【春白】(8)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6  7  8 
 
“M”は“M”に電話した。
 
「仮名Eちゃんのことだけどさ」
「あ、うん?」
「あの子、自分にまだちんちん付いてると思っているみたいなんだけど」
「嘘!?」
「自分は男の子なのに、こうやって女の子してていいのかと悩んでるみたい」
「なぜ自分が女の子の身体になっていることに気付かない?」
「本人は“性転換手術を受けた覚え”は無いだろうからね」
「だって自分のお股を見ればちんちん無いこと分かるんじゃないの?」
「元々あの子の小さかったから、無くなってても分からないのかも」
「アクアみたいな子だな」
「きちんと決着付けてあげなよ」
「面倒くさいなあ。じゃ何とかする」
「よろしくー」
 
電話を終えた“M”は呟いた。
 
「無いちんちんは切れないし。どこかに、ちんちん無くなっても構わないと思っているような適当な生贄(いけにえ)は居ないかな・・・」
 

雨宮は千里に電話した。
 
「尾久のマンションに入れた中島セイラなんだけどさ」
「はいはい。羽鳥セシルですね。何か?」
「あのマンション、広いけど、窓の無い部屋以外にはあまり長時間居たくないという話なのよ。何か霊障とかあるの?」
「シールドがあるから大丈夫のはずなんですけどねー。弛んでるからしれませんね。じゃ、改修工事させときますよ」
「うん。よろしくー」
 
そんなやりとりがあったのが12月23日だった。ちなみにセシルがそのことを雨宮に言ったのは、11月24日である!
 

12月24日クリスマスイブ。
 
恵真(羽鳥セシル)はこの日も遅くまでドラマの撮影があり、尾久のマンション#に帰宅したのは25日0:30 であった。
 
恵真は違和感を覚えた。
 
「あれ〜!?部屋間違った?」
と考えてみたものの、違う部屋の鍵が開く訳無い、と思い至る。
 
「部屋が改装されてる〜!」
 

取り敢えずLDKのテーブルの所に座るが、テーブルの上には、鶏の唐揚げ、豚肉の串焼き、ジャーマンポテト、シャンメリーの瓶、が載っていて、他に小鍋もあるので見ると中身は豚汁!?のようである。他に「ケーキは冷蔵庫」と母の字で書いたメモがあるので、恵真は豚汁の鍋をIHに掛け、冷蔵庫からケーキの箱を出してきた。
 
そしてシャンメリーを“勇気を出して”開けると、グラスに注いで
「メリークリスマス!」
と言って乾杯した。
 
おキツネさんたちが出てくる。
 
「エマちゃん、それお酒?」
「サイダーだよ。あ、きみたちにもお土産あるよ」
と言ってたくさん買ってきたお稲荷さんを、背の低い丸テーブルの上に大皿を出して並べる。
 
「わーい」
などと言って。たくさん出て来て食べ始めた。
 
なんかクリスマス・パーティーになっちゃった!
 

豚汁を温めている間にチキンやジャーマンポテトもチンして食べる。
 
おキツネさんたちは、お稲荷さん以外の物には興味無いようである。一度訊いてみたこともあるのだが「ボクたち、それ以外を食べることは禁止されてる」と言っていた。「人間も食べないから安心してね」などと言っていたが、禁止されてなかったら人間も喰うのか??
 
あらためて部屋の中を見回す。
 
ベランダとの間の掃出し窓に掛かった厚手の遮光カーテンが新しいものに換わっている。深緑の地に白い刺繍がされている。高そうーと思う。壁紙も交換されている。これまでのペールピンクのもの(実はマソの好み)からライトイエローのものに交換されている。パンダっぽい模様がレリーフ状になっていて可愛い。カーペットもこれまでのペルシャの絨毯っぽいものから、ブラスチック製のクッションフロアに交換されている。クリーム色とコーラルピンクとの市松模様になるように敷いてあるのが可愛いなと思った。
 
「お母ちゃんたちがやってくれたのかな?」
 
と恵真は呟いたのだが、お稲荷さんを美味しそうに食べていたトリさんが言う。
 
「違うよ。播磨(はりま)の龍王さんたちが工事してたよ」
 
「ハリマオ??」
 
「ヴァースキさん、マナスヴィンさん、サータファーガさんの3人。サータファーガさんは2人が手抜きしないようにするお目付役って感じだった」
「へー」
 
なんか難しい名前を言われたなと思った。外国人だろうか?なんかインドっぽい名前のような気がした(勘がいい!)。
 

「それでシールドも新しいのに交換したから、西南のベランダのある部屋で寝ても大丈夫だって」
「へー!」
 
「ベランダにも出られるけど、ベランダの窓は開けないでねって。どうも何度かベランダの窓を開けた形跡があって、それを開閉したのでシールドが傷んだんじゃないかって、サータファーガさんが言ってたよ」
 
「ふーん」
 
まあ日中ここに居ることはまず無いから、ベランダにはあまり出ないかなとは思ったものの、ちょっとベランダに出てみた。ベランダはLDKの南側と、西南の部屋(以前女性が住んでいたようで、以前は可愛いカーテンなどが残っていた)の南側を貫いて作られている。
 
「サッシが新しくなってる気がする」
「新しいのに交換してたね」
「そんなの勝手に交換していいの〜!?」
「2〜3年もすれば分からなくなるよ」
 
いいのか!?
 
「くれぐれもこの窓は開けないでねって」
「分かった」
 
「他の部屋も改装されてるよ」
とトリさんが言うので、覗いてみる。

↓見取り図(*13)
 

 
 
ベランダに面した西南の部屋はLDKと同様の改修がされていた。やはりカーペットが取り除かれてクッションフロアになっている。こちらはクリーム色と、アクア色の市松模様である。壁紙は御所車・櫛・手鞠などの和模様である。
 
「コロナの折、カーペットは除菌しにくいから、お掃除しやすいように取り敢えずクッションフロアにしておくと言っていた」
 
「あ、そうそう。掃除機は掛けるけど、汚れが取れにくいなと思ってた」
と恵真も言う。
 
「でもエマちゃん、ルンバ買いなよ。遅く帰ってきてからお掃除とか大変だもん」
「そうだなあ。それ考えようかな」
「通販で頼んだら、昼間でも誰かが受け取っておくよ」
「そう?じゃお願いしようかな」
 
真ん中のいつも恵真が寝ている部屋はクリーム色とバンブーグリーンの市松模様である。ここも壁紙が交換されていた。ディズニーのキャラ模様である。
 
「あ、可愛い」
と恵真も声を挙げた。
 
「やはり女の子はディズニー好きだよね〜」
「ボクは半分くらいしか女の子じゃないけどディズニー好きだよ」
と恵真が言うと、トリさんは首を傾げていた。
 

そして、これまで“変な臭いがするので”あまり入らないようにしていた北西の部屋も変な臭いが消えていた。
 
「消臭に苦労していたみたい」
「ああ」
 
(筒石が住んでいた部屋である:実は床のフローリング・天井板・壁板まで丸ごと交換してしまった。借りてる部屋なのに、本当にそこまでやっていいのか!?)
 
ここもクッションフロアで、クリーム色とライトコーラルとの市松模様である。壁紙はレーシングカーになっていた。そして廊下に面した窓(腰高窓)のサッシが交換されている。窓自体に厚いカーテンが掛けられている。このカーテンもレーシング・カーの模様である。
 
「ここの窓も開けないでねって」
「了解〜」
 
この窓は本来開ける必要はない。填め殺しにしてもいい所だが、開けられるのは非常時の脱出のためである。しかし筒石はしばしばここを開けて、あろうことか、カップ麺のお湯を廊下に捨てたりしていた。九重たちはブラシで頑張って掃除しても汚れが取れないので、結局、廊下のその付近のコンクリートを少し削り、新たなコンクリートを敷いた。
 
「やばくない?」
と千里が訊いたが
 
「どうせここ不動産屋さんだって通らないから大丈夫ですよ。半年も経てば他の部分との差は無くなるし」
と九重は言っていた。
 
確かに3階以上の住人は、1階の廊下を通る用事は無いはずだ。郵便受けもマンションのエントランスの所に並んでいる。なお、千里がこの部屋を借りた時点で3階以上に住人は5人しか居なかったが、千里の“処理”のお陰で現在4階以上は全部埋まっており(3階は“敏感な人”には住めない:不動産屋も3階は“住宅としては”貸すつもりが無い)、不動産屋さんが千里に感謝していた。家賃1万円で貸すメリットが充分に出ている。
 
千里も安い家賃で借りられて得したなぁと“昨日までは”思っていたのだが・・・工事代金を200万円も七瀬に払った千里がぶつぶつ言っていた。
 
今回は本当に“大工事”だった。
 
「どの部屋でも寝られるけど、エマちゃん、どこで寝る?」
とトリさんが訊く。
 
「真ん中の部屋で寝るよ。だって鏡のある部屋だから」
と恵真が言うと、トリさんはにこにこしていた。
 

(*13)この部屋の住人の本命卦
 
幡山ジャネ 1993生女=艮
(マソは1969生女で艮、マラは2010死亡・女で兌 (*14))
筒石は1994生男=乾
恵真は2005生女=艮
 
ということで、艮・兌・乾で全員東四命である。
 
すると、吉方位は東北・西北・西・西南となる。玄関は東北でいわゆる鬼門だが、風水的には吉である。居室が西北・西・西南と並んでいて全て吉方位。
 
もっともリセットされていない神社跡に建っていて、そもそも風水も無いが!
 

(*14)幡山ジャネは水渓マソの生まれ変わりで、ジャネはマソの意識を継続して持っている。血筋の上では遠い親戚(ジャネの祖母の祖母がマソの曾祖母と姉妹:9等親)になる。水渓マソは1988年に木倒サトギに無理心中を掛けられ、マソは死亡、サトギもいったん死亡したものの蘇生した。しかし蘇生した意識はマソの意識だった。
 
つまり肉体が死亡したマソの魂が加害者のサトギの身体に宿ってしまった。生き返ったマソ(サトギ?)がマラと名乗った。身体が男で心は女なので不本意ながらオカマさんとして生きた。しかし2010年に悪魔の歌を演奏して死亡した。その後は10年ほど幽霊の状態である。
 
一方水渓マソは1993年に幡山ジャネとして生まれ変わった。
 
実は元々水渓マソは1つの身体に2つの魂(仮に水泳好きのSと音楽好きのMとする (*15))が宿っていた。ジャネに生まれ変わったのはSで、マラとしてオカマさん生活をして(性転換手術したかどうかは不明)現在幽霊になっているのはMの方である。
 
ジャネは木倒ワサオ(木倒サトギの息子だが魂はサトギそのもの)に無理心中を仕掛けられ(つまりマソはサトギに2度も殺された)、ワサオは死亡したが、ジャネはギリギリで死亡せず、植物状態の1歩手前の“最小意識状態”になっていた。しかしMと青葉の共同作業によりジャネ(S)も意識を回復し水泳選手としてカムバックした。そしてその後は、Mもジャネの身体に間借り(?)している。MとSはひとつの身体に同居している場合と、分離して行動している場合がある。
 
青葉と千里はMをマラ、Sをマソと呼んでいるが、マソ本人は不快なようである。(マラの方は自分でも“マラ”“マソ”と言っている)
 
(*15)SとMは Swim と Music の略であり、他意は無い!?
 
S:絵が上手いが歌は音痴。常識人。恋愛には無関心でアセクシュアル。
M:歌は上手いが絵は悲惨。非常識人。恋愛大好きだしバイセクシャル。
 
どちらも水泳は上手いが、大会に出ているのはSである(多分)。ただ、Mが練習した分もSの経験になるようである。Mはピアノやギターも弾く。Sもピアノやギターは弾くが歌はどうしても音程が取れないらしい。
つまり耳は問題無いが発声に難がある、秋風コスモスと同タイプの音痴。
 
なお、マラ・マソは“マラソン”を語源とするもので、漢字では“十二六”(*16). 仏教用語の魔羅ともマックスマーラとも無関係!?
 
(*16) 42.195kmが十里二十六町になるため。正確には十里二十六町四十七間一尺五寸。
 

2020/2021年の年末年始のカレンダーはこのようであった。
 
2020/12
SU MO TU WE TH FR SA
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
 
2021./01 __ __ __ __ __ 1_2 _3 4_5 6_7 8_9 10 11 12 13 14 15 16 SU MO TU WE TH FR SA
 
青葉は普段月火が休みなのだが、これを代わってもらった。そして12/28-29も出勤して、12/30も午前中勤務した上で12/31-1/01の2日間を休みにしてもらったのである。
 
12/30のお昼であがると、普段は津幡のプライベートプールに行って泳ぐのだが、この日は自分の車マーチニスモで、のと里山海道を北上。能登空港に行って、駐車場の数日間駐めてもよいエリアに駐車する(冬季は除雪の都合で長時間駐められると困るエリアがある)。
 
ここにホンダジェットで迎えに来てもらっているので、郷愁飛行場へ飛ぶ。機内で用意していたお弁当を食べた。
 
郷愁飛行場には車で迎えに来てもらっているので、その車に乗り東京に向かう。青葉は車内ではひたすら眠っていた。信濃町の§§ミュージックの事務所に入り、コスモス社長と打ち合わせをした。この日行われるRC大賞の授賞式に、アクアの制作者として出席する。
 
今年は人数制限が掛かっており、各歌手ごと2名まてということだったので、どこもレコード会社の担当が遠慮して、作曲家(または作詩家)と事務所の担当という組合せになるらしい。それでアクアに青葉とコスモスが付き、ラピスラズリには桃川春美と川崎ゆりこ副社長が付くということだった。
 

夕方、例年通り、新国立劇場に入る。アクアは忙しいので別行動で、現地合流になった。今年は会場は無観客だし、メイン以外の賞はビデオ出演になる。千里姉(津島瑤子の作曲者として来ている)、ケイ&マリ(本人たちが受賞)、ゴールデンシックスの2人(同左)などと手を振り合って、スマホのSMSを使って話していた。今年は出席者同士の会話も極力控えてと言われていた。
 
確かにこんな所でクラスターでも発生したらたまらない。
 
授賞式が終わった後は、矢鳴さんがアテンザで千里姉を浦和に送っていくので、それに同乗して青葉も浦和に行く。運が良ければ30分で行けるのだが、12月30日なので道は混んでいる。1時間ほどの行程になった。
 
千里姉たちは12/26に浦和市内のマンションから同市内の一戸建てに引っ越したが、青葉が行くのは初めてである。マンションは浦和駅から歩いて5分という場所だったのだが、今度の家は産業道路に近い。しかし車での移動を考えると、こちらの方が便利だろう。
 
「貴司さんは通勤はどうするの?」
「コロナが収まったら南浦和駅から武蔵野線で西国分寺に行けばいいんだけどね。当面は車で通勤かな。走ってみたけど、夜中なら1時間10分で行く」
 
「50kmくらい?」
「30kmくらいかな」
 
ちー姉にしては上品な速度じゃんという気がした。
 
「バイク使う?」
「貴司はバイクの免許持ってないのよねー」
「ありゃ」
「だからウォーミングアップ兼ねて走って行きなよと言っている所」
「30kmも走ったら、それだけで疲れ果てて練習出来ない気がする」
「軟弱な」
 

「そうだ。ちー姉、浦和市内でどこか適当なスタジオ借りられないかな。1日のライブに出る前に、一通り練習しておかなくちゃと思って」
 
「だったら、うちの地下を使えばいいよ」
「地下室があるの?」
「桃香や貴司には内緒ね。彪志君にも」
「うん。いいけど」
「地下秘密基地に男の娘製造工場があるんだよ」
「雨宮先生みたいなこと言ってる」
 
矢鳴さんには聞こえているが、彼女は他人に秘密を言ったりはしない人である。しかし男の娘製造工場なんて言ったのでマジかジョークか分からなくなった。青葉も分からなくなった!
 
「そうだ。青葉が言ってたうちにプールを作るって話」
「あ、そんなことも言ったかな」
 
「私きれいに忘れててさ。26日に彪志君から聞いて思い出した」
 
そういえばクリスマスの時に彪志とそんな話をした気がした。千里姉とそんな話をしたのは・・・11月9-13日にラピスラズリと作曲家さんのインタビューをした時だ! ほとんどジョークで言ったのに、ちー姉ったら覚えててくれたんだ!
 
「それで即発注したから、今回は間に合わないけど、青葉がジャパンオープンで東京に来る時には多分できてると思う」
 
「本当に作るの!?」
 

それで浦和市内の新しい家に到着したのだが・・・・・
 
「何だろう?あの車」
「お客さん?」
「お客さんなら、中まで入ればいいんだけど」
 
取り敢えず、庭への進入口の所に車が1台駐まっていて邪魔なのである。
 
降りて見てみると停まっているのはトヨタ・アクアのようである。
 
「これ“アクアのアクア”じゃん」
「アクアちゃんか誰か来てるのかな?」
と青葉が言っていたら、千里姉が溜息をついている。
 
「どうしたの?」
「これ」
と千里姉が指さすのを見ると
 
「やる」
と書かれた紙がマスキングテープで貼り付けてある。
 
「何これ?」
「雨宮先生の字だよ」
「どういうこと?」
「飽きたからここに捨ててったんだと思う」
「不法投棄〜?」
 
「まあよくあることだけどね」
「はあ・・・」
「取り敢えず中に入れよう」
 
と言って千里姉は“アクアのアクア”の運転席に座ると(キーはささったままだった。よく盗まれなかったものだ)、車を発進させ屋敷内に入れる。鉄柱が何本か立っている所の少し手前に駐めた。その後こちらに戻って来て、アテンザをその鉄柱が立っている所の前まで進める。
 
スマホを取り出して操作している。
 
機械が動いているような音がして、前面の地面が上昇する。
 
「昇降式駐車場?」
「そそ。8台駐められるものを作ってもらうつもりだったんだけど、私の言い方が悪くて6台しか駐められない。この後どうするか悩んでいる」
 
「8台駐められるように改造するのに1票」
「やはりそれかなあ」
「いっそ垂直循環式の駐車場でも建てる?」
「この地域、高さ制限があるから、そんな高いもの建てられないのよね」
「ああ。住宅街だもんね」
 
それで千里姉は昇降式駐車場の下の段を上げ、そこにアテンザを駐めて、またスマホで段を下げた。
 

もう遅いので、子供たち4人は寝ているが、桃香・彪志・貴司が起きていた。彪志はついさっき帰ったばかりらしい。桃香が「許す。キスしなさい」と言うので、青葉は彪志にキスをした。
 
「そのままここでセックスしてもいいぞ」
「後でするからいい」
と青葉は答えておく。
 
「彪志、休みは?」
「事実上存在しない」
「大変だね!」
「青葉もね」
 
この日の部屋割はこのようになっている。
 
101 彪志・青葉
201 貴司
202 早月・由美・緩菜
203 桃香
2SR 京平
 
「1階の和室が彪志君の部屋だから、青葉はそこで寝て」
「了解〜」
 

貴司さんが「晩御飯」と言って、ケンタッキーの袋を持って来た。子供たちは寝る前に1人1個ずつ食べたらしい(京平と早月はオリジナルチキン、由美と緩菜は骨なしチキン)。しかし大人用はオリジナルチキンが大量にある。それをチンする。そして適当に頂く。
 
桃香姉はビール、貴司さんは缶チューハイを飲んでいるが、彪志はお茶だけのようである。青葉もチキンやビスケットを食べながらお茶を飲んだだけでアルコールは口にしなかった。
 
この日は「疲れたろうから早く寝た方がいいよ」と言われ、ケンタッキーを食べながら30分ほどおしゃべりしただけで、彪志と一緒に1階の和室に下がった。LDKとの間は襖ではなく開き戸で隙間テープまで貼ってあるので、音は響かないようになっている。更にドアの前には衝立も立っていて、遮音性に配慮されている。
 
それで青葉はこの夜は“安心して寝る”ことができた。少々汗も流したが!特に彪志が!!
 

翌朝、5時に千里姉が、和室に朝食を持って来てくれた。炊きたて御飯、キャベツと若布の味噌汁、焼きたての鮭である。
 
「ありがとう!」
「彪志君は今日は早番と言っていたしと思って」
 
それで和室の布団を畳んで、テーブルを置き、そこで彪志と一緒に朝御飯を食べた。
 

青葉は気になっていたことがあったので彪志に訊いた。
 
「ここってさ、家賃とか払わなくていいんだっけ?」
「それなんだけどね。家賃払う代わりに、母ちゃんに送金しろと千里さんから言われた」
「わっ」
「父ちゃんが定年退職だし」
 
青葉は全然意識していなかった。
 
「ごめん。全然気付かなかった。いつ定年だっけ?」
「12月30日」
「ごめーん。何か記念品とか贈らなくていい?」
「じゃ年明けに何か考えようか」
「うん」
「それで父ちゃんも再就職はするけど、収入が激減するから仕送りすることにしたんだよ。その原資として家賃を使えと千里さんから言われたんだ」
「そうだったのか」
 

彪志の父・宗司は1957年12月30日生れで、63歳になる2020年12月30日で定年退職となった。宗司は盛岡市内のホンダの販売店(業販店 (*17))の店長をしていて、一応平社員に戻って65歳まで再雇用してもらう制度はあったが、宗司は63歳になった所で退職することにしていた(退職金もその方がずっと大きい)。
 
(*17)メーカーの直系ではなく。メーカーの正規販売会社(直販店:ディーラー)から車を仕入れて販売する業者を業販店という。整備工場や中古車販売店などを併業している場合も多い。直販店より“融通”が利き、店にもよるが整備に詳しいスタッフが居ることも多い。また正規販売店の無い地区にも販売網を持っているので特に田舎の人にとっては身近な“街の車屋さん”である。他のメーカーの車も扱う所も割と多い。値引きについては直販店と差は無いと言われる。直販店は、業販店への卸しで利益を得ているから、業販店の商売を妨害できないので、原理的に業販店より安くはできないのである。
 
宗司が勤めていた会社は青森・岩手に広い支店を持っていて、大船渡支店に居た時に、青葉と知り合うことになった。ホンダの四輪車がメインだが、ホンダの二輪車および、歴史的な経緯からトヨタの車(カローラ店系のもの)も扱う。また新車だけでなく中古車も多く販売しており、利益の半分は中古車販売によるものである。
 

定年退職日が仕事納めの日なので(宗司は自分の誕生日を祝ってもらったことがない:正月と一緒にされる)、結局今年いっぱい宗司が店長として勤務し、年明けて1月4日からは新しい店長さんが来ることになった。新しい店長さんはそれまで花巻店の副店長をしていた人である。本人は30日には盛岡に来て、宗司と引き継ぎのための作業をした。
 
退職した後の就職先を数ヶ月前から探していたのだが、ガソリンスタンドのスタッフになることになった。資格も甲種危険物取扱者、一級小型自動車整備士(歴史的な経緯で一級を持っている人はひじょうに少ない)などを持っており、車に関する知識や技術を活かせるので、雇い主も期待してくれているらしい。一応店長候補生である。お父さんは身体は丈夫なので「まだ10年は行ける」と張り切っているということだった。
 
ただ給料はこれまでよりかなりダウンする。生活費の節約も兼ねて、盛岡市街地の借家(3DK 家賃12万円+駐車場代3万円:1台分)から郊外のマンション(2DK 家賃5万円+駐車場代2万:2台分)に引っ越すことにした。これはあまり押し迫らない時期、11月20日(金)に実行した。平日の方が宗司は動きやすいし、引越料金も安い。
 
「薄情な息子は盛岡に戻って来ないみたいだし、部屋数は少なくてもいいかなと」
と母は言っていた。
 
「ごめーん」
と彪志。
 
「仕送りとかもしてくれないし」
「俺、安月給だし。送るにしても2〜3万が限度かなあ」
「少額でも送ってくれるのなら歓迎」
 
そんなことを言っていたのを偶然耳にした千里が
 
「アパート解約して一緒に住もうよ。そしたら家賃と食費が浮くから、その分をお母さんに送金してあげればいいよよ。こちらには払わなくていいからさ」
 
それで彪志は千里の言葉に甘えることにして、浦和の一戸建てで千里たちと同居することにしたのである。
 
彪志はこれまで住所を置いていた(実際にはこの春からほとんど行ってなかった)大宮のアパートを解約し、浮いた家賃と食費の分、毎月8-9万を母に送金することにした。
 

「そういう話なら、私にも出させてよ。私にとっても親なんだからさ」
と話を聞いた青葉は言った。
 
「そう?じゃ青葉が出してくれる分も合わせて送金しようかな」
 
それで結局2人合わせて12万円の送金をすることにし、その半額6万円を青葉は毎月彪志の口座に振り込むことにした。
 
しかし、これで宗司は、ダウンした給料の分を、家賃の削減と彪志からの送金でかなり補うことができたのである。
 
新しい住まいについて 彪志の母・文月は「狭い家だけど、静かでいいかも」と言っていた。中心部近くでは買物も大変だったが、かえって郊外だと比較的近くに安いスーパーがあり“密”にもなりにくいので、気に入ったようである。
 

さて12月31日は彪志は早番なので、青葉は朝6時に
 
「あなたいってらっしゃーい」
と言って、彪志をキスで送り出した。お弁当は千里姉が作ってくれていたのでそれを持って出た。
 
(彪志はフリードスパイクで出かける)
 
彪志が出かけた後で、千里姉が
「楽器を持って一緒に来て」
と言うので、サックスのケースを持ち、青葉は付いていった。
 
青葉が泊まった和室は玄関そばにあるのだが、玄関からまっすぐ進んだ廊下を奥へ行き、階段の登り口の所にドアがあるので開けると、畳半畳分程度の踊場の先が滑り台!になってる。
 
(再掲)

 
「ここを滑り降りる」
「階段とかは?」
「無い。子供たちが楽しそうに滑り降りていたよ」
「子供は楽しいかも知れないけど!」
 
「楽器と一緒に滑り降りると、壊すかも知れないから楽器は脇のリフトに載せてね」
「そうする」
と言って、青葉がリフトにサックスケースを置くと、千里姉はボタンを押した。サックスケースが降りて行く。
 
「人間用のリフトも作れば良かったのに」
「5〜6年経ったら考える」
 
それで青葉は千里姉に続いて滑り台を滑り降りたのであった。
 

滑り台は加速度が付きすぎないように、下に行くほど傾斜が緩やかになっているようだった。一番先は低速で停まることができる。
 
「シュート練習場を作ったのか」
「そそ。1階の床を外して地下を5mほど掘ったから、結果的にこの練習場は天井までの高さが7mちょっとある」
 
「そのくらい無いとボールが天井にぶつかっちゃうよね」
「身長188cmの貴司が角度71度でスリーを撃つと天井にぶつかる」
「そんな高い角度では撃たないのでは?」
「ブロックを避けて入れるのにそういうシュートを撃つことはある」
「へー」
「まあ貴司じゃ入らないけどね。そんな無茶な軌道でも入るのは、私とか花園亜津子くらいだよ」
「シューターでないと無理だろうね!」
 

千里姉はあらためて
「ここ内緒だからね」
と言って、青葉を招き寄せると、ゴールの向こう側の壁にそっと手を当てた。
 
壁が開く!
 
「隠しドアか」
「青葉も登録してあげるよ。手を貸して」
「うん
 
それで青葉が手を出すと、千里姉はその手を壁に付けて何か念じていた。
 
「OK。これで青葉もここを開けられる」
 
「生体認証?」
「霊的認証」
「すごーい。要するに、特定の人しか開かないんだ?」
「当然」
 

壁の向こうに1畳ほどの小さな空間があり、目の前にドアがある。
 
「このドアはトイレのドア」
と言って開けてみせる。普通のトイレである。
 
「こちらを開けるよ」
と言って、向かって左側の壁に千里姉が触るとその壁が開く。
 
「ここも登録してあげるね」
と言って、千里姉はそこの隠しドアにも青葉の波動を登録した。
 
そのドアの向こうにもやはり1畳くらいの小さな空間がある。
「男の娘改造室はその内見せてあげるね」
「いやいいけど」
「今日はこちら」
 
右手にドアがある。そのドアを開けると広い部屋があった。
 
「凄い」
「ここは防音加工されているから、ここでエレキギターを鳴らしても1階には聞こえない」
「凄いね。ここの上はLDK?」
「うん。LDKの真下に同じ面積の隠し部屋がある」
「面白いもの作ってるね」
 
「それでここを自由に使っていいよ。青葉は仕事で出かけたことにしておくから。お昼は自分で作って。冷蔵庫の食材は自由に使っていい」
「了解〜」
「何かあったら、2番か3番のスマホを鳴らして」
 
「もしかして1番さんは知らないとか?」
「さあ。確認したことないけど」
 
「ところでそこの端にある水槽は?」
「それは青葉を飼う生簀(いけす)だよ。青葉を飼育して太らせてから食べようかと」
「恐いなあ。水着取ってきていい?」
「うん。霊的認証の練習だね」
 
「ところで生簀(いけす)と生贄(いけにえ)って字が似てるよね」
「何を突然」
 

それで青葉はラウンジのドアを開けて小空間に出てから、隠しドアを開けてトイレ前に出て隠しドアを開けてシュート練習場に出る。滑り台を頑張って昇り、和室に置いた荷物から練習用の水着・ゴーグル・水泳帽を取ってきた。
 
そしてまた滑り台を滑り降り、隠しドアを開けてトイレ前に出て、隠しドアを開けて小空間に出て、ドアを開けてラウンジに戻ってきた。
 
「ちゃんと霊的認証を通れた」
「良かったね」
 
それで青葉はこの日丸一日ニューイヤーライブの練習をした。疲れたら休憩を兼ねてラウンジ内の生簀?で泳いだ。
 
千里姉が「泳ぎたい時はこのスイッチ入れてね」と言っていたスイッチを入れると水が流れ始める!
 
なるほど!
 
そのスイッチは腕に付けられるようになっているので青葉はこれを左手首に装着した。
 
それで実際この“生簀”自体は長さ6m程度しか無いのに、結構長時間泳いでいられるのである。速度調整もできるようなので、それを調整して、青葉は自分が泳ぐ速度と水流の速度を合わせた。流されたり進みすぎてないかは、側面・底面に引かれた線で確認できる。端に近くなると赤い線があるので、ぶつからないように流れを弱める。手首を身体に当てると、左を当てるか右を当てるかで速度調整できる。それで10分、20分と泳いだ。何m泳いだか(水が流れたか)と現在時刻も“生簀”側面に大きく液晶で表示されているので、それが目安になる。なお安全のため後方の水の吸出口の50cm手前にはしっかりした網が付いている。「この網で青葉を釣り上げる」と千里姉は言っていた。
 

青葉はこの日(12/31)は2時間サックスの練習をしたら1時間泳ぐという感じで過ごした。お昼は結局千里姉が持って来てくれた。
 
「体力使っているだろうから」
 
と言ってメンチカツ(冷凍をチンしたと言っていた)3個、ポタージュスープ(クノールのを溶いたと言っていた)、バケットのスライス3枚をトーストしたものに野菜サラダである。バケットは残りを丸ごと置いて
 
「お腹が空いたらオーブントースターで焼いて食べるといい」
と言った。
 
「ありがとう。そうする」
 

「プールはこのフロアの更に下の階に作らせている所」
「ここの下なんだ!」
「既に空間だけは確保した。プールはFRP製なんだけど、注文してすぐには買えないから、その部品が来てから組み立てる。まあ来月中にはできると思うけどね」
 
「凄いなあ。そこの生簀だけでも充分楽しめたよ」
「青葉の活け作りを食べられるのも時間の問題だな」
「あまり美味しくないよ」
 

恵真(羽鳥セシル)は深夜1時頃、ホンダNSXでアナさんに送ってもらい、尾久のマンション前で降りた。自分の部屋に行こうとした時、クラクションが鳴る。忘れ物でもしたかと思い振り替えると、クラクションを鳴らしたのはアナさんのNSXではなく、見慣れた“仮名M”さんの車だ。
 
恵真も笑顔になる。
 
「今終わったの?」
とMさんが言う。
 
「ええ、そうなんですよ」
「良かったら、少しドライブでもしない?」
「あ、はい」
 
恵真は疲れてはいたが、ドライブとかすると疲れが取れるかもという気がした。
 
それで彼女の例の車、車種とか分からないが、ライオンが立ち上がったようなマークの車の助手席に乗る。
 
「いよいよもうすぐデビューだね」
「はい。1月1日発売、その日からテレビとかのCMも流れるそうです。私自身はその日、ローズ+リリーさんのライブに参加します」
 
「幕間ゲスト?」
「いえ、ダンサーと言われました。他に1曲フルートの演奏もお願いすると言われて譜面も頂きました」
 
「どのフルート持ってくの?」
「プラチナのフルートは怖いので銀のフルート持って行こうかなと」
「“ロマノフの小枝”を持って行きなよ。雨宮さんに言っとくからさ」
「え〜〜〜!?」
「『少年探偵団』のプロモーションにもなるし」
「でも盗難が恐いですよ」
「もち警備員付きだね」
「ひゃー」
「本当に二十面相みたいなのが現れない限り大丈夫だよ」
 

「でもずっと気に掛かってることあって」
と恵真は自分で語り始めた。実は“仮名M”もどうやって切り出そうと思っていたので、これは助かったと思った。
 
「どうしたの?」
「私、一応タマタマは取ってもらったけど、まだちんちんが付いてるでしょ?それなのに女の子アイドルとしてデビューしてもいいのだうかと思って」
 
「だったらデビュー前に、ちんちん取っちゃったら?そしたらもう君は完全な女の子だよ」
 
「やっぱり、ちんちん取っちゃった方がいいですかね?」
「それは君自身の身体のことなんだから、他人がとやかく言う問題ではないけどね」
 
「・・・・・・」
「もし手術受ける気があるなら、今から手術してくれる病院に連れてってあげようか?」
「こんな時間から手術してくれるとことかあるんですか?」
「眠っている間に手術は終わっちゃうよ。朝目が覚めた時はもう女の子だよ」
「どうしよう?」
「迷うくらいなら手術しちゃった方がいいね」
 
それ雨宮先生から“女の子に変えられた”時にも言われたなと思った。そうだよね。迷ってたった仕方ないもん。
 
「費用っていくらくらいですかね?」
「気にすることないよ。雨宮さんに付けとくから」
「だったら安心かな」
「じゃ病院行く?」
「はい。連れてって下さい。年内にもう男の子の身体とはお別れしたいです」
「OKOK」
 

それで恵真は仮名Mさんに連れられて、3階建ての中規模?の病院に来た。
 
「ここの先生は多分日本国内で性転換手術がいちばん上手い」
「へー」
「普通は予約して何ヶ月も待つんだけど、君ならきっと今すぐ手術してくれるよ」
「どうしてですか?」
「君が可愛いからさ」
 
深夜なので玄関は閉まっているが、仮名Mさんが電話したら、中の灯りが点いて玄関が開けられた。白衣を着た女性の医師(?)は不機嫌そうな顔をしていたが、恵真を見ると凄い笑顔になる。
 
「可愛い!あんた本当に男の子なの?」
「はい」
と恵真は恥ずかしそうに言って顔を伏せる。
 
「性転換手術受けたいって?」
と医師が訊くと、仮名Mさんは
「今すぐ手術とかできます?」
と尋ねた。
 
「あんた最後に御飯食べたのは何時?」
「18時頃ですが」
「だったら手術できる。おいでおいで」
と言って、医師は恵真を病院内に招き入れると、身長、体重、脈拍、血圧、を計り、採血した。医師自ら検査機器に掛けていたが
「問題無いね」
と言う。その後、心電図も取った。
 
「じゃ今から手術しよう」
「はい」
 
それで恵真は医師、仮名Mさんと一緒に手術室に入った。
 
「手術したらもう男の子には戻れないよ。いいね?」
「はい、女の子になりたいです」
と恵真は初めて、自分の気持ちを正直に言った。
 

「了解。下半身の服を全部脱いで手術台に横になって」
「はい」
 
それで恵真は靴を脱ぎ、スカート、パンティを脱いで手術台に横になった、
 
そこで恵真の記憶は途切れている。
 

12月31日夕方、千里宅。
 
青葉は丸一日サックスと水泳の時間を過ごしたが、夕方になって千里姉が来て
「彪志君が帰宅したよ」
と言われるので、あがることにする。
 
「夜中でも好きなだけ練習してね」
「1日たっぷり運動したから、年越しもせずに寝ている気がする」
 
それで千里姉と一緒に1階に戻ることにする。一緒にシュート練習場まで出たが、千里姉はそのまま向こうに行く。
 
「あれ?そっちにも何かあるの?」
「別に何も無いよ」
と言って、ゴールと反対側の壁の所にあるスイッチを押すと、そちらの壁が開く。
 
「そちらは隠しドアじゃないんだ」
「駐車場への通路があるだけだよ」
「そうだったのか」
 
それで“通路”に入るのだが
 
「通路にしては広くない?」
「私は確かに“通路”を発注したんだけど。工事の人がなんか随分幅のある通路を作ったみたいで」
 
「通路にしては広いね。むしろホールか何かに見える」
「ね?」
 

“通路”の奥にドアがあるので開ける。そこは昇降式駐車場の下の段になっているようだ。
 
「ここにつながるのか」
「私は雨に濡れずに駐車場まで行けるようにしたかっただけなんだけど」
 
そこに“人間用のエレベータ”がある。千里姉がそれに乗る。
 
「こんな所にエレベータがあったの!?」
「あれ?さっきはどうやって1階にあがったの?」
「・・・滑り台をよじのぼったけど」
「大変だったでしょ!?」
「だって、こんな所にエレベータあるなんて、教えてくれなかったじゃん!」
と青葉は抗議した。
 
ともかくもそれで2人は駐車場の地面と同じ高さの所まで昇り、そこから駐車場の脇の通路を通って表側まで来て、そこの屋根付き渡り廊下?を歩いて母屋に戻った。
 
「子供たちが、滑り台で下に降りて、通路を通って駐車場まで来て、エレベータで地上に戻って、駐車場横の通路、渡り廊下を通って母屋に戻るというので無限に走り回って遊んでいる」
 
「楽しいだろうね!」
 

青葉は帰宅していた彪志に実家へ電話を掛けてもらい、その電話口に出て、お父さんに年末の挨拶と定年退職に関してお疲れ様でしたを言った。
 
さてこちらでは、大晦日の夕食になるが、千里・桃香・貴司・彪志・青葉・早月・由美・京平・緩菜と9名になる。結構な大人数になった。
 
千里が作っていたおせち(筑前煮・ローストチキン・伊達巻き・黒豆・寒天・小女子(こおなご)の佃煮・栗きんとんなど)、及び年越し蕎麦を食べた。桃香が貴司と彪志に
「お酒飲もうよ」
 
と提案したが彪志は「夜中呼び出されることもあるから」と言って遠慮したので、結局桃香と貴司の2人で恵比寿ビールを飲んでいた。千里と青葉も遠慮してお茶にした。子供たちはオレンジジュースを飲んでいた。
 

子供たちは20時で寝せるが、千里と青葉も寝てしまう。実際青葉は1日練習して、眠くてたまらなかった。
 
青葉が寝るので彪志も一緒に1階和室に入る。
 
結果的には桃香と貴司が残り、2人は0時過ぎまで起きていたが、むろん桃香が男性には全く関心が無いのでふたりの間には何も起きようが無い。
 
除夜の鐘を聞き、あけぼのテレビでアクアのライブを観てから1時過ぎにふたりとも各々の寝室に入り眠った。この日の部屋割も昨日と同じであった。
 
101 彪志・青葉
201 貴司
202 早月・由美・緩菜
203 桃香
2SR 京平
 

恵真は爽快に目が覚めた。
 
「目が覚めたらナースコールして」
と書かれた紙があったので、恵真はナースコールした。するとお医者さんが来てくれて
「手術の結果を確認しよう」
と言い、ワンピース状の病衣着をめくり、股間の包帯をほどいた。
 
そこにはむろん何も突起物は無く、縦にきれいなスリットが走っている。
 
何か今までと全然違わない気がした!
 
先生がその付近を触って確認している。
 
「問題無いみたいね。痛みが無かったらもう退院できるよ」
「全然痛みは無いです」
「じゃいつでも退院していいから」
「ありがとうございます」
 
それで恵真は“仮名Mさん”を電話で呼び、Mさんが手続きと支払いをしてくれたので、恵真は退院した。
 
「とうとう女の子になっちゃった」
「良かったね。女の子になれておめでとう」
と仮名Mさんは学校に送って行く車の中で言ってくれた。
 
性転換手術を受けた翌朝に病院から学校へ直行して普通に授業を受けたのは、きっと恵真以外には存在しない!
 

美鶴は朝起きた時、物凄くあの付近が痛かった。
 
「どうしたの?何か気分が悪そう」
と姉の飛蝶が訊く。
 
「よく分からないけど、お股が痛くて」
「どうしたのかね」
「私、今日学校休む」
「分かった。そちらの担任に言っておく」
「ありがとう」
 
それで美鶴を置いてその日は飛蝶がひとりで学校に行った。
 
これが12月28日の朝だったのである。なお今年は4-5月の休校分の補充のため飛蝶たちの学校では授業は29日まで行われた。
 
飛蝶が学校から戻っても、美鶴はまだ具合が悪いようなので、飛蝶は
「ちょっと見せなさい」
と言った。美鶴は恥ずかしがっていたが、半ば強引に服を脱がせて美鶴の股間を見た。
 
「あんたいつの間に性転換手術受けたのよ?」
と飛蝶は“新しい妹”に訊いた。
 

千里は西湖に通告した。
 
「卒業する時に、自分の性別を決めると言っていた。凄く大変な決断とは思うけど、西湖ちゃん、卒業式の日までに、これから男として生きていくか、女として生きていくか、決めなさい。そちらの性別で確定させるし、必要なら戸籍もちゃんと変更できるようにするから」
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6  7  8 
【春白】(8)