【夏の日の想い出・アルバムの続き】(5)

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「しかし今年初めのラピスラズリ独立で、寮を出て独立するには何が必要かというのがよく分かったね」
「朱美ちゃんもあそこまで必要とは思わなくて苦労したみたい」
「彼女はお姉さんと一緒に住みたいというのがあったからね」
 
そういうわけで朱美が今年3月に寮を出た後で必要になったものは下記である。
 
・1戸建てか高度にセキュリティのあるマンション(普通のオートロック・マンション程度では不可)
 
・1戸建ての場合は警備会社との契約
 
・音楽練習室(できればプロ仕様の録音機器、ネット中継設備付き)
 
・買物係
・料理係
・掃除人
(この3人は兼任不可。特に買物係と料理係は必ず別の人)
 
また音楽練習室を取れる家というのは、最低でも3LDK程度以上の広さが必要である。朱美は最初中古住宅を買って改造するつもりだったが普通の家で音楽練習室が作れる家というのは希である。それで結局ユニット工法による新築を選択した。アクアだって代々木のマンションでは2部屋ぶち抜いてピアノ室を作っている。
 
賃貸では改造できないので必ず買う必要がある。仕事の都合上都心に1時間以内に到達できる場所でないと困るのでこの住宅取得費で5000万はかかる。
 
また毎月の費用も上記だけで60万円程度かかる。ラピスだから払えるが、普通のタレントには独立は今のご時世では困難ということになる。初期の頃警備会社と契約してなかったら帰宅した時ファンが5〜6人玄関ドア前に並んでいて「お帰りなさい」と言ったなどという怖い事件もあった。
 
現在の女子寮は警備面と防疫面で“護送船団”になっているので、ここから独立しようとすると自前で護送船団を構築しなければならないのである。この状況はおそらくあと1年くらいは変わらないと思われる。
 

以前の桜木ワルツみたいに、デビューしたから都区内の安い所に1DKのアパート借りて独立というのはできない状況にある。寮の性格もデビュー前の子が住み込める場所というものから、現役タレントの住まいという形に変化してしまった。
 
昔、おニャン子クラブが活動していた頃、メンバーの数人から
「毎日タクシー代出してもらうの悪いし、いっそ寮とか作れないですか」
という提案があったが、秋元康は
「そんなおニャン子の寮とか作ったら警備員を常駐させて要塞みたいにしないといけない」
と答えたという。現在の五反野の女子寮はまさに要塞である。
 

11月27日(日).
 
『少年探偵団VI』の撮影が始まった。2018年1月に始まったこのシリーズも今年が6回目。アクア(21)は今シーズンで“小林少年”役を卒業することを表明しており、最後のアクア版・少年探偵団となる。
 
来期以降も誰か別の人に小林少年役をバトンタッチして続けられるのか、或いはこれで終了なのかは未定である。アクアと同時に探偵団の第1期メンバーも卒業することが発表されている。
 
元原マミ(1998花崎マユミ)
鈴本信彦(2000井上一郎)
松田理史(1998溝口洋平)
今井葉月(2002山口あゆか)
内野涼美(2003河野令子)
 
ただし、まだ若い内野に関しては、来期の花崎マユミ役にオファーされて元原マミと“引き継ぎ式”をしたなどという噂も流れていた。
 
「そんな企画も決まってない内から引き継ぎ式とかあり得ないです」
と内野は否定していたが。
 

「やはりアクアも“少年”役を演じるのはそろそろ限界だったよな」
「だいぶ育ってきたし」
「そうそう。あれだけ女として成熟してくれば」
「次はおとなの女性役だよね」
「やはり明智文代役をするのでは」
などという勝手な噂も流れていた。実は今回これまで文代役を演じていた山村星歌が今シーズンは産休で出演できない。番組では文代不在については特に説明をする予定は無い。
 

さて今回の番組の初回エピソード(2時間スペシャル)は実は2年前から企画されていたもので、これまでに既に数千万円の制作費を使用している。これは2年前に登場した“ロマノフの小枝”というフルートと並ぶお宝フルート“火の鳥”が登場する。実は“火の鳥”を制作するのに2年近く掛かったのである。
 
ところで今回の初回エピソードの本格的制作開始の前に、テレビ局の上層部で一悶着が起きた。それは制作開始に当たって企画書類を見たテレビ局の社長が
 
「ロマノフの小枝とは何だ?このご時世にロシアの宝物など放映できるか?ほかの名前にしろ」
と言い出したのである。
 
鳥山編成局長が説明する。
「このフルートは白いプラチナの管体に青いサファイア、赤いルビーが埋め込まれているので帝政ロシアの国旗の色になっていることからロマノフの小枝と呼ばれているという設定です。それに2年前にその名前で放送していますから今更他の名前に変える訳にはいきません」
 
「うーん・・・・それにしても何か別名があったとかいう訳にはいかんのか。たとえばフランスの“ブルボンの陽気”とか」
 
「このフルートは色の順序が上から白青赤なんですよ。色自体の組合せは例えばおっしゃられましたフランスの国旗や他にもオランダの国旗と同じですが順序が違います。元々帝政ロシアの国旗はオランダの国旗の色の順序を変えて作ったと言われてるんですけどね。またセルビアの国旗とは逆順です」
 

 
ロシア帝国の国旗は現在のロシア共和国のものとは微妙に色合いが異なる。フランスの国旗は実はコロコロ変わっているが上にあげたのは2020時点のもの。革命当時の国旗は色合いがもっと暗い。だいたい昔は明るい色を出せなかった。
 

「そうか。フランスとは順序が違うか」
と残念そうである。
 
「それにロシア国旗の赤がロシア、白がベラルーシ、青がウクライナなんてのは近年になってから出て来た話で,元々は聖ゲオルギウスが青いケープをまとい、白馬に乗って赤い大地を駆けていくという中世の絵からこの3色は出てるんですよ」
 
「そうだったんだ!」
 
「スラブ3民族の色だというのなら、ロシア民族の色を真ん中に置くでしょう。その説ならウクライナこそスラブ3民族の中心ということになりますよ」
 
「あ、そうだよね!フランスのは自由と平等と友愛だったっけ?」
 
「それは全くの後付けですね」
「そうなの!?」
 
「あれは革命軍がパリ市の紋章に由来する青と赤の旗、王党派が白の旗を使っていたので、新しい政治体制を作るため2つの旗をあわせて青白赤の旗を作ったんです。あれはフランス国民統合のマークなんですよ(*52)」
「へー!」
 
この話は知らなかった人が多いようで、みんな「へー」と感心していた。
 
報道局長が手を挙げて言う。
 
「そもそも政治的その他の問題で文芸作品の中の固有名詞を変えるというのはあってはならないことです。どこかの国営放送が“真っ赤なポルシェ”を“真っ赤な車”と歌わせたり、戦時中に野球でストライク・ボールをよし・だめと言っていたような愚をまたおかしてはいけないです。その手の政治的な問題に対して最も中立であるべきなのがわれわれマスコミではないですか」
と彼は援護射撃してくれる。
 
出席者がみんな頷いている。
 

社長は悩んでいたがふと思いついたように言った。
 
「うまい具合にセルビアと逆順だよね。“セルビアの天使”とかではダメ?」
 
すると鳥山は答えた。
「それではこのフルートを吹く羽鳥セシル君に逆立ちして演奏してもらわないといけません」
 
一同爆笑になり、議長を務める専務が「それではロマノフの小枝という名称の継続使用は問題無いですね?」と言い満場の拍手で、“ロマノフの小枝”という名称使用は承認された。ただ鳥山編成局長はこの番組の小池プロデューサーに指示した。
 
「3本目のフルートに“青い休日”と名前を付けて青く塗装するという話はやめよう。普通の金製フルートにしよう」
 
「いいですよ。私も青はまずいのではと思ってました。普通の金のフルートだったら、わざわざ小道具として作らなくても、普通に借りられますよね」
「うん。それで行けると思う。コスモスちゃんとそのあたりは話してみて」
「ああ、§§ミュージックさんなら所有してそうですね」
 

(*52) パリ市の紋章(Blason de Paris)↓

 
船のマークはパリが港町であることを示す。元々が船員・船主たちの町である。下部に書かれた言葉 "Fluctuat nec mergitur" は「波に打たれても沈まない」という意味。パリ市民の800年来のスローガンである。上部の花のようなマークは "fleurs de lys" (フラー・ドゥ・リ:ユリの花)といってブルボン王家を表す白百合である。
 
この紋章はしばしば上が青一色、下が赤一色のフラグで略され、これを革命軍が付けていた。だから実は革命軍のマークの中に王家の印も入っていた。しかし王党派は青を使わず白い旗を使った。
 
それで両者に中立的であったラファイエットが双方のマークを合体させたものを考案したという。ラファイエットはアメリカ独立戦争で(独立側で)活躍し、帰国後今度はフランス革命に関わることになった。ロベスピエール時代は海外に亡命していた。
 

“細川家至宝展”が日本橋の四山デパートで開かれた。細川一族が所有する美術品が展示されている。実は2023年は四山デハートが創業350周年であること、細川グループの創始者・細川洋氏がその礎となる細川洋品店を横浜に開いたのが関東大震災直後の1923年10月で今年は100周年の年になること、この細川洋服店の直系企業であった細川百貨店が戦後四山デパートに吸収されていて縁があったことによる。
 
現在の細川グループは、製紙部門、文房具部門、コンピュータ周辺機器を含む事務用品部門や、これらの製造を支える営林部門・化学部門などに分かれ、グループ全体の従業員は数千人、年商は1兆円近い大企業になっている。
 
ボロ布や端布の処分のために製紙業を始めたら、そちらの方が大きくなってしまったらしい:初期の頃は古い服や和服にいくらか足して新しい洋服を売るという商売をしていてボロ布が大量にあった。(初期の頃はレーヨンを作り、そこから下着などを製造していたがレーヨン需要落ち込みで製紙に転換した)
 
系図を示す

 
 

2年前の“ロマノフの小枝”事件で登場したのが洋介(東堂千一夜)、洋造(木下春治)、聖知(羽鳥セシル)であった。
 
洋一が芸術家になったので洋の事業は次男の洋二が継いだ。洋二には女の子しかできなかったので、末娘の花子が洋一の長男洋司と結婚してその子供たちに引き継がれることになった。年代のギャップが起きるので洋造が中継ぎを務めることになった。
 
ちなみに2番目の月子は生まれた時は月男という男の子だったがヨーロッパ留学中デンマークでちょっとした手術を受け、女性に変わってしまったらしい。
 
洋二は月男に後継者として期待を掛けていたが女になったと聞いてショックで一時期寝込んでしまったという。それで花子と洋司が結婚することになった。でも月男は元々小さい頃から女性的な性格で妹の花子が男勝りの性格だったので花子は月男の“性の転向”を応援したらしいし、花子は副社長の肩書きで実質会社を統率し、業績も大きく成長させた。
 
でもヨーロッパ絵画のコレクションは大半が長くフランスに住んでいた月子によるものである。
 
会社は現在、洋造氏が会長を務め、洋清氏が社長を務めている。洋文・洋和・洋道・洋重もグループ企業の役職に収まっている。一方洋一、洋介、洋高、聖知の系統だけが芸術家で、洋一、洋介、洋高、↑の系図では略した洋高の姉・真理がヴァイオリニスト、その各々の配偶者がフルーティストやピアニスト・ハープ奏者である。細川洋氏は趣味で尺八や胡弓を弾いていたらしいが、その遺伝子をこの系統が受け継いだのだろう。
 

今回の“細川家至宝展”には、雪月花の三姉妹(主として月子)が収集していたヨーロッパの名画、多数の仏像、元々細川家に伝わっていた多くの浮世絵、洋二氏の奧さんが収集していた貴金属などが展示され、中にはゴッホ・ルノワール・モネなどの作品もある。
 
そしてなんといっても目玉は2年前に怪人二十面相に奪われたものの明智探偵・小林少年のコンビが取り戻した“ロマノフの小枝”、そして一般の目には約10年ぶりに公開されることになる“火の鳥”というフルート、その2本のフルートである。
 
火のように燃えるかのような赤いフルートであるが、その管体に3個の大粒のルビーが埋め込まれているので“火の鳥”と呼ばれる。
 
このフルートの出所は洋介氏によるとこのようである。
 
洋介氏の両親、洋一・貞子夫妻が海外旅行の制限が解除される少し前の頃(*53), アメリカの音楽学の大家に招待された。それで政府から特別許可を取り、渡米したことがあった。そして向こうの知人と交流していた時、ある富豪の家のパーティーに招かれた。招待されたお礼に洋一氏はストラディバリウスのヴァイオリン、振袖を着た貞子は“ロマノフの小枝”を使って2人で
ガーシュウィンの『Concerto in F』を演奏した。
 
するとその富豪は
「君たちうまいね。これやる」
と言ってそのフルートをくれたのだという。
「君のその白いフルートとセットで大事にしなさい」
と言われた。
 

(*53) 戦後、一般人の海外旅行が自由になったのは1964年4月1日である。だからこのできごとは1962-1963年頃と推定される。
 

貞子さんは“重み”で金かプラチナのフルートと思ったが、真っ赤なのは何だろうと思った。そのフルートに大きなルビーが3つ埋め込まれている。そして"L'Oiseau de feu" (火の鳥)という銘と共に作者名かと思われる C.d.L という文字が入っていた。
 
帰国後貞子さんは東京藝大で楽器に詳しい人にこのフルートを調べてもらった。その結果、管体は23金でそれにアリザリン(西洋茜の色素)(*55)で塗装されていることが判明した。キィはレッドゴールドである。埋め込まれているルビーはビルマ産とみられ宝石3個の価値だけで5000万円程度と思われる。
 
C.d.L は恐らくClaude de Lation と思われ19世紀末のフランスのフルート制作者と言われた。フレンチスタイルのフルートを確立したルイ・ロー (Louis Esprit Lot 1807-1897) (*56) の直弟子のひとり。この人の作品はとても優秀であったが戦乱で多くが失われたため現在残る作品には希少価値がある。しかも管体金は珍しい。もしかしたらドゥ・ラシオン作の金フルートは世界にこれ1本かもしれない。この宝石が無くても自分ならオークションで2000万円出す、という意見であった。
 
またこのフルートの穴の位置は通常のフルートから微妙にずれていた。おそらくこれは管体にルビーを填め込んだ上でその状態で正しい音が出る位置に穴を開けたものと推察される。またレントゲン検査によりルビーを埋め込んだ凹みの内部にもアリザリン塗装が及んでいることが判明した。つまりこのフルートは、フルートの管体制作→アリザリン塗装→ルビー埋め込み→穴開けという順序で加工したものであり、最初から宝石付きフルートとして制作された、極めて珍しい作品であることが判明した。
 
その後、Claude de Lation の作品を持っているフルート奏者に吹いてみてもらい「確かにこれはClaude de Lation の作品だと思う」という判定も出ている。
 
2000万円というのは1960年代の鑑定なので今ならその価値は宝石と合わせて3億円くらいであろう。Claude de Lation の作品というだけで価値の高いものなので、貞子さんが亡くなってからは、このフルートを吹いてくれる人を探すべく、銀行の貸金庫に収め、時々奏者の募集を掛けている。しかしこのフルートを預かるには、しっかりした家に住む人で、警備代だけでも毎月かなりの費用が掛かると思われ、充分優秀な吹き手で、良い家に住み、警備費の負担に耐えられそうな人が現れないのである。
 

雪月花-三姉妹の中で唯一存命の月子(91/演:カサンブランカ由美) (*54) も今回の至宝展のオープニング・セレモニーに来ていた。月子は性別変更で父が怒っていたのでなかなか帰国できなかったが父が亡くなる前には帰国し父ともあらためて和解。日本では絵画教室をやっていた。実はフランスでも絵の先生をしていたのである。帰国後二科会に入会し現在でも年間20枚ほどの絵を描いて、結構な人気がある。法的な性別は1950年代に一時帰国した時に訂正しているのでもう70年ほど前から戸籍上も女性である。
 
パスポート上も早い時期から女性になっていたので向こうではフランス人男性と結婚していた。夫も一緒に日本に来て、亡くなるまでこちらで一緒だった。彼は物凄く日本にハマり、朝御飯は必ず御飯・味噌汁・焼き魚で、お寿司も大好き。常に和服を着て、庭には枯山水を作り、毎朝神棚拜詞を奏上していた。そして仏像コレクターとなった!!今回の至宝展にはその一部も展示されている。先妻との息子・娘(60代)はフランスに住んでいるが1〜2年に一度日本に来てくれていた。ただしコロナ以降は、まだ会ってないらしい。
 

(*54) カサンブランカ由美は実際は75歳。ボーダーマンズのベース奏者である。ボーダーマンズは植物状態からの回復者(生と死の境界)、フランス人とのハーフ(国の境界)、刑務所からの出所者(シャバとムショの境界)、そしてカサブランカ由美(男と女の境界)という異色4人のバンドだったが由美以外は全員鬼籍に入っている。それでここ1〜2年はたまたまベースが亡くなって欠けたスウィンギング・ナイツと一緒に演奏活動をしている。
 
「私だけ残ったのはやはり女の方が平均寿命長いからかも。私は途中から女だけど」
などと本人は言っている。
 
性転換者の役を天然女性が演じるのはよくないと小池プロデューサーが言い、美高監督も同意見だったので、年齢は合わないが高齢の性転換芸能人である彼女を担ぎ出した。今回は
 
「うっそー!?アクアちゃんのドラマに出られるの!?」
 
と言って喜んで“老けメイク”!して演じてくれた。アクアとサイン色紙を交換していた。二十面相の予告状にギョッとする表情などをしっかり演じてくれた。
 
カサンブランカ由美(1947生) は1973年に25歳でモロッコに渡りマラケシュ(マラ消し?)のジョルジュ・ブロー博士の手術により女性に生まれ変わった。彼女の場合は特例法施行後の2004年に法的な性別を変更している。彼女の娘の夫は作曲家の山本大左である。
 
月子が1950年代に性別を変えられたのは、当時はまだ裁判官がGIDのケースと半陰陽のケースの区別があまり分かっていなかったためと思われるが変えられたのは運が良いとしか言えない。日本最初の性転換者とされる永井明子(手術を受けたのは1950-1951年:戦後では世界初の性転換者)も普通に戸籍の性別を訂正できている(彼女の場合東大・日本医大が絡んでいたのも大きいと思う)。
 

今回の至宝展の会場はデパート7階の、東側にある催し物エリア全てを使用する。この階の中央にはマタニティやベビー用品の売場、西側には食堂がある。
 
ロマノフの小枝と火の鳥は経路最後の特別展示室に展示されるが、その奥にはミニステージが設営されていて、ここで今回の至宝展を記念して初日の7日、中日の14日、最終日前日の21日、と3回、ロマノフの小枝と火の鳥の共演、ミニライブという凄い企画が行われることになっている。
 
このミニステージに置かれたピアノは、スタインウェイアンドサンズの・・・S-155 ベビー・グランド・ピアノ!である。
 
このピアノが女性客に「可愛い!」と受けて人気だったので、デパート側は気を良くして、細川家側の許可を取り、デパートと取引のある音楽教室のデモンストレーターを呼び、毎日ポップスを中心にピアノを弾かせた。すると隣の食堂にも響くのでとても好調で店長(横田直樹)もご機嫌だった。
 

このミニライブには、最初、豪華なフルートの共演を記念してと社長(神崎寛士)が張り切って巨大なD-274 コンサート・グランドピアノ(2千万円)を発注した。しかし事前調査に来た楽器メーカーの人は「このステージでは無理です」とあっさり言った。
 
「なんでダメなんだ?」
「大きなグランドピアノは<それを鳴らすための広い会場が必要です。狭い会場で大きなピアノを鳴らしてもまともな音は出ません。お風呂の中でエレキギターを全力で弾いた状態を想像してください」
 
「わっ」
 
「音を鳴らすには充分な体積の空気が必要なんですよ。楽器が鳴るのではなくホールが鳴るんです。たとえばこのデパートの1階から5階までをぶち抜いて2000人くらいの観客席を設置し満杯の客を入れたら何とか鳴るかもというレベルです」
 
「高さも必要なのか・・・・」
「基本的には14m、最低でも7mの高さと周囲の壁の長さ最低28m、できたら56mが必要です」
「ひぇーっ」
 
14mの高さは通常の5フロア分である。このデパートの建物がだいたい50m×25m程度なので高さがそれだけあるなら、このデパートの半分くらいの広さでもなんとかなる。
 
「大規模なコンサーホールでないと無理ですね。ですからこの会場で鳴らせるのはせいぜいこれです」
と言って、155cmのベビー・グランドピアノを置いていったのである。
(これでも870万円する)
 
社長は
「いくらなんでもこんなおもちゃみたいなのを」
と怒っていたが、客が来てみると女性客たちに人気なので、すっかりご機嫌が直った。
 

さて、このミニライブは招待された人だけが出席でき、警備員がステージ脇に立つという物々しい警戒の中で行われた。ステージと通常の通路はアクリル板で仕切られて、至宝展の一般観覧客は、演奏中は中に入れない(外から様子を見ることはできる)。
 
このミニライブでロマノフの小枝を吹くのは、もちろん細川聖知(羽鳥セシル)、そして火の鳥を吹くのは聖知の親友でもあるアイドル・北里ナナ(アクア)である。この2人のデュエットで演奏するがピアノ伴奏が必要なので、聖知の友人フルーティスト花田小梢(安原祥子)が問題のベビーグランドを弾いて伴奏する。
 
小梢は
「きゃー!可愛いピアノ!」
と声をあげていた。
 
(視聴者からも「ほんと可愛い」「値段は可愛くないけど」といった声が出ていた)
 

聖知(セシル)とナナ(アクア)のデュエットで演奏は進む。そして最後になってピアノを弾いていた小梢もピアノから立ち上がり、金色のフルートを持つ。これは普通のゴールドフルート(23.6金=985‰) で二十面相が狙うようなお宝ではないが“金狐”という名前を持つ。これは管体の端に三尾の狐模様のレリーフがあるからである。
 
(カメラはロマノフの小枝のルビーとサファイア。火の鳥の3つのルビーに続けて金狐のレリーフもしっかり映していた)
 
小梢がピアノで最初の音を出したあと、まずは聖知(セシル)がロマノフの小枝で
「ミーレードーシー・ラーソーラーシー」
と始めると、ナナが2小節遅れで火の鳥で
 
「ミーレードーシー・ラーソーラーシー」
と続く。このモチーフを2度吹いた聖知は次に
 
「ドーミーソーファー・ミードーミーレー」
と次のモチーフに進む。ナナも最初のモチーフを2度吹いてから次のモチーフに進む。
 
つまりこの曲は3人の奏者が同じメロディーを2小節ずつずらしで演奏する。輪唱(カノン)をするから『パッへルベルのカノン』というのである。(本来はヴァイオリン×3の曲)
 
つまり『カエルの歌』のもっと、かっこいいのである!
 

有名な
 
cBc CB, GDE| C cBA Bega| fedf edcB| AGFE DFED |
 
のくだりでは歓声があがっていた。
 
この曲が流れている中、ステージ脇に立つ警備員(香取泰裕)も顔が弛み熱心に演奏に聴き入っているようだった。
 
やがて演奏終了。素晴らしい演奏、そして豪華な共演に招待客だけでなく展示会場側からこれを眺めていた人たち、また外部のプロジェクターで演奏を見ていた人たちからもたくさんの拍手が贈られた。それでフルートを吹いた3人がお辞儀をしたその時
 
何かが発射されるような音があり、ステージに1枚の紙が舞い降りてきたのである。
 
何だろうと見詰めるセシルたち。紙を拾ったのは小梢(安原祥子)である。
 
真っ青になるので、セシルとナナが駆け寄り彼女を支える。ステージ脇に居た警備員と洋介氏(東堂千一夜)も駆け寄る。洋介氏が彼女の手から紙を受け取ると読んで激怒した。
 
「ふざけやがって」
 
紙にはこのような言葉が綴られていた。北里ナナが難しい顔をして腕を組んだ。
 
「素晴らしい演奏を拝聴した。火の鳥はロマノフの小枝以上の名品だ。こんな素晴らしいフルートを銀行の貸金庫にずっと入れておくのは可哀想である。よって小生が保護して、毎日眺めて鑑賞したいと思う。火の鳥をこの展示会の最終日までに頂きに行く。怪人二十面相」
 

(*55) 西洋茜の色素であるアリザリンは古くはとても高価なものであった。カール大帝はこの茜の栽培で経済的な基盤を得たと言われる。しかし1868年にドイツのBASF (Badische Anilin - u. Soda-Fabrik) 社が天然色素と完全に同じ組成のものを合成することに成功。茜の市場価格は1日にして暴落した。これで昆虫記で有名なファーブルは大損失をしたらしい。
 

(*56) 現代のフルートはドイツのテオバルト・ベーム (Theobald Boehm, 1794-1881) によって確立された。が彼の楽器はリヒャルト・ワーグナー(*57) が嫌ったためドイツでは受け入れられず、フランスで広く使われた。
 
ここでこの楽器をフランスのクレール・ゴッドフロア (Clair Godfroy 1774-1841) と義理の息子のルイ・ロー (Louis Esprit Lot 1807-1897) の2代が改良して、カバードキィをリングキィに変更。より高度の表現ができるようにした。また新しい運指法も開発した。また彼らはフルートの素材により適した合金の開発にも取り組んだ。
 
カバードキィ:演奏穴をカバーで覆うので指の小さい人でも確実に穴を塞げる。
 
リングキィ:演奏穴にはリングが填められており。そこを指で覆うので、押さえ加減による細かい表現や微妙なピッチ変更もできる。
 
1860年にはパリ音楽院のフルート担当教授が交代し、この新しいフルートを公式の楽器として受け入れてくれた。(ドイツでは20世紀になるまで受け入れられなかった)
 
ルイ・ローは後に独自の工房を設立し(ゴッドフロアの工房はゴッドフロアの実の息子が継いだ)、パリ音楽院の毎年のコンクール優勝者にルイ・ローのフルートが贈られた。彼の楽器は更に改良を加え、1867年のパリ万国博覧会で、より厚い壁、大きな演奏穴、四角いマウスピース、G#キィを備えた新しいモデルのフルートを発表。このフルートを“フレンチスタイル”と言い、それ以降のフルートの多くがこの系統に属する。
 
ルイ・ローは生涯に870本の金属製フルートを制作したが、その中に1本だけ金製のフルートがあり、これをフルート奏者として有名なジャン・ピエール・ランパル(1922-2000)が所有していた。
 
なお Claude de Lation というのはこの物語での架空の作者。
 
(ベームが木材に代わって金属を材料に採用したのは“穴を大きく出来る”からである。木製フルートは演奏穴を大きくすると割れてしまうという問題があった。ルイ・ローが多数の注文を受けすぎて処理しきれなくなった時、ベームは材料を彼に送ってあげたりして支援している)
 

(*57) ワーグナー(ワグネル)は音楽家というより今回のロシアの侵略行為で危険思想家として有名になった。ヒットラーもワーグナー思想に心酔していた。
 

(*58) セシルと北里ナナが吹くのは当然として3人目のフルート奏者について最初春くらいの段階でテレビ局側から
 
「そちらに信濃町ガールズでフルートの吹ける子がたくさんいますよね。セシルと同年代くらいの子を誰か出してください。女の子に見える子なら本人の医学的性別は問いません」
という話があったので、コスモスは適当に
「じゃ安原祥子を。一応天然女子です」
と言って彼女にこの役を頼んでおいた。安原も
「頑張ります」
と言って、総銀製のフルートを自分で買い(それまでは“管体銀”のフルートを使っていた)、結構熱を入れて練習していたようである。
 

ところが企画が具体化した夏頃の段階で小池プロデューサーからコスモスに連絡があった。
 
「セシルちゃんのロマノフの小枝が白いプラチナ、アクアちゃんの火の鳥が赤塗装のゴールドフルートでしょ。だから、その音に負けないようにするには3本目のフルートもゴールドフルートにしたいんです」
「なるほどですね」
 
「最初はこちらは青塗装にして赤・白・青の三色旗にするつもりだったんですが、ロシアがウクライナに侵略したからロシアの国旗は絶対成立させるなと言われまして“ロマノフの小枝”はもう放送で流しているものだから今更変えられませんけど、こちらは普通の金色のゴールドフルートを考えています。安原さん、ゴールドフルート吹けますかね?」
 
コスモスは即答した。
「ああ、あの子はゴールドも平気です」
 
「良かった。それじゃそれでお願いします。ゴールドフルートは普通のでいいのですが、そちらでお持ちじゃないですよね。賃料はお支払いしますからお持ちならお借りできないかと思いまして。ゴールドフルートは買おうとすると時間が掛かる可能性がありますし」
 
「いえ、普段彼女が吹いているのを使わせますよ。賃料とかいりません」
「ああ、所持しておられるんですね。だったら安心です」
 
電話を終えてからコスモスは安原祥子を事務所に呼び出して言った。
 
「あんた少年探偵団ではゴールドフルートを吹いて」
「え〜〜〜〜!?」
 

安原がゴールドフルートは吹いたことないけど、頑張るから練習用に本物のゴールドフルートを買って下さい、と言うのでコスモスは千里を呼び出し彼女にゴールドフルートを見立ててやってと頼んだ。
 
千里に頼んだのは、普通のルートで入手しようとするとゴールドフルートはそんなに数の出る品ではないので時間が掛かる可能性があるが、彼女ならすぐ入手できるルートを持ってそうな気がしたからである。この際、インド製とかブラジル製とかでもいいし。
 
すると千里は
「ゴールドフルートが1本必要になる気がして、去年のうちに頼んでおいた」
と言って、三響製のゴールドフルートのケースをカバンから出すとポンと渡した。
「いくらした?」
「1276万円(*59)」
「じゃ手数料込みで1400万円払うよ。振り込みでもいい?」
「いいよー」
 
ということで
「はい」
と安原祥子は24金のゴールドフルートを手渡されたのである!
 
(物事に動じない安原も、さすがにこのやり取りには呆気に取られていた)
 
千里は
「そのフルートで音が出るようになったら吹き方の指導をしてあげる」
と言っていたが、安原はこのフルートで音が出るまで1ヶ月かかった!
 
(*59) 1276万円は2021年時点の価格。2023年時点では円安のため1628万円に改訂されている。
 

「1ヶ月で出るようになるとは優秀優秀」
と千里は褒めてくれた。でもそれから2週間、毎日指導してくれた。
 
「千里さん、その全身金色の服、すごいですね」
「そう?ゴールドフルートの指導にはこれがいいかなと思って。君にも1枚あげよう」
「わっ」
「これ洗濯機も大丈夫だけど乾燥機はやばいかも」
「わかりました」
 
ということで、金色のチュニックとスカートを1枚もらったので、安原も教えてもらう間それを着ていた。
 
この2週間の後も週に1回指導してくれたので、11月頃には
 
「凄く良くなった。もうフルートのプロを名乗ってもいい」
と言われるほどになった。
 

(*60) 撮影で使用したゴールドフルート(23.6K)“金狐”は千里が私物を貸してくれたものである。練習のため2週間前からこのフルートを貸してもらった安原は「これ買って頂いた24Kフルートよりパワーがあります」と言っていた。
 
千里はこのフルートを14-15年前から使用していたらしい。24Kでなく23.6Kなのは、24Kは柔らかすぎて加工が難しいし、丁寧な扱いが必要だからと言っていた。
 
23.6Kのフルートは金相場が現在(2022)の半額くらいだった(=円高だった)14-15年前でも700-800万円は、したはずである。よく14-15年前の千里に買えたものである。
 

この“金狐”は以前、フルートメーカーとして国内でも有名な宮澤フルート(*61)で働いていた技師さんが、独立して開いた小さな工房の製品らしい。
「それ山田フルート?」
「いや、そんな有名所じゃない」
 
北海道夕張の山田フルート・ピッコロ工房は“村松”フルートの技師さんが独立して開いた工房である。
 
千里のフルートを作ってくれた技師さんの工房はもう閉鎖されてしまったし、本人は自分の工房を開いてから50本ほどの金属フルートしか作らなかったが、千里が所有しているのはその中で恐らく唯一の金製だと言っていた。(貴重なものでは?)
 
管端に三尾狐のレリーフが入っている。
「その工房のマーク?」
「いや、私が頼んで入れてもらった。狐の絵は私が原画を描いた」
「へー」
 
つまり完全なオーダーメイドだったようである。
 
「工房マークはこちら」
と言って見せてもらったが頭部管の裏に丸に十の字のマークが付いている。
「工房の主は太田さんなんだよ。その家の家紋だと言ってた」
「へー」
「丸に十の字というと鹿児島小原節にも歌われていて島津家の家紋として有名だけど、太田一族も丸に十らしい」
「なるほどねー」
「下に入っているOFHは“Ota Flute House”の略」
「ああ」
 

セシルは本人も2年前から雨宮先生が貸与したプラチナフルートで練習している。アクアも“火の鳥”という企画が2年前に出て来た時、自分でアルタス(*61)の23金フルートを買って、ゴールドフルートの練習をしていた。アクアも最初金のフルートで音が出るまで1ヶ月かかったと言っていた。そして火の鳥は制作に1年半かかり、2022年秋にやっと完成した。
 
(そもそも管体に填め込むルビーをフラックス法で合成するのに半年、2021年の4-9月と掛かっている。それからその宝石を添えてメーカーに特製フルートを正式発注し、コンピュータによるシミュレーションを経て、2121.9-2022.9 と1年掛けて制作された。費用もアクアの番組でなければ出ない巨額のものである)
 
その火の鳥ができてきてからアクアに吹かせたら
「このフルートのキィの位置少し変です」
と言っていた。
火の鳥は宝石を填め込んでちゃんと正しい音が出るように穴を開けるのに苦労したらしい。“穴の位置が変”というアクアの感覚が正しい。
 
管端に宝石が埋め込まれているロマノフの小枝はまだいいのだが、管体に宝石が並べられた火の鳥は、普通の位置に穴を空けると正しい音にならないのである。
 
今回の番組は小道具作りのため、2年の準備を掛けて制作に辿り着いたものである。
 
そして今回のドラマの内部で放送されることになる白金1本・金2本のライブはとてもゴージャスなものなのである!(この物語のラストで解説)
 

なお2年前の番組の制作で使用した“ロマノフの小枝”は番組制作後レインボウ・フルート・バンズのフェイに買い取られていたが、今回は彼女(彼?)から借りて制作した。テレビ局は彼女にレンタル料を払おうとしたが「要らない、要らない」と言っていたので、ありがたく無料でレンタルした。ただ
 
「ルビーが取れちゃったぁ」
などと言っていたので番組制作中は、くっつけておいた。細かい傷は放置した。いかにも普段の練習・演奏に使用している感じが出る。
 
ルビーが外れていたことが社長に知れると絶対何か言われそうだから、鳥山編成局長はテレビ局に持ち込む前に修復し修復の手間賃も自分のポケットマネーから払って
「これ外れていたこと内緒ね。SNSにも書かないでよ」
と関係者には言っていた。
 
やはり高価な小道具の破損が知れると責任問題になるからかなと部下たちは思ったようだが、社長が「オランダの国旗に改造できる」とか言い出しかねないからである!
 
返す時にフェイに
「取り外しておきます?くっつけたままにしておきます?」
と訊くと
 
「外しといて。また外れて彼のヴァギナに入り込むと大変だから」
などというので今の話は聞かなかったことにして!外してから返した!
 
しかしどうも凄い環境で普段使用されているようだ。
 
(おやつ食べてるテーブルの下に無造作に転がってるし、奈美ちゃんがおもちゃの太鼓を打つバチ代わりに使ってたりするし)
 
なお "Rainbow Flute Bands" でフェイが吹いているフルートは総銀のフルートをマゼンタに塗ったものであるが、2013年にデビューして以来既に3本(修理不能なまでに)壊して現在4代目。他のメンバーは2代目か、丁寧なアリスなどまだ初代の千里が買ってあげたフルートを使っているのにフェイは荒っぽすぎる。ロマノフの小枝も来年までには壊れてたりして。
 

(*61) 筆者が独断と偏見で選ぶ国産フルートメーカー5社
 
アルタス(長野県安曇野)、三響フルート製作所(埼玉県狭山市)、宮澤フルート製造(長野県駒ケ根市)、村松フルート製作所(埼玉県所沢市)、ヤマハ(静岡県磐田市豊岡)。
 
この他に、打楽器メーカーとして有名なパール(千葉県八千代市)も管楽器部門を持っており、中高生の吹奏楽部ではヤマハと並ぶ人気メーカーになっている。
 
ヤマハ、パール、アルタス、三響のフルートは故障しにくいのも良い所である。
 
(村松は多分技術力ではトップだと思うが、とてもデリケートな作りなので、他社のフルートのつもりで扱うと簡単に壊れる!しかも修理がとても難しく村松の技術者にしか修理できない。また誰が吹いても“村松の音”にしかならない。それで支持者も多いが“アンチ村松”も多い)
 
現在国内のフルートメーカーはたぶん20社くらいあるかと思われるが、普及品では中国や台湾の製品に押されていて経営の厳しい所も多いようである。台湾には良い品を出すメーカーもあり、そういうのを学校で一括で買っている所もある。
 
国産メーカーもコストダウンのため海外での生産も行っており、現在ヤマハのフルートで売り上げの殆どを占める廉価品“スタンダード”はインドネシアで生産されてから日本国内で調整されている(管楽器はこの作業が重要:きちんと調整されてない管楽器はガラクタに近い)。上級アマ向けの“プロフェッショナル”は国内の工場(豊岡)で製造、プロ向け高級品の“ハンドメイド”は国内の工房で制作されている。パールは低価格製品は台湾で作り台湾で調整までされている(それで最初の“国産”メーカーには数えなかった)。アルタスは一部の“部品”を海外で作っている。
 

しかし高級品については日本は国際的な競争力を持っているし、上記5社の制作能力には大きな差は無い。どれが本当に良いかは奏者の好みや吹くポジション(ソロかトゥッティか)の違いの問題だと思う。
 
(先に少し書いたように中高生の吹奏楽ならヤマハやパールの普及品が良い。またソリストにはアルタスや三響が合うと思う(ヤマハも悪くない)。ジャズならアメリカっぽい音のする宮沢がいいかも:宮沢は国内より海外で人気がある)
 
日本で最初にフルートを造ったのは村松である。それに続いて日本管楽器(ニッカン)が作り始め、戦前はこの2社が国産フルートの2大メーカーであった。1970年に日本管楽器はヤマハ(オルガン制作から出発した会社:旧山葉風琴製造所(*62))に吸収された。
 
(*62) 正確に言うと、山葉風琴製造所が出資者の都合でいったん解散した後、山葉寅楠と河合喜三郎が共同で再建した山葉楽器製造所が今日のヤマハのルーツ。ちなみに河合喜三郎は河合楽器とは無関係!
 
河合喜三郎は飾り職人で資金提供者でもあった。河合楽器はヤマハに勤務していた河合小市が独立して創設した会社である。河合小市は車大工の息子でヤマハ・ピアノのハンマー機構の完成者。
 

洋介氏(東堂千一夜)と洋造氏(木下春治)、四山デパートの社長(神崎寛士)が、千代田区采女町(*63)の明智探偵事務所を訪れた。
 
「大変申し訳ありません。明智は現在アメリカに出張中でして、1月21日か22日にも戻る予定なのですが」
と小林少年(アクア)は申し訳無さそうに言う。
 
「展示会は22日までなんですよ」
「ああ」
 
「明智さんの不在時期を狙ったんだろうな」
と洋造氏が言う。
 
少年探偵団の主席・井上一郎(鈴本信彦)が上等の紅茶とケーキを出してくれる。
 
「すみません。男のかたに」
「いえ。うちは男女平等ですから。いつも事務所に3〜4人の団員が詰めてるから性別関係無く完全ローテーションです」
「ああ、今の時代はそうですよね」
と3人は理解を示した。
 

現在の警備体制について社長が説明する。小林少年はそれをタブレットでメモする。
 
「四山デパートの威信に賭けても絶対にこそ泥などに仕事はさせないと思っています。警備員も今まで5人立ってたのを10人に増やしました。会場のある7階に通じる3つの階段は6階より上は一般客使用禁止にして、エレベータでのみ7階に入れるようにしました。階段の所には正社員を交替で座らせています。そして入場する客には運転免許証・パスポート・マイナカードなど写真付き身分証明書の提示を求めています。基本的に荷物持ち込み禁止です」
 
「なるほど」
 
「しかしそれでも警備会社が『二十面相は我々の手には余る』と言うので、明智探偵事務所さんにも警備をお願いしたいと思いまして」
と社長さんは言っている。
 
どうもこの社長さんは、こんな小さな探偵事務所に何が出来る?くらいの感覚のようだが、恐らく細川家側からも強く言われ、警備会社にも言われたから、仕方無く依頼しに来たという感じのようである。更に明智不在と聞いてかなりがっかりした雰囲気である。
 

「予告状からは何か分かりました?」
「分かりません。コクヨのA4 PPC用紙にキャノンのプリンタで印刷したものです。指紋は紙を拾い上げた子と細川さんの指紋しか付いていませんでした。紙を発射したのはパーティーで万国旗とか紙吹雪とかを発射したりする道具で指紋はありませんでした。リモコンで発射したようなので犯人が近くに居た可能性がありますが、あやしい人は見当たりませんでした」
 
「まあその辺は抜かりないでしょうね」
「予告状が現れてすぐライブ会場を閉鎖して。会場に居た人に全員に再度身元確認をお願いしたのですが、全員確かな身元の人でした」
 
確かな身元の人に変装していた可能性が高いなと小林は思った。身分証明書の偽造くらい簡単にするだろう。
 
「会場自体は警備会社の人がしっかりガードしてるでしょうし、私たちは会場の周辺に何か怪しいものが無いか調べましょうか」
「お願いします」
 
それで事務所の大人の助手・葛西と森田、それに小林少年を含む数名の少年探偵団団員に店内や会場に入れるidカードを発行してもらうことにしたのである。
 
またidカードを持たない団員は、少年探偵団の制服で行動し、スマホに認証アプリをインストールさせていると伝え、男女制服の写真を渡した。
 
「それわりと安心かも。二十面相は少年少女には変装できないかも」
と社長さんは言っている。
 
「確かにやりにくいでしょうね」
 

ここでデパートの社長は少し落ち着いたようで初めて出された紅茶を飲んだ。そして驚く。
 
「これ凄く美味しい」
「社長さんなら産地が分かりますかな」
と洋介氏が尋ねる。仕事柄色々な所のお茶・コーヒーを飲んでいる筈である。
 
「セイロン?」
と恐る恐る訊く。
 
「残念。セイロン島のウバに近いですが、これは南インドのニルギリです、よね?」
と洋介は最後、小林に訊く。
 
「はい、南インド・ケララ州の、ある農園から特等品のニルギリ茶葉を定期的に送っていただいております。以前、明智がそこの農園主さんが抱えていた問題を解決したので」
 
「へー!」
 
これで明智探偵って国際的に活躍してるのかと思い、社長の明智への信頼度が大いに上昇したのである。
 

(*63) 明智小五郎の事務所は最初は、御茶ノ水の“開化アパート”にあった。明智を主人公とする江戸川乱歩の一連の作品では明智はここに住んでいることになっていた。この時代の警視庁の協力者は波越警部である。
 
しかしその後の小林少年を主人公とする『少年探偵』シリーズでは、小林の後見人である明智の事務所は千代田区采女町(架空の地名)にあることになっていた。ちなみに麹町区と神田区が1947年に合併して千代田区になった。そのため一部の作品では“麹町の事務所”という表現も見られる。皇居や警視庁のある桜田門も麹町区である。この時代の警視庁の協力者は中村善四郎係長である。
 
警視庁の担当部署は、しばしば捜査一課とされていることがあるが、捜査一課は“強力犯”(強盗や殺人など)の担当であり、二十面相は“窃盗犯”で強盗は基本的に、しないから実際には捜査第三課の担当のはずである。
 
一課:強力犯
二課:知能犯(選挙違反・詐欺・贈収賄・企業犯罪など)
三課:窃盗犯
四課:暴力団など
 
警視庁の刑事部は、捜査1〜4課と鑑識・科捜研・機動捜査隊などから成る。各々の課長の下に数名の管理官(課長代理)がいて、この管理官が概ね事件捜査の指揮を執る。その下に数名の係長がいる。しかし二十面相案件は三課内に特捜部が作られているかも?
 

多数の少年探偵団員が会場周辺で見回っている。怪しげな放置段ボールとかが無いかチェックし、あればお店の人に言って片付けてもらったりしている。
 
胸に"BD"の刺繍があるパブリックスクール制服風の少年探偵団の女子制服を着た山本五月団員(演:田代晴美)がお店の人にお願いして非常口前の段ボールを片付けてもらっているところ、同じく少年探偵団の女子!制服姿の城山春樹団員(演:浦野俊徳)(*64) がお願いして階段に積み上げられた段ボールをお店の人に片付けてもらっているところ。
 
(*64) 浦野俊徳本人は「この服着て」と言われて「はーい」と言って着た。何の疑問も感じていない。浦野のファンたちは「いつもながら俊ちゃんは可愛い」なとと言って彼が女子制服を着ていることには何も問題を感じていない。大半の視聴者は普通に女優さんと思った。少年探偵団にはこの手の“無意味な女装”が多い!元々無意味な女装が多い原作のテイストを活かしてる?
 
「俊ちゃんの役名は今年までは“城山春樹”だけど来期は“城山春希”に変わるという噂あるね」
「女子団員役になるのかな」
「それでもいい気がする」
「本人も女子高生になったりして」
「睾丸は取ってるよね。中学3年で声変わりしてないってそれしか考えられない」
「俊ちゃんならタマタマくらい取ってもいいと思うなあ」
 

一人の制服姿の女子店員(立花紀子)と北里ナナ(アクア)が遭遇する。
 
「あっ」
「あっ」
 
隅の方に座って話をする。
 
「可愛いじゃん。似合ってるよ。探偵事務所辞めたらデパートガールになる?もう女の子になる手術は終わってるんでしょ?」
「それより何でナナちゃんがこんな所うろついてんのさ」
 
(手術が終わってるか?というのには答えていない)(*65)
 
「聖知ちゃんに個人的に頼まれたのよ。フルートを守ってって」
と北里ナナ。
「まあ君がいろいろ役に立っていることは認める」
 
と答える、女子店員の制服を着ているのは小林少年の変装である(*66).
 
「少年探偵団の邪魔はしないからさ」
「まあいいけど、怪我しないようにね」
「OKOK」
 

「しかし二十面相の予告があったってんで、至宝展は凄い人出らしいよ」
とナナは言う。
 
「へー」
「二十面相が狙うようなお宝をぜひ見ねばというので北海道や九州からまで人が押し寄せるから入場は予約式にしたら、あっという間に最終日まで予約はいっぱい。急遽枠を1日1000枚ずつ増やしたらしい」
「それもすぐ一杯だろうね」
「うん。きっとデパートは警備費が倍掛かっても入場料で元が取れる」
「それ入場料以上でしょ」
「そそ。せっかく四山デパートに来たら色々お買い物するもん」
「だよねー」
 
しかしこの手の情報源としてナナは便利だなと小林は思った。デパートや警備会社などからは伝わってきにくい情報だ。向こうから教えてくれるのは風船が飛んできたとか使用者不明の車があったとかいう類いのものである。二十面相に関連があるかどうかは不明である。
 
「これ羨ましがってニセの二十面相予告出すところがあったりして」
「あはは」
 

(*65) この「手術は終わってるんでしょ?」というセリフは北里ナナ(アクアF)のアドリブ。あとでMが怒っていた。立花紀子は「ああアクア姉弟の戯れだな」と思ったので黙殺して普通にセリフを続けた。美高さんは面白いからこのアドリブを活かした。
 
(*66) このドラマで小林少年が女の子に変装しているシーンがとても多いのは小林がよく女装するという原作のコンセプト?を活かしたのと、こういう2人のアクアが並ぶシーンでの二度撮り・編集の手間を省くこと、そして多忙なアクアの負担をできるだけ軽減する目的がある。多くのシーンを代理の女優さんで撮影し、その映像をそのまま生かせる(声だけアクアがアフレコ)。
 
むろん男性に変装したっていいはずだが、誰もそんな無意味?なことは考えない。小林が変装する時は女性に変装するというのが基本的なお約束。
 
なおアクアは小林少年は男声で演技し、北里ナナは女声で演技している。このシーンはアクアの男声と女声での対話である。
 

1月12日(木).
 
四山デパートのtwitterアカウントに"10"というDMがあった。それを見た担当社員が首をひねり
「何か書きかけでうっかり送信ボタン押したのかなあ」
などと言っていたのだが、お客様係の係長が青くなった。
 
「これはきっと二十面相の予告だ」
「え〜〜!?」
 
警察が調べたところ、カタールから発信されていることが分かったが、現地のアカウント所持者は自分は長いことツイッターなど使ってない、最近はテレグラムばかりだと述べたという。本人同意のもとツイッター・アカウントは閉鎖された。(ここまで半月掛かる!でもこの人きっとテレグラムのアカウントも乗っ取られてる)
 

1月13日(金).
 
四山デパート宛てに「9」と書かれた葉書が届いた。警察が郵便局に照会したところ大阪市中央郵便局で収集されたものであることが分かっただけである。指紋は受け取ったデパートの社員のもの以外検出されなかった。
 

1月14日(土).
 
この日は2度目のミニライブが行われ、聖知・ナナなどによる、ロマノフの小枝・火の鳥の共演が行われた。このライブの始まる前に一騒動あった。ライブのお祝いにお花などが届けられたのだが、その中のひとつひときわ目立つお花に。大きな字で「8」と書かれた色紙が付いていたのである。
 
「これは一体何だ!?」
と現場に居た店長(横田直樹)が激怒する。出入りの花屋さん(中村桂助)は恐縮して
「あのぉ、何か問題がありましたでしょうか」
と恐る恐る尋ねる。
 
事情を訊くと
「木曜日にお店にご来店くださいまして依頼がありました。ひときわ立派なお花を贈ってほしいとのことで、なんとかの8周年だからといってあの色紙を渡されたんです。代金はその場で現金で頂きました」
とのことである。
 
さっそく警視庁で依頼主の似顔絵作成が行われたが、そこに浮かび上がったのは細川洋介氏(東堂千一夜)の顔であった。二十面相が変装していたものと思われる。
 

なお二十面相から贈られたお花については店長は
「捨ててしまえ」
と言ったものの聖知が
「おら、お花には罪は無いもん。飾っておきましょうよ」
と言うのでそのまま飾った。
 
会場では
「あの送り主の名前の入ってない大きなお花は二十面相が贈ったものらしい」
という噂でわざわざその写真を撮る人が続出した!当然翌日の各新聞の1面を飾った。
 
なおライブの際は、展示ケースの警備員が警戒する中、展示ケースの警報装置を止め、聖知とナナがフルートを取り出す。そのままステージまで警備員が同行する。ライブが終わった後は控室でフルートをクリーニングする。この時は女性の警備員(新田青依)が付いている。そしてそのまま展示ケースに行き、2人の手でフルートはケースに納められ、警報装置が再投入される。
 
 
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【夏の日の想い出・アルバムの続き】(5)