【夏の日の想い出・郷愁】(6)

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12月29日(金)。
 
千里は“7月に無理を言って2軍に落としてもらったので”、午前中横浜市郊外の2軍練習場に行こうとしていた。
 
レッドインパルスはお正月の全日本バスケットボール選手権(皇后杯)に出るが、それは1軍であり、2軍は今日で練習は終わりで、正月の練習は1月9日からである。その間は気が重いが“結婚に向けての準備”をしなければいけないなあと思っている。結婚式の衣裳を合わせるのも見てと康子さんから連絡が来ていたのだが、最近(作曲の依頼が多くて)忙しいもので、なかなか見に行けずにいたのである。今年中にあと2曲!完成させなければならないので、今日練習が終わったら、その後はアパートに籠もって作曲に集中しようと思っていた。
 
幸いにも「自分が作っていることになっている」システムの納品が1月中旬に延期されたので、それまでは「忙しい」と信次や康子に言うことができる。
 
千里は自分がシステムの仕事なんてほとんどしていないのに、勝手にシステムが作られて行っているふうなのは、なぜなのだろうと何度か考えてみたものの考えても仕方ないと諦め、なるにまかせている。
 

それで出かけようとしていた時にピンポンとアパートの呼び鈴が鳴った。
 
「はーい」
と言って出ると、見覚えのある顔だ。これはえっとえっと・・・秋乃風花さんだ!冬子(ケイ)の高校時代の友人で、冬子の実質的な秘書のような役割をしている人。
 
千里は7月に自分が何か大きな事故に遭った(気がする)後、色々なものを忘れていたのを、最近少しずつ思い出してきつつあった。
 
「おはようございます、風花さん」
「おはようございます、醍醐先生。カウントダウンライブでお願いする譜面がちょっと改訂になったんですよ。それで新しいのをお渡ししなければと思って。もう明日には移動なさると聞いていたので郵送では間に合わないと思って、こちらに持って来ました」
 
「ありがとうございます」
 
それで千里は風花から受け取ったものの、風花が帰った後で悩む。
 
「カウントダウンライブって何だっけ?私、もしかしてそんなのに出る約束とかしてた?」
 
最近千里は自分の記憶に自信が無い。
 

千里の後ろの子たちは顔を見合わせていた。
 
『誰かと勘違いしたんじゃね?』
『風花さんはしっかりしてるけど、ケイはいつもオーバーフローしてる』
『きっとケイが指示し間違ったんだよ』
 
その時《きーちゃん》が言った。
 
『分かった。これ多分、青葉に渡すべきものをこちらに持って来たんだよ。ほら、龍笛の所に丸が付いてるじゃん』
 
『ああ、なるほど』
 
『私が千里から取って青葉に渡してくるよ』
と《きーちゃん》が言うので、
 
『よろしくー』
と他の子たちは言った。
 
みんな特に疑問は感じていない雰囲気だったが、ただ1人《すーちゃん》だけは腕(羽根?)を組んで考え込んでいた。
 

千里が譜面を見て悩んでいた時、また玄関がピンポンとなる。
 
「はい」
と言って出ると、またさっきの風花さんである。
 
「醍醐先生、済みません!私、うっかり大宮万葉先生に渡すべき譜面をこちらに持って来てしまって」
 
「ああ!万葉の譜面でしたか」
「すみません。向こうに持って行きますね」
「分かりました。お願いします」
 
と言って、千里は譜面を風花に渡した。
 
それで風花が帰っていった後、千里は練習用のユニフォームや下着の替え、水分補給用の水筒などを準備し、アパートを出た。
 

「千里〜、これ新しい譜面だって」
と《きーちゃん》は、葛西のマンションに来ると、千里に譜面を渡した。
 
「ありがとう」
と言って、もう寝ようとしていた千里は《きーちゃん》から受け取った。
 
「風花さんが1の所に持って行っちゃったから、何とか取り上げて、こちらに持って来た」
「さんきゅ、さんきゅ。いつも苦労掛けるね」
と言って千里はパラパラとスコアをめくってみる。冬子の字で「この辺りが以前頼んだ時と変わっています」と書かれ、何ヶ所かマーカーで印が付いている。
 
しかし眠い。
 
「“朝”起きてから見るのでいいよね?」
 
千里は《フランス時刻》で生活しているので、今は日本時間では朝9時でも、フランス時刻では夜中の1時である。千里は日中チームの練習を8時間した後、マルセイユで夕食を取ってから、葛西で5時間ほど作曲活動をしていた。(ローズ+リリーの音源制作に参加する時は、作曲活動の時間と睡眠時間を入れ替えている)
 

 
「千里の腕があれば問題無いと思うよ」
「じゃ、おやすみ」
と言って、千里は布団に潜り込んですやすや眠ってしまった。
 

その頃、川崎市のマンションでは千里が大阪に飛んで京平と遊んできてから、朝御飯を食べながら、作曲を頼まれている案件の指示書に目を通していた。
 
頬杖をつく。
 
「最近、新島さんも適当だなあ。これでどうやって書けというのよ?」
などと文句を言いつつ、蓮菜に電話する。
 
「ああ、蓮菜?新婚さんのお宅を邪魔して申し訳ないけど、詩を書いてくれない?うん。それが凄い適当な指示書でさぁ。高校生男子と塾の女教師の恋愛物語のドラマのテーマ曲なんだって。歌手は****.うん。それ以上の詳しい説明がない。ね?だいたいそんな話を公共の電波で流していいのかね〜?うん。あまり凝らなくていいから、適当によろしく」
 
それで千里は別の作曲依頼された案件で数日前から書いていた曲の手書きで書いていた譜面をCubaseに入力し始めた。
 
「さて皇后杯に向けて、午後からは川崎で練習だから、午前中に何とかこれ入力し終えなければ」
とひとり事を言いながら、千里は画面に集中した。
 

§§グループ恒例の年末年始の「今年もお世話になりました」のCMが今年も12月30-31日にテレビに流れた。
 
今年はかなり人数が増えている。
 
指揮者:秋風コスモス、ピアノ:川崎ゆりこ
並んでいる人:桜野みちる・品川ありさ・アクア・今井葉月・高崎ひろか・西宮ネオン・姫路スピカ・白鳥リズム・花咲ロンド。
 
総勢11名である。このCMを最初に始めた2015年の年末は7人であった。指揮者とピアニストを除くと5人から9人に増えたことになる。
 
いつものように、コスモスの指揮でゆりこが、C−G7−Cをピアノで弾き、それに合わせてお辞儀をする。そして全員で声を合わせて
「今年も大変お世話になりました。皆様、ありがとうございました」
と言った。
 
例によって、(羽織袴姿の)西宮ネオン以外全員振袖を着ているが、今年は全員白地の振袖にしたようである。前面に立っている、品川ありさ・桜野みちる・アクア・高崎ひろか・姫路スピカの5人の振袖を見ると、全員模様が違うので、後列に立っていて模様がよく分からない子たちも、全員違う振袖を着ているのだろう。しかし地の色を白に統一したようだ。
 
(ロングバージョンでは全員が映るので、実際に全員違う柄の振袖であることが確認できる)
 
ちなみにアクアと今井葉月も振袖であるが、これについては今年はもう誰も突っ込まなかった! (葉月はそもそも女子と思われている感じもあるが)
 
「アクア様の振袖姿、ほんとに可愛い。こんな可愛いアクア様のお嫁さんになりたい」
「アクアがこんなに振袖似合うなら、そのまま俺の嫁になってくれ」
 
などという書き込みが多数あるのはいつものことである。
 

アクアの高校は2017年は12月22日(木)の授業を最後に23日(金)天皇誕生日から冬休みに突入した。
 
冬休みというのはふつうの中高生にとっては、のんびりと休めて楽しい時間であるが、売れっ子の芸能人にとっては壮絶に忙しい時期である。同じ学校で同学年の松梨詩恩や星原琥珀、2つ上の学年の山森水絵などはこの時期随分学校を休んでいた。アクアの場合は、上島さんのお陰で「学校絶対優先」になっているので、木曜日の授業までしっかり終えてから、テレビ局に向かい、お正月の番組の撮影などに臨んだ。
 
今年も年末年始の番組にはいくつ出演しているのか、自分でも全然分からない状態である。マネージャーの山村はもちろん、サブマネージャーの志穂と友香も凄まじく多忙で、桜木ワルツもこの時期は臨時にサブマネージャー・吉田和紗の名刺でアクアのサポートに奔走していた。
 

「アクアさん、遅い時間で申し訳無いんですが、今から新宿のVSスタジオまで来てくださいということです」
と、その日テレビ番組の収録を終えた後、付き添ってくれていたワルツが言う。
 
それでワルツが運転する車で新宿に移動した。ワルツも若葉マークを卒業して取り敢えず無事故無違反だし、ここまでの累積走行距離が2万kmを越えているので、最近はアクアの移動を受け持つことがある。
 
(むしろ運転の経験を積ませるのに積極的に道具類や印刷物などを運んだりする仕事をたくさんさせていた)
 
それでスタジオに到着したら、桜野みちるが
「アクアちゃん、ワルツちゃん、待ってたよ。これに着換えて。着替えは215号室で」
と言って、和服の入っているようなバッグを渡す。バッグには
 
《アクア様》
《桜木ワルツ様》
と書かれたシールが貼られている。
 
「えっと着付けしてくれる人は?」
「今他の子の着付けをしてるから、肌襦袢と自分でできるなら長襦袢も着て待ってて」
「はい」
 
「これ何の和服ですか?」
とアクアがみちるに尋ねる。
 
「振袖。その後撮影するから」
「あ、振袖ならボク、自分で着られます」
とアクア。
 
「そうだったね。じゃ、アクアはひとりでよろしく」
 
それで結局アクアは自分で着てしまったものの、アクアが振袖を着終わってもまだ着付けをしてくれる人は来てくれない。それでアクアがワルツに長襦袢と振袖まで着せて、帯も締めてあげた。
 
アクアの振袖は加賀友禅のようである。白地に袖の先や裾の部分だけ水色になっており、臙脂・藍・黄土・草・古代紫の《加賀五彩》の色で、桜の花と枝・葉っぱ、おしどり・鯉などが描かれた豪華なものである。ワルツの振袖はそこまで豪華ではないものの、青地に牡丹・菖蒲(あやめ)・紅葉・菊の花模様が描かれ、御所車の絵も入っている。アクアの振袖ほどではないが、結構なお値段のする振袖のように思われた。
 
ちなみに、ふたりは同じ部屋で着換えているが、そのことについてはアクアもワルツも何も意識していない。
 
「アクアさん、着付けできるって、すごーい」
「小学5年生の時に、川南さんって知り合いのお姉さんが熱心に教えてくれたんだよね〜。それで覚えた」
 
「へー」
と答えながら、なぜ男の子が振袖の着方を習ったんだ〜?などとワルツは思っている。
 

全然誰も呼びに来ないので、他の人がいる所を2人で探して回っていたら、401号室に白鳥リズム、花咲ロンド、石川ポルカの3人がいるので
 
「おはようございまーす」
と言って中に入る。
 
「おはようございまーす」
と中にいる子たちも挨拶する。
 
「アクアさんが来た!やはりここで良かったんだ」
などと白鳥リズムが言っている。
 
「401号室で待っててと言われたものの、誰も来ないから不安になっていたんです」
と花咲ロンドが言っている。
 
「私たちは何も指示されてなかったから、誰か居ないかなと思って探しているうちにここに来た」
と桜木ワルツ。
 
ちなみに、白鳥リズムと花咲ロンドは白地の振袖、石川ポルカは青地の振袖を着ている。
 
「これ、もしかしてこれからデビューする子が青地の振袖なのかな」
「あ、そうなのかも」
 
などと言っていた。
 
ちなみに誰もアクアが振袖を着ていることに疑問を感じていない。本人も何も感じていない!
 

5人で話している内に、品川ありさと高崎ひろかが来て、姫路スピカと今井葉月も来て、これで9人である。今井葉月も振袖であるが、これについても誰も突っ込まない。実はワルツとポルカはアクアの振袖には疑問を感じなかったものの
 
「なぜ葉月さんも振袖なんだろう?」
と思っていたが、誰も言わないので口にしなかった。
 
やがて桜野みちるが来るので
「何があるんですか?」
と質問が出る。
 
「年末年始の挨拶のCM撮るよ」
とみちる。
 
「ああ、そういえば去年も撮りましたね!」
という声が出てやっと趣旨が分かった。
 
その後すぐに、秋風コスモスと川崎ゆりこも来る。
 
「全員揃っているかな?」
と言っていた所に
 
「済みません。遅くなりました!」
と言って、羽織袴姿の西宮ネオンが入って来た。
 
それを見てからアクアが
「あれ〜?ネオン君は羽織袴なの?ボクは振袖なのに」
などと言う。
 
品川ありさが呆れたように
「その質問、昨年も聞いた気がする」
と言った。
 
しかしアクアは今日は年末年始の挨拶CFの撮影だとは聞かされていなかった!
 
「ボク振袖だと、女優さんだと誤解される」
と今井葉月が言うが
 
「何を今更!」
と多くの意見であった。
 

それで最初、青地の振袖を着た、石川ポルカと桜木ワルツは外れて、他の11人で撮影する。コスモスとゆりこを除いた9人がグランドピアノの前に2列に並んだ(後列の子は段に乗る)。そして
 
「今年もお世話になりました。皆様ありがとうございました」という挨拶のビデオを撮影した。
 
例によって、コスモスが指揮者、ゆりこがピアニストである。
 
ピアノは2015年の年末はカワイ製グランドピアノGX-7(229cm 300万)であったが、2016年の正月用のCFではヤマハ製グランドピアノC7X(227cm 300万)を使用した。2016年の年末は同じC7Xを使い、2017年の年始はカワイの
SK-7(229cm 600万)を使っていた。今回の「お世話になりました」も同じSK-7を使った。
 
全体の挨拶を撮影した後、1人ずつ手を振ったりピースサインしたり、思い思いのポーズで1秒ずつ!の撮影をする。
 
「じゃみんな着換えて!」
という指示がある。
 
今ビデオに映った11人(の内西宮ネオン以外)が全員別の振袖に着換える。お正月用は全員、青地の振袖を使用する。それで最初から青地の振袖を着ていた、ポルカとワルツ、および羽織袴のネオンは待機になり(仮眠していてもよいと言われた)、3人で勝手にお茶を入れて、志穂がおやつを買ってきてくれたのを食べながら、おしゃべりして待っていた。しかしネオンはどうも女の子と会話するのにあまり慣れていない感じで、けっこう照れていた。
 

10人着換える中で、アクアとゆりこ・リズムの3人が自分で振袖を着ることができる。他に着付け師さんが4人来ている。また山村・田所・友香も着付けができるので、全員20分以内に新年用の振袖に着換えることができた。
 
ちなみに10人は全員同じ部屋で着換えていて、自分で着られる3人も帯は他の人に締めてもらっていた。この着換えている中にアクアと葉月も入っているわけだが、そのことを誰も気にしていない!
 
彼女たちが着換えている最中にスタジオの方では男性スタッフの手でカワイSK-7が運び出され、代わりにヤマハのグランドピアノS6B(212cm 500万円)が運び込まれてきた。
 
「これ毎年違うピアノを使うということみたいだけど、その内、ネタが尽きるのでは?」
と西宮ネオンが心配する。
 
「その時は最初に戻ればいいんじゃない?」
と楽天的な石川ポルカは言った。
 

やがて着付けが終わる。来年デビューのポルカとワルツも入れてピアノの前に11人が並び、ゆりこがピアノの演奏席に座り、コスモスが指揮台の所に就いて
 
「今年もよろしくお願いします」
 
の撮影をした。
 
こちらもその後、各自1秒ずつの個別撮影をした。
 
ちなみにコスモスの指揮棒も、2015年は青、2016年は黒、2017年は赤で、2018年は銀色であった。
 
「来年は金色ですか?」
という質問があるが
 
「さあ。気分で決めてるから」
とコスモスは言っていた。
 

アクアは28日の夕方以降NHKの紅白のリハーサルの予定が入っていたが、多忙を理由に28日は欠席。29日は出たものの、30日は他の局の番組が入っていたのとRC大賞もあったので葉月に代理を頼み、そちらに行っていた。
 
30日はカメラリハーサルが始まったのだが、葉月に付き添っていた山村マネージャーが出場者の中のベテラン女性歌手から声を掛けられていた。
 
「四谷さん・・・と声かけそうになった。ごめんなさい。私の知っている四谷さんなら、もうとっくに80歳くらいだと思うし」
とそのベテラン歌手は言う。
 
「ひょっとしたら、私の祖母ではないでしょうか?私の祖母は二葉あき子さんの付き人とかをしていたので」
 
「あんた、四谷さんのお孫さんか!」
「祖母がお世話になりました。実は祖母の名前を襲名して営業活動しているんですよ。苗字は結婚したので変わりましたが」
 
と言って山村は
《§§ミュージック株式会社マネージャー アクア担当 山村勾美》
の名刺を渡していた。
 
「売れっ子アクアちゃんのマネージャーかぁ。忙しいでしょ?」
「自分が3人欲しいです。ついでにアクアも3〜4人欲しいです」
「大変そうだね。でも売れている内が花だからね。お祖母ちゃんは元気?」
「すみません。もう亡くなったんですよ」
 
「そうか。それは残念だったね。でも凄く豪快な人だったよ。公演先でヤクザと揉めたら、ヤクザの代貸を1発殴って、ノシちゃってさ。文句ある奴は掛かってきな!なんて啖呵切ったから『姐(あね)さん、お見それしやした!』とか言って、引っ込んでくれたんだよ」
 
戦後間もない頃は、プロ野球の試合でさえ、地元のヤクザと話をつけないと実施できないほどの状態であった。芸能人のヤクザとの揉め事も日常茶飯事で特攻隊帰りの某二枚目俳優が暴行を受けて大怪我をし、2年後に彼のマネージャーや事件に関わった可能性のあるヤクザの大幹部が不審死した事件などは真相不明のままである(どちらも自殺として処理された)。
 
「祖母らしいですね。喧嘩で男に負けたことない、なんて言っていましたから」
 
ベテラン歌手さんは懐かしそうに色々話し、山村はそれに応じていた。
 
葉月は、そういえば山村さんがアクアさんのマネージャーに就任した時に、二葉何とかさんって歌手のマネージャーしたことあるとか言っていたけど、それお祖母さんのことだったのか、などと思っていた。
 

紅白のリハーサルは28日夕から31日午前中までの長丁場である。当然食事やトイレなどをはさみながらになるので、予定表を見て自分の出番に掛からないところで済ませておかなければならない。
 
葉月は次の出番まで1時間あるなと思い(紅白は自分が歌う所以外にも他の歌手のバックで踊ったり、コントのようなことをしたりと、色々出番がある)、トイレに行っておくことにした。
 
それで廊下に出て(NHKホール自体は何度も来ているので)男子トイレに入ろうとしたら
 
「あんた、待ちなさい」
と年配の女性の声がする。
 
「はい?」
と言って振り向くと、ベテラン歌手の**さんだ。情報番組などで結構辛口のコメントをしている人なので、ちょっと怖い。
 
「そっちは男子トイレだよ。女子トイレが混んでいるからって、女の子が男子トイレに入っちゃダメでしょ」
と怒った顔で言っている。
 
「おはようございます、**さん。でも私男ですけど」
と葉月は一応主張してみる。
 
「何の冗談?君AKBか何かだっけ?」
「アクアのリハーサル歌手で今井葉月(いまい・ようげつ)と申します」
 
「ああ。アクアちゃんの?アクアちゃんまだ声変わりしてないから、女の子でないと、代理が務まらないよね。でもアクアちゃんは男の子でも、あんたは女の子なんだから、ちゃんと女子トイレ使わなきゃ。トイレまで代理しなくていいよ」
 
「はい、そうします。ごめんなさい」
と葉月は言い、仕方なく女子トイレに入った。だってこの人怖いんだもん!
 
女子トイレの中には他にも多数のタレントさんがいて、列が出来ていたものの葉月は誰からも咎められない。
 
それどころかそのAKB48の**ちゃんから
「葉月(はづき)ちゃんだったっけ?ね、ね、私、アクアちゃんのファンなの。サインもらえないかなぁ」
と言われ
 
「分かりました。今度聞いておきますね」
と笑顔で答えたりしていた!
 
ちなみに今井葉月の「葉月」は「ようげつ」と読むのだが、ほとんどの人から「はづき」と読まれてしまう!
 

2017年12月30日、今年のRC大賞が発表された。
 
今年の新人賞には、YS大賞の新人賞にも選ばれていたカノープス、愛's、の他白鳥リズム、ボニアート・アサド、カリビシャスの5組が選ばれ、最優秀新人賞はカリビシャスが獲得した。
 
「カリビシャスって何だっけ?」
とマリが小さな声で訊いたが
「私も知らない」
と私は答えた。
 
ステージでパフォーマンスをしていたが、全く知らない曲だった。昨年の新人賞・蝦口友華も全く聞いたことのない歌手で、その後も全く名前を聞かないので
 
「どのあたりで流行っているんだろうね」
と私は隣の席の松原珠妃とも話していた。
 

金賞に選ばれたのは下記の10組である。
 
アクア『憧れのビキニ』
AYA『ゴールドラッシュ』
品川ありさ『マイナス1%の望み』
タカシテナ『茶茶茶の茶』
津島瑤子『十和田湖に響く声』
松浦紗雪『橋の向こうで』
松原珠妃『ラヴァース・ワルツ』
三つ葉『大きな恋の物語』
山森水絵『リオの想い出』
ローズ+リリー『雪虫』
 
そして今年のRC大賞はタカシテナ『茶茶茶の茶』が受賞した。私は珠妃と顔を見合わせ
「知らない曲だね〜」
「私たち、流行に付いていってないのかしら?」
などと話していた。
 
そういう訳で今年、YS大賞とRC大賞の両方にノミネートされたのは
 
アクア・AYA・品川ありさ・ローズ+リリー
 
の4組であった。
 
品川ありさも、アクアを主人公とした映画(本人は出演していないが)の主題歌なので、アクアのパワー恐るべしという所である。
 
(それで今年はマリの方が私の2倍の収入があったのである!)
 

今年もKARIONは12月31日の国際パティオのカウントダウン・ニューイヤーライブ(12/31 12:00 - 1/1 12:00 の24時間ぶっ通しライブ)に出場した。
 
昨年は15:00-15:30の出演だったのだが、それでは厳しいので今年は13:00-13:30にしてもらった。
 
そちらが終わった後、私はすぐに染宮さんのバイクで浜松町駅まで送ってもらい、13:52のモノレールに飛び乗る。14:08に羽田空港に到着する。
 
なお、今回KARIONの他のメンバーは福岡には行かない。KARIONは1月2日に今日のカウントダウンライブと同じ会場、国際パティオでライブがあるので、年末年始はゆっくり休んでそれに備える。
 
この日は私は羽田を15:00のANA259に乗って17:00に福岡空港に到着した。車で博多ドームまで移動したが、ドームに到着したのは17時半で、既にかなりお客さんが入っており、もう前座が始まっていた。なお、マリやスターキッズ、その他の伴奏者は朝から福岡に入ったり、前日に入って福岡市内に前泊したりしている。
 
ちなみに今日のスケジュールはこのようになっている。
 
■前座
17:20-17:50 肥後ウィンドアンサンブル
18:00-18:30 背振山グランドオーケストラ
18:30-19:00 石川ポルカ with 信濃町ガールズ(司会:高崎ひろか)
19:00-21:00 桜木ワルツ・花咲ロンド・西宮ネオン・今井葉月(司会:姫路スピカ)
 
■本番
22:00-22:55 第1部
22:55-23:10 ゲストコーナー
23:10-23:59 第2部
23:59-_0:00 カウントダウン
_0:00-_0:20 ニューイヤー・ダッシュ
 
私たちの本番は22:00からである。23:59からカウントダウンをし、0:20くらいに演奏終了、0:30までにはスピーカーを止めることにしている。
 
今年アマチュア楽団が2つ入ったのは、元々熊本で予定して出演者を募集していたのが、途中で福岡に会場変更になったためである。話し合った結果、熊本の楽団と福岡の楽団に30分ずつ演奏してもらおうということになり、あらためて福岡の楽団で出演してくれる所を募集して、背振山グランドオーケストラが選ばれた。
 

石川ポルカは最初は1人だけで登場の予定だったが、5万人の大観衆を前に1人で歌うのがまだ怖いと言ったので、練習生たちの選抜チームと一緒に歌わせることにした。
 
「信濃町ガールズ」は仙台のクレールでも定演をしているが、基本的に中学生以下の練習生たちである。ガールズとは言っているものの、練習生の中には実は男子も居て、今回の選抜チームは女の子6人と男の子1人である。黒1点になったのは、まだ小学6年生の上田信貴。彼には
 
「他の子と合わせてスカート穿く?」
と訊いたものの
「ズボンがいいです!」
 
というので、彼だけショートパンツになった。
 
(仙台では、うまく乗せられてスカートを穿いて出演したこともあるものの、やはり恥ずかしかったですと言ったらしい)。
 
もっともショートパンツを穿いていても、色がおそろいなので、遠目には他の子と同じようにスカートを穿いているように見えるかも知れない。声もまだ声変わり前なので、他の子たちに違和感無く溶け込む声である。実際、仙台でスカートを穿いて出た時も、男の子が混じっていることに誰も気付かなかったようであった。
 
なお信濃町ガールズは大半が中学生で、小学生も上田君を含めて2名いるし、石川ポルカも中学2年生なので、彼女たちの出番は19時に終わるように設定した。2つの合奏団の演奏の間には入れ替え時間として10分設けているが、石川ポルカはグランドオーケストラの演奏が終わると、すぐに緞帳を落とした上で、その緞帳の前で歌う。
 
そして緞帳の裏では、楽団が楽器を持って退去してから、22時までの本番までの3時間半で、本番用セットが設営されるのである。
 
なお、石川ポルカたちも、その後に入る子たちも、この後は福岡市内に1泊して明日のアクアのニューイヤーライブにゲスト出演する。それで今年の§§ミュージックの年始の会は福岡市内のホテルで行われるということだが、全くご苦労様である。

石川ポルカに続いて2時間歌うのは、桜木ワルツ(♀)・花咲ロンド(♀)・西宮ネオン(♂)・今井葉月(多分♂)の4人である。この4人にはデュエットソング・BEST20というのを歌ってもらう。
 
今井葉月は女性と誤認されているケースが多いが、コスモスが真剣に本人に聞いてみた所、本人としては女の子になりたい訳ではないと言うので、このあたりで、この子は男の子ですよ、というのを一度提示しておこうというのも今回の企画には入っている。
 
ここで選んだ曲は、ここ20年ほどの間にヒットした(ローズ+リリー以外の)ツイン(以上の)ボーカル曲の中から、和泉・小風・美空・秋風コスモス・川崎ゆりこ・桜野みちるの6人が自分たちの好み!で選んだものである。実際にはコスモス・和泉以外の4人でかなり絞り込んだ後で、コスモスと和泉の2人が「これも入れてね」といくつか指定したものを取り込んで最終的には一番年上!の小風が決定したらしい。
 
■女声デュエット
ギミチョコ!!(BABYMETAL)
ドライフラワー(ClariS)
願い(Perfume)
浮舟(GO!GO!7188)
サラバ、愛しき悲しみたちよ(ももいろクローバーZ)
 
■男声デュエット
Blue Bird(コブクロ)
Days(Flow)
PIECES OF A DREAM(CHEMISTRY)
BRAND NEW WORLD(D-51)
大都会(クリスタルキング)
 
■男女デュエット
初恋峠でゲラゲラポー(キングクリームソーダ)
美女と野獣(Ariana Grande and John Legend)
サンドリヨン(Dios/シグナルP)
革命デュアリズム(水樹奈々×T.M.Revolution)
Timing(BLACK BISCUITS)
打上花火(DAOKO×米津玄師)
AM11:00(HY)
WINDING ROAD(絢香×コブクロ)
恋音と雨空(AAA)
ふたりの愛ランド(石川優子&チャゲ)
 

女声デュエットの歌はワルツとロンドで歌い、男声デュエットの歌はネオンと葉月で歌う。基本的に前半は女声デュエットと男声デュエットを交互に歌っていく。そして後半は男女デュエットの歌を一気に歌う。担当はコスモスたち6人の話し合いで次のように指名した。
 
初恋峠でゲラゲラポー ワルツ+ネオン rap:葉月 chorus:ロンド
美女と野獣 ロンド+葉月
サンドリヨン ワルツ+ネオン
革命デュアリズム 葉月+ネオン
Timing ロンド+ネオン
打上花火 ワルツ+葉月
AM11:00 ロンド+ネオン rap:葉月
WINDING ROAD ワルツ+葉月
恋音と雨空 全員
ふたりの愛ランド ワルツ・ロンド+ネオン・葉月
 
最後に『ふたりの愛ランド』を置いたのは、何と言ってもこの曲が初期のローズ+リリーの人気曲でもあったからである。
 
このBEST20の司会は姫路スピカが務める。昨年のカウントダウンではデビューしたてで前座のトリを務めたが、今年はサポート側に回る。ちなみにこの5人のデビュー順と年齢順はこのようになっている。
 
デビュー順 葉月 ネオン スピカ ロンド ワルツ
生年月日順 ワルツ ロンド ネオン スピカ 葉月
 
つまりデビュー順と生年月日順が、ほぼ逆という面白い組合せになっている。
 

なお、ワルツとロンドはだいたい1回交代くらいで歌えるのだが、女性1+男性2という構成の曲が結構あるので、ネオンと葉月は稼働率が高い。ラップの入る曲は葉月にラップをさせている。これは葉月がラップがうまいからである。
 
1曲だけ女性2人を休ませて、葉月に女性パートを歌わせた曲がある。負荷分散の関係でこういう所が出てしまったのだが、葉月の女声歌唱を聞ける唯一の曲となる。ついでにこの曲では葉月はドレスを着て女装していた!(ロンドに唆された?らしい)
 
「女性役だからドレス着なくちゃ」
と言われて、何の疑問も感じずに渡されたドレスを着たと言っていた。
 
葉月は声域の広いアクアのリハーサル歌手をやっているので、女声でも2オクターブ半くらいの声が出る。本来の男声でも2オクターブ近い声が出るので実は4オクターブ歌手である。歌手デビューさせてもいいのだが、本人はあまり野心も無いし、アクアに憧れていて、彼の影武者をしていたいというのでそちらに専念させている。
 
ところでロンドとワルツは2人とも
「ネオン君との歌唱はけっこう緊張するけど、葉月ちゃんとの歌唱はリラックスして歌える」
 
と今回の§§ミュージックのタレントたちを引率してきている川崎ゆりこに言っていた(コスモスは紅白歌合戦に出るアクアに付いている)。葉月の場合は、あまり異性として意識しないようである!それもあって、葉月を女装させたりしたようである。また今回私たちは、葉月・ネオン・上田信貴のために小型の控え室、他の§§ミュージックの女性タレントのために大型の控え室を用意していたのだが、葉月は男性用控え室があることに気付かず、スピカやワルツたちと一緒の控え室にいて、女子が着替える時は後ろを向いたり、目を瞑ったりしていたらしい。
 
「え〜!?男性用控え室があったんですか?」
と今回のイベントが終わった後で言っていた。
 

そして、後で葉月の“男装”に関するイベント参加者の声。
 
「葉月ちゃん低い声が出るんだね」
「きっとアクアと一緒に練習したんだよ」
「§§ミュージックには男性歌手が少ないから今日は男の子役をしたんだね」
「革命デュアリズムではちゃんと女の子の服を着て歌ってたし」
 
今回はコスモスの「葉月は男の子であることを提示する」という意図はあまり成功しなかったようである。
 

なお、この4人による歌唱は最初、女性デュオで威勢良く『ギミチョコ!!』を歌い、続けて比較的知られていると思われたコブクロの『Blue Bird』(アニメ『バクマン。』の主題歌。同名のいきものがかりの曲とは同名異曲)で男声デュオを始め、両者交互に歌って行ったので、最後は男声デュオが『大都会』を歌った次に男女ミックスの『初恋峠でゲラゲラポー』を歌った。
 
ここで『大都会』は超高音テナーの田中さんと低音ボイスの吉崎さんの対比が美しい曲であるが、これを葉月のソプラノとネオンのバリトンで歌っている。
 
それで。。。この曲を知らない若い人たちが、てっきり男女デュエットの曲と思い込んだようであった! つまり同性デュエットの曲は『サラバ、愛しき悲しみたちよ』で終わって『大都会』から男女デュエットに突入したように思ったようである。
 
ちなみにこの曲を「入れてね」と言ったのはコスモスである。
 
年代的には少し古いものの、男声ツインボーカルの曲としては名作であった。2010年にAcid Black CherryがBREAKERZのDAIGOをゲストボーカルに迎えてカバーしている。
 
実は和泉もバブルガム・ブラザーズの『WON'T BE LONG』(最近ではEXILE&倖田來未がカバーしている)を「入れてね」と言っておいたものの、小風が却下している!(実際問題として葉月にはあんな低い声が出ない。この曲は低音ボーカル2人で歌うのが格好いいのである)
 

さて、私は博多ドームに到着すると、増渕さん・風花・氷川さん・七星さんから色々報告を聞いた上で、少し仮眠させてもらった。
 
起きたのは21時すぎで、もう前座は終わっていた。どうも前座の演奏が終わって静かになった「環境の変化」で目が覚めたようである。私はトイレに行って来てから下着を交換して本番用衣裳をつける。マリは夕飯を食べた後、おやつを食べながら、明奈とずっとおしゃべりしていたようである。
 
「冬、晩御飯食べてないのでは?」
「食べるより寝ていたかったからね」
「おにぎりでも食べるといいよ」
と言って渡してくれるので
「ありがとう」
と言って1個食べて、お茶を飲んだ。
 

今回お願いした追加演奏者はこの人たちである。
 
知り合い!(9)
鮎川ゆま、鈴木真知子、近藤詩津紅、古城美野里、秋乃風花、村山千里、川上青葉、田中世梨奈・上野美津穂(青葉の友人)
 
風花は通常ローズ+リリーの演奏には参加しないことにしているのだが、今回は3つの曲でお願いした。鱒渕さんがいるので、風花が一時的にステージに出ていても何とかなる。
 
和楽器奏者(6)
箏.友見 三味線.恵麻 太鼓.鹿鳴 琵琶.風帆 尺八.明奈 胡弓.美耶
 
(担当は曲によって変動する場合もある)
 
ヴァイオリン奏者(8)
伊藤ソナタ・桂城由佳菜・前田恵里奈・佐藤典絵・富永英美・長崎詠子・荒井路代・生方芳雄
 
出演者はローズ+リリー2人、スターキッズ7人、追加演奏者23人の合計32人である。
 
なお、出演者には昨年同様、入退場や楽器の持ち替えの指示を個人別に表示するアース付きのスマホを渡しており、左手に巻き付けるか、首から提げてもらう。アースを付けておかないと、いくつか異常なエネルギーの高まりのある曲でスマホが壊れる危険がある。
 
(念のため予備を数個用意している)
 

生方さんはヴァイオリニストの黒1点だが、『同窓会』の収録に参加してとてもいい音を出していたので、可能だったらよろしくとアスカに言っていたら来てくれた。他の7人は白いドレスを着るが、彼は似たような感じでボトムがズボンになっているものを着てもらう。並ぶとあまり違和感が無い。
 
「今回こそ女装で頼むね、と蘭若先生から言われたので、ドキドキしてきたんですが、女装じゃなくてホッとしました」
などと彼は言っていた。
 
「女装が良ければ女装してもらってもいいよ。可愛くお化粧してあげるし」
などと政子は言っている。
 
「できたら勘弁してください」
 

青葉と世梨奈・美津穂は30日に小松空港から福岡空港に飛んできてくれた。遠くからの場合、前泊しておかないと怖いよね、などと私が言ったら
 
「ケイさんは当日の移動で大丈夫ですか?」
と訊かれてしまった!
 
ちなみに万一飛行機が飛ばなかった場合は新幹線で移動することにしていた。東京駅15:30の新幹線に乗れば、20:33に博多に着くのでそれで間に合う。
 
千里はお正月の全日本バスケット選手権(皇后杯)に出場するが、今年は1月4日からなので、12/31-1/01のライブに出るのは構わないのだそうだ。彼女も前日に福岡に入って前泊である。
 
今回本番の出演者が32人、§§ミュージック関係が15人だが、レコード会社関係者、大道具係を含む★★クリエイティブのスタッフ、音響系・照明系スタッフ、事務所関係者など入れると軽く100人を越す。その内半数ほどが福岡市内に前泊している。
 

21:00に前座が終わり、1時間の休憩タイムになる。この間に観客はトイレに行ったり出店で食糧を確保したりするが、トイレも出店も長蛇の列である。
 
今年は屋外ではないので、個別のヒーターが必要なほど寒くは無いものの、去年まで結構好評だったローズ+リリーのロゴ入り、シリアルナンバー入りの座布団は全席に置いている。
 
楽団の演奏が終わった後、19:00から始まったセットの設営はだいたい20:30までには終わり、その後、本番用の楽器を設置した。前座が終わった所で、演奏者に一度ステージに入ってもらい、実際の音出し確認をする。なお、ステージへの出入りのリハーサルは前座と並行して控室に「仮ステージ」をマスキングテープで設定して、行われていた(私は寝ていたが!)。
 

21:45。1ベルが鳴り、あと15分で公演が始まるので席にお戻り下さいというアナウンスが流れる。
 
21:59。2ベルが鳴る。客電が落ちる。客席のざわめきはなかなか消えない。
 
22:00ジャストにライブの始まりを告げるようなトランペットのファンファーレが鳴り響き、それに続いて、多数の楽器の音が鳴り始める。
 
客席から大きな歓声と拍手が起き、緞帳が上がる。緞帳が上がってみると大きな風船があり、それが割れるとそこから私とマリが出てきて、最初の曲『硝子の階段』を歌い始めた。
 
最初にファンファーレのトランペットを吹いたのは、香月さんと酒向さんだが、酒向さんはすぐにトランペットを置いてコントラバスを弾き始めている。
 
マリ&ケイ名義であるが、実際には青葉が「ケイ風」に書いてくれた曲を千里が「まるでケイが書いたように」調整した曲である。そのアコスティックの優しい音に包まれながら、私たちはこの曲を熱唱した。
 

なお、この日のセットは『郷愁』をイメージして、日本の昭和30-40年代頃の風物が並んでいる。
 
全体はドラえもんに出てくる土管の置いてある空き地のような感じに作られている。土管もちゃんと3本「品」の形に置かれている。
 
赤いポスト、クリーム色の不透明の電話ボックス、三輪自動車(1/3スケールで作ってみた)、歩行器や乳母車(現代のベビーカーとはかなりフォルムが違う)などが並び、左手には中身の見える家のセットがあって、家具調のテレビ、蚊帳(かや)、フラフープ、だっこちゃん、昔風のかき氷器、湯たんぽ、昔風のラジオなど(このあたりは見えやすいように少し巨大に作った)、室内用ブランコ、カタカタ、木馬などが並んでいる。
 
このあたりのデザインを監修してくれたのは○○プロの丸花社長である。丸花さんは春の企画会議に出席できなくてごめんねと言っていた。あの時期は一時的に入院していたのである。
 
ドームのアストロビジョンには、演奏中は私たちや伴奏者たちの様子が映されているのだが、私たちがMCをする間には、昭和の懐かしい風物などの写真も映すようになっている。
 

演奏が終わって拍手が来る。私たちはお辞儀をした。
 
「こんばんは!ローズ+リリーです」
とマリと2人で挨拶する。
 
今日の私とマリの前半用の衣裳は、ふたりともボーン入りで裾が広がった膝丈のスカートである。例によってマリが白で私が赤である。
 
「年末の慌ただしい中、ローズ+リリーのカウントダウン・ライブに起こし頂き、ありがとうございます。これから0時のカウントダウンまで走り抜きましょう」
 
「今歌った曲は現在制作中のアルバム『郷愁』に収録予定の『硝子の階段』という曲です。曲のアレンジ自体が、ちょっと昔風ですよね。私も郷愁というタイトルに刺激されて少し古い感じのアレンジを試してみました」
 
「だけど福岡は食べ物が美味しくていいね」
とマリは言う。
 
「マリは私より早く福岡に入ったもんね」
 
「うん。朝一番に入って、朝御飯におきゅうとと辛子明太子を食べたし、お昼は長浜ラーメンを食べたし、おやつに、ひよこ・筑紫餅・花千鳥・博多の女を食べて、晩御飯は美味しいお刺身に、水炊きを食べたし」
 
「いつもながらよく入るね」
と私が言うと、客席でも忍び笑いの声がかなりある。
 
「明日はウナギのセイロ蒸しを食べなければ」
などと言っている。
 
「おせちは?」
「もちろん食べるよ。お雑煮もね。九州に来たら、カツオ菜のお雑煮が楽しみ」
 
政子は長崎県の諫早市出身なので、お雑煮にカツオ菜を入れる流儀を知っている。もっとも小さい頃はそれが嫌いで、よけてお餅だけ食べていたらしい。
 

「ほんとによく入るね。それでは演奏者の紹介をします」
 
「ヴァイオリンソロ:鈴木真知子」
「ヴァイオリニスト:伊藤ソナタ・桂城由佳菜・前田恵里奈・佐藤典絵・富永英美・長崎詠子・荒井路代・生方芳雄」
 
私が最後に男性っぽい名前を呼んだので少し客席がざわめいている。普段は女性ヴァイオリニストで揃えることが多いので、今回は男性が入っているのに少し驚いたのかも知れない。ステージ近くの席からは彼がズボンを穿いているのが分かるのだが、遠くからは他のヴァイオリニストのドレス姿とあまり区別がつかず、男性名っぽく聞こえたけど女性なのだろうと思われた可能性もある。
 
「フルート:醍醐春海・田中世梨奈・秋乃風花」
「ピアノ:古城美野里」
「クラリネット:近藤詩津紅、上野美津穂」
「篠笛:大宮万葉」
 
醍醐春海や大宮万葉という名前に反応したかのように拍手が来るので、千里たちも手を振っていた。
 
「テナーサックス:鮎川ゆま」
 
大きな拍手が来る。ラッキーブロッサムのフロントマンとしての活動で、ゆまの名前は周知度が高い。
 
「琵琶:若山鶴風、箏:若山鶴朋、胡弓:若山鶴宮、和太鼓:若山鶴鹿、三味線:若山鶴朝・若山鶴鳴、以上は若山流鶴派の皆さんです」
 
拍手がある。
 
「アコスティック・ギター:近藤嶺児、ヴィオラ:鷹野繁樹、チェロ:宮本越雄、コントラバス:酒向芳知、マリンバ:月丘晃靖、トランペット:香月康宏、アルトサックス:近藤七星、以上スターキッズ&フレンズ」
 
ここで大きな拍手がある。
 
「そしてボーカルは私ケイと」
「私マリ」
と私たちは各々言い、一緒に
「ローズ+リリーです」
 
と言うと、更に大きな拍手があった。
 
なお、この曲は最初の曲なので、演奏者を全員紹介できるように、全員を参加させたスペシャル・アレンジにしていた。
 

「では次の曲は、今年のRC大賞の金賞受賞曲『雪虫』」
 
かなりの演奏者が下がり、青葉は鈴、明奈はヴィブラスラップを持つ。そして演奏が始まった。静かな曲で、不思議な物悲しさがあるので、客席では何か悲しいことでも思い出したのか、涙を浮かべながら聴いている客もあった。
 
なお明奈が持っているヴィブラスラップであるが、キハーダの代用である。音源制作の時は「ギシャーン!」という感じの音を入れるのに★★レコード所有のキハーダを使ったのだが、今回借り出すことができなかったので、代用品として一般的なヴィブラスラップを使用した。
 
(水戸黄門や与作に入っている音である)
 
キハーダは馬の下顎の骨をそのまま使用した楽器なので、工業的に生産できるものでは無い。良い音の出るものは貴重である。それで鉄と木で作られたヴィブラスラップで代用することが多い。
 

その後は、YS大賞の優秀賞を受賞した『夜ノ始まり』、その曲と同じく昨年のアルバム『やまと』の中から『寒椿』、一昨年のアルバム『The City』から『灯海(とかい)』、『振袖』より表題曲『振袖』、と演奏していった。
 
『寒椿』『灯海』『振袖』は私の声域を上から下まで使う曲である。
 
今回青葉は主として龍笛をお願いしているのだが、灯海だけは青葉にはサックスを吹いてもらい(七星・ゆま・青葉の三重奏)、千里に龍笛を吹いてもらっている。サックス奏者としてもう1人連れていくつもりだったのが、急にその人が行けなくなってしまったので、割り当てを変更し、その楽譜を風花に千里のアパートまで持って行ってもらったのだが、ちゃんと間に合ったようである。
 
なお、千里が龍笛を吹くと、例によって雷が発生していた!(海に落ちたようであった)
 
この後、明日発売予定の『Four Seasons』から『春の詩』『縁台と打ち水』、先日発売した『青い豚の伝説』から『青い恋』『銀色の地平』と演奏して、前半の演奏を終えた。
 
『縁台と打ち水』では、川崎ゆりこと桜木ワルツが将棋盤を持って出てきて将棋を指し始め、バケツとひしゃくを持った鮎川ゆまが打ち水をするような仕草をして、歓声があがっていた。
 
なお『Four Seasons』は明日発売であるが、実際にはもう今日の午後くらいから一部のショップには並んでいるし、この会場でも生写真付きのスペシャル・パッケージを販売している。
 

前半の演奏を終えて、私たちが下がった後、登場したのは桜木ワルツである。
 
「みなさん、こんばんは」
と言うと、観客から大きな声で
「こんばんは」
と返ってくる。
 
「前座で2時間歌って、さっきゆりこさんと将棋指していたのに、またしゃしゃり出てすみません」
などとワルツは言うが
 
「何度でも出てきていいよー」
と声がする。ワルツはお辞儀をする。
 
「将棋はどっちが勝ったの?」
という声が飛んでくるが
「すみませーん。私、将棋は駒の動かし方もよく分かってなくて、桂馬を横に動かして叱られました」
とワルツが言うと、笑い声がある。
 

「でも前座に出ていた女の子の中で、実はこの時間帯に出てこられるの私だけだったんですよね」
などとワルツは言っている。
 
「信濃町ガールズは小学生から中学生、ポルカちゃんが中学2年、葉月ちゃんが中学3年、スピカちゃんが高校2年、ネオン君、ひろかちゃん、ロンドちゃんが高校3年。それで私だけ去年高校卒業しているので、夜10時以降も出演できるんですよ」
 
客席からは「へー」と言った声が聞こえる。女の子の年齢というのは結構分かりにくい。特にスピカやひろかはしっかりしているので、年上に見られがちである。
 
「あ、女の子と言っちゃったけど、男の子も2人混じってましたね」
とワルツが言うと、笑い声がある。
 
この『男の子が2人』というワルツの発言は後でけっこう議論を呼んだ。ネオンはいいとして、あと1人が分からないというものである。かなり議論されたあげくひょっとしたら信濃町ガールズの中に、実は男の子という子がいたのかも、などという結論になった。上田君はショートパンツを穿いていたのだが、遠目にはスカートとあまり区別がつかなかった。ワルツ本人は実は上田君のことを忘れていて、ネオンと葉月で2人と思ってしまったのだが!
 
「そういう訳で、しばし私の歌にお付き合い下さい。持ち歌が無いので先輩たちの歌ばかりですが」
 
と言って、ワルツはマイナス1音源で、コスモスやゆりこが出している曲を歌い始めた。
 

ワルツが歌っている間に私たちは服を着替えて、飲み物を取る。マリはもつ鍋を頼んでいたようで、その鍋を両手で持つと、まるでスープでも飲み干すかのように、飲んでしまった!
 
「もつ鍋って飲み物だったのか・・・」
という声があがる。
 
「知り合いでカレーも飲み物だと言っていた人がいる」
と千里が言うと
 
「うん、カレーも飲み物」
とマリは言っている。
 
「でも、もつ鍋飲んだから元気いっぱい!後半も頑張ろう」
「よし、頑張ろう」
 
「ケイも少しカロリー取った方がいい。カロリーメイトかチョコレートでも食べる?」
「じゃチョコレートで」
 
それで私はガーナミルクチョコを1枚食べてから、後半に備えた。
 

ワルツが3曲歌って、お辞儀をして下がる。
 
それと入れ違いにケイとマリが出てくるので、拍手が沸き起こる。それでケイがピアノの所に座り、マリがその左隣に座ってケイがピアノを弾き始める。
 
『A Young Maiden』の前奏なので、凄い拍手が起きる。
 
以前は随分演奏した曲だが、さすがにこの曲を27歳の私とマリが歌うのは気恥ずかしいので、最近のライブではあまり演奏していない。それだけにファンとしては、嬉しい曲である。
 
ところが歌い出してみると、声が違うので騒然とする。
 
だいたい男の声だ!
 
客席がざわめく。ふたりの歌は充分上手いのだが、少なくともケイとマリの声ではない。アストロビジョンはわざと遠くからズームアウトした状態でステージ上のふたりを映しているので、その距離からは、歌っているのはケイとマリに見えるのに。
 
この時、ふたりが性転換したのか!?と悩んだ人もあったという。
 
この曲を最後まで歌った所で、戸惑いながらも拍手が送られる。
 
いや、充分拍手をもらえるだけの上手な歌であった。
 
ケイがピアノの椅子から立ち上がってマリと一緒に前面に出てきて挨拶する。
 
「こんばんは!今のは高校時代に書いた曲『A Young Maiden』でした。私たちも年は取ってしまいましたが、若い頃の心を忘れないように音楽活動をしていきたいと思います。それでは次の曲ですが」
 
と“ケイ”が言ったところで、“本物の”私とマリが出て行く。
 

「君たちは誰?」
と私が訊く。
 
「私たちはローズ+リリーです!」
とふたりは声を合わせて言う。
 
このあたりで『A Young Maiden』を歌った2人の正体が分かった人がかなり出たようである。
 
「私たちもローズ+リリーなんだけど」
 
「あら、だったら各々2人に分裂したのかしら?」
などと向こうの“マリ”が言っている。
 
「だったら、便利だから、このまま分裂したままお仕事しない?」
「そしたら、忙しさが少しは緩和するかもよ」
などと向こうは言っている。
 
「私たちの分身ならありがたくお仕事してもらうけど、君たちだいたい女の子なの?」
と私は訊く。
 
「あら、私は女よ」
と“ケイ”。
「私も女の子よ」
と“マリ”。
 
このあたりで観客はもうみんな忍び笑いをしている。
 
「本当に女の子だったら、おっぱいがあるはずですね」
と司会の川崎ゆりこが出てきて言った。
 
「あら、おっぱいくらいあるわよ」
と“ケイ”。
「確かめていいですか?」
とゆりこ。
「どうぞ」
 
それでゆりこが2人に寄って胸に触る。
 
「ふたりとも、おっぱいが無い。あなたたち男でしょ?」
 
「あらぁ!バレちゃった」
と2人は言った。
 
「あなたたちは本当は誰?」
 
「ごめんなさーい。私たちは本当はケイナと」
「マリナーで〜す」
「ふたり合わせてローザ+リリンでーす」
 
「ケイナ、バレちゃったから退散しよう」
「そうしよう」
 
そう言うと、ふたりは小走りに走って、上手の袖に消えた。
 
「お疲れ様でした!」
と言って、ゆりこが拍手をするので、観客も拍手で送ってあげた。
 
 
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【夏の日の想い出・郷愁】(6)