【春白】(5)

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『少年探偵団』の撮影が開始される。
 
お金持ちの邸宅のような感じの和室のセットで、羽織袴姿の洋介(東堂千一夜)と小紋の和服を着ている孫娘の聖知(羽鳥セシル)が座っている所に、中年のお手伝いさん(湯沢駒子)に案内されて、明智文代(山村星歌)・小林少年(アクア)が入ってくる。
 
「明智が海外出張中なもので」
と謝った上で、二十面相の予告状などを見せてもらう。
 
「それはどんなフルートなのですか」
と訊かれるので、
「これです」
と言って、その部屋の本棚の中に入っている黒いフルートケースを指さす。
 
「そんな所に無造作に入っているんですか!」
と文代が驚く。
 

聖知は数字回転式の鍵を開け、本棚からフルートケースを取り出す。中を開ける。文代と小林が
「美しいフルートですね!」
と声を挙げる。
 
洋介氏が説明する。
「これはロマノフ王朝のアナスタシア王女と思われる人物から私の父が譲られたもので、専門家に見てもらった所、管体はプラチナ、キイはレッドコールド、填め込まれている宝石は、カシミール産のブルーサファイア、赤い宝石は、ミャンマー産のルビーだということです」
 
(実際には撮影に使用しているものは合成ルビー・合成サファイア!)
 
「かなりのカラット数ですよね」
「多分美術品としての価値は3000万円くらいだろうということです。しかし本当にロマノフ王朝由来のものであれば3億円はするだろうという鑑定家のお話でした」
 
聖知はその高価なフルートを無造作に持つと、“バッハのメヌエット”を演奏した。
 
ソー・ドレミファ・ソ↓ドッドッ、ラー・ファソラシ・ド↓ドッドッ
 
その美しい演奏に思わず拍手が起きる。聖知がお辞儀をする。
 

警察にも相談しているが、警察はまだ起きてない事件にはあまり人数をさけないということで、警備会社のガードマンに多数警戒してもらっている。また文代の助言により、本棚の棚の鍵は、指紋認証式で、洋介氏と聖知しか開けられない鍵に交換された。
 
しかし二十面相の予告が続く。7月8日に「10」と書かれた葉書が届く。9日には洋介氏のツイッターのアカウントに「9」というコメントが付けられる。警察を通してツイッター社に照会してもらったが、書き込んだ人の素性などは分からないということだった。アゼルバイジャンのIPアドレスから書き込まれているが、恐らくは“踏み台”を使ったもので、海外のアドレスだと、その先の追跡はかなり困難だろうということだった。当該ツイッター・アカウントは使用停止になった。
 
7月10日は宅急便が届き開けると「8」と書かれた紙が1枚入っていた。警察に調べてもらったが、愛知県内のコンビニから発送されたものと分かっただけで発送者は不明である。7月11日は、電話が掛かってきて、最近雇い入れたメイド紗耶(甲斐絵代子)が電話を取ると「7」とだけ言って切れた。
 
7月12日(日)は、聖知が入っている室内楽の演奏会があり、聖知はこのフルートを持って出掛けるが、屈強なガードマン2人が付き添った。
 
オーケストラ(△△△大学のオーケストラ)をバックに聖知がモーツァルトのフルート協奏曲第2番(D-Major)を演奏するシーンが映る。これは実際には翌週撮影したものである。全曲吹くと20分掛かるが、実際の収録では第1楽章のみで勘弁してもらった。でもオーケストラと演奏するのは凄い快感だった!水色のコンサート用ドレスを着たが、胸の形がきれいに出るドレスが恥ずかしかった。ボク本当はバストなんか無いのに、などと思っている。
 
(恵真は自分のバストが“本物”になっていることに、未だに気付いていない)
 
12/06の撮影では、オーケストラシーンを飛ばして、聖知が無事に演奏を終えて楽屋に戻って来た所から撮影する。聖知がホッとするかのように椅子に座り、何気なく今日のプログラムを開く。すると、そのプログラムに「6」という数字がマジックで書かれており、聖知は悲鳴をあげる。
 

悲鳴を聞いて飛び込んで来た少女がいる。
 
「どうしたの?」
と聖知に声を掛ける。
 
「これが」
とプログラムを指さす。
 
「それ何なの?」
と訊いたのは、歌手の北里ナナ(アクア)であった。
 
(なんでここに北里ナナがいるんですか?とアクアが質問したが、監督は『だってナナちゃん出さないと視聴者がうるさいし』と答えた)
 

13日は玄関に「5」という数字がチョークで書かれていて、メイドの紗耶が見て恐怖におののく。
 
洋介の弟・洋造(木下春治)が
「イミテーションで二十面相を欺そう」
と言い出した。
 
「でもそんなの作るには時間が掛かるのでは?」
と洋介。
 
「そんな高価なフルートを無造作に本棚に置いておくなんて不用心だから盗難防止用の模造品を作っておこうよと前から言ってたじゃん。それができたんだよ」
と言って、持参の青いフルートケースを開ける。
 
「結構似てるね」
 
「重さでバレないようにタングステンで作らせている。それにプラチナメッキしたもの。表面はプラチナだから光沢とかは全く同じ。キイも本物と同じピンクゴールド。タングステンは比重が重い(*11)から、まずバレ無い。宝石も合成ルビーと合成サファイヤだよ」
 
(*11)プラチナの比重は21.45 タングステンは19.25 でかなり近い。管体の板の厚さを厚くすれば、容易に同じ重さのものが作れるだろう。ちなみに鉄の比重は7.87であり、プラチナ族の重さが凄いのが分かる。金(きん)は19.32 でタングステンとほぼ同じである。ちなみに単価は、プラチナなら4000円/g タングステンは2円/g程度。
 
なおタングステンのフルートというものは実在する。
 
ただし撮影に使用したのは、洋銀のプラチナメッキというシロモノである。
 
洋銀にしたのは、タングステンはとても硬いので加工が大変なため。制作費の節約である。むろん本物に比べてとても軽いので、出演者はまるで重いかのように演技する。このイミテーションに填めてある宝石は実際にはクリスタルガラスの表面に合成ルビー・合成サファイアの薄板を貼り付けた“ダブレット”である。それでもこの“イミテーション”だって制作費は30万円かかっている。本当にこのドラマは予算が潤沢である。(もしタングステンで作ったら多分倍していた)
 

そこで、洋介が指紋認証で本棚を開け、そこに入っている“ロマノフの小枝”の黒いケースを取り出す。中に入っているフルートを取りだし、洋造が用意した偽物を黒いケースに入れて本棚に戻す。本物は洋造が偽物を入れて来た青いフルートケースに入れ、居間の金庫の中に収めた。
 
この金庫は部屋にボルトで固定されているし重さが200kgもあり、人間がまるごと持ち出すことは不可能である。ダイヤル錠は、右に4回、左に3回、右に2回、左に1回と回さないと開けられない。4つの数字を知らないと開けられないし、解錠に時間がかかるので、解錠している間に他人に見られる可能性がある。数字を1つでも間違うと警報が鳴る。金庫を留めているボルトを外そうとしても警報が鳴る。つまり防犯性が極めて高い金庫である。
 
「ついでに解錠する番号も用心のために変更しよう」
と言って洋介氏は操作している。
 
「20 5 2 25 にした。2005年2月25日という聖知の誕生日だ。これなら忘れることもないし」
 
「これで万一の場合も、盗賊は偽物を盗んでいくよ」
「だったら安心だね」
 

洋介と洋造がフルートの入れ替えをしていた時、それを密かに盗み見している者がいた。
 
数日前に雇い入れたメイド・紗耶(甲斐絵代子)であった。
 

二十面相の予告は続く。
 
7月14日には、玄関の所にある“おじいさんの時計”が4時で止まっていた。またもや紗耶が見て悲鳴をあげる。15日には、フルートを置いている居間の入口の所にフルートのクリーニング用の棒が3本テープで貼り付けてあった。16日にはとうとう居間の中に入り、居間の暖炉の上に見慣れないビスクドールが2体載っていた。そして17日・予告前日にはフルートを入れている本棚の扉に黒いテープが縦に貼られていた。むろん「1」という意味だろう。
 
そして7月18日(土).
 
“ロマノフの小枝”をしまった本棚の前で洋介と洋造が卓の前に座り、囲碁を打ちながら番をしている。“ロマノフの小枝”は本棚の中に収まったままである。
 
そこに突然明智小五郎(本騨真樹)が訪問する。
 
「明智先生!」
「先ほど、帰国しまして。すぐこちらに飛んできました」
 

「そうですか。でも明智先生が来て下さったら安心です。ご覧の通り、“ロマノフの小枝”は無事ですよ」
と洋介氏は本棚の中の黒いフルートケースを指さす。
 
「本当に無事でしょうか?」
「え!?」
 
「だって、私たちがこうしてここて゜見張っているのですから、賊も盗み出しようがないですよ」
 
「本当にロマリフの小枝を見ていましたか?」
 
洋介と洋造が顔を見合わせる。
 
「実を言うと、最後の砦として、賊がこれを盗んでいっても大丈夫なように、誰にも言っていないですが、本物は別の所に移して、この本棚には精巧なイミテーションを入れていたんです」
 
「だったら、その移動した場所を確認すべきだと思いますね」
 
「まさか」
 

それで洋介氏は部屋の金庫を開けた。解錠するのに30秒ほど掛かる。その中に青いフルートケースがある。
 
「ほら無事ですよ」
 
「中まで見ましょう」
と明智。
 
それで洋介氏がフルートケースを取り出す。開ける。
 
「あっ!」
と声を挙げる。中はフルートではなく、重さでバレないようにするためか、金属の棒が入っていた。
 

「どうしましょう?明智先生、ロマノフの小枝は盗まれてしまいましたよ」
 
「どうもそのようですね」
と明智は笑っている。
 
「先生、どうしてそんなに落ちついておられるんです?ロマノフの小枝を取り返して下さいよ。そして二十面相を捕まえて下さいよ」
と洋介氏が訴える。
 
「僕はロマノフの小枝を確保していますし、賊も確保していますよ」
と明智は言った。
 
「え?本当ですか?じゃロマノフの小枝はどこにあるんです?」
「そこの本棚に入っているではありませんか」
と明智。
 
「いや、だからさっき説明したようにここに入っているのは偽物なんですよ」
「本当に偽物でしょうかね。出して確認しませんか」
 
洋介氏は聖知を呼んだ。花柄の小紋を着た聖知が来る。自分の指紋認証で本棚を開け、黒いフルートケースを取り出す。開ける。中にはフルートが入っている。
 
フルートを手に取る。
 
吹いてみる!
 
「これは本物」
と聖知は言った。
 

「そんな馬鹿な!」
 
「こちらにうちの事務所の口利きで半月ほど前に雇い入れたメイドさんがいましたね。彼女を呼んでもらえますか?」
と明智は言う。
 
「いや、あの子はよく気が利くし働き者だし、いい子を紹介してもらったと思っていたのですが、あの子が何か?」
と言いつつ、洋介氏は紗耶を呼んだ。
 
メイド服を着てホワイトブリムも付けた紗耶(甲斐絵代子)がやってくる。
 
明智は説明した。
 
「実はあなたたちが偽物を用意して本物と入れ替えたことを知りまして、僕が指示してこの子に再度密かに入れ替えさせたんですよ。だから、その時点で本物が本棚、偽物が金庫に収まったんです。そうとも知らずに二十面相はまんまと金庫の中に入っている偽物の方を盗んでいったんです」
 
「でも金庫も本棚も普通開けられないと思うのに」
 
「金庫の番号は細野さんが開けておられる所を盗み見して知りました。本棚については、申し訳ありません、実はこの鍵の指紋認証は文代がこの鍵を持参した時に、私の指紋も登録してあったんです」
と紗耶は説明した。
 
「凄い!でも女の子の君に、よくそんな大胆な作業ができたね」
 
「この子は女の子ではありません。小林君、変装を解きたまえ」
 
と明智が言うと、紗耶は恥ずかしそうに
「はい」
と答え、“変装用のフェイスマスク”を外す。
 
するとそこに居たのは小林少年(アクア)である。
 

ここは変装を解こうとする所まで甲斐絵代子が演じ、実際にフェイスマスクを剥ぐのは、同じメイド衣装を着けたアクアが演じるのである。
 
結果的にメイド衣装を着けたアクアが画面に映ることになる。
 
視聴率の稼ぎ所である!!
 
「凄い!君、女の子じゃなかったのか!全然気付かなかったよ」
と洋介氏は言っている。
 
「でも明智先生ありがとうございます。ロマノフの小枝を守ってくださったんですね。でも、どうせなら二十面相も捕まえてくださったら、良かったのですが」
と洋介。
 
「僕はさっき言いましたよ。ロマノフの小枝を確保しているし、賊も確保していると」
 
「え?それでは二十面相を捕まえてくださったんですか?」
「もちろんです」
「それはどこに?もう警察に突き出したのですか?」
 
すると明智はおもむろに洋造氏を指さした。
 
「いい加減、観念したらどうだい?二十面相君」
と明智は言った。
 
「明智先生、何を突然おっしゃるんです。これは私の弟の洋造です」
と洋介氏は言ったが、そこに入ってくる人物がある。
 
「兄貴すまん。不覚にも賊に捕まってて。さっき、明智先生の助手の方に解放してもらって、こちらに駆け付けてきたんだよ」
と言って入ってきたのは当の洋造氏である。
 

「え?これはどうなっているんだ?」
と洋介氏が声を挙げる。
 
入口から入ってきた洋造と、目の前に座っている洋造がいる。入ってきた洋造も自分と同じ顔の人物が部屋の中に居るので呆気にとられている。
 
(この場面は、洋造を演じる木下春治(70)と彼のボディダブル役の俳優さん−実際には同じ事務所の後輩・中村四郎(60)−とで2回同じ場面を撮影して後で編集している)
 
しかし同じ顔の人物がお見合いしてしまうと、やはり偽物は分が悪い。それで今まで居間にいた方の洋造は窓から飛び出して逃げて行く。
 
「あ、先生!逃げましたよ」
「庭には警備員さんがいるのでは?」
「あ、そうですよね」
 

ところが警備員は居なかったのである。
 
明智と洋介氏・(本物の)洋造氏が表に出てみると、警備員が通りに整列している。そういう指令があったというのだが、明智に言われてリーダー格の人が会社に確認すると、そんな指令を出した覚えはないという話である。
 
二十面相は万一の場合に備えて、警備会社の上司を装って、警備員を全員屋敷の前に集めさせていた。それで二十面相は庭に飛び出すとまんまと裏門から逃走してしまったようだ。明智たちは裏門が開いているのを発見する。
 
「うーん。ここまで準備していたとは」
とさすがの明智も悔しそうである。
 
しかし洋介氏は、ロマノフの小枝を守ってくれただけでもと明智に感謝していた。
 
ところが・・・
 

明智・洋介・洋造が庭の方に行った後、居間には本物のロマノフの小枝を持った聖知が1人残っていた。聖知は自分を落ち着かせるようにフルートを吹く。“ハイドンのセレナーデ”である。
 
ミファ・ソミドー、ソミ・ラファドー、ファラ・ラソファミ・ミレドシ・シドソー
 
ところがその背後から迫る影があった。
 
何か布のようなものをいきなり鼻と口に当てられ、気を失う聖知。
 

明智や洋介たちは、庭にいたら聖知のフルートの音が変な所で突然途切れるのを聞く。
「どうしたんだろう?」
と言って、居間に戻ると聖知が倒れていて、若い男が
「お嬢様、しっかり」
と声を掛けて身体を揺すっている。
 
「どうした?」
「お嬢様が突然倒れられて。もしかしたら二十面相が現れて、その恐怖で極度の緊張状態になられたからかも」
 
「それは無理も無いな」
「すぐ病院に運びます」
と介抱していた男は言う。
 
それで男は聖知の身体(セシルの体重は40kg)を抱くと、そのまま表へ運ぶ。
「御主人、クラウンを貸して下さい」
「うん」
と言って洋介がクラウンのキーを取り出し、鍵を開ける。男が聖知を後部座席に寝せる。洋介がキーを男に渡すので、男は運転席に座ると車を発車させた。
 

「あ、どこの表院に連れて行くとか聞かなかった。明智先生、あの助手の方はどこの病院に行かれたんでしょう?」
と洋介氏が明智に訊く。
 
「待って下さい。今の男性は、こちらの使用人さんではないのですか?」
と明智。
 
「え?あんな使用人は居ませんよ。私は明智先生の助手さんとばかり」
と洋介氏。
 
「しまった!」
と明智が声をあげる。
 
「まさか」
 
明智はまだ玄関付近にいた警備会社の人に、尋ねてみたが。派遣されてきた警備員はそこに全員居ることが分かる。洋造氏を解放してここに連れて来た明智の本物の助手もここに居る。
 
つまり・・・何者かが、聖知を拉致していったことは確かだった。
 
そしてロマノフの小枝も一緒に無くなっていた。
 
明智は悔しそうな顔をして細野洋介氏に言った。
 
「細野さん、私は必ず6時間以内に、お嬢さんを救出し、ロマノフの小枝も取り戻します」
 
「お願いします。最悪、ロマノフの小枝は諦めても、孫娘だけは何とか」
「大丈夫ですよ」
という力強い明智の言葉に、洋介氏はこの人なら何とかするかもと思ったのであった。
 
(読者はここに小林が居ないことに注意した方がよい)
 

某所。
 
車を駐めた二十面相(大林亮平)が聖知を抱いて、その民家の中に入る。そして彼女をベッドに寝かせ、ドアをロックして部屋を出た後、美術品倉庫のような部屋に入る。多数の美術品が並んでいる。二十面相は鞄の中から、ロマノフの小枝を取り出す。
 
「なんて美しいフルートなんだ。しかし小林の野郎、メイドなんかに化けてまんまと俺をハメやがって。ただじゃ済まないぞ。こうなれば、細野が所有しているもうひとつのお宝“火の鳥”も頂かないと気が済まない。娘はそれと交換で返してやることにしようか」
 
などと独り言のように語る。
 
結局、二十面相はあの時、庭から逃走したと見せて裏門だけ開けて実は庭の中に潜んでおり、今度は書生に化けて、聖知ごとロマノフの小枝を奪ったのである。
 
彼はロマノフの小枝を満足そうにあちこち眺めると、やがてそれを棚に納めた。
 

「しかし疲れた。少し寝よう」
と言って二十面相は寝室に行くと眠ってしまった。
 

庭に駐められた黒いクラウンのトランクが静かに開く。そこからメイド服を着た少女が静かに出て来た。建物に入ろうとした時、バイク(Ninja 250 KRT Edition- KRT=Kawasaki Racing Team) に乗った少女が来たのでギクッとする。が、相手が誰か分かると「しーっ」と言って指を口の前に立てる。
 
2人はクラウンの影でひそひそ話をする。
 
「すっごい可愛い服着てる。本来の自分に戻ることにしたの?」
「それよりなんでここに来たの?(質問に答えてない)」
 
「こないだ聖知ちゃんと偶然会って、怖がっていたから、彼女にGPS発信器を持たせたのよ。彼女が拉致されたと、彼女のメイドさんから連絡あったから、信号を頼りにやってきた。そちらは?」
 
「犯人は走って逃げたりしない気がしてさ。車を使うかも知れないと思って、トランクの中に潜んでいたんだよ」
 

一方、聖知が入れられた部屋。
 
聖知がふと目を覚ます。
 
「ここはどこ?」
と不安そうに声を挙げる、
 
さの時、部屋の鍵が開く音がする。口に手を当てて怖がる聖知。
 
ところが入ってきたのは、なんとメイド服を着たままの小林少年(アクア)とバイクスーツを身につけた北里ナナ(アクア)である。
 
「ナナちゃん!」
「聖知ちゃん、無事?」
 
聖知は自分の身体をあちこち触ってみるが、やがて
「無事みたい」
と言った。
 
「おうちに帰ろう。ナナちゃん、バイクで彼女を連れて帰って」
と小林。
 
「分かった。小林さんは?」
「二十面相に一泡ふかせてやるよ」
と小林は言った。
 
(この場面は、アクアと葉月でメイド服の小林とバイクスーツのナナを交替で2度演じ、それを編集でつなぎあわせている)
 

やがて二十面相は目を覚ます。
 
私室を出て、美術品室に来る。あらためて“ロマノフの小枝”を手に取る。
 
「本当に美しいフルートだなあ」
と呟く。
 
「さて、そろそろ娘も目を覚ます頃かな。飯でも食わせなきゃ」
と言って、二十面相は、調理人にトースト、ハムエッグ、サラダにコンソメスープといった料理を作らせるとそのトレイを持ち、聖知を閉じ込めた部屋に行った。
 
トントンとノックをし
 
「入るよ」
と声を掛けてから鍵を開けて中に入る。
 
「おお、起きてたかい」
と二十面相は聖知に声を掛けた。
 
「君の御飯だよ」
と言って聖知の前にトレイを置くが、小紋の和服を着た聖知は怖がって手を付けない。
 
「私をどうするの?」
と聖知は不安そうな顔で訊く。
 
「別に取って食ったりはしないよ。君は大事なお客様だからね。君のお祖父さんが所有している“火の鳥”と交換に返してやるから」
 
「“火の鳥”は個人が持つべきものではない。人類の財産よ。あれは今、音楽研究所で誰か優秀な人に使ってもらえるよう、選考を進めている所なんだから」
 
「あれはこの“ロマノフの小枝”と並んで鑑賞すべきお宝だよ。ロマノフの小枝が今こうやって僕のものになった以上、“火の鳥”も一緒にしてあげなきゃね」
 
と言って、二十面相はロマノフの小枝を取り出して聖知に見せた。
 

「虫が良すぎる話だね。悪いけど、そんな白昼夢は刑務所の中ででも見てもらおうかな」
と聖知は言った。
 
二十面相はギクッとした。
「どういう意味だ?」
 
「そもそもそのフルートをよく見てご覧よ」
「何!?」
 
二十面相は手に持つ“ロマノフの小枝”をじっと見た。
 
「しまった。これは俺が作ったイミテーションの方だ」
 
「二十面相君って美術品の鑑定眼がありそうなのに、わりとコロっと偽物に欺されるよね。やはり欲に目がくらむと、鑑定眼がちゃんと働かないのかな」
と聖知。
 
「誰だきさま?」
と二十面相は低い声で聖知を脅すように言った。
 
「二十面相君は、変装の名人のくせに、他人の変装は見破れないんだね」
「きさま、まさか小林か?」
 
「やっと分かったのかい?」
と言って、小林はフェイスマスクを剥ぎ取った。
 
可愛い花柄の小紋を着た小林(アクア)がこちらを睨んでいる。
 
(この場面は例によって、フェイスマスクを剥ぎ取ろうとする所までをセシルが演じ、実際に剥ぎ取る所以降はアクアが演じている:なお物語としては、小林が聖知に化けるためと、和服ではバイクに乗りにくいことから、小林と聖知は服を交換したのである。メイド服はフレアースカートなので何とかバイクの座席に座ることができる)
 
「小林、君はほんとに大した奴だよ」
と二十面相は脱力したように言った。
 
「じゃ観念して縛に就くかい?あと10分もすれば中村警部たちが来るよ」
 
「そうかい、そうかい。だけどね。俺もさすがに子供に腕力では負けないつもりだよ」
と二十面相は小林に言った。
 
二十面相と小林が睨み合う。
 
「だけど、そんな可愛い服を着てると、変な気分になりそうだよ。さっきの可愛いメイド服も良かったけど」
「ちょっとぉ!?」
 
二十面相が小林少年に1歩、歩み寄る。小林は“身の危険”を感じた。
 
「いい加減おとなしくしたまえ」
という声がある。そして何か硬いものが二十面相の身体に突きつけられる。
 
「貴様、明智!?」
 
「僕が可愛い弟子をたったひとりで危険な場所に行かせる訳がないだろ?観念したまえ」
と明智はピストル(Colt Detective Special)を二十面相に突き付けながら言った。
 
「くっそーっ」
と二十面相は悔しそうに言った、
 
パトカーのサイレンが聞こえる。
 
そして多数のパトカーが走ってきて一軒の家の前で駐まり、多数の警官が降りてくるところが映る、
 
そして最後はどこかのホールのステージで、伴奏者(常滑舞音:とこなめ・まね)のピアノ伴奏に合わせながら、モーツァルト『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』の第4楽章“ロンド”を“ロマノフの小枝”で演奏する聖知が映る。
 
ソドミ・ソソソソ・シード、ド・ファファミミ・レー、
ソドミ・ソソソソ・シード、ド・レレソーラシ・ド
 
この場面で、聖知の演奏している顔のズーム、そして画面隅の丸いコーナーワイプに笑顔の小林とナナの笑顔が映って終了となる。
 

恒例となっている年末年始の§§ミュージックの「今年もお世話になりました/今年もよろしくお願いします」のテレビCM用のビデオ撮影は、“三密”回避のため、全員個別にブルーバックの前で撮影して、合成する方式で行われた。
 
そもそも人数が多くなりすぎて、全員の予定を同じ日に確保すること自体がかなり困難になっていた。なお2021年年始のビデオで、コスモスが持つ指揮棒の色は白、ゆりこが弾くピアノはKawai CR-40Aであった。真っ白な半透明のグランドピアノである。
 
過去の指揮棒とピアノは↓である。
 
2015年 青KawaiGX-7
2016年 黒YamahaC7X
2017年 赤KawaiSk7
2018年 銀YamahaS6B
2019年 桜SteinwayA-188
2020年 緑/Bösendorfer 170VC
 
今回出演したのは、年末版では、ピアノのゆりこ・指揮のコスモスを入れて22名。年始版は、そこから桜木ワルツが抜け、七尾ロマン・恋珠ルビーが加わって、合計23名となった↓
 
アクア、品川ありさ、高崎ひろか、西宮ネオン、姫路スピカ、花咲ロンド、石川ポルカ、白鳥リズム、原町カペラ、山下ルンバ、桜野レイア、ラピスラズリ、今井葉月、大崎志乃舞、リセエンヌドオ、七尾ロマン、恋珠ルビー、川崎ゆりこ(Pf)、秋風コスモス(Cond)
 
衣装は例によって西宮ネオン以外は振袖である。むろんアクアも葉月も振袖である。
 
「提案。来年はコロナが収まっていたら9月か10月の内に撮ろう」
「やはり、年末に撮影するのは難しいよね。みんな忙しいもん」
「だいたい毎年深夜に撮影してたよ」
「あれ、本当は中高生をそんな時間に使ってはいけなかったんだけどね」
 

11月から自動車学校に行っていたジャネであるが、12月中旬、無事運転免許を取得した。グリーンの帯の免許証を見せてくれた。
 
なお、自動車学校で卒業検定を受けたのはマラだが、免許試験場で学科の試験を受けたのはマソらしい。マラは交差点の何m以内が駐車禁止とか、安全地帯からは何mで消火栓からは何mとか、積載は何cmまでとかいった数字を覚えるのが苦手だと言っていた。しかし、そんなんで運転してほんとうに大丈夫か?
 

(2020年)12月13日、貴司の妹・理歌が旭川市内て結婚式を挙げた。
 
祝賀会はネット配信方式であるが、貴司は実の兄なのでリアルに出席する。千里も“貴司の妻”なので当然リアル出席する。またこの機会に桃香の母・朋子が千里の両親に挨拶したいと言って高岡から旭川に行くことになった。朋子が行く以上桃香も行く。当然4人の子供も付いていく。ということで大移動になった。結局朋子の付き添いで青葉まで行くことになった。青葉にとっても理歌は義姉妹という意識があった。
 
コロナの折、千里にしても青葉にしても公共交通機関の使用が厳禁されているので、どうやって移動しようかと悩んだ。特に困るのが、本州と北海道の間は新幹線・飛行機・フェリー以外の移動手段が存在しないことである。
 
千里としては不本意だったが、G450を使うことにした。
 
桃香や朋子の手前は“知り合いのお金持ちが貸してくれた”という話にした。
 
12/12にまずは郷愁飛行場から能登空港に千里を乗せて飛んでもらい、ここで自分の車で来た朋子と青葉をピックアップする。朋子はビジネスジェットなんて乗ったことか無いので、落ち着かない様子だった。
 
「フライト・アテンダントとか乗ってないから、飲み物はセルフサービスでね」
「あ、うん」
「どうしたの?」
「トイレどこだっけ?」
「後ろ」
「行ってくる」
 
どうも一度トイレに行ってきたら少し落ち着いたようである。
 
「なんなら副操縦士席に座る?眺めいいよ(良すぎるけど)」
「いい!私、ジェット機の操縦なんてできないし」
「いや、機長がいるから。操縦する必要はないけどね」
 
しかし青葉は12/07にホンダジェットで郷愁から能登へ戻ったばかりで忙しい。
 

いったん能登空港から郷愁飛行場へ飛び、ここで貴司の運転する日産セレナで連れてきた、桃香・京平・早月・由美・緩菜が貴司と一緒に乗り込む。これて乗客は9人になる(定員は14名)。
 
ビジネスジェット初体験となる桃香は
「凄いなあ。お金持ちのお友達がいて良かった」
などと言い、めったにできない体験だからと行って、コーパイ席に座っていた。貴司はかなり落ち着かないようだっが、貴司も一度トイレに行ってくると落ち着いた。子供たちはうるさかった!とりあえず゛
「ちゃんと席に座ってシートベルト付けてなさい」
と言った。
 
早月と由美はこの機体に6月にも乗って能登→羽田→能登と往復している。(その時は奏音も一緒で、由美はまだベビーベッドに寝せておいた)
 

旭川空港からは2台のレンタカー(セレナとノート)に分乗して、市内のホテル(祝賀会を行う所)に移動する。
 
セレナ:千里(D)・桃香・早月・由美・京平・緩菜
ノート:貴司(D)・青葉・朋子
 
青葉ではなく貴司が運転するのは、北海道の道に慣れてない人に冬の北海道の道は辛すぎるからである。むろん桃香などに運転させたら、行き先が天国に変わりかねない!
 
早速理歌本人・結婚相手と会ったが、理歌は
 
「千里お姉さんを招待できてよかった」
 
と言っていた。案内状を出さない訳にはいかないから“細川貴司・美映様”宛に案内状を出し、貴司は出席の返事をしておいたが、結婚式の1ヶ月前に貴司は美映と離婚し、彼女の出席はキャンセルとなって、代わりに千里を招待することができた。取り敢えず現段階では“細川貴司の婚約者・村山千里”という達前である。ちなみに千里の復氏届の処理は既に終わっていて、この時点でいわゆる“留萌系”の千里の戸籍も村山千里に戻っている。
 
(出羽の“八乙女”の美鳳さんの悪戯のせいで、千里は“留萌系”“旭川系”の2つの戸籍を持っている。川島信次と結婚していたのは“留萌系”であり、“旭川系”はずっと村山千里のままであった。パスポートも2つあり、千里2と千里3が各々別に行動するのに役立っていた。川島千里のパスポートも村山千里に書き換えている)
 
なお、御祝儀は、細川貴司・千里、鈴江彪志・青葉、高園桃香、高園朋子という4つを渡している。理歌は「豊作・豊作」と喜んでいた。
 
「ちー姉たちの袋が異様に厚い気がするんだけど」
「そうだっけ?あまり大した額は入れてないけどなあ」
 
青葉はいくら入れたかを訊くのはやめておいた。
 
子供たち4人は、保志絵・望信には“おじいちゃん・おばあちゃん孝行”、淑子には“ひいおばあちゃん孝行”をしていた。本当に保志絵たちの孫なのは京平だけだが、他の子もついでである。
 

13日、結婚式は午前中に旭川のQ神社で行われた、千里が高校時代に巫女さんのバイトをしていた神社だが、当時の知り合いがたくさん残っていた。
 
「千里ちゃん、もう巫女はしてないの?」
「これ名前だけで、めったに顔も出してないんですけどねー」
と言って、越谷F神社の副巫女長の名刺を出す。
 
「あんたはずっと辞めないと思ったよ」
と巫女長の斎藤さんに言われた。
 
結婚式は午前中に行われる、出席したのは↓である。
 
神主さん!(巫女はピデオ参加)
新郎新婦 坂口栄吾・細川理歌
新郎側:父・母・妹2人の4人
新婦側:父・母・貴司&千里・美姫の5人
 
三三九度も空の杯で飲む真似だけ。親族堅めの盃も飲む真似だけど、代わりに“男山”の100cc缶を配った。
 
お昼からは市内のホテルに舞台を移して祝賀会が開かれるが、リアル出席するのも↑のメンツだけで、千里の両親、理歌の親友でもある千里の妹・玲羅、桃香や朋子に淑子もネット参加である。京平たちは桃香の部屋に入れておいたが「お姉ちゃんおめでとう!」などと言っていた。(“叔母ちゃん”ではなく“お姉ちゃん”と言いなさい、と千里が《教育》しておいた)
 
緩菜が理歌のドレスの裙を持つ係に登用されたが、緩菜にその係の衣装を着せてくれた保志絵は、緩菜のお股に興味津々だったようで
「あの子、もう性転換手術しちゃったの?」
などと訊いていた。
 
半分正解!
 
なお、今回は人との接触をできるだけ減らすという観点から、旭川市内の美輪子(津気子の妹)の家、札幌の紀子の家などには行っていない。
 
祝賀会が終わった後、留萌に行き、千里の両親に、 (1)貴司とその両親が挨拶
(2)桃香と朋子が挨拶
 
をした。千里の父・武矢は「二重売りしてるみたいで変な気分だ」と言っていた。ちなみに、貴司たちが挨拶した時に居たのは千里2、桃香たちが挨拶した時に居たのは千里1である!
 

12/14に帰ることにするが、この帰りの飛行機に、理歌と坂口さんが同乗した。新婚旅行である!(合計11人でのフライト)
 
ふたりともこんな飛行機に乗るのは初めてなので
「すごーい」
 
と言っていた。坂口さんに「一度体験してみましょう」と言ってコーパイ席に座らせたが「楽しかった」と感動していたようである。普通の旅客機ならまず体験できない感覚である。
 
郷愁村で桃香と4人の子供、貴司、坂口夫妻を降ろす。彪志がレンタカーのフリードスパイクを借りていてくれて、坂口夫妻はそのフリードスパイク(この車は車中泊もしやすい:寝具・非常食・カセットコンロに鍋なども載せてくれている)で新婚旅行に行く。彪志はフリードスパイクを坂口夫妻に渡すと子供たちと一緒にセレナで浦和に戻った。
 
ちなみに千里は理歌と坂口さんにもコロナのワクチンを接種しておいた!(貴司・彪志・朋子も接種済み)
 
桃香たちを降ろした後は、3人だけで能登空港まで飛び、そこで青葉と朋子を降ろして、千里1人だけで郷愁飛行場に戻った。
 

千里は(2020年)11月3日に(いったん)統合されて1人に戻った後、これはここ数年の複雑な人間関係が整理される前兆ではないかという気がした。すると案の定、翌日美映が「貴司を買い取って欲しい」という話を持って来たのである。
 
美映が持って来た“離婚届け”の貴司が書くべき部分の字が(よく似せてはあるが)貴司の字でないのはすぐ分かった。でも好都合なので、気付かないふりをして、貴司を美映の言い値5000万円で買い取ることにし、彼女が持ち込んだ離婚届けと交換で5000万円を払った。
 
離婚届けはすぐに市役所に提出。美映と貴司の離婚が成立したので、千里は明日にも貴司と法的に婚姻できる状態になった。本当は2012年12月22日に婚姻届を提出する予定だったのに、長い道のりになったなと千里は感無量だった。
 
この時点では、千里としては自分が1人になったのと連動して桃香も1人に戻ったので、桃香は季里子の所に早月・由美を連れていき、彼女と一緒に暮らすだろうから、自分は京平・緩菜と一緒に貴司と暮らせばいいと思った。
 
ところが京平が介入して、千里と桃香の“分裂の連動を切ってしまった”ので桃香がまた2人になってしまった。京平がひとりでこういうのを実行する訳がないので京平にペリドットの指輪を渡した人物(神様?)の意図が働いているのだろう。そして“こちらの”桃香は今後も千里と一緒に暮らしたいと言う。自分と暮らしたいというより、たくさん浮気がしたいのではと思ったが“千里1”も、自分は桃香のことが好きだという。
 

それで“千里2”と“千里3”が話し合った結果、こういう“二重の重婚”をすればいいという話になったのである。
 
貴司−千里2、千里1−桃香B、桃香A−季里子
 
そうなると、今のマンションで暮らすのは困難なので、1月に引っ越したばかりではあるが、もう少し広い所に再度引っ越すことにする。それで貴司・桃香とも話し合った結果、一戸建てを買うことにした。
 

それから物件を探した所、1月12日に、現在の住所からあまり遠くない所に4LDK2Sという中古住宅が見つかり、それを土地ごと7000万円で購入したのである。
 
中古住宅を買ったのは“できるだけ早く入居したい”という問題があったためで千里としては後々完全に建て直すつもりだったが、今建て直すと入居までに半年程度待つ必要が出てくるからである。
 
しかしこの住宅で最大の問題は駐車場問題だった。
 
ここの敷地は17半間×9半間(38坪 15.4m×8.2m)で、建坪は11半間×8半間(22坪 10m×7.2m)、南側の庭が5半間×9半間(11坪 4.5m×8.2m)である。この広さで駐められるのは、軽なら2台、普通乗用車なら1台だ。ところが、千里は少なくとも↓の車を駐めたかった。
 
家族移動用のセレナ
千里1のヴィッツ
千里2のオーリス
千里3のアテンザ
貴司のプラド
彪志のフリードスパイク
青葉のマーチニスモ
来客用に+1台
 
つまり最低8台の車を駐める必要がある。
 

千里が悩みながら見ていたら、庭側(南側)の隣の家が空き家っぽいことに気付いた。顧問司法書士の青山さんに調べてもらったら、所有者は大阪に住んでいることが分かる。連絡を取ってもらったら、大阪は実家でもう6年ほど前にそちらに移動していたらしい。しかし狭い土地なのであまりいい値段では売れず放置していたということだった。それで交渉した所、4000万円なら売ってもいいというのでこれを買い取った。そして建っていた家屋を崩して、ここに昇降式の駐車場を作り込もうと考えたのである。
 
この土地が10半間×9半間(22坪 9m×8.2m)だったので、両者合わせると↓のような土地(27半間×9半間)になった。
 

 
千里は幾つかの改造を行った。
 
・トイレが2つしか無いが、住む人数が9人(本当は11人)なので居室のある2階にトイレを1つ増設して3つ使えるようにする。
 
居住者→千里・貴司・京平・緩菜・桃香・早月・由美・彪志・青葉
 
・家の周りに灯りを灯す。
 
・ガレージと母屋との間に廂(ひさし)を造り、雨に濡れずにガレージと往復できるようにする。
 
・1階サービスルームの地下を5mほど掘り、1階天井まで7.5mほどの高さの空間を作り、そこをシュート練習場にする。
 
・この練習場と駐車場のピット(地下)とをつなぐ通路を作る。
 

千里がこの改造を播磨工務店の手の空いている子に頼んでいたら、意思の伝達に問題が発生した。
 
(1)千里は「通路」と指示したので幅2m程度のものを想像していたのだが、話を半分しか聞いていなかった万奈が、敷地面積ギリギリの、幅が7mもある“通路”を作ってしまった。ほとんど地下室である。容積率がヤバい気がしたが、検査とか受けるわけでもないからバっくれることにした。
 
(2)千里の言い方が明らかに悪かったのだが、千里は8台駐めたかったので、「3層構造のものを2組作って」と頼んだ。つまり最上フロア=天井を入れて8台駐められる計算である。ところが頼まれた九重は“フロアが3つ”と思い(普通そう考える)駐車フロアが3段になっているもの、つまり地下空間は2段のものを作ってしまった。
 
千里の思惑
  0  (地上)
┏━━━┓
┃ 1 ┃(地下)
┣━━━┫
┃ 2 ┃
┣━━━┫
┃ 3 ┃
┗━━━┛
地下3層で4フロア
 
九重はこう考えた。
  1  (地上)
┏━━━┓
┃ 2 ┃(地下)
┣━━━┫
┃ 3 ┃
┗━━━┛
全部で3フロア
 
これだと6台しか駐められない!
 
仕方ないので、取り敢えずオーリスは近くの月極駐車場に駐めた。また、青葉の車は青葉がこちらに来た時だけなので、その時はまた考えることにして、取り敢えず来客用に1枠空けた。
 
ところがここで困った事態が起きた。2020年春に“アクアのアクア”の特別限定車をプレゼントされた雨宮先生が、その車を千里のこの家の前に置き去りにしていったのである。
 
雨宮先生が車やバイクを“飽きたら”千里の家や駐車場に放置していくのは以前から日常茶飯事で、その車を駐めるために作ったのが常総ラボである。あそこは千里が最初に作った体育館だが、実は主体は1階の駐車場であり、2階の体育館はおまけである。月極駐車場の費用があまりにかかりすぎるので、いっそのこと土地を買って建物を建てたというのが実態である。
 
それで“アクアのアクア”も常総ラボに持って行こうかと思ったのたが、早月が「この車可愛いね。私、アクアちゃん好き。アクアちゃんみたいな可愛い女の子になりたいと思ってるの」などと言うので(アクアの性別問題は置いといて)、“アクアのアクア”はここに置くことにした。昇降式駐車場の隣に、取り敢えずイナバの物置のガレージタイプを《げんちゃん》に頼んで建ててもらい、“アクアのアクア”はここに収納する。
 
《げんちゃん》はこのガレージを2時間ほどで建ててくれたのだが、ちょうどその組み立てをしている所に冬子(ケイ)が来て
 
「いっそ垂直循環式の駐車場建てたら?」
と言った。千里は真剣にその選択肢を考えてみたくなった。
 
垂直循環式を作る場合、家の前の道路の幅か6mなので、道路から2m後退した所に建てる場合、(6m+2m)×1.25 = 10m が高さ限界である。1段の高さを2.5mとすれば、地上4段・地下2段取れて、ターンテーブル無しの中間乗入方式として、12台までの車を駐めることができることになる。中間式は普通の下部乗り入れ式に比べて目的の車が平均して半分の時間で出てくるメリットがある。ただし建設費はたぶん5000-6000万円かかる。ちなみに九重が作ってくれた昇降式の駐車場は800万円掛かっている(“前橋に”1000万円払った)。
 

千里はそこまで改造したところで、1階と地階をぶち抜いたシュート練習場の隣に秘密の空間を作ることにした。これはあまり人に知られたくないので、《こうちゃん》と《りくちゃん》の2人だけでやってくれるよう頼んだ。眷属の中でも最もパワフルな2人なのでこの作業を実質1晩でやってくれた。但し、接着剤の臭いを抜くのに1週間掛かった。その改造結果が↓である。
 

 
重要なのがB02,B03 の部屋で、ここは千里2・千里3の居室兼創作部屋なのである。ここに自分達の居場所を造り、10年間使用した葛西のマンションは解約することにした。千里が退去すれは“守り”が無くなるので多分1年以内に崩れるか火災で焼失するだろう。
 
図でラウンジと書いているのは、ゆったりした場所で創作したい時のための場所で、ここにはグランドピアノ Yamaha S6X も置き、また多数の楽器をここに置いた。
 
B02, B03はもちろん、このラウンジも桃香や貴司には秘密である。ここに招待してもいいと考えているのは、盟友である冬子とコスモス、ゴールデンシックスのカノンとリノン、それに青葉と龍虎たちくらいと考えている。
 
(実は将来的には、存在を公にできない龍虎Fが密かに暮らし、赤ちゃんを産んで育てて行く場所として貸してもいいと考えていた。その場合、個室をもう1個作る)
 
バスケット練習室の壁のように見えるドアを開けると、そこにトイレがある。トイレ前の空間の右側の壁を開けるとバスルームがある。ここまではいいが、左側の壁を開けると、そこに小さな空間があり、そこからラウンジに入れる。この小さな空間から更にB02, B03に入れるのは千里2・千里3のみである。トイレを正面に見て、右側のバスルームに行く“壁”は、後に青葉には開放することにする(後述)。
 

ここまでの改造が終わったのが12月下旬で、ここで桃香たちおよび貴司を引越させることにした。これを押し迫った12月26日(土)に実行した。4トントラックを持って来て、《りくちゃん》《とうちゃん》《げんちやん》《せいちゃん》の男子4人と、《すーちゃん》《てんちゃん》の女子2人でマンションの荷物を運び出し、一戸建てに移動する。その後川口市の貴司のマンション、大宮の彪志のアパートにも行き、そちらの荷物もトラックで移動する。作業は5時間ほどで終わった。
 
これで浦和のマンション、川口市のマンションは解約する。彪志のアパートも解約して、もうここが“彪志と青葉のおうち”ということにする。
 
そしてこの日、千里は彪志の口から衝撃的な言葉を聞くのである。
 
「そういえば青葉が、浦和の家にプールがあったらいいのになあと言っていたんですが、さすがに無茶ですよね」
 
げっ。
 
その話、聞いてたけど、忘れてたよぉ。
 

慌てて図面を確認する。土地の幅をチェックする。これは実測してみたが、24.8m×8.4m くらいである。
 
惜しい!!あと20cmあれば25mが取れるのに。
 
一応斜めの線は、√(24.82+ 8.42) = 26.1m でギリギリ取れる。しかしそれでは「敷地境界から50cm空けて建物は建てなければならない」という民法の規定に反してしまう。スタート台も作れない。特に青葉は飛び込みスタートもタッチも下手(へた)だから、特にそれは練習させたい。
 
悩んだ末、千里は北側(建物がある側)のお隣さんを訪ねた。
 

 
加藤という表札が出ていた。この並びの家は、みんな庭が南側に取られている。千里はマスクをしたままドアホン越しに話す。
 
「こんにちは、この度、お隣に引っ越して参りました、細川と申します。取り敢えずご挨拶をと思いまして」
 
「ああ、そうですか。それはよろしくお願いします」
「取り敢えずご挨拶代わりに詰まらないものですが」
と言って、三越の包みを見せるので、応対した御主人がドアを開けてくれた。
 
それで千里は、三越で買ってきたハムのセットを渡した。
 
「それで突然申し訳無いのですが、御主人に折り入ってお願いがありまして」
「はい、何でしょう?」
「本当にぶしつけなのですが、お宅のお庭の地下を貸して頂けませんでしょうか?」
「は!?」
 
千里は説明した。
 
「実は私の妹が水泳で東京オリンピックの日本代表候補になっていまして」
「それは凄いですね」
「妹は富山県に住んでいるのですが、大会などで東京に出て来た時に、コロナの心配なく、安心して練習できる場所があったらいいのになあと言っておりまして」
 
「ああ、それは心配ですよね」
 
「それで今度一戸建てに引っ越すから、そしたら地下に練習用のプール作ってあげるよ、などと言っていたのですが」
 
「それは凄い」
 
「ところがうちの土地、図面で見た時は25mある気がしたのですが、実測してみたら幅は24.5mしかなかったんですよ」
 
「惜しいですね!」
 
「それで本当に申し訳ないのですが、お宅の庭に少し掛けてプールを作らせてもらえないだろうかと。もちろん賃貸料は充分にお支払いしますので」
 
「うちの庭に掛けてですか」
 
「地下に作りますので、お庭は今まで通り普通に使えますので」
「でも工事の時は掘り返しません?」
「いえ。うちの土地の地下からトンンネルを掘るように作ります」
 
「でも延長するなら、どちらに延長してもいいと思うのですが、うちにお話を持って来られたのは?」
「南側のお隣はその部分に建物が建っていますから。こちらはお庭なので」
「あっそうか」
と御主人は言ってから
 
「どのくらいこちらに侵入します?」
と訊く。
 
千里は図面を提示して説明する。

 
「プールの分25mと、プールサイドを最低両端に1.3-1.4mくらいは取りたいんですよね。それと敷地境界から50cm空ける必要があるので、できたら、25+1.3×2+0.5×2 = 28.6m = 32半間が欲しくて。うちの土地が27半間なので、5半間、つま2間半飛び出したいのです。土地の奥行きが4間半ありますから、11.25坪お借りできないかと。賃料は月50万円くらいでどうでしょうか?」
 
御主人は明らかに興味を示している。月50万の固定収入が入るのはかなり美味しい。
 
「あるいはいっそその分を買い取らせて頂いてもいいですが」
「でも売っちゃうと、うちがその部分を使えず、車を駐められなくなるから」
「あら。こちらで必要なのは地下だけですから、地上は普通に今まで通り使っていただいて構いませんよ」
「その場合の賃料は?」
 
「便宜を図って頂くのですから、賃料なんて要りません。無料で使って下さい」
「買い取る場合の価格はどのくらいをお考えです?」
「この付近は土地の価格相場が坪200万円くらいのようですから、11.25坪なら2250万円になりますが、売って頂けるのでしたら、3000万円くらいならどうでしょう」
 
「その支払い方法はローンですか」
「いえ、今すぐ現金でお支払いしますよ」
 
「売ります!」
 

それで御主人は土地を売ってくれたので千里は御主人の指定口座に3000万円を振り込んだ。覚え書きを書き、地上は加藤家で自由に使えると明記して、双方署名捺印した。ただし、加藤家がどこかに転出したりここを売却したりする場合は、この部分の土地は細川家に帰属するという条件を付けた。つまり無料使用権は加藤さんのみに適用される。
 
加藤さんは、大宮で小さな会社をやっていて、この3000万円が物凄く助かったようであった。
 
むろん千里は直前に青山司法書士に法務局に行ってもらい、この土地に抵当権などが設定されていないことを確認していた。抵当権などが掛かっている場合はあくまで賃貸の線で行くつもりだった。
 
しかしこうして、ここに青葉のための練習場が作られることになったのである。
 
このプールの建設も《こうちゃん》と《りくちゃん》の2人だけでやってもらった。1月までにできたので、ジャパン・オープンに間に合った。さすがに青葉が驚いていた。千里もしばしば気分転換で泳いだりする。
 
このプールへは、通常地下の隠し扉の向こうにあるエレベータのみからアクセスできる。使うのは青葉と千里だけである。南端にある非常口は、ハシゴを8mほど昇ることで地上に脱出できる。ハシゴを8m登るのは青葉や千里の身体能力なら全く問題無い。出口は、ガレージ前の“廂”(ひさし)の下の隠し出入口につながっており、扉は敷石に偽装されている。
 
でも本当に非常時には、眷属の誰かがきっと助けてくれる。
 
 
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【春白】(5)