【夏の日の想い出・ホームワーク】(2)

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2020年11月16日(月)。
 
NHKから今年の紅白歌合戦の出場者が発表された。私たちは例年通り、出場は(打診はされたものの)お断りしている(フォーク歌手やロッカーのようなポリシー的なものではなく、マリが長時間のリハーサルに耐えられないため)のだが、§§ミュージックのタレントで、今年は、アクア・ラピスラズリ・白鳥リズム・品川ありさの4組が出場することが発表された。ラピスラズリと白鳥リズムは初出場である。
 
先日の“総選挙”の通りなので、ファンの間にも大きな動揺は無かった。初出場となった、ラピスラズリ・白鳥リズムのファンの間ではおめでとうメッセージが大量に飛び交っていた。
 

11月16日から東京北区尾久(おぐ)のマンションで暮らすようになった恵真だが、ここ1週間ほどのホテル暮らしに比べると、だいぶ落ち着いた暮らしができるようになった。
 
ホテルの妙に柔らかいベッド、薄い毛布?(布団?)だけの寝具にはどうも馴染めなかったが、母たちが自宅から持って来てくれた自分の布団に寝るとぐっすり睡眠を取ることができる感じである。
 
洗濯機や冷蔵庫などは事務所の人から、前の住人さんので良ければそのまま使ってと言われたのでそのまま使わせてもらう(事務所の人が念のためクリーニングと消毒をしてくれた)。そのほか、母が炊飯器やIHヒーター、鍋や皿などを買って持ち込んでくれている。母から作っている最中に眠ってしまったりすると危険だからガスは使うなと言われた。
 
ここ1週間ほどのホカ弁やファーストフードばかりの食生活はちょっと辛かったが、食料については、母と姉がお肉を大量に買ってきて小分けして冷凍室に入れてくれているし、タマネギ・ジャガイモ・人参なども置いていってくれた。お米も5kgを1袋置いてってくれているので、深夜(高校生なので“原則”22時で解放される)帰宅してから、それで晩御飯(夜食?)を作って食べている。朝御飯はたいてい食パンやコーンフレークなどにしている。姉が大量に冷凍御飯を作ってくれていたので、それを解凍して、料亭の味(インスタント味噌汁)と一緒に食べたりもする。自分で御飯を炊いた場合は、すぐ食べる分以外は全て冷凍用パックに詰めて冷凍してしまう。
 
「タレントって、こんなに忙しい生活なのか。大変だなあ」
などと恵真は思っているが、むろんこんなに忙しいのは、ごく一部の人たちだけであることを恵真は知らない。
 
(松梨詩恩なども突然忙しくなり悲鳴をあげている。花咲ロンド・石川ポルカも悲鳴まではあげていないが、これまでの倍くらいの仕事をしている。松梨詩恩はよくこれまでアクアはこんな量の仕事をこなしてたよと思っていた。実際これまでのアクアの仕事の半分程度を、松梨詩恩・米本愛心・羽鳥セシルの3人で主として分担し、一部を他の子に割り当てているのに、詩恩・愛心・セシルの3人とも、超多忙になってしまったのである)
 

それは恵真がこのマンションに入居してから4日目11/19の朝だった。
 
恵真はこの日、学校に行く前に一仕事して欲しいと言われていて、朝5時にマネージャーの村田さんが迎えに来ることになっていたので、恵真は4時には起きなきゃと思っていた。しかし昨夜は22時に仕事が終わる予定が24時近くまでずれこみ、美咲マネージャーに送られて帰宅したのが24時半、寝たのが1時半である。
 
さすがに起きられず、スマホのアラームが鳴ったのにも気付かず寝ていたら、トントンと肩を叩かれる。
 
「はい!?」
「エマちゃん、時間だよ、起きなきゃ」
と声を掛けてくれたのは、5-6歳くらいの女の子である。今どき珍しい和服を着ている。
 
スマホを見たらもう4:30である。
 
「わ、こんな時間。でも君誰?」
「私はサユだよ」
「どこから入ってきたの?」
「あっち」
と言って、女の子は奥にある神棚の鏡を指さす(恵真は、窓が無くて落ち着くので神棚のあるサービスルームで寝ている **)。
 
「へ?」
「じゃお仕事大変だろうけど、頑張ってね。そうそう。今日ナンバーズ買うなら8052を買ってねって“かんな”さんから」
とその“サユ”という女の子は言った。
 
「8052?」
と恵真は今言われた数字をリピートした。
 
女の子は本当にその鏡の方に戻って行き、姿を消した。恵真は彼女のお尻にシッポが生えているような気がした。
 
(**)窓からは妖気がわずかに漏れ込んでくるのだが、これまでマラはその霊的な力で撥ね除けていたし、筒石は豪快なのでその程度はものともしていなかった!つまり“普通の人間”には窓の無いサービスルームがいちばん寝やすい。
 

西湖の学校では、来年3月の卒業式を控えて、3年生の進路調査が行われていた。レベルの低い学校だけあって、大学進学希望者は少数である。なお大学進学希望者はこの春から毎日放課後に受験生向け補習が行われ、多くの子がそれに参加していた。文佳などは大学進学希望らしい。
 
「すごーい。文佳ちゃんどこ行くの?」
「青山を狙っているんだけどね」
「よくそんなレベルの高い学校受けるね!」
 
青山は"MARCH"の一角である。つまり関東の私立では早慶の次にランクされる。
 
「でも1組の香住ちゃんは横浜国大狙ってるよ」
「すごーい!国立とか」
「もし合格したら、うちの高校からは10年ぶりの国立合格者になるらしい。今の所C判定なんだけどね」
「すごーい」
 
と、こういうレベルの高校である。西湖たちのクラスに多い芸能人の子はほとんどがそのまま就職・・・というより芸能活動に専念予定である。しかしその中で1人だけ大学、しかも国立を受けると言っていた子がいた。
 
何でも目立つことをしたがる紀子である!
 
「マジで受けるの?」
「どこ狙ってるの?」
「東大」
「それは地球が爆発でもしない限り不可能」
「人類がほぼ滅亡して、地球上の全人口が東大の定員より少なくなったら可能性があるかも知れない」
 
「と言われたんで、ランク下げて埼玉大学の教育学部。埼玉大の中ではいちばん偏差値が低い」
「学校の先生になるの?」
「私、ピアノ弾けるし、フルートも吹くし。音楽教育コースを狙っている」
「ピアノ弾けても、歌が音痴じゃ無理だと思う」
「えーん」
 

西湖も一応担任の先生と面談をしたのだが
「芸能活動に専念します」
「まあ、あなたはそうでしょうね」
という会話だけで5秒で終了した! 三者面談も省略された!!
 
母には一応電話して「面談はあったけど、それで終わったから」と伝えておいた。母はそれは了承した上で
「あんた、卒業前に性別を変更しない?」
と再度言っていたが、西湖はあらためて拒否した。
 
なお母には桜木ワルツのことは伝えているし、ワルツ自身、わざわざ九州から出て来てくれた母と一緒に黒部座の本部まで行き、西湖の両親に挨拶して“同棲”することに承諾を得ている。西湖は多忙すぎて行けなかったのだが
 
「今どき、レスビアンも珍しくないわよね」
などと母は言っていたらしい。もっともワルツは西湖Mの方と結婚するつもりだし、自分の母には「西湖は仕事上“女の子タレントのアクア”の代役をしているから常時女装しているけど医学的には男子だから」と説明している。ワルツの母は「ああ、歌舞伎の女形(おやま)みたいなものか」と言っていた。西湖が若いこともあり、まだ正式な婚姻届は出さないと言っており、正式に届けを出す前にはワルツは父も連れてくると言っていた。
 
むろん西湖が分裂していることを西湖の両親は知らない。また西湖の両親は、西湖が密かに性転換手術を受けたものと思っている。
 
そして、この時点では西湖自身、自分が11月頃に1人になってしまうなんて話は全く聞いていなかった!
 

11月3日の夕方、千里は3年半の分裂状態に終止符を打ち、1人に戻った。それに連動して、アクア・西湖・桃香もいったん1人になってしまったので3人とも慌てることになる。
 
桃香は取り敢えず11月4日は季里子には“出張授業”に行ってくると告げ、塾は休んだ上で千里のマンションに居たら、美映が緩菜を連れてきて「貴司を買い取って欲しい」と千里に申し入れる場面に遭遇した。千里は買い取りに同意し、5000万円の“代金”と交換に貴司と美映の離婚届け、貴司と千里の婚姻届の内貴司の分が記入済みの用紙を千里に渡し、緩菜も千里に預けて大阪に帰ってしまう。
 
貴司は帰宅したら自分が“売却された”ことを聞いて仰天するが、美映と電話で喧嘩した上で、離婚に同意(離婚届けは既に提出されている)、千里と結婚したいと言った。
 
桃香は2人に別れていたのが1人になってしまったし、千里からは身を引き、季里子との生活だけをしようかとも思ったが、それだと浮気を我慢できる自信が無いと悩んでいたら千里が貴司と“寝て”いる間に唐突に2人に戻ってしまった。これ幸いと1人は季里子の家に帰宅した。つまり塾を休んだのは1日だけである。
 
この後、桃香は5日朝、30分ほどだけ1人に戻ったのを最後に、その後は安定して2人の状態になり、1人は“季里子の夫”で“来紗と伊鈴の父”、1人は“千里(1)の夫”で“早月と由美の母・京平と緩菜の父”として生きていくことになる。“季里子の夫”の桃香は季里子ひとすじで浮気はしないが、“千里(1)の夫”の桃香は、わりと自由に色々な女の子との恋愛を楽しむ。桃香が2人いることを知っているのは千里(2と3)と京平くらいだが、たまに入れ替わっていることがあるのは千里(1)にも内緒である。
 
2人の桃香は同性であることを除けばアクアFとMに近く、片方がお酒を飲むと他方も酔うので、運転などには気をつけている。2人を見分けることができるのは、千里2・千里3・京平くらいである。緩菜はわりと欺されている。青葉は桃香の分裂に気付いていない。
 
なお“季里子の夫”の桃香は、翌年2021年4月に季里子とパートナーシップ宣言することになる。つまり4月には次の3組の結婚式がほぼ同時に行われる。だから実は千里は重婚はおかしてないのである。
 
桃香B×千里1
桃香A×季里子
貴司×千里2
 
F神社の辛島宮司が千里たちの結婚式をおこなってよいか占って吉と出たのは、重婚のようだが実は重婚ではないからである。
 

西湖はそれまでもしばしば1人になったり2人になったりしていたので、11/3夕方に唐突に1人になってしまった時も特に慌てなかった。ただ次2人になったのが11/4の夜だったので「今回は長かったなあ」と思った。1人しかいなかったので11/4は学校は休み、1人だけになった西湖が仕事には行った。11/5朝、2人いるので、 いつものようにFが学校に行きMは午前中仮眠してから仕事に行こうと思っていたのに、また1人になってしまったので困った。
 
困っている所に、いつも西湖のマンションに出入りしている“おキツネさん”たちが出て来て、京平さんという偉いオキツネさん?を呼んできてくれた。京平さんは西湖にペリドットの指輪を渡し「この指輪を填めて2人になれるよう念じたら、2人になれるよ」と言った。
 
それで西湖は11/5以降、毎朝8時頃2人に分裂し、午前中はFが学校に行き、午後からはMが仕事に行くという生活を送ることになる。2人は分裂から9時間ほど経った17時頃に統合されるようであった。
 

いちばん混乱したのがアクアである。アクアは3人から2人になってしまった1月以降、1人にまで統合されるのは時間の問題と意識し、その時期はたぶん10月頃、遅くても11月までには1人になると千里から予告されていた。それでFは多分消えるのは自分だろうと覚悟を決め。“自分が存在していた記念に”ヌード写真の撮影もした(実際には水着写真のみを公開)。
 
更に3人のアクアがいた記念のアルバムも制作し、2人のアクアが主演した映画『君はダイヤモンド』まで撮影した。11/3夕方に1人になってしまってから、とうとう“時が来た”んだと認識し、残った側のアクアFは泣いた。
 
しかし11/4の夜遅く、唐突にMが復活する。5日朝にはまた1人になってしまうのだが、今度はMが残ってFが消えたので、Mは自分が消える側だったのかといったん自分を納得させたのにと戸惑う。しかしMとFは、どちらが残るかは「統合の時に前に立っていた側」であるという“法則”に気付く。
 
数ヶ月前に千里さんが言っていた“ゲッターロボ”の合体の話がヒントになったのだが、恐らく千里さんは自分がこういう状態になることを知っていたのだろうとアクアは思った。
 
その後、アクアは毎朝8時頃に2人に分裂して夕方17時頃に統合されるようになったので、17時頃、必ず仕事先のトイレなど(**)で落ち合い、日替わりでFとMが“表に出る”ようにした。つまり毎日日中と夕方以降で別のアクアがお仕事をするようにしたのである。もっとも完全に2人いた時に比べれば仕事の負荷は大きかった。
 
それで山村マネージャーに言って、取り敢えず時代劇スペシャルの撮影をする間は、レギュラー以外の仕事は、他の子に代わってもらうことにした。
 
しかし毎朝8時頃分裂して夕方17時頃統合されるのがとうにも不思議な気がする。
 
「好きな時に分離できたら楽なのに」
とアクアは思っていた。
 
(**)“平安村”での『とりかへばや物語』の撮影では、和城理紗に頼んで、アクア専用控室を作ってもらった。主演俳優なのだから、そのくらい用意するのも不自然ではないので美高監督は了承して設置してくれた。
 

恵真がその日、学校で授業と授業の間の休み時間に、利美やリアなどとおしゃべりしていた時、恵真の手帳から1枚の紙が落ちた。
 
「落ちたよ」
と言ってリアか拾ってくれる。
 
「ありがとう」
 
「何それ?」
 
「あ、昨日たまたま宝くじ売場の前を通ったんで買ったナンバーズ」
「へー。いくらか当たった?」
「知らない。いつ抽選あるのかなあ」
「ナンバーズは販売したその日の内に抽選があるよ」
「へー。そうなんだ?」
「昨日買ったのならもう発表されてるよ。当選番号見てあげようか?」
と言って、利美が自分のスマホで当選番号を確認してくれる。
 
「ん?」
と利美は声をあげた。
 
「どうかした?」
「待って」
と言って、利美は恵真が買っていたナンバーズの投票券とスマホの表示をじっと見比べている。
 
「1等が当たってる」
と利美は言った。
 
「マジ?」
「すごーい!」
と恵真とリアが声をあげた。世令菜や蘭も寄ってくる。
 
「宝くじの1等が当たったの?」
「ナンバーズだけどね」
「いくら当たった?」
 
「えっとね」
と言って利美は当選金を確認する。
 
「これストレートで買っているから、112万3900円」
 
「うっそー!?」
と声をあげたのは恵真本人である。
 

恵真は100万もの大金をひとりで受け取るのが怖い気がして、幸い少しなら時間が取れるという利美ちゃんに付いてきてもらうことにした。
 
午前中の授業が終わった後、今日は偶然にも彼女と一緒に“平安村”に行くことになっていて、学校に迎えに来てくれる本田マネージャー(男性)の車で熊谷市の平安村に移動することになっている。
 
それで本田さんに話したら
「じゃ僕も銀行内まで付き合いますよ」
と言ってくれた、
 
車を付けやすい、みずほ銀行の郊外の支店に寄ってもらう。
 
専用駐車場に駐め、3人で窓口に行った。
 
「すみません。ナンバーズが当たったので、当選金を受け取りたいんですが」
「はい。当選券をお預かりします」
と言って確認している。
 
「112万3900円当たっていますね」
と窓口の人が言うと、本田さんが「すげー」と驚いている。
 
「現金でお受け取りになりますか?振込にしますか?」
「あ、振込でもできるんですか?」
「はい。当行の口座をお持ちでしたら、そこに振り込みますが」
「ここの口座は持ってはいないけど」
と恵真は言ったのだが、本田さんが
「ついでに口座作っておいたら?」
というので作ってもらうことにした。
 
「あ、でも時間大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫、大丈夫」
 
それで恵真は口座申込用紙に「浜梨恵真 2005.2.25 女」記入し住所も尾久の住所を書いた上で、いつも持ち歩いている印鑑を押す。身分証明書としてパスポートを提示したら、それで受け付けてもらった。
 
「では本日中に振り込みますから」
「よろしくお願いします」
 
なおキャッシュカードについては、1週間以内に自宅に配達記録で郵送しますと言われたのだが、本田さんが「この子ひとり暮らしだし、タレントで朝から晩まで仕事しているから郵便局とかに取りに行くこともできない」などと言ってくれ、本田さん自身が保証人としてサインしてくれたこともあり、特例で、その場でカードを発行してもらえた。おかげで、今日にもこのカードで預金を引き出せる。
 

それで3人は銀行を出て本田さんの車で熊谷市に向かった。
 
「本田さん、ありがとうございました。助かりました」
「カード受け取れないと永久にお金引き出せないもんな」
 
「でも助かる〜。実は8日以降、何かとお金が掛かって、お金足りないーって思ってたのよね。お母ちゃんに無理言って30万貸してもらったんだけど、100万あったら助かる。30万もお母ちゃんに返せる」
 
利美(白鳥リズム)はその30万ってクレカのキャッシングとかで借りたのではと心配した。
 
「初期段階では色々入り用があるよね。どうしても足りなかったら言ってね。私が貸してあげてもいいし」
 
「ありがとう。でもたぶんこの100万で何とかなると思う」
「よかったよかった」
 
「でもパスポート作ってたのね」
 
「身分証明書に必要だから作ってと事務所から言われたのよ。私まだ15歳だから免許証は取れないし、マイナンバーカードは発行に時間がかかるから。このパスポートは昨日受け取ったばかりで、これが初行使」
 
「おお、それは縁起がいい」
 
実を言うと、昨日仕事中に1時間ほど時間が空いたのでパスポートを受け取りに行って、その時宝くじ売場のそばを偶然通り掛かったので、朝言われたことを思い出してナンバーズを買ったのである。番号はスマホにメモしていた。買い方が分からなかったので、売場のおばちゃんに教えてもらった。なお、ナンバーズはトト(スポーツ振興くじ)と違って購入に年齢制限は無い。
 
リズムちゃんもまだ15歳(誕生日は12/3)だが、芸歴が長い(小学生の時から信濃町ガールズをしていたと聞いた)ので、やはりパスポートを所持していて過去に何度か海外に写真集撮影や番組ロケで出ているらしい。恵真は彼女からパスポートの査証欄を見せてもらいスタンプがたくさん押されているので「すごーい」と声を挙げた。
 
「あ、でも有効期限が1月までだ」
「そうそう。実際には今年は海外に出られないから放置してたけど、来月までには更新手続きしなくちゃ。でもとりかへばや物語が撮了してからかな」
 
恵真は利美ちゃんもパスポートの性別Fなんだなと思った。恵真もFで発行してもらっていたのである。やはり見た目が女の子なのにMになってたら、出入国で揉めそうだから、女の子にしか見えない子にはちゃんとFで発行してくれるのかな?
 

ローズ+リリーの『ホームワーク』制作は続いていた。
 
“地学”『太陽系の歌』は、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星と1〜8番からなっており、各々は8小節の“一部形式”を基本単位とする。間奏8小節×2を入れて合計80小節の歌である。但し最終的に、マリのピアノソロによる前奏16小節が加えられた。
 
天体望遠鏡を持っていて写真もプロ級である雨宮先生が、自分で撮影した各々の惑星の写真をお持ちだったので、それをPVに利用させてもらった。各写真を背景にして、その背景の前で目立つ色(原則として白か黒)のドレスを着た私とマリが歌っている。
 
伴奏はスターキッズの標準構成(Gt.近藤 B.鷹野 Dr.酒向 Mar.月岡 Sax.七星 Pf.詩津紅)で、私自身がヴァイオリンを弾いている。
 

『DNAさんからお手紙着いた』については、氷川さんが
 
「歌詞が『やぎさんゆうびん』に似すぎている」
 
と指摘した。その曲は、まどみちお(1909-2014)作詞、團伊玖磨(1924-2001)作曲で著作権がバリバリ有効である。それでこの曲は音源化は諦めることにした。
 
するとマリは「だったらこれ入れて」と言って『元素の歌』という歌詞を持って来て、曲を付けてと言った。
 
元素の歌(作詞者不明)
 
水兵離別ボクの船、なぁに間がある。シップはすぐ来らぁ。
斬るかスコッチ馬喰(ばくろう)マン。鉄のコルトに銅炎がげる。明日は千秋楽。
 
「まあ作詞者不明だろうね」
「イオン化傾向もあるよ」
 
リストにゃ金(かね)借るな、間借り当てにすな、酷すぎる借金。
 
私は、昔KARIONのアルバムで『Shipはすぐ来る』という曲をやったなあと思いながらこれに新たな曲を付け、近藤さん・鷹野さん・酒向さんの3人だけの伴奏で歌って収録した。
 
これのPVもマリ監修のアニメで制作している。元素記号がずっと表示されていくアニメである。
 
それに加えて出港した船に置いてけぼりになった水兵姿(セーラー服!)の木下宏紀(信濃町ミューズ)、日本刀を持って中段の構えで対峙する私とマリ、拳銃を持って決闘をする私とマリ、そしてお相撲をする2人(駿河海と伊豆里)+行司(紅川相談役!)という映像も写る。
 
木下君は撮影しようと言っていた時、たまたま居合わせたので徴用したが、後から「せっかく木下君がセーラー服着るなら、下はスカートが良かったのに」という声が随分あった。どうもファンは木下君に女装させたいようである。彼の所には「ウェディングドレス同士で結婚しませんか?」という女の子ファンからのファンレターがしばしば来るらしく、悩んでいた(彼自身は女の子が好きだし、自分には女性傾向は無いと言っている)。
 
決闘では、マリはコルト・アナコンダ(34cm)で、私はコルトディテクティヴ・スペシャル(17cm)を持つ。当然私が負けて倒れるのだが、銃のサイズが違いすぎる!と言われた。
 
駿河海さんはマリの“大食い仲間”で親しいので出てもらった。伊豆里は駿河海と親しいので芋蔓勧誘である。紅川相談役は『とりかへばや物語』の撮影で沖縄から出て来ていた所を出演してもらった。
 

“音楽”『リモート合唱の歌』は、ローズ+リリー&信濃町ガールズ名義でクレジットすることになる。
 
PVでは、私やマリが信濃町ガールズの子たちに譜面を配ったり、歌唱指導している所が映る。ただし全て1人ずつ小さな部屋でである(大田区のサテライト=あけぼのTV本部)の個室群を使用している。
 
そして信濃町ガールズのリーダー今川容子(中3)の指揮、同じくサブリーダーの水谷康恵(中2)のピアノ伴奏で、一斉に歌を歌う。全員伴奏を聴くためにヘッドホンを付けている。私とマリはみんなと一緒に歌っているが、各々ソロパートがあるので、そこを歌う形になっている。なお、公開された音源では、合唱が始まるまでの準備をしている場面で2台のヴァイオリン合奏による前奏が流れていたのだが、それは私とスターキッズの鷹野さんで後から合奏したものである。
 
合唱参加しているガールズは12人で、それに指揮者・ピアニスト・私・マリの4人を入れてPVの画面は16分割されていた。16分割の中央4コマに私とマリ、指揮者・ピアノが入っているという構図である。
 
実際の制作では実はピアノは録音である。ピアノをリアルタイムで弾いてしまうとリモートの泣き所で、音の伝達時間差のため、どうしてもタイミングがうまく取れないのである(歌がピアノに対して微妙に遅れる感じになる)。これは春に、あけぼのテレビ放送初日にやった“少年少女合唱隊”でも同様で、あの時、ピアニストの川崎ゆりこは実際にはピアノは弾いておらず弾いているふりだけして、合唱団員は録音された伴奏を聴きながら歌っていた(気付いた視聴者がいてネットで指摘していたのでコスモスが回答を掲示していた)。
 
なお女声合唱(ソプラノ8人・アルト4人)なので、参加しているガールズはほとんどが女性メンバーなのだが、ひとりだけ男子メンバーの上田信貴も入っていた。彼はちゃんとショートパンツのユニフォームを付けて歌っている。マリが随分「スカート穿きなよ」と唆し、結構悩んでいたが。
 
彼はソプラノパートに入っている。
 

上田信貴がソプラノで歌えるのは「まだ声変わりしてないから」と本人は言っているが、中3でまだ声変わりしてない問題について「きっと(ある理由で)永久に声変わりは来ないよね」という噂がファンの間にも、ガールズの女子メンバーの中にもあるようである!彼は男子寮に住んでいるのだが、ゆりこが彼に女子寮の鍵を渡し「部屋は用意したから、いつでも引っ越して来ていいよ」と言ったらしい!
 
「妹さんも一緒でいいよ」
「妹?」
「まだ弟なんだっけ?妹になってないの?」
「まだちんちんあるみたいですよ」
「じゃ、まだ玉取っただけ?のぶちゃんはもう全部無いもんね。ちんちん無ければ、割れ目ちゃん作ってなくても女の子の仲間ということでいいんだよ。だから女子寮においでよ」
 
「すみません。ボクに男性生殖器があるかないかは内緒にさせてください」
 
存在するなら内緒にする必要はない気がするが!?
 
「でも高校に入る前にはラヴィアやヴァギナ作る手術も受けて完全な女の子になるんでしょ?ヴァギナやクリちゃん作る材料にするのに切断したおちんちんは冷凍保存してあるという噂があるけど」
 
「えっと・・・完全な女の子になった方がいいんでしょうか?」
 
「別にAVに出演させるじゃないから男性との性交機能は特に必要ないけど、もし戸籍上の性別を変更するなら、ヴァギナは無くてもラヴィアは必要だよ。もし手術受けるなら3ヶ月くらいお休みあげるよ、ちんちん切るだけなら短期間の休養でいいけど、造膣は傷が治るのに2〜3ヶ月かかるんだって?**君が言ってたけど」
 
「彼、性転換したんですか?」
「口を割らないのよねぇ。怪しいと思ってるんだけど。のぶちゃんはどうする?」
 
「どうしよう?」
 
と彼(既に彼女かも?)は悩んでいたらしい。
 

少し前の話。
 
10月のある日曜日、§§ミュージックの事務所にセーラー服の少女が入ってきた。
 
「済みません。緒方飛蝶はこちらには来てないでしょうか?寮の方に行ったら事務所に行ったと言われたのですが」
 
「飛蝶ちゃんは、さっきまで居ましたけど、今放送局に行かれているんですよ」
と応対に出た川崎ゆりこは言った。
 
「あらぁ、だったらお仕事の後は寮に戻りますかね?」
「多分そうなると思う。君は、飛蝶ちゃんの妹さん?」
「あ、はい」
 
「君可愛いね。君もお姉ちゃんと一緒に信濃町ガールズに入らない?」
とゆりこは彼女の可愛さを見て思わず勧誘した。
 
「え?でも・・・」
 
「飛蝶ちゃんの妹さんなら山梨だったっけ?山梨なら土日だけ東京に出て来て活動したりレッスン受けたりでもいいよ。本部メンバーじゃなくて地方メンバーという扱いなら、東京に住んでなくてもいいんだよ」
 

「ででも私、実は男の子なんですが、ガールズとか入れるんでしょうか?」
と少女は尋ねた。
 
「君、男の子なの!?」
 
ゆりこは驚いて尋ねた。
 
「は、はい」
と少女は恥ずかしそうに真っ赤になって答える。
 
「君、合格。本部メンバーに入れてあげるから、ぜひ東京に出ておいでよ。お姉ちゃんと一緒に女子寮の部屋に住んでいいからさ」
 
「え〜〜〜!?」
 
「何なら性転換手術もタダで受けさせてあげるよ」
「ほんとですか?」
と少女は嬉しそうな顔をする。
 
「手術してくれる病院に今から連れてってあげようか?」
「今からですか?ちょっとそれは心の準備が」
 
そういう経緯で緒方美鶴は信濃町ガールズの本部メンバーになり、ローズ+リリーの『リモート合唱』にも姉と一緒に(スカートのユニフォームを着て)参加したのだが、彼女の性別のことをその時点で私は知らなかった。
 
なお性転換手術について、川崎ゆりこは乗り気だったし、御両親も「すぐにでも性転換していいです」と言ったらしいのだが、姉の飛蝶が「せめて高校生になってから」と言ったので保留になった。だいたい中学生の性転換手術をしてくれる病院は(国内には)無いと思うが。青葉が中学生の内に性転換手術を受けられたのはあくまで特例中の特例である。でも美鶴は実際、女子寮の姉の部屋で一緒に暮らし、都内の中学に女子生徒として通学し始めた。元の中学での書類が女子になっていたので、何の問題もなく女子生徒になれたようである。
 
彼女が身体にメスを入れているのかどうかは、姉の飛鳥は「個人情報ということで秘密にしてください」と言っていた。しかし彼女が女子寮の居住者と性的なトラブルを起こすことは考えられないので、姉にしっかり管理してもらうことを条件に、私とコスモスは彼女の女子寮入居を認めた。
 
どうもこの事務所は男の娘タレントが増殖しつつあるようで、私も頭が痛い。
 

時代劇スペシャル『とりかへばや物語』は、やはりアクアが1人しか居ないことから、着替えに時間がかかる(五衣唐衣裳の着脱にはどうしても各1時間はかかる)ことや、どうしても外せないテレビ番組の撮影で半日単位で抜けたりすることもあり、思った以上に撮影に時間がかかり、11月19日(木)の段階で、とても11月中には終わらないと思われた。
 
私とコスモスは美高監督とも話し合ったのだが、今のペースだと12月下旬までずれ込む恐れがあるということになる。私は映像制作に詳しい鱒渕マネージャー(彼女は短大の映像科を出ている)に指示して、台本をよく読んだ上で、アクアの場面を可能な限りカットする試案を作ってみて欲しいと頼んだ。また、アクア本人にもこのままではやばいので、申し訳ないが今より2時間だけ撮影時間を延ばして欲しいと頼み込んだ。アクアも放送に間に合わないと大変なことになるので、それは頑張りますと言ってくれた。
 
「やはりアクアが複数居るという事態に慣れすぎていた面があるね」
「知らず知らずの間に彼にかなり負担を掛けていたようだね」
と私とコスモスは自省して言い合った。
 
また私は放送局に『少年探偵団』の撮影開始を12月28日(月)以降にできないかと頼み込んだのだが、さすがにそれは無理と言われる。かなり議論したあげく、放送局は12月14日(月)という線で妥協してくれた(本来は11月29日から収録開始予定だった−それも実は本来の予定から1ヶ月遅い)。
 
但しアクアの参加が遅くなる間、アクアの代役で演技させる人を出すことにし、これには演技のうまい中村昭恵(女役)と木下宏紀(男役)を行かせることにした。木下君は実は“男装させても女の子にしか見えない”という面でアクアと雰囲気が似ているのである。この“雰囲気が似ている”というのは代役として重要である。彼はしばしば女子メンバーに連行されて女子楽屋にいるが、彼が女子楽屋にいても誰も気にしない。そのあたりもアクアと似ている。本人は「ボク男の子です」と言うが、ほとんどの人が既に去勢済みだろうと思っている
 
(実際の所は私にも分からない。ゆりこは「多分あの子、ちんちんも無い」と言っている。でも上田兄(姉?)には女子寮の鍵を渡したのに彼にはまだ渡してないのはゆりこも確信が無いのだろう)
 
「これアクア君の映像を入れて編集するのに綱渡りになりますからね。CGなどの処理に回すのもかなり無理を言わないといけないし」
 
と旧知の小池は言う。
 
(小池さんでなかったらここまで日数の妥協はしてくれなかったと思う)
 
「そのための協力金も払いますから」
 
と私は小池さんに言った。
 
話し合いの結果、§§ミュージックは放送局に迷惑料として11/29から遅れる日数×100万円を払うことにした。放送局側としては日割りにすることで「早く撮了してくれ」と促す効果が期待できる。
 

11月22日(日)早朝。
 
桜井一希・広中汐里・辰吉望海の3人は、前日買っておいたケーキなども持ってH市から、一希のお母さんのレガシィに乗せてもらって、都心に出て来た。
 
3人は恵真の親友だが、恵真が11月6日(金)学校に出て来たのを最後に9日(月)から1週間学校を休み、(まさかコロナ?それとも性転換手術を受けるのに入院?などと)心配していたら16日(月)に担任の先生から
 
「浜梨さんは転校しました」
と聞き、びっくりした。
 
「どこに転校したんですか?」
と担任に訊いても
「個人情報なので教えられない」
なとと言われる。
 
恵真のスマホに電話しても「この番号は現在使われておりません」などというアナウンスが流れる。
 
それで結局、一希と汐里が恵真の自宅まて訪ねて行き、お母さんから、恵真がタレントになって、しかも突然多忙になったので、都心の高校に転校したことを聞かされる。
 
「エマちゃんもうデビューしたんですか?」
 
「デビューは1月の予定なんだけど、その前に大量に仕事が入っているらしいのよ。全く学校に行けないというから、『学業優先の契約だったはず』と事務所に申し入れて、結局、年末年始の忙しい期間については、午前中だけ学校に行き、午後から夜22時までお仕事することになった。でもH市から出て行くと時間が掛かるし、遅くなってからH市に戻るのにも体力がかかるということで都心の高校に転校することになって」
 
「そんなに仕事があるんだ!」
「一度エマちゃんに会いたいんですけど」
「早朝5時くらいなら会えると思う」
 
「ところでエマちゃん、性別はどうなったんですか?」
「もう法的にも女の子になって、性別女でパスポートも発行してもらったよ」
「へー!早かったですね」
 
「じゃ性転換手術とかは?」
「手術は夏休み中に終えてたんだと思う。あの子、ハッキリ言わないけど」
「なるほどー」
「肉体的に女の子でないと法的な性別は女にできないよ」
「そうですよね」
 

それで一希たちは5時に尾久に着くよう、午前4時すぎにH市を出てきたのである。汐里・望海が一希の家に前夜から泊まり込み、早朝一希の母に車を出してもらった。
 
「お早う。エマちゃん起きてる?」
とエントランス前からスマホ(新しい番号をお母さんから教えてもらった)に掛ける。
 
「一希ちゃん!?」
「ごめんね。朝早くから。この時間なら会えるという話だったから」
「うん。6時にマネージャーさんが迎えに来る予定」
「大変だね!」
 
それで中に入れてもらった。
 

「すごーい。LDK以外に3部屋もある。豪華マンションじゃん」
「家賃高いんじゃないの?」
「2LDKSらしい、家賃は2万円だって」
 
「安っ!嘘みたい。ここなら10万以上しそうなのに」
と一希が言う。
 
「その2万も、そこにある神棚と鏡を置いておく条件でタダらしいんだよ」
 
「あ、その木の箱に入っているのは鏡?」
「そうそう。見るのは構わないという話だったから見せてあげるよ」
 
と言って、恵真は桐の箱を取ると、中に入っている銀白色の金属製の鏡を取り出してみせた。
 
「きれーい!」
「裏側の装飾も美しいね」
「銀製?」
「洋銀らしいよ。つまり銅とニッケルの合金」
「へー。銀は入ってないのか」
「でもきれいだよね」
と言って、恵真は鏡を桐の箱に戻し、箱を正確に259度の方位(真西より11度だけ南寄り)に向けた。
 
最初案内してくれた吉田和紗さんは大雑把に「西」と言ったのだが、うっかりずらしてしまったので連絡したら§§ミュージックのタレントらしい今井葉月という女子高生さんが来てくれて、方位磁針で確認し棚の上にマジックで線も引いてくれたのである。
 

「皿が置いてあるのは何かお供えでもするの?」
 
「ああ。空になってるね。一希ちゃんさ、ボクが出た後でいいから、近くのコンビニに行ってお稲荷さんのパックをこれで買える範囲で買ってここに置いておいてくれない?」
 
と言って、恵真は一希に千円札を渡した。
 
「稲荷寿司を供えるの?」
「そうそう。夜供えておくと、朝には無くなっている」
「それネズミとかがいるとかは?」
「おキツネさんがいるから、ネズミは来ないと思うよ。居たら全部おキツネさんに食べられちゃう」
「キツネがいるんだ!?」
 
「元々、キツネ信仰って、キツネが稲を食べちゃうネズミを食べてくれる益獣だったから生まれたものらしいよ」
「へー」
 

6時になると、美咲マネージャーが恵真を迎えに来た。恵真は一希たちに
 
「朝早くから来て眠いでしょ?ここで仮眠して行って。ボクの寝具でも良ければ適当に使ってね。でもこの部屋以外では寝ないほうがいいよ」
 
と言し、一希に鍵アプリをスマホにダウンロードさせて、恵真のid/passを記憶させた上で、出かけて行った。
 
この鍵アプリは消去せずにそのまま持っていていいと言っていた。一希も物理的なスペアキーなら後から恵真のお母さんにでも返却するところだが、アプリならそのままにしておいていいかと思った。この部屋のドアは破壊しにくいスチール製だし、郵便受けも付いていない(郵便受けはエントランスの所に並んでいる)。防犯のためサムターンも付いていないから内側から開けるのにも部屋の中にある“開く”のボタンを押すかアプリを使う必要がある。
 
「でもこの部屋以外では寝ないほうがいいって何故だろう?」
「窓から覗き見されるとか?」
「ああ、ここ1階だもんね」
 
ともかくもお稲荷さんを頼まれていたので、一希はマスクをしてコンビニまで行く。お稲荷さんの3個入り(200円)を5パックと、自分たちのおやつに、ハンバーガー、サンドイッチ、ボテチ、チョコ、ジュースなどを買った。
 
精算の時「しまった。消費税のこと考えてなかった」と気付いたが、80円くらいはいいことにする。しかし重い!腕力のある望海と一緒に来れば良かったなと思いながらマンションに戻る。
 
それでお稲荷さんはパックから出して皿に並べ、念のため上にラップを掛けておく。そして人間の方は、ハンバーガー、サンドイッチなどを食べてから本当に仮眠することにする。
 
サービスルームの隅にマットレス、敷き布団、掛け布団×2、毛布、などが畳んで置いてあり、いづれも新しい感じのもの(たぶんここに入る時新しく買った?)だし、床には真新しい感じのカーペットが敷いてあるので、その布団や毛布を4人で分けて適当にかぶってカーペットの上で寝た。
 
(実際には部屋の隅に置かれていた布団はマネージャーさんが泊まり込み用に買ったもので、行儀の良い恵真は自分の布団は押し入れに入れていたのだが、一希たちはそちらには気付かなかった)
 

一希はトントンと肩を叩かれて目を覚ました。
 
見ると7−8歳くらいの女の子である。随分古風な和服を着ている。
 
「お姉さん、お願いがあるの」
と女の子は言った。
 
「君、誰?」
「私は“トリ”。“かんな”さんのお手伝いをして欲しいの」
と女の子は言う。
 
見ると、“トリ”ちゃんの後に、まだ2歳くらいの幼児がいる。
 
「君たちどこから来たの?」
「あっち」
と言って、“トリ”ちゃんは鏡の方を指さす。
 
一希は汐里を起こそうかと思ったのだが、なぜかそちらには手が届かなかった。すぐそばに寝てるのに!
 
この子たち、鏡の方から来たって、もしかして恵真の言っていた“おキツネさん”だったりして、と一希は思った。でも“悪いもの”ではない気がする。何より小さな女の子だし。
 
「いいよ、手伝ってあげる」
と一希は言った。
 
「だったら“かんな”さんを抱いてくれる?」
「その小さな女の子?いいよ」
と言って、一希は2歳くらいの(たぶん)女の子を抱いた。
 
可愛いぃ!と一希は思った。そして一希は“トリ”に導かれて、“鏡”の中に入っていった。
 

11月22日(日).
 
アクアは、いつものように朝8時に2人に分裂したので、今日は偶数日であることから、Mが仕事に出かけ、Fはマンションで台本を見ながら演技の練習をしていた。お昼頃、少し疲れたので、御飯を作って昼食を取ろうとしていた。その時、アクアFは突然“何かに呼ばれた”ような気がして、“N部屋”と呼んでいる、LDKのすぐ隣の部屋に入った。
 
ここは4LDKなのだが、LDKの南側にある和室は“凶方位”なので実際には使用していない(落ち着いたらCDでも並べようかと思っている)。西側の奥にある“M部屋”(北西)“F部屋”(南西)を主として使用しており、“M部屋”とWTCで繋がっている“N部屋”に千里さんから「置いて」と言われていた鏡を置いている。
 
↓参考図

 
アクアは2001.8.20生れで本命卦が男なら艮、女なら兌であり、西湖と同様に男女どちらであっても東四命になる。正確には、男西湖と女龍虎、女聖子と男龍虎が同じ本命卦なのだが、4人とも同じ運命グループなのである。
 
吉方位は北東・北西・西・南西で、凶方位は、北・南・東・南東である。この戸の玄関は北東にあり、吉方位である。部屋も洋室3つは吉方位にある。凶方位である南に、凶方位に置くべき浴室やトイレがあり、凶方位である東に、凶方位に置くべき台所の調理台があって、アクアにとっては理想的な配置になっている。和室だけが凶方位にあるので、そこでは寝ずに倉庫的に使うよう千里はアクアに勧めた。
 

アクアFが“N部屋”に入ると、そこに女子高生くらいの少女が2歳くらいの幼児を抱いており、7-8歳くらいの和服の女の子を連れていた。
 
「あのぉ、どちら様でしょう?」
とアクアFは戸惑うように言った。
 
「済みません。この子がまだあまり言葉が話せないので、私はこの子の代理です」
と女子高生は言った。
 
「私たちどこから来たんだっけ?」
と女子高生は7-8歳の女の子に訊いている。
 
「あっち」
と女の子は鏡の方を指した。
 
ああ、鏡の中から来たのか。だったら、“おキツネさん”なのかな?とアクアFは思う。ここに鏡を置いて以来、何だか小さなおキツネさんたちが出入りしているのは見ていたのだが、こんな大きな少女を見たのは初めてである。
 
「あなたリュウコさんですか?」
「はい、そうです」
 
少女は“りゅうこ”というのを女名前と思っている気がしたが、いいことにする。実際ボクは女の子だしとFは思う。
 
「この“かんな”ちゃんが、リュウコさんに、このペンダントを渡してというので」
と言って、女子高生はアクアFに青紫色の石が入ったペンダントを渡した。
 
「これは?」
「あなたが今いちばん望んでいることを実現する宝石だそうです。そのペンダントを掛けた状態でそのことを心の中で念じてください。効果はだいたい12時間くらい継続するそうです」
 
「12時間?」
「普段はポケットとかバッグに入れておいてもいいそうです。使用する時だけ首から掛けておいてくださいということです」
 
「分かった。ありがとう」
 
「それでは私はこれで」
と言って、女子高生は幼児を抱いたまま、小さな女の子と一緒に“鏡”の中へ消えて行った。
 
「いちばん望んでいることって・・・・」
とアクアFはその青紫色の石のペンダントを見詰めながら考えた。
 

その日の夕方。アクアFは和城理紗に“心の声”で語りかけて頼み、熊谷市“平安村”のアクア専用控室に転送してもらった。彼女に手伝ってもらって五衣唐衣裳の衣装を付ける(1時間掛かる)。
 
その後アクアFは待っていたが、Mはなかなか来ない。
 
「まだかな。ちょっとやばいけど」
などとスマホの時計を見ながら言っていたら、16:58になって、狩衣姿のアクアMが走り込んで来た。
 
「ごめーん。なかなか抜け出せなくて。じゃあと頼むよ」
「OKOK」
 
それで2人のアクアはFが前、Mが後という位置に並ぶ。
 
17:00
 
時報とともにふたりのアクアは統合されて五衣唐衣裳姿のFだけになった。
 
Fはおもむろにバッグの中からお昼にもらったペンダントを取り出す。
 
『何?そのペンダント?』
と内面にいるMが訊く(どうも昼間の出来事は本来長期記憶を共有するはずのMには伝わっていないようである)。
 
「やってみる」
と言って、Fはそのペンダントを首に掛けると
「3人か、せめて2人になれますように」
と念じた。
 
するとアクアはM(狩衣)とF(五衣唐衣裳)に再分離した。
 
「わっ!」
とMが驚いて声を上げる。
 
「うーん。さすがに3人になるまでは無理だったか」
とFは呟いた。
 
「そのペンダントで分離できるの?」
「そうみたい」
「誰かからもらったの?」
「謎の女子高生」
「へ?」
 
「このペンダントの効果は12時間くらいらしい」
「だったら・・・」
「朝自然に2人に別れた後9時間分離できているし、これでその後12時間分離できるなら合計21時間分離していられることになる」
 
「ということは?」
「ねえ。監督をここに呼ばない?」
「そうしよう」
 

それでアクアは美高監督を自分の専用控室に呼んだのである。
 
「お忙しい所済みません」
「いや。いいけど、何かあった?」
と言いながら監督は控室に入ってきて、2人のアクアを見ると
 
「わっ!」
と驚いた声をあげる。しかし次の瞬間監督は
「マクラちゃん?来てくれたの?」
と嬉しそうな声をあげる。
 
「今日のお昼頃日本に到着して、検疫を終えてさっきここに到着しました」
とアクアF。
 
「この子、こないだアメリカに帰国して2週間の自己隔離が終わったばかりだったんですよ。でも手が足りないからと伝えたらとんぼ返りで日本に戻ってきてくれて。向こうで自己隔離で誰にも接してなかったし、念のためPCR検査もしてから来日したから、こちらでは念のため再度検査して陰性確認しただけで2週間の待機期間が免除になったんですよ」
 
「助かる!2人とも入ってくれる?」
「もちろんです」
 
「でもマクラちゃん。結婚すると言っていた彼氏とは?」
「リモート・マリッジですね。どうせ自己隔離中もリアルでは会えなかったし」
「いいんだっけ?」
「リモートキス、ヴァーチャルセックスで」
「私も旦那とそれで行こうかな」
 
「もしどうしても女の子の身体が恋しくてたまらなくなったら、性転換手術を受けて自分の身体を女の子に改造してもらうことにして。アメリカは手術してくれる病院も多いし」
 
「それ後からマクラちゃんが困らない?」
 

それで監督と2人のアクアはその場で話し合い、Fは五衣唐衣裳を着けっぱなし(これから小袿姿への変更は比較的楽)、Mは狩衣(シチュエーションによっては束帯姿)を着けっぱなしにして、交替で出演することにしたのである。
 
またテレビ番組などがある場合、着替えに時間の掛からないMの方が行ってきて、こちらではFで撮影を続けることにした。その時間帯は女装の主人公(兄か妹かはその時による)のみを撮ることにする。
 
2人で交替で出演することから疲労も溜まりにくいので、撮影時間も延長してよいとアクアは監督に言った。それで撮影はこれまで10時から24時までの14時間(22時までだったのを2時間延長していた)やっていたのを、9時から25時までの16時間にすることにした。2人は数時間交替で撮影現場に出て行くので、全く休憩時間を入れる必要が無い。更に実は、美高監督の夫の河村さんが入って“控室にいる方のアクア”を使って、アフレコ作業をしたのである。
 
アクアが2人(アクアとマクラ)いることは、2人のアクアと美高監督・河村さん(+和城理紗)のみが知っておくものとした。
 

2020年11月23日(祝).
 
高崎ひろかのネットライプが仙台の牽牛体育館から、あけぼのテレビの特例有料番組として放送された。10/25にお隣の織姫で品川ありさのライブをしたのと同様の方式で料金も同じ3000円である。
 
先月の品川ありさのライブでは、本当に採算が取れるか、私もコスモスも不安だったのが、テレビ回線120万回戦、ラジオ回線90万回線という、大きな接続数が得られて黒字を出すことができ、ホッとした。
 
今回は、高崎ひろかのファンクラブは、先日の総選挙で僅差で負けて紅白を逃したこともあり、ありさファンへの対抗心から「絶対ありさより多く接続数を」と頑張ってくれた。その結果、テレビ接続140万回線、ラジオ接続100万回線と、どちらもありさの成績を上回る接続数を達成し、ひろかファンの間で歓声があがっていた。
 

私とコスモスは、あけぼのテレビのアルト社長とも話し合い“接続数競争”が加熱するのはよくないとして、これ以降、§§ミュージックの歌手については、ネットライブの接続数実績は公表しないことを決め、その旨の声明をコスモスとアルトの連名で出した。12/06の姫路スピカ・ライブから適用する。
 
他の事務所の歌手については、その事務所の判断に委ねる。∞∞プロの鈴木社長や、○○プロの浦中副社長、ζζプロの観世社長などは全て発表すると言っている。
 
9/22のハイライトセブンスターズでは8800円で30万枚売れているが、10/11のスパイスミッションは6600円で12万枚、11/08のUFOでは同じく6600円で12万枚と、このライバル同士は引き分けの結果となっている。
 
 
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【夏の日の想い出・ホームワーク】(2)