラン少佐への信頼みたいだ(*73). 君たちもできてるんだろう?」
「ぼくたちはそんな関係じゃない!」
と小林が真っ赤になって怒る。
(視聴者の声「怒る所が怪しい」「小林なら明智から拳銃を向けられても動いたりしないだろうな」(*73))
(*73) 魔夜峰央作『パタリロ!』でバンコラン少佐(男性)はイギリスのMI6エージェントだが口の上手いマリネラ国王パタリロにいつもボディガードのように使われている。マライヒ(一応男性)は彼の助手だが、事実上の妻。元殺し屋なので物凄く身体能力が高い。
一度マライヒの偽物が現れた事件があった。2人は双子のようにそっくりでどちらが本物か区別が付かない。
この時バンコランは2丁の拳銃を2人のマライヒに向け「本物のマライヒなら拳銃の弾丸くらい避けられるハズだ」などと言って左右同時に発射する。
1人は物凄い反射神経でしゃがんだ。
1人は何もせずに立っていた。
バンコランは実際には空(そら)に向けて拳銃を発射していた。
しゃがんだ方のマライヒが「え?」という顔をする。立ったままだったマライヒがひとこと言う。
「バンがぼくを撃つわけ無いじゃん」
パタリロの名場面である。
その時、警備員のひとり松本(演:松本裕晃)が大きな声で笑い出す。警備員が笑うというのは想定外なので明智まで含めてみんなギョッとする。
「いやあ、二十面相君の名調子には惚れたね。犯行の方法について詳しく説明してくれてありがとう。もう少しこのままにしておくつもりだったが、我慢できなくなったよ」
「貴様まさか明智か」
とニセ明智(演:本物の明智役の本騨真樹)。
「先生!」
と小林(アクア)はたちまち顔が嬉しそうになる。
(視聴者の声「この嬉しそうな表情がやはり怪しい」)
「そちらが明智先生ですか!」
と洋造氏(木下春治)も嬉しそう。
松本警備員に化けている本物の明智(真・明智?)はフェイスマスクを外した。下から出て来たのは明智小五郎の顔である。それで本物の明智と偽物の明智で相(あい)対することになる
真・明智は言った。
「二十面相君。君が知らないことを教えてあげよう」
「何だろう?」
「僕の助手の森田(演:木取道雄)は14時頃、プリウスに乗って千代田区の事務所を出た。そして成田空港に向かったが、途中で“後部座席”に乗っていた何者かに拘束され、香取市内の隠れ家(かくれが)に閉じ込められた。その後、何者かは森田助手に変装して帰国した明智小五郎を迎え、車に乗せたがそのまま拉致して、やはり香取市内の隠れ家に連れて行った。まあここまでは君も知ってるよね」
と真・明智。
「うん知ってる」
とニセ明智は答える。
「0時前に本物の明智が現場に到着すると即仕掛けを見破られそうだったから拉致したんだろうね」
と真・明智は言うが
「いや本物の明智君が来てしまうと僕が明智に化けられないからだよ」
とニセ明智は答える。
この場面は実は本騨真樹と彼のボディダブルを務めた大林亮平!で2度撮影している。そして実は音声は、本騨真樹が明智役を務め、大林亮平がニセ明智役をした時の音声を活かしている。
この際、先に本騨がニセ明智・大林が真明智を演じたものを先に撮影同時録音し、配役を入れ換えた時、大林は先の撮影の時の録音をイヤホンで聞きながら演じて、音声と映像がずれないようにした。このドラマのレギュラーはこの手の撮影テクニックが上手い。
放送時には本騨の声で話す警備員姿の本騨真樹と、大林の声で話すダンヒルのスーツの本騨真樹とが交互に映される。視聴者が混乱しないように、“本物の明智”“偽物の明智”というテロップが表示されていた。
「しかしここからは君が本当に知らないことだが」
と真・明智は続ける。
「実際には隠れ家に到着した明智は森田に化けた君の仲間を捕まえ、手足を縛り上げて、森田助手も解放した」
「ああ、捕まったか。それで君はここにやってきた訳か」
「僕の乗る便が成田に着陸したのが20:30。降機し、入国手続きを終えて空港ビル1階の到着ロビーに出たのが21:00。それからニセ森田と一緒に隠れ家に到着したのが21時半。彼を捕まえて本物の森田を解放したのが22時。それから日本橋に行ったらもう23時半になる。下手すれば0時に間に合わない」
「ん?」
「僕は実際には到着ロビーから駐車場に“あらかじめ駐めておいてもらった”カローラに乗ると、まっすぐ日本橋に来た。だから22時頃“警備員の服”を着て警備会社から預かっていた警備員のidカードで店内に入った。そして松本警備員と入れ替わったんだよ。松本さんは現在店内某所で待機している」
「あぁ!拉致したのは赤井の方か!」
「まあ時間短縮のためだね」
「3分クッキングか?」
(「ここに開放した明智がございます」とか?)
赤井というのはしばしば明智小五郎の影武者を務めている助手である。彼は都内某所に住んでいるが、基本的に他の助手や少年探偵団などとは共同作業しない。直接明智の指令でだけ動く。柔道4段でかなり強い。二十面相も彼の存在は知っている。
(二十面相は柔道5段と自称している。明智は柔道3段ではあるが神のように強いと書かれている)
今回、赤井が明智に変装してカローラで空港に行き、明智は彼からの連絡で車の駐車位置を知り、そこに行ってその車で日本橋に向かった。そして赤井は二十面相の部下に拉致されたふりをして、実際には彼を締め上げて森田を開放させ、森田の代わりにその手下を隠れ家に幽閉した。実際は部下も二十面相から「人命絶対優先」を指示されているので素直に森田を開放した。
(森田・二十面相の部下が閉じめられた部屋はトイレ付き。窓が開かない幽閉用の部屋)。
ただし部下は隙を見てプリウスのキーを井戸に投げ捨てたので(明智を足止めするという役割は果たした)、赤井と森田はやむを得ずタクシーを呼んで現場に向かった。そのため日本橋到着は0時半過ぎになった。
(香取市から日本橋までのタクシー料金が恐ろしい)
そこに小林にメールが入る。小林が内容を見て言った。
「団員からの連絡でデパート近くの駐車場で警視庁の警官と一緒に盗難車を発見したそうだよ」
「ふーん」
またメールが入る。
「別の団員からの連絡でこちらも別の駐車場で警官と一緒に盗難車を発見したそうだよ」
「ほほお」
「君の逃走用車両は2台とも駄目になったね」
「逃走用車両くらい何とでもするさ」
少年探偵団の堂本流馬(演:坂口芳治)と警官が見守る中、トヨタ・ビスタがレッカー移動されるところが映る。同じく少年探偵団の新庄祐司(演:津島啓太)と別の警官が見守る中、トヨタ・クレスタがレッカー移動されるところが映る。
明智からのメール連絡で本物の松本警備員も来てフルート展示室の入口に立った。そして、やがてサイレンの音がして停まる。
「二十面相君、お迎えがきたようだよ。警視庁に行ってフルートの在処(ありか)を白状してもらおうか」
「明智君はまさかそれを俺が口を割るなんて思ってないよね」
二十面相と明智がしばし睨み見合う。
やがて中村警部(広川大助)率いる警官隊が到着した。しかし明智探偵が2人いるので戸惑っている。
「お疲れ様、中村さん。この警備員の服を着ている僕が二十面相の変装だよ」
とスーツを着た明智(ニセ明智!)。
「中村さん、欺されないで。このスーツを着ている僕のほうが二十面相の変装だよ」
と警備員の服を着た明智(真・明智)。
中村係長は混乱している。
「中村さん。本物は警備員の服を着たほうです。スーツを着ているのは二十面相です」
と小林か言う、
「刑事さん、小林君の言う通りです。スーツを着ているのが二十面相です」
と細川洋造氏。
それでどうもこちらが二十面相のようだと中村係長はスーツ姿の明智に歩みよると
「怪人二十面相こと遠藤平吉。刑法130条、不法侵入の現行犯で逮捕する」
と言って手錠を掛けた。ニセ明智は笑っている。
「連れて行け」
と言われて、複数の捜査官が彼の身柄を押さえて連れて行こうとする。
彼はおとなしく連行されていたが業務用エレベータに乗せられたとたん、自分を連行している警官を突き飛ばしてエレベータから追い出すとエレベータのボタンを押してひとりだけ下に降りて行った。
中村係長は明智や小林から事情を聴こうとしていたが、騒ぎを聞いてエレベータに駆け付ける。
「階段から追いかけろ」
と指示する。数人の警官が業務用の階段を駆け下りていく。
店長が守衛室に連絡する。
「今業務用エレベータから人が降りて来る、その人物を絶対逃がすな。それが二十面相だ」
と指示した。
それで守衛室のガードマン(島袋勇司)はエレベータの前で待ち構える。ところが出て来たのは警察官である。警察官(頼本大士)はいきなり守衛に訊いた。
「今ここに人が降りて来なかった?」
「いえ、誰も降りてきませんでしたが」
「おかしいな。ちょっとパトカーに行って応援を呼んでくる」
と言って外に走り出して行った。
そこに階段から数人の警官が降りて来る。守衛に訊く。
「エレベータから降りてきた人物は?」
「応援を呼ぶと言って出て行かれましたが」
「バカ、なんで逃がしたんだ?」
「え?警察のお仲間さんではなかったんですか?」
と守衛は戸惑い気味である。
「警官の服装をしてたの?」
とひとりの警官が訊く。
「・・・してましたが」
「そいつが二十面相だ。警官に化けてたんだ」
「え〜〜〜!?」
「だいたい応援を呼ぶなら携帯電話で呼べばいい。パトカーまで行く必要はない」
「あ、そうか!」
警官たちがパトカーのところに行ってみるとパトカーが1台乗り逃げされていた。パトカーは緊急の場合に誰でも動かせるよう概してキーは挿したままである。
「明智君、細川さん面目ない。僕が二十面相のそばに付いているべきだった」
と中村係長が謝る。
「中村君はまだ状況が飲み込めていなかったもん。仕方無いよ」
と明智が慰める。
中村が簡単に事件の状況を聞く。
「すると二十面相が用意した偽物のフルートがその展示ケースの隠しスペースに入っているんですか」
と中村。
「あ、そういえばそうでしたね。出してみましょう」
と言って明智はドライバーを借りて展示ケース下部の“照明ユニット”を取り外した。中を開けてみると2本のフルートが入っている。細川洋介氏に確認する。
「これは偽物ですよね?」
「何かそれまるで本物みたいに見えるんですが」
と言って細川氏は中村警部から渡された手袋をしてフルートを取り上げた。
本当は鑑識に先に調べさせるべきだが、ここは早く事実を確認する必要がある。
「物凄く良くできてますが偽物です。ロマノフの小枝の本物には微細な傷があるんですが、これにはそれがありません。それと火の鳥のキィの位置が違います。これは普通のフルートと同じ位置にキィがあります」
と言ってロマノフの小枝と並べて見せる。
小林が言った。
「そうでした。聖知さんが言ってたんです。火の鳥は宝石が埋め込まれているため普通のフルートの位置に穴を開けても正しい音にならない。正しい音にするため、普通のフルートとは微妙にずらした位置に穴を開けてあるって」
「まさにそうなんですよ」
と洋介氏も言う。
「なるほど」
「でも重さは本物とほとんど変わりませんね。これどちらも本当のプラチナ・金で作ったものだと思います。宝石は本物かどうか私には鑑定する力がありませんが」
「本当にプラチナや金で作るって凄いですね。作るのに1千万円くらい掛かってませんか?」
と店長。
「1500万円くらいかも。そこまで凝るのが二十面相ですよ」
と明智。
そこに小林にまたメールが入る。小林が内容を見て言った。
「少年探偵団の山口からの連絡です。彼女は電気工事業者の車にGPS発振器を付けていたのですが」
「車に発振器!?」
と中村係長が驚く。
映像はデパートの女子店員の制服を着た山口(今井葉月)がワゴン車の下部に発振器を取り付けるところ。
「フルートに発振器を付けても二十面相ならすぐ気付いて捨てるだろうから。だいたいこんな時期に工事なんて怪しすぎます。二十面相の常套手段ですよ」
と小林。
「え?そうなんですか?」
と店長は焦っている。
「店長さんの責任は問われませんよ。こんな凄い発想するのは二十面相くらいで普通の犯罪者なら思いつきませんから」
と明智が言ってあげる。
「でもよく二十面相の車が分かりましたね」
「今日、臨時駐車許可証で社員駐車場に入ってきた車には全てに発振器を付けさせていただきました」
「あははは」
小林は続ける。
「まあそれで、ちょっと時間は掛かったけど場所を見付けたそうです。邸内に確かにGPS発信するワゴン車が駐まっているそうです」
「ということだよ。中村君。二十面相を捕まえてフルートを回収しに行こう」
と明智は明るく中村係長に言った。
二十面相のアジトが判明したと聞いて細川洋介・洋造兄弟も喜んでいる。
唐突にパーティーの映像が映る。
細川聖知(羽鳥セシル)・北里ナナ(アクアF)・花田小梢(安原祥子)と少年探偵団の沢田恭子団員(月城たみよ)・河野令子団員(内野涼美)がパーティーをしている。料理もフライドチキンとかローストビーフとか、フランクフルト・ソーセージとかビスケットの上にキャビアやフルーツとか載せたものなど、たくさん並んで美味しそうである。
「北里ナナ!アクアちゃんのものまねをします!」
と言ってナナは立ち上がってマイクを持ち、アクアの『アテネの知恵』を歌う(『少年探偵団VI』の主題歌!1番を完全に歌う)。小梢が透明なクリスタル・グランドピアノで伴奏した。
「すごーい!凄くアクアちゃんっぽかった」
「まるで本人が歌ってるみたい」
「うん。私アクアのものまね大得意。アクアはね、女8割に男の娘2割を混ぜるとそれっぽくなるんだよ」
「なるほどー」
「男ではなく男の娘を混ぜるのがミソ」
「あ、なんとなく分かる」
郊外の広い邸宅。玄関そばの茂みに山口あゆか団員(演:今井葉月)が隠れて見守っている。そこに朝倉紗希団員(演:栗原リア)が来る。
「お疲れ様。ひとりじゃトイレにも行けないだろうからって溝口君に言われてヘルプに来た」
「さんきゅさんきゅ」
それで山口はトイレに行って来た。
「これ私が握ったおにぎりだけど」
「もらう。ありがとう」
と言って暖かいおにぎりを美味しそうに食べている。
「あっ」と2人は声を出すと身をかがめた。
一台の車が門を通って邸内に入っていく。そこから降りてきたのはスーツ姿の二十面相(演:大林亮平)である。パトカーは目立ち過ぎるので、途中で車を換えたのだろう。
すぐ山口たちは小林団長にメールした。
二十面相が邸内に入ると黒いレオタード姿の部下(山崎恵光)が迎える。彼女の艶やかなボディラインに一瞬「うっ」と思う。
「お帰りなさい。今回はわりと上手くいきましたね」
「そうだな。ただ谷口が捕まった。何とかして助けてやらないと」
「ありゃー。お宝は取り敢えずこちらに」
と言ってスーツケースを渡す。
「ありがとう。しかし疲れた。少し眠る。君は香取市の隠れ家に行ってみてくれないか。もしかしたら警察に拘束されるまでに救出できるかもしれん」
「すぐ行きます」
「ただ警察か明智が待ち構えてる可能性がある。気を付けて。違和感を覚えたら逃げて」
「警戒します。取り敢えず掃除のおばちゃんの振りして行ってみます」
と言って、部下は出て行った。
「掃除のおばちゃんか・・・・・こういう所は女は便利だな」
と呟いてから
「あいつ女なんだっけ?」
と一瞬疑問を感じたが、
「まあいいや。性別は外見でいいことにする」
と呟いた。
「しかし、その基準では小林は女になるな」
(「賛成」という視聴者の声多数!)
それで二十面相はスーツケースを持って、トイレに寄ったあと自室に行く。そしてケースを開けて2本のフルート、“ロマノフの小枝”と“火の鳥”を眺めた。
「美しい。取り敢えずお宝はゲットしたぞ」
と言うと、スーツケースを閉じてベッドの中に潜り込んだ。
1時間ほどして目が覚める。調理室に電話してコックに適当な食事を作ってくれるよう頼んだ。取り敢えずコーヒーを入れてから再度スーツケースを開けてお宝を眺める。ふと気付く。
「あれ!?」
二十面相は白い手袋をするとロマノフの小枝を手に取った。じっと見る。顔がみるみる青くなる。
「こいつは偽物だ!」
青くなっていた顔が今度は真っ赤になる。
「小林の野郎、俺に偽物を掴ませたな!フルートの行方は知らないけどなんて、大嘘つきやがって!!くそー。二十面相ともあろうものが、あんな小僧にまんまと欺されるとは」
と二十面相はかなり怒っている。
トントンとノックがある。
「お食事ができました」
という声。
「ああ」
と言って二十面相は立っていき、ドアを開けた。
「うっ」
そこに立っていたのは中村係長と数人の警官および明智だった。
「怪人二十面相こと遠藤平吉。刑法235条窃盗罪の疑いで緊急逮捕する」
「ふん。あんなガラクタ盗んでも窃盗罪が成立するのかい?いい弁護士が付いたら無罪になるぞ(*74)」
(*74) 窃盗罪が成立するためには、他人が“占有”する物体を盗むことが必要である。占有とは「支配の事実」と「支配の意思」が無ければ成り立たない。二十面相は「ガラクタ(偽物)に“支配の意思”があったかは疑わしい」と主張している。つまり偽物は盗まれるために作られたものだから支配の意思があったとは思えないというのである。確かに腕の良い弁護士が付けば判決は分からない。
“窃盗未遂罪”なら有罪にできると思う(実際二十面相はことごとく小林と明智に盗みを阻止されている気がする)。
「ガラクタ?」
「そこにある偽物だよ。小林の野郎、俺に偽物掴ませやがって」
明智と中村が顔を見合わせる。
中村係長は一緒に居る警官と共に二十面相を連行してリビングに移動する。1人の警官はサポートのためこの場に留まる。明智は車で待機していた細川兄弟を呼んだ。
「細川さん、そこのテーブルに載っているフルートが本物かどうか確認してください」
「はい」
それで細川洋介が中に入りフルートをチェックする。
かなり長時間見ている。
「これはさっきのものより更によくできていますが偽物だと思います。これは100年前のものではありません。もっと新しいものです」
と細川氏。
明智が中村に電話して細川氏の鑑定結果を伝える。
中村が二十面相に訊く。
「本物はどこにやった?」
「知らん。小林に訊け」
中村からの連絡で明智は玄関口で(二十面相の逃走に備えて)数名の警官と一緒に待機していた小林を呼ぶ。小林が来る。
「君は本物の行方は知らない?」
と明智が訊く。
「え?そこにあるのが本物じゃないんですか?」
と小林。
「これは本物にある微細な傷までそっくりの物凄く精巧なレプリカなんだよ。ほとんど実物のコピーだと思う。火の鳥もキィの位置が普通のフルートとは違う。ただ制作年代が新しい。これはどちらもここ1〜2年以内に作られたもの。これが偽物と気付くのはかなりの鑑定眼を持っている人だけだと思う」
と細川洋介。
しかしそれで小林は本物の行方が分かった。そんな精巧な偽物を作れる人は1人しか居ない。
「他の人に聞かれたくないのでちょっと席を外します」
と言って小林はいったん邸の外まで出ると、ある人物に電話した。深夜2時だけどあの子ならきっと出るはず。実際すぐ電話は取られた。
「は〜い、芳恵ちゃん、そろそろ完全な女の子になる気になった?」
「ナナちゃん、本物のフルートの行方を知らないよね?」
「芳恵ちゃん、やっと気付いたんだ?時間掛かったね」
この場面、画面が真ん中で左右に分割され、左側には暖かそうな場所でふかふかのソファでお餅を食べていたふうの北里ナナ(アクアF)と聖知(羽鳥セシル)、右側には、寒そうな場所で、しゃがみ込んだ小林少年(アクアM)が出て、ナナと小林が各々のスマホを持ち電話をしている。
小林は明智・細川兄弟のところに戻って報告した。
「本物のフルートの行方が分かりました。うちの団員が確保していました」
「おお!素晴らしい!」
フルートの所在が分かったという連絡で中村は2人の警官と共にリビングから二十面相をパトカーに連行した。二十面相が持って来た偽物は明智がこちらに居た警官に渡した。中村のパトカーが出発する。
その後で明智が小林に確認する。
「本物のフルートはどこ?」
「微細な傷まで再現するって、そんな精巧なレプリカを作れるのは唯1人しか居ません」
と小林は答える。
「聖知ちゃんか!」
と洋造氏が気がついた。
「はい。聖知さんは、現在友人の北里ナナの自宅に滞在しています」
「ナナちゃんか!だったら安心だ」
「あの家はほとんど要塞ですからね。うちの団員も3名一緒です。そこに行きましょう」
洋介に電話が掛かってくる。
「あ、島子(洋高の妻)さんか。フルートを取り戻したよ。君達も帰っていいよ」
「帰るってどこに?」
「え?だってデパートでフルートの番をしてくれたじゃん」
「そんなの知りませんけど」
「え〜〜!?」
小林が代わって少し話してみると洋高夫妻は今夜四山デパートには来ていないことが判明する。
「どうもデパートに来て番をしてくれた洋高夫妻は偽物だったようですね」
「その洋高から不寝番を提案されたのに」
「二十面相がその不寝番に加わりたかったからそういう提案をしたんでしょうね」(*75)
「二十面相には女の仲間もいるのか」
「それっぽいです」
なお島子さんの用事は聖知がまだ帰宅せず連絡も無いので洋介と一緒かと心配して電話してきたということだった。ある場所に隠れていて今そちらに行く所と答えたら安心していた。
(*75) つまり二十面相は仲間の山崎と2人で洋高夫妻に変装してデパートに現れ、展示ケースのスイッチを押して偽物とホログラムを入れ換えた。そして20時から23時までフルートの番をした、番の交替で山崎は帰ったが、二十面相は今度は明智に変装して再度デパートに来て0時の瞬間に立ち会った。夫婦だから仮眠の部屋を他の人と別途用意されたのを利用した。
後で北里ナナが説明してくれたのは、こういうことである。
聖知は2年前の事件で二十面相に拉致された時、二十面相が“火の鳥”も欲しがっていることを本人から聞いていた(直接聞いたのは聖知に変装していた小林だが、小林がその後“火の鳥”に関して聖知に確認した)。
それで二十面相は絶対それをまた奪いに来ると思った。それで本物の精巧なイミテーションを作らせることにしたのである。
管楽器メーカーの技術者に本物を見せて2つのフルートの精密な写真を撮影して各部位の寸法も測定してもらった。技術者は頭部管・主管・足部管各々の重さを測り、内部の直径も精密に測定した。火の鳥は特殊な機械を持ち込んで精密な色の測定もした。
だからこれはレプリカというよりコピーである。
宝石は全く同じ色合いの天然宝石は用意できないので、色を測定してもらいほぼ同じ色合いの合成サファイア・合成ルビーを作ってもらって填め込んだ。フルートの制作中は同じ密度の色違いの合成コランダムを使用した。
製作には2年を要した。制作費はフルート部分だけでロマノフの小枝が1500万円、火の鳥が2500万円掛かった。また宝石の合成費用が5つのルビーとサファイアで合計3000万円かかった。製作中にフルートに填めておく仮の石でも500万円掛かっている。だから全ての費用が合計7500万円にも昇る。
これを自分のポケットマネーから払えるのは聖知のようなお金持ちのお嬢様しかあり得なかった。また本物のロマノフの小枝と火の鳥を技術者に見せることが出来たのも立場上聖知しか居なかった。
だから小林にはこの精巧なレプリカを作らせた人が誰か分かったのである。
洋造氏にも作れたハズだが、彼ならきっと200-300万円で1ヶ月で出来るようなもっと安いレプリカを作らせている!
実際には細川聖知と友人の北里ナナは、二十面相がフルートを奪うのは、最後のライブの後だと考えた。ライブ以前に盗むとライブの時に聖知が気付くからである。
そこで聖知とナナはライブが終わった後、フルートを展示ケースに戻す前にフルートをレプリカとすり替えることにしたのである!実際にはフルートの清掃作業をしている間に交換する。女性の警備員が立っているが、警備員は外部から侵入する賊に警戒しているから、聖知やナナをほとんど見ていない!
それでも聖知は自分ですり替えるのは自信が無いと言った。それで北里ナナはこれは小林君も知らないうちにやったほうが安全だと思い(*76)、少年探偵団No.3の井上一郎(鈴本信彦)に相談した(No.1=小林芳雄、Np.2=花崎マユミ)。井上は手が器用で背丈もあり(*78)、本人もフルートを吹く女性団員・沢田恭子(演:月城たみよ)に依頼した。
だからフルートをすり替えたのは、北里ナナと少年探偵団の沢田恭子である。具体的には、袖の中に隠し持ったレプリカを反対側の手で押し出すようにして出現させ、すぐに本物はそれまでレプリカを入れていた袖の中の収納場所に放り込んだのである。2人は事前にプラチナフルート2本、ゴールドフルート2本を使ってかなり練習した。
この日演奏者が各々のフルートと同色の衣裳を着ていたのは、フルートを隠し持っていても目立たないようにするためである。
(*76) 小林がフルートの行方を知っていたら、うまく二十面相に欺されてしゃべってしまう危険がある。知らなければそういうリスクを避けられる、と北里ナナは判断した。
だから・・・
ライブでロマノフの小枝を吹いたのも聖知ではなく沢田団員である!本物の聖知は北里ナナの自宅で休んでいた。河野令子団員がガード役で付いていた。
放送用のライブ音源でも実際に、月城たみよ・アクア・安原祥子の3人で演奏したものが使用された。映像では、たみよが吹いた映像とセシルが吹いている映像をたくみに繋ぎ合わせている。指の接写は全てたみよの映像(*77).
わざわざこのラストライブの音源だけセシルではなくたみよに演奏させたのは最初や2度目の演奏と吹き手が違うことに耳の良い視聴者が気付くようにするため(*79).
そしてすり替えが終わってレプリカを展示ケースに納めた後は気分が悪くなった振りをして井上一郎に送ってもらい、“本物のフルート”を隠し持ったまま北里ナナの自宅に行く。そして待っていた聖知たちと一緒にパーティーをしながら小林が気付いて連絡して来るのを待っていたのである。
パーティーの出席者:細川聖知(羽鳥セシル)、北里ナナ(アクアF)、花田小梢(安原祥子)、沢田恭子(月城たみよ)、河野令子(内野涼美)
パーティーには参加せず警戒:井上一郎(鈴本信彦)
鈴本の後日コメント「一緒に楽しめばいいのにとアクアちゃんから言われたけど、女の子のパーティーにはさすがに入れんかった。食べ物だけもらった」
(*77) 指の接写を見て「あれ?これセシルちゃんの指じゃないみたい」と気付いた人が結構いたようである。多くの人が
「これは男の人の指だ」
と思った!元男の娘のセシルの指は女の子のような細くて脂肪質の指である。それに対して小さい頃から篠笛・ファイフを吹き、小学5年生の時からフルートを吹いていて、一方ではバレー部もしていた、たみよの指は太く丈夫でまさに男性の指のように見える。
(*78) 羽鳥セシルは171cm, 月城たみよは172cmで背丈の差は僅かだった。
(*79) 初回の放送で気付いた視聴者は少数だったが、指摘されてから録画や再放送で再度聴き、違いが分かった視聴者は3割ほども居た。
羽鳥セシル(上手なアマ・レベル)と月城たみよ(プロレベル)とでは技量の差は明らかである。トリルの速度などが全く違っていたし、全体的な表現力が段違いだった。またたみよは循環呼吸(*80) ができるので『主よ人の望みの喜びよ』をノンブレスで吹いてみせた(放送されたライブ音源でもその“ワザ”を見せている)
セシルがたみよの演奏を見て「すごーい!」と感心していた。
安原もかなりうまい。
(*80) 循環呼吸とは口から息を吹いて楽器を演奏しながら、鼻で息を吸い込むことにより管楽器をノーブレスで吹くワザ。プロの管楽器奏者にはこれができる人が時々居る。但し“美しく”吹ける人は少ない。どうしても吹く息が不安定になりやすい。たみよはその“美しく”循環呼吸演奏ができるレアな演奏者。彼女は小学5年生の時に循環呼吸自体は習得したらしいが、循環呼吸で美しく吹けるようになったのは中学に入ってからと言っていた。
1月22日(日).
朝開店前に小林少年と明智探偵の手で展示ケースにロマノフの小枝と火の鳥が戻された(*84)。最終日の細川家至宝展は物凄い賑わいであった。この日は特別に朝9時から夜21時まで展示を行った。この日の夕方には予定に無かった臨時特別ミニライブが行われ、再びロマノフの小枝と火の鳥、及び金狐との共演が行われた。
二十面相は拘置所に入って取り調べを受けることになったが全て黙秘して何も語らなかった。香取市の隠れ家は警察が行った時にはもぬけの空であった。捜査令状を取って捜索し、明智事務所のプリウスの鍵は警察の特殊部隊の隊員の手により井戸から回収された。井戸の底は酸素が足りない可能性があるので空気ボンベを背負った隊員がロープで降下したのだが,実際には酸素は充分あった。更に抜け穴を見付けた!
そして火の鳥は当面、北里ナナが預かることが発表された!北里ナナは広い邸宅を持ち、高いセキュリティが掛かっており、またフルート自体も上手い。だから実は火の鳥の貸与者として最高の条件だったのである!
ナナは
「洋介さんも言ってましたけど、このフルートのキィの位置は変なんですよ」
と言って,小梢の“金狐”と並べたところをカメラに撮影してもらっていた。キィの位置の違いを認識した視聴者は多かった。
「宝石が並んでいて管体が不均質になっているので、普通のフルートと同じ位置に穴を開けると正しい音にならないんですよね。だからこのフルート作るのにメーカーさんも苦労したみたいです」
と北里ナナは解説していた。
「私も最初このフルート渡された時に『キィの位置が変〜!』と叫んじゃったんですよ」
とナナは言っていた。
「でもナナちゃんが預かってくれるのなら、この3人での定期演奏会を時々開こうよ」
と聖知(羽鳥セシル)。
「そういうのもいいね。この番組が来年も続いてたら毎年お正月に演奏するとか」
と小梢(安原祥子)。
「きっと来年は二十面相はうちにある純金の五重塔か七色の宝石が入ったマリア像を狙うのよ」
と聖知。
「そんなのあったんだっけ?」
「あったことにすればいいのよ。脚本の尾崎さんがうまく書いてくれるよ、ね、ナナちゃん」
「ああ。セシルちゃん毎年1回出るなら来年もこの3人で演奏してもいいかもね」
と北里ナナも答えた(*83).
ラストシーンは北里ナナの自宅リビング(*82)で、井上一郎(鈴本信彦)・溝口洋平(松田理史)・小林芳雄(アクアF)・沢田恭子(月城たみよ)の各団員が見守る中、細川聖知(羽鳥セシル)・北里ナナ(アクアM)・花田小梢(安原祥子)がロマノフの小枝・火の鳥・金狐で『パッヘルベルのカノン』を合奏しているシーンであった。(*81)
(今回のドラマで唯一素顔の小林少年と北里ナナが並ぶシーン!)
(*81) さりげなくアクアと松田理史が隣り合ってるという一部からの指摘!
「女アクアは北里ナナじゃないの?」
「いやここはきっと弟に北里ナナ役をさせて姉が小林少年役をして松田理史と並んでる」
(↑その指摘が正しい)
むろん公式見解としては今井葉月がボディダブルをして2度撮影して合成したもの。
(*82) この北里ナナの自宅セットは春日部市のゆりかもめスタジオ(§§ミュージック所有)の近くに、半恒久的な施設として建築した。敷地は約52m四方(820坪). 周囲は頂上に有刺鉄線が付いた煉瓦風のフェンスで囲まれている。侵入しようとすると警報が鳴って本物の警備会社のガードマンが10分以内に駆け付けてくる。
外ガラスは全て防弾ガラスであり、ドアもピッキング不能な電子鍵(内側からも電子鍵でのみ開き、ドアノブの回転では開かない)。フェンスを越えたとしても邸内への侵入は困難である。
本当にアイドルを多数抱えている§§ミュージックにしか作れなかった究極の“アイドルの住まい”。土地代1500万円、建築費2500万円。施工は播磨工務店。
ゆりかもめスタジオで撮影する時に迎賓館のような役割も果たす。
住宅の維持のため、メンテ要員の名目で§§ミュージックのスタッフが交替で泊まり込んでいる。主たるお仕事は買い出しとお掃除である!(大変そう)今回のパーティーシーンの準備のため、調理スタッフが2名行って半日掛かりで用意した。
結局“北里ナナ”というキャラクターが一人歩きしてしまったので、その仮想的な住まいとして§§ミュージックで用意したものである。今回はここの外観とLDKが撮影で使用された。今後もしばしば登場予定。
(*83) この会話は台本にはなかったが監督が羽鳥セシルに指示し、安原祥子もコメントの仕方を指示されていた。アクアはセシルのアドリブだろうと思い、適当に応答した。
しかし事前に聞いてなかったアクアは自分が重大発言をしたことに気付いてない。つまり羽鳥セシルのロマノフの小枝と、北里ナナの火の鳥、安原の金狐を“1年後”にも再度演奏することを約束したのである!
(*84) 物語に登場したフルートは結局4セットあった。
(A) 本物 priceless
(B) 細川聖知が作らせた精巧なレプリカ。制作費7500万円。
(C) 二十面相が作らせた偽物。制作費はおそらく1500万円程度。
(D) ホログラム。
(A)はライブのあと聖知(に変奏した沢田団員)とナナが保護して持ち去った。その後しばらくは(B)が飾られていた。それを二十面相が奪い、そのあと20時頃まで(C)が飾られていた。だから入場再開後にきたお客さんは二十面相が用意したレプリカを見ている。そのあと24時までは(D)が飾られていた。だから不寝番やその前の“つなぎ”の番の人たちは(D)を見ている。1/22 0:00 ホログラフィのスイッチが切られてフルートが“消失”した。
現実のドラマの制作ではこのようにした。
(A) “本物”のロマノフの小枝と火の鳥。
ロマノフの小枝は2年前の制作に使用したものはフェイが所有していたのでそれを借りて使用した。火の鳥は2年掛けて制作したものである。
(B) 実際には洋銀製・プラチナメッキのフルート。火の鳥は本物を作った時のと同じ塗装を掛けている。ロマノフの小枝はフェイから借りた後、そちらの傷と同じ傷をこちらにも付けてそっくりにした。火の鳥は正しい音が鳴る位置に穴を開けたので(A)とは微妙に違う位置に開いている。普通のフルートとは全然違う。両者は重さで区別できるが、出演者たちは重そうに演技する。
(A)の宝石は天然石とほとんど見分けが付かないものを作れるが時間のかかるフラックス法で本当に作った高品質合成コランダムだが、(B)はクリスタルガラスに人工ルビー・人工サファイア(安価なベルヌーイ法使用)の薄片を載せたいわゆる“ダブレット”。
制作費は300万円ほどである。このフルートセットは来シーズンまでにフェイが本物のロマノフの小枝を壊してしまった場合に備えて、テレビ局で保管することにした!
(C) 実際には白銅製・プラチナメッキのフルート。これには本物のロマノフの小枝のような傷は付けてない。その傷の有無で区別が付く。また火の鳥の塗装は(A) (B) とはわざと少し違う色で塗っている。キィの位置は普通のフルートと同じ位置である(正しい音では鳴らない:実は宝石を外すと正しい音で鳴る)。
宝石は(B)と同様のダブレット。これも色合いを僅かに変えてある。
制作費は120万円ほどで明智文代役の山村星歌が記念に欲しいと言ったので100万円で引き取られた。
(D) (C)のセットから制作したホログラム。だから入れ替わっても見た目は変わらない。
ライブの音源に関しては次のようにして作っている。
(1) セシル版(1回目と2回目)
羽鳥セシル:自前のプラチナフルート
アクアM:自前の23金フルートM刻印
安原祥子:千里の“金狐”
安原祥子:ベビースタインウェイ
(2)たみよ版(3回目のライブ:放送で全てを流した/サウンドトラックに全収録)月城たみよ:自前のプラチナフルート“葉二”
アクアF:自前の23金フルートF刻印
安原祥子:千里の“金狐”
安原祥子:ベビースタインウェイ
アクアもセシルも「ロマノフの小枝も火の鳥も基本的には鑑賞用だと思う」と言ったので、音源は“まともな”フルートで制作した。
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【夏の日の想い出・アルバムの続き】(7)