【夏の日の想い出・郷愁】(7)

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「それではこれより本物のローズ+リリーを迎えて、後半のスタートです」
 
と川崎ゆりこが言うと、スターキッズと美野里が走り込んで来て、楽器の所に就く。すぐに酒向さんがドラムスを打ち始め、後半《Rhythmic Time》の最初の曲『青い豚の伝説』を演奏しはじめた。
 
ステージのバック、およびアストロビジョンにこの曲のPVのアニメが流れ、歓声と拍手が起きた。
 
とても楽しい曲である。この曲は基本的にスターキッズの基本構成で演奏しているが、このステージでのアレンジでは、月丘さんにマリンバを打ってもらい、キーボードは美野里が演奏している。今日の後半はこのパターンでの演奏が多くなった。
 
なお、私たちの後半の衣裳は振袖風の衣裳である。外見上は振袖のように見えるが実はワンピース型になっていて、頭からかぶる服である。またステージ上で動きやすいように、下半身は多数のプリーツが入っている。もちろん色はマリが白で私が赤である。
 

最近のローズ+リリーのライブでは定着しているように、前半はアコスティック・タイム、後半はリズミック・タイムという設定にしている。前半は弦楽四重奏(Vn,Vla,Vc,Cb)ベースに電気楽器もドラムスも使用せずに演奏するが、後半はエレキギター、エレキベース、ドラムスを使って電子キーボードもバリバリ使用する。
 
次の曲『青い浴衣の日々』では、青い浴衣を着た女性たちが演奏中、ステージの前を横切っていったが、これは和楽器奏者の内、若い恵麻・鹿鳴・明奈・美耶の4人である。実は和楽器奏者は前半だけで一応出演終了なのだが、ここはこの4人のサービスショットであった。
 
この後は、いくつかの曲でお手伝いしてくれる明奈を除いた5人の和楽器奏者は、もうあがって里美伯母の家になだれ込んで泊まる予定と聞いている。
 

次の『フック船長』は、アルバムに収録したバージョンでは多数の金管楽器・木管楽器を使用して演奏しているのだが、今日のライブではキーボードで代用している。それでキーボード奏者を月丘さんと美野里・青葉と3人入れて、これらの楽器の音をキーボードで出している。なお、メトロノームは明奈に入れてもらった(青い浴衣のままである)。
 
次の『村祭り』では《和ドラム》を酒向さんが打ち、神楽鈴をゆま、シャモジを明奈が演奏している。この曲の間奏に入る《囃子用篠笛》は音源制作の時と同様に風花に入れてもらった。音階になっていない楽器なので、慣れていないと、音感が邪魔して吹いていて不安になってくる。それで、これは誰にでもは頼めないのである。
 

ここで少し長めのMCを入れて上で少しスローな曲『冬の初めに』を演奏した。(本当の)作曲者自身、千里のフルートをフィーチャーしている。
 
次は一転して軽快なナンバー『斜め45度に打て』であるが、この曲では明奈にトライアングルを打ってもらった。テレビを叩くようなタイミングでトライアングルを鳴らすのである。
 
そして昔のグループサウンズのような曲『お嫁さんにしてね』では、明奈に今度はハーモニカを吹いてもらった。
 
明奈の出番はここで終了で、ここであがって、自宅に戻るはずである。
 

いよいよクライマックスに近づいてくる。私は時計と進捗予定表を確認しながらMCを入れて時間調整をしていた。
 
『Heart of Orpheus』を演奏する。この曲にはヴァイオリンを4人いれた他、いくつかの楽器が二重化されている。サックスが七星さんとゆま、フルートが世梨奈と千里、クラリネットが詩津紅と美津穂である。キーボードも美野里と月丘さんで弾いていてマリンバを省略している。
 
なおヴァイオリニストは多くの曲で人数だけ指定しており、負荷が分散するように、交代で出るようにしていた。一応、ヴァイオリニストさんたちには何かあった時のために全ての曲を演奏できるように練習してもらっている。
 
その後『雪の恋人たち』を演奏するが、これはほぼスターキッズの基本構成で演奏する(但しキーボードを美野里が弾き、月丘さんはヴィブラフォン)。これに青葉に鈴を振ってもらった。
 
「いよいよ押し迫ってきましたね。カウントダウンの時に眠ってしまわないように目の覚める曲を演奏しましょう。『ピンザンティン』!」
 
大きな拍手があり、お玉を取り出すお客さんがかなりいる。
 
ステージ上でも、詩津紅と妃美貴が演奏者にお玉を配る。
 
それで『ピンザンティン』を演奏する。
 
詩津紅と妃美貴はそのままステージの端で、野菜を切ってサラダを作るパフォーマンスをする。使用するドレッシングは例によって福岡のパスタ屋さん・ピエトロのドレッシングである。マリのお気に入りのひとつである。ピエトロの創業者・村田邦彦さんは残念ながら今年の4月に亡くなったのだが、いつも株主総会の懇親会では社長自らドレッシングをその場で手作りし、参加者にサラダを振る舞うパフォーマンスをしていた。明奈の母・里美がピエトロの株主になっていて、何度か食べたらしい。
 

この食の讃歌を歌った所で、私は会場の時計の数字を見ながらMCをする。
 
「それでは次は今年2017年最後の歌です。『雪を割る鈴』」
 
拍手が起きて鳴り止むのを待ちつつ、私は時計を見ている。そして酒向さんに合図し、酒向さんがゆったりとしたペースでドラムスを打ち始める。
 
ステージ下手からサラファンを着た女性(?)2人が出てくる。
 
それが後半始まりの時にパフォーマンスをしたローザ+リリンであるのを結構な観客が認めて拍手を送ってくれる。隣同士顔を見合わせて笑っている客もある。
 

この曲には多数の楽器が入っている。フルートが世梨奈、クラリネットが詩津紅、篠笛が青葉、テナーサックスがゆま、更にヴァイオリンも9人入れているが、この他にこの曲で肝ともいうべき楽器が、実はバヤンとバラライカである。
 
今回、バラライカはスターキッズ・フレンズの宮本さんに、バヤンは千里にお願いした。
 
以前のライブでは線香花火の2人にこの特殊な楽器を弾いてもらったのだが、今回は動き出したのが遅かったため、2人は年末年始の予定がふさがっていた。
 
「ごめーん。そちら物凄いことになっているみたいだったから、とてもカウントダウンなんて出来ないだろうと思って、他の予定入れちゃった」
とエツコは私に謝っていた。
 
確かにあの状態では、こちらに声を掛けるのもためらわれたであろう。それで誰か他の演奏者を調達するか他の楽器で代替するかという線で検討した。
 
バラライカは形が三角で、三弦の撥弦楽器である。ギターが弾ける人なら、割と弾きこなす。特にフライングVのような三角形のギターを弾いたことのある人なら違和感も少ない。宮本さんがフライングVの経験者だったので、彼に頼むことにし、実際の楽器を貸与して10月下旬から2ヶ月間、練習してもらった。宮本さんは日本在住のロシア人のバラライカ奏者さんに入門して練習してくれた。
 
バラライカ以上に困ったのがバヤンである。アコーディオンの一種だが、演奏はボタン式なので、そのボタンの配列を覚えないと演奏できない。外見は普通のボタン式アコーディオンに似ているが、このボタン配列が西欧式のものとは異なっていると聞いていた。
 
私はバヤンを弾ける人を何人か探したのだが、ローズ+リリーの音楽を理解して参加してくれるような人を見つけることができなかった。そんなことをしている内にもう時間も無くなってきたし、私は普通の鍵盤式アコーディオンで代用することも考えた。
 

それで誰に頼もうかと考えていた時に、ちょうど千里が来た。
 
千里はこの時、七星さんが書いた『携帯の無かった頃』をまるで私が書いた曲のように調整してくれて、その譜面とデータを持って来てくれたのである。
 
「ありがとう。助かる」
と言ってから、それを受け取った時、私はふと思った。
 
そういえば千里は横笛もベースもできるけど、キーボードも割とできるよなと思う。それで私は訊いてみた。
 
「千里、アコーディオンは弾いたことある?」
「アコーディオンなら、花野子(ゴールデンシックス)が得意」
「カノンか!」
 
「花野子の叔父さんだったかが、古いドイツ製のアコーディオン持っててさ。これ使ってみようと言って借りてきて・・・あれ返したのかなあ。あのバンドは楽器を誰かから借りてきて、借りっぱなしが多いから」
 
「えっと・・・」
 
「その時、私も少し練習したよ。あのバンドはひとつの楽器が弾ける人を必ず2人以上作っておくポリシーだから」
 
「面白いポリシーだよね。でも今回は多数の楽器を入れた合奏で使うから、最悪、左手までは使えなくていいんだよ。右手だけでも弾けたらいいんだけど」
 
アコーディオンやバヤンの右手はメロディー、左手は伴奏用のコードを演奏するようになっている。
 
「なんだ。右手だけでもいいなら、いっそ鍵盤式のアコーディオンを使えば、キーボード弾きなら誰でも弾けるんじゃない?私が大学生時代に練習したのはボタン式の方なんだけどね」
 
「わあ、ボタン式が弾けるんだ!?」
「でも、何の曲に入れるの?」
と千里は訊く。
 
「雪を割る鈴なんだけど」
 
千里は一瞬考えた。
 
「あれは、確かバヤンを入れていたのでは?」
 
「そのバヤンを弾ける人が見つからないから、アコーディオンで代用しようかと。以前のライブでは線香花火のエツコに弾いてもらったんだけど、今回彼女は先約が入っていて」
 
「あの人、器用だからあちこちから呼ばれるだろうね。バヤンは冬が持ってるの?」
「サマーガールズ出版で買っている。これ日本国内の個体数は少ないみたいね」
 
と言って、私はマンションの楽器庫からバヤンを取り出しに行く。千里も付いてきた。
 
「バヤンはたしかこのあたりに・・・あ、これだ」
と言って、私はマジックでБаянと書かれた段ボールを持ち上げようとしたが持ち上がらない。
 
「貸して」
と言って千里が持ち上げてくれたものの
 
「何この重たさは!?」
と言っている。
 
「凄い重量だよね。普通のアコーディオンの3倍くらいあるもん」
と私は言う。
 
「これ持って演奏するの?」
「重たいから、ふつう膝の上に置いて演奏する。ところが、ロシアのストリートパフォーマーは立って持ったまま演奏するんだな」
 
「これを!?」
と言って千里は呆れている。
 
ヤマハのアコーディオンだとだいたい4-5kgであるが、バヤンは14-15kgある。お米1袋半の重さである。コントラバスやチューバが10kgくらいで、それよりも重い。バヤンを立って持ったまま演奏する場合、一応ベルトで身体に固定するものの、かなりの重量感を感じながら演奏する必要がある。けっこうな筋力が必要だ。
 

ともかくも居間に持って来て、箱から出してみた。箱の中に楽器ケースが入っており、そのケースから楽器を取り出す。楽器ケースにも楽器自体にもАккоという文字が入っている。メーカー名だろうか。
 
千里は楽器を膝に乗せて触っている。
 
「これ右手のボタンは私が練習していたアコーディオンと同じ配列だよ」
と言っている。
 
「え?ほんと?」
 
「右手のボタン配列って主な流儀が2種類あるらしいんだけど、私が練習したドイツ製のアコーディオンはこの配列だった。だからロシアとドイツは同じ方式なのかもね。日本で一般的に普及している配列とは違うみたいなんだけど」
 
「なるほどー」
 
後日、千里・風花と3人で色々情報を検索してみたら、ボタン・アコーディオンの右手ボタンの配列には、イタリア式(C型)とベルギー式(B型)があり、日本で普及しているイタリア式は、端の列から内側の第3列に向けて、C-C#-D/D#-E-F/F#-G-G#/A-A#-B と並んでいるのに対して、ベルギー式のアコーディオンやバヤンの場合は第3列から端に向けて C-C#-D/D#-E-F/F#-G-G#/A-A#-B と並んでいる。つまり1〜3列の配置が反転しているのである。
 
(その他にノルウェー式とフィンランド式というのがあるが他国ではほとんど使用されない。ノルウェー式はBのバリエーション、フィンランド式(G型)はCのバリエーションである)
 
実際、千里は最初確認するように右手でドレミファソラシドを弾き、更に指を広げて3度奏・5度奏をしてみせ、続けてロシア歌謡『長い道(悲しき天使・花の季節)』をきれいに弾いてみせた。
 
「凄い!」
「いや、このくらいは誰でもできる」
「そんなことはない」
 
「私は昔の記憶を呼び戻しただけだけど、知らない人でもクロマティック配列は楽典の初歩の知識がある人にはすぐ弾けるようになるはず」
などと千里は言っている。
 
クロマティックというのは、ボタンが半音単位で C C# D D# E F F# G G# A A# B と12音並んでいることを表す。だからミとファ、シとドの間が半音で他は全音であることさえ知っていれば(理屈の上では)弾けるはずなのである。
 
千里は左手のベース(アコーディオンの左手のボタンは「ベース」と呼ばれる)も触っていたが
 
「こちらは私が知ってるアコーディオンと上下が逆だ」
と言う。
 
「あ、そういえばそんなことをエツコが言っていた気がする」
 
「だったら、これドイツ式のボタン・アコーディオンが弾ける人なら20分で弾けるようになるよ」
 
「いや20分で弾けるようになるのは千里くらいだと思う」
 
これも後日調べて分かったのだが、ボタン・アコーディオンの左手ベースの配列にはストラデラ配列とフリーベース配列があり、そのフリーベース配列にもまたB型とC型があるのだが、バヤンはB型を上下逆にした配列になっているのである。右手のB型とC型は左右を反転させただけだが、左手のB型・C型はけっこう違う。千里が覚えていたのが元々B型のアコーディオンだったので助かった。実際問題としてB型のアコーディオンが弾ける人は日本国内にはそう多くないようである。ちなみにエツコはB型・C型どちらも弾きこなすし、ストラデラでも大丈夫だそうである。
 
ともかくも千里はその場で、今度は左手の和音を演奏しながらまた『長い道』を演奏してみせた。左手のベースを触り始めてから5分も経っていない。
 
「やはり千里は初物に強い」
「冬も同じだと思うけど。冬はアコーディオンやったことないの?」
「ピアノ式のアコーディオンしか使ったことない」
「冬ならそれでも半日で弾けるようになるよ」
「うーん。そうかなあ」
 
「でもこれなら私が弾いてもいいよ」
「助かる!その楽器しばらく貸しておくから」
「OKOK」
 
そういう訳で『雪を割る鈴』のバヤンは千里が弾いてくれることになったのである。
 
ちなみに千里はそのアコーディオンを入れた16kgのケースを片手で!軽々と持って帰っていった!
 

カウントダウンライブの『雪を割る鈴』で、千里はベルトでバヤンを身体に固定して、立って持ったまま弾いてくれた(昨年のエツコは座って弾いている)。日本代表選手を務める千里の筋力だからできることだろう。普通の女性演奏者には、ちょっときついと思う。
 
私は時計の秒数を見ながらきりのいい所で酒向さんたちに合図を送り演奏を停めた。
 
「2017年も残り50秒ほどとなりました。今年も色々なことがありました。トランプが大統領になり、浅田真央が引退し、小林麻央さんが亡くなり、藤井聡太がデビュー以来29連勝をし、羽生善治が永世七冠を獲得し、ブルゾンちえみが世界の男の数を言い、ナイトプールにインスタ映えして忖度した1年でした。その2017年もそろそろ終わりです。もうあと15秒。それではカウントダウン行きます」
 
私が口上を述べている間にステージの上の方から大きな鈴が降りてきている。
 
私はマリと一緒にひとつのマイクを持ち、カウントダウンをする。
 
「10,9,8,7,6,...」
 
私たちが時計を見ながらカウントダウンしている間に、大きな剣を持った川崎ゆりこが入ってくる。ゆりこに歓声があがる。
 
「5,4,3,2,1,」
「Happy New Year!!」
 
私とマリが「Happy New Year」と言ったのと同時にステージ上に居た全員が新年を祝福するように楽器の音を出した。
 
そしてゆりこは大きな剣を思い切って振る。鈴が割れて中に入っていた小鈴が大量に飛び出してくる。物凄い鈴の音がする。
 
そして『雪を割る鈴』の後半のアップテンポな演奏が始まる。
 
ローザ+リリンがサラファンを脱ぐと、下はビキニの水着を着けている!そして激しいダンスを始める。
 
観客も大きな手拍子をしてくれる。会場は大いに盛り上がり、曲は一気に終曲へと進んだ。
 

「あらためて紹介します。ダンサー、ローザ+リリン!」
と私が言うと、会場から大きな拍手と歓声がある。
 
「ケイナちゃーん!」
「マリナちゃーん!」
などという声も掛かり、ふたりは両手で観客に手を振っていた。
 
スターキッズは続けて『コーンフレークの花』の前奏を演奏し始める。ローザ+リリンの2人はビキニ姿のまま、この曲の踊りを踊り始める。
 
真知子以外のヴァイオリニスト8人、フルートの世梨奈、篠笛の青葉、バヤンの千里が退場する。退場したヴァイオリニスト8人はこれであがりで、一足先にタクシーに分乗してホテルに向かう。彼女たちの宿泊先は新年に動きやすいように福岡市内に確保している。
 
他はバラライカを弾いていた宮本さんは普通のギターに持ち替えて、近藤さんとツイン・ギターを弾く。キーボードを弾いていた月丘さんはマリンバの所に行き、クラリネットを吹いていた詩津紅が代わってキーボードの所に就く。そしてゆまが出てきてサンバホイッスルを吹いた。
 
この曲が流れている間、アストロビジョンにはストリップする豚君たちのアニメが出ていたが、踊っているローザ+リリンは既にビキニなのでこれ以上は脱がない(脱ぎようがない!)。
 
またこの曲が流れている間に豚のお面を付け全身黒ずくめの衣裳を着たスタッフが10人、ホウキとチリトリを持ってステージにあがり、鋭意お掃除をしていた。これはさっきの鈴割りで散らばった鈴をできるだけ回収するためである。そのままにしておくと鈴を踏んで潰すのはいいとして滑って転ぶ危険もある(鈴の最終的な掃除は明日の午前中に舞台のセットを撤去する時にやる)。
 
やがて演奏が終わる。豚の掃除屋さんたちはいったん舞台袖に下がる。そこで私は念のため言った。
 
「ローザ+リリンはさっきの曲で既にビキニになっていたので、これ以上は脱ぎようがなかったですね。これ以上彼女たちが脱いだら、私が逮捕されますので」
 
観客は笑っていた。
 
「男の子でも『彼女たち』でいいの?」
とマリは訊いたが
 
「女の子に見えるから、それでいいと思うよー」
と私は適当に答えておいた。
 

「それではいよいよこのライブ最後の曲になります」
と私が言うと
 
「えーー!?」
という反応が返ってくる。全く日本のお客さんは律儀である。
 
「新年にふさわしい曲『門出』」
 
ゆまが笙に持ち替える。青葉が出てきて龍笛を持つ。千里も出てきてキーボードに就くが、千里は実はヴァイオリンパートをキーボードで弾く。この曲にはヴァイオリンが2本必要なので、千里にヴァイオリン弾く?と訊いたものの、
 
「トッププロの真知子ちゃんと一緒に弾くのはさすがに勘弁して」
と言うので、キーボードでヴァイオリンパートを弾くことになった。
 
千里はキーボードで、あたかもヴァイオリンを弾いているかのように弾いたり、まるで生のフルートを吹いているかのように弾いたりするのが、実はとてもうまい。
 
しかし私は今日の公演で確信した。
 
千里の演奏能力は完璧に回復している!
 
きっと作曲能力も半年もしない内に回復するのではなかろうか。
 
私は負けないぞ、と頑張る気持ちが出てきた。
 
この曲も、私の声域のいちばん下からいちばん上までをフルに使うのだが、これを、こういう新年冒頭に歌うと、歌っていてとても気持ち良くなれる。
 
最後の音を長く伸ばして終了。
 
割れるような拍手がある。
 
私はマリと一緒に大きくお辞儀をして、ステージを降りた。続けて他の演奏者たちも降りる。
 

私は窓香から渡されたポカリスエットの500ccペットボトルを一気飲みする。マリは頼んでいたウエストの掻き揚げうどん(普通はテイクアウトできないのを特にお願いした)を一気飲みしようとしたが・・・さすがに掻き揚げがあると、一気飲みできなかった!(ここの掻き揚げは巨大である)結局、普通に食べている。それでも1分程度で食べちゃった。
 
お客さんの拍手は鳴り止まず、ゆっくりしたリズムのアンコールを求める拍手に変わっている。
 
「行くよ。楽器演奏しない人も全員出て」
とみんなに声を掛けて出ていく。
 
和楽器奏者とヴァイオリニスト(真知子以外)がもう帰っているので、残っているのはスターキッズと、友人たちの演奏協力者たちである。
 
スコア上に指定している実際の演奏者は美野里(KB)と真知子(Vn)だけなのだが、他の6人も自分の楽器を持って出ていく。
 
ゆまと青葉がアルトサックス、詩津紅と美津穂がクラリネット、千里と世梨奈がフルート。
 
私とマリがステージ中央のマイクの所に就くと、アンコールの拍手は普通の拍手に変わり、歓声なども聞こえる。
 

「アンコールありがとうございます。毎回ライブする度に、今日はアンコールしてもらえるかな?っていつも考えるんですが、実際にしてもらうと凄く嬉しいです」
と私が言うと、拍手がある。
 
「昨年は私も精神的に辛い時期もあったのですが、今年は頑張りますので、よろしくお願いします」
 
「まあカップラーメンは100度のお湯を入れてから3分待って食べるものなのに去年のケイは200度のお湯で1分半で食べようとして失敗したね」
とマリが言う。
 
まあ実際に昨年の夏はそういう状態だったよな、と思うが、食べ物に喩えるのがさすがマリである。
 
「コンピュータ業界ではそういう話が多いよね。ソフトを作る予算を計算するのに人月(にんげつ)という単位を使って、これは5人のプログラマーで6ヶ月掛かるから30人月で、1人月100万円なら3000万円とか言うんだけど、5人で6ヶ月掛かるのなら10人投入したら3ヶ月でできるかっていうと、それは無理なんだよね」
と私は言う。
 
「それって、10人投入してもやはり6ヶ月掛かるでしょ?」
「うん、ソフトの開発って、わりとそうなりがち。むしろ本来の予定より時間が掛かる場合もある」
 
無理な人員投入は概して混乱を招き、中心になるSEの精神的負担を大きくする。IBM360の開発に関わったフレデリック・ブルックスは「遅れているプロジェクトに人を追加投入すると、更に遅れる」という格言を残している。
 
今回の『郷愁』の制作もそういうことだったよなあと私は思う。8月の集中開発の時は、私や七星さんは死にかけていたのに、手持ちぶさたで待機しているミュージシャンも多かった。あれは物凄く不効率な制作だった。
 
「まあでも『郷愁』の制作もだいぶ進んだし、今のままなら4月くらいに発売できる?」
とマリが訊く。
 
「だいたい音源が完成してから発売までに2ヶ月くらい掛かるんだよ。だからまあ3月か4月かな」
と私も言った。
 
ここで拍手がある。
 
「期待してるよー」
「待ってるよー」
という声も客席から掛かる。
 

「それではこの会場はラストの時間を厳守しないといけないので、アンコールにお応えして2曲続けていきます。それで完全に終了にしたいと思います。では行きます。『影たちの夜』」
 
大きな拍手があり、酒向さんのドラムスがスタートする。近藤さんたちの前奏が始まり、スコアに指定されていない人たちも各々適当に音を出す。
 
私はこの曲を書いた2009年3月の鬼怒川温泉での一夜のことを思い出しながら、この歌を歌った。この曲はみんな楽しそうな顔をして演奏している。ライブの最後でもうみんな気分がハイになっているようだ。
 
歌い終わった所で、拍手がある。私とマリがお辞儀をする。
 
伴奏者たちが全員ステージを降りる。イベントスタッフがスタインウェイのグランドピアノを中央まで押し出してくる。
 
私がピアノの前に座り、マリはその左側に立つ。
 
ミードドミ・ミードドミ、ファソファミ・レ・ミ、というブラームスのワルツから借りた前奏を弾き始める。そして私とマリの歌がスタートする。
 
『あの夏の日』である。
 
2007年夏の伊豆のキャンプ場で作った歌、私とマリが初めて(実質的に)一緒に作った歌だ。そういえば昨年の8月4日は、本当の意味でのローズ+リリー10周年だったのに、私はほとんど死んでたよなと思った。
 

やがて演奏が終わる。
 
最後の音の余韻が消えた所で、大きな拍手が来た。
 
私は立ち上がり、マリと一緒にステージの最前面まで行く。そして大きくお辞儀をした。両手をあげて拍手と歓声に応える。
 
そしてステージを降りた。
 
川崎ゆりこが舞台袖に登場して
 
「これにてローズ+リリーの2017-2018カウントダウンライブを全て終了します」
と締めのアナウンスをした。
 

続けて、★★クリエイティブの女性スタッフが退場についての案内をする。
 
「皆様、公演は終了しましたが、退場はブロックごとに逐次スタッフが案内しますので、案内があるまでは席を立たないで下さい。ステージに近い一部の席以外では、観覧ブロックがだいたい宿泊地の行き先ごとになっております。案内のあったタイミングで退出し、お手持ちのチケットに印刷された乗り場のバスに、目的地名を確認してからご乗車ください。万一、湯の児温泉に泊まるはずの方が誤って小浜温泉行きのバスに乗ってしまったりした場合、有明海を泳いで横断するのは大変です」
 
などとアナウンスがあると、どっと笑い声がする。
 
(この手の誤りは昨年・一昨年もあったが、現地の旅行会社スタッフが適当な現地の旅館に泊めて対応した)
 

一方私たちは楽器類だけを持つと、撤収は★★クリエイティブの人たちに任せて用意された中型バスに乗り込み、一路宿泊する耶馬溪(やばけい)まで走る。
 
このバスに乗ったのは、私とマリ、スターキッズの7人、知り合いの演奏者9人(風花を含む)、鱒渕、UTPの甲斐窓香・江口マル、★★レコードの氷川、秩父、加藤次長、の24人である。
 
私はバスの中でぐっすり眠っていたが、他の人もだいたいそうだったようである。どうも甲斐窓香と、元々この時間はいつも起きているという千里だけが起きていて運転手さんと3人で世間話をしていたようだ。窓香はそもそも移動中に運転手さんと眠気防止のためのおしゃべりをするため、公演の後半は江口マルに任せて仮眠していたようだ。
 
また千里はふだん毎日夜中の2時頃までバスケの練習をしていて、その後、朝くらいまで作曲の作業をし、午前中に寝ているらしい。そのサイクルなのでこの時間は起きている方が調子いいらしい。
 

耶馬溪に到着したのは深夜2時頃である。小さな旅館に入る。この旅館はほぼ私たちの貸切になっている。元々定員40人くらいの旅館のようで、私たち以外に泊まるのは、毎年ここで新年を迎えるという常連客だけだったようである。
 
夜遅いので、多くの人がそのまま寝ることになる。お酒とおつまみが欲しい人だけこの時間まで起きていて私たちを迎えてくれた女将さんと社長さんから受け取った。(女性が多いので、お酒の代わりにお茶やコーラなどを受け取った人も多かった)
 
私とマリも到着するなり、お茶とおつまみだけもらって部屋に入り、セックスもせずにひたすら熟睡した。
 

しかし私は3時頃、目が覚めてしまった!
 
再度寝ようとしても、なかなか寝つけない。マリはすやすやと寝ているようだ。
 
私は、お風呂にでも入ってこようと思い、着替えとタオルを持つと浴場に向かった。
 
浴場の入口のところに
 
「本日は男湯と女湯を入れ替えております。女性の方は男湯と書かれた方に、男性の方は女湯と書かれた方にお入り下さい」
 
と書かれた大きな紙が貼られていた。
 
私たちが25人の内男性7人・女性18人で女性が多いので、こういう対応にしたのだろう。あとで聞いてみると、ここは昔からある旅館なので、女湯は3〜4人も入ればいっぱいになる小さなものらしい。
 
私は「人生で男湯に入るのって初めてかも知れない」などと思いながら男湯の暖簾をくぐって、中に入ったが、今日の泊まり客の男性は、禁断の女湯(?)に入浴初体験できるかも?
 
脱衣場に籠(かご)が2つ出ていて服が入っている。こんな夜中に誰もいないだろうと思ったのだが、私同様、目が覚めてしまった人だろうか?
 
しかしこの脱衣場自体も6〜7人でいっぱいになりそうである。重ねてある籠を数えると12個あるが、12個の籠をこの脱衣場に並べると、人が歩けないかも知れない!?
 
籠を1個取り、服を脱いで浴室に入ると、中にいたのは千里・青葉の姉妹である。
 
「お疲れ様〜」
「あらためて明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます」
 
と声を掛け合う。
 

私は髪を洗い、身体を洗ってから浴槽に浸かった。
 
「男湯と女湯を入れ替えているというから、こちらは広いのかと思ったら、こちらもあまり広くないね」
「まあ田舎の旅館だから仕方無い」
 
「これ何人入るんだろう?」
と私はつぶやくように言った。
 
「この浴槽はざっと見た感じ、3m x 2m って感じ。6平方mなら12人計算」
「ここに12人も入る〜?」
「男の人はきついかも。女ならギリギリ12人入るかも」
「それもう身動きができない気がする」
 
「旅館業法だかで定められているんだよ。浴槽は1人あたり0.5m^2 洗い場は1人あたり1.1m^2で計算する。実際ここの浴室自体は6m x 4m って感じだからだいたい計算が合いそう。逆算するとこの旅館の定員は男性48人程度を想定しているみたい。男女合わせて60人くらいかな」
と千里は言う。
 
「旅館の定員の4分の1が浴室の定員?」
 
「お風呂がいちばん混むのが20-21時で、この時間帯に客の半分が入浴すると仮定する。だから男性48人なら24人が一度に男湯に入る場合を考えて、その内半分が浴槽に入っていて、半分が洗い場にいると仮定すると浴槽に12人、洗い場に12人。実際ここ給水栓は12個あるし」
 
「ホントだ!でもここに24人も入ったら酸欠で倒れるよ」
 
「まあ実際問題として脱衣室には籠が12個しか無かった」
「たぶん実際には男女合わせて30人も泊まらないんだろうね」
「ああ、そうかもね」
 
「でもライブ会場の基準は、立見の場合、1人あたり0.2平方メートルで計算するけどね」
「その基準も無茶って気がするけどね」
「本当にこの密度で入れたら、何かあった時、確実に将棋倒しが起きるよ」
「ライブハウスとかも、公称の人数はその基準で出しても、本当はそれより少ない人数で消防署とかには届けていたりするみたいね」
「多く届け出ると、著作権使用料が高くなるからね」
 
コンサートの著作権使用料は《入場者数》ではなく《定員》に対する掛け算である。そうしないと、主催者が入場者数を過少申告して、著作権使用料をケチろうとするケースが多発することが容易に想像できる。
 
「実際問題として客が200人居るのと600人居るのは違いが分かるけど、200人と300人は、あまり違いが分からないんだよね」
「200人しか居なくても、300人と言われたらそんな気がするからね」
 

「そういえば年賀状のリスト見ていて気付いた。葵照子というか蓮菜ちゃん、結婚したんだっけ?」
 
「そうそう。9月に結婚したんだよ。だから10月の厄払い旅行の時は新婚ほやほやだった」
「そうだったんだ!」
 
「壮大なる遠回り婚だよね」
と青葉が言う。
 
「遠回り?」
「相手は幼馴染みなんだよ」
と千里が言う。
 
「へー!」
 
「お医者さんごっことかしていた仲だって」
「おぉ!」
 
「ふたりは小学生の頃から、既に恋人同士という感じだったし、中学生の頃には既にセックスしていたよ。もちろん避妊はしっかりやってた。どちらかがどちらかの家に泊まる時は、親がちゃんと避妊具を渡していたらしい」
 
「そういう理解のありすぎる親って時々いるよね」
「でも高校2年くらいの時に一度別れたんだよ」
「あら」
 
「でも別れてもお互いの家に泊まって、一緒に寝ていたりしてた」
「別れたのに〜?」
「別れたからセックスはしないけど、同じ布団に寝るのは友だち同士だから問題無いとか言っていた」
 
「いやそれ絶対問題ある」
 
「親や蓮菜が下宿していた蓮菜の叔母さんとかは、ふたりが別れたことを知らずにずっと付き合っていると思っていたみたいね。実際よく会っているようだったし、よく泊めていたし」
 
「そりゃよく会っていて、泊まって行くくらいなら、恋人のままなんだろうと思っていたろうね」
 
「その後、各々恋人を作ったけど、ふたりの関係はずっと続いていたみたい。セックスはしないけど、一緒に寝るというのも続けていたみたいだし」
 
「でもそれよく相手も我慢できるね。一緒に寝ているのに」
「小さい頃からずっと一緒にいたから、兄妹に近い感覚かもと言っていた」
「いや男女の兄妹は一緒に寝ないよ」
「ね?」
 
と千里も少し呆れたように言うが、千里も細川さんと同じ部屋の同じベッドに寝るけどセックスは拒否というのを随分長期間していたようである。こちらも忙しかったので、細川さんとのことは聞いてないが、最近はどうなっているのだろう。2016年秋に婚約指輪と結婚指輪を細川さんのお母さんからもらった後、何か進展しているのだろうか。
 
「それで結局今年の春に田代君があらためて蓮菜にプロポーズして蓮菜は結婚くらいしてもいいよと言った。それで結婚することにした」
 
「結婚くらいしてもいいよ、か」
「まあ蓮菜らしい返事だね。別れてから10年間、友だち以上恋人未満な曖昧な関係を続けていたからそろそろ年貢の納め時だった気もするけどね」
 
私は話を聞いている内に無性に曲が書きたくなった。
 
すると
「冬子さん、どうぞ」
と言って青葉がジップロックに入った五線紙とボールペンを渡すのでびっくりする。
 
「それ顔料インクだからお風呂の湯に濡れても大丈夫ですから」
と青葉。
 
「袋の中に入っているタオルで手と腕を拭いてから書くといいね」
と千里。
 
全くこの姉妹は〜!?
 

ともかくもそれで私は『遠回りの恋』という曲を書いたのである。
 
私が曲と歌詞を同時進行で書いて、ほぼ書き上げた時、千里が訊いた。
 
「冬、この場だから白状しちゃいなよ」
「何を?」
「郷愁協奏曲って、あれ書いたのは冬でしょ?」
 
私は顔を緩めて息を吐き、苦笑して答えた。
 
「この姉妹には何も嘘がつけない」
 
と私は言う。そしてこの曲を書いた経緯について『遠回りの恋』にコード付けをしながら語った。
 

11月3日の制作会議で、青葉・七星さん・丸山アイが私の代作をしてくれて、その譜面は千里が調整して「まるで私が書いたかのような曲」にし、ケイ名義でアルバム『郷愁』に入れることが決まった。
 
しかし翌日青葉は
 
「冬子さんはもう作品が書けるはず。だから実際には冬子さんが書いた物を私がいったんまるで私がケイ風に書いたかのような作品に書き換えて千里姉に渡して調整させましょう」
と提案した。
 
そしてそのようにすると、私の作品でないことから、制作中にスターキッズの人たちが遠慮無く意見を出してくれますよとも言われた。
 
実際には私は翌週の11日、政子がアクアの映画の試写会を見に行った日、マンションでひとりで過ごした時に『ふるさと』を書いて、青葉に送った。青葉は11月13-15の日本選手権に出て16日には霊関係の仕事を片付けた後、17日(金)に「青葉がケイ風に書いた曲」という感じに修正して千里に送った。そして千里はそれを「まるでケイが書いたかのような曲」に修正して11月20日(月)に私に送ってくれた。
 

丸山アイはその翌日、21日・火曜日の午前中、私のマンションにやってきた。午前中なので、政子は当然!寝ている。
 
アイは『キャロット・ギャロップ』、『雨だれのデュエット』という可愛い曲を2つ書いて来てくれた。
 
「2曲書いてくれたんだ!」
と私は驚き譜面を読んだ。
 
「どちらも凄い可愛い曲だね。それにこれもう既にまるで私が書いたみたいな曲になっている」
 
「まあ千里ちゃんも忙しいみたいだから、手間を省いてあげようと」
とアイは言っていた。
 
「それで提案。ケイさん、その曲を貝瀬日南ちゃんと、フローズン・バナナズだっけ?」
「フローズンヨーグルツ?」
 
「そうそう、それ。その2組にあげて、郷愁用の曲はケイさん自身で書きません?」
「え!?」
 
「だって、ケイさんたちのアルバムなのに、周囲の都合で他の人が書いた曲ばかりになったら、嫌でしょう? だからケイさんが他の歌手に提供する曲を私が代作していいですよ。他にも必要な曲があったら言ってください。ある程度は対応できますから。ケイさんはまず自分たちのアルバム優先でやった方がいいと思うんです」
 
とアイは言った。
 

「それ、こないだ青葉からも似たようなこと言われた」
 
と言いつつ、そういえば青葉がそれを提案してきたのは、アイと一緒に外出した後だったことを思い出す。もしかして2人で何か話したのだろうか?
 
「ああ、青葉ちゃんもこないだ少しケイさんのことを心配してましたよ。その話を聞いたんで、私もこのことを思いついたんですけどね」
 
「ああ、だったら先日の青葉と一緒にPV撮影に参加してもらった時にその話が出たんですね」
 
「私も過去にけっこう代作をしたから。ケイさんみたいに年間100曲とかはとても書けないけど、年間7〜8曲くらいなら協力していいですよ」
とアイは言う。
 
年間7〜8曲代作可能ということは、この人、実際には相当数の作品を書いているのだろう。実際この短期間に2曲も私が作ったみたいな作品を書いてきたのは凄い。
 
「ありがとう。凄く嬉しい。これはそのアイちゃんの言うように、日南とフローズン・ヨーグルツに渡して、郷愁用の曲は頑張って自分で書いてみるよ。それをスターキッズとかにはアイちゃんが私の代理で書いてくれた曲ということにしておいていい?」
 
「ええ、それでいいですよ」
とアイは笑顔で言っていた。
 

それで私はあらためてこのアルバムのタイトル曲にすべく『郷愁協奏曲』を書き上げたのであった。
 
協奏曲という名前の通り、ソナタ形式にしてオーケストラをバックに歌うことを想定している。演奏時間が7分に及ぶ、歌唱曲としては長い曲である。また、提示部の第一主題と第二主題の間、いわゆる推移主題に、文部省唱歌『故郷(ふるさと)』(作曲:岡野貞一,1878-1941)のメロディーを取り込んでいる。
 
私はエレクトーン譜に近い状態で、千里にアイの作品ということにして渡したのだが、千里は
 
「この作品は直すところがない」
と言った。
 

そういう訳で『郷愁』の収録曲の作者はこのようになっているのである。横に並べたのは、表記上の作者・収録参加者が認識している作者・本当の作者である。
 
■郷愁の収録予定曲
『同窓会』マリ&ケイ・マリ&ケイ・マリ&ケイ
『刻まれた音』マリ&ケイ・マリ&ケイ・マリ&ケイ
『ふるさと』マリ&ケイ・青葉・ケイ
『郷愁協奏曲』マリ&ケイ・丸山アイ・ケイ
『お嫁さんにしてね』マリ&ケイ・千里・千里
『硝子の階段』マリ&ケイ・青葉・青葉
『携帯の無かった頃』マリ&ケイ・七星・七星
 
『トースターとラジカセ』Sweet Vanillas・Elise+Londa・Elise+Londa
『セーラー服の日々』ゆま・ゆま・ゆま
『靴箱のラブレター』青葉・青葉・青葉
『フック船長』琴沢幸穂・琴沢幸穂・琴沢幸穂
『斜め45度に打て』Golden Six・花野子・花野子
 
つまり表面上は12曲中7曲がマリ&ケイの作品ということになっているが、スターキッズのメンバーや★★レコードのスタッフが認識しているレベルではマリ&ケイの作品は2曲のみで、あと5曲は代作。しかし実はその中に本当は私が書いた作品が2つ入っていて、本当に本当のマリ&ケイ、あるいはケイ単独で書いた作品は12曲中4曲あるのである。
 
3分の1が私(とマリ)の作品になったことで、私はこのアルバム制作開始当初にあった罪悪感を随分やわらげることができた。これは青葉と丸山アイのおかげである。
 
Sweet Vanillas名義の曲は実際にはほとんどがElise作詞・Londa作曲である。グループ名義にして印税をメンバーで山分けするようにしている。
 
Golden Sixも同様で、Golden Six名義の曲は実際に作っているのは、花野子または千里(希に麻里愛)であるが、グループ名義にして、毎回作曲者と音源制作参加者とで印税を分け合うようにしている。今回の曲のように他の歌手に提供した曲の場合は過去1年間の貢献度に応じた比例配分にする。
 
そのため、Golden Sixの経理を管理している蓮菜のパソコンの中に各々の曲は誰が作詞作曲したものか、音源制作に誰々が参加したかがきちんとデータベース化されていて、田代君(蓮菜の彼氏)が作ったプログラムで各人への支払額が計算されている。支払額は数百円、時には数十円という少額の人もあるので振込手数料は全て千里が個人的に負担しているらしい。
 
■青い豚の伝説の収録曲
 
『青い豚の伝説』マリ&ケイ・マリ&ケイ・マリ&ケイ
『青い浴衣の日々』マリ&ケイ・七星・七星
『青い恋』マリ&ケイ・マリ&ケイ・マリ&ケイ
『銀色の地平』琴沢幸穂・琴沢幸穂・琴沢幸穂
 
■Four Seasonsの収録曲
 
春『春の詩』マリ&ケイ・マリ&ケイ・マリ&ケイ
夏『縁台と打ち水』蓮菜+千里・蓮菜+千里・千里
秋『村祭り』七星・七星・七星
冬『冬の初めに』マリ&ケイ・蓮菜+千里・千里
 
『縁台と打ち水』と『冬の初めに』は、みんなには葵照子+醍醐春海(蓮菜と千里)と言っているものの、実際には歌詞も千里が書いていることを私は彼女から聞いている。マリ&ケイ、森之和泉+水沢歌月と同様で、2人の内どちらかが単独で作った曲も、ふたりの名義にして印税等を分け合う約束なのだそうである。要するにレノン・マッカートニー方式である。
 

私の話を千里と青葉は頷きながら聞いていた。
 
「まあ実際には『協奏協奏曲(nostalgy concert)』は波動で冬の作品だと分かったから直さなかったんだけどね」
と千里は言う。
 
「やはり千里には嘘がつけない。本当は直しようがあった?」
「あれ、もう編曲に回した?」
「まだ。年明けまで編曲してくれる人の手が空かなかったから、戻ってから回す予定だった」
 
オーケストラの編曲はさすがに私の手に余るので専門家に依頼することにしていた。それでポップスやロックにも造詣のあるクラシックの音楽家がいないかアスカに訊いてみた所、心当たりがあると言われた。それはなんとアスカの先生に当たる尾藤広喜教授であった。
 
尾藤教授には私も数回ヴァイオリンの個人レッスンを受けたことがあり、その時教授がビートルズとサイモン&ガーファンクルのファンだと聞いて少し驚いたりしたのだが、ロックやフォークに理解のある人ならお任せしていいと思い、お願いすることにした。
 
しかし教授は年内は卒業試験などの処理で手が空かないということで、それが年明けには一段落するので、それから書くよとおっしゃったので、それを待つことにしていたのである。
 
「じゃ直したのをあとで渡すよ」
と千里は言った。
 
「直してたのか!」
「それを見て、オリジナルと私が調整したのと、好きな方を編曲者に渡すといいと思う」
「うん。そうする」
 
「青葉から回ってきた『ふるさと』も大元は冬の作品だなと分かったけど、青葉が崩した部分を修正した。ま、ついでに少し私の好みに変えたけど」
 
「なるほど〜」
 

「あの時、アイさんと一緒に江戸川区の撮影現場に向かう時、どちらからともなく、その話が出たんですよ」
と青葉は言う。
 
「それで私に自分で書くように勧めようという話になったの?」
「いえ、その話は出ませんでした。でも、その会話から私はそのことを思いついたから、多分アイさんも同様だったんじゃないでしょうか。しかし他の歌手に渡す曲を2曲もそんな短期間に書くというのは凄いですね」
と青葉は言う。
 
「あの子も量産型みたいね。そして多分Cubaseの入力が物凄く早い」
と千里。
 
「データ見るとキーボードからリアルタイム入力した感じだった」
「確かに打ち込みではその期間で入力するのは無理かもね」
「つまりピアノプレイが凄く上手いんだ?」
 
「ということになると思うよ。電子キーボードでやってきた人は強弱のタッチがわりと適当なんだけどピアノで鍛えられている人はそれが正確だからリアルタイムで入力したデータがほぼそのまま使えるんだよね。小さい頃からピアノの訓練をちゃんと受けている人のデータだと思った」
 
「女の子になっている時の丸山アイちゃんにしても、男の子になっている時の高倉竜君にしても、ギター弾いてるイメージが強いんだけどね」
 
「そのあたりはイメージ戦略もあるんだろうね」
 

「ところで、丸山アイちゃん、今彼氏と半同棲中なんだって?」
と千里が言うと、
 
「うそ。高倉竜さん、今彼女と半同棲中と言ってましたよ」
と青葉が言う。
 
「え〜〜!?」
 
私たちは腕を組んで考えた。
 
「やはりあの子の言っていることは矛盾に満ちている!」
 
「ひょっとして、ふたなりの彼氏or彼女と同棲中とか?」
「ひょっとして自分自身と同棲中だったりして」
 
「アイちゃん自身って、結局ふたなりなんだっけ?」
と私は訊く。
 
「それが分からないんだよね〜」
と千里も青葉も言った。
 
「私も一時期信じてしまっていたんだけど、性腺を除去して生殖能力は無くなっているという話は絶対嘘だと思う」
と千里は言っている。
 
「あの子、相手によって、男の子だったけど睾丸を除去したと言っていたり、女の子だったけど卵巣を摘出したと言っていたりするんだよ」
と私。
 
「それ多分どちらも嘘です」
と青葉。
 
「男の子とも女の子ともふたなりの子ともセックスできると言ってましたけど、それもどこまで信じていいのか分かりません」
と青葉は続ける。
 
「うん、ふたなりの子とミューチャルセックスしたとか以前言ってたけどね」
と千里。
 
「それも凄いな」
 
「実はミューチャルじゃなくてオートセックスだったりして」
「オートフェラチオはできる人が存在するけど、オートセックスは男女両性器を持っていたとしても、原理的に不可能だと思う」
 
「原理的というか方角的というか」
「まあ無理に入れようとしたら折れるだろうね」
「完全に硬くなる前に入れたら何とかならない?」
「それだと距離的に届かない気がする」
「そのあたりが、取っちゃう前に実際に大きくしたことがないから分からない」
「私たち3人とも多分手術前に男の子としての経験は無いよね?」
 
いったい私たちは何の話をしているんだ!?
 
 
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【夏の日の想い出・郷愁】(7)