【春白】(7)

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日倉孝史はその日、熱心なファンだという女性から「少しお話ししたい」と言われた。最初どこかのスナックででもと言っていたものの、どこも時短営業していて話せるような店が無い。
 
「なんなら私の住んでいる所に来ます?」
などと言われたが、彼女が30歳くらいのようなので、生娘(きむすめ)ではないだろうし、“大人の関係”ということでいいよね?と思い、彼女に付いていった。彼女が運転する黒いインプレッサに乗って姫路市郊外かな?と思う所まで行く。広いLDKで、カティサークの水割りで乾杯しておしゃべりしていたら、凄く楽しかった。
 
国内リーグもNBAの試合もよく見ているようで、孝史が話す試合のことを彼女も見ていたことが多く、
「あれはうまいよね」
「しびれたね」
などといった話になる。孝史はこんなに話の合う女性と話をするのは初めてだった。
 
彼女自身もアマチュアのクラブチームに入っているが、コロナの影響で今年はまともに練習できてないという話であった。
 
「少し汗流します?」
などと言われるのでドキッとする。
 
まあ、してもいいよね?ファンサービスで(意味が違う気がする)、などと考え彼女に付いていく。奥の部屋に入る。ドキドキする。しまった。避妊具持ってない、と思うが、1回くらいは大丈夫かな?などと考える。
 

彼女が部屋の中のふすまを開ける。寝具を出すのかと思ったら、なんとそこにエレベータがある。
 
「凄い所に凄いものがあるね」
「この家は、掛け軸の裏に抜け穴があったり、1階と2階を縄梯子で移動したりとか、色々仕掛けがあるのよ」
 
と彼女は言っている。
 
一緒にエレベータに乗る。
 
“下”に移動する。
 
「地下室があるの?」
「うん。地下に行くのよ」
 
それでエレベータを降りると、広いコートがある。
 
「凄い」
「ハーフコートしかないけどね」
「でも個人の家の地下にこんなものがあるなんて」
 
「ここは以前、元日本代表のバスケ選手が住んでいたのよね」
「へー!」
 
「手合わせしてくれません?」
 
汗流すって、こういうこと!?
 
健康的じゃん!
 
孝史は楽しい気分になった。
 
「いいよ」
と答える。ファンサービスだし!?
 
それで、孝史は彼女と1時間くらい、本当に汗を流したのである。女子にしてはわりと強く、この子、Wリーグの下位ならロースターになれるのでは?と思った。社会人チームならきっとエースだ。
 
1on1をしても、結構本気にならないと抜かれてしまう。
 
それで孝史も充分楽しむことができた。
 

貴司は11月4日の夜は千里と喧嘩になってしまった(貴司としてはなぜ千里が怒るのか理解不能)ものの、その後は毎日電話で1〜2時間話していたし、食べ物は朝晩届けてくれるので、“雪解け”はそう遠くないかなと思っていた。
 
千里が板橋区の練習場の鍵を渡してくれたので、11月中は会社が終わってから、そこに行って練習したし、退職後の12月にはなってからは、日中就職活動をし、夜中に一晩中板橋で練習していた。日中は青葉の友人の女子大生が使うと聞いていたものの、この11-12月の間は1度も遭遇しなかった。
 
T事務機のチーム解散後は練習してなかったし、そもそも今年は春からあまりまともな練習ができていなかったので最初はなまっていたものの、少しずつ勘を取り戻していくことができた。相手選手に見立てた“自動人形”が置かれていて(顔が元日本代表エースの龍良さんで、顔だけで結構ビビる)、これが意外に“強く”最初の内は人形にボールを取られたり弾かれたりしたものの、勘を取り戻してくると、簡単には取られなくなる。
 
就職先について、千里の助言で関東周辺のBリーグのチームで、SF(スモールフォワード)あるいはGF(ガードフォワード)が弱点のチーム、あるいは現在のレギュラーが引退間近と思われるチームを巡り売り込んでいた所、国分寺市に本拠地を持つB2(2部)のメトロ・エクシードが興味を持ってくれたのである。
 
履歴書を持って行った時は、貴司の年齢(31歳)に難色を示した。しかしここのチームのアシスタントコーチが、かつて日本代表で一緒にやっていた前山君だった。
 
「細川君、久しぶりだね」
「どうもその節はお世話になりました」
「僕と君の間で、そんな堅苦しい挨拶は無しで。ヘッドコーチ、仮は巧い選手だし、チャンスメーカーなんですよ。ちよっとプレイを見てあげてください」
と言った。
 
それで貴司はチームの中堅選手と1on1をした。10回やって8回貴司が勝つ。
 
「すげー。さすが元日本代表」
と向こうも完敗の弁である。
 
「前山君が“巧い”と言った意味が分かった。細川君って、省エネプレイヤーなんだ!」
とヘッドコーチ。
 
「そうなんですよ。彼は体格こそ187-8cmで、それほど大型という訳でもないんだけど、200cm越す外人選手が、翻弄されてしまうんですよ」
と前山コーチが言ってる。
 
「じゃ君採用」
「ありがとうございます!」
「でもシーズン途中だから、正式採用は4月でいい?」
「はい。それは構いません」
「それまで無給でもいい?」
「チームに入れて頂けるのでしたら、給料無しでもいいです」
「君コーチ資格は持ってる?」
「B級コーチライセンスがあります」
 
「それは凄い!じゃ取り敢えず君、コーチ資格で登録して登録証を発行させるから」
「分かりました。よろしくお願いします」
 
それで貴司は取り敢えず給料ゼロでメトロ・エクシードに入ることができたのである。
 
前山からは“彼女”のことを訊かれた。
 
「もう村山さんとは結婚したよね?子供とかできた?」
「実は1度別れた後、また元鞘で婚約して近い内に結婚する予定です」
「元鞘か!」
「子供は2人かな」
「しっかり子供を作っている所は偉い。でも奥さんはまだ現役の日本代表だしね」
「いや、僕は彼女に勝てないんです」
「まあそのくらいでないとWNBAとかLFBの選手とタメ張れないかもね」
と前山は言っていた。
 

美映と地下コートで汗を流した日倉孝史だが
 
「ちょっと休憩しましょうよ」
と言われてドキッとする。
 
エレベータで1階に戻る。
 
「先にシャワー浴びていい?」
と彼女が言うので
「うん。お先に」
と言ってドキドキしている。“する”のはもう3年ぶりくらいだ。ちゃんとできるかなと少し不安になる。
 
やがて彼女がバスタオルを身体に巻いただけの状態で出てくる。
 
誘うような視線で孝史を見てから、廊下の向かい側の部屋に入る。
「バスルームどうぞ」
「うん」
 
それでバスルームに行って、汗をシャワーで流したが、着替えがないことに気付く。まあいいや、何とかなるだろう。
 

それで多数置いてあるバスタオルで身体を拭いてから、結局裸のまま、彼女が入っていった部屋に入る。
 
美映は布団を敷いて寝ている。
 
「君、初めてとかじゃないよね?」
と念のため訊いておく。
 
「セックスはしたことないよ」
「そうなの?」
「でも私、子供も産んでるから気にしないで」
「面白いこと言う人だ。じゃ君はバージンマザーなの?」
「そうかも」
 
それで彼女の布団に潜り込み、念のため再度
「いいよね?」
というと彼女は頷き、避妊具を渡してくれた。
 
持ってたのか。
 
ちょっとホッとし、装着した。
 
彼女にキスし、愛撫して盛り上がってきた所で突入した。
 
久しぶりだったので、少し時間がかかったものの逝くことができた。
 

「気持ち良かった」
「私も気持ち良かった」
 
結構気分が良かったので、後撫する。アレはいったん外した方がいいなと思ったのでティッシュが枕元にあるのを取るとそれに包んで捨てようとした。その時気付いた。
 
血が付いてる!?
 
「君本当に初めてだったということは?」
「私、前の夫とセックスしないまま遊んでたら妊娠しちゃったのよ。お医者さんが言うには、射精する前でも漏れ出してる尿道球腺液内に精子が含まれていることがあるから、それが膣前庭から膣内に侵入して子宮を通って卵管まで到達して妊娠に至ったのではないかと。たまにあることらしいのよ」
 
「確かにそれは聞いたことある」
 
「そういう訳で私は妊娠出産したのに処女だったのよね。ついさっきまで」
 
そんなことを言われると、孝史は急にこの女に対する責任を感じてしまった。
 
「でもその後、彼とセックスは?」
「彼はそもそもインポだから、セックス不能だったのよ」
「へー」
「だから孝史さんが私の初めての人」
などと言われてドキッとする。
 
「心配しないで。それで結婚してなんて言わないから」
と彼女は笑顔で言っている。
 
それで孝史も余裕が出た。
 
「でもそういうことなら、君は今まで本当に処女だったのかもね」
「女は三途の川を渡る時は、最初の男に背負ってもらうんだって。それだけお願いすればいいかな」
 
「それ女が先に死んだ場合はどうするの?」
「男はその作業の時だけ地獄に一時移籍かな」
「あはは。だったら背負ってあげてもいいよ」
「じゃ、よろしくー」
 

美映は、孝史が着替えを持っていないことを言うと
「あ、ごめん。買ってきてあげるね。サイズはL?LL?」
「3Lかも」
「分かった。じゃ、私が戻ってくるまで裸じゃ風邪引くから。私の服でも着ててよ」
「君の服って・・・」
「ジャージとか」
「安心した。スカート穿いてとか言われたらどうしようかと」
「何だ。スカート穿きたいなら穿きたいと言えばいいのに」
「いやだから穿きたくないって」
「ここはやはり穿いてもらおう」
「え〜〜〜!?」
 
それで美映は孝史に、伸縮性のあるジャージの上着と、ゴムウェストのスカートを着せてしまったのである。
 
「スカートなんて穿いたら変な気分だ」
「女装に目覚めたりしてね」
 
などと言って美映は車で出かけ、孝史の着替えの服や下着を買ってきてくれた。
 
でもこういう用事を恥ずかしがったりせずにやってくれるのは、“大人の女”のいい所だなと孝史は思った。10代の娘とかだと、そのあたりが面倒くさそうでもある。結婚願望も強いし。この女は難しいこと考えずに気軽に付き合えそう・・・と思ってから、俺、この女と付き合うことになるのかな、などと考えた。
 
まあいいかな、それでも。
 
相性は良さそうだし。
 

結局孝史はこの家に(翌日は試合の次の日なので休み)翌々日の朝まで丸一日半滞在して、その間に彼女と合計5時間くらいバスケの手合わせをし、セックスも10回くらいやって最後は立たなくなった。
 
「あ〜ん、このちんちん硬くならない」
「ごめーん。さすがに限界」
「“役に勃たない”ちんちんは食べちゃうぞ」
 
などと言われて“食べられ”たら、それも凄く気持ち良かった。“食べられ”るのがこんなに気持ちいいとは知らなかった。以前の彼女はこんなことしてくれなかったのである。
 
孝史は自分がこの女に完全にハマってしまったのを感じた。
 

あけぼのテレビでは12月24日クリスマス・イブには、イプ・スペシャルのライブ番組を放送したのだが、12月25日には、バラエティ番組を放送した。出演者はこういうメンツである。
 
司会者:花咲ロンド・石川ポルカ・原町カペラ
ナレーター:悠木恵美(信濃町ミューズ)
出演者:桜木ワルツ、桜野レイア、七尾ロマン、恋珠ルビー
リセエンヌ・ドオ(佐藤ゆか・南田容子・高島瑞絵・山口暢香)
信濃町ミューズ選抜(木下宏紀・三田雪代・太田芳絵・篠原倉光)
信濃町ガールズ新人組(山鹿クロム、三陸セレン、豊科リエナ、箱崎マイコ、甲斐波津子・甲斐絵代子、常滑舞音、水谷雪花)
 
最初に“信濃町バンド”(*12)が演奏する『信濃町行進曲』の演奏に乗せて、出演者が第10スタジオに作られた特設セットの中央階段から手を振りながら降りてくる。出演者名はテロップでも流すし、ナレーターの悠木恵美(信濃町ミューズ)が名前を読み上げていった。
 
ここで山鹿クロムと三陸セレンが逆にテロップが入ってしまい
 
「済みません。山鹿クロムと紹介されましたが、ボクは三陸セレンです」
「済みません。三陸セレンと紹介されましたが、ボクは山鹿クロムです」
と本人たちが訂正した。
 
「男の子その2人だけだったので間違いました」
とテロップ係の斎藤恵梨香が言ったのだが
 
「あのぉ僕も男なんですけど」
と篠原倉光。
 
「あ、ごめーん。男の子3人でしたね」
と斎藤恵梨香が言う。すると
 
「ボクも男の子なんだけど」
と木下宏紀が言ったのだが、斎藤恵梨香は
 
「いや、それは怪しい」
と言った。
 
「だいたい宏紀ちゃん、スカート穿いてるじゃん」
「これショートパンツだよ」
と木下宏紀は言うが、裾がふわっと広がっており、全然ショートパンツに見えない。
 
「それ欺されたんだよ。僕もその衣装ショートパンツだといって渡されたけど、ショートパンツに見えないから、(桜野)レイアさんに言ったら『それはキュロットじゃん』と言われて、本物のショートパンツの衣装もらったから」
と篠原君は言っている。
 
「え〜?じゃこれキュロットなの?」
 
「見れば分かると思いまーす」
と山鹿クロム・三陸セレンが言っている。2人はちゃんとショートパンツを穿いている。
 
「ちょっと着替えて、ちゃんとパンツ穿いてくる」
と言って、木下君が引っ込むが、
 
「絶対キュロットと分かって穿いてるよね」
「“ちゃんとスカート穿いて”出て来たりして」
と多くの視聴者の意見であった。
 
以上のやりとりのどこまでがシナリオだったのかは定かではない。
 
なおこの4人以外は全員スカートを穿いていた。
 

(*12)信濃町バンド(SSB)は、§§ミュージックの多くの歌手の音源制作に関わっているスタジオミュージシャンを集めて編成したポップスバンド。人数およびメンバーは変動要素が多いが、この日は以下のような30人構成であった。
 
リズムセクション Gt2/B/Dr/Perc/Pf/KB2
ウィンドセクション Fl/Cla/ASax,TSax/Tp4/Tb2
ストリングセクション Vn4+4/Vla2/VC2
 
事実上のグランドオーケストラである。実は自然発生的にこのバンドの原形ができていたものだが“信濃町バンド”の命名者は桜野レイアである。この成立には以前ローズクォーツ・グランドオーケストラを編成したケイ、およびそのオーケストラの実質的後身である渡部賢一グランドオーケストラ(WGO)も関わっている。実はWGOとの兼任メンバーもいる(手が足りないから手伝って、などと言われて結局メンバーになってしまった)。
 
多くのメンバーがここ数年スタジオミュージシャンをしていたのだが、コロナの影響で生楽器を使用した制作は激減しており、仕事が減っていた人たちをうまく吸収した形になった。但しかなり厳しい健康管理をしている(家族も含めて毎朝の検温はもちろん外食禁止・電車やバスの使用禁止・土日や夕方の買物禁止など:高校生の子供などは家族で送迎する−ガソリン代は出る)。
 
§§ミュージックの歌手の伴奏や、あけぼのテレビの劇伴の仕事が大半であるが、§§ミュージックの歌手が20組ほどいるので、ほぼ毎日仕事がある。空いている日も劇伴用の演奏収録をしている。生劇伴する場合もある。若い頃に生劇伴をしていた渡部賢一さんが様子を見に来て「50年前に戻ったみたいだ」などと感激していた。
 
多くのメンバー(全員ではない)が§§ミュージックとB契約に準じた契約をしており、原則として月火が休みである。勤務時間は学生歌手の伴奏が多いことから、原則として 13:00-16:00, 17:00-21:00 に設定されている。通常のB契約との違いは専属条項が無いことであるが、(契約までしている人は)忙しいので他の仕事との兼任は困難。
 
SSBのプリンシパル・コンダクターはWGOの元メンバーである清水春浩さん(Vn 55歳)である。彼はWGOの最年長メンバーだったが、数年前に退団し勤めていた会社も辞め、群馬県で農業(主力はコンニャク)を営んでいた。今回の話を聞いて、そちらは放置!して、東京に出て来てくれた。彼をスカウトしたのはケイである。農作業のほうは、農協の仲介で、資金は無いが農業を志望する30代の夫婦に頼んだ:畑は彼が無償で貸す形。
 
彼が居るのでWGOとSSBの兼任もうまく行く。
 
“信濃町バンド”の命名者・桜野レイアも川崎ゆりこにより“エグゼクティブ・コンダクター”の肩書きを与えられた(偉いのか偉くないのか分からん肩書きだと本人は言っていた)。
 
レイアは様々な楽器ができる人で、ローズ+リリーの『愛のデュエット』(2018.12.31)では、ピアノ・リコーダー・フルート・ウィンドシンセ・アルトサックス・ヴァイオリン・チェロ・ギター・ドラムスと9つの楽器をひとりで演奏してみせた。この信濃町バンドでも、構成している全ての楽器に通じているので、実際彼女がいてくれることで、きちんとしたサウンドになっているのである。彼女の指示に清水さんも感心していた。
 

ナレーターの悠木恵美が言う。
 
「現在、視聴者から“水谷康恵”ちゃんは、新人ではないのでは?という問合せが多数寄せられています。水谷ちゃん、ちょっとおいで」
と言って、悠木恵美は“水谷ちゃん”をナレーター席の傍に呼ぶ。
 
「この子はよく似ていますが、水谷康恵ではなく、妹の水谷雪花ちゃんです」
「水谷雪花と申します、姉ともどもよろしくお願いします」
と本人。
 
「雪花ちゃんは、この秋に、お姉さんを訪ねてきたところを、花ちゃんがスカウトして、信濃町ガールズに入りました。ですから今年の新人です」
と悠木恵美は説明した。美鶴(甲斐絵代子)と同じパターンである。
 
「ついでに言うと、甲斐絵代子ちゃんも、お姉さんの甲斐波津子ちゃんを尋ねてきた所を川崎ゆりこ副社長がスカウトして信濃町ガールズに入りました」
と恵美は説明した。
 
「お姉さんのところを尋ねて行くのはいいことだね」
 
と桜野レイアが言っている。彼女も桜野みちるの妹である。もっとも彼女の場合は、デビュー直前まで、みちるの妹であることをむしろ隠していた。歌手・タレント志向のみちると、ミュージシャン志向のレイアでは傾向も性格も全く違うので、あまり姉妹と思われたくなかったのもあるだろう。
 
「だいたいコスモス社長だって、お姉さんの秋風メロディーさんを訪ねてきたところをスカウトされた人だし」
 
「やはり妹はお姉さんのところを訪ねよう」
 

「妹だったらいいですが、弟だったらどうしましょう?」
「それは性転換して妹にしちゃえば問題ないです」
「ああ、それはいいですね」
「ちょっと手術受けるだけだよね」
などと簡単に言っている。
 
「高崎ひろかさんの弟君が凄い美形という噂があるんですが」
「弟なんですか?妹じゃなくて」
「ちょっと手術を受けて妹にならない?と言ったんですが嫌だと言ったそうです」
「それはもったいない」
「女の子になったらスカート穿いて通学できるのにと言ったら別にスカートとか穿きたくないと」
「それはいけません。美少年にはスカートを穿かせましょう」
 
と悠木恵美と桜野レイアは無茶なことを言っている。
 
なおひろかの弟は、松梨詩恩の方とよく似ているし背丈も近いので、実は過去に何度か女装させられて詩恩のボディダブルをさせられたことがある。ロングヘアのウィッグとかつけると、本当に詩恩そっくりなのである。但し残念なことに!?既に声変わりは終わっている。
 

このようなやりとりもあってから、やっと司会者の3人(花咲ロンド・石川ポルカ・原町カペラ)が中央前面に出てくる。
 
「こんばんは。これから2時間ほど、私たち3人“売れてないシスターズ”の司会でお楽しみ下さい」
と最年長でもあり一番先輩でもある花咲ロンドがいうと
 
「その名前、ひどーい」
と石川ポルカ・原町カペラから抗議がある。
 
「では説明しよう」
と花咲ロンドは言う。
 
「うちで社長・副社長を除いて一番古株なのは誰でしょう?」
「花ちゃんでは?」
「“居る”というのでは一番長いけどデビューしてない」
「いや、2014年9月に花ちゃんは竹本和恵の名前でブルボンのチョコレートのCMに出演して、CMソングも歌っている。CDも実は3万枚売れている。これ持っている人はお宝だよ。品川ありささんがデビューした2014年11月より早い」
と石川ボルカ。
 
「そんな誰も知らないような話、どっから聞いたの?」
「出戻りしてきた愛心さんが言ってた」
 
「確かに愛心さんは古い話たくさん知ってそうだなあ」
「アクアの色々やばい話もたくさん知っているようだ」
 

「まあ花ちゃんは置いといて、それ以外でいちばん古いのは?」
「品川ありささん、続いて高崎ひろかさん」
「そのふたりが2014年なんだよね。この2人は売れてる」
「うんうん」
 
「その次、2015年にデビューしたのというと?」
「それはアクアだね」
「ありささん、ひろかさん、と言うのに、アクアはなぜかアクアだな」
「ついでに苗字が無い」
「苗字が無いのはうちの事務所では2007年にデビューしたスーザンさん以来」
「まあそれでアクアは無茶苦茶売れてる」
「うん」
 
「2016年組が西宮ネオン君、姫路スピカちゃん、そして私だ」
と花咲ロンド。
 
「ネオン君もスピカちゃんも売れてるけど、ロンドさんは売れてない」
「人から言われるとムカつくな」
「でしょ?でしょ?」
 
「2017年デビューが白鳥リズムちゃん。とっても売れてる」
「売れてる売れてる」
「2018年は桜木ワルツさんと石川ポルカちゃん」
「びみょーだ」
「あ、ムカつく」
「だよねー」
 
向こうで桜木ワルツが笑っている。
 
「2019年は山下ルンバ、桜野レイア、原町カペラ」
「うーん・・・」
「何?その沈黙は?」
 
向こうでレイアが笑っている。
 
「そして2020年はラピスラズリだ」
「爆発的に売れてる」
 
「という訳で、私たちは谷間の世代なんだな」
「谷間の中でもリズムちゃんは売れてる」
「あの子は本当は私より前にデビューするはすだったんだけど、まだ小学生だったから、デビューを延期していたんだよ。だから2017-2018のロックギャルコンテストが不作だったんだな。私はリズムちゃんが優勝した時の2位だし」
と花咲ロンドは説明する。
 
「ということで私たちが売れないシスターズなのが分かったかな?」
「分かりません!」
 
「では何か別の名前の案とかある?」
「“うらない”シスターズにして、占い師三姉妹になりましょう」
「占いとかできるの?」
「覚えましょう」
 

ということで、その後、占い師に扮した3人が様々なお客を迎えて話をする、というシチュエーションでコント?は続いて行く。
 
花咲ロンド(21)が手相占い師、石川ポルカ(高2)がタロット占い師、原町カペラ(高3)が水晶占い師に扮した。
 
来たお客が、桜木ワルツ、リセエンヌ・ドオ(4人まとめて)、七尾ロマン、恋珠ルビー、山鹿クロム、三陸セレン、というラインナップだった。
 
3人とも無茶苦茶な予想と酷いアドバイス(とても地上波では流せない)をするので、視聴者にはかなりうけていたようである。
 
「だからクロムちゃんとセレンちゃんで結婚すればいいよ」
「ボクたち男同士なんですけど」
「どちらか女の子に性転換すればいいね」
「どちらが性転換するんです?」
「ジャンケンで勝った方が性転換」
「負けた方がじゃなくて勝った方が性転換するの?」
「2人とも女の子になりたいんでしょ?」
「別になりたくないです」
「君たちみたいに可愛い子が男になるのはもったいない。可愛い服着たいでしょ?」
 
などという程度のやりとりはまだマシな方で、ここにはとても書けないような話をしていた。
 
このコーナーは、やはりロマンとルビーが出た所が最も接続回線数も多かったものの、最後にクロム、セレンと男の子2人が続いた所も、女子の視聴率が高かったようである。女子のファンの間では、クロムとセレンのどちらがお嫁さんになった方がいいか、というのが議論されていた。
 

占い師ネタで40分ほどやった後は歌のコーナーになり、信濃町バンドの伴奏で、桜木ワルツ(きよしこの夜)、リセエンヌ・ドオ(ジングルベル)、七尾ロマン(First Noel), 恋路ルビー(Adeste Fideles)、信濃町ミューズ(もろびとこぞりて)、信濃町ガールズ(サンタが町にやってくる)、桜野レイア(ホワイトクリスマス)、の順にクリスマスソングを歌った。
 
これが終わったのが20時半頃で、最後はクイズ大会になる。回答者は下記の10組であった、
 
お姉さんチーム 桜木ワルツ&桜野レイア
新人さんチーム 七尾ロマン&恋珠ルビー
黄金チーム 佐藤ゆか&南田容子
リセチーム 高島瑞絵&山口暢香
ミューズ女子 三田雪代&太田芳絵
ミューズ男子 木下宏紀&篠原倉光
新研修生A 山鹿クロム&三陸セレン
新研修生B 豊科リエナ&箱崎マイコ
新研修生C 甲斐波津子&甲斐絵代子
新研修生D 常滑舞音&水谷雪花
 
中学生程度のテストに出るような問題を早押しで20問やり、マジ勝負にしたので、現役高校生のリセチームが優勝し、賞金100万円をゲットした。
 
「ここは常識的に考えるとロマン&ルビーの優勝とする所でしょうけど、台本が間に合わなかったらしく、マジ勝負になったので安月給の私たちが頂きました」
などと高島瑞絵は言っていた。
 
番組の最後には、§§ミュージックのタレントで1個ずつオーナメントを取り付けたクリスマスツリーが披露された。実は昨日のイブのイベントの時に各々の出演後に1人1個取り付けていったものである。
 
取り付けている様子がビデオで流されたが、一番上の星を取り付けたアクアは「早くコロナが収まりますように」と書き、サンタ人形を取り付けたラピスラズリは「世界が平和になりますように」と書いた。3頭のトナカイを取り付けた品川ありさ・高崎ひろか・白鳥リズムは「経済的に苦しんでいる人が救われますように」「自然災害で被害にあった人が救われますように」「人々に笑顔が戻りますように」と書いた。他も思い思いのメッセージを書いたが、直接・間接にコロナに言及している人も多かった。
 
そんな中で「給料上がるといいな」と書いた花咲ロンドは「今日のオチ担当はロンドか!」と言われていた。
 
「いやあ、コロナのことはみんな書いてるし」
と本人は言っていた。
 

アクアは12/24のイブはあけぼのテレビのイブ特集に出た後、他局の番組収録に顔を出して0時過ぎ、西湖も連れて代々木のマンションに帰宅。待っててくれた彩佳たちとシャンメリーを開けて乾杯だけした。その後、上の階に行って、アクアM&F, 西湖M&Fの4人で、彩佳たちかせ作ってくれていた料理を食べながら、のんびり過ごした。
 
12/25は奇数日なのでFが早出である。
 
この日は午前中がお休みだったので、お昼を食べてから、アクアFと葉月Mで出勤した(アクアと西湖は性別逆で組んだ方が便利なことが多い)。夕方、アクアM・葉月Fと交替した。この日は遅くなりそうだったので彩佳たちには「何時になるか分からないからもう寝てて」と言っておいた。この日はアクアも葉月も忙しくて25日のあけぼのテレビ特集番組には出ていない
 
深夜帰宅する(この日は聖子は自分のマンションに帰る)。龍虎は、この日はまっすぐ18階に行った。すると彩佳が料理を作ってこちらに持って来てくれていたので(彩佳は18階の鍵を持っている)、それを食べようとしたら、彩佳本人が“裸で”出てくる。
 
それで龍虎は、料理を食べる前に彩佳を食べることになった!
 
しかし2014年のデビュー直前のセックス未遂?以来、6年間宙ぶらりんになっていた龍虎と彩佳の関係が、やっと落ち着く所に落ち着いたのであった。彩佳は8月にも“ちんちんを忘れてきた龍虎”(実は龍虎F)とセックスしていたが、あの時はFは彩佳の処女膜を傷つけないように“入れて”いた。今回とうとう彩佳も“全面開通”となった。
 
睾丸が無くなっているのを彩佳に見られたので「睾丸は出張中」と言っておいた。もっとも彩佳にはちんちんまで無くなっているのも過去に何度も見られているので、今更な気もした。
 
正直睾丸の無い状態で“できる”か、心配だったのだが、ちゃんとできたのでホッとしたし、結構自信がついた。なお、睾丸が無くても精液は出る(精子が含まれていないだけ)し、龍虎はちゃん避妊具を付けてしている。
 

今年のクリスマス、青葉と彪志は各々の仕事の都合上会えないと思われた。青葉は毎日午前中に放送局の仕事があるし、彪志は病院が忙しいので薬屋さんも忙しい。それで、各々予めプレゼントを宅配便で送っておいた。
 
青葉から彪志へはラルフローレンのセーター、彪志から青葉へはルピシアの紅茶セットであった。イプ当日はお昼休みに電話で話した。
 
なお、今年はいつも友人同士でやっているクリスマス・パーティーはコロナの折、中止である。
 

青葉は毎日だいたい21時頃まで泳いでから帰宅する。12月24日もそのつもりでいたのだが、浄水施設のメンテをしたいのでと言われて17時までであがることにして、その旨昼間の内に母に連絡しておいた(後で思えばこのメンテ自体が千里姉の仕掛けたもののような気がする)。
 
16時半で練習を終え、シャワーを浴びてからマーチニスモで帰宅する(結局赤いアクアは明日香が東京に持っていったままになっている)。それで母が用意してくれていた晩御飯(クリスマスなのでフライドチキンを作ってくれている)を食べながら半ばボーっとしたまま母とおしゃべりしていたら、ピンポンが鳴る。
 
母が出てみたら千里姉である。
 
「近所まで来たから寄ったんですよ。何か食べ物とかあったら恵んでください」
と言うので、中に入れる。
 
「たくさん作ったから食べて食べて」
と朋子が笑顔で言うので、千里姉も
「いただきまーす」
と言って遠慮無く食べている。
 
「あ、これ洋菓子。よかったら食べて」
と言われるので開けると美味しそうなフルーツケーキである。小浜市内で買ったものということだった。青葉が紅茶を入れてきて、朋子と2人で頂く。
 

「小浜まで行ってたの?」
「そそ、ケイの代わりにお正月のライブの打ち合わせして、ついでにMの話もしてきた。その後、飛行機の都合が付かなかったから車で走ってきた」
 
Mというのは、夢紗蒼依プロジェクトの件だろう。
 
「浦和に戻る最中?」
「うん」
「東名の方が早くない?」
「大差無いよ。東名経由が5時間、中央道経由が6時間、北陸道経由が7時間。北陸道は車が少ないから走りやすい」
 
“走りやすい”じゃなくて“飛ばしやすい”のではと青葉は思った。だいたいその所要時間はスピード違反っぽい。覆面パトカーも北陸道の方が少なそうだ。
 
「だけどクリスマスイブだというのに、お仕事大変だねぇ」
と朋子が言った。
 
それで千里は気付いたようである。
 
「今日はクリスマスイブか!」
「そうだけど」
「全然気付いてなかった」
「忙しいとそんなもんかもね」
 

すると千里姉は言った。
 
「青葉、彪志君とデートしないの?」
「お互い仕事が忙しいし」
「夜中は空いてるでしょ?」
「無理だよ。明日もお互い仕事だし」
「夜中にどこかでデートして朝また出勤すればいいじゃん」
「どこで会うのさ?」
 
「時間を確認する」
と言って、千里は彪志に直接電話を掛けた。
 
「ああ、彪志君は明日は遅番なのね」
「はい。その代わり夜21時までですが。今日はイブだからちゃんと定時で帰ろうよということになったので、これから帰宅しようとしていた所です」
 
どうも彪志は会社に居たようである。
 
「じゃさ、そちらの会社の前までドライバーを行かせるから、その車に乗ってよ」
「え〜!?」
「明日のお昼までにはちゃんと赤羽まで届けてあげるから」
 
それで千里は自分の専任ドライバー・矢鳴さんに彪志を迎えに行ってくれるよう指示していた。矢鳴さんなら彪志を何度も乗せているのでお互い分かるはずである。
 
「じゃ青葉も出発しようか」
と千里姉は言う。
 
「千里ちゃん、今着いたばかりで大丈夫?」
と朋子が心配する。
 
「充分休んだし、御飯も頂いたから大丈夫ですよ」
と千里姉は言う。それで青葉は千里姉と一緒に、富山と埼玉の中間地点(どこ?)で彪志とランデヴー(rendez-vous)すべく、出かけることになった。
 
もっとも、青葉が出かけるのに着換えて来たら
「何その服は?それはもうくたびれた30年選手の主婦だよ」
と言われる。
 
「だいたいデートするのにズボンなんてあり得ない。女の子なんだから最低でもスカート穿きなよ」
と千里。
「全く同感」
と朋子も言う。結局、朋子が服を見てあげて、再度着替えさせられた。
 

再度着替えなどしていたので、結局出たのは19時過ぎである。朋子が
「彪志さんと一緒に食べるといいよ」
と言って、フライドチキンと、おにぎりを作って、袋に入れてくれたので、それも持って出た。
 
一緒に駐車場に行く。
 
駐まっていた車はオーリスである。小浜に用事があったんだから多分2番さんだろうと思ったが、正解だったようだ。後部座席を勧められる。
 
「デートで頑張らないといけないし、寝ててね」
「うん、そうする」
 
車にはいつも毛布が積んであるので、シートベルトをしたまま、毛布をかぶって横になった。
 
青葉は練習した後、御飯も食べて満腹していたので、すぐ眠ってしまった。
 
「着いたよ」
という声で起きて、スマホを見ると21時である。ちょうど1時間半ほど寝たようである。わりとすっきりした気分だ。見るとどこかのホテルの前面駐車場という感じだ。
 
「はい、これ部屋の鍵」
と言って千里が鍵を渡した。
 
「これは?」
「知り合いに頼んでチェックインしておいてもらった。部屋代は私のおごりね」
 
その程度では驚かないぞ。
 
「彪志君もあと30分くらいで着くと思う」
「ここはどこ?」
「糸魚川市。金沢までは2時間で行ける。念のため3時すぎには出るつもりでいた方がいい」
 
「そうする」
 
つまり5時間半ほどデートできる訳だ。
 

「青葉、この車のキーは持ってたよね?」
「持ってたはず」
と言ってバッグの中を確認する。
 
千里と青葉は互いに急に車を融通しあうことがあるので、千里もマーチニスモとアクアの合鍵を持っているし、青葉もアテンザ・オーリス・ヴィッツ・セリナの合鍵を持っている。
 
「これだと思うけど」
と言って、ちゃんと入ってエンジンを掛けられることを確認した。
 
「じゃ帰りはこの車で金沢まで行って。私は彪志君を送ってきた矢鳴さんの車で浦和に戻るから」
「私はいいけど彪志は?」
「金沢までドライブデートしていきなよ。彪志君は午前中に空輸するから」
「ああ」
 

千里がメイクまでしてくれた。なんか自分でも凄く可愛くなった気がした。
 
千里姉の車を降りてホテルの中に入っていく。最上階に部屋は取られていた。中に入ってみると、とっても広い部屋である。
 
「高そうだなあ」
と思った。
 
メイクは千里姉にしてもらったのを落としたくないので、バスルームで首から下だけ洗って、また服を着ておいた。
 
21時半頃スマホが鳴る。彪志なので取る。
 
「11階の1115号室に来て」
と言ってから、これ彪志の誕生日(11月15日)じゃんと思った。計画的だ。これきっと何日も前にこの部屋を指定して予約しておいたんだ。
 
部屋の前で彪志がスマホを鳴らすのでドアを開ける。抱きついてキスする。
 
「中でしようよ」
と言うのでドアを閉め、U字ロックも掛けてから一緒に中に入る。
 
強くキスしたので彪志の唇にも口紅が付いている。彪志が
 
「青葉凄く可愛くなってる。洋服も今日は可愛い服着てるし」
と言った。
 
「えへへ」
 
今日“は”と言うところが正直だなと思った。
 
「シャワー浴びる?」
「そうする」
「じゃベッドの中で待ってるね」
「うん」
 
それで彪志がシャワーを浴びている間に青葉はメイクを落として裸になり、ベッドの中に潜り込んだ。
 
5分ほどで彪志が出てくる。
 
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
と言い合って、彪志は青葉の寝ているベッドの中に入ってきた。
 

アラームで目が覚める。2時半である。
 
「帰らなくちゃ」
「年末は出てくるんだっけ?」
「RC大賞の授賞式に出て、1日は小浜でローズ+リリーのライブに出てから帰る」
「忙しいね!」
「水泳の練習もしないといけないし」
「郷愁プールとか深川アリーナでも泳げるんだろうけど、こちらに住んでたら金沢までの通勤が大変だもんね」
 
「そうなんだよねー。でも浦和の今度引っ越すおうちに25mでもいいからプールがあると便利なんだけど」
「ああ、アメリカのお金持ちの家だとプール完備かも知れないけどね」
 
そんなことを言いながらホテルをチェックアウトする。朋子からもらったチキンは食べてしまったが、おにぎりが残っていたのでそれを持って出た。駐車場に駐めてあるオーリスに乗った。
 
「俺が運転するよ。青葉は6時から仕事なんだし、寝てなよ」
「そうする。じゃ運転しながら、おにぎり食べて」
「うん」
 
それでおにぎりを助手席のシートの上に置き、青葉は後部座席で毛布をかぶって横になった。普通恋人同士なら助手席で寝る所だろうけど、疲れを完全に取っておかないと仕事に響く。遠慮する仲でもないので、熟睡させてもらった。それで彪志が金沢まで運転してくれた。
 
有磯海SAで彪志がトイレ休憩した所で青葉も目が覚めてトイレに行った。
 
まだ1個残っていた(残しておいてくれた)おにぎりをもらって食べる。その後は助手席に乗って、おしゃべりしながら走った。車内で化粧水で顔を拭き、メイクまでする。金沢東ICで降りて、〒〒テレビには5時すぎに到着した。キスして、ついでに彪志のちんちんを揉んで、生殺し状態で放置し、車を降りる。
 

青葉が車から降りた所に寄ってくる女性がある。
 
「福井新一さん!」
と青葉も笑顔になる。輪島市在住の作曲家・福井新一さんである。ちなみに新一という名前は、男社会の作曲界で軽く見られないように敢えて男名前を名乗っているだけでFTMとかではない。
 
「大宮万葉さん、おはようございます」
「おはようございます」
 
「これお弁当とお茶です。局内で食べて下さい」
「わざわざ済みません!もしかしてここで待っていて下さったんですか?」
「作曲作業しながらですよ。こういう場所って発想が浮かびやすいんです」
「ですよね!」
 
「車は私が能登空港まで回送しますね」
「済みません。個人的な用事なのに」
「お互い様ですよ」
 
福井さんは降りてきた彪志にもお弁当とお茶を渡した。
 
「能登空港まで車を運転します。鈴江さんは、どうぞ後部座席でお休みになっていて下さい」
 
「ありがとうございます。休ませてもらいます」
 
それで彪志は後部座席に乗った。福井さんが車を出す。彪志は遠慮無く後部座席でお弁当とお茶を頂いた。そしてその後さっきまで青葉が使っていた毛布をかぶって仮眠させてもらった。
 
能登空港に到着する。
 
Gulfstream G450 が駐まっているのでこれに乗る。先日はこれに乗る青葉を見送ったが今回は自分が乗る。ビジネスジェットなんて初めてだ。福井さんも東京に行く用事があったということで一緒に乗る。飛行機で送ってあげるよと言われた時は、たかがデートのために飛行機を運航するなんてと思ったものの、同行者がいるのならとホッとした。
 
G450は8時に能登空港を飛び立つと30分ほどの飛行で郷愁飛行場に到着した。ここに千里さんが迎えに来てくれていたので、彼女の運転するアテンザで彪志は浦和の自宅まで送ってもらった。一休みしてから会社に出ることにする。千里さんはその後、福井さんを送って東京に向かった。
 

貴司は8年ぶりに千里と合法的に?“できる”状態になっていたのだが、11月4日に「年内はセックス拒否」と言われて、男性器も取り上げられてしまったので、クリスクスイブはとうなるだろう?と思っていた。
 
「なんか、ちんちん無いのにもすっかり慣れちゃったなあ」
などと、貴司は朝トイレに座っておしっこをしながら思った。美映と結婚していた間は“付けおちんちん”で偽装していたが、離婚した後は偽装する必要も無いので、何も無い股間のままにしている。
 
貴司は千里との婚約を破棄した2012年7月から約1年間男性器を取り上げられた後、美映と結婚した直後の2018年3月以降も男性器を取り上げられている。美映と結婚している間貴司が浮気をしなかったのは、男性器が無いと浮気のしようも無かったし、そもそも性欲が弱かったという問題もある。
 
“付けおちんちん”は、**ルドーにFUD(Femnale Urination Device 俗称 STP = stand to pee)を組み合わせたもので、身体にきれいにフィットするように自分で加工している。実質FTMの人が男性と同様の形態を偽装するテクニックを使っている。
 
装着すれば男子トイレで立っておしっこができるし、横から覗かれても平気である。しかしあれは清潔に保つために結構な努力と注意が必要なので、偽装の必要が無ければ付けていないほうが気楽なのである。立っておしっこはできないけど。
 

貴司がトイレに入っている間に朝食がテーブルの上に置かれている。
 
千里は市川ラボでデートしていた時期もそうだったが、こういう時、絶対に姿を見せないのである。でもきっとどこかで見てる。
 
「千里ありがとう。頂きます」
と言って食べ始めたが、メモに気付いた。
 
《今日は練習が終わったら浦和の新しいお家の方に来てね。カーナビには入れておいた》と書かれている。
 
貴司は楽しい気分になって朝食を終えると、着替えてからランドクルーザー・プラドに乗り、国分寺市の練習場に向かった。
 
この日は凄く気合が入って
「今日の細川さんは凄い」
とメンバーにも言われた。
 
夕方練習が終わってからプラドに乗り、カーナビに従って運転する。
 
見た記憶のある家だ。
 
敷地内に車を進入させると庭灯が点く。
 
庭に数本柱が立っているのは何だろう?と思った。衝突防止のためか蛍光ペイントされている。しかしそこが駐車スペースのようだ。千里の Kawasaki ZZR-1400 が駐まっている。貴司はその隣にある駐車枠にプラドを駐めた。
 
車を降りて ZZR-1400を見る。バスケットの影絵のシールが貼られているのを見て涙が出た。これは9年前に自分が貼ってあげたシールだ。自分と千里、それに2人の子供が描かれている。あの時は何も考えていなかったけど、京平と緩菜だよなと今は分かる。
 
玄関でピンポンを鳴らそうとした所でドアが開き、千里が抱きついてくる。貴司も抱き返したが、何か高校生の頃に戻ったような気がした。あの頃が一番充実していたような気もした。
 
「お腹空いたでしょ。すぐ御飯にする?それともシャワー浴びてからにする?」
「シャワー浴びたい」
「OKOK」
 
引越は26日にする予定なのだが、改装工事はほとんど終わっているという話だった。
 
バスルームでシャワーを浴びる。新しい着替えが出してあったので、それを身につけて、LDKに行く。
 
「シャンパンを開けよう」
と言って千里が出してくるのは、懐かしいモエ・エ・シャンドンのシャンパンである。千里と貴司は、2013-2016年頃、毎月のようにデートしては、このシャンパンで乾杯してランチを食べていたのである。
 
貴司が栓を開ける。
 
ポン!と音がする。
 
グラス2つに注ぐ。
 
「メリークリスマス!」
と言って乾杯した。
 

お料理も、フライドチキン、ローストビーフ、などが作られていたので、一緒に食べた。千里と話していると、やっばり自分には千里が一番だという気持ちになる。どうして自分はちゃんとこの子をストレートに愛してあげられなかったのだろうと自分を責める気持ちになった。
 
満腹した所で会話が途切れた。
 
「寝室に行く?」
「うん」
 
「今夜は初夜だよ」
「もう何回目の初夜だろう」
「貴司が浮気をしなければこれが最後ね」
「ごめーん」
 
それで貴司は千里を抱いてLDKに隣接する和室に入った。2階の部屋はもう少し手を入れる必要があるので、今日はこの部屋を使うと千里が説明した。
 
和室だがベッドが置かれているので、そこに千里を置いた。
 
「お疲れ様、マイハニー」
「愛してるよ、マイダーリン」
 
「あ、でも僕、ちんちんが・・・」
「あると思うけど」
 
それで貴司は自分の股間を触ってみる。
 
「良かった。ちんちん付いてる」
「よかったね。そのちんちんは私専用だからね。私だけを愛してね」
「もちろん」
 
貴司は再度千里にキスしてから、ベッドに潜り込んだ。
 

その日、浦和のマンションでは、千里が京平に手伝わせてクリスマスの料理を作っていた。京平は幼稚園生だが、少なくとも桃香よりは役に立つ。
 
18時過ぎに彪志から「青葉に会いに行くので今夜は戻らない」という連絡が桃香に入った。
 
「今から高岡に行くのかね?頑張るなあ」
などと言いながら、こちらも始めることにする。4人の子供を座らせる。京平 5歳6ヶ月、早月3歳7ヶ月、緩菜2歳4ヶ月、由美1歳11ヶ月である。
 
桃香が日中買ってきていたクリスマスケーキを千里が6分割した。
 
シャンメリーを桃香が開けて、グラスに注ぎ乾杯する。それを飲み、ケーキを食べてから、お料理を食べた。こちらは子供たちが食べやすいようにフライドチキンではなく唐揚げにしている。タコさんウィンナー、一口サンドイッチ、ハンバーグ、などもある。子供たちは各々食べられる範囲でたくさん食べていた。
 
20時で子供を寝せてから、
「いいよね?」
と桃香が言うので
「もちろん」
と言って、部屋に入った。この日の部屋割はこうなっている。
 
Room.1 千里・桃香
Room.2 京平
Room.3 早月・由美・緩菜
 
「千里と一緒に暮らしているのに、なかなかできない気がする」
「桃香が他の子と浮気しているからでは」
「それはたまにだよー」
 
などと言いながら、2人は快楽に身を委ねた。
 

12月初め頃に“千里たち”はクリスマスの計画を練った。
 
「貴司と過ごすのは2番で、桃香と過ごすのは1番ということでいいよね」
「3番はどうするの?アクアにセックスの指導をする?」
「アクアと寝たりしたらファンから殺されるよ」
「じゃ彩佳は既に死んでいるな」
 
などと言いながら練った計画に沿い、3人はこのように行動したのである。
 
(事前準備)
糸魚川のホテル1115号室を予約しておく。
津幡のプライベートプールにメンテの予定を入れさせる。
いんちゃんがオーリスを前日に“能登空港”に回送する。いんちゃんは現地で25日まで待機。
浦和の一軒家には、寝具、調理器具・食材を持ち込んでおく。
 
12/24
10時頃、3人に分離する。
1番:浦和のマンションで料理を作り始める。
2番:ヴィッツを運転して郷愁飛行場に行き、G450で小浜に運んでもらう。ミューズセンターで夢紗蒼依、ローズ+リリー正月ライプの打合せをする。
3番:ZZR-1400で浦和の一軒家に移動し、料理を作り始める。
 
実際には1番と3番は手分けして料理を作っている。ハンバーグや唐揚げは3番が作ったが、フライドチキンやローストビーフは1番が作り、交換・シェアしている。1番の方が料理は上手いので揚げ方が難しいフライドチキンは1番が作った。
 
15時頃
2番:打ち合わせを終えてG450で能登空港に飛ぶ。そこに駐めてあるオーリスで高岡に向かう。
 
つまり千里は小浜から高岡までの230kmを運転したのではなく、能登空港からの90kmを運転したのである。
 
18時頃
1番:桃香および4人の子供と一緒にイブの夕食。
2番;高岡に到着するが、3番と交替して浦和の一軒家で貴司を迎える。
3番:料理が一段落した所で2番と交替して青葉の家に入る。青葉を連れ出す。
矢鳴さんに扮した《きーちゃん》がアテンザで彪志を拾い、糸魚川に向かう。
 
つまり、オーリスを高岡まで運転したのは2番で、高岡から糸魚川まで運転したのは3番であった。連続運転にならないようにここで交替したのである。
 
21時頃
オーリスを運転してきた千里3が糸魚川のホテルで青葉を降ろす。
アテンザを運転してきた(矢鳴に扮した)きーちゃんが彪志を降ろす。
千里3はオーリスをロックして車を降り、アテンザに移って熊谷に移動する(濃霧で神経を使う妙高までをオーリス内で30分休んでいた千里3が運転し、その後はきーちゃんが運転した)。
 
本当に矢鳴さんを使わずにきーちゃんを使ったのは、赤羽から糸魚川までの移動に人間の運転では5時間掛かる可能性があったので“短縮”(ワープ)して、青葉のデート時間を長くしてあげるためである。
 
12/25
3時頃
千里3ときーちゃんが熊谷の郷愁飛行場に到着。千里3は仮眠する。きーちゃんは昨日千里2が運転してきたヴィッツに移ってそちらで仮眠。
 
6時少し前
旅館・昭和から“予約していた”お弁当を4つデリバリーしてもらう。2個を千里3ときーちゃんが食べる。きーちゃんは服を着替えて、福井さんに扮して金沢にテレポートする。〒〒テレビの駐車場で青葉たちを待つ。
 
6時
青葉と彪志が〒〒テレビに到着。きーちゃんは2人にお弁当を渡し、オーリスを運転して彪志と一緒に能登空港へ。G450で彪志と一緒に郷愁飛行場へ。
 
8時半
きーちゃんと彪志が郷愁飛行場に到着。アテンザで待機していた千里3が迎え、彪志を浦和に運ぶ。
 
(後片付け)
いんちゃんが能登空港に駐めたオーリスを浦和に回送する。つまり彼女は往復空(から)のオーリスを運転したが、そもそも彼女は“人を乗せて”車を運転するのは怖い!と言う人である。桃香よりは随分うまいと思うが。
郷愁飛行場に駐めたヴィッツは取り敢えず放置!
 
 
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【春白】(7)