【夏の日の想い出・走り回る女子中生】(下)

前頁次頁目次

1  2 
 
11月下旬のある日。私はその日は《Flora》のヴァイオリンケースを取り出し、学生カバンとそれを持ち、いつものように!セーラー服を着て学校に出て行き、昼休みおよび放課後1時間くらい、合唱部と吹奏楽部の練習に付き合った後、放送局に行った。今年デビューしたζζプロのアイドル歌手・谷崎潤子ちゃんがテレビ番組(4時間のスペシャル番組)に出演するので、そのバックでヴァイオリンを弾くことになっていたのである。
 
私はこの時期、アスカから借りたままの《Rosmarin》は、どっちみちアスカとの練習で主に使うしということでアスカの家に置きっ放しにし、伴奏の仕事には主としてζζプロの兼岩会長から頂いた《Flora》を持ち歩いていたので、自宅の部屋には《Flora》と高岡さんの遺品になってしまった《Highlander》を並べてそのまま置いていたが、母は「何だか三味線ではなさそうな楽器が並んでいる」程度に思っていたらしい。母にとっては「三味線かそれ以外か」
が重要であり、三味線でなければ特に何も感じないようだ。
 
なお、この谷崎潤子は、5年後の2009年にデビューして何枚ものゴールドディスクを出した谷崎聡子のお姉さんである。お姉さんの方はなかなかヒット曲に恵まれなかった。
 
この特別番組には松原珠妃も出演していた。ドリームボーイズも出演していた!マリンシスタも出演していたのは覚えているので、そのバックで踊っていたはずのティリーとエルシー(後のスリーピーマイス)の顔も見ているはずだが、さすがに私も彼女たちまでは覚えていない。
 
伴奏者ではあっても、私は一応「女の子」扱いなので楽屋でメイクさんに軽いメイクをしてもらった。なんかこういうの、やみつきになりそう〜。自分でも少しお化粧覚えようかなとも思う。それから控え室に出て行き出番を待っていたら、ドリームボーイズの蔵田さんに声を掛けられた。
 
「おーい。今日のダンスの衣装じゃないぞ」
「すみませーん。私、今日は別口の伴奏なので、ダンスの方はごめんなさい」
「誰の伴奏?」
「谷崎潤子ちゃんって言うんです。今年出たばかりのアイドルです。可愛いんですよ」
「俺は女の子には興味無い」
「そうか!」
 
「だけどさ、洋子ってほんとにほんとに男の子なの?」
と蔵田さんは小さな声で訊く。
「そうですけど」
「ほんとに男の子なら1度デートしてみたいなあ」
「ふふ。淫行でつかまっても知りませんよ」
「うーん。中学生とやったのバレたら、半年くらい活動停止くらいそうだなあ」
「そのくらいで済むといいですね」
 
「で谷崎潤子って、歌は上手い?」
「アイドルとしては上手い部類になると思います」
「ふーん。じゃちょっと買って聴いてみるか」
「わぁ、ありがとうございます! あとでこちらに挨拶に来させますから。音源制作でも私がヴァイオリン弾いてるんですよ」
 
「おお。ところで前橋ちゃん、それ俺たちより前?後?」
と蔵田さんはそばにいたマネージャーの前橋さんに訊く。
 
「ずっと前だね。1時間以上間があるよ」
 
「じゃ充分着替える時間あるな。そちらの出番が終わったら、こちらに来て」
「私、今日の曲目のダンス覚えてないですー」
 
「今日俺たちが歌う曲目知ってる?」
「『噂の目玉焼きガール』ですよね」
「ちゃんとフォローしてるじゃん」
 
「それは当然です。私はドリームボーイズのスタッフのひとりのつもりですから」
と私は言っちゃう。
 
「よし。その意識があればOK。で曲目を把握してるならダンスも分かるはず」
「う・・・なぜバレたんだろう」
 
「洋子ちゃん、誤魔化すのが下手すぎる」
とダンスチームのリーダー葛西さんが笑っている。
 
ちなみに、私はζζプロでは「ピコ」だが、$$アーツでは「柊洋子」の名前を使っている。
 
「ダンスチームの衣装は予備を持ってきているから大丈夫だよ」
と葛西さんも言うので、谷崎潤子ちゃんのマネージャーさんに連絡の上、掛け持ちで出ることにした。本人もマネージャーと一緒にこちらに来て、きちんと挨拶していた。「蔵田さん以外」のメンバーからは「可愛い!」とか言われていた。
 
更に待っていたら、○○プロの前田係長にまで声を掛けられた。普段はこういう現場にあまり来ない人だが、注目度の高い番組だし○○プロの歌手も何人か出るので出てきていたようである。
 
「あれ? 今日は冬子ちゃん、予定が空かないって言ってなかった?」
「この番組に出るので。谷崎潤子ちゃんのバックでヴァイオリン弾いて、それからドリームボーイズのバックで踊ります」
 
「ほほぉ」
と言って、前田さんは番組の進行表を見ている。
 
「谷崎潤子ちゃんは、原野妃登美の3つ前だな。谷崎潤子ちゃんの伴奏の後でこちらに来てくれない? ピアノ伴奏者がどうしても確保できなくて、音源を使おうかと言っていた所だったんだよ」
 
「えっと・・・・私、原野妃登美ちゃんの曲知りませんけど」
「冬子ちゃんなら初見で演奏できるはず。すぐ譜面は用意させるから」
「あははは・・・」
 

そういう訳で、その日は最初は谷崎潤子のバックでヴァイオリンを弾くだけのはずが、その後、原野妃登美のピアノ伴奏をして、更にドリームボーイズのバックダンサーまでしたのであった。
 
ドリームボーイズの次が松原珠妃だった。私たちがまだ出番を待って下手袖で待機していた時に珠妃が来て一瞬私と視線が合ったが、彼女はそのまま視線を逸らしてしまった。そしてドリームボーイズの出番が終わって上手にさがった後、私はそのままステージ袖で彼女の『哀しい峠』を聴いていた。私に気づいたドリームボーイズの大守さんが小さな声で言った。
 
「あの子、洋子ちゃんの従姉か何かだっけ?」
「元先生です。私の歌手としての才能を見い出して鍛え上げてくれた人。実質、姉に近い存在ですね」
 
「去年はけっこう彼女の伴奏をしてたよね?」
「夏の間だけですけどね。一応私、彼女のバックバンドの2代目ヴァイオリニストとしてカウントされてるみたい」
 
「『黒潮』の大ヒットの後、2匹目のドジョウを狙ったのかも知れないけど・・・」
「売れるような曲じゃないですね」
と私は微笑んで言った。
 
この曲は厳しい峠を越えて日々恋人に会いに行く少女を歌ったもので、物語が黒潮と同じパターン過ぎる!
 
「彼女の歌って、演歌ともポップスとも違うよね?」
「演歌とJ-POPが別れる以前の《歌謡曲》に近い路線ですよね。小柳ルミ子とかちあきなおみとか」
「『哀しい峠』は演歌系に行き過ぎた気がする」
 
「私もそう思います。珠妃の歌唱力を活かしきってないんです。黒潮があれだけ売れたのに、カラオケでは難しすぎて忌避されていたので、易しくしたみたいですけど、ヨナ抜き音階にしたのも、声域を1オクターブ強に制限したのも失敗だったと思います。新しい社長さんが元々演歌系の人だから、看板歌手の珠妃に演歌を歌わせたかったというのもあるんでしょうけどね」
 
ζζプロでは、結局例のJの事件の責任を取って昨年8月いっぱいで兼岩さんは社長を辞任して会長に退き、副社長だった普正さんが社長に昇格した。珠妃が演歌色の強い曲を歌うことになったのも、元々演歌畑を歩いて来た普正新社長の意向が強く反映されている。私が珠妃のバックバンドと距離を置くことになったのもその影響がある。
 
「そもそも曲の出来も良くないよな」
「まあそうですね」
「彼女の歌は鑑賞していればいいんだよ。カラオケで歌われる歌とは違う気がする」
「そのあたりの路線選定は難しいですけどね」
 

そんな話を大守さんとしていたら、珠妃のマネージャーの青嶋さんが近づいてきた。
 
「ピコちゃん、この後は予定入ってる?」
「入ってませんけど、中学生としては、そろそろ帰宅したいです」
「そこを1〜2時間ほど、時間を取ってくれないかなあ。珠妃がピコちゃんと話したいと言ってる」
 
私は自分の心を抑えながら話した。
 
「珠妃さんがピコにじゃなくて、静花さんが冬子と話したいんなら、いつでも直接声を掛けてください。静花さんと冬子は何の遠慮もいらない関係のはず。人を介して話を持ってくる必要もないですよね?」
 
「分かった。伝えてみる」
 

いったん控え室に戻った後、楽屋に行く。葛西さんにクレンジングを分けてもらってメイクを落とし、ダンスの衣装を脱いでセーラー服に着替える。
 
「ね、洋子ちゃん。前から疑問に思ってたんだけど」
と葛西さん。
「はい?」
 
「私、セーラー服を着た洋子ちゃんばかり見てるから何にも感じないんだけど、学校には学生服を着て行ってるんだよね?」
 
「そうですね。でも、ここの所忙しくて学生服を着る暇がないです。学校の合唱部のクリスマス会と、吹奏楽部の演奏会にも、参加することになっちゃったので、学校でもセーラー服を着たままになっちゃってます。私、学生服を着てると、演奏能力が落ちちゃうんですよ」
 
「ああ、その話は聞いたな。男の子の服を着ると、180度開脚もできないとか」
「立位体前屈がマイナスなんですよね」
 
「そのあたりも信じられないな。あんなに柔らかい身体をしているのに。でもそれじゃ、今は学校の授業もセーラー服で受けてるの?」
「ええ」
 
「友達とか先生とか何も言わない?」
「何にも言われなくて拍子抜けしてます。生徒指導の先生から何か言われるかと思ってたのに」
 
「じゃもうこのまま女子中学生になっちゃうんだ?」
「いえ、今年いっぱいです」
 
「じゃ1月からはまた学生服で通学するの?」
「ええ」
「いっそもうずっとセーラー服のままにしちゃえばいいじゃん」
「そういう訳にも・・・」
 
「私、いろいろ努力してみたんだけど、どうやっても学生服を着た洋子ちゃんを想像できないんだよ!」
 

その後もしばらく葛西さんや、ダンスチームの他の女の子たちと楽屋でおしゃべりしていたら、静花がやってきた。彼女は「大物歌手」扱いなので、この大部屋ではなく、個室の楽屋を使用している。彼女に気づいて、彼女が通るそばにいる女の子たちがおしゃべりをやめて、そちらを注目する。静花は私の前に立った。
 
「冬、このあと、少し時間、取れる?」
と静花は言った。
 
「いいよ」
と私は答えた。
 

自宅に電話を入れた。静花が代わってくれて母に話をしたので、母も「あまり遅くならないようにね」と言って、帰宅が遅くなることを認めてくれた。
 
ふたりでタクシーに乗り、江東区の和風レストランに入った。
 
「ここ、個室がたくさんあるから、密談とかにいいんだよ。営業時間が夜12時までだけど、今日はあまり遅くはなれないしね」
「ふーん」
 
個室を希望して通され、彼女は豆腐御膳、私は鮭茶漬けを頼んだ。
「相変わらず少食だね!」
と呆れられる。
 
「陸上競技してるんでしょ?」
「うん」
 
「そんなんで身体もつの?」
「最近は晩ご飯、2杯は食べてるよ」
「あり得ない。スポーツやってたら、女の子でも4〜5杯食べて当然」
 
「そんなものかなあ。体重をせめて40kgにしろと顧問の先生からは言われてるんだけどね」
「今何キロ?」
「39kg」
「契約上太ることのできない私だって48kgあるのに!」
 

やがて注文した品が来て、ウェイトレスが下がる。
 
「さて、何の話かな」
と私が言うと、静花は突然泣き出した。
 
私はずっと彼女が泣くのに任せていた。
 
「御免。何か言おうと思ったんだけど涙が出てきて」
「泣くといいよ。私と静花さんの間柄だもん。何も遠慮しなくていいから」
「ありがとう。私この1年、泣くこともできなかった」
 
結局静花は30分近く泣いていた。私はずっと静花の手を握っていた。
 
やがて彼女は話し始めた。
 
「去年が天国なら今年は地獄だった」
「この世界は水物(みずもの)だもん。売れる時もあれば売れない時もある」
 
昨年400万枚を売った『黒潮』は歌謡界で最も権威ある賞であるRC大賞まで受賞した。しかしそれに続く第2弾として今年3月に発売した『哀しい峠』はここまで3万枚しか売れていない。レコード会社は実は30万枚プレスしていたのでそれを廃棄して凄まじい赤字を出した。そのため次のCDを作る機運も出ていなかった。静花は昨年ほとんどの歌謡賞に入賞したのに、今年は何の賞にも関わることができてない。
 
「どこに行ってもさ。『哀しい峠』を歌わせてくれないんだよ。『黒潮』を歌ってくださいと言われる。確かに『黒潮』も今年10万枚以上売れてるからこれだけでも充分セールスとしては大きいんだけど」
 
「落差が激しいよね」
「巷では私は『一発屋』だと噂されているみたい」
 
「誰でも最初のヒット曲の段階では一発屋だよ。それをまた新たなヒットを出すことによって、本物のスターに成長していく」
 
「冬って、何でそんなに達観してるの?」
「その理由は・・・・ちょっとあってね」
 
自分の生命に執着が無いからだ、なんて言っちゃったら、話がややこしくなるしねー。
 

「でもさ、『哀しい峠』は曲も悪いと思う。ハッキリ言って」
「どこが悪いと思う?」
 
「選曲が悪いのと、そもそもの曲の出来も悪い。静花さんが演歌を歌ったとしても、もう少し出来のいい曲だったらここまで酷い売り上げにはなってないと思う。何かさ、木ノ下大吉先生って最近、曲の出来に波がありすぎない?他の歌手に出している曲を見てても感じるよ」
 
「どうも調子悪い気がする。選曲としても合ってない?」
「うん。やはり静花さん、こんな演歌みたいな曲歌っちゃダメ。静花さん、コブシ回せないでしょ?」
 
「・・・・冬はコブシがうまいよね」
「私のは民謡のコブシだけどね。私も演歌のコブシは回せない」
 
「それって違うもの?」
「全く違う。メカニズムそのものが違うし、求められる基礎も全然違う。でも静花さんの本領はやはりポップスで出ると思う。静花さんはポップス歌手だよ。演歌歌手じゃない」
 
「・・・・でも、私のレベルじゃ好きな歌は歌わせてもらえないんだよ。渡された歌を歌うだけ」
 
「そうだろうね。特にζζプロは、まがりなりにも大手だし。システマティックに物事が決められていく。歌手も作曲家もある意味、部品にすぎない」
 
「それは自覚している」
「特に今の社長さんはトップダウン志向が強いからね。でも部品にだって、それなりの頑張りようはあるさ。ミリオン売った歌手はいまだに全く売れてない歌手よりは少しは発言力あるはずだよ」
「そうかもね・・・」
 
「ただし言い過ぎると、生意気な。ミリオン売ったからといって偉そうにするなと言われて干される」
「そうなんだよ!」
 
「他のプロダクションだけど、****ちゃんとか可愛そう。あれ他の歌手への見せしめもあるよね」
 
「ああ、あれは本当に可哀相。年齢的にいちばん旬の時期にあんなに揉めてしまって。あれ解決する頃にはもうアイドルとして売れない年齢になってそう」
 
「たぶんそうなるだろうね。静花さんみたいな歌唱力のある人なら3〜4年ふいにしても大丈夫だけど、あの子の場合、歌が下手だから、解決して、またCDを出せるようになっても、もう誰も買ってくれないでしょ」
 
「私は3〜4年棒に振っても反乱起こした方がいい?」
 
「それはもったいない。静花さんは、反乱しなくても、本来周囲をちゃんと動かして行けるタイプだよ。短気を起こさずに頑張ろうよ」
「そっかー」
 

お店に入ってから1時間くらい経って、私たちはやっと食事に手を付け始めた。
 
「しまうららさんに相談してみない? 元々、静花さん、しまうららさんに見出されてこの世界に来たんだからさ」
 
「あぁ・・・」
「しまうららさんなら、静花さんの制作方針に口を出せる立場にある」
「だろうね。実績から言っても、うちのプロの中核歌手だもん」
 
「でも・・・」
「ん?」
 
「それ以外にも道があるかも知れないなあ・・・」
「どんな?」
「うふふ。内緒。でも短気は起こさないでよ。辛い時は私に電話して」
「そうだね・・・」
 
静花は遠い所を見るような視線をしていた。
 

私は翌日、ドリームボーイズの蔵田さんに電話した。
 
「おお、洋子ちゃん、好きだよ」
なんて言われる。
「蔵田さん、昨日言われたデートですけど、ホテル無しなら考えてもいいですけど」
「ほほぉ。まあそれでもいいよ。今日ならちょうど時間取れるんだけど、洋子はどう?」
 
「いいですよ。じゃそちらに合わせますから」
「18時、五反田の**前で」
「・・・・・なんかホテル街が近くにある気がするんですけど」
「気のせい、気のせい。でもどういう風の吹き回し?」
 
「ちょっと面倒なことお願いできないかなあと思って」
「そういうお願いがあるならホテルまで付き合ってよ。淫行になることまではしないからさ」
 
「ホテルに行って、淫行はしないんですか?」
「中学生相手だもん。俺も自制くらいするよ」
「いいですよ。じゃ、蔵田さんを信じてお付き合いします」
 

その日の夕方。私は中性的な格好で出て行き、蔵田さんと落ち合って一緒に食事をした後、ホテルに入っちゃった! 私はこの日、蔵田さんの要望で男声で会話していた。
 
「今日は洋子の性別を確認させてもらうぞ」
「そうですね。じゃ、内緒で」
 
私はブラウスとジーンズのハーフパンツを脱いだ。
「女の子下着なんだ」
と、なんだかガッカリしたように言われる。
 
「まあ、そうですね」
 
ブラジャーを取る。
 
「その胸、Aカップはあるよね?」
と、本当に詰まらなさそうに言う。蔵田さんは女の子のバストを見ただけで萎えちゃうらしい!
 
「はい。最近ブラジャーをちゃんと付けるようになりました。以前はカップ付きキャミソールが多かったのですが」
「まあ、俺は女の子には興味無いからバストなんて、どうでもいいけどね」
 
私はショーツを脱いだ。
 
「・・・付いてる!」
「何だか凄く嬉しそう」
 
「でも凄い!ショーツの上からは、まるで付いてないみたいに見えたのに」
「ボクの、小さいから」
 
「いや、洋子が男の子なら、お願いのひとつくらいは聞いてやってもいいかな」
「これ他人に見せたの、5年ぶりくらいかも」
「おお、それは貴重なおちんちんだ。舐めちゃだめ?」
 
「結婚してくれるなら考えてもいいです」
「うーん。洋子はそんなの付いてても基本は女の子だからなあ。女と結婚する趣味は無いから、それはパスだ」
 
ということで、鑑賞タイムは数分で終了した。蔵田さんは私の身体には一切触らないまま、私に服を着るよう言った。また「気持ち悪い」から、いつもの女声で女言葉で話すように言われた。
 
「それで、頼み事ってのは何?」
「私の姉貴分の松原珠妃のことなんですけど」
「ああ」
 
「蔵田さん、去年『夏少女』って珠妃に書いてくださったでしょ?」
「うん。本当は『たこやき少女』だったんだけどね」
「また何か書いてあげたりしてもらえないかなあと思って」
 
「ああ・・・・」
 
蔵田さんはしばらく考えていた。
 
「今年出した『哀しい峠』って彼女に全然合ってない気がするんです」
と私は言う。
 
「それは実は俺も思っていた。ちょっと関わりの出来た歌手だからさ。色々気にはなっていたんだ」
と蔵田さん。
 
「『哀しい峠』が売れなかったので、しばらくレコード会社からも放置されてしまったんですが、今やっと次の曲の選定が始まり掛けていて。でも普正社長は、どうもまた演歌系の曲を推してる様子なんですよね。でも珠妃って、むしろポップスとかロックが合うと思うんです」
 
「確かにね・・・しかし、洋子って凄いな。自分の姉貴分のためなら、枕営業でもしちゃうんだ?」
 
「まくら営業? 何ですか? それ」
「いや、意味分からないならいい!」
と蔵田さんは焦ったように言った。
 

私たちはホテルを出て、普通のレストランの個室に入った。蔵田さんは歩きながら考え事をしている雰囲気だった。ホテルに入る前に蔵田さんはステーキを食べていたのに、ここでも焼肉定食を注文していた。凄い食欲だ。なお、レストランに入る前に蔵田さんは私を洋服屋さんに連れて行きスカートを買ってくれて、それを穿くように言った。
 
「やはり洋子は女の子の格好してないと」
「私もこういう服の方が落ち着くかな」
 
「やはりね。で、プロダクションが違うからさ。俺が直接干渉する訳にはいかないけど、★★レコードの加藤係長にちょっと話してみるよ。『たこやき少女』も加藤さん経由で話をもらったんだよね。実際、こないだ加藤さんと会った時も松原珠妃の件で少しグチをこぼしてたからさ。加藤さんも洋子と同意見だったんだ、実は。あの子にはロックか何か歌わせたいってね」
 
「それはぜひお願いします」
 
「洋子、まだ少し時間取れる?」
「はい?」
「松原珠妃に渡したくなるような曲をさ、一緒に作らないか?」
「へ?」
 

それで私は蔵田さんと一緒に今度は、青山にある、★★レコード系列のスタジオに入った。最上階の玄武というスタジオに通された。
 
「げんぶ(玄武)とか、せいりゅう(青龍)って、凄い名前ですね」
「青龍はいいとして、よく玄武が読めるな」
「四神ですよね。東に青龍(せいりゅう)・南に朱雀(すざく)・西に白虎(びゃっこ)・北に玄武(げんぶ)。ゲームとかでよく出てきますよ」
 
「そうか!今の若い子はそれで知ってるのか!」
 
ということで、その日、スタジオのギターとヴァイオリンを借りて、私と蔵田さんで「松原珠妃に合いそうな曲」というのを作ったのである。
 
何だかとても可愛い曲に仕上がった。しかし声域は3オクターブ近く使う、とんでもない曲である。特に魅力的なDメロ(2サビ)はアルトの一番下からソプラノの一番上まで、F3からD6まで駆け上がる。(D6で停めるのがミソ。これをE6にすると歌える人がぐっと減り、F6にすると若くて才能のあるソプラノ歌手にしか歌えなくなる。但し松原珠妃はその上のA6まで出る)
 
「こんなの出来ちゃったけど、こんな曲歌えるのは★★レコードだと松原珠妃くらいなんで歌ってもらえないだろうか、ということにすると、話を持って行きやすい」
 
「松原珠妃か保坂早穂くらいでしょうね。でも保坂さん、別のレコード会社だから」
 
「しかし、この曲作りながら歌っちゃった洋子も凄い」
「松原珠妃の元生徒だから、このくらい歌えなくちゃ」
「洋子って男の声でも歌えるの?」
「歌えるけど、声域狭いです。1オクターブちょっとしかないです」
「なるほどねー」
 
曲のタイトルについては蔵田さんは『愛のドテ焼き』というのを主張したのだが、私が『愛のランチルーム』というのを主張して、その件は継続審議!?になった。
 

12月11日。8月にちょっとだけ参加して、ヴァイオリンとクラリネットとグロッケンとピアノを弾いた(何だか色々弾いてる!)オーケストラの演奏会に出た。しかも今回はコンサートマスターである!
 
私の時間が全く取れず、結果的にはぶっつけ本番になったが、8月の公演で顔見知りになった人が半分くらい居るので、スムーズに溶け込むことができた。
 
開演前の練習で「常トラ」のKさんから言われた。
「唐本さん、8月に見た時とまるで別人! 物凄く上手くなってる。あの時はヴァイオリン始めて1〜2年かと思ったのに、今のヴァイオリンはまるで10年くらいやってる人みたい。どうしたの?」
 
するとホルンのエツコに言われた。
「冬は前回は、あまりこの楽団に関わりたくないってんで、わざと初心者の振りしてたみたいです。本当は小学2年生の時から弾いてるそうです」
 
「なーんだ!そうだったの!?」
とKさん。
 
「だいたい1500万円もするヴァイオリン使ってる人が初心者の訳ないです」
とエツコ。
「だよね! でも初心者の振りできる所が凄い。私にはそんな器用なことできないよ!」
とKさん。
 
「いや、本当に夏頃はクラシック全然分かってなかったから、まともに弾けてなかったんですけどね。だいたいセカンドポジション以上を使い始めたのも、ほんの数ヶ月前で、私ってそれ以前は全部ファーストポジションだけで弾いていたので」
と私は言う。
 
「え? そうなの?」
 
「Kさん、冬って凄く嘘つきですから、気をつけてください」
とエツコ。
 
「なるほどぉ」
「えっと・・・」
 
「だいたい、こうしてると可愛い女子中生ヴァイオリニストって感じだけど、そもそも男ですからね」
とエツコ。
 
「うそ!?」
「と言われても信じていいのかどうか分からなくなりますよね、冬の場合」
 
「ああ、びっくりした。もし男の子が女装してこんなに可愛くなるものなら、天地がひっくり返るよ」
とKさんが言う。
 
フルートの杏菜がおかしくてたまらない、という感じで忍び笑いをしていた。
 

今回の演奏会の曲目はまず『ペールギュント』に始まる。有名すぎる『朝』、そして『山の魔王の宮殿にて』『アニトラの踊り』『ソルヴェイグの歌』とクラシックに必ずしも強くない私にも、おなじみの曲が続く。
 
そしてサンサーンスの『動物の謝肉祭』から『ライオン』『亀』『象』『水族館』に『化石』そして超有名な『白鳥』まで演奏して前半終了となる。様々な有名曲のパロディあふれる作品なので、観客も「あれ?」という感じの顔をしながら聴いてくれている雰囲気であった。(例えば『亀』はオッフェンバック『天国と地獄』を超スロー演奏したもの)
 
ところでオーケストラというものは基本的には指揮者のタクトを見て全員が演奏する建前ではあるのだが、実際にはタクトの動きはほとんど無視される。演奏者がタイミングを取るために見ているのは、コンサートマスター、つまり私の弓の動きである。要するに、クラシック・オーケストラのコンサートマスターというのはロック・バンドのドラムスのようなものである。
 
私の弓を見てみんながそれに合わせるから、私としては最初結構緊張したが、基本的には楽団全体の空気のようなものを感じ取りながらボーイングしていた。
 
それで前半と後半の間の休憩時間に
「唐本さんのボーイング、くっきりしていて演奏しやすい」
と言ってもらえた。
 
「ねえねえ、来年夏の演奏会でもコンマスしない?」
とまで言われる。
 
「いや、今回は非常事態でやってますけど、私には荷が重いです。Kさん、よろしく」
と私。
 
「私はエキストラだもん」とKさん。
「私もエキストラなんですけど!」と私。
「これを機会に正式団員に」
 
「無理です〜。そもそもコンマスは本来Sさん」
「Sさんは次も指揮すればいい」
「じゃリーダーは?」
「監督!」
「何それ!?」
 

後半はモーツァルト尽くしである。夏の公演の時は何だか「とっちらかった」
選曲だなと思ったのだが、今回の演奏会はテーマがすっきりした感じ。新しいコンマス(今日は指揮をしている)Sさんの企画らしい。
 
私もモーツァルトだと聴いている頻度が高いので少し安心感がある。
 
まずは『トルコ行進曲』『きらきら星変奏曲(全部やると飽きるので途中まで)』
でツカミを取る。
 
『交響曲25番ト短調』『交響曲29番イ長調』『交響曲35番ニ長調(ハフナー)』
『交響曲39番変ホ長調』『交響曲40番ト短調』『交響曲41番ハ長調(ジュピター)』
と、名前だけ挙げるとモーツァルトファン以外にはさっぱり分からないものの、実際に聴くとあまりクラシックに詳しくない人でも何となく聴いたことのある曲を並べていく。主として各曲の第1楽章を基本に、41番だけは第4楽章を演奏した。
 
私もこの付近はだいたい暗譜していたので、結構精神的な余裕を持って弾いていくことができた。
 
『ディヴェルティメント3番へ長調・第1楽章』『ピアノ協奏曲21番・第2楽章』
『フィガロの結婚・序曲』『魔笛より鳥刺しパパゲーノ』とつないだ上で、最後は『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』で締めた。
 

今日は観客は400人ほど入っている。夏の演奏会の倍くらいの感覚だ。その観客からアンコールの拍手をもらう。
 
今日は、もしアンコールがあったらということで楽曲も決めていたので安心して?私とエツコ・杏菜の「女子中高生3人組」で出て行き、ヴァイオリン・ピアノ・フルートの三重唱で『ハイドンのセレナーデ』を演奏した(弦楽四重奏曲17番ヘ長調作品3-5 第2楽章アンダンテ・カンタービレ。でも実はハイドンの作品ではなく本当の作曲者はハイドンのファンであったというホーフシュテッター)。
 
フルートがメロディーを吹き、ヴァイオリンがハーモニーを付け、ピアノが低音を受け持つ。元々はヴァイオリンの曲だが、フルートでもよく演奏される曲である。
 
ミファ・ソミドー、ソミ・ラファドー
 
という耳心地の良いメロディーが会館に響き渡り、聴衆を魅了した。
 
たくさん拍手をもらい、3人で並んで挨拶をして、演奏を終えた。
 

オーケストラの演奏会の翌日・12日(日)は、○○プロのアイドルグループのライブのバックダンサーをした。グループ自体が中高生のメンバーなので、バックで踊る子もほぼ全員中学生(一部小学生)で、楽屋が何だか賑やかだった。グループ自体も10人だが、バックダンサーは30人くらい居た。
 
この時ワイワイとおしゃべりしたバックダンサーの中に、後にリュークガールズの(何代目かの)リーダーになった朋香がいたらしく、ずっと後で言われたが、私もそれは覚えていなかった。(この世界はほんとに世間が狭い)
 
翌週12月18日(土)は昼間はドリームボーイズの武芸館公演でバックダンサーをして、夕方からは学校の吹奏楽部の演奏会に出るというスケジュールだった。(その翌日19日はオフだったが、この日陸上部の先輩絵里花さんと逢い、サンタガールをすることになる)
 
私は吹奏楽部で吹くクラリネットを持って武芸館に行き、待ち時間に演奏予定曲目を少し練習していた。スクエアの『宝島』を吹いていたら、いきなり後ろから抱きつかれる。
 
「きゃっ」
と思わず声を出したが、蔵田さんだった。
 
「やはり、洋子は女だな。こういうとっさの時には女の声が出る」
「男の子の声も出ますけど」
とわざと男声で答えるが
 
「なんかさ。洋子の男声と女声を聴いてると、女声は自然な感じ、男声は無理してる感じがする。洋子、学校では男の声で話していると言ってたけど、そちらの方が作った声だろ? だから洋子は男装少女なんだな」
 
それは夏にT君にも言われたな・・・と思って、私はほろ苦い気分になる。
 
「あ、そうそう。洋子が貞操を犠牲にして頼んだ、例の件、うちの社長にも話した上で、加藤係長から話を持って行ってもらって、向こうはOKした」
「わぁ・・。でもテイソウって何ですか?」
 
「分からないなら気にしなくていいよ!」
と言って蔵田さんは赤くなる。私はその反応が読めなかった。
 
「兼岩会長が動いてくれたんだよ。普正社長は珠妃ちゃんにやはり演歌系の歌を歌わせたいようでレコード会社からの話にも消極的だったんだけど、取締役会の席で兼岩さんが、俺たちで作った曲と、木ノ下先生の書いた曲を流して、取締役の多くがこちらの方が売れると判断したらしい。それで木ノ下先生の曲は先生に了解の上、珠妃の先輩に当たる**に渡すことになった。**は大物作曲家の曲をもらえて喜んでいたらしい」
「わぁ」
 
「ただ、こういう形で曲の提供をしたら、今後、松原珠妃に関する責任が出てくるかも知れないけどな」
 
私はその「責任」というのも当時意味が分からなかった。
 
「ところで、今度またデートしない?ホテル無しで」
「いいですよ」
「今度はちゃんと女の子の格好で出てきて。俺が女の子と歩いていても絶対に誰もデートとは思わないから安心」
 
「蔵田さん、女の子とはよく長時間話してるけど、男の人とはあまり長くは話しませんよね」
「そりゃそうだ。男の子とは話すんじゃなくてホテルに連れ込んでイチャイチャしたいから」
「なるほどー」
 
「で、待ち合わせは明日の朝10時。渋谷の東急百貨店の前で」
「・・・・なんかラブホテル群が近い気がするんですけど」
「気のせい!」
 
蔵田さんと2度目のデート?をしたその19日。結局蔵田さんは朝10時から夕方16時頃まで、渋谷のレストランで、私を相手にひたすら6時間、ビッグバンドジャズ論を話し続けた!(途中気づいた周囲の食事客にサインを20枚くらい書いていた)
 
私はその後もしばしばかなり怪しい場所に蔵田さんから呼び出されていたが、いつも、食事などをしながら長時間音楽論を話すか、スタジオに付き合うだけで、あれ以降1度もホテルに連れ込まれたことは無い。
 

ちょっと時刻を戻して、ドリームボーイズの武芸館公演のバックダンサーをした日。私は夕方からは、吹奏楽部の演奏会に行き、クラリネットを吹いた。
 
武芸館を出たのが結局16時で、市民会館に辿り着いたのは17時だった。
 
「ごめーん。遅くなった」
「お土産は?」
「そんなの無いよぉ」
「蔵田さんのサインとか」
「そういうのは関係者ゆえにもらえない。サインって商品だから管理厳しいんだよ」
「ああ、面倒なんだね」
 
辿り着いた時は前の前の中学が演奏していた。アンダーソンの作品をずらりと並べていて『そりすべり』『トランペット吹きの休日』『タイプライター』
(本当にタイプライターを持ち込んで使用していた)、『チャイナ・ドール』、『ブルータンゴ』そして『シンコペイテッド・クロック』で締めた。
 
その次に出てきた中学は行進曲特集だった。『ワシントンポスト』に始まり『威風堂々』『軍艦マーチ』『双頭の鷲の旗の下に』『ボギー大佐』『ラデツキー行進曲』『旧友』と演奏して最後は『大脱走マーチ』で締めた。
 

私たちはこの中学が『ラデツキー行進曲』を演奏し始めたあたりで会場内から舞台袖に移動したのだが、私はこの中学の演奏者の中のひとりのフルート奏者の女子が気になった。
 
なぜ気になったかというと、その子が明らかに他の子より遅れて音を出していたからである。指の動きが遅れていたし、会場の最前面で聴いていた私は実際にフルートの音のひとつが微妙にずれて聴こえてくるのに気づいていた。
 
まだ初心者なのかな、というより少しリズム感が悪いのかな、と思って見ている。それでその子が『双頭の鷲の旗の下に』を演奏した後、フルートを手に持ち、何だか首をかしげている。笛自体も調子が悪いのだろうか? その内、そのフルートを振り出した。何だ何だ? 唾でも詰まったのだろうか?
 
そして・・・
 
彼女がフルートを勢いよく振った勢いで、そのフルートが彼女の手をすっぽ抜けてこちらに飛んできた!
 
私の顔面直撃コースだった!が、すんでの所でキャッチした。
 
やった!
 
と思った瞬間、フルートの端が私の額(ひたい)を直撃した。
 
フルートに回転が掛かっていたようであるが「要するに冬がしっかりキャッチしないから」とか「握力が無いから」とか、後で貴理子たちに言われた。
 
私は「痛ぁー」と思いながらも、フルートを持って行き、その中学の指揮者に渡す。と、そのフルートを飛ばしてしまった女の子が出てきて指揮者から受け取るとともに、私の方に向かって無表情でペコリと頭を下げた。それでこちらも笑顔でペコリとした。
 
「政子、何やってんのよ?」
と隣の子から言われているのを私は微笑ましく見ていた。
 

彼女たちがステージ前面の階段を降りた後、私たちが袖から登場して椅子に座る。私たちはザ・スクエアの曲を演奏する。
 
F1グランプリで有名になった『TRUTH』、初期の名作『It's Magic』、ポップ路線への転換を象徴する曲『いとしのうなじ』、小泉今日子のカバーでも知られる『Omens of Love』(この曲は夏の大会でも演奏した)、キラキラしたサウンドの『El Mirage』、そして最後は『宝島』で締めた。
 
全部T-Squareになる前のThe Square時代の曲である。当時のスクエアの曲の魅力は何と言っても伊東さんのリリコン。それで普段はクラリネットとアルトサックスを持ち替えで吹いている2年生の知花さんはこの日は、ひとり列から飛び出して指揮者の傍でひたすらアルトサックスを吹き続けた。
 
ということで、クラリネットは私と貴理子のふたりで頑張って吹いていた(夏の公演の時にいた、もうひとりの2年生は辞めちゃったらしい)。
 
それで私が頑張ってクラリネットを吹いていた時、出番を終えたひとつ前の中学の生徒が座っている付近を何気なく見ていたら、例のフルートを飛ばした女の子が、まだフルートを振っていた。もしかして、内部の掃除をきちんとしてないのでは? などと思って見ていたら、またフルートを振りすぎて、飛ばしていた!
 
今度は顧問の先生?の頭にぶつかり、叱られていた!
 
何だか面白そうな子だ、と私は思った。
 
そして彼女の持つオーラが物凄いことにも私は気づいた。
 
どこかでまたこの子とは会うかも知れないな。何だかそんな気がした。
 

23日の天皇誕生日は朝からアスカと友人のジョイントライブに出かけて行った。今日ももちろんセーラー服である。
 
入場者に配るというパンフレットのセットの中にアンケート用紙があるのに気づく(今日の演奏曲目を書いたもの、アスカたちの高校関連の他のライブの宣伝チラシなどと一緒に入っている)。
 
「今日の演奏者の中でいちばん良かった人、いちばん下手だった人って、すっごく残酷なアンケートですね」
 
「どっちみち、私たちはぼろくそ言われるものなのだ。そんなの気にする奴は音楽家にはなれん」
「そうかも知れませんけど・・・・ちょっと、私の名前まで入ってるんですけど!」
 
「ちなみに下手だった人で1位になった子が今日の会場代持つということで」
「そんなの、私がダントツで1位に決まってるじゃないですか!」
 
「それは分からん。まあ、会場代を払いたくなければ頑張って演奏するんだな」
「そんなぁ」
 
「冬、その会場代の金額を訊かないのか?」
「払いたくないから聞きません」
「上等! それでこそ冬だ」
 

900人くらい入るホールに観客は7割という感じだった。つまり600人くらいということになるのだろう。
 
10時から始めて30分ずつ演奏し、その後私が1曲弾いてから、3人の合奏ということになっている。終了予定は11:45。会場の掃除も含めて12:30までには撤収しなければならないことになっている。終わった後はバタバタだ。
 
最初は摩夜さんという人が出て行き、クライスラーの作品を多く弾いた。使用しているヴァイオリンは1億円で買った18世紀の古楽器らしい。恐ろしい。曲目は多くの人に馴染みのある作品ばかりなので観客の反応も良いし、伴奏している私も比較的楽である。『愛の喜び』で始めて最後は『美しきロスマリン』
で締めた。暖かい拍手と笑顔に包まれて演奏を終えた。
 
その次は夕子さんという人の番で、この伴奏はアスカの母が務める。使用しているのは2500万円したという19世紀オールド・イタリアンの楽器。ベルリン・フィルとも共演したことのあるヴァイオリニストがサブ楽器として使用していたものがその人の引退に伴って売りに出ていたのを買ったらしい。
 
彼女は激しい演奏が好きなようで『カルメンのハバネラ』に始まりファリャの『スペイン舞曲』、『ラ・クンパルシータ』『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』とつなぎ、最後は『ツィゴイネルワイゼン』である。最後は物凄い拍手が沸き起こっていた。観客は興奮のルツボである。
 
私はこの人を真ん中に置いて、この人だけアスカの母が伴奏した訳が分かった気がした。こんな激しい演奏の伴奏をしたら、それだけで体力消耗しちゃう!
 
そして最後はアスカの番である。6000万円の18世紀の古楽器《Angela》で弾く。また私がピアノ伴奏をする。チャイコフスキーの『アンダンテ・カンタービレ』
で、まずは興奮していた観客を鎮めてしまう。
 
『タイスの瞑想曲』で酔わせ、グノー(バッハ原曲)の『アヴェ・マリア』、と静かな曲を続けて観客の眠りを誘う!
 
そして『G線上のアリア』『主よ人の望みの喜びを』で少し客を眠りの世界から呼び戻し、最後はヴィヴァルディの『四季・春』第1楽章で締めた。
 
夕子が激しい曲を弾くのを見越しての選曲と思った。観客が感動した感じで拍手をしていた。
 

演奏したアスカが伴奏者の私を紹介してくれて、私も推定900万円のモダン・イタリアンの名器《Rosmarin》でラテンの名曲『ティコティコ』を弾く。
 
ヴァイオリンの4本の弦を細かく移り渡りながら演奏する。とっても忙しい曲である。この曲を結構テヌートを掛けて弾く人もいるようだが、私はラテンっぽく音を細かく切って演奏した。まさに小さな鳥(ティコティコは小鳥の名前)がバタバタと羽ばたいている感じ。ブラジルの街角で日焼けしたお兄ちゃんがお金を投げ入れてもらう帽子を前に置いて演奏しているかのような雰囲気で弾いた。
 
普通に拍手をもらう。
 
アスカの母が出てくるので、私が「夕子さんの伴奏をした蘭若姫乃さんでした!」
と紹介して、拍手をもらい、彼女に私のヴァイオリンを渡す。そしてピアノの所に座る。摩夜・夕子・アスカの3人が出てくる。
 
私の伴奏と3人のヴァイオリンでブラームスの『ハンガリー舞曲5番ト短調』
を弾く。3人が演奏しながら動き回って並び方を変えていくので、観客がその動きを追いながら鑑賞する感じになった。
 
最後はとても大きな拍手をもらって演奏は終了した。
 

アンケートの敗北は半ば覚悟していたのだが『いちばん下手な人』の欄は観客全員が空白であった! ということで、会場代(18万円だったらしい)は結局3人で6万円ずつ出したということであった。
 
このヴァイオリン演奏会の翌日24日(金)は終業式のために1日だけ学校に出て行った。そしてこの24日には陸上部の女子でクリスマス会をして、私はその席上「女装」させられたのだが、陸上部には私と同じクラスの子がいなかったこともあり、彼女たちの中には(若葉以外)私がここ1ヶ月ほどセーラー服で通学していたことに気付いていた子はいないようであった。(校内では結構体操服姿でも居たのもあるか?)
 
若葉はクリスマス会の後で「要するに人は違和感の無いものに注意しないから冬がセーラー服を着ている所を絵里花さんや貞子とかが偶然目撃したとしても何も感じてなかったんだろうね」
と言って大笑いしていた。
 

その翌日12月25日(土)。中学の合唱部が参加するクリスマスコンサートが開かれる。しかしこの日、私は篠田その歌の伴奏もしなければならない。
 
私はまず朝から新宿に行き、アイドルフェスタ主催者が用意した練習用スタジオで篠田その歌と歌う予定の曲を合わせた。それで番組の進行が急に変わった場合は連絡するからと言われて携帯電話を持たされ、電車で**市の市民会館まで来る。
 
そして合唱部の子たちの練習(私の演奏を録音した音源を使用)に付き合い、出番を待つ。こちらの進行は少し早めになっている感じだった。
 
予定では14時くらいということだったのだが、13:40に待機の指示が入り舞台袖に行く。そして13:52くらいに前の学校の演奏が終わる。アルトの子たちを先頭にステージに入る。2年生の副部長さんが譜面を指揮台に置く。メゾソプラノ、ソプラノと入場する。セーラー服を着た部員たちがずらっと並ぶ。セーラー服を着た私も出て行きピアノの前に座る。2年生の部長が入ってきて指揮台の所に就く。私の方に向かって合図をする。
 
『In Terra Pax 地に平和を』を演奏する。しっかしまあ、ピアニストをいじめるかのような難曲である。一度昼休みに、まだみんなが来る前に倫代とふたりで歌唱パートも歌ってみたものの、歌う方もかなり大変な曲だ。逆に言えば、元々高い技術を持っている合唱団がその技術をアピールするのには良い曲なのかも知れない。うちの合唱部も・・・結構良い線行っている気がした。
 
やがて曲が終わり、指揮している部長が満足そうな顔をしている。やはりうまく行ったのであろう。続けて『怪獣のバラード』を弾く。
 
この曲はみんな身体をゆすりながら歌う。ハンドクラップなども入る。中高生の合唱では古くから愛されているとっても楽しい曲だ。歌うのはかなり気持ち良く歌える。でも! ピアノは大変だ!! 怪獣がその巨体で大きな歩を進めるかのように、私の指は鍵盤を大きくリープしながら演奏する。これもピアニストいじめの曲だ! 来年もまたやってと言われないように、来年の春にはピアノの上手な新一年生が入りますように、などと思いながら私は演奏していた。
 
最後まで楽しいメロディーと明るい和音が続き、長い音符で終止。
 
部長が頷き、客席に向かって礼をする。拍手をもらう。私たちはステージから降りて客席に戻った。
 

「うまく行った、うまく行った」
 
客席内なので大きな声は出せないが、次の中学がスタンバイするまでの束の間の時間に私たちは話をした。
 
「ビアノもすごく格好良かった」
「サンキュー、冬」
 
「冬、ほんとにピアノうまいね〜」
「そういえば、冬って歌も凄くうまかったよね」
「声変わりが来てなくてまだ女の子みたいな声だったら、合唱に参加してもらってもいいくらいだったよね」
 
などと小学校の時の合唱サークルでも一緒だった子たちに言われる。
すると倫代が「あ・・」という顔をした。あはは、倫代以外は私が女声が出ることを知らないよね。まだバレてないよね〜。私は倫代が何か言い出す前に逃げなきゃと思い、
 
「じゃ悪いけど、ボク、向こうの会場に行かなくちゃいけないから」
と言って顧問の先生にもひとこと言った上で会場を抜け出した。
 

駅まで来たところで携帯にメールが入ったので「これから向かいます」と返信した。新宿の放送スタジオに戻ってきたのは15時である。こちらは予定通り進行しているということだった。篠田その歌が結構緊張しているっぽいので、おしゃべりを仕掛けて、気持ちをほぐしてあげる。
 
やがて出番である。彼女の顔が引き締まる。
「さ、行こう」
と言って背中を軽く叩き、一緒に出て行く。私はキーボードの所に座り、その歌は司会者の所に行って笑顔で会話をしている。度胸はあるタイプなので少し高揚した気分のほうがうまく行く。そして司会者の「それでは歌に行きましょう」ということばで、私はその歌と頷き合い、リズムとともに伴奏をスタートさせた。
 

その後、私は年内いっぱい、○○プロの様々な歌手の伴奏やバックダンサーをしたり、また谷崎潤子の伴奏、ドリームボーイズのバックダンサーなどもしつつ、民謡の方のイベントにもいくつか参加して三味線の伴奏やお囃子を入れたりした。特に年末年始は民謡関係のイベントも多かった。
 
結局年内いっぱい昼も夜も仕事をして、自宅に帰ったのは、31日の22時である!(中学生は原則として21時までということで、この時間に帰してもらった)1月も2日から仕事が入っている!
 

新しい年が明ける。
 
新年の特別生番組で、様々な芸能人にいきなり電話を掛けてスタジオに呼び出し何か芸をさせる、という企画が行われていた。ゆきみすず先生が呼び出されてきて、元同僚のしまうららさんを呼び出し、しまうららさんは事務所の後輩ということで、松原珠妃を呼び出した。
 
呼び出されてきた珠妃は、「これ、来月発売予定で今音源制作をしている最中なんですけど、お正月だから特別に」と言って、『ドテ焼きロック』という曲を歌った。なんつうタイトルだ!! 歌詞も蔵田さんとスタジオで一緒に作った時には無かった「タコヤキ・タマゴヤキ、オコノミヤキ・イカヤキ」なんて食べ物の連呼が入ってる!?
 
「何か聞いてたら、俺、腹が減ってきた」
と司会のお笑いタレントさんが言う。
「だけど、あんた路線が変わった?」
 
「いや、これまで猫をかぶってただけです。私、一応大阪の生まれだし」
と静花は笑顔で答える。
 
静花が生まれたのは大阪の寝屋川市である。小さい頃に愛知に引っ越してきたので実際には、大阪での生活は全く覚えていないらしいが。
 
そのまましばらく司会者とやりとりしていたが、司会者のツッコミに静花が軽妙に応じるので結構その司会者に気に入られた感じであった。
 
なお、この曲のタイトルは発売時には最終的に『鯛焼きガール』と改められた(なぜだぁ〜〜!?)。歌詞もお正月に公開したバージョンからまた多少変更になっている。1サビの所は可愛い歌詞だったはずが、今川焼きの異名連呼(今川焼き・回転焼き・大判焼き・御座候・・・)に書き換えられていて、またまた小学生に大受けすることになる。また全国的に今川焼き・鯛焼きの売り上げが増えるなどというブームまで引き起こした。
 
ちなみにこの曲の作曲クレジットは『ヨーコージ』になっていた。蔵田さんは表向きは「ヨーヨーマ」のパクリで「よう!孝治」の意味だと言っているが、本当は「洋子」と「孝治」を合成したものである。
 
この曲はヒットし、松原珠妃は《一発屋》の名前を返上することができた。
 
また演歌色の強かった『哀しい峠』が売れず、ロック色の強い『鯛焼きガール』
が売れたことで、松原珠妃は以後、ポップロック・シンガーとしての道を歩むことになる。また演歌好きの普正社長ではなく、ポップス系を担当してきた、観世専務が松原のプロジェクトは統括することになった。観世専務は派閥的に兼岩会長に近く、しまうららさんの元マネージャーである。一昨年8月の珠妃の全国ツアーに帯同してくれた人でもある。
 

その年は1月8日が土曜日だったので、3学期の始業式は1月10日だった。結局2学期の終わりの方はほとんどセーラー服で学校に行っていて、結果的に家の外ではほとんどセーラー服を着ていた気がする。更には冬休みの間も伴奏などの仕事がたくさん入るので、そういうのにはやはりセーラー服や振袖で出て行っていた。
 
そのことについて母は私に何も言わなかった。
 
冬休みが終わり10日の朝、朝食が終わってから学校に出て行くのに私は自分の部屋で久しぶりに学生服に袖を通した。何だか自分で違和感を感じる。借りっ放しになっていた先輩のセーラー服(クリーニング済)をたたんでバッグに入れる時むしろそちらを着たい気分だった。
 
ふっと息をし、カバンを持って居間に出て行ったら母から言われた。
 
「お前、何て格好してるの?」
「え? 学校行くから」
「なんで男子制服とか着てるの?」
「えー、だってボク男子だし」
「だってあんた、11月頃からずっとセーラー服で通学してたじゃん」
「いや、あれは学生服を取り上げられていたから」
 
「冬はてっきりセーラー服で通学することに決めたんだと思ってたのに」
と母。
 
「学生服を取り上げられたらセーラー服で通学するのなら、私が学生服を取り上げちゃおうか?」
と姉が言った。
 
「ああ、それがいいね。もう学生服は捨てちゃった方がいいかも」
と母。
 
「取り敢えず、その学生服は脱ぎなさい」
と言って、姉は私の学生服のボタンを外し始めた。
 
「ちょっと待って〜!」
 
 
前頁次頁目次

1  2 
【夏の日の想い出・走り回る女子中生】(下)