【夏の日の想い出・アルバムの続き】(6)
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1月15日(日).
四山デパートの代表電話に電話が掛かって来て「7」とだけ言って切れた。電話を受けた社員は首をひねったが上司に報告する。
「それは二十面相の予告だ」
と言われて彼女は悲鳴をあげた。
「5階のラウンジに列が出て来てたね」
と小林少年が変装している女子店員(演:立花紀子)が言う。
「あまりにも観覧希望者が多いから5階のラウンジでビデオビューイングを始めたんだよ。一応予約制。これは予約金は500円しか取らないし、その500円で1ドリンク飲めるから実質無料。でも最初から無料で予約できるようにすると空予約が多発するから500円取る。予約金はクレカで払い、キャンセル不可。来なくても返金しない。ドリンクはあくまで来てくれた人へのサービス」
と北里ナナ(演:アクア)は説明する。
「賢明だね。デパートはイベントに慣れてるね」
「ライブなんかも運営しているイベント会社にそのあたりは頼んだみたい」
「ああ、餅は餅屋だ」
1月16日(月).
この日の朝10時、社員がお店を開けようと玄関のシャッターを開けると朝から来ていた客の間でざわめきが起きる。何だろうと思って社員が外に出てみると、玄関ドアのところに「6」と書かれた紙が貼られていた。
つまりこの紙はシャッターの内側、玄関ドアの外に貼られていたのである。昨日夕方店を閉めた時は異常は無かったと担当社員は証言した。
なお紙は四山デパートの今年のカレンダーの6月の所を切り取ったものであった。
「二十面相ってこういうのでスリルを楽しむためにやってるとしか思えん」
と小林少年は呟いた。
1月17日(火).
この日は朝出て来た社員が1階の正面の時計が5時で止められているのを発見した。
またこの日も北里ナナ(アクア)と小林少年(女子店員姿/演:立花紀子)は店内で遭遇した。
「入退場口の所に金属探知機ゲートが設置されたね」
「設置するのが遅いくらいだと思う」
「シャッターに操作されて、時計を止められてデパート側もやっと相手の恐ろしさが分かってきたんだよ」
「どちらかというと退場口の金属探知機が重要だよね」
「そうそう」
「まあ普通は持ち出そうとして金属探知機が鳴る前にケースの所の警備員が気付くけどね」
「でもそれを気付かないようにやるのが二十面相だろうね」
「同感。あいつは人間の心理の隙間を突くのがうまいんだよ。7時の次は8時だろうとみんなが思ってる時、あいつの時計には7.9時がある」
「・・・小林君、今の二十面相が引退したら次の二十面相になれるよ」
「勘弁して」
(視聴者の声「まさかアクアは来期の二十面相役か?」「それはさすがに断るだろ」)
1月18日(水).
この日のお昼頃、エレベータを7階で降りたひとりの客がコートを着て手袋をし、帽子をかぶり、サングラスをして大きなマスクをしていた。冬だからコートを着ていたり手袋をしているのは珍しくない。コロナの折でインフルの時期でもあるからマスクはむしろみんなしている。
しかし客は展示会の入口まで来るといきなりコートを脱ぎすてた。すると下に着ているシャツに大きな字で「4」と書かれた文字があったのである。
キャー!
という悲鳴があがる。
入口のところにいる警備員(斎藤次光・香取泰裕)が男のほうに向かおうとしたが、たまたまそばにいた明智事務所の葛西助手(森原准太)が
「君たちは動いてはいけない。陽動作戦かもしれない」
と言ったので
「あり得ますね!」
と言って2人の警備員はそこに留まった。
店員たちが怪人物を追いかけるが怪人物は逃げて行く。そして怪人物はマタニティ・ベビー用品の売場に飛び込んだ。
社員たちが怪人物を見失う。店長(横田直樹)は他のフロアからも社員に来てもらい、大勢で探す。この付近にはフィッティングルームも多数あるので(万一中に客がいた時のため)女性社員たちがひとつずつ開けて確認するが怪しい人物は居ない。トイレの中なども捜索するが怪しい人は居ない。
「どうもうまく逃げおおせたようだ」
と探していた店長(横田直樹)が悔しそうに言い、他のフロアから手伝いに来てくれた社員たちに各持ち場に帰って良いという指示が出る。
その女子社員(太田芳絵)は店長の「帰って良い」という指示を聞いてマタニティ売場を離れ、奥の階段に向かった。7階の階段は現在使用禁止にしているのだが、エレベーター・エスカレーターをお客様に使って頂くため、社員たちは階段で下のフロアに戻って行く。
その女子社員(太田芳絵)が階段を降りようとした時、別の女子社員(立花紀子)が立ち塞がる。
「どいてよ」
「あなたの名前と所属・担当売場は?」
「4階の婦人肌着売場の田中だけど」
「へー。それじゃ婦人肌着売場に問い合わせてそこに田中という社員がいるか確認してみようか」
と立ち塞がる社員は言う。
両者はしばらく見詰め合う。
(愛の告白では無い)
階段を使おうとした女子社員はふっと力(ちから)が抜けたような体勢である。
「きさま、小林か。ほんとによく俺の逃走路が分かるな」
「こちらの階段は少し不便な場所にあるし狭い。普通の社員は向こうの広いほうの階段を使うだろうからね」
「だけど、きさま、よくデパードガールのコスチュームが似合ってるぞ。俺にたくさん出し抜かれて評判が落ちて明智探偵事務所が潰れたら女の子になる手術を受けてデパートガールになるといいぞ」
「二十面相君も、デパートガール姿がなかなか似合ってるじゃん。これから警察呼ぶから、裁判受けて服役して、刑期を終えた後は女になる手術を受けてデパートガールになったら?」
小林と二十面相はしばし睨み合った。
(この場面、立花紀子・太田芳絵で撮影した映像に後半小林役のアクアと二十面相役の大林亮平がアフレコしている。アクアは男声で当てているがアクアの男声は充分女声にも聞こえる。アルトボイスという感じ。北里ナナの声はソプラノボイス)
視聴者の声
「少年探偵・小林芳雄が手術を受けて女の子になったら、少女探偵・小林芳恵でいい気がする」
「それで明智探偵の新しい奥さんに」
「少年探偵団も全員女の子になる手術を受けて少女探偵団に」
「最初から女の奴は?」
「男になる手術を受ける」
「きっと喜ぶ奴が多い」
「元々男になりたいと思ってる女のほうが女になりたい男よりずっと多いと思う」
「そうそう。ただ女が『男になりたい』と言っても普通だから聞き流される。でも男の子が『女の子になりたい』と言ったら珍しいから、こいつは変な奴だと思われる」
「それ多くの人が指摘してる」
「怪人二十面相が手術を受けて女になったら、女怪盗20(ヴァン vingt)とか」
「まあそれでいいんじゃない?(適当)」
「原野妃登美ちゃんは大林亮平が女になっても面白がりそうな気がする」
「ああ、あの人は元々が少し壊れてるから平気っぽい」
「妃登美ちゃんが“少し壊れてる”ならマリちゃんは?」
「あれは壊れすぎて修理不能」
「確かにマリちゃんは修理不能」
展示会入口のところに居た葛西助手が持っていたスマホが鳴る。葛西が取ると小林の声で「西階段」と言って切れた。
「どうかしました?」
と警備員が訊く。
「小林助手がどうも賊を捉えたようですが、彼1人では腕力でかなわないと思う。ちょっとヘルプに行きます」
「だったら、斎藤君一緒に行って。ここはぼくが守る」
と主任のマークを付け香取という名札の警備員が言うので、葛西助手と斎藤警備員で駆け付ける。
2人が西階段に駆け付けると2人の女性社員(立花紀子・太田芳絵)が取っ組み合いをしているので困惑する。
葛西助手と斎藤警備員が、戸惑っているようなので
「両方捕まえて!」
とひとりの女子(立花紀子)が叫ぶ。
「確かにそれが確実だ」
というので、葛西と斎藤は取っ組み合っていた2人をひとりずつ拘束した。
「ぼくはこちら」
と言って葛西が拘束したほうの女子はフェイスマスクを外す。小林少年(アクア)の顔である。「こちらが小林君か」と言って葛西が手を緩めるので「手を緩めたらダメ。ボクのふりしてこちらが二十面相かも知れないじゃん」と言うので葛西は「あ、そうか」といって再度しっかり小林を押さえた。
(これから1分ほどアクアのデパートガール姿!)
しかし斎藤警備員のほうはどうもこちらが本物の賊っぽいと思い、しっかりと押さえる。相手が女だといっても遠慮はしない。斎藤は柔道五段の猛者で物凄い筋力なので、二十面相も柔道の心得はあるがさすがにこの相手には身動きできないようである。
「このまま警察を呼んで」
「分かった」
葛西が自分で呼ぼうとしたが、ちょうどそこに報せを聞いた店長が駆けつけて来たので警察を呼んでもらった。やがて駆けつけて来た警察に、女子社員の制服を着ている2人が(不法侵入の現行犯で)両方拘束され!パトカーに乗せられて署に連行されていった。
「これで解決ですかね」
と店長さんはホッとするように言ったが葛西助手は言った。
「いやこれも陽動作戦かもしれない」
そして、30分後、拘束した二十面相である可能性がある女性がパトカーから署内に連行しようとした時に警官を振り切って逃走したという報せが入った。どうも警官たちは相手が女と思って油断し、また女性の身体をあまりしっかり押さえてはいけないと思って押さえ方が緩かったようである。しかも女性はパトカーの車内ではとてもおとなしくしていた。
「これは二十面相の変装ですからと言ってたのに」
と葛西助手。
「手錠は掛けていたんですが」
「二十面相には手錠もロープも全く意味がありません」
きっと警官を油断させるためにわざとおとなしい振りをしていたのだろう。
これは警察署長も落ち度を認め、署長がわざわざ四山デパートまで謝罪に来た。
しかし最終的に逃げられたとはいえ、小林がいったん賊を捕まえてくれたことでデパートの明智探偵事務所に対する信頼が大きく上昇したようであった。
小林君の方は、森田助手(木取道雄)が引き取りに行き、確かに本人と認められて釈放された。
木取道雄と一緒に署を出るデパートガール姿のアクア!
(視聴者の声「小林少年の顔でデパートガールの服着てても何も違和感無い」)
1月19日(木).
展示会場の入口のところに並んでいる客たちが天井から何かハガキのようなものが落ちてくるのを見た。警備員も気付いて拾い上げると何か絵画の絵はがきのようである。絵には3人の女性が踊る姿が描かれていた。警備員はこの絵を知らなかったが、3人の姿を描いた絵というだけで意味は分かった。
その時並んでいた客が身体検査を求められたが誰も怪しいものは持っていなかった。
天井に粘着テープが付いていたのが発見され、二十面相はおそらく昨夜のうちに天井にこの絵はがきを貼り付けていたものと思われた。それが粘着が弱くなり落ちてきたのだろう。しかし入口付近を映している防犯カメラの映像を確認したものの、夜間にも怪しげな作業をしている人の姿は認められなかった。
小林は思った。
「これは防犯カメラ自体が操作されてるぞ」
絵はがきは確認するとゴーギャン (Paul Gauguin)の「ブルターニュの3人の少女の輪舞 (La ronde des petites Bretonnes)」(*67)という絵の絵はがきだった。指紋は・・・たくさん付いてて訳が分からなかった!恐らくどこかの売場に長期間放置されていて多数の人が触っていたものと推定された。
(*67) ブルターニュはフランス北西部に突き出る2つの半島、ノルマンディー半島・ブルターニュ半島のうち南側。第二次大戦末期、連合国側はブルターニュ半島に上陸するという噂を多数流しておいて、ノルマンディー半島のほうに上陸した(史上最大の作戦)。
とうとう展示会場入口まで賊が来たことから、デパートは店舗を閉鎖している夜間の警備をこれまでの2人(入口と展示ケース横)から4人(入口と展示ケースに2人ずつ)に増やした。
1月20日(金).
この日の日本時間の朝10時(アメリカ東部時間 1/19 thu 20時)頃、明智探偵事務所でお留守番していた花崎マユミ(元原マミ)のところに明智探偵から電話が掛かって来た。
「こちらの事件、やっと片付いたよ。明日昼の便に乗るから」
「え、えっと日本に到着なさるのはいつですか?」
時差の計算は頭の中では難しい。
「今こちらは1/19 木曜日の夜20時。明日の昼 1/20 11:30の便を予約した。これは日本時間では 1/21 午前1:30に相当する。成田到着は同日 1/21 16:00. 14時間半のフライト」
「えっと・・・それはアメリカ時間で?日本時間で?」
花崎マユミはかなり混乱している。
「成田は日本時間だよ」
「あ、そうですよね!」
マユミは現在の事件の状況を報告した。
「小林君が居る限りはそうそう好きなようにはさせないだろうけど、入国したらすぐに日本橋に駆け付けるよ」
「森田助手に迎えに行かせます」
「頼む」
明智が土曜日16時に成田に着陸したとしてコロナはSOSアプリを持っていれば、ほとんどノーチェックで入国できるはずだ。明智はワクチンを最新のオミクロン対応型まで4回打っている。17時に空港を出られたとして、成田空港から日本橋までは夕方の混雑に引っかかっても2時間で着く。すると19時頃までには現場に到着出来るはずである。展示会は19時で終了する。最終日前日・土曜日の閉場間際。でも二十面相の性格からして、盗むのは絶対最終日22日になってからだ。
間に合う!
と花崎マユミは計算した。
マユミから小林に連絡があり、また細川氏・デパートの社長にも連絡した。細川さんは明智が予告日前日の夜には戻ってこられそうというのでホッとしたようである。
そして金曜日のお昼頃。(この日の午前中にマユミは明智の電話を受けた)
フルート展示室に唐突に動物?のマーチングバンドのおもちゃが入ってきた。警備員には、ねこ、黄色の鬼、白い鬼、四角い顔の男、に見えた。そのバンドが何か音楽を演奏するが、警備員たちには何の音楽か分からなかった。しかし入場客の中にいた小学生が
「あ、ようかい体操第2だ」
と言ったので、警備員たちもこの唐突なマーチングバンド来訪の意味が分かった。
ということで、このおもちゃのバンドが演奏したのは、アニメ妖怪ウォッチから『ようかい体操第二』だった。バンドに参加していたのはジバニャン(猫)、コマさんとコマじろう(狛犬)、ブリー隊長(軍人?)であった。ちなみに『ゲラゲラポーのうた』『祭り囃子でゲラゲラポー』『初恋峠でゲラゲラポー』 『ようかい体操第一』『ダン・ダン ドゥビ・ズバー!』も演奏できるようになっていたが『ようかい体操第二』が選択されていた。
このおもちゃはミニライブの会場(フルート展示室の隣)に段差を付けるために床上げした部分の隙間から出現した。警察が調査したところ、タイマーが仕掛けられていてタイマーは最大12時間掛けられるようになっていた。つまり何者かがここにこの日の0-12時の間に仕掛けたものと推定された。
しかし夜間の警備員は何も怪しい人物は来なかったし、そのような所で作業していた人は居ないと報告した。監視カメラの映像を確認したが、怪しい痕跡は見当たらなかった。デパートはすぐにこの段差部分に板を打ち付けて出入りできないようにした。
北里ナナ(アクア)
「絶対これ遊んでるよね」
小林少年(立花紀子)
「あいつは基本が愉快犯なんだよ。こういう予告やってるのが一番楽しくて、女の子が『キャー』とか言って騒がれるのが嬉しくてたまらないんだよ。盗むのは予告状出してしまった以上仕方無くやってる、ただのついで。本当は盗みなんてどうでもいいんだ」
画面隅のワイプで“怪盗衣裳”の二十面相(大林亮平)が、いじけた顔で
「違わい、違わい。盗みが目的だよー」
と言っている。
実際問題として原作の少年探偵シリーズでは二十面相の目的が全く不明で、人を驚かして楽しんでいるだけとしか思えない事件がとても多い。もっともそれは小林も同様で、全く無意味な女装が多い。単に女の子の服を着て出歩きたいだけとしか思えない。
きっと江戸川乱歩は締め切りに追われて、子供たちが興味を惹くようなエピソードを多数書いたものの、結局、事件としてまとめきれなかったものと想像される。
この日の深夜。
警備員の服を着た男(高橋元輔)が脚立に登って何かを天井にセットしているようだった。彼は脚立から降りてきてギョッとする。
目の前に少年探偵団の溝口洋平(演:松田理史)と警備会社の課長(広沢涼太)が立っていたのである。
「夜中に色々大変だね」
「いえ、お疲れ様です、課長」
と警備員は答える。
その時トイレに行っていたもうひとりの警備員(黒沢政俊)が戻って来たがライブステージに課長が居るのでびっくりする。
「課長、何かあったんですか?」
「黒沢君、君はこのあと絶対に持ち場を離れるな」
「了解です!」
と言って彼はケースの横に立った。
しかし課長と黒沢が会話したその隙に突然、高橋警備員は走り出した。
「あっ」
と言って、課長と溝口団員が追いかける。高橋は“閉まっていたはず”の会場出口を開けて外に走り出す。そしてデパートのバックヤードに飛び込んだ。課長と溝口が追いかける。
高橋はバックヤードの窓を開けると外に飛び出した。
「え〜〜!?」
ここは7階である。
2人が窓のところに駆け付けると、小型のパラシュートが下に降りて行くのを見た。
「何て奴だ!」
パラシュートはすぐに地面に到着。その下から一台のバイクが走り出して行くのを溝口と課長は見た。
「逃走経路はしっかり用意してるんだな」
と呆れたように課長が言った。
「すみません。下にも団員を見張らせておくべきでした」
「いや、それはこちらこそ配置させておくべきだったよ」
実は会場入口にゴーギャンの絵ハガキが落ちてきたのに、監視カメラに何も映っていなかった問題で小林は2つのことを想像した。
・監視カメラの映像は改変されている。
・警備員の中に二十面相の協力者がいる。
それで小林は独自の隠しカメラを設置した。すると高橋警備員が相棒の警備員がトイレに行っている隙に、おもちゃのバンドを仕掛けているところが映っていた。小林はその映像を警備会社に持ち込み、課長さんに見てもらった。
「何と・・・」
「この人を雇い入れた時期は」
「1年前です。良い仕事をしてくれていたのに。泥棒を捕まえてくれたこともあるんですよ」
「だとすると“本物の”高橋さんは休んでいるのかも」
「え〜〜!?」
それで“この高橋”が本物かどうかは後で確認することにして、取り敢えず今晩の監視をしてみることにした。課長さんと小林で20時から監視していたが、24時で小林は休み、溝口に交替していた。すると1時過ぎ、“高橋”はもうひとりの警備員がトイレで中座した隙にステージに何かを仕掛けた。
あとで課長が調べて見ると「1」と書かれた紙が接着されていた。課長は別の警備員を呼び出して高橋の代わりに黒沢警備員と一緒に朝まで警備をしてもらった。
またデパートではバックヤードの全ての窓にロックを導入して午前中に全ての窓に取り付けた。ロックが掛かっていても開けられるが時間が掛かるのでかなりの抑止力になる。
ところで溝口団員と警備会社の課長は二十面相またはその仲間が7階の窓から1階までパラシュートで降下したと思い込んだのだが実際には物陰に隠れてパラシュートだけを降下させた。そして下に最初から居た別の仲間が単純にバイクで走り去ったのである!本人は警備会社の課長たちが去った後、別の仲間に窓を開けてもらい、デパートの中に舞い戻った。そして朝まで隠れていてから出入り業者を装って本当に逃走した。
なお後で警備会社が慎重に調査したところ“本物の”高崎警備員は今月初めから“会社が不景気なので”しばらく自宅待機しててくれと言われていたらしい。もちろんすぐ復職したが、念のため今回の案件には入れなかった。
1月21日(土).
花崎マユミがこの日の朝起きてからスマホをチェックすると明智からメールが入っていた。成田行きの飛行機がいったん引き返して!再度出発したので本来の予定から4時間遅れ、JFKを15:30頃再離陸したという。
何だかよく分からないが、機内で何かを大声で主張して乗務員の制止に従わなかった客がおり、機内乗務員が取り押さえて一度ニューヨークに引き返し、警察に引き渡したらしい。そのあと既に飛行機は出発したようだ。4時間遅れになるから成田到着は日本時間で本日20時の予定。
マユミは再度、小林たち、デパート、細川さんに連絡した。しかし細川さんは
「遅れても最終日になる時刻前後には来てもらえるようで心強い」
と言っておられた。
(明智の動き)
さて、この日は3度目、そして最後のミニライブが行われる。
この機会を逃せばロマノフの小枝と火の鳥の共演は二度と見られないかもしれないというので細川氏の所にも四山デパートの社長のところにも多数のライブ観覧のお願いがあり、両者で話しあって結局本来は観客席50のところを消防署の許可が取れるギリギリの70まで拡大した。他の人は店内5ヶ所に設けたパブリック・ビューイングで見てもらう。それぞれのプロジェクターの前にも多数の客が詰め掛けた。
13:00 今日最初ステージに出てきたのは、黒いエレキギターを持った黒いレーシングスーツの女性(三田雪代)と白いベースを持った白いレーシングスーツの女性(斎藤恵梨香)である。
(このあと約30分間この劇中ライブを完全に流す)
三田と斎藤は『スカーバラ・フェア』を演奏し始める。ここでギターはレスポワールで三田の私物、ベースはサンダーバードで太田芳絵の私物を借りた。どちらもギブソンの製品である。
そこにお揃いのディープ・グリーンのドレスを着た三つ子歌手?“ドリーム・トライン”(姫路スピカ・南田容子・竹中花絵:友情出演)が出てきて歌を歌い始める(*68).
(姫) Where are you going?
(竹) To Scarborough Fair.
(南) Parsley, sage, rosemary and thyme
(姫) Remember me to one who lives there
(姫) For once he was a true lover of mine.
(この歌は歌詞の構造上、このように3人の歌い手が必要)
ノリの良い曲に観客が手拍子する。曲が1番を終え短い間奏を経て2番に入るという時、白い“ロマノフの小枝”を持った“白いドレス”の細川聖知(羽鳥セシル)、赤い“火の鳥”を持った“赤いドレス”の北里ナナ(アクア)がステージに昇って2番のフレーズをフルートで演奏し始める。
物凄い拍手が起きる。
ドリーム・トラインは手拍子を打っている。
聖知とナナに少し遅れて“金色のドレス”の花田小梢(安原祥子)も入ってくる。手には金色の“金狐”を持っており、スタインウェイのベビー・グランド・ピアノの前に座ると、まずは『スカーバラ・フェア』にピアノパートを入れる。
ギター・ベース・ピアノの伴奏で2本のフルートが曲を奏でていく。
熱狂の内に『スカーバラ・フェア』は終了し、姫路スピカが
「JoHoos (*68)!」
と伴奏者を紹介し、
「And we are Dream Trines」
と自分達を自己紹介する。そして
「And, Here are Cecile Hosokawa with Romanov twig, Nana Kitasato with Firebird, and Kozue Hanada with Golden Fox」
とフルート演奏者たちを紹介した。そしてさっと退場した。
(セシルという名前は Cecil と書くと男名前、Cecile と書くと女名前)
(*68) アクア主演番組の劇中ライブ前座に登場して歌を歌うという話に新人の子たちがビビった。度胸のありそうな川泉パフェ、広瀬みづほ、七石プリムあたりが
「さすがに勘弁してください」
と言うので、
「君たち根性無いなあ」
と言って、姫路スピカが
「私がやっちゃる」
と言って出てくれた。
でもこのシチュエーションでアクアの目の前で歌っても視聴者が納得してくれるのは、姫路スピカか白鳥リズム、あるいは坂出モナあたりしか居なかったと思う。
JoHoos(ヨーホーズ) は本来のベースは太田芳絵だが、二十面相が化けた女子店員役で出ていたので、本来はJoHoosのキーボード担当・斎藤恵梨香が代わった。エレクトーン弾きは普段からベースペダルを弾いているから、結構楽器のベースも弾ける。即興演奏でも弾くべき音が感覚的に判る。
あの女子店員役はセリフも長く表情の作り方なども難しいので、太田芳絵のような演技力の高い人にしかできなかった。
竹中花絵は今年度までは兵庫県在住だが、大学を卒業したら東京に出てくる予定である。兵庫に住んでいるし、§§ミュージックのタレントでもないのに、頻繁に仕事を頼まれている。Honda-Jetの利用率も高い。
「姫路スピカちゃんの妹さん?」
などとよく言われている。
「実は弟なんです」
「え〜〜〜〜〜!?君男の娘?」
「ジョークです。本当は女の従姉です」
「へー、いや§§ミュージックさんは可愛い男の娘が多いから一瞬信じそうになった」
彼女は本当は同じ学年の従姉。母同士が双子の姉妹なので、このふたりは従姉妹といっても遺伝子的には同母異父姉妹と同等。ついでに一緒に引っ張り出される南田容子は他人の空似。コスモスは
「あんたたち三つ子歌手としてデビューする?」
などと言っている。
「実際には三つ子でもないのに!」
「だって阿佐ヶ谷姉妹も叶姉妹も他人だし」
「確かに!」
でも“ドリーム・トライン(Δ△)”は、この3人のユニット名。この名前で結構あちこちに出ている。略称の最初の三角形はギリシャ文字のデルタ(U+0394), 2つ目の三角形は上向き三角形(U+25B3).
観客が少し落ち着いた感じの所で小梢のピアノが前奏を始める。ロマノフの小枝、火の鳥のデュエットで、まずは有名な『アルルの女のメヌエット』を演奏する。
ミッミーレ・ドレミファ|ソ↓ミ↑ド↓ソ↑ミ
という曲である。みんな知っている曲なので大きな拍手がある。
ここで北里ナナが演奏者を代表して挨拶する。
「ロマノフの小枝・火の鳥の共演ミニライブに起こし下さいましてありがとうございます。もし今客席で見ておられる方、パブリックビューイングで見ておられる方で、先週もパブリックビューイングを見ておられた方がありましたら、私たちの衣裳に『あれ?』と思ったかも知れません」
「実は先週、先々週は各々のフルートが“映(は)える”ように、白いプラチナのロマノフの小枝を吹く聖知ちゃんが赤い服、赤い塗装のゴールドフルート火の鳥を吹く私が白い服、金色のゴールドフルート金狐を吹く小梢ちゃんが黒い服でした」
「でも今回はもう衣裳が各々の持つフルートに溶け込むように、各々のフルートと同じ色にしようということにしました。それで白いロマノフの小枝を持つ聖知ちゃんが白いドレス、赤い火の鳥を持つ私が赤いドレス、金色の金狐を持つ小梢ちゃんが金色のドレスなんです」
というと各々はそのフルートを掲げた。
それで拍手が贈られる。
(この金色のドレスも安原が千里からもらった)
「さて冒頭に吹きました『アルルの女』の『メヌエット』ですが、これはご存じビゼーの作品ですね。『アルルの女』の中で最も有名な曲ですが、実は『アルルの女』の中の作品ではありません」
「えー!?」
という観客の声(日本の観客はお約束にマメ)。
「この作品はビゼーが亡くなった後、友人のギローが『アルルの女・組曲』 (正確には“第2組曲”)を作る時に楽曲が足りなかったので、同じビゼーの『美しきパースの娘』(*69) というオペラ・コミックで使用されたセレナードをギロー自身が編曲して組入れたものです。そういうわけでこの曲は有名なのに実はメンバーでは無かった。JR品川駅は実は品川区ではなかったみたいな話ですね(港区にある)」
(*69) “パース”(フランス語の発音:ペルス)というのは時々誤解している人がいるが“ペルシャ”(Persia) のことではなく.昔のスコットランド首都のパース"Perth" である。この歌劇のフランス語名称は La jolie fille de Perth.
オペラ・コミックとは、形式的にはイタリアのオペレッタと少し似ていて、普通のセリフと歌によるセリフの両方からなる歌劇である。ただオペレッタが短く軽妙なものが多いのに対してフランスのオペラコミックは普通のオペラと似たようなボリュームがある。
「では次に同じメヌエットというタイトルで知られる“バッハのメヌエット”」
拍手があり、ナナは演奏位置に戻る。
ソー・ドレミファ・ソ↓ドッドッ、ラー・ファソラシ・ド↓ドッドッ
これもよく知られた曲なのでみんな熱心に聴いている。演奏が終わると大きな拍手がある。ナナが出てくる。
「ありがとうございました。この曲は『バッハのメヌエット』として知られており、長い間バッハの作品であると信じられておりました。ところが実はその後、作者はバッハではなかったことが判明しています。本当の作者はクリスティアン・ペツォールトという人です。知らない?そうですね。彼は多数の作品を書いているのですが、この曲が最も有名だと思います。それなのに作者を間違われたというのは可哀想ですね。なおこの曲はポップスに編曲されたものが『ラヴァーズ・コンツェルト (A Lover's Concerto)』 としても親しまれています」
とナナが言うと
「ああ!」
という声が数ヶ所からあがっていた。映画音楽にも繰り返し使用された曲である。
「それでは今度は本当のバッハの作品『主よ人の望みの喜びよ』」
拍手があって立ち位置に戻る。
ドレミソファ|ファラソソドシ|ドソミ↓ドレミ|ファソラソファミ|
とひたすら音が続いて行く作品で、休み所が無いのだが、2本のフルートが合奏しているので交替で休むことができる。しかしフルートの音が途切れなく続いているので、聴いているほうもどこで呼吸すればいいか悩む作品である。(聴いているだけで窒息しそう)
ただしこの日のライブで“リードフルートを吹いた人”は『循環呼吸』で全く音を途切れさせずに吹いた(後述)。
演奏が終わると拍手しながらホッとしてように大きく息をついている観客たちがいた。一息つくと次はMC無しで次の曲を演奏する。“ハイドンのセレナーデ”である。
ミファ・ソミドー、ソミ・ラファドー、ファラ・ラソファミ・ミレドシ・シドソー
という曲である。タイトル無しで始まったもののみんな知っている曲でホッとしている。先週はエドガーの『愛の挨拶』とかバッハの『ポロネーズ』とかもやったのだが今週はほんとに音楽にあまり興味の無い人でも知ってそうな曲を演奏している。(そして実は演奏のレベルは高い)
演奏が終わって拍手をもらい,ナナが出て行く。
「ありがとうございます。今の曲は『ハイドンのセレナーデ』と呼ばれている曲なのですが、これも実は長いこと作者が間違われていまして」
ここで客席から笑い。
「本当の作者はロマン・ホフシュテッターというハイドンの熱烈なファンでした。それでハイドンみたいな作品を自分で書いてみたのがこの曲です。ハイドンの作品と間違われて、本人は天国で大喜びして、ハイドン大先生からも褒められてるかも知れませんね」
「同じように作者が違っていた曲としては『アルビノーニのアダージョ』もあります。こんな曲です」
と言ってナナは火の鳥で吹いてみせる。
ミーレード・シーラ・ラー#ソ、ファーミーレ・ドーシ・シーラ
「あああの曲か」という感じで頷いた客と首を傾げていた客がいた.結構知名度の高い曲だが、今日の客層ではこんなものだろうと、ナナは思った。
「これはレモ・ジャゾットという現代の音楽学者の作品なのですが、本人はアルビノーニの自筆譜の断片を発見したので、それを繋ぎ合わせ自分が編曲したと言い張っていました、それでアルビノーニ作曲・ジャゾット編曲と言われそこから“アルビノーニのアダージョ”という名前も生まれました」
「しかしこれが真っ赤な嘘であることがバレてしまい、この作品はジャゾット本人の作曲であったことが判明しています。でも最初から自分の作品だと言っていたら『ああ。きれいな曲ね』で終わって誰も話題にしなかったかも知れませんね」
「音楽家にはしばしば“はく”を付けるのに自分の作品を過去の有名作家の作品と偽って発表する人がいます。現代のヴァイオリニストの多くが学ぶ“クライスラー編”の作品は誰々作曲クライスラー編曲として発表されたのですが、今日では大半がクライスラー自身の作曲だったことが判明しています」
「クライスラーは結局、ヴァイオリンの小品を演奏会などで弾くのに適当な曲が足りなかったので、それを自分で書いていたんですね。でも自分の作品ということにすると「あ、これ良い曲だね」と思って弾こうとする他のヴァイオリニストが使いにくいかもと考えたんです。それでこれはヴィヴァルディ作とかこれはバッハ作とか、大作曲家の名前を出して他の人が使いやすいようにしていたわけです」
「また音楽界にとっても都合のいい部分がありました。クライスラーはユダヤ人なのでナチス政権下ではクライスラーの作品と称さずにベートーヴェンの作品などと言っておいたほうがドイツの音楽家には演奏しやすかったんですね。だからドイツの音楽家はみんな作者偽装を承知の上でベートーヴェン作とかバッハ作とか称して演奏会に掛けたりしていたそうです」
「日本でも明治以来、欧米の作品がもてはやされていたので、ドイツ民謡とかフランス民謡などといって紹介したが、実は紹介した本人の作品だったのではという疑いが濃厚な作品がかなり最近までありました.文部省唱歌とか、戦後の『みんなのうた』には怪しい作品が多いです」
「それでは別の意味で誤解のある曲『ジムノペディ1番』」
拍手があり、ナナ(アクア)は演奏位置に戻る。
和音だけを奏でるピアノの伴奏に、聖知のロマノフの小枝がミソファミシ・ラシドソー、というメロディーを奏で、ナナの火の鳥が低いミー・ミー・ミー・ミーという音で答える。
今日は主として聖知のロマノフの小枝がメインメロディー、ナナの火の鳥はカウンターや三度下などを吹いて合わせている。
拍手をもらってナナが出てくる。
「これはエリック・サティの『ジムノペディ1番』ですが、サティという人は“家具音楽”というのを言い出した人です。彼は酒場のピアニストを長く勤めたのですが、自分の音楽は演奏会で畏まって聴くものではなく家具のようにただそこにあるだけでいい、邪魔にならなければいいんだと言っていたそうです。これは今日のBGMのルーツのような考え方ですね」
「さて“ジムノペディ”というのは古代のお祭りの名前です。ジムノペディの曲を聴いてからこの話を聞くと、静かで神秘的なお祭りだったんだろうなと思ってしまうのですが、実を言うとジムノペディというのは、日本でいえば、大阪のだんじりとか、博多の山笠とか、青森のねぶたとか、あるいはリオのカーニバルとか、物凄く激しいお祭りだったんです。当時は死人が出るくらい普通だったらしいです」
「それなのに音楽がなぜこんな静かなんだというと、サティはジムノペディの様子を描いた古い壺を眺めてこの曲を書いたんですね。壺だから静かなんです。壺は別に騒ぎませんし」
ナナの説明に観客はマジで感心しているようだった。今日の観客はほんとにクラシックにあまりなじみのない客が多いみたいと思った。
(解決ゾローズの中でもクラシック余り聴かない人?といってこの観客を構成した。実はこのライブの場面を撮影している最中に眠っちゃった人もいた!本人はさすがに叱られるかと思ったらしいが「いやいい絵が撮れた」と監督から褒められて、恥ずかしがっていた)
「では静かな曲の次には今眠っちゃった人が起きれるよう明るい曲でメンデルスゾーン『春の歌』」
少し笑いがあって拍手があり、ナナは演奏位置に戻る。カメラは眠っている客を映す。ピアノの前奏に続いて演奏する。
ミ#レミ・↑ドソファミ・レーファラー|ファレ・ド#レレ#|ミソファミ・レドシドミー
という曲である。
これも結構反応が良い。クラシックを知らない人でも結構耳にしているメロディーのようである。背景のリゾネット幕にはこれまでも各々の曲に合わせた背景が映されていたのだが、この曲にはボッティチェルリの『プリマヴェーラ』(春)が流されていた。寝ている彼はこれでも起きない!
女がレイプされている絵をゴールデンに流していいのか小池プロデューサーが心配して上にお伺いを立てたが、編成局長は
「あの絵が問題になるなら『ヴィーナスの誕生』も映せないよ」
と言って笑っていた。
女のヌードだし、男性器切断事件だし!
生まれたての女のヌードなら児童ポルノかも!?
「ではラスト前の曲です。良い夢を見ている人がそろそろ起きられますようにグリーグ『ペールギュント』から『朝』」
小さな笑い声と大きな拍手がある。演奏が始まる。
ソミレ・ドレミ|ソミレ・ドレドレミファ|ソミソ・ラミラ|ソミレドー
背景の絵はソフトに設定しておいたものを演奏とMCに合わせて映している。使用しているのはバックプロジェクターでプロジェクター本体はステージの最奥に置かれている。パソコンの操作はイベント係の店員さん(桜井真理子)がしている。この曲の背景には日本各地の朝の風景が流されていた。
演奏が終了する。
眠っていた客はとうとう隣の客「こらそろそろ起きろ」と肩を揺すられて目を覚まし「ハッ」としていた。
ピアニストの花田小梢(安原祥子)が金狐を持って立ち上がる。ピアノで最初の音を出してから聖知のロマノフの小枝が最初のメロディーを演奏し始める。2小節遅れてナナが火の鳥でスタートする。そしてこれまでピアノを弾いていた小梢も金狐でナナに2小節遅れでスタートする。
『パッヘルベルのカノン』である。
わりと馴染みのある曲なのでみんな熱心に聴いてくれる。
「『大阪で生まれた女』?」と訊いて「『パッヘルベルのカノン』!」と言われている客がいた。
実は坂本冬美が、『パッヘルベルのカノン』のオーケストラ演奏をバックにBOROの『大阪で生まれた女』を歌う、という凄いことをやったことがあるのである。彼はそれを耳にしたことがあったのであろう。
この手の試みはClariSが『アメイジング・グレイス』をバックにNIRGILISの『sakura』を歌うとか、Sweetbox が『G線上のアリア』をバックに 『Everything's Gonna Be Alright』を歌うなど、様々なアーティストがやっている。
この曲の背景には、前回も前々回もそうだったが、3人の女の子が手をつないで踊っている可愛いアニメが流れていた。このミニライブのためにデパート側がアニメ制作家に依頼して制作したスペシャルビデオである。
曲の進行とともに,アニメの絵も色々な形の踊りに変化して行く。その変化を目で楽しむのもよい。そして楽曲が終わりに近づくと、これまでは3人の女の子は輪を崩して横一列にならびこちらに手を振る。それで観客も曲の終わりを感じる。
3つのフルートが停止する。
ここで普通なら観客が盛大な拍手をくれる。
ところが観客はみな固まってしまった。
何かあった?と3人の演奏者は観客が見ている先、後方を見る。するとそこには怪人二十面相と思わしき怪盗マスクの人物が指を1本立ててこちらに笑顔で立っている写真が映っていたのである。
「山科、プロジェクターを消せ!」
という店長の声があり、山科と呼ばれた社員が飛んでいく。
(こういう時は「誰か消せ」と言っても誰も動かない。誰でもいいから誰かを指名すればその人が動く。この店長はさすが人の動かし方を知っている。交通事故などの時も「誰か救急車呼んで」と言っても誰も動かない。誰でもいいから指差して「あなた救急車を呼んで」と言えば.その人が呼んでくれる)
映像を制御するパソコンを操作していた女子社員(桜井真理子)は真っ青である。そしてプロジェクターのスイッチが消えてからやっと、
観客から「きゃー!」という悲鳴があがる。観客が一斉に立ち上がろうとするのをナナが「動かないで!一斉に動いたら将棋倒しとか起きて危険です。二十面相は別にここには居ません」と大きな声で制した。それでパニックはギリギリ防げた。
入退場口はすぐ閉鎖され、まずはライブ会場の客をひとりずつ身元確認して出す。それから一般の観客もひとりずつ身分証明書を確認して退出させた。展示会は今日はもうこれで終わりとさせてもらった。警察の捜査がどのくらいかかるか見当が付かないからである。
今日の午後の14時以降のチケットを持っていた人は、明日の同じ時間にも使用できるし明日無理なら払い戻しに応じると説明した。ほとんどの人は明日への振替を希望した。
ナナたちは女性警備員(新田青依)と一緒に控室に移動。3人ともフルートのクリーニングをする。10分ほどでクリーニングできるので、聖知とナナは女性警備員と一緒に展示ケースに向かい、ケースの中にロマノフの小枝と火の鳥を納める。それでケースは閉じられ、警報装置が掛けられた。
「聖知ちゃんもナナちゃんも顔色が悪い。私が送っていくよ」
と小梢が言うので、細川氏も
「ああ、それがいい。誰か付いていってあげて」
と言う。すると少年探偵団の井上一郎(演:鈴本信彦/ラルフローレンのスーツ姿)が、少年探偵団の認証アプリとデパートからもらっているidカードを見せ
「私(わたくし)は少年探偵団の井上です。私が送って行きます。運転歴は4年です」
と言うので彼に頼むことにした(*70).
それで、井上一郎、細川聖知、北里ナナ、花田小梢の4人が“退場ゲートを通らずに”会場を出て、地下駐車場に移動。井上が運転する小梢のタントでデパートを出たのである。
(*70) 鈴本信彦は実際、仕事で必要になると思うのでと言って高校3年の在学中に免許を取得した.愛車はゴルフ・カブリオレである(最初の1年は中古のカローラに乗っていた)。だから本当に4年乗っている。
ナナたちがデパートを出たのと同じ頃、森田助手(木取道雄)は探偵事務所の灰色のプリウスを出し、成田に向けて出発した。
視聴者の声↓
「これ絶対拉致されるよね」
「そりゃ木取君がまともに仕事できる訳無い」
ライブ会場でのビデオへの二十面相出演事件は、警察が調べたところ、画像制御用のパソコンで『パッヘルベルのカノン』用のアニメビデオに手が加えてあり、ビデオの最後に二十面相の自画像?が加えられていたことが分かった。ファイルのタイムスタンプ自体はこの展示会が始まる前、昨年(2022)12月であった。オリジナルのタイムスタンプと1日しか違わない。
ただ何らかの方法でオリジナルに二十面相が上書きしておいたようである。その作業日は前回のライブから今回のライブまでの1週間で、パソコンはデパートの事務室に置かれており、事務室には多数の業者が出入りしているので誰が触っても気付かなかったと思うと、担当社員は答えた。
二十面相の犯行というのはこのようにとても用意周到で、それ自体がまるで芸術作品であるかのように、緻密に行われているのである。
ライブステージの上から「1」と書いた紙を落とす作戦が失敗したので、予め準備だけはしておいた、こちらの作戦に切り替えたのだろう。
(実は昨日溝口と警備会社の課長に捕まりそうになって逃げた部下が、溝口たちが去った後この操作をした)
警察の捜査を見ていた細川洋介(東堂千一夜)は夕方、男装に戻っている小林少年(アクア)を
「ちょっと」
と呼んだ。
2F紳士服売場の喫茶室で洋介・洋造の兄弟と話す。洋介たちは婦人服フロアの喫茶室などには入りづらいだろう。ウェイトレス衣裳の清川なぎさ団員(演:中川友見 22)がコーヒーを3つ持ってくる。彼女は少年探偵団別働隊“黒豹(Panther)”のメンバーである。実は情報収集のため黒豹メンバー(全員20代以上)の女性(女性に見える人を含む)をこのお店の喫茶室全てに潜入させてもらっている。
このことは小林・花崎マユミと店長しか知らない。黒豹は基本的に他の団員たちとは別行動である。なお小林は「一部女性に見える男性もいますが、いいですかね?」と確認し店長は「よけい頼りがいがあります」と答えた。なぎさなどは体格がいいので店長は「この人は男の娘かな」と思ったようである!(むろん天然女子)
「二十面相の性格からして盗むのは多分22日になってすぐですよね」
と洋造氏は言った。
「過去のケースからすると一番その可能性が高いです。彼は昼間大勢客が居る中にピストルぶっ放して押し入って、ケースを破壊して盗んでいく、みたいな荒っぽい犯行はしませんよ」
と小林は答える。
「気付いたら無かったみたいなスマートな犯行ですよね」
「そうです。彼にとっては盗み自体が芸術なんですよ」
「だったら我々で今夜不寝番(ねずのばん)をしません?」
「やる価値はありますね」
この話がもし洋介氏の周辺の誰かから出ていた場合、その人物がいつの間にか二十面相本人か仲間に入れ替わっている可能性があると小林は思った。しかしその場合、その話に乗ってやることで相手の犯行を阻止できる。
展示会は結局18時に再開された。通常は19時で閉めるのだが、今日は午後の展示を臨時休止したため、再開を知った人の代替入場があり、19時半まで入場を受け付けた。客がはけたのはお店自体の閉店時刻20時である。
ここで18時から19時半まで展示会の受付をしたのはデパートの女子店員の服を着た、少年探偵団の西山ラン団員(演:山鹿クロム)と北山レイ団員(演:三陸セレン)である。実はあの騒ぎの後なので女子店員たちが怖がってやりたがらなかったこと、店長としても絶対信用できる人にここを受け持ってもらいたかったので、西山たちが名乗り出たのを“渡りに船”と、お願いした。
昼間の警備員から夜間の警備員に交替する。フルートの展示ケースの周囲に畳が敷かれる。ここに、聖知の両親である細川洋高夫妻(城村滝雄・しまうらら夫妻:友情出演)、葛西助手(森原准太)、高石主任(店長の息子:佐渡金銀)の4人が陣取る。
不寝番の小林たちがフル徹夜すると体力がもたず、眠たくなってきた明け方を狙われやすいということから、小林たちは現在10階のVIPルームで仮眠中。23時に交替することにしている。店長もこの不寝番に付き合うので、それまでのつなぎのグループに自分の息子を呼んだ。彼は新宿店に勤務している。
実は社長が自分がやろうか?と言ったものの「社長がいると他の人が緊張してよくないから若い人に任せましょう」と専務が言ったので店長と息子に任せた。でもこの日店長には20時で上がらせ、お店を閉める作業は社長が代行した。
20:30.
明智事務所。
花崎マユミのスマホが鳴っているがマユミはデスクに打っ伏したまま眠っている。奥の部屋からセーラー服姿の中居美奈(演:佐川治美)が出て来て代わりに取る。
「お待たせしました、明智先生。少年探偵団、中居美奈です」
「ああ、中居さん、今成田に着陸したから」
「お疲れ様です。森田さんが空港ビル内か駐車場で待機している筈です。本人を呼び出して合流してください」
「分かった.ありがとう」
「必要な所へはこちらから連絡しておきます」
「よろしく」
中居美奈はそのままマユミのスマホに暗証番号を打ち込んでアンロックし!そのスマホから、葛西助手、小林、少年探偵団のメンバーたち、また細川洋介(多分仮眠中)・店長(仮眠中?)にメールし、また警備会社にも電話連絡しておいた。
花崎マユミはまだ寝ている。
「よほど疲れているのね」
と呟くとマユミに毛布を掛けてあげた。そして奥の部屋に戻って寝た。
(君、おうちには帰らなくていいの?いくら土曜の夜でも)
フルートの展示ケース前で“つなぎの番”をしていた葛西(森原准太)はマユミからのメールを受けると
「明智が今成田に到着したそうです」
とその場で伝えた。思わず
「これで安心だ」
と声があがっていた。
22:10.
フルートケースの横の椅子に座り警戒していた2人の警備員・国崎と松本の内、若い方の人、松本が
「ちょっとトイレに行って来ます」
と相方に声を掛け、部屋を出て行った。
二十面相が来た場合に逃走しにくいよう、会場の出口は閉鎖しているので(昨夜ここから二十面相の仲間が逃走したので鍵を交換した)、展示室を通過して、入口の所の警備員にも声を掛けてからデパートのトイレに行く。用を済ませてから戻ろうとした時
「松本さん」
と小声で声を掛けられたので彼は驚いて振り向いた。
22:50.
VIPルームで仮眠していた細川洋介・洋造、小林少年がやってくる。少し遅れて店長もやってくる。2人の警備員・国崎と松本が見ている中“番”を交替する。
「皆様お疲れ様です」
と言って店長自身がコーヒーを8人に注いでまわる。警備員にも渡そうとしたが
「自分達は警備中は持参の物以外の飲食を禁じられているので」
と言って受け取らなかった。
またこれから仮眠に入る葛西助手は受け取ったが小林助手は警備員たちと同じ理由で断った。彼はここに入る前に、今回はバックアップ要員として走り回ってくれている藤本友也団員(演:福山長洋/少年探偵団の女子?制服姿)(*71) からコーヒーの水筒を受け取っている。なお藤本は小林の指示でタクシーで帰宅した。
店長はコーヒーポットをお代わりしてきてから畳のそばに置き、自分も“番”に入った。細川洋高夫妻・葛西助手・高石主任はVIPルームに行って仮眠する。
(*71) 「なんで女子制服着る必要があるんですか〜?」と抵抗したが「こういう服は着れる内に着とこう」などと言われて着せられた。ファンからは「可愛〜い。あと2〜3年は女子高生でも通るよね」などという声。でも大半の視聴者は普通に女優さんと思ったと思う。
「キュロットスカートとか恥ずかしー」
「次はぜひ普通のスカートで」
「やだ」
23:10.
守衛から店長に電話が掛かってくる。店長は
「明智先生がいらしたようです。お迎えに行ってきます」
と言って展示室を出て行く。
店長の靴の音が響く。やがてバックヤードにある業務用のエレベータが動いている音がする。しばらく静寂。そしてまたエレベータの音がして、今度は2つの靴の音がする。どちらも男性の靴音である。そして入口のところで何かやりとりしているよう。そして2つの靴音は一般展示室を通って・・・・フルート展示室に現れた。
店長と明智小五郎(本騨真樹)である。
「明智先生、お帰りなさい」
と笑顔で細川洋介・洋造が言う。
「みなさん、遅くなって申し訳ない。二十面相は今回いろいろ派手なことをしているようですね」
と明智は笑顔で言う。
「まだ今の所はフルートは無事です。こちらです」
と言って洋介氏が明智をフルートケースに案内する。2人の警備員は無言・無表情である。
「これがロマノフの小枝と火の鳥ですか。美しいですね」
と明智。
「まあそういう訳でここで我々が陣取っていれば二十面相も盗って行きようがないでしょう」
と洋介氏は言う。
(この人2年前の事件でも似たようなこと言ってなかったか?)
4人が座る位置をずらして、小林と店長の間に明智は座った。
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【夏の日の想い出・アルバムの続き】(6)