【夏の日の想い出・ホームワーク】(1)

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その日、恵真はいつものように女子制服で学校に登校し、授業を受けて4時頃下校した。
 
恵真が少し悩むような顔で自宅への道を歩いていたら、車が停まりクラクションが鳴った。
「あ、仮名Mさん!」
「今帰る所?」
「はい、そうなんです」
「自宅まで送っていこうか?」
「でも近くですから」
と言って断ろうとして、ふと恵真は“この人に相談してみようかな”と思った。
 
「あの、ちょっと相談したいことがあるんですが、いいですか」
「いいけど。じゃ、ちょっとドライブしようか。それからおうちに送っていくよ」
「はい。すみません」
 
それで恵真はMさんの車(ライオンが歩いているようなマークが付いている)の助手席に乗り込んだ。
 

「何か悩み事?」
とMさんは運転しながら尋ねる。
 
「ええ。ちょっと」
「お仕事が辛いとか?」
「いえ、とっても楽しいです」
 
恵真は自分が半月ほど後には“仕事が辛い”と思うハメになることをまだ知らない。
 
「ボク、7月に突然Aさんに道で呼び止められて女の子の格好することになって、写真とかも撮って、女の子歌手としてデビューすることになって音源制作とかもして、学校には女子制服で通うようになっちゃったんですけど」
 
「うん」
 
「自分は男の子なのに、こんなことしてていいのかなと悩んじゃって」
「性転換手術受けたら?」
「やはりそれがいいですかね?ボク、内緒にしてたけど、女の子であったらいいなと小さい頃から思ってたんです」
 
「まあそういう子は多いよ。手術受けたいなら病院紹介するよ。行けば今夜でも手術してくれる所知ってるけど」
「今夜ですか!?」
 
「まだ気持ちの整理つかない?でも法的な性別は変えることにしたんじゃないの?」
「はい。それは変えさせてもらおうと思って、裁判所に申請書出して面談も受けましたし」
 
「法的に女の子になるなら、肉体的にも女の子になればいいんじゃないの?」
「やはりそうですよね・・・」
「それとも取り敢えず睾丸だけ取る?それなら30分くらいで済むし、入院の必要も無いよ」
「性転換手術だとやはり入院が必要ですか?」
「最低1週間は入院が必要。その後3ヶ月くらい自宅療養」
「大変なんですね!」
「大手術だからね」
「そっかー」
と言ってから恵真は、尋ねた。
 
「睾丸を取るだけなら簡単なんですか?」
「うん。多少は痛いけど、数日で痛みも消えるよ。取っちゃう?」
 
「・・・取っちゃおうかな」
「よし。じゃ今から手術してくれる病院に連れて行ってあげるよ」
「今からですか!?」
「嫌?」
「いいです。連れて行ってください」
と恵真は言った。
 
睾丸が無ければ、自分が男の子なのに女の子していることへの罪悪感は小さくなる気がした。睾丸を取ること自体は、特に抵抗感は無い。まだちんちんまで取るのはちょっと怖いけど(取りたくない訳ではないけどちょっと怖い)。
 
「あ、でも料金はいくらくらいするんですか?」
「30万円くらいだけど、大丈夫だよ。Aさんに付けとくから」
「Aさんなら、そのくらい多分大したことないですよね?」
「うん。そのくらい自分のカードから引かれていても全然気付かない」
 

それで恵真は“仮名M”さんに連れられて病院に行ったのである。
 
手続きなどはMさんにしてもらった。
 
心電図などの検査を受けてから、女性の看護師さんに剃毛してもらう、剃毛されながら、ああ、ボクその内、このちんちんも取っちゃうのかなあ、などと考えていた。
 
やがて手術室に運び込まれ、部分麻酔を打たれる。
 
お医者さんが
「本当に取ってもいいですね?もう戻せませんよ」
というのにハッキリと
「はい。取ってください」
と答えた。
 
それで先生は恵真の陰嚢にメスを入れ、睾丸を2個とも摘出した。
 
「持ち帰りますか?」
と訊かれたが
「要りません!」
と言ったら、睾丸はゴミ箱に捨てられちゃった!
 
手術が終わって、しばらく安静にしておくのに病室に入った恵真は
 
「とうとうボク男の子やめちゃった」
と独り言を言った。
 
「でも睾丸を取っちゃったことはお母ちゃんには内緒にしておこうかな」
 
母が「恵真は既に女の子の身体になっている」と認識していることを恵真は認識していない!母はきっとAさんにうまく乗せられて性転換手術しちゃったのだろうと思い込んでいる。
 
医師の検査を受けてから退院する。
 
帰りはMさんの車で自宅そば(自宅へ行く路地の入口)まで送ってもらい、よくよくお礼を言って別れた。
 
自宅でお風呂に入ってあの辺を洗おうとしたら“既にタックされている”ようでお股の形が女の子みたいな状態になっていたので、
 
「あれ?看護師さんがタックしてくれたのかな?」
と思った。
 
看護師はそんな“親切”までしない!
 
そもそもタックして造った“割れ目”ちゃんは開いたりできる訳がないのに、恵真は、なーんにも考えずに、割れ目ちゃんを右手の指で開いて“中”を優しく左手の指で洗っている。
 
恵真は数日前に3度目の生理が来ていて、今日も念のためパンティライナーを付けていたのだが、もう経血は残っていないようであった。
 

2020年のアクアは3本の主演映画を撮っている。
 
2020.01 『気球に乗って5日間』
2020.07-08 『ヒカルの碁2』
2020.10 『君はダイヤモンド』
 
この他に6月に写真集を撮影したし、春と秋にアルバム(六星座・宝石箱)を制作しているし『ヒカルの碁』の撮影が終わった後すぐに朗読劇『星の銀貨』の収録をしている。今年は『ほのぼの奉行所物語』が最初の2回くらい分を撮影した所でキャンセルになってしまったものの、8月は映画の撮影をしながらライブの準備もしていた。
 
まさに“身体が2つ無いと手が回らない”状況であった。
 
11月1日に『君はダイヤモンド』がクランクアップしたが、12月には『少年探偵団IV』の撮影が始まる予定である(普段の年は11月から始めるが、出演者の予定が詰まっていて、開始が遅れてしまった)。
 
「じゃ11月2日から11月29日までは“空いて”いるな」
と山村マネージャーは言った。
 
「は!?」
とアクアは、来年3月までほとんど余白の無いスケジュール表を見ながら声を挙げた。
 
「よし、今年も時代劇スペシャルを撮るぞ」
「え〜〜〜!?」
とアクアが悲鳴をあげたのは『君はダイヤモンド』の制作が決まった10月頭のことだった。
 

実を言うと3月くらいの段階で、今年は『とりかへばや物語』をしようということで、脚本の執筆は発注されていた。
 
元々は平安時代末期に(今の形に)整備された物語だが、これを近年川口英理子さん!が翻案した『男の娘とりかへばや物語』をベースにして、片瀬紗友里さんに脚本を書いてもらっていた。片瀬さんは過去にテレビで放映された『竹取物語』の脚本を書いたことがあり、平安時代の時代考証に強いことから依頼された。片瀬さんは最近はアニメの脚本を多く書いていたのだが、久しぶりの平安ドラマの依頼に張り切っていた。
 
撮影用のオープンセットも建築することになり、郷愁村の余っている?土地200m×200mほどの領域に、平安京の後宮や大臣邸・二条御殿などを再現することにした。ほとんどの部分がユニット工法で、建てたのは下記↓17個の邸宅・殿である。
 
内裏(6)
宣耀殿(尚侍)・麗景殿・昭陽舎(梨壺:女東宮)・清涼殿・紫宸殿・温明殿
この他に“ハリボテ”の弘徽殿・常寧殿・藤壺・梅壺も建てておく。
 
一般邸宅(9)
左大臣宅:寝殿・東対・西対
右大臣宅:桐対(寝殿は左大臣宅を共用)
二条御殿:寝殿・北対(東対・西対は省略)
吉野宮
宇治邸/左大臣別宅(共用)
六条辺りの家/四の君の乳母の家(共用)
松尾神社:参集殿・風祈社
 
建築は9月には完成している。
 
建築費は合計4億円掛かっている。これ以外に多数の牛車、神輿なども制作し、大量の平安衣装も製作した。それも含めると大道具・衣装で6億円掛かっているが、この費用はムーラン・リゾートが出しており、§§ミュージックはムーランからこれらの建築物その他を半額の3億円で借りて撮影に使用した。残りの費用は、2021年以降、郷愁リゾート“平安村”として観光客に開放して回収すると若葉は言っていた。実際には本人は別に赤でもいいと思っている。ただし番組放送で黒字が出た場合は、ムーランにその一部を配分する約束である(建築費より多くなる可能性もある)。
 

そういった準備は進めていたものの、コロナの影響で、テレビの番組収録が軒並み中止・延期になる中で、今年本当に時代劇スペシャルを制作できるのか、§§ミュージック側でも分からない状況になっていた。それでも昨年放送したΛΛテレビが「ぜひ今年も」と言ってきていたし、昨年のドラマの制作資金を提供してくれて、高い視聴率が取れご機嫌だった松芝電機も「ぜひ今年もやりましょう」と言ってきていた。放送局が今年提示した放送料が格安だったし、松芝電機が提示したスポンサー料も昨年の倍で、制作すれば今年はほぼ確実に黒字が出ると思われた。
 
ただ、問題はアクアのスケジュールが空くか?という問題だったのである。
 

「とりかへばや物語って、どんなお話なんですか?」
とアクアは訊いた。それで山村は簡単に説明した。
 
「時は平安前期、10世紀半ばの物語なんだ。時期的には藤原兼家とか安倍晴明くらいの時代。劇中に左大臣と右大臣の兄弟というのが出て来るけど、藤原兼通・兼家兄弟が政権の中枢にあった時代をかなり意識していると思う。中国で唐が907年に滅亡しているけど、その唐の滅亡から間もない時期というのが時代背景になっている」
 
と山村は最初にだいたいの時代情勢を説明した。
 
「12世紀に書かれたと言いました?」
と西湖が質問する。
 
「そう。だからこれは当時“時代劇”として書かれたもの」
「へー!!」
 
「物語では、右大臣家には跡継ぎの息子がおらず女の子4人だけだった。一方、左大臣家には男の子と女の子がいたのだけど、この女の子が活発な性格で、昭和時代のことばでいえば“お転婆(おてんば)”。本来なら大臣家の御令嬢なんて、深窓で静かに純粋培養されているべきなんだけど、この娘はまず部屋に居ないんだな。男の子たちと一緒に飛び回っている。一方で息子の方は身体を動かすのが苦手で、いつもお付きの侍女と貝合せとか、囲碁や双六とかして遊んでいる」
 
「ああ、何となく見えた」
 
「それで入れ替わるんですか?」
 
「そういうこと、そういうこと」
 
「ここで大事なことはだな。娘の方は活発な性格だから、男みたいに活躍したいと思っているし、なれるものなら男になりたいと思っている。でも息子の方は、別に女の子になりたい訳ではない。妹が自分の振りをして、矢比べとか乗馬とかに出かけてしまうので、仕方なくその代理をさせられて妹の服を着て、お嬢様の振りをしているだけ。だから消極的に女装するハメになっているだけで女性指向は無いんだよ。でも周囲は、いつも女の子の格好をしているから、女の子になりたいのだろうと思っている」
 
と山村が説明すると
 
「僕みたい」
とアクアが言った。
 
「まあ、お前の場合と似ているかも知れないな。お前は女の子になりたいんだろうけど」
「なりたくないです!」
「無理しなくてもいいのに」
 

「まあそういう訳で、妹は男として元服して宮中に仕え、中納言まで出世してしまう。これは今の時代なら省庁の長官クラスの重職だ。そして妹の身代わりをさせられている兄の方は女として成人することになり、尚侍(ないしのかみ)という役職までもらい、女皇太子の遊び相手として宮中にあがるハメになる」
 
「皇太子が女なんですか?」
「うん。先帝のひとり娘なんだよ。先帝にはその子しか子はおらず、今上(きんじょう)は先帝の弟で、今上には男の子も女の子もまだ無い。だから先帝の一人娘が皇太子になった」
 
「それで2人が男女入れ替わって宮中に勤めていて、性別がバレないかとハラハラ・ドキドキの物語ですか?」
 
「まあ基本的にはそういうこと」
 
「それで僕の役柄は・・・?」
「左大臣の娘と息子、一人二役だな」
「やはり・・・」
 
「当然のことながら、これには本格的にボディダブルが必要になる。男の衣装、女の衣装、同じものを2つ用意するから、アクアMと西湖Mが女の衣装を着け、アクアFと西湖Fが男の衣装を着けてスタンバイしておき、適時交代しながら撮影をおこなう」
 
「僕が女の衣装なの!?」
「あ、まちがった。逆だ」
「ボクは男の衣装でもいいけど」
 

§§ミュージックのアクア以外の出演者、一般の俳優さんたち、オーディションで集めたエキストラさんたちを使っての撮影は10月から進められていたのだが、アクアと葉月は10月中は『君はダイヤモンド』の撮影をしていたので、全く時間が取れない。
 
そこで10月中は、アクアの役は、主として佐藤ゆか・竹中花絵(スピカの従姉)・菱田ユカリ・須舞恵夢を代役に使って撮影が進められていた。いつもこういう役に使われることの多い白鳥リズムは、この物語ではひじょうに出番の多い宰相中将役なので、アクアの代役までするのは無理であった。
 
ちなみに佐藤ゆかと竹中花絵が女性貴族の衣装を付けて男君(尚侍)の役、須舞恵夢・菱田ユカリが男性貴族の衣装を付けて女君(中納言)の役である。
 
主人公兄妹の妹の方の役と言われて喜んでいた?須舞恵夢と菱田ユカリは男性貴族の服を着せられてがっかりしたような顔をしていた!
 
なおこのドラマの監督をしているのは『君はダイヤモンド』の監督をしている河村貞治さんの奥さん、美高鏡子さんである。つまり夫婦で別々の映画を同時進行で撮っていたことになる。
 

アクアや葉月が絡む部分は11月に集中して撮影する予定だったのだが、ここで(山村にとって)想定外のことが起きてしまう。
 
これまでMとFのふたりで行動していたアクアが『君はダイヤモンド』の撮影が終わり、いよいよ『THE とりかへばや物語』のアクアを使っての撮影が始まるという11月3日の夕方、統合されて1人になってしまったのである。
 
「すまん。体力的に辛いとは思うけど、何とか2人分頑張ってくれ」
と山村は、1人になってしまったアクア(F)に言った。
 
「無理です。死んじゃいます」
とアクアFは言う。
 
「そこを何とか」
「無理なものはできません」
 
このあたりは特にアクアFは妥協しない。アクアが2人あるいは3人だった時期でも、労務問題について最も強く主張していたのがFだったので、山村はいちばん面倒な子か残ったなと思いながらも、彼女を説得するため妥協案を出した。
 
「だったらレギュラー以外の全ての仕事を他の子に回す」
「それなら何とか頑張ります」
「頼む」
 

それで本来アクアでアサインしていた仕事を山村は、できるだけ、ラピスラズリ、石川ポルカ、花咲ロンドなどに回そうとしたのだが、ラピスラズリはいいとして、ポルカやロンドでは、放送局などが納得しないことが多い。それで、姉妹会社である♪♪ハウスの白河夜船社長に頭を下げた。
 
「松梨詩恩ちゃんや、米本葵心・栗原リアあたりを貸して欲しい」
「田倉友利恵や花咲鈴美・木原扇歌は?」
「番組によっては、そのあたりで納得させる」
 
「実はもうひとり、羽鳥セシルって子を年明けくらいに売り出すつもりなんですよ。1月以降に放送される番組でなら使えるんだけど」
 
「新人なら放送局に売り込める。その子の写真とかプロフィールある?」
「ちょっと待って」
と言って、白河社長は、羽鳥セシルの写真を出してきた。
 
「可愛いね!」
と山村は一発で羽鳥セシルが気に入った。
 
「誕生日は2005.2.25 東京都H市生まれ。大会その他の入賞歴は無い。全くの新人」
「そんな子、どこで見つけたの?」
「雨宮さんが見つけ出してきたんだよ」
「へー。あの人がね。2005年2月なら・・・高校1年生か」
「そうそう」
「女子高生なら使い手があるよ。ラピスラズリは中学生だから遅い時間の番組に出せなくてさ」
 
しかし白河は山村の言葉に注文を付けた。
 
「女子高生じゃなくて男子高生だけど」
「なんですとぉ!?」
と山村は驚く。
 
「だって水着写真におっぱいあるじゃん」
「ああ。女性ホルモン飲んでたらしいよ」
「お股に突起が見られない」
「睾丸は取ったんじゃない?たぶん」
「じゃ、既に中性か」
 
「アクアちゃんみたいに性転換手術を受けさせて完全な女の子にしてからデビューさせようかという意見もあるのだけど」
 
「アクアって性転換手術してんだっけ?」
と山村は訊いた。
 
「今更そんなの隠さなくたって、アクアちゃんが女の子なのは全国民が知ってるよ」
「うむむ」
 
確かにアクアは女の子アクアが残ったのだけど、自分の性別のことは発表しないで欲しいと本人が言っているからなあ、と山村は思った。
 
(アクアのFとMが交替で“表”に出るようになったことを山村は知らない)
 
しかしアクアの代役を割り当てられることになったことから、羽鳥セシルはいきなり11月8日以降、超多忙になってしまうのである。
 

結局、羽鳥セシルは『THE とりかへばや物語』にも出演することになる。
 
帝の侍女で帝の女性関係を記録する係となっている“中将の内侍”という役である。超長い髪のかつらに平安女性貴族の衣装を着せられ「重い!」とセシルは思った(もっともアクア・高崎ひろか・品川ありさ・松梨詩恩・今井葉月以外の女優が着ているものは内側の服が化繊なので少しだけ軽い)。
 
帝役の姫路スピカ(男装)に付き従って、宣耀殿に行く。帝の居所である清涼殿から尚侍(アクア)の居所である宣耀殿に行くには、飛香舎→弘徽殿→常寧殿と経由していく必要がある。それで実際にはハリボテで廊下だけ作られている飛香舎や弘徽殿を通過して行く。
 
宣耀殿の尚侍(ないしのかみ)の部屋の前で中将の内侍が部屋の中にいる侍女に声を掛けると、侍女役の山口暢香が戸を開けるので、帝(スピカ)が中に入る。それで帝が尚侍と逢瀬をする間、セシルは外で待っているのだが、ここで時間がかかるので眠ってしまうというシナリオである。実際にセシルは眠ってしまった!ので、それをしっかり撮影され、後から「きゃー」っと思った。
 

セシルは10月の段階では自宅のある都内H市から通いで土日だけ都心に出て来て、アサインされた仕事をしていたのだが、11月8日以降、突然多忙になり、とてもH市まで帰られない状況に陥ってしまう。
 
学校には欠席したまま、都心のホテルで寝泊まりするハメになったので、保護者から「学業優先ということになっていたはず」とクレームが入ることになった。
 
それで白河社長・山村に、コスモスまで入って協議したところ、当面アクアの多忙が続くことから、セシルについても3月くらいまでほとんど休みが無くなる見込みであることが確認される。それで彼女を都心の学校に転校させようという話になってしまったのである。保護者側もちゃんと授業に出られるのなら転校までは容認すると妥協してくれた。
 
それで山村がコネを使って、アクアが通っていた赤羽のC学園に編入させてもらえることになった。そして、醍醐春海から「尾久のマンションが空いている」という話があったので、そこに引っ越してくることにしたのである。尾久駅から赤羽駅までは、宇都宮線で5分なので通学は全く問題無い。しかし彼女を電車には乗せたくないので、通学および、学校から仕事場までの交通は、コロナが落ち着くまでは、付き人に送迎させることにした。山村は彼女に
 
「コロナのワクチンあるんだけど、打っておく?」
と訊いたので
「もう日本でも接種できるんですか?お願いします」
とセシルは答え、山村は彼女にドイツ製のワクチンを打ってあげた。
 
(山村は今井葉月(F+M)・佐藤ゆか・竹中花絵・菱田ユカリ・須舞恵夢にもワクチンを接種したが“替えの利かない”アクア・白鳥リズム・姫路スピカには接種していない!)
 

「ところでセシルちゃんって男子だよね?」
「ん?」
「C学園は女子高なんだけど」
「あ!忘れてた」
「やはり性転換させちゃう?」
「いや、誤魔化すから大丈夫」
「じゃよろしく」
 
ということで、セシルは山村の“誤魔化し”により、女子生徒として転校してくることになるのであった(有印私文書偽造および行使)。
 
「編入試験とか無いんですか?」
とセシルは尋ねたが
「ああ。代役の子に受けさせといた」
などと山村が言うので
「そんなのいいんですかぁ!?」
とセシルも呆れる(建造物侵入罪)。
 
本人もH市の学校では、男子生徒ではあっても、女子制服で通学していたらしい。それでも彼女は女子生徒として転校してねと言われて「うっそー!?」と驚いた。しかし女子生徒をすることには興味があったようで、性別のことをバッくれて転入することに同意してくれたようであった(但しこの時点でセシルは転校先が女子高であるという話までは聞いていない)。
 
「睾丸は無いんでしょ?」
「手術受けちゃいました」
「最近はそういう子多いなあ。だったら女子生徒で問題無い気がする」
 
実際これだけ女らしければ、バレることはなかろうとコスモスなどは思った。
 
「まあ少し落ち着いた所で性転換手術しちゃえばいいよね」
などとコスモスと白河社長は電話で話し合った。
 

その日、政子は叫んだ
「きゃー!これ練乳じゃない!?」
 
政子は今の時期には珍しいイチゴのパックをマンションを訪ねてきたお父さんからもらって食べようとしていたのである。
 
「何掛けたの?」
と私が訊くと
 
「これは歯磨きだ!」
などと言っている。
 
ちなみに私やお父さんは砂糖を掛けて食べようとしていた。
 
「それは悲惨だね」
「だって、練乳のチューブも歯磨きのチューブも似てるんだもん」
 
そうか?
 
「まあラミネートチューブって、元々は歯磨きのために作られたものだけどね」
とお父さんはウィスキーを飲みながら言う。
 
「これって割と新しいものですよね?たぶん」
「昔は金属のチューブに歯磨き粉は入っていたよ。たしかライオンがこういうチューブを開発して、その権利が切れた後、他の歯磨き粉メーカーが使い、それから練乳とか、パン用のスプレッドとか、化粧品なんかにも使われるようになったね」
 
「絵の具とかが金属チューブですよね」
 
「ラミネートチューブの利点は搾り出しやすく最後まできれいに使えることなんだけど、欠点は空気が入り込みやすいことなんだよ。だから空気に触れて変質しやすい、絵の具とか薬品とか、空気に触れること自体がまずい接着剤とかでは昔風の金属チューブを使っている」
とお父さんは説明する。
 
「なるほどー」
 
「ところでこれ何とかなる?歯磨き粉味のイチゴは美味しくない」
「どれどれ」
 
私は歯磨き粉を掛けてしまったイチゴを丁寧に洗い、キッチンペーパーで水分を拭き取り、またガラスの容器に盛ってあげた。ちなみにお父さんが持ち込んだイチゴは全部で25個で、政子の皿に13個、私とお父さんの皿には6個ずつ載っていた。なお大輝はベビーベッドですやすや眠っている。あやめは政子の実家である。
 
政子はよくよく確かめて練乳を掛ける。
 
「美味しい」
「良かったね」
 

政子のお父さんは定年退職になるまで百貨店の店長さんでお店で様々なコロナ対策を工夫していたので、私はお父さんと音楽制作現場でのコロナ対策などのことで意見を交換していたのだが、イチゴを食べていた政子は唐突に言った。
 
「アルバムのタイトルを変えよう」
「へ?」
「アクロスとか楽しくないよ」
「そぉ?」
「アクアを題材にして、七色のドレスを着せたアクアを愛でるのとかならいいけど」
「それは却下。でも何かアイデアあるの?」
 
「ホームワークがいいよ」
「へー!」
 
「だって、みんなコロナで外に出られなくて、家の中でお仕事してるでしょ。だからホームワーク」
 
「それはタイムリーだけど、どういう曲目で揃えるわけ?」
「国語、算数、英語、理科、地歴公民、音楽、体育、家庭科、道徳、学活」
「ああ、それはいけるかも」
「こないだから少しずつ書いてた、新ABCの歌とか英語の宿題になるよね」
「なると思う」
「DNAさんからお手紙着いたは医学?」
「まあ生物でもいいかな」
「女の子の作り方は保健体育かな?」
「精子と卵子を結合させて作るのなら保健かも知れないけど、材料を混ぜ合わせて作るなら化学だったりして」
「ああ。理科を化学、生物、地学、天文とかって分ける手もあるよね」
「物理が無いの?」
「ああ、それを入れてもいいよ」
「まあ地歴公民は、地理、歴史、倫理、政経、現社とかって分けてもいいでしょうね」
とお父さんも言う。
 

「そのあたり入れてたら12個くらい曲はできるよね?」
「それ既存の未発表曲で使えるのがある気がする。昔ライブのオープニングでやった『年号の歌』とかも出してないね」
 
「ああ、いい箱作ろう鎌倉幕府、イチゴパンツ大好き織田信長生まれる、鳴くなウグイス平安京」
 
「イチゴパンツ大好き織田信長はその年に死んだんだよ。本能寺の変」
「あれ〜そうだっけ?じゃ生まれたのは?」
「人間(じんかん)50年を全(まっと)うできずに49歳で亡くなったから、1582-48=1534年生まれですね」
とお父さん。
 
一瞬で82-48=34 を暗算したのは、さっすが政子のお父さんと思った。政子の天才的な計算能力は、お父さんの遺伝なのかも知れない。むろん、人間五十年とは信長が桶狭間(いい頃を1560狙った桶狭間)の出陣前に舞ったという「敦盛」の歌である。
 
《人間(じんかん)五十年、下天(**)の内を比ぶれば夢幻の如くなり》
 
(**)元々の敦盛では“化天”と書く。しかし信長公記では「下天」と書いている。下天(第六天)の1昼夜は人間界の50年、化天(第五天)の1昼夜は人間世界の800年なので、ここは下天で良い。そもそも信長は第六天魔王を自称している。
 

「どうして48引くの?」
「数え年だから」
と私とお父さんは同時に言う。
 
「それと平安京は“啼くよウグイス”で794年だよ。“啼くな”では年が違ってしまう」
「あれ〜〜!?」
「語呂合わせは便利だけど、その語呂合わせ自体を間違って覚えると結局間違うね」
 
「平城京は何だったっけ?」
「何と立派な平城京、710年」
「南都・平安京710年」
と私とお父さんは言った。
「あ、お父さんの流儀のほうがしっかり結びつく気がする」
「いや、何と立派な、も聞いたことある」
 
「まあこれも使えるね」
「うん」
 

「だけど、テーマ決めずに、いい曲を10曲くらい集めるのもいいかもね」
「うん。そういう手法でアルバムを作るアーティストの方が多いと思う」
 
「じゃアルバム2つ作ろうよ」
「え〜〜〜!?」
 
私はその後、七星さん、産休明けで仕事に復帰して間もない八雲(旧姓氷川)課長と話し合い、このマリの方針が承認されることになる。それで結局今回は2つの傾向の違うアルバムが製作されることになったのである。
 
『ホームワーク(仮題)』
様々な教科の宿題をテーマにしたもの。12曲くらい
 
『ラブコール(仮題)』
特にテーマを決めずに良い曲を集めたもの。8-10曲程度
 
『アクロス』は当面停止である(企画消滅するかも知れない)。八雲課長は、前のアルバムとあまり時間を空けたくないので、どちらか先に作れそうな方に当面集中して欲しいと要請。それで『ホームワーク』を先に作り『ラブコール』はその後、制作に入ることにした。
 
基本的にはライブのオープニングアクトで使った曲中心で行くので、オーブニング・アクトで歌った曲をわりと覚えてくれている七星さんと話し合い、次のようなラインナップを考えた。
 
『ホームワーク』
現国 偏な歌
古典 百人一首の歌
英語 食べ物ABCの歌
数学 三角関数の歌
歴史 年号記憶の歌
地理 土の歌
物理 運動量保存の法則
化学 女の子の作り方
生物 DNAさんからお手紙着いた
地学 太陽系の歌
音楽 リモート合唱の練習
美術 お絵描きの歌
体育 ノーサイド
 
「既に13曲ある」
「各々の歌はその時のライブ録画を見たら譜面に起こせると思うんですが、その出来を見て12曲選び出しましょうか」
「じゃ、その作業は風花にやってもらおう。暇だ暇だと言っているから」
「産休中でもこのくらいは負荷にならないでしょうね」
 

ということで『ホームワーク』の楽曲ラインナップが固まるまで、私たちは『ラブコール』の選曲作業を進めることにしたのである。
 
「歯磨き味のイチゴを入れて」
「はいはい」
 
「『Burning Snow』の別テイクを入れたい」
「制作時に言ってたやつだよね。いいと思うよ」
 

ところで桜木ワルツであるが、彼女は§§ミュージック総選挙(?)の投票券を封入した『§§祭り2020』が発売される予定の9月9日を前にした9月上旬、コスモスの所に来て、年内でタレントとしては引退し、その後は今井葉月の専任マネージャーになりたいと言った。
 
「要するに葉月と結婚したいということ?」
「結婚ではないんです。ただ彼の性欲解消役はさせてもらいたいと思っています」
「あの子、性欲無いのでは?」
「それを覚えさせます」
「まあいいよ。これまでも実際問題として“桜木ワルツ”としての活動より、葉月のマネージャーとしての活動の方が、ボリューム的に大きかったもんね。ほんとうに申し訳なかったのだけど」
「いえ、それは全然問題ありません。あの子、私のことお姉さんにように慕ってくれましたし」
「それが姉妹としての感情を越えてしまったのね」
「はい。姉弟という線を越えてしまって。私の片想いですけど」
 
コスモスが“姉妹”と認識し、ワルツが“姉弟”と認識している微妙な差にワルツは気付いていない。
 
「籍は入れるの?」
「それについては、あの子自身はフリーにしておいてあげたいんです。彼は自分は恋愛が分からないと言いました」
「アクアと同じこと言ってる」
「あの子、睾丸が機能喪失してるみたいだから性的に未発達なんだと思います。でも私と一緒に暮らすのはいいと言ってくれたので、あの子のマネージャーということにして」
「それで事実上同棲するわけか」
 
「彼の人気に傷が付いたら申し訳無いんですけど」
「“彼女”はアイドルという扱いじゃないから、結婚しても特に人気には影響無いと思うよ」
「女の子葉月(はづき)には手をつけたりしません。男の子葉月(ようげつ)と一緒に寝るもりです。彼は立たないからセックスできないけどいいかと言ったので、私はそれでも構わないと言いました。立たなくても、舐めてあげることはできるし、私の中に指とか入れてくれてもいいし」
 
「まああの子の精子は冷凍保存したものがあるから、それで赤ちゃん産む手はあるね」
「産みたいです。認知はしてくれなくてもいいから」
 
「あ、そうそう。和紗ちゃん、葉月と今すぐにも同居したいかも知れないけど、彼女の高校卒業式までは待ってあげて」
「はい。私もそれまでは我慢するつもりです」
 
コスモスは葉月がおそらく11月頃には統合されることを聞いていたのだが、その件は今はワルツに言わない方がいいかなと思った。
 
葉月(はづき)Fと、葉月(ようげつ)Mのどちらが残るかは、醍醐先生にも分からないと言っていた。もしFの方が残った場合、ワルツは悲しい思いをしなければならないかも知れない。
 

11月16日(月)、浜梨恵真(羽鳥セシル)は、真新しい(女子)制服を着て、C学園中学高校4年1組に編入した。慌ただしい転校で、前の学校で送別会もしてもらっていない。
 
実は11月8日(日)に“セッション”をしに行ったら「ちょっとドラマに出てもらうことになった」と言われて放送局に行き、撮影が遅くまであり、もう遅いので今夜はホテルに泊まってと言われた。
 
それで早朝帰宅しなければと思ったら
「済まない。スケジュールが押していて、別のドラマにも出て」
と言われる。
「学校があるんですけど」
「申し訳無いけど休んで。手が足りないんだ」
「え〜〜〜!?」
 
ということで、その後全く学校や自宅どころかH市自体に戻れないまま、連日ホテルからテレビ局や撮影スタジオ?などに出向き、朝から晩までドラマ、バラエティ、クイズ番組、CM撮影!などに出ることになってしまったのである。
 

さすがに母からAさんに抗議があり、話し合いが持たれた結果、恵真は東京北区のC学園に転校し、同じ北区で徒歩+電車+徒歩で20分ほどで学校に到達できるマンションに住むことになった。このマンションは家賃は無料で良いらしい。2LDKSという、ひとりで暮らすには広すぎるマンションである。Sということになっている部屋も充分な広さがあるが、窓が無いので居室ではなくサービスルーム扱いなのだという。
 
ただこのサービスルームの奥に背の高い本棚があり、その本棚の上に神棚があってかなり大きな桐の箱が置かれている。恵真はそれを見た時“暖かい感じ”がした。悪いものでは無いなと恵真は思う。
 
案内してくれた§§ミュージックの吉田和紗さんというマネージャーさんがわざわざ中のものを取りだして見せてくれたが、銀白色の金属製の鏡である。裏面の装飾も美しい。この鏡をここに置いておき、方角をずらさないようにと言われた。それがここのマンションを無料で使える条件らしい。
 
「万一何かにぶつかって落としたりした場合は?」
「基本的には鏡面を西に向ければいいです。不確かだったら、私を呼んでください」
「分かりました。お供えとかはしなくていいんですか?」
「特に必要無いけど、気が向くなら、稲荷寿司を供えてあげて。でも供えるなら週に1回は供えて欲しい。途切れると催促されちゃうから」
 
恵真は“催促”って何だろう?と思った。それよりも“稲荷寿司”というのが気になる。
 
「稲荷寿司ですか!?これって稲荷神社か何かの関連ですか?」
「そうそう。その分霊らしいよ。あと、この部屋ではセックスはしないでほしいのだけど。他の部屋でならOK」
「セックスとか、する相手のアテがありません」
 
そもそもボクって、男の子とセックスするのかな?女の子とセックスするのかな?と恵真は疑問を感じた。
 
「まあ、高校生ではそうだろうけどね。ここはセックスさえしなければ、物干しとか物置などに使うのはOKです。歌の練習に使ってもいいですよ」
 
「迷惑になりません?」
「ここは1階の入居者はここ1軒だけだし、2階には誰も住んでないから歌を歌ったり楽器を演奏したりしても苦情は来ないよ」
 
恵真は疑問を感じた。
 
「どうしてそんなに住人が居ないんです?」
「とても人が住めないから」
「この部屋は大丈夫なんですか?」
「ここは厳重にシールドされた安全区画だから。原発のシールド並みに丈夫らしいよ。あと、窓も開けないでね」
 
「つまり原発並みに危険なんですか?外側は?」
「廊下では3分以上立ち止まらないようにということ」
「あはは」
 

しかし16日に学校に出て行って最も驚いたのが、ここが女子高だったことである!
 
朝、母と一緒に学校に出て行く。
 
「あら、ここミッションスクール?」
「あ、それは聞いた。でも別にクリスチャンになる必要は無いらしいよ」
「まあそうだろうね」
「ミサとかあるけど、それも出る出ないは自由。信者以外はミサに出ても聖体拝受とかはしないらしい」
「ああ、なるほど。聖体拝受は信仰行為だろうからね」
 
母と一緒に職員室に挨拶に行き、担任になった山科先生と一緒に教室に行った。
 
「H市のU高校から転校してきた浜梨恵真です。よろしくお願いします」
とクラスメイトの前で挨拶する。先生から、芸能人なので、欠席欠課が多くなりそうだけど、皆さん連絡事項とか教えてあげてねと言ってもらった。
 
それでやはり芸能人だという秋田利美(白鳥リズム)、島原世令菜(中村昭恵)、近松恭佳(ビンゴアキ)、栗原リア、田中蘭(松元蘭)、といった子たちが寄ってきて「どんな活動してるの?」と訊かれるので、8月から10月に掛けて写真集を撮ったこと、年明けにデビューということで、レコーディングをしたこと、『ヒカルの碁』でプロ試験の受験者役をしたことなどを話した。
 
「写真集出して、CD出してって、凄いじゃん。恵真ちゃん可愛いから、きっと売れるよ」
と秋田利美という子(髪も短いし男っぽい雰囲気なので、最初男の子かと思ったがスカートを穿いてるからきっと女の子なのだろうと判断した)から言われた。
 
「どこのプロダクシュン?」
「♪♪ハウスというところなんですけど」
「うちの姉妹プロダクションじゃん!」
と秋田利美・島原世令菜から言われる。
 
「そうだったんですか!先輩よろしくお願いします」
「うん。頑張ってね」
 
「でも♪♪ハウスの子なら今撮影中の『とりかへばや物語』には出ないの?」
「特に話は聞いてしませんが」
「だったら推薦してあげるよ。何か演技力ありそうな雰囲気だし」
「わあ、ありがとうございます」
 
それで利美(白鳥リズム)の推薦で、恵真(羽鳥セシル)は帝の侍女役でこのドラマに出演することになったのである。
 

それで特にその秋田さんと何となくフィーリングが合う感じがして、仲良くしてもらう。
 
初日の休み時間、彼女から一緒にトイレに行こうよと誘われる。
 
この“連れだってトイレに行く”という女の子の習慣は最初は戸惑ったものの、9-10月のU高校での“女子高生生活”でだいぶ慣れた。
 
秋田さん・島原さんと一緒にトイレに行く。
 
「あれ?ここトイレなの?」
「そうだよ」
「でも男女表示が無いんだね」
「そりゃここは女子高だから、男子生徒は居ないし」
「だからトイレも女子トイレしか存在しない」
「え〜〜〜!?ここ女子高なの?」
と恵真は思わず声を挙げてしまった。
 
「何を今更?」
「知らなかったの?」
「全然知らなかった」
と言ってから、恵真は急に不安になった。
 
「私、この学校に入って良かったのかなあ」
「共学校の方が良かった?」
「そういう訳じゃないんだけど」
「あ、恵真ちゃんもわりと中性的っぽい雰囲気あるよね」
「でも利美(りみ)がこの学校に居られるんだから大丈夫だよ」
「そうそう。ボクはここに入る時、男子は困るんですけどと言われた」
と言って、利美ちゃんは笑っている。
「でも女子制服を着て通学するのなら、入ってもいいと言われたから」
 
恵真は利美ちゃんが居るのなら自分もここに居ていい気がした。彼女も男の娘なのだろうか??
 
「まあ芸術コースには男子も入れるんだけどね」
「もっとも私たちの学年の芸術コースは全員女子だったね」
「上の学年には男子生徒もいるけどね」
「その人たちはトイレはどうするんですか?」
「職員室のそばに共用の多目的トイレがあるから、そこでしてるみたいだよ」
「へー」
 

学校は、当面の間、午前中だけ授業を受けて、午後からは早退して仕事に出てと言われた。それがAさんと母との話し合いの結果に基づく“落とし所”だったらしい。利美ちゃん、近松恭佳(ビンゴアキ)ちゃん、栗原リアちゃんも、午前中のみで早退する組であった。
 
「芸能人の場合、そういうのが多いの?」
「今は年末近いからどうしてもスケジュールが厳しいんだよね。年明けたら落ち着き始めて、たいていの子は最後まで授業受けられるようになると思うよ」
「へー」
 
特に初日は、利美ちゃん、リアちゃんと3人で同じ放送局に行き、同じ番組に出演した。利美ちゃんはどうも凄い人気の子のようである。リアちゃんから利美ちゃんは今年の紅白に出ることが決まっていると聞く。そんな凄い人気の子だったとは驚きである。学校では普通にしてるのに。でも芸能人の多い学校だから、変に騒がれずに普通にしていられるのかもと思った。
 
しかし紅白なんて夢の舞台だと思う。
(恵真は翌年自分が出ることになるとは夢にも思っていない)
 
「ところで利美ちゃんは紅白って白組に出るの?」
とリアに尋ねる。
 
「一応紅組らしいよ。本人は白組でも行けると言っていたけど」
「へー」
「あの子、男子トイレで立っておしっこできるらしいし」
「じゃ、ちんちんは付いてるんだ?」
「それは秘密とか言ってた」
「ふーん」
 
でも立っておしっこできるのなら、当然ちんちんは付いているのだろうと思う。ボクは股間成型してるから、立ってはできないけど。でも、性別って心の性別でいいのかなあと恵真は思う。だったら自分も女子高生して女性タレントしてもいいのかな?利美ちゃんだって本当は男の子?なのに女の子タレントしてあんなに人気なんだし。
 

さて、ローズ+リリーの方であるが、結局『ホームワーク』はマリの産休明けの11月中旬から制作を開始することにした。最初は“国語”『偏な歌』から始めた。
 
偏な歌
 
女に市は姉さんで、女に末は妹よ、波乗りしているお婆さん、女の子は好き好き好き。
 
木偏に春は椿(つばき)の木、木偏に夏は榎(えのき)の木、木偏に冬は柊(ひいらぎ)で、木偏に黄色は、横横横。
 
日が出て青空それは晴れ、日の下に雲があったら、それ曇、日と月あったら明るいわ、日偏に寺は時ですね。
 
魚で占うのは鮎(あゆ)で、魚が弱いのは鰯(いわし)です。
魚が里に居たら鯉(こい)で、魚が周りにいたら鯛(たい)なの。
魚が有るのは鮪(まぐろ)のツナ、魚が堅いのは鰹(かつお)ボニート、魚でタイガー(虎)は鯱(しゃち)だけど、魚でシープ(羊)は新鮮ね!
 
今回音源化するのはここまでである。マリの歌詞は、この先にこんなものもあった。
 
千メートルは粁(キロメートル)、百メートルは粨(ヘクトメートル)、十メートルは籵(デカメートル)、10分の1メートルは粉(デシメートル)、100分の1メートルは糎(センチメートル)、1000分の1メートルは粍(ミリメートル)。
 
百万グラムは瓲(トン)で行き、千グラムは瓩(キログラム)、百グラムは瓸(ヘクトグラム)、十グラムは瓧(デカグラム)、10分の1グラムは瓰(デシグラム)、100分の1グラムは甅(センチグラム)、1000分の1グラムは瓱(ミリグラム)。
 
これをカットするのは「音で聞いても分からん!」という理由である。
 
この曲のPVには歌詞の字幕スーパー!が記入される。
 

私が付けた曲は軽快なロックンロールで、近藤(Gt)・鷹野(B)・酒向(Dr)の3人だけで演奏する。他の人たちはお休みである。スケジュールの調整をする必要が無かったので、この曲を最初に収録した。
 
曲間の間奏に、私と七星さんによるサックスの掛け合いを入れている。
 
PVは主として信濃町ガールズの子たちに出演してもらって収録した。様々な魚の写真、京都の風景、サーフィン婆ちゃん(出演は風帆師匠!でも69歳には見えない。まだ50代のボディラインだと称賛されていた)などの映像も入れている。
 

続いて制作したのは『食べ物ABCの歌』である。
 
食べ物ABCの歌
 
A-Apple B-Biscuit C-Cheese D-Donuts,
E-Eclair F-Fish G-Grape H-Hamburger,
I-Icecream J-Juice K-kiwi L-Lamb and M-Milk.
 
N-Noodle O-Onion P-Pizza Q-Qing-geng-cai,
R-Rice S-Sandwich T-Tea and U-Urcin V-Vegetable,
W-WaterMelon X-XmasCake, Y-Yogurt Z-Zucchini.
 
I will eat my ABC, They are delicious! ABC.
 
メロディーは普通のABCの歌(きらきら星)のメロディーである。Gt(近藤),B(鷹野), Dr(酒向), Mar(月岡), Fl(七星), Pf(詩津紅) という単純構成で伴奏は制作している。
 
そしてPVはマリがこれらの食べ物を実際に美味しそうに食べるシーンになっており、給仕役は私である!
 
Fishは鷹野さんが釣り竿で魚を釣り上げるシーンに続いてマリがお刺身を食べるシーン、Lambは羊のアニメに続いてマリがジンギスカンを食べるシーン、Onionは玉葱1個丸ごと見せてから玉葱サラダを食べる所などという感じになっている。
 

続けて制作したのは『年号記憶の歌』である。これは制作してから先行してyoutubeに上げたら、受験生たちに好評だったようであった。
 
年号記憶の歌
 
ご参拝に行く538年仏教公伝、空よ晴れろと806年空海真言宗。
群れなして行く607年遣隋使開始、白紙に戻そう894年遣唐使廃止。
南都素敵な710年平城京、啼くよウグイス794年平安京。
人恋しくて1051年・前九年の役、人も止(や)み1083年・後三年の役。
 
いい箱作ろう、1185年鎌倉幕府、いざ都入り1338年足利尊氏室町幕府。
人の世むなしき1467年応仁の乱、以後良く広まる1549年キリスト教。
イチゴの涙1573年室町幕府滅亡、イチゴパンツ大好き織田信長1582年本能寺。
ヒーロー意志弱く1614年冬の陣、ヒーロー以後出ず1615年夏の陣。
 
一難色々1716年享保の改革、いや良い1841年天保の改革。
いやでござんす1853年ペリー来航、ひとつやろうや1868年明治改元。
行く人ふたり1912年大正時代、行くぞ風呂1926年から昭和。
行くぞ野球に1989年は平成元年、フレンドと行く2019年は令和。
 
みんなでGo!375年ゲルマン人の大移動、柵こしらえて395年ローマ帝国東西分裂、
死なむとする476年西ローマ帝国滅亡、苦労に報いて962年オットー戴冠、
王も人に以降従え1215年マグナカルタ、人散々苦しむ1339年百年戦争、
意欲に燃えるコロンブス1492年新大陸到着、意欲は僕も1498年ヴァスコ・ダ・ガマはインドへ。
 
一路連れ合い1620年ピルグリム・ファーザーズ、いいななろう独立国に1776年アメリカ独立宣言、
非難爆発1789年フランス革命、威張れよナポレオン1804年皇帝就任。
戦場に行く人よ1914年第一次大戦、戦(いくさ)苦しい1939年第二次大戦。
新時代に行く約束1989年ベルリン壁崩壊、欧州ひとくくりさ1993年EU発足。
 
※仏教公伝については「“ここに伝来”552年という説もあります」というお断りを付けている。ちなみに昔は「仏教伝来」と言っていた。また鎌倉幕府成立の年代には諸説あり昔は「“いい国作ろう”1192年」説が有力だったが、最近は1185年説の方が有力になっていることもコメントした。
 

この曲はロッカバラードでわりと自由なメロディーに乗せて歌っている。文字数がどうしてもバラバラなので、メロディーを歌詞に合わせてかなり調整しており、さだまさし『雨やどり』、ZONE『secret base 〜君がくれたもの〜』等と同様の“通作歌曲形式”で制作している。
 
酒向さんがずっとスローロックのリズムでハイハットとバスドラを打っている中で、私とマリがわりと自由に歌い、実はそれに後付けで、近藤さんのギター、鷹野さんのベースを入れている。最終的に詩津紅のキーボード、七星さんのサックスで装飾的な音を入れて完成させた。
 
PVでは、各々の事件を象徴する絵(描いたのはリセエンヌ・ドオのうちの佐藤ゆか以外の3人と、ColdFly5の花咲鈴美)に、年号・語呂合わせの文章も添えたものを紙芝居方式で映している。
 

『百人一首の歌』は五七五七七の短歌を五七/五/七七という、4+2+4小節の10小節のメロディーに乗せ、それに続いて2小節の間奏を入れた12小節単位のパターンを和歌の数だけ繰り替えす。4回に1度、違うメロディーに乗せる。つまり4首が1単位になって繰り返していくことになる。
 
政子が選んだのは次の20首である。
 
1.秋の田の刈り穂の庵の苫を荒み我が衣手は露に濡れつつ
2.春すぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山
3.あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜を一人かも寝む
5.奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき
 
9.花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
11.わたの原八十島かけて漕ぎいでぬと人には告げよ海人の釣舟
12.あまつ風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ
15.君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ
 
17.千早ふる神代も聞かず竜田川唐紅に水くくるとは
22.吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐と言ふらむ
28.山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば
33.久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
 
40.忍ぶれど色に出でにけり我が恋は物や恩ふと人の問ふまで
43.逢ひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり
52.明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな
60.大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
 
61.古への奈良の都の八重桜今日九重に匂ひぬるかな
77.瀬を早み岩にせかるる滝川の割れても末にあはむとぞ思ふ
87.村雨の露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋の夕暮
89.玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする
 

この曲だけは伴奏を ColdFly5+3 の子たちにお願いした。ColdFly5に一部友人を加えた特別編成のユニットである。彼女らは撮影中の『とりかへばや物語』で楽人役で出演しており、和楽器の練習をしてもらっていた。
 
ColdFly5
龍笛:米本愛心、琵琶:田倉友利恵、笙:栗原リア、篳篥:花咲鈴美、鞨鼓:木原扇歌
 
+3
箏:坂出モナ(WindFly20)、鉦鼓(鐘):山里エルカ(FireFly20)、楽太鼓:弘田ルキア
 
この8つの楽器を使うのが雅楽の基本である。ほとんどの子が和楽器初体験であったにも関わらず、夏頃から練習を始めて美事にこれらの楽器を弾きこなしてくれている。愛心の龍笛は千里の直伝!らしい。
 
坂出モナは愛心と親しいことと元々箏が弾けるので出てくれた(唯一の経験者)。彼女は1月1日のローズ+リリーのニューイヤー・ライブにもこの曲の伴奏で出てくれたのだが、それが彼女の最後のWindFly20メンバーとしての活動になるとはその時まで思いもよらなかった。山里エルカは田倉友利恵と親しいので出てくれた。弘田ルキアは、坂出モナと学校(J高校)の同級生らしく、それで芋蔓式に勧誘されたらしい。ここで彼は他の7人と同様、平安の女性貴族の衣装を着て演奏している(とりかへばや物語の衣装)。
 
つまり女装である!
 
彼は本人は女性指向は無いと言っているものの、バラエティなどでも頻繁に女装させられていて(とても可愛くて女の子にしか見えない)、多くの人から女の子になりたいのだろうと思われている。女装が多いので、眉も女の子のように細くしている。学校の女子制服を着ている姿もしばしば撮影されてネットに流されており、。ひょっとしたらアクアと似たような傾向なのかも?ただし、アクアの女子制服写真はほとんどネットに出ないのが不思議と言われた。
 
 
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【夏の日の想い出・ホームワーク】(1)