【夏の日の想い出・郷愁】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-12-13
10月23日(月)、私たちが作業をしていたスタジオに友人の詩津紅と妹の妃美貴が訪れた。
「冬〜、妹の会社が倒産しちゃったのよ。何か仕事ない?」
と詩津紅が言う。
「ある!」
と私は言った。
妃美貴は私たちや詩津紅の4つ年下で、2014年3月に高校を出た後、デザイン系の専門学校に2年間通った。その間、政子の自動車学校通いの送迎を頼んだり、海外ツアーの際の助手をしてもらったりしていた。2016年4月に不動産会社に就職して事務系の仕事をしていた(彼女は簿記2級と英検2級にMOSを持っており、TOEICは750点らしい。会社在職中に大型自動車免許と宅建も取得した)のだが、そこが10月中旬に倒産してしまったという。
「退職金もいつもらえるか分からないし、今月の給料も出るとは思えないので、月末払いのクレカのローンが払えなくて。払えなかったらブラックリストに載せられちゃうし。でも姉もお金無いよというもので」
などと妃美貴は言っている。
「だったら給料前貸ししてあげるよ」
「助かります!」
「妃美貴ちゃん、InDesign使えたよね?」
確か以前入力を手伝ってもらったことがあった記憶があるのである。
「専門学校では習ったんですけど、卒業した後は使ってないです」
「だったら1時間で思い出して」
「はい!」
サマーガールズ出版の端末にはInDesignを入れた端末が数台あるのだが、それ以外で自宅作業用と練習用を兼ねて、妃美貴のパソコンにも1アカウント入れて使ってもらうことにした。
「何をすればいいんですか?」
「CD/DVDに封入するパンフレットとかを作って欲しいんだよ。今実はシングルとアルバムを同時進行で作っていて。アルバムのパンフレットは10月29日までに完成させなければいけない。シングルのパンフレットは10月31日までに完成させなければならない」
「ひゃー!」
「アルバムのパンフレットは原稿を絹川和泉がワープロで書いてくれている。それに写真とかをプラスしてInDesignのファイルとしてまとめる必要がある。詩津紅、どういう写真を選ぶとかを見てあげてくれない?選択は詩津紅に任せるから。悩んだら和泉に訊いて」
「分かった」
「シングルの方はゼロから作らないといけない。歌詞は風花からデータをもらって。ライナーノートを書かないといけないんだけど、それ原稿自体を妃美貴ちゃんに書いてもらえないかな?」
「頑張ります!」
そういう訳でこの戦場のように殺気立った現場に貴重な戦力が加わって『青い豚の伝説』と『ランチセット2017』のプレス用データは無事作り上げることができたのである。
妃美貴はサマーガールズ出版の社員番号5番になった(1=中田政子、2=唐本冬子、3=秋乃風花、4=増渕水帆、5=近藤妃美貴)。
11月1日に『青い豚の伝説』のマスターを工場に入れた後、和泉が言った。
「蘭子、KARIONのツアーやるからね」
「え〜〜〜!?」
「だってKARIONはデビュー10周年だから、その記念ツアーだよ」
「そっかー」
「でも大々的なツアーをするとさすがに蘭子が死にそうだから、全国5ヶ所のツアーをすることにした」
と言って和泉はKARIONのツアー日程を見せた。
1.2(火) 東京国際パティオ 5000
1.3(水) 大阪ビッグキューブ 2700
1.5(金) 福岡ムーンパレス 2300
1.6(土) 名古屋チェリーホール 3000
1.7(日) 札幌きららホール 2000
「まあ正直、KARIONで集客できるのは2000-3000人なんだよ。本当はそれで10ヶ所くらいでやって合計動員3万人くらいにしたいところだけど、それでは蘭子の体力がもたない。だからギリギリの妥協点でこういうことにした」
「ごめんね〜」
「ちなみにチケットは既に発売して全てソールドアウトしてるから」
「東京の5000売れた?」
「売り切るのに1週間掛かったけどね」
「ああ」
「他の所はだいたい2〜3日で売り切れている」
「でもありがたい」
「うん。だから12月20日くらいからはKARIONの練習に入ってもらうからね」
「ひゃー!」
これはローズ+リリーのアルバム制作の都合で実際には23日からKARIONの方に入ることにした。
私たちは10月下旬に『青い豚の伝説』の音源を作り上げた後、続けて『Four Seasons』の制作に入った。
『郷愁』の制作延期が決まった10月10日の時点では『Four Seasons』は下記の4曲で構成するつもりだった。
『春の詩』、『青い浴衣の日々』、『村祭り』、『冬の初めに』
ところが『青い浴衣の日々』(マリ&ケイ名義だが実は七星作)は『青い豚の伝説』に転用してしまった。そこで代わりに『縁台と打ち水』(葵照子・醍醐春海)を入れることにした。つまりこういう構成である。
春『春の詩』(マリ&ケイ)
夏『縁台と打ち水』(葵照子・醍醐春海)
秋『村祭り』(七星)
冬『冬の初めに』(マリ&ケイ名義だが実は醍醐)
私たちは『郷愁』の制作は当面休日組で、『Four Seasons』は平日組で進めることにした。私・マリとスターキッズは月曜の午後から金曜のお昼までは新宿のサブスタジオに入り、金曜の夕方から月曜の朝まで郷愁村に泊まり込むことにする。
『春の詩』は力強いヴァイオリン・ソロと、柔らかいフルート2重奏が入っている。このヴァイオリン・ソロを弾いてくれたのは田中成美ちゃんで、彼女は赤羽駅近くの高校に通学しているので、学校が終わった後、夕方から新宿のスタジオに来て、ヴァイオリンを弾いてくれた。
フルートは実は田中世梨奈・久本照香の2人が“リベンジしたい”と言って吹いてくれた。
この2人の分の収録作業は青葉に見てもらって金沢のスタジオでおこなっている。前日までに出来た音源を★★レコードの氷川さんの部下、秩父さんがデータで持って新幹線で金沢に行き、田中さんと久本さんのフルート、それに上野美津穂さんのクラリネットを入れてくれた。田中成美ちゃんにしても、金沢組3人にしても、8月の音源制作が凄く不本意だったので、これでスッキリしたと言っていた。
また青葉も8-9月の音源制作に参加できなくて申し訳無く思っていたということで、これに参加できたのでホッとしたらしい。
この歌には箏の音も入っているが、これは従姉の今田友見(槇原愛たちの母)に入れてもらったが、どうも風帆伯母に頼まれて、今度はちゃんとやっているか様子を見に来た感じもあった。
『春の詩』のPVには満開の桜の下を私と政子が歩いているかのような情景が映っているが、実はこの桜は10月中旬オーストラリアで撮影した。南半球のオーストラリアでは10月に桜が満開になる所がある。
但し実際に桜の下を歩いているのは、実は姫路スピカと今井葉月の2人である。彼女たち(正確には彼女と彼)が偶然空いていたのと、ふたりが先日映画の撮影で香港に行ったのでパスポートを持っていたのでお願いした(オーストラリアへの渡航にはETASが必要なのですぐに取得してもらった)。
一方私とマリはふたりと同じ衣装を着けて、東京近郊の公園を散策しているところを撮影している。実は公園の許可を取って、フェイクの桜の花びらを周囲に散らして撮影していたりする(後で掃除機を使って完全に回収した)。このふたつの映像をうまくつなぎ合わせて、まるで私たちが桜の下を散策しているかのような映像を作り上げたのである。
実は映像の中で近付いて前から撮った映像は私たちだけで、スピカと葉月は遠くから撮った映像と後ろ姿しか映っていない。私が167cmでマリが164cmで身長差3cmであるが、スピカは161cm, 葉月は158cmでこちらも身長差3cmと偶然にも身長差が等しいので、違和感の少ない映像になった。
ところで葉月は話が来た時
「え〜?ボク女の子役なんですか?」
などと言ったらしいが
「何を今更!」
と言われたという。
彼は実際問題として少女俳優と誤解されていることが多く、来るファンレターの大半が男の子かららしい。「彼女になって欲しい」などと書かれているものもあるとか。
「ファンの夢を壊さないように手術して本当に女の子になっちゃう?」
などと言われると
「どうしよう?」
とマジで悩んだりしているのが葉月らしい。
『冬の初めに』には千里の龍笛をフィーチャーするつもりでスコアを書いていたのだが、当の千里から、ここはフルートにしたいという申し出があった。この曲は元々マルセイユの夕暮れの風景を描いたものなので、龍笛よりフルートの方が合うというのである。
それで基本のスターキッズの演奏(Gt/B/Dr)と、私単独の仮歌を入れた状態で、実際に千里が龍笛とフルートで同じ旋律で吹いてくれた。
使用した楽器は、龍笛は千里が高校の時以来愛用している煤竹製の龍笛と、やはり高校時代に知人からもらったというグラナディラ製の木管フルートである。
私たちは2つの音源を聴き比べた。
「フルートが良い」
というのが全員の意見だった。
「フルートだったら、このパート、あらためて七星さんが吹きます?千里からもフルートを採用するなら、七星さんに吹いてもらった方がいいと思うと言われているんですが」
「いや、これは千里ちゃんの音を活かしたい。実際にその情景を見た本人の音に私は叙情性でかなわない」
と七星さんが言ったので、ここはこの千里のフルートを活かすことにし、七星さんはサックスを入れることにした。
七星さんはフランソワ・トリュフォーの映画を5本見てフランスの頭にしてからこの曲のサックスを吹いてくれた。
そういう訳でこの曲はちょっとフレンチポップスっぽいテイストの曲に仕上がったのである。過去のローズ+リリーの曲にはあまり無かった趣きだったので、結構話題になることになる。
この曲のPVは10月に旭川で撮影していたものを素材とした。
ちょうどうまい具合に旭川の市街地で雪が降ったので、その情景や、旭岳の冠雪の情景を、鏡池の所で撮っている。このビデオには、過去にローズ+リリーのPVに何度か出ているムーンサークルの2人に旭川に行ってもらい、できるだけ暖かい格好をして、雪のちらつく街を歩いている情景なども撮影している。
ムーンサークルの2人がお店ですき焼きを食べている映像があり、続いて私とマリも同じすき焼きを食べている映像、私たちとムーンサークル4人並んだ映像が続くが、私たちに絡む部分は実は東京で撮影したものである。ちゃんとつながるようにするため、旭川の撮影の際、こちらで用意した食器を持ち込んで、それに盛ってもらって撮影しておいた。
『村祭り』はほぼスターキッズのみで演奏している。
一応電気楽器(近藤さんのエレキギターと鷹野さんのベース)で演奏しているが、篠笛(篠竹製・ドレミ調律)を七星さんが吹き、酒向さんにはドラムスの代りに2種類の鉦(かね)、3種類の和太鼓を打ってもらっている。鉦と太鼓をまるでドラムスセットのように組んだものを使って演奏しており、私たちはこれを『和ドラム』と称している。
間奏部分には樹脂製の“囃子”用篠笛(等間隔に穴が開けられたもの。音階になっていないので独特の趣きがある)と神楽鈴を入れ、またコーダにはシャモジ(桜製)を打つ音が入っている。囃子用篠笛は風花が吹いているが、神楽鈴とシャモジは実は見学がてら差し入れを持って来てくれた丸山小春と北川博美(旧姓南野)を捉まえて参加してもらった。なお丸山小春は、本名が深草小春らしい「謎の男の娘」さんとは別人である。
小春と博美は私たちの大学時代の友人で、一時期私と政子の影武者街頭ライブをやってもらっていた。小春と博美が歌っているように見せかけて、実は観客に紛れた私とマリが歌っていたのである。
博美は街頭ライブの時はカホンを打っていたが、元々リズム感が良いのでシャモジの担当にし、小春に神楽鈴を振ってもらった。小春は街頭ライブの時はギターを弾いていた。
博美は昨年10月に結婚したばかりの新婚さんなのだが、ふだん私の楽譜の清書係もしてくれている。6−8月は『郷愁』の制作で彼女もかなり手伝ってくれた。彼女もあの時期は結構な疑問を感じながら制作に参加していたらしい。
もっとも現在妊娠9ヶ月で、大きなお腹を抱えている(予定日は12月上旬)。
「博美、赤ちゃんは大丈夫?」
と小春から訊かれていたが
「平気平気。音楽は胎教にもいいしね」
と博美は答えていた。
『村祭り』のPVについては、『郷愁』用に撮影していた映像を素材の一部として再利用した。
栃木県内の小さな町で今年8月に行われた、昭和40年代を思わせるようなお祭りを撮影した映像があったので、その祭りの映像を組み込み、私とマリを夜景の中で撮影してミックスしている。私とマリが屋台の並ぶ前を浴衣を着て歩いている様子はセットを作って撮影した。ブルーバック合成だと影などが不自然になるというので、ここはこだわってビデオを作成している。屋台の売り子を演じているのは、実はスターキッズのメンバーである。
『縁台と打ち水』は、三味線と和太鼓をフィーチャーしている。三味線は忙しい所を槇原愛にお願いした。和太鼓も妹の篠崎マイが打ってくれた。
曲の中にパチッ、パチッという音が入っているが、これは将棋盤に駒を打つ音と碁盤に石を打つ音の両方を使用している。この音は実際のプロの将棋棋士と囲碁棋士にお願いして打ってもらった音を収録して使用している。
この曲のPVは実際に郷愁村のマンション1階の掃き出し窓(床まである窓)のそばに縁台を設置し、打ち水をしている所、縁台で囲碁や将棋をしている所を撮影している。
ここで将棋を指しているのは私と青葉(ふたりとも小学生の頃、将棋をしていた。特に青葉は将棋部で東北大会だかまで行っていると聞いた)だが、私は長らくやっていなかったので、簡単に負けてしまった。どうも青葉も途中で手加減し始めた感じもあったのだが、局面が挽回不能だった。
「香落ちで再戦する?」
と七星さんに訊かれたが
「いや、これは多分4枚落ちくらいにしないと、勝負にならないし、対戦中の表情とかが撮れていれば充分だと思う」
と私が言い、再戦はしなかった。実際観戦していて、かなり棋力があるっぽかった丸山アイが
「たぶん青葉ちゃんは初段レベル、ケイちゃんは3〜4級レベル」
と言っていたので、私が言った《4枚落ち》が本当に妥当だったかも知れない。
囲碁の方が凄いことになった。
囲碁を打ったのはマリと千里であるが、実はふたりとも段位の免状持ちである。マリが二段で千里が初段なのでマリが「石を置く?」と訊いたが千里は「一段差だから、置き石無し・コミ無しで私が先手でいい?」と言い、それで対決した。
(この場合、持碁(引き分け)になったら白勝ちとするルールである。囲碁は黒を持つ先手が絶対有利なので、最終的に獲得した目の数に、後攻の白が6.5目の“コミ”と呼ばれるハンディを加えた数で勝負とする。しかし対戦相手と実力差がある場合は、コミを使用せず、1段差なら下手が先攻、2段差以上の場合は段差に応じた黒石の“置き石”をして上手の白が先攻で試合を始める)
2人の対局は白熱した熱戦になった。マリも千里もかなりマジになっていたが、最後はマリが1目差で勝った。実は途中で千里が投了しようとしたのだが、七星さんが「映像撮りたいから最後まで打って整地して」と言ったので最後まで打ったのである。ちゃんと整地してみると、マリの1目差勝ちであった。
「私は負けたと思ってた」
とマリが言ったが、
「途中で全然かなわないと思った」
と千里は言っていた。
白の1目勝ちということは、これがコミありの対局なら白の7目半勝ちである。
ふたりとも対戦中の顔が物凄くマジだったので、PVの映像もいいのが取れたし、盤面も品質が良かった(と丸山アイが言っていた)ので、途中の攻防の所も、整地する場面も映像として素敵であった。私と青葉の将棋の盤面も使用したが「縁台将棋らしいヘボ将棋だね」などと鷹野さんは言っていた。
なお4人とも浴衣を着て撮影しているが、裏フリースのものを使用し、カメラに映らない所でストーブを焚いている。
着ていた浴衣の模様は、私は白地に赤のバラ、マリは赤地に白の百合、青葉は灰色地に青い柊、千里は青の地に黄色いヒマワリであった。
なおマリと千里の棋力について丸山アイは
「マリちゃんは4段の免状を申請してもいいと思う。千里ちゃんも3段を申請していいと思う。何なら誰かプロ棋士に打ってもらって段位認定してもらうといいと思うよ」
などと言っていたので、実際に持っている免状より高い実力をふたりとも持っていたようである。
「アイちゃんは免状持ってるの?」
「免状代がもったいないから申請してない」
「なるほどー」
アイは囲碁も将棋も六段クラスらしいが、免状を申請するには囲碁が216,000円、将棋が270,000円かかる。特に五段を持たずにいきなり六段を申請する場合は飛び付き料が掛かって、囲碁226,800円、将棋324,000円となる。高額なので、実際に六段の実力があっても申請しない人は物凄く多い。
そういう訳で『Four Seasons』の音源制作は『青い豚の伝説』の制作の後から始まり、主として平日だけで次の日程で完成した。
11.06-09(月〜木) 『春の詩』
11.13-16(月〜木) 『冬の初めに』
11.20-22(月〜水) 『村祭り』
11.27-30(月〜木) 『縁台と打ち水』
この後は12月4-5日に最終的なミクシングとマスタリングを行い、5日夕方にはマスター音源が完成した。一方PVをまとめる作業は詩津紅・妃美貴の姉妹と風花の3人が中心に進めてくれた。また封入するパンフレットの制作も妃美貴がやってくれた。
全ての作業は12月10日までには完了し、すぐにプレス工場に持ち込んだ。発売は1月1日とすることにし、カウントダウンライブの会場でも、生写真付きスペシャルパッケージで販売することにした。
ところで郷愁村には11月3日(金・祝)から、丼屋さんがオープンした。
若葉が所有しているトレーラーショップのひとつをここに持って来て、制作をやっている期間の金曜午後から月曜昼までの限定で営業することにしたのである(営業許可は正式に取得した)。
といっても実際問題として、採算が取れるほど客が存在しないと思われたが、若葉はそもそも道楽でトレーラーレストラン《ムーラン》を経営(?)しているので、収支など全く気にしない。
それでも娯楽のない場所なので、自分の出番がない間、ここに来てコーヒーなど飲みながら、おしゃべりしているミュージシャンやスタッフが居て、ショップは常に客が居る状態になっていた。そもそもマリ自身がスタジオよりここにいる確率が高かった!
営業時間は10時から18時までで、14-15時の1時間はスタッフ休憩のため休業である。その時間帯は店舗自体には入れるがスタッフは応対しない。もっとも勝手に道具を使ってコーヒーを入れて、所定の料金を置いて行く客(?)も出てきたので、結局ドリップコーヒーについては、24時間セルフサービスOKということにして料金350円(ブルマンは500円)も自主的に用意した菓子箱を転用した料金箱に入れて行ってということになった。
(マリ・風花・七星・増渕・妃美貴の5人が合鍵を持ち、この中の誰かはお店に居る前提)
一応メニューは、牛丼、天丼、親子丼、カツ丼、スキヤキ丼、中華丼、天津丼、麻婆丼、カレーライス(辛口・中辛・甘口)、ハヤシライス、ロコモコ、ビビンバ、といった所に、ドリップコーヒー、カフェオレ、エスプレッソ、カフェラテ、それに紅茶である(ミルク・豆乳・砂糖は自由に追加可能)。
例によって丼物の具はファミレスチェーン・ブルーフィンのセントラルキッチンから配送してもらっている。
コーヒー豆は若葉の古巣であるメイドカフェ・エヴォンから分けてもらっているが、ブラジル・サントス、コロンビア、キリマンジャロ、スマトラ・マンデリン、ニューギニア・ブルーマウンテン!、ハワイコナ、モカブレンド、オキナワ!などと豆を揃えている。
(ニューギニアでもブルーマウンテンは栽培されているが、日本にはほとんど輸入されていない。日本に入ってきているブルーマウンテンはほとんどがジャマイカ産である。日本国内では沖縄や小笠原でコーヒーが栽培されている)
また紅茶は千里のツテでインドのタミール・ナドゥー州から直輸入している。タミール・ナドゥー州で生産されている紅茶はニルギリであるが、そこの窓口になっている業者がインド国内で買い付けたカナンデバンやアッサム、カングラ、ダージリン、隣国スリランカで買い付けたウバやディンブラも一緒に送ってくれている。実は最初仙台のクレールで使うのに輸入したのだが、結局若葉のお店でも使うことになった。
(若葉と千里は和実のお店・クレールの株主である。和実と千里は若葉のお店・ムーランの株主である。若葉と和実は千里の個人会社フェニックス・トラインの株主である。つまり実はこの3人はお互いに株を持ち合っている。若葉は私とマリの会社・サマーガールズ出版の大株主でもある)
それでここにはコーヒー豆・紅茶茶葉ともに各6〜8種類程度が用意されていた。
「嘘!?カングラがある!」
と紅茶好きのアスカが声を挙げていた。
「いや、カングラを知っている人自体が少ないみたいです」
とその時、たまたま来ていた若葉は言っていた。
「個人的にはダージリンよりこちらが好き」
とアスカ。
「知る人ぞ知る紅茶ですね。私も実は飲んでみてびっくりした」
と若葉は言っていた。
またそもそもここに詰めているスタッフがエヴォンのOGで、ラテアートを作るのもうまい。詰めている子によって作れるラテアートが違うので、それを楽しみにここに日々通うミュージシャンも出てきた。
「アリスちゃん、メイド服は着ないの?」
などとエヴォン時代のメイド名まで覚えている客が言う。
「あれはエヴォン用ですから」
「退職した時返した?」
「記念にもらいましたけど、ここでは着ませんよ」
「アリスちゃんのメイド服姿が見たいなあ」
「鷹野さんがメイド服着ます?」
「俺がメイド服着たら、みんな逃げて行くよ」
エヴォン出身の子がやっているので、メニューには無いものの実はオムレツ、オムライスを作るのも上手い子が多い。結果的にそれが《裏メニュー》化していたが、値段を当初その日詰めていた子がみんな適当に言っていたため、日によって値段が違うという事態が発生し、後で指摘されて慌てて話し合い、オムレツ200円、オムライス400円と統一したようである。
そんな訳でこの丼屋さんはまさかの黒字が出た!
11月1日に『青い豚の伝説』のマスターを完成されたのを受けて、11月3日(祝)に私たちは『郷愁』に収録する曲目の再検討をした。参加したのは下記のメンツである。
私・マリ・七星・近藤・鷹野・酒向・月丘
風花・増渕・氷川・森元課長
和泉・美空・青葉・千里・丸山アイ・蘭若アスカ・今田友見(若山鶴朋)
友見は実質風帆伯母の代理である。和泉は先日からこちらの制作に大きく関わってしまったので成り行き上出席した。青葉・千里・アイはスタジオに来ていたのをノリで参加させた。この他、妃美貴がお茶汲み係として同席している。コーヒーは若葉がオープン仕立てのムーランからポットで出前してきてくれた。(ポットでのコーヒーの出前は実はエヴォン銀座店でもやっていた)
実はこの会議の後で、縁台を置いて浴衣を着て、青葉と私の将棋、千里とマリの囲碁の対局を撮影した。
7月に曲目のラインナップを決めた段階から『青い浴衣の日々』をシングル用に転用したので、現在残っているのは下記の9曲である。
ケイ名義 同窓会・刻まれた音(本当にケイ)、お嫁さんにしてね(実は千里)、硝子の階段(実は青葉)、
それ以外 トースターとラジカセ(Sweet Vanillas)、セーラー服の日々(ゆま)、靴箱のラブレター(青葉)、フック船長(琴沢)、斜め45度に打て(Golden Six).
「いつものように12曲構成にしよう」
とマリが提案した。
10曲構成にしたのは、制作時間が足りないからという理由だった。
「だったら3曲追加する必要がある」
と七星さんが言う。
「今ケイはあまりいい曲書けないでしょ?」
と鷹野さんからも指摘される。
すると千里が言う。
「もし良かったら青葉と七星さん、また1曲ずつケイっぽい曲を書いてもらえません?私がそれを調整してホントにケイが書いたような曲に仕上げますよ」
「何その話?」
と丸山アイが言うので、七星さんが
「醍醐先生が『ケイ風作曲の仕方』という講座をしてくれたんですよ」
と言い、その内容の一端を解説した。
「それ楽しそう。私にもそれで1曲書かせて」
と丸山アイは言っている。
「私は最終的に醍醐さんが調整してくれるなら書けると思います。七星さんは?」
と青葉が言う。
「私も書きますよ」
と七星さん。
「じゃ、丸山アイさん、大宮万葉先生、七星さんが1曲ずつケイ風に書いた作品を醍醐春海先生が本当にケイが書いたみたいに調整して使うということで。その間、ケイはアクアに渡す『夕暮れ少女』の仕上げに集中して」
と和泉がまとめた。
私も苦笑しながら同意した。今年は精神的な問題で、落ち着いて良い曲を練るようなことができない。
「ちなみに醍醐先生、『夕暮れ少女』のカップリング曲の進捗状況は?」
と和泉は訊いた。
「このメンツなら公開していいでしょう」
と言って千里は自分で仮歌を入れた『BD Fight!』という曲の仮音源を自分のパソコンで再生した。
「格好いい!」
という声が上がる。
「BDはBoys Detectiveで少年探偵。A-B-C-Dの並びでBDは1つ飛びだから更に1つ飛びでFを使ってFight!らしいです」
と千里は解説する。
私が真剣な表情で仮歌を聴いていたので千里が言った。
「まあケイはもっといい曲を書いてくれるだろうけど」
むろん千里は私を焚き付けるためにこういうことを言ったのだろうが、私は内心「こんにゃろう〜」と思いながら笑顔で答えた。
「もちろん。期待していてね」
と。
11月11日(土)、アクア主演の『少年探偵団』の撮影がクランクインした。
私とマリはその撮影の様子を見に行った。
明智探偵役の本騨真樹、文代役の山村星歌、怪人二十面相役の大林亮平、中村係長役の広川大助、それに少年探偵団の団員役の、西原勘一、山崎東吾、鈴本信彦、松田理史、内野涼美、元原マミなどといった面々が監督からの指示を聞いていた。鈴本君と松田君は『狙われた学園』にも出ていた。元原マミは『狙われた学園』と『時のどこかで』で共演している。どうも花崎マユミ役のようである。今井葉月も並んでいるが、女性店員っぽい服を着ている。また女の子役での出演になったようだ。
アクアは監督の指示を聞いていた時は男装だったのだが、すぐにメイドさんっぽい服に着替えてきて、撮影に入る。今回撮るシーンでは、メイドさん衣装のアクアが二十面相の予告状を見つけて悲鳴をあげ、時計店の主人役の金沢高彦さんが駆けつけて来てその予告状を見、明智探偵に電話するといったシーンであった。
葉月が脇の方で見ているので私は声を掛けた。
「葉月ちゃん、今回は何の役なの?」
「少年探偵団の少女団員で山口あゆかという役名です。今回は団長のアクアさんがお手伝いさんに化けて家の方に潜入し、ボクは女性店員としてお店の方に潜入します」
「大役じゃん!」
と私は言う。
「そうなんですよ。結構嬉しいです」
と葉月。
政子はしばらく考えるようにしていた。
「つまり、葉月ちゃんは女装じゃないんだ!」
「ええ。役柄がそもそも女の子役だから、ボクは女装潜入じゃないんですよね」
と葉月は困ったような顔で言ったが、私はつい吹き出しそうになった。
「葉月ちゃん、一貫して女の子役ばかりだし、いっそ本当の女の子になる手術、受けちゃいなよ」
などと政子は言っている。
「その手術受けると半年くらい動けないらしいんで、アクアさんの代理ができません」
政子は(多分)ジョークで言っているのだが、どうも葉月はマジに取っている雰囲気がある。
「じゃ、アクアが性転換手術受ける時に一緒に」
「アクアさん、いつ手術受けるつもりですかね?」
「高校卒業するまでには受けると思うよ」
「うーん。。。その時はどうしよう?」
この子、かなり女の子ライフにはまってるよな、と私は彼の将来を心配したくなった。
大林亮平がこちらに来たので、私は緊張した。
「マリも何かの役で出るんだっけ?」
と亮平はとっても気軽に声を掛けてくる。
「特に出ないよ。私、女優じゃないし」
と政子も軽く応じている。
「僕も女優ではないけど、出てるよ」
と亮平が答えるので、私は吹き出した。
私は離れた方が良いかなと思ったのだが、政子は私の手を握りしめたので、亮平とふたりにはなりたくないんだろうなと思ってそのまま居ることにした。
「主題歌を作ったんだよ。歌うのはアクアだけどね」
「ああ、そういうことか。マリはアクアの曲の歌詞をほぼ全部書いているもんね」
「マリ名義と岡崎天音名義があるけどね」
「マリの詩ってぶっとんでるもんなあ。どうやったらああいう詩が書けるのか、マリを解剖してみたい」
「頭に風穴を開けると思いつくかもよ。ピストルで穴を開けてあげようか?」
「マリは頭に穴があいているんだっけ?」
「たくさん空いてるよ。亮平、ついでにお股の所にも穴開けるといいかもよ」
「マリのお股にも穴があいているの?」
「亮平が穴をあけたら見せてあげる」
「どちらかというと、僕が穴を使いたいんだけど」
「ふーん。竹輪でもプレゼントしようか?」
「もう少し大きい穴がいいなあ」
「じゃ掃除機でも」
「柔らかくて暖かいのがいいなあ」
「だったらテンガでもプレゼントしてあげるよ。温めるのはセルフサービスで」
随分際どい内容ではあるものの、なんかこの2人、普通に会話してるじゃん!と私は思った。
この日は撮影の合間に私とマリが書いた『夕暮れ時間』(夕暮れ少女から改題)と、琴沢幸穂が書いて醍醐春海が編曲した『BD Fight!』の仮歌音源を持って来て、主演のアクアや監督たちに聴いてもらった。
「いい感じだと思います。気に入りました」
と監督やプロデューサーが言うし、アクアも
「どちらも格好良い曲ですね!」
と言うので、このまま進めることにした。
(和泉や青葉の承認は取っている)
音源制作は11月13-17日の週に進めるものの、私は『Four Seasons』と『郷愁』の制作で時間が取れないので、和泉と千里の共同作業で進めてもらうことにする。千里は11月の平日は朝から夕方16時くらいまで時間が取れるらしい。アクアとはすれ違いになるものの、和泉が逆に夕方以降になるので伴奏音源の制作は主として千里の指揮で進むことになる。
このCDの発売は年末くらいになるはずである。
11月13-15日(月〜水)、青葉が東京で行われる水泳の大会に参加するというので出てきたらしかったので、もし時間が取れたらこちらに寄らない?と言っておいた。すると彼女はその大会が終わった15日の夜21時頃、新宿のスタジオにやってきた。
「どういう大会に出たの?大学関係の大会?」
「正式名称は日本選手権(25m)水泳競技大会兼FINAスイミングワールドカップ2017東京大会というんですけどね」
「ワールドカップ!?」
「青葉、日本代表か何かになったの?」
「日本代表の人たちはみんな出ますけど、この大会は次の日本代表を目指しているクラスの人が参加者の多くを占めています。日本選手権ですから」
「それでも凄い気がする」
「水泳のワールドカップって、フィギュアスケートのグランプリなんかと似た位置づけで、世界8ヶ所で開かれて、トップの人たちはそれに全部参加するんですけど、日本選手権の参加者はこの大会だけの参加ですね」
「オリンピック級の人も出るけど市民ランナーも参加する東京マラソンみたいな感じの大会かな」
「そうそう。そんな感じの大会なんですよ。私はたまたま標準記録を突破したんで、勉強のために出場してきなさいと言われて」
「へー」
「それでさらっとメダル取ってたりして?」
「日本選手権800mで3位になりました」
「凄いじゃん!」
「この大会は予選の上位8名がワールドカップの決勝に進出して、その8名を除いた中で、日本人上位8名が日本選手権決勝に進出するんですよ。ですから実質11位みたいなものですね。まあメダルはもらいましたけど」
「メダルもらったの?見せて見せて」
と言って、青葉が取り出した銅メダルをみんなが
「すごーい!」
と言って触っていた。
「いつまでこちらにいれるの?」
と私が訊くと
「明日の朝、館林に寄って、その後金沢でクライアントに会うんですよ」
などと言っている。
「相変わらず忙しいね!」
「今夜、何か私が演奏に参加できるものがあったら演奏して行きますよ」
「青葉が書いてくれた『靴箱のラブレター』(大宮万葉名義)の音源が一通りできあがったんだよ。ちょっと聴いてくれない?」
青葉は全部聴いた上で
「ここの所は私としてはこんな意図だったんですが」
というのを2ヶ所指摘した。
「なるほど。そこはその解釈の方がいいと思う」
と鷹野さんが言う。
「確かに。録り直す?」
と私が言うと、七星さんは
「17日に再録しましょう」
と言った。
「じゃ、その方向で。それで、ここを修正するという前提で、これの間奏部分に青葉の龍笛を入れてくれない?」
「分かりました。入れます」
ということで青葉はその音源を聴きながら龍笛を吹いてくれた。
新宿のスタジオでの収録は原則として夜10時で終わる。それで、その後、うちに来ない?と誘い、恵比寿のマンションに連れて行った。
「夜が寂しければ彼氏をここに呼んでもいいよ」
とマリが言っているが
「いえ、大丈夫です。テンガ放り込んできたし」
などと青葉は笑顔で答えている。
「ああ。テンガいいらしいね。昨日も亮平のマンションにテンガ放り込んできた」
などとマリは言っている。そういえばこないだそんな会話をしていたが、本当に放りこんできたのか!?
「明日館林には何時に行くの?」
「時間は約束してないですが、できたら熊谷を12:43の新幹線に乗りたいので、館林に行くのは10時半くらいかな、と」
「ああ、だったら、明日の朝、佐良さんに頼んで送って行ってもらうよ」
「すみません!」
「その後、熊谷駅に送ってもらうことにして」
「助かります!今回依頼者が貧乏なのであまり請求できないんですよ」
青葉がそんなことを言っているので私は先日千里が
「青葉の仕事はいつも赤字」
と言っていたのを思いだし、つい笑いそうになった。
「千里の回復状況は実際どうなの?音源制作に参加してもらっているのを見ている限りは、かなり回復している気がするんだけど」
と私は青葉に尋ねた。青葉を呼んだ最大の目的はそれを尋ねることにあった。
「回復しているように装ってますね。そういう外見を取り繕うのが姉はうまいんですよ。ハッタリの天才ですから」
「そういえば、私と千里はハッタリの凄さで1・2を争うと雨宮先生から言われてた」
「姉は依然重症です。でも、回復の目処は立ってきました」
「それは良かった!」
「でも完全回復にはやはりあと2年くらいかかりそうです」
「やはりそのくらい掛かるか!」
と言って私は身体を軽く後ろに倒した。
「姉は必ず復活します。ですから冬子さんは、もしこれまで姉をライバルと思っていてくれたのでしたら、4月までの姉が今もそのまま存在しているかのように思って、頑張ってください」
と青葉は厳しい顔で言った。
「・・・分かった。頑張るよ」
と言って私は青葉に握手を求めた。
「姉は琴沢幸穂もライバルになってくると思っていますよ」
「あの人、優秀な作品書くね!」
「雨宮先生は、琴沢さんを『鴨乃清見』に加えることを決めました」
「千里が今の状況であれば、貴重な戦力だろうね」
「そうだ。琴沢さんのマネージャーはご存知でしたか?」
「もしかして専任のマネージャーがいるの?」
「あの人、実は1年の大半を海外で過ごしているんですよ」
「そうなの!?」
「海外留学なんですよ」
「ああ、そういうことだったんだ!」
「だいたい4月から9月まではアメリカ、10月から3月まではフランスにいます。日本にも時々帰って来ますが」
「それはビザの書き換えとかで?」
「それもあるみたいですね。まあそれで時差の関係で連絡が取りにくいので、日本国内にいる友人に仲介を頼んでいるんです。ですから新島さんもその人を通して琴沢幸穂には連絡を取っているんですよ」
「へー!」
「もし冬子さんが知らないなら、冬子さんには教えていいと言われていますから、アドレスデータをお渡ししますね」
「うん」
それで私は赤外線通信で青葉から《天野貴子》さんという琴沢幸穂のマネージャーさんのアドレスデータをもらった。
「天野さんは、千里姉の古くからの友人でもあって、それで琴沢さんの作品が千里姉の所に持ち込まれて、この人凄いじゃんということになったんですよね」
「そういう経緯があったのか!」
「それと冬子さん、ここだけの話ですが」
と青葉は小さな声にして私の傍に寄って言った。
「うん?」
「上島先生としばらく会わないようにしてください。何か頼まれたりしても適当な理由を作って断ってください」
と青葉は言った。
私は困惑した。
「どういうこと?」
「上島先生は近い内に大きなトラブルに巻き込まれます。冬子さんまで巻き込まれたら、冬子さん自身が全ての資産を失って、★★レコードも倒産しますし、たくさんの歌手が路頭に迷いますから」
「・・・・・」
「姉からの警告です」
千里から・・・。千里は何かの託宣を得たのだろう。そして青葉も何かを予感したのだろう。
「分かった。気をつける」
と私は答えた。
青葉・七星さん・丸山アイの3人は11月中に「ケイ風」に書いた曲を送ってきてくれた。千里がそれを「本当にケイが書いたように」見えるように調整したのだが、実際問題として青葉と七星さんの作品はけっこういじられていたものの、丸山アイの作品は「直す所がない。このままでいい」と千里は言っていた。実際私も丸山アイが送って来てくれた作品は、自分で書いた作品と誤認するくらい、よくできていた。千里は私の「第2期」風に曲を調整しているのだが、丸山アイはむしろ「第4期」、つまり最近の私の作風に似せて曲を仕上げていた。
アイは実は、ヒロシやフェイ、信子などの代作もしたことがあると言っていた。やはり代作には特殊なノウハウがあるのかもと私は思った。
3人が作ってくれた作品は下記である。
『ふるさと』(実は青葉)
『携帯の無かった頃』(実は七星)
『郷愁協奏曲』(実はアイ)
12月1日(金)の午前1:51、あきら・小夜子の第四子が生まれた。今度も女の子で「えりか」と名付けられた。
ふたりの間の子供は、みなみ・ともか・ほたる・えりか、と4人連続女の子である。
クロスロードの仲間の多くが金曜日の内にお祝いに行ったようである。私たちは金曜日のお昼頃に行ってきたが、和実と淳、若葉と一緒になった。和実たちは希望美を連れてきており、若葉も冬葉(かずは)と若竹(なおたけ)を連れてきていた。私たちが来る少し前に千里と桃香が早月を連れてきていたらしい。
「きれいに入れ替わる形になったね」
と若葉は言っていた。
「女の子4人とか、お嫁さんに出すのに大変そう」
と和実が言う。
「別に性別の産み分けとかはしてないんでしょ?」
と若葉が確認する。
「うん。自然に任せた。下の2人は人工授精だけど、採取した精液をそのまま投入したし」
と小夜子は言っている。
「これで4人だけど、まだ作るの?」
「とうとう、あきらが射精できなくなったのよ」
「あら」
「逝く感覚はあるらしいけど何も出てこない」
「なるほどー」
「だからこれ以上は作れないからここで打ち止め」
「冷凍精液とかは作ってなかったの?」
「うん。それも自然任せ」
「まあ4人も作ったらいいかもね」
「でもこれであきらの男性器は機能も無くなったし取っちゃっていいよと言っている」
などと小夜子は言う。
「用済みなのか・・・」
あきらはこの時席を外していた。
「付いてても意味無いし」
と小夜子は言うが
「いや、意味無いことはないはず」
と淳が困ったような顔で言っていた。
「クロスロードの最初の集まりの時は、ちんちん取ってた人は冬ちゃんだけで、ちんちんは5本あったけど、あきらも取っちゃうと淳ちゃんの1本だけになっちゃうね」
などと小夜子は言っている。
「あれってやはり『本』(ほん)で数えるものなのか」
「本でなければ房(ふさ)かな」
「女の子のは1枚2枚?」
「うーん・・・どこを数えるか次第だ」
「それ本当にその時、5本あったのかは、かなり怪しい気がするんだけどね」
などと若葉は言っていた。
確かに千里とか和実はかなり怪しいよなと私も思った。
12月3日(日)0:01、私たちの友人・博美が最初の赤ちゃんを産んだ。女の子で三紗(みさ)と名付けられた。
博美の夫は生まれたのがてっきり12月2日だと思い込んでいて、2日生れだから「二菜(にな)」というのを考えたらしい。ところが母子手帳に12月3日0:01と書き込まれていたので、
「え〜!?3日だったんですか!?」
と言って、慌てて三のつく名前を再度考えたということだった。
「最初『三夏』(みか)というのを考えたら『外の景色見てみて』と言われて季節が合わないことに気付いた」
などと博美の夫は言っていた。
北川二菜 5 3 2 11 総21◎朝日黎明 天8◎ 地13◎和合繁栄 人5○安定成長 外16◎仁心覆幸
北川三紗 5 3 3 10 総21◎朝日黎明 天8◎ 地13◎和合繁栄 人6◎福禄強靱 外15○恭謙昇運
「私は秋生まれなのに冬子」
と私は言っておいた。
これは私は予定日が12月なので冬という文字の入る名前を考えていたので、少し早く飛び出してきたものの「本来は冬に生まれるはずだった」といって、そのまま付けられてしまったためである。
12月4日(月)0:33。リダンダンシー・リダンジョッシー(リダン♂♀)のボーカル、鹿島信子(戸籍名・中村信子)が最初の子供を産んだ。予定日より5日早い出産だが、今夜は満月なのでそれに引かれて出てきたのかも知れない。満月や新月の日は出産が多いともよく言われる。生まれた子は女の子で「星月」と名付けられた。
「読めん」
とみんなから言われている。
「すみません。『あかり』と読みます」
と父親になった中村正隆が言うが
「頑張って読んでも『ほしみ』か『せづき』」
などとフェイが言っている。フェイの子供は歌那(かな)である。
「星水と書いて『ほしみ』というのも考えたんだけどね〜」
と産んだ信子本人は言っている。
「ああ。その方がまだ読める」
「出生届出すまではまだ考え直せるぞ」
「うーん。。。」
「私も考え直せというのに1票」
と信子の妹の智花(ともか)まで言っている。
「でも私、自分が母親になったというのが未だに信じられない」
と信子は言う。
「父親になりたかった?」
「なりたかった訳ではないなあ。自分が父親になるというのがあまり想像できなくて。小さい頃はむしろお嫁さんになれないかなあと思ったりはしてたけど」
「ああ、やはり女の子になりたかったのね」
「女の子もいいなあとは思ってたけど、本当に女の子になって子供も産むってのは想定外だった」
「まあ世の中、想定外のことは起きるもんだよ」
とヒロシは言っている。
「でもまさか子供を産めるとは思ってもいなかったフェイが赤ちゃん産んで、原理的に赤ちゃん産めるはずの無かった信子が産んで。次はヒロシが産む番だね」
と丸山アイが言うと
「僕が赤ちゃん産むの〜〜!?」
とさすがにびっくりした様子のヒロシが言っていた。
ちなみにヒロシは女装している。どうも話を聞いていたらアイに唆されて女装で出てきたようだ。「嫁さんの男友だちが来てたら旦那の親族が仰天するよ」とか言われて女装にしたようである。
「ヒロシの場合は産む所が無い気がする」
と信子。
「僕も産む所は無かったけど産んだよ」
とフェイ。
「そうか。帝王切開という手はあるな」
「みんなでヒロシを妊娠させよう」
「ちょっと待ってぇ!」
政子は彼女たちのやりとりを興味津々な様子で見ていた。
この日12月4日の夕方からは、これが放送としては最終回になるYS大賞の発表・授賞式が東京プリンスホテルで行われた。
今年の新人賞には、グループアイドルのカノープスと愛'sおよび演歌の端田風雲が選ばれた。話題賞にはこれまで《二人羽織》していたことを告白し、その懺悔ツアーを今年全国50都市で実施して回ったラララグーン、アニメの中に登場した中学生5人のユニット・アストラガラス(実際には声優さん5人で歌っている)が選ばれ、功労賞に長年演歌を歌ってきた橋本次郎さん、長年作曲家として活動してきている東堂千一夜先生が選ばれた。
東堂先生は
「俺はまだ現役だから、もう引退している馬佳祥か木ノ下大吉にやってくれと言ったが、ふたりとも、俺を差し置いて受賞できないというから、俺が今年は受けるけど、俺もあと少しで死ぬから、その次はあいつらにあげてくれ」
などと言って笑い(?)を取っていた。
そして優秀賞には下記の11組が選ばれた。
青山広樹『大根の唄』
アクア『星の向こうに』
AYA『ゴールドラッシュ』
小野寺イルザ『ボード・クィーン』
ゴールデン・シックス『時には成功も必要さ』
品川ありさ『マイナス1%の望み』
スカイロード『Street Performance』
ステラジオ『男の子っていつも』
ハイライトセブンスターズ『プルンプルン・テック』
レインボウ・フルート・バンズ『虹色と地平の間』
ローズ+リリー『夜ノ始まり』
ローズ+リリーは先日のBH音楽賞では『雪虫』で受賞したのだが、こちらは『夜ノ始まり』での受賞になった。アクアも向こうでは『憧れのビキニ』であったが、こちらでは『星の向こうに』での受賞になった。マリが詩を書いて青葉が曲を付けた曲である。会場のテーブルには、アクア・和泉・青葉の3人が座っていた。
一方品川ありさの席には、ありさ・川崎ゆりこ・千里の3人が座っていた。同じ事務所の歌手が2人ノミネートされているので、社長のコスモス自身はどちらの席にも座らなかったのかな、と私は思った。千里は昨年は小野寺イルザが大賞を受賞したにも関わらず、バスケの試合と日程が重なってしまったため出席できなかったが今年は平日なので出席できたようである。
その小野寺イルザの所には、事務所の社長とこの曲を主題歌とするドラマに主演した香日明日香が座っている。その明日香は本番前にAYAのゆみと笑顔で言葉を交わしていた。実は明日香はAYAの元メンバーである。デビュー直前に明日香ともうひとり葵という子が脱退したためAYAは一時はデビューできるか危ぶまれた。ゆみはふたりを恨んでいたと思うが、今のゆみとの様子を見ると和解したのだろう
ゴールデンシックスは今日は花野子(KB)と梨乃(Gt)の他、長尾泰華(Vn), 長丸香奈絵(Dr)、美空(B)!が座っていた。美空も今年は私が多忙すぎてKARIONが稼働できていないため、ゴールデンシックスのツアーにも参加していた。しかし5人しか居ないなあと思っていたら、実際の演奏の時には千里が出ていってフルートを吹いていた。
でも・・・考えてみると受賞者の中に千里が関わっている歌手が多くないか!?
AYA・品川ありさが千里の曲で受賞している。今回はどちらも臨時提供ではあるが。しかしAYAは自身初のミリオン・ディスク、品川ありさも自身初のダブルプラチナ・ディスクとなった。
今年はYS大賞にノミネートされていないものの、千里が書いて山森水絵が歌った『リオの想い出』はけっこう巷で流れていたしBH音楽賞を受賞している。むろん自身がリオ五輪に行ってきた体験から書いた曲だろう。
千里はゴールデンシックスのコア・メンバーで、ゴールデンシックスの曲は半数を千里が書いている。ただし今回は花野子の曲で受賞している。アクアにも関わっているが受賞曲はマリと青葉の曲だ。また現在は楽曲提供から外れている。小野寺イルザは昨年は千里の曲で大賞を取ったのだが、今年ノミネートされた曲は上野美由貴(=秋風メロディー)の作品である。
私は腕を組んで考え込んでしまった。
私が考えていたら、横にいた七星さんが言った。
「今年は蔵田グループの松原珠妃さんも、上島グループの吉竹零奈や南藤由梨奈とかも入ってないから、蔵田先生も上島先生も欠席ですね」
まさか・・・とうとう私たちより上が居なくなった!?そして蔵田−上島の戦いから、私や千里、ステラジオやラビット4の競争の時代になった!??
とも思ったのだが、私はすぐに安心した。そして言った。
「でもそういう中で、青山広樹に曲を提供した立川示堂先生は凄いね」
「立川先生はあまり多くの歌手には楽曲を提供しませんから。細く長くですね。でも木ノ下大吉先生と競り合っていた頃からですから、この世界に長いですね」
と七星さんも言っていた。
歌唱賞の歌った順序は
アクア→品川ありさ→ハイライトセブンスターズ→レインボウ・フルート・バンズ→ゴールデンシックス→ステラジオ→小野寺イルザ→スカイロード→ローズ+リリー→AYA→青山広樹
であった。“概ね”デビュー順であるが年齢を考慮して少し動かしてある。ゴールデンシックスは純粋デビュー順なら品川ありさの次だし、青山さんは本来はスカイロードとローズ+リリーの間である。この中で最もデビューが早いのはAYAの2008年4月である。
■受賞者の生年度(グループの場合リーダーの)とデビュー年月
AYA(1991) 2008.4
ローズ+リリー(1991)2008.9
青山広樹(1981) 2009.3
スカイロード(1986) 2010.3
小野寺イルザ(1993) 2010.11
ステラジオ(1990) 2011.6
レインボウ・フルート・バンズ(1994) 2013.1
ハイライトセブンスターズ(1995) 2013.12
ゴールデン・シックス(1990) 2014.8
品川ありさ(1999) 2014.11
アクア(2001) 2015.3
そして今年のYS大賞は青山広樹さんが取った。
元々YS大賞は演歌系が強いのに、今年はノミネートされた演歌歌手が青山さんのみだったので、大方の人が青山さんでこの番組の有終の美を飾るんだろうなと思っていたようである。
しかし青山さんは10年間歌手をやってきて、こんなに大きな賞をもらったのは初めてで、泣きながら歌っていた。
青山さんが歌い終わり、カメラに向かって大きく頭を下げた所で番組は終了となった。
ノミネートされた歌手がみんな青山さんの所に行き
「おめでとうございます」
と声を掛けていた。
1 2 3 4 5 6 7 8 9
【夏の日の想い出・郷愁】(4)