【夏の日の想い出・郷愁】(3)

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龍虎(アクア)は夏休み中、映画『キャッツアイ』の撮影をしていたが、9月には学校が始まる。実際には9月1日(金)に学校に出て行き授業を受けて、2日は映画の撮影で「ここだけは撮っておきたい」と言われて出て行き1日スタジオで撮影をした。3日はその映画の主題歌『真夜中のレッスン/恋を賭けようか』の録音をした。
 
この2曲は先月8月20日までに伴奏部分が仕上がり、アクアの所にはスコアと伴奏音源が送られて来ていた。映画の撮影は実は3人で交代で出ているので、出番を待つ間に残り2人の内1人がキーボードで伴奏しながら1人が歌うという形で練習をしていた。
 
そういう訳で3日の録音はスムーズに行き、見てくれていた和泉さんも
「たった1日なのに、充分良い出来になった。これでちょっと大宮万葉さんの意見を聞いてみる」
と言ってくれた。
 
実際には大宮万葉さん(青葉)は大阪でインカレの水泳に出ていたらしく、4日(月)に東京に移動してきて仮ミックスした音源を聴き、OKを出してくれたという。
 

9月中は、Times of JK など、レギュラー枠を持っているラジオ番組の録音、テレビの音楽番組やバラエティ番組への出演、雑誌の取材などをこなす。4〜7月に比べると忙しさは少し減っていて、小休止なのだが、それでも中学時代は結構学校が終わってから自分で電車で都心に出ることも多かったのが、電車での移動時間が惜しいということで、だいたい15時半くらいに高村友香が車(白いアクア)で迎えに来て、事務所や放送局などに入ることが常態化している感もあった。
 
本来は下校時に保護者あるいは保護者から委託された人が車で迎えに来るのは毎回学校の許可がいるのだが(C学園は登下校時にベンツやクラウンが並ぶようなお嬢様学校ではない)、龍虎の場合は一週間前までに予定表を提出しておけば、いちいち先生に断らなくてもいいことになっていた。事務所の白いアクアもナンバーを予め届けており、守衛さんも顔なじみになっている高村や山村が運転している限りフリーで通してくれる。
 
何度か飛鳥(松梨詩恩)が
 
「龍、新宿に行くの?だったら乗っけて。先生には言った」
 
などと言って、アクアに同乗して都心に出ることもあった。彼女も龍虎ほどではないものの、結構多忙なようである。
 
「詩恩ちゃん、お姉ちゃんより忙しいみたい」
と友香が言う。
 
「何か最近嫉妬されてる気もするんですけど」
と飛鳥。
 
「姉妹のタレントって、ライバル意識がどうしても強くなるよね」
「まあでも事務所が違ってて良かった気がします」
「うん。姉妹が同じ事務所なら、事務所側もどちらかに重点を置かざるを得なくなる。だから、AYAと遠上笑美子、槇原愛と篠崎マイみたいに事務所を分けたほうが思う存分競えるよね」
「私はあまり競う意識無いんですけどね〜」
「本人たちに競争意識がなくても、お互いの事務所は競争意識持つから」
「それはあるかもですね〜」
 
ちなみにアクアに龍虎と飛鳥が同乗する場合、ふたりは後部座席に並んで座っている。飛鳥は龍虎を「異性」とは見ていないので、並んで座っても全く気にならない。それどころか、1度は車内で制服を脱いで衣裳に着替えてしまったこともあった。
 
「龍、背中のファスナーあげてくれる?」
「OKOK」
 
などといったこともしていたが、飛鳥も龍虎も、友だち感覚しかないので、変な意識を持つことは無かった。
 

10月4日(水).
 
この日は12月公開予定の映画『キャッツアイ・華麗なる賭け』の主題歌である『真夜中のレッスン/恋を賭けようか』の発売日なので、学校が終わったら青山のTKRに行き、CD発売の記者会見をすることになっている。
 
この日学校に出てきているのはNであるが、記者会見にはMが出ることにし、高村さんの車で青山まで行ってTKRの入っているビルに入る所でMに入れ替わることにしていた。それでFとMはマンションで待機して、Mは歌の練習、Fは英語の勉強をしていた。
 
ノックする音がある。
 
FとMは顔を見合わせる。
 
宅配便屋さんとかなら出ても問題無い。しかし知り合いなら出るのはまずい。それで様子を見ていたのだが、インターホンが鳴って
 
「渡したい物があるだけ。私目を瞑っておくから、私の手から取っていって」
というのは千里の声である。
 
Fが出る。
 
ドアを開けると、千里が何か封筒を持って立っていた。インターホンで言ったように目を瞑っている。
 
「記者会見に出る時にズボンでもスカートでも、その時穿いてるもののポケットに入れておいて」
 
「今見ていい?」
「もちろん」
 
封筒の中に入っていたのは身代わり人形である。
 
「ありがとう。ズボンに入れておくね」
 
「うん。じゃぁね」
と言って、千里は目を瞑ったまま手を振ると、エレベータの方に歩いて行った。
 
「千里さん結構元気になってる気がする」
とFは独り言のように言った。
 

身代わり人形のおかげか、その日の記者会見では“龍虎は”無事だったが、映画の中村監督の座った椅子が壊れて、尻餅をつく場面があった。
 
龍虎は10月7,9,11日に厄払い旅行に行ってきた。《こうちゃん》がうまい具合に日程を3分割してくれたので、1人1つずつ参加することにする。実際には7日にNが、9日にMが、11日にFが参加した。
 
親族と一緒の9日はMでないとヤバい。7日は青葉さんがヒーリングすると言い出すかも知れないのでNの身体でないとまずい。消去法でFは第3行程で行くことにした。雨宮先生とか松浦紗雪さんとか、危ない人が入ってはいるのだが。
 
それで11日は千里が一緒になったので
「こないだはありがとうございました。おかげで怪我しなくて済みました」
と言ったのだが、
「何だっけ?」
と言っていた。どうも心当たりが無いようなのである。やはり事故の後遺症で物忘れが酷いのかなあとも龍虎は思った。
 
この日は結局葵照子(田代蓮菜)さんがずっと龍虎のそばに居てガードしてくれて“いちばん危険な”松浦紗雪さん(拉致されそう)、“別の意味で危険な”雨宮先生(貞操の危険を感じる)から守ってくれた。ふたりの相手は主として紅川会長や三田原課長がしてくれていた。
 
松浦さんは「今度うちの箱根の別荘に来ない?」なんて言ってたけど、そんな所に行ったら、眠り薬飲まされて、気がついたら女の子に改造されてそうだ!
 
Fはお伊勢さんに行った時、そっと
『私たちは1つに戻れますか?』
と尋ねてみた。すると左斜め前の方角から
『3』
という数字を言われたような気がした。
 
3・・・年後ということかな?
 
と龍虎Fは思った。
 

10月17-18日、私とマリはリフレッシュのため、長崎方面に旅行に行ってきた。17日は長崎市内とハウステンボスを見て佐世保市に泊まり、18日は九十九島や眼鏡岩を見て烏帽子岳に登り、その後車で博多に移動して泊まった。
 
私たちはこの日はツインに泊まっているが、実際にはベッドをくっつけて並んで寝ている。夜中突然政子が何か叫んで飛び起きた。
 
私もそれで起こされてしまったのだが、政子は
 
「青い豚なのよ」
と言っている。
 
「何?何?」
 
「今の夢。忘れない内に書く」
と言って、結局詩を書き出した。
 
私は部屋のポットでお湯を沸かし、キーコーヒーのドリップバッグでコーヒーを入れた。政子のそばのベッドのヘッドボードの所に置くと左手の指を3本立てるポーズをする。これは私と政子の間で通じる「サンキュー」の意味である。
 
政子が書いている詩を読むと、青い豚というのは、鼻先が青い豚君のことである。
 
鼻先の青い豚は走るのが自慢であった。誰も彼に勝つことはできなかった。ところがある日、彼の住む町に鉄道がやってきた。機関車と競争するも、負けてしまう。
 
悔しくて意気消沈していた豚君だったが、ある日機関車が走ってきて
 
「しまった!」
と言う。
 
乗客の白いウサギちゃんが乗っていないのに気付いたらしい。
 
「たぶん赤い城の所で休んでいて、戻る前に僕が出発してしまったんだと思う。戻って連れて来なきゃ」
 
しかし青い豚は言った。
 
「君は定時進行しないといけない。行ってて。ウサギちゃんは僕が連れてくる」
 
それで青い豚は物凄い勢いで赤い城まで行くと、そこで多くの魔物たちと戦い、ボスの所に拉致されていた白いウサギを救出。彼女を自分の背に乗せると、また物凄い勢いで機関車を追いかける。そしてついに彼は機関車に追いつき、無事ウサギちゃんを汽車に乗せることができた。
 
「君は凄いね!君は僕より速い!」
 
と機関車は豚君を褒めてねぎらった。
 
それで青い豚は、汽車よりも速い豚とみんなから呼ばれた。
 

「何か短編のアニメ映画が作れそうだ」
 
と私は政子が詩を書き上げてから言った。
 
「ポルコ・ロッソならぬポルコ・ブルだね」
と私は言う。
 
「ポルコ、ピウ・ヴェローチェ・デル・トレーノ(汽車より速い豚)」
と政子はイタリア語で言ってから
 
「その名前も格好良いけど、イタリア語だと分かりにくいから、やはり、青い豚でいい」
と言った。
 
「冬、この詩に曲を付けて」
「OKOK」
 

それで私はアクアに渡す予定の『夕暮れ少女』は後回しにして先にこの詩に曲を付けることにした。
 
「この曲は私たちで歌いたい」
と政子は私が楽譜を書いている傍で言う。
 
「今度のアルバムに入れる?制作時間が延びたから曲を追加できるよ」
「この曲はシングルで出したいなあ」
 
「じゃ『Four Season』の後にする?」
 
政子は少し考えていた
 
「『青い浴衣の日々』とセットで出せないかなあ」
 
「曲が揃う?。新しいシングルの広告は明後日21日には流し始める」
 
「『青い恋』を使おう」
と政子は言った。
 
「あぁ・・・」
 
それは2011年の12月にローズクォーツのキャンペーンで仙台を訪れていた時に書いた曲なのだが、発表の機会を逸したままであった。とても美しい曲である。私はあの曲にはストリングアレンジを入れたいなと思った。
 
「3曲あればシングルとして構成できるよね?」
「うん。普通はシングルは2曲かせいぜい3曲なんだよ。ローズクォーツからの流れでいつも4〜5曲入れているけどね」
 

この日は朝8時の飛行機に乗るので6時頃、ラウンジで朝食を取っていたら、雨宮グループの作曲の管理をしている新島鈴世さんから電話がある。
 
「朝早くから済みません。千里ちゃんが、今日はこの時間帯でないとケイさんと連絡が取れないと言われたもので」
と彼女は言っている。
 
「ええ。もう少ししたら飛行機に乗る所だったんですよ。午後からは音源制作に入る予定でした」
と私は答える。
 
「琴沢幸穂が書いて送って来た曲が、多分ローズ+リリーに合うと思うから、照会してみてくれと言われまして」
 
そういえば琴沢幸穂の曲のアレンジは千里がしているんだった。彼女はまだ作曲能力は戻らないものの、編曲ならできると言って、どうも多産型っぽい琴沢の作品の編曲で“リハビリ”しているっぽい。
 
(実際には琴沢幸穂は千里2+3で、編曲をしているのが千里1。一方千里1は自らも《埋め曲》レベルの曲は月産5曲ペースで書いており、これの編曲は《たいちゃん》がしている。こちらは原則として東郷誠一名義で発表される)
 

出先なのでということで、軽いmp3で送ってもらった。気に入ったらCubaseのデータを送るということである。
 
『銀色の地平』という雪景色を歌った歌である。物凄く透明感のある曲に仕上がっている。千里のアレンジはフルートをフィーチャーしているが、ここは龍笛の方がもっと透明感が上がるという気がした。音源ライブラリの中にあまりきれいな龍笛の音が無かったので、いっそのことフルートの音色を設定したのかもという気もした。
 
政子が
「どんな曲?」
というのでヘッドホンを渡して聞かせる。
 
「きれいな曲だね」
「やはりこの琴沢さんって凄いよ。まだ学生さんというのが信じられないほど熟練を感じる」
 
「これも一緒に入れない?」
と政子は言う。
 
「ん?」
「青い豚の伝説、青い浴衣の日々、青い恋、そして銀色の地平」
 
「悪くないかもね」
「CDのタイトルはブルーシルバーで」
 
「いや『青い豚の伝説』でいいよ。それが一番インパクトがあるし」
と私は言った。
 

10時すぎ、私と政子が羽田に戻ったら、到着ゲートの所にTKRの松前社長と★★レコードの加藤制作部次長と氷川さんがいるのでびっくりする。
 
「ケイちゃん、カウントダウンライブやるよ」
「え〜〜〜!?」
 
昨年、一昨年とローズ+リリーのカウントダウンライブをしたのだが、今年は『郷愁』の制作が酷いスケジュールになり、私も、とてもそんな所まで考え切れていなかった。
 
「村上社長に訊いたら、そちらで適当にやってと言われたから適当にやることにした」
などと加藤次長は言っている。
 
「場所はどこですか?」
 
「今年は博多ドームを使う」
「ドーム会場ですか!?」
 

取り敢えず氷川さんの運転するシーマ(社用車)で恵比寿に移動して、私のマンションで話を聞くことになった。私は七星さん・鱒渕さん・風花も呼んだ。近くに居た風花と鱒渕さんは私たちがマンションに着いた時、もう中で待っていた。七星さんも10分ほどでやってきた(3人ともここの鍵を持っている)。
 
居間の円卓応接セットに案内するが、席順はこのようになった。
 
松前−氷川−七星−マリ−ケイ−風花−鱒渕−加藤−(松前)
 
氷川さんと加藤さんの間に松前さんが入り、ふたりは目を合わせないので、昨年夏の、氷川さんによる加藤次長レイプ未遂!?事件がまだ尾を引いているのかなという気もした。
 
「一昨年が北陸新幹線の沿線、昨年は東北新幹線方面だったから、今度は九州新幹線方面ということで計画していたんだよ」
と加藤次長が言う。
 
「なるほどー」
 
「企画は6月頃から始めていたんだけど、実は最初の予定は熊本だったんだ」
 
「あら」
 
「それで夏の時点で熊本県内の菊池温泉・山鹿温泉・玉名温泉・黒川温泉・湯の児温泉・湯の鶴温泉などで合計5000人、佐賀県の嬉野温泉・武雄温泉などに4000人、合計9000人枠を確保していた。これ全部男女別というか正確には性別を男・女・MTF/MTX・FTM/FTXと4種類に分類した上での相部屋の前提ね。でも、その後で君たちのスケジュールが恐ろしいことになってきたんで、僕はヒヤヒヤしてた」
 
と加藤次長は言う。
 
9000人枠のキャンセル料を払うなんてことになったら、考えるに恐ろしい。お金の問題だけでなく、社会的な批判まで浴びそうである。
 

「実は去年の熊本地震で熊本県内にはかなり損傷を受けて閉鎖したり建て替えになった商業施設が多くてね」
と加藤さんは言う。
 
「その中で、熊本市近郊のショッピングモールが、結構痛んでいたんで、今年秋から解体を始めて、2018年秋くらいに新しいビルを建ててリニューアルオープンするという情報があって、僕たちはそこの所有者に接触した」
 
「あぁ」
 
「それで予定では2017年末の時点で更地になっているはずだったんで、カウントダウンライブに貸すのは構わないと言ってくれていた」
 
「ええ」
 
「ところがそこが建て替えの作業前に倒産してしまって」
 
「あらぁ」
 
「それで解体工事もできないまま現在放置されている」
 
「さすがに解体工事までこちらではできませんね」
 
「担保権とかの関係も難しくなっているみたいだしね。それで僕たちは9月になってから代替の場所を探し始めた。しかし5万人の観客が入る場所というのは、なかなか無くて」
 
「まあそうですよね」
 
「それで結局博多ドームを使うことにした。ここが偶然にも12月30-31日の2日間空いていたんだよ」
 
私は疑問を感じた。
 
「1月1日は?」
「アクアのライブがある」
 
「わっ」
 
「アクアのライブは1日の午後からだから、午前中にステージのセットを変更すればいい。座席はそのまま。乱れている所を治すだけ」
 
「いいかも知れないですね。でも1日からお仕事のスタッフさんたち大変!」
「でもそういうのが好きな人たちもいるしね」
「それはありますね」
 

「会場が変更になったけど、熊本県内の温泉は菊池温泉1:40, 山鹿温泉1:30, 玉名温泉1:30, 黒川温泉2:00, 湯の児温泉2:30, 湯の鶴温泉3:00で、これは許容範囲と考えることにした」
 
「3時間が許容範囲ですか!?」
「夜行バスと翌日の温泉のセットと考えれば悪くは無い」
「確かにそういう考え方はありますね」
「1月1日の夜も泊まって2日の午前中にチェックアウトだし」
「1日の午前中にチェックアウトでは辛すぎますよ」
 
「佐賀県の方はかえって近くなって、嬉野温泉1:30, 武雄温泉1:20。これに急遽、佐賀県の古湯温泉1:30, 唐津温泉1:00, 福岡県の二日市温泉30分、原鶴温泉1:00, 脇田温泉1:00、更に大分県で福岡から1時間半で行ける湯布院、2時間で行ける別府温泉、2時間半で行ける長崎県の雲仙・島原・小浜の各温泉、と照会して、これらで合計8000人分の枠を確保した」
 
「凄い」
 
「だから押さえた温泉枠は17000人分。更に福岡と北九州をはじめ福岡県内の各都市、熊本・唐津・下関など福岡から直結感のある都市のホテルを頑張って押さえてこれが20000人分。合計37000人分の宿泊を確保した」
 
「結構確保できましたね」
「場所がいいだけあって去年以上に確保できた。実は福岡近郊の人が別府とか湯の児とか小浜温泉とのセット券を買ってくれることも期待している」
 
「ああ。それは需要ありますよ」
 
「これで足りない分は昨年と同様に体育館に簡易ベッドを並べて対応する。これも現在福岡県内、20の体育館が協力してくれることになっていて、この20個で約6000人収容可能。これで宿泊セットで申し込む人はほぼ全員どこかに泊めることができると思う」
 
「あの体育館での宿泊は昨年けっこう好評だったみたいですね。何といっても安いし」
 
「そうそう。地元の商店街とかでも特需だったようだし」
「そちらもお正月が無くなりますけどね」
 
「昨今不況だから、屋台出してくれる所に準備金を事前に渡したりしたので助かったみたいだよ」
 

「でもこれ実はアクアのドームツアー告知前だったから確保できたんだよ」
 
「あぁ・・・」
 
「チケットはいつから発売ですか?」
と私は尋ねた。
 
「明後日の土曜日、10月21日に告知して、発売は翌週の10月28日から。実はアクアのツアーと同時発表なんだ」
 
「わぁ、明後日発表ですか!」
「ちなみに明後日、ローズ+リリーのシングルとベストアルバムの発売も告知するから」
 

私は加藤さんたちに言った。
 
「実はそのシングルの中身を差し替えたいんですが」
と私が言うので、加藤さんも氷川さんもびっくりする。
 
「どういうのに差し替えるの?]
と松前さんが訊くので、私は入れたいと思っている4曲を私がその場でキーボードを弾きながら試唱してみせた。
 
「青い豚の伝説、いいね」
「インパクトがありますでしょう?」
「うん。Four Seasonsはきれいな曲ばかりだけど、やや訴えるものは弱いような気もしていた。こちらの方が絶対いいと思う。その曲のデモ音源を明日の夕方までに作れないかな? 21日から流す予定だったCMを差し替えるよ」
 
「作れると思います。本番音源は差し替えになると思いますが」
「うん。それでいい」
 
それで七星さんが青い豚の伝説の私が書いた手書き音符をスターキッズのメンバーにすぐFAXした。
 

「差し替えるとなると、こういうスケジュールでいいですか?」
と氷川さんが確認する。
 
「10月30日(月)の朝一番に和泉さんたちの方で進めてもらっているベスト盤のマスターをプレス工場に納入します。祝日前の11月2日(木)夕方18時までに新しいシングルのマスターを納入。11月15日(水)に両者を同時発売します。『Four Seasons』はどうします?それも制作しますか?」
 
「作りましょう。それは『郷愁』の制作に割り込ませる形で12月半ばくらいまでに制作して2月くらいの発売、そして『郷愁』は11月から3月まで4ヶ月の制作期間で5月くらいの発売ということで」
 
「ゴールデンウィーク前に発売できるといいんですが」
「3月中にマスターを完成させたら行けますよね?」
「予めその日付を予約して前金も払っておけば行けます」
と氷川さんが言うと
 
「じゃ、その方針で進めよう」
と加藤さんが言った。
 

「しかし12月31日が私たちのカウントダウンライブで、1月1日がアクアのニューイヤーライブですか」
 
「福岡の年末年始はもうローズ+リリーとアクアで埋め尽くされますね」
と七星さんが言う。
 
「結果的に他の用事で福岡に来ようという人は、11月以降に予約しようとしても、全然宿泊が確保できなくて困るかも知れないけど」
 
「確かに!」
 
「うちは原則として各旅館・ホテルのキャパの3割までしか押さえてない。一部『いっそのこと全館貸し切って欲しい』と言われた小規模な旅館以外ではね。でも残りの大半が明後日以降、アクアのファンに押さえられてしまうかも知れない」
と松前さんが言う。
 
「まあそうなるでしょうね」
 

私たちは、急遽制作することになった『青い豚の伝説』の楽曲を次の日程で録音した。
 
10.19-20,23(木金月) 『青い豚の伝説』
10.20-22,28(金土日,土) 『青い恋』
10.24-27(火〜金) 『銀色の地平』
 
『青い浴衣の日々』は『郷愁』用に録った音源をそのまま流用する。
 

『青い豚の伝説』は軽快なナンバーで、ほとんどスターキッズのみで演奏している。20日の時点でかなりできていたのだが、金曜日なので午後から郷愁村に移動して『青い恋』の制作に入り、『青い豚の伝説』の続きは月曜日にやって完成させた。
 
『青い豚の伝説は』は実はPVで悩んだ。常識的にはアニメのPVを作りたい所だが、さすがに半月で制作するのは不可能である。
 
常識的には。
 
だいたいアニメの制作には短いものでも1〜2ヶ月は掛かる。
 
しかし私は昔麻央と2人でごく短時間でフラッシュ・アニメを作ったことがあった(麻央とは昔漫画を書いて雑誌の作品募集に応募したこともある)。それで私は麻央に、こういう感じのフラッシュアニメを作りたいんだけど、短期間で作れないかと電話してみた。歌詞を送ってくれというのでメールする。麻央からの返事は5分後にあった。
 
「フラッシュの動きでいいのなら作れる。何分のアニメにするの?」
「曲の長さはたぶん4分くらい」
「その魔物との戦闘シーンだけど、静止画構成にしたらダメ?」
「それでいい」
「だったら10日くらいで作れる」
「それ頼む。料金は通常料金の倍払うから」
「分かった。豚ちゃんのキャラデザインはどうする?」
「私が描いて送る」
「じゃお願い」
 
私が豚ちゃん、機関車君、ウサギちゃん、魔王のキャラデザインを描き、政子の注文で多少直した上で麻央に(描きあげるたびに)FAXした。麻央はその日の内に30秒ほどの短いサンプルを作って送って来たが
 
「そうそう!こんな雰囲気の夢だったのよ!」
と政子が喜んでいた。
 
麻央に連絡してそれで進めてくれと言う。
 
「OK。じゃ頑張るね。もう少しいいパソコンがあると速くできるんだけど、うちのはGPUが貧弱だから」
「パソコンの問題なら、お金出すから、それ買って」
「マジ?」
 
実際には新しいパソコンを買ってもソフトのインストールなどをしているとその準備で結構掛かるということで、麻央の先輩で趣味のフラッシュ制作をしている人のマシンを1台、半月間有償で借りられることになった。しかも魔物との戦闘シーンはその先輩が作り込んでくれることになった。
 
結局このアニメはわずか1週間で仕上がってきて、氷川さんがびっくりしていた。
 

『青い恋』は休日組、『銀色の地平』は平日組での制作になった。
 
『青い恋』にはヴァイオリン奏者を4人入れている。これを演奏してくれたのは、伊藤ソナタ・桂城由佳菜・前田恵里奈・佐藤典絵の4人だが、彼女たちは金曜日の夕方から郷愁村に来て、音を入れてくれた。
 
郷愁村に来てみると、各部屋にブラウン管テレビが置かれているので、みんなびっくりしていた(8月には各部屋にはテレビが無く、テレビを見るにはデイルームまで来なければならなかった)。
 
これは若葉が「郷愁村というなら」と言って、ヤフオクなどで買い集めて各部屋に設置したものである。むろん地デジ・チューナーでつないでいる。
 
「この縦横比率、久しぶりに見た!」
という声もあがっていた。
 
『銀色の地平』には曲をもらった時に最初に思ったように、千里の龍笛をフィーチャーすることにした。千里はバスケットの試合で土日がふさがり、午後もチーム練習があるということであったので、木曜日と金曜日の午前中に新宿のサブスタジオまで来てもらって吹き込んでもらった。
 
7月の事故の後、演奏能力も落ちたと聞いていたのだが、今回聞く限りはむしろ前よりレベルがあがっている気もした。バスケットでも日本代表に速攻で復帰してしまったし、演奏能力もここまで回復したのなら、作曲能力もすぐに回復するかも知れないと私は期待した。
 
しかし・・・一度死んで蘇生するなどという事故を経て、よくもまあここまで短期間に回復したものである。
 
なお、千里の演奏中、例によってスタジオの機器の電子チップが壊れて交換するのは想定範囲である! 有咲が淡々と交換していた。有咲も8月の時は他のアーティストの音源制作をやっていて、こちらに参加できなくて済まなかったと言っていた。もっとも本来はあの時期はまだ『Four Seasons』の本格的収録に入る予定は無かったのである。今回の『郷愁』のやり直しに関しては、3月までしっかり空けてもらうようにしているからと張り切っていた。
 

『青い浴衣の日々』のPVに関しては『郷愁』用に撮影していた映像を再利用して、私とマリの映像を入れたものを制作した。
 
花火大会の様子を撮影した映像(“メグとノン”が主演している)もあったので、これに私たち自身が浴衣を着て団扇(うちわ)を持ち散策している映像、甘味処に入ってメグたちと4人でかき氷を食べている映像、庭で花火をしている映像をミックスして『青い浴衣の日々』のPVを作った。
 
着ている浴衣はメグとノンは8月に撮影した時に使った浴衣をそのまま使い、私とマリのは、青の地に赤いバラ(ケイ用)と白いユリ(マリ用)の模様で、この撮影用にインクジェット・プリンタで印刷して1日で制作したものであるが、この季節に撮影するので実は裏フリースになっている。メグたちのも裏にフリースを貼り付けた。かき氷は特に頼んで作ってもらった。花火をしている場所は郷愁村の庭である。花火は★★レコードのスタッフが何とか売っている所を見つけ出してくれた。
 
『銀色の地平』は1月に札幌でライブをした時に私とマリが雪の積もった地面を歩いている所を撮った映像があったのと、千里が以前海外遠征でロシアのオムスクに行った時の映像を持っているとかいうことで提供してくれたので、それと合わせることで、かなり美しいPVを構成することができた。私と政子が雪の中で戯れる映像も撮ったのだが、これは実はスタジオ内でフェイクスノーで撮った映像である。
 
『青い恋』は学校を舞台にしたドラマ仕立てのPVを作った。これに主演してくれたのは『アクア−奇跡の邂逅』で「ちんちん切られちゃうぞ」の台詞で話題になった古賀紀恵ちゃんと、男の子役は同映画で千里に相当する可能三恵を演じた品川ありさの男装である。紀恵ちゃんは20歳ではあるが、充分女子高生の制服が行けるし、品川ありさは学生服がよく似合う。ありさは以前『ペパーミントキャンディ』でも男装を披露してくれていた。
 
撮影は都内江戸川区内で最近廃校になった小学校を区から借りて使用し、ブルー系のフィルターを掛けて撮影したかのようなモノクローム映像に加工している。古賀さんが熱演してくれて、とても可愛い、甘酸っぱい感じの作品に仕上がった。
 
この3つのPVは★★レコードの別々の部隊で同時に作業を進めてくれた。
 

『青い豚の伝説』は10月28日(土)までに録音作業が終わった。最初からマスタリングを意識してミックスダウンを行っていたので、音源のマスターは翌日の29日(日)には出来上がってしまう。
 
これと並行して進めていたPVの制作が31日(火)に仕上がり、11月1日にCD,DVD,各々に封入するパンフレットの原稿データをプレス工場に持ち込むことができた。パンフレットの制作は、増渕さんが対外交渉や雑用をこなしてくれるので負荷の軽減された風花が中心になって進めてくれた。実際のデータ入力は詩津紅の妹の妃美貴がやってくれた。今回は知り合い総動員である。
 
こちらは11月15日(水)に発売することになっている。
 
一方和泉たちが制作を進めてくれていたベストアルバムは、当初の『郷愁』のプレス・スケジュールに合わせて10月30日(月)朝1番にプレス工場に持ち込みすぐにプレス作業に入ってもらった。
 
こちらはプレスはそんなに急がなくてもいいと伝えたので普通の取り扱いでプレスされ、11月10日(金)までに、取り敢えず60万枚がプレスされた。
 

『青い豚の伝説』のテレビ・ネットの広告は10月21日から流れ始めたのだが、実はこれはほとんどの音源を製作する前であった!この第1弾の広告では《タイトル未定》ということにして、『青い浴衣の日々』の音源と、苗場のライブの模様を使用して編集したビデオが使用されている。
 
それでも予約はまあまあ入り始める。
 
恐らく固定ファンが律儀に予約を入れてくれているんだろうな、と私は思った。
 
「ローズ+リリーの音源制作はどうも今年は難航しているっぽいね」
というつぶやきがツイッターに書き込まれる。
 
「最初『Four Seasons』というアルバムを作ると言っていたはずなのに、いつの間にか『郷愁』というタイトルに変更されているし、それがアルバムを作るまで曲が揃わなくてシングルになった上にタイトルも決まらないのかね?」
 
「11月15日発売とされているけど、本当に発売されるのかな」
 

しかし同時に発表されたカウントダウンライブの方は大いに話題になったようである。
 
「一昨年も、昨年も雪の降る中で寒かったけど、今年は九州だから雪は無い」
「いや、そもそもドームだから寒くない」
 
「カウントダウンがローズ+リリーで、ニューイヤーコンサートがアクアか」
「これ宿泊セットで申し込まないと、個人でホテル取ろうとしても取れなかったりして」
 

ところが10月28日から『青い豚の伝説』の曲とアニメが入ったシングルの第2段CFが流れると、騒然とした雰囲気になる。
 
「何これ可愛い!?」
という女性ファンの声があがる。
 
一方でゲーマー層からは
「1日で作ったようなアニメだ」
という声があがるが
「いや、これはどんなに頑張っても2週間は掛かると思う」
とyoutubeやニコ動にMADなどを上げている人たちがコメントする。
 
「たぶんこのアニメの制作を待つ間、シングルのタイトルを公開しなかったんだ」
とこちらの裏事情を推察するような書き込みもある。
 
また28日は11月15日にシングル『青い豚の伝説』と同時にベストアルバム『Rose + Lily ランチセット2017』が発売されることも発表された。前回ベストアルバムを発表して以降の曲から選曲されたことが七星さんにより説明される。
 
このベストアルバムのCFでは、KARIONの4人がローズ+リリーのここ4年間の発表曲のタイトルが書かれたジェンガをKARIONの4人が順に引き抜いていく映像が映っている。そして少し離れた所からマリとケイが眺めている。
 
背景に流れている曲は『振袖』と『コーンフレークの花』である。このあたりは間違いなくベストに収録されるだろうというのは予想される所である。映像の中では美空がジェンガを両手に握り、小風が「こっち」と言った方の手に入っていた曲を《収録曲》と書かれた所に積み上げるなどの様子も入っている。
 
映像は蘭子が引き抜いたジェンガで全体が崩壊する所で終わっていた。
 
「ああ、蘭子というのはだいたいこういう役回りだ」
「蘭子はじゃんけんも弱かったはず」
「じゃんけん40連敗という記録を持っていると聞いた」
 

28日朝に新しいCFを公開した時点から、新しいシングル、そしてベストアルバムの予約が大量に入り始める。
 
この日の12時からカウントダウンライブのファンクラブ予約(抽選)を受け付け始めた。お友達や家族と来るという場合、来場する全員の名前が必要で、入場時にはファンクラブ会員証か公的身分証明書が必要である。
 
今回も昨年同様に7割をファンクラブで発売し、3割が一般発売である。ファンクラブの申し込みは28日から3日間で抽選結果(競争率は2.6倍)が発表された後、送金を受け付ける。決済はクレカ(VISAデビットもOK)と郵便局の振り替えを用意しているが、9割がクレカで決済してくれた(入金処理が自動で行える)。残りは人海戦術で処理して11/10で締め切り。送金されなかった約500枚は結果キャンセル扱いとなり、その分は一般発売に回される。そして一般発売は11/11に発売されて、約9000枚が2時間で売り切れた。
 
この時点で『青い豚の伝説』の予約は70万枚、『ランチセット2017』の予約は40万枚入っていた。★★レコードは町添専務の指示でベストアルバムの増産、正確には当初予約していた100万枚までのプレスをプレス工場にお願いした。シングルの方は発売日までに120万枚プレスできる予定である。
 

11月8日、毎年年末のRC大賞と並ぶ、歌謡界で最も権威のある賞とされてきたYS大賞が、今年12月4日の放送をもって、番組としては最終回になることが発表された。翌年以降も賞の選定はおこなう予定ではあるものの、番組は制作しないということであった。
 
11月11日(土)、アクア主演『キャッツ▽アイ−華麗なる賭け』の主としてマスコミ向け試写会が行われたが、政子はコネを駆使してこれを見に行ってきた。
 
「可愛かったぁ。やはりアクアは早く去勢しなきゃ」
などと言っている。
 
「アクアは10月はアフレコとか、一部撮り直しの撮影をしていたみたいね」
「去年の『時のどこかで』は、葉月ちゃんの声が残ったりしている所があったけど、今回は全部アクアの声になっていたよ」
「いや、昨年は異常なスケジュールで進行していたから」
 
「男の子の内海刑事を演じている時はまるで男の子みたいな演技なのよね。でも女の子の愛ちゃんを演じている時は本当に可愛くて、女子高生というよりまだ女子中生みたいな感じの演技なんだよね」
 
「アクアは最初からその男女の演じ分けがうまかったね」
「それが進化していて、まるで男の子のアクアと女の子のアクアがいるかのようだったよ」
 
「まだ声変わりするまでのモラトリアムをうまく使っているよ、彼は」
「そのモラトリアムが永久に続くように、やはり去勢を」
 
「マリちゃんにしても、松浦紗雪さんにしても、どうも最近発言が危ない」
 

11月12日(日)には年末年始の各賞のトップを切ってBH音楽賞が発表された。今年ゴールド賞に選ばれたのは下記の24曲である(発表は五十音順)。
 
青山広樹『大根の唄』
アクア『憧れのビキニ』
AYA『ゴールドラッシュ』
KARION『少女探偵隊』
ゴールデン・シックス『時には成功も必要さ』
桜野みちる『メタルシティ』
品川ありさ『マイナス1%の望み』
スカイロード『Street Performance』
ステラジオ『男の子っていつも』
津島瑤子『十和田湖に響く声』
奈川サフィー『404 Not found』
ViceSlide『Gamma Burst』
ハイライトセブンスターズ『プルンプルン・テック』
松浦紗雪『橋の向こうで』
松原珠妃『ラヴァース・ワルツ』
丸山アイ『新しい地図を描こう』
三つ葉『大きな恋の物語』
金属女給『急がば走れ』
山森水絵『リオの想い出』
ラビット4(いちご組)『金の小野と銀の小野』
ラビット4(さくら組)『俺のSiriを舐めろ』
リダンダンシー・リダンジョッシー『赤い自動車のバラード』
レインボウ・フルート・バンズ『虹色と地平の間』
ローズ+リリー『雪虫』
 
ローズ+リリーは2009年以来9年連続受賞(2008年は新人賞をもらっているので、それを入れると10年連続)だが、松原珠妃は2005年の『鯛焼きガール』以来13年連続のゴールド賞である。しかし自分たちの上にはその珠妃しかいない(松浦紗雪はもっと古くからいるが、受賞していない年がある)ので、音羽たちが言っていたように「上が居なくなりつつある」のを感じた。
 
この他にヤング賞(旧新人賞を改訂)には22歳以下のアーティスト(グループの場合はメインボーカルが22歳以下であればよい)が10組選ばれており、ホワイトキャッツやFireFly20なども来場していたので、会場の東京国際パティオはとっても賑やかであった。アクアはゴールド賞だけでなく、ヤング賞も受賞している。ヤング賞には松梨詩恩も選ばれ、アクアと何やら話し込んでいる様子がテレビ画面に映っており、結構騒動になったが、翌日各々の事務所が「ふたりは高校の同級生なので話していただけです」とコメントを発表していた。
 
アクアが女の子との関わりで報道されるのも珍しい。
 
実際の番組は、ヤング賞の発表の後でゴールド賞が発表され、アクアはヤング賞、ゴールド賞の双方でトップバッターで登場して、ヤング賞では『憧れのビキニ』を歌ったので、ゴールド賞では『ときめき病院物語III』のエンディング曲『ナースのパワー』を歌った。三つ葉もヤング賞・ゴールド賞の両方を受賞したので、ヤング賞の方で『大きな恋の物語』を歌い、ゴールド賞では別の曲を歌っていた。
 
リダンダンシー・リダンジョッシーはボーカルの信子が産休中(予定日は12/9)なので、今日は仲良しグループのひとりであるフェイ(レインボウ・フルート・バンズ)が代理歌唱していた。フェイの出番が続かないように登場順は、レインボウ・フルート・バンズ→丸山アイ→ハイライトセブンスターズ→リダンダンシー・リダンジョッシー、と調整されていた。
 
ローズ+リリーは最後から3番目の登場(KARION→AYA→Golden Six→Rose+Lily→松原珠妃)でトリは松浦紗雪であった。紗雪は珠妃より5歳年上の35歳だが、この年齢で第一線で活躍しているのが凄い。
 
この賞は年間5万枚以上売ったアーティストが選考対象なので、しっかり売れているということだし、実際の歌唱を聴いても、伸びのある歌声で音程もリズムも安定しており、日々物凄い練習をしていることを伺わせるものであった。
 
松浦紗雪は1996年に木ノ下大吉先生から楽曲の提供を受けてアイドル歌手としてデビュー。いったん下火になった後、2005年に上島雷太先生から楽曲の提供を受けるようになってポップス歌手として再生した。この時期、上島先生は篠田その歌にも楽曲を提供しており、この2人に楽曲を提供したのが作曲家としての上島先生の実質的デビューであった。つまり松浦と篠田は初期の《上島ファミリー》の中核である。それと同時に松原珠妃・芹菜リセなどの《蔵田ファミリー》との競争が始まる。
 
その後、篠田は2009年以降上島雷太と秋穂夢久との共同制作に移行し、2013年に引退。松浦紗雪は上島グループからは実質離れて歌詞は本人が書き、曲は藤崎亜夢(つぐみ)が提供する形のセルフプロデュースに移行している。現在はローズ+リリー同様《上島カズンズ》に分類されている。
 
その珠妃や紗雪の熱唱をアクアや詩恩、三つ葉たち若い歌手がじっと見つめていた。紗雪はアクアのファンクラブ会長も務めている。
 

11月15日(水)、ローズ+リリーの25枚目のシングル『青い豚の伝説』および3枚目のベストアルバム『Rose + Lily ランチセット2017』が発売され、私とマリは、★★レコードで発売の記者会見をした。
 
いつものようにスターキッズをバックに楽曲をショートバージョンで演奏した後、私と七星さん、氷川さんの3人で楽曲の解説をし、質疑を受けた。
 
最初『青い豚の伝説』のPVアニメについて質問がある。
 
「これはマリが見た夢をベースに書いた詩に私が曲を付けたものですが、出来が良かったため、今回はこちらを発売しようということになり、別の曲の発売を予定していたものを直前に差し替えたので、普通のアニメ制作過程を経ていては発売に間に合わないという問題がありました。それで今回友人でフラッシュアニメをよく作っている人に依頼して、超特急でこのようなアニメを作ってもらいました。最初は紙芝居にしようかという案もあったのですが、まあ紙芝居とアニメの中間のようなものですね」
 
と私は笑顔で説明した。
 
オリジナル・アルバムの進捗状況についても尋ねられた。
 
これについては氷川さんが説明させてくれと言って説明した。
 
最初は『Four Seasons』というアルバムを作る予定で準備が進んでいたこと。ところが『郷愁』という別のアルバムを11月上旬発売、つまり8月までに制作して欲しいと、5月になってから唐突に求められ、『Four Seasons』に関する作業を中断して『郷愁』の制作を始めたこと。しかしどうしてもそんな短期間に制作することはできなかったので、無理だということで発売の延期を求めたこと。その延期が認められたので急遽、『郷愁』に代わって、今回はベストアルバムをこの日程で発売することにしたこと。『郷愁』は今月初めから再度作り直しているので、発売は現時点では春くらいの予定であることを説明した。
 
私はそこまで言っていいのか?と少し不安になった。
 
「その唐突に『郷愁』を作ってくれと言ってきたのは誰なんですか?」
という質問に対しては、私が氷川さんを遮って回答した。
 
「済みません。守秘義務があるのでお答えできません」
と私は回答した。
 
記者達は顔を見合わせていた。
 
「『Four Seasons』の方も制作するのですか?」
と話を進めてくれる記者がある。
 
「一部の楽曲をまとめて、近い内にシングルとして発売する予定です。その他の曲については、またあらためて別の企画にまとめることになるかも知れません」
と私は説明した。
 
「その企画については何か案があります?」
と更に質問がある。
 
「ひょっとしたら12月(つき), Twelve months, Двенадцать месяцевなどというのもいいかもと思っています」
 
「それ『森は生きている』という日本語タイトルになっている童話の原題ですよね?」
 
「そうです、そうです。マルシャーク作の童話です」
と私は笑顔で答えた。
 

ネットではこの日の会見内容について、最近よく聞かれる★★レコードの内紛の影響ではと想像する人が多かったようである。
 
「三つ葉のアルバムのタイトルも二転三転したし」
「南藤由梨奈のシングルも出る出ると言われながら出ないのが同じ理由だと思う」
 
「どうもあの会社は命令系統とかがめちゃくちゃになっているみたい」
「前線の営業マンに別系統から矛盾した指示が来るから、どっちを優先したらいいか分からないなんて嘆きの声もあるみたい」
 
「あの会社はもうふたつに分割した方がいいと思う」
「松前さんが社長していた時期は、両系統がちゃんとうまく動いていたのに」
 

氷川さんはローズ+リリーのアルバム制作が混乱しているようだという噂が立っていたので、その責任が私たちには無いことを明確にするためああいう発言をしてくれたのだが、彼女はこの会見の後、内紛を示唆するような発言をして申し訳無かった。責任を取って辞職したい、という上申書を書いて辞表とともに、上司の森元課長に即、提出した。
 
辞表は最初から用意していたのだろう。
 
森元課長は
 
「いや、よくあそこまで言ってくれた」
と言って、
 
「俺があの発言をしたいくらいだったよ」
 
と言い、氷川さんの上申書は町添制作部長(専務)に渡すものの、辞職の必要は無いから、これからもローズ+リリーを守るため頑張って欲しいと言って、辞表はその場でシュレッダーに掛けてしまった。
 
上の方でも、へたにつつくと結果的に内紛をもっとさらけ出すことになるため、氷川さんを咎める動きは無かった。
 
 
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【夏の日の想い出・郷愁】(3)