【春銀】(7)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6  7 
 
恵真たちが四谷に着いたのはもう23時だが、事務所のドアをノックすると、50代くらいの男性事務員さん?が笑顔で中に入れてくれた。
 
「あ、ヒロミンだ。久しぶりー」
と男性が言っている。
「お久しぶり、ナイトちゃん」
 
母はこの人も知ってる?ひょっとして母って芸能界にコネがあったりして?
 
応接室に通される。母がナイトと呼んだ男性がコーヒー(恵真だけ紅茶)とケーキを持って来てくれて、そのまま椅子に座る。それで恵真はこの人が社長さんだったんだ!と認識した。
 
「済みません。社長さんにお茶とか入れてもらって」
「いやいや、この業界、社長というのはつまり雑用係なんですよ」
と白河社長は言っている。
 
「それでこの子なんだけど、お宅で世話してくれない?」
とAさんが言うと
 
「いいよー。こういう可愛い子は大歓迎」
などと即答である。やはりタレントなんて容姿で採否が決まるのかなあ、などと考える。
 
Aさんがパソコン内の写真を見せると
「可愛いね!」
と声を挙げる。さっき母が見ている時に自分も一緒に見たが、とっても可愛く撮れている。
 
「これは売れると思うよ」
と白河社長は言っている。
 
「この写真集については印税契約で」
「OKOK。5%ずつ(写真家とモデルが各々5%ずつもらう)でいい?」
「それでいいですよー」
 
Aさんは一般的な契約書に、高校在学中は学業優先という条項を入れたことを説明した。
 
「うん。問題無い。だいたい高校生の間はそれでいいと思う」
 
「そういえばこの契約書には恋愛禁止条項が無いのね」
と母が言う。
 
「コスモス君が§§ミュージックで恋愛禁止条項を廃止したから、うちもそれに倣うことにした」
「そうだったんですか!」
 
「鈴木さんはぶつぶつ言ってたけどね」
「ああ、あそこは困るでしょうね」
 
「ただ文面には入れてないけど、交際を始める場合はできるだけ事前、急な場合は交際開始後すみやかに事務所にも話して欲しいし、結婚する場合は最低半年前にこちらに伝えて欲しい。また妊娠が分かった場合もすぐ伝えてほしい。いづれも仕事の調整があるから」
 
妊娠?ボク妊娠するのかなぁ。
 
「それはいいよね?」
と母が恵真に確認するので
 
「はい、その場合は必ず事務所にも伝えます」
と恵真も言った。
 

ここでAさんは言った。
 
「ただこの子、ひとつだけ問題があるんですけどね」
「何?国籍とかは気にしないよ」
「国籍は日本・・・だっけ?」
「日本です」
「処女じゃないとか?」
「処女くらいはどちらでもいいんだけど、現時点ではまだ女ではないんだよ」
「女ではないって、まだ男性未体験ということ?」
「じゃなくて、この子、今の時点ではまだ男の子なんだよ」
 
白河社長は一瞬驚いたようだった。しかしすぐ言った。
 
「そのくらいは些細なことだから問題無い」
「問題無いんんですか?」
と思わず恵真が訊いた。
 
「だってどうせアイドルなんてバーチャルな存在なんだよ。だったら本人の実際の性別がどっちかいうことは関係無い。女の子を演じていれば女の子アイドルなんだよ」
 
へー。確かにアイドルってヴァーチャルな存在かも、と恵真も思った。
 
「まあ性転換手術したいというなら止めない」
「性転換手術する?今から飛び込んでも即手術してくれる病院知ってるけど。そしたら明日起きた時にはもう女の子だよ」
とAさんは言っている。
 
今夜??
 
「済みません。いきなり今夜性転換手術って心の準備が」
と恵真は言った。
 
「まあ今高校1年なら高校卒業する頃までに女の子になれぱいいんじゃない?」
などと白河社長は言った。
 
やはり性転換手術しないといけないのか。ちんちん無くなるのはいいとしても、痛そうだなあ、と恵真は思った。
 

「じゃ契約していい?」
 
「いいでーす」
と全員賛成なので、契約することになる。
 
2通の契約書を作成した。
 
1通は芸能活動全般に関わるもので、これにより恵真は♪♪ハウスの専属ということになり、♪♪ハウスを通して活動するということになる。ギャラは新人で一般的な固定給方式ではなく、比率配分方式として、比率は当面3:7である(♪♪ハウスの標準契約。実績次第では応相談)。地方から出てきた新人さんとかは最低限の生活費を確保するため固定給方式にするのだが、恵真の場合は生活費を心配する必要が無いので、最初から配分方式にしようということで、恵真の母、Aさん、白河社長の意見が一致した。比率は4:6にできないかとAさんは言ったが「だったら3月までに2000万円売れたら、、そう改訂する」と白河社長は“口頭で”約束した。
 
2000万円?そんなに売れるもんなの??そんなに売る人って芸能界でも一握りなのでは?と恵真は思った。
 
もう1通は今回の写真集出版に関わるもので、仮名Aさんが著作権者および発行者となり、♪♪ハウスの関連会社である♪♪メディアが出版して、出荷額の5%を恵真、5%を(撮影者・制作者である)仮名Aさんが受けとるというものである。
 
これに白河社長は“白河夜船”と署名した。しかしAさんは“仮名A”と署名した!それを見て母は“仮名H”と署名する。それで恵真も“羽鳥セシル”と署名した!!
 
(誰1人として戸籍名を書いていない!)
 
「モーリーもヒロミンも仮名(かめい)なのか」
「お互いに契約の意思を持って署名したのだから、契約書は有効なはず」
「まあ契約は書面より意志が重要だからね。ではこれで契約成立ということでエア握手」
と白河社長が言い、4人でエア握手した。
 
なおCDを出す場合はあらためてレコード会社と一緒に三者契約をすることにした。レコード会社としては、アクア、ラピスラズリ、ステラジオなどが在籍するTKRを考えているということであった。
 

四谷の事務所を出たのはもう深夜1時である。
 
「私が運転するからヒロミンもセシルも寝てなさいよ」
とAさんが言うので、そうさせてもらうことにする。
 
その時母が言った。
「この子、2学期が始まったら、女子制服で通学させようと思っているんてすけどね」
 
「ああ、それがいいんじゃない?男の服は全部捨てちゃえばいいよ」
 
もう捨てられました!
 
「ああ、それがいいかもね」
などと母は言っているが。
 
「学校から何か言われないかと少し心配して」
「大丈夫だと思うけどねー。何なら病院に行って、確かに女の子だという診断書を書いてもらえば?」
「そんなの書いてもらえる?」
「この子を診断すれば、精神的には女の子だという診断書もらえると思うよ」
 
「ああ、精神的には女の子だよね。じゃ一度病院に連れて行くかなあ」
「私、そういう病院のコネ多いよ」
「多いだろうね!」
「何なら私が連れて行こうか」
「それでもいいかな」
 
「学校はいつから始まるの?」
「来週の月曜日」
「だったら、今週中に連れていくべきかな」
「あ、そうか」
 
「でもお母ちゃん、今週は忙しいと言ってなかった?」
「それはそうなんだけど、娘のためには無理言っても休むよ」
 
やはりボクは娘なのね。
 
「私も今週は忙しいけど、私の信頼できる友人に頼んで同伴してもらおうか?その子も性転換してるんだよ」
 
「当事者なら、安心かもね!」
 
「だったら明日“仮名M”って子を行かせるから」
「分かった。仮名Mさんね」
 
それで明日にも恵真は仮名Aさんのお友達の仮名Mさんと一緒に病院に行くことになったのである。しかし母といい、みんな仮名(かめい)ばかりだ!
 
その夜、恵真たちは夜中3時頃に自宅に辿り着いたが、車内ではほとんど寝ていた。
 

翌8月20日(木)朝、母は
「本当に私付いて行かなくていい?」
と心配していたが
「大丈夫だと思うよ」
と恵真は明るく答えた。
 
7時頃、
「おはようございます。仮名Mと申しますが」
と言って女性が訪問してくる。
 
「きゃー!仮名Mさんってあなただったんですか?」
飛早子が喜んでエア握手してもらっている。
 
「有名な人?」
と恵真が訊く。
 
「実名は出さない方がいいですよね?」
と飛早子が確認する。
 
「うん。私は“仮名M”」
と女性は言った。
 
母も「あなたなら安心だ」と言っている。それで恵真は母の出勤より早く、その女性と一緒に家を出た。
 

路地(実は隣家の敷地内)を通り、道路に出ると、通りに格好良いスポーツカーが駐まっている。ライオンが立ち上がっているようなデザインのエンブレムが付いている。
 
恵真は車のこととかさっぱり分からないのでメーカーも車種もよく分からないが、このロゴは外車かな〜?と思った。一応、国産車同様の右ハンドル車だったので、恵真は左側のドアを開け「失礼しまーす」と言って助手席に乗り込んだ。
 
2ドアだし車長が短いので、てっきり2シート車かなと思ったら後部座席も付いていた。助手席ドアを倒して後部座席に乗り込むタイプなのかな?。
 
恵真がシートベルトをしたのを確認して、仮名Mさんは車を発進させた。
 
「何か性別検査を受けさせてと聞いたから、スポーツする子かなと思ったけど、君は違うみたい。スポーツ女子で優秀な子はしばしば性別を疑われて性別検査を受けさせられるんだけどね」
と言われる。
 
「私、男の子なんですー。でもこうやって女の子の格好をして、写真とか撮られて写真集を出すとかいうことになって。学校にも女子制服で通ったらと言われて」
 
「ああ、君の写真集なら売れるよ。可愛いもん」
 
「でも学校で何か言われた時のために、検査を受けて、精神的には女の子であるという診断書をもらえないかという話で」
 
「ああ、そういうことか。分かった。じゃその旨、私がお医者さんにも話しておくね」
「ありがとうございます!」
「でも君、本当に全然男の子には見えないね。声も女の子っぽいし」
「そうですか?でもあまり女の子っぽい高い声が出ないから、結構低い音域で話しているんですが」
 
「そう言われたらそうかも知れないけど、このくらいの声の高さの女の子はわりといるよ。でも話し方が女の子っぽいから、君と話していて男だと思う人っていないと思うなあ」
 
「そうですか」
「ただ、訓練すればもっと高い領域の声も出るようになると思うよ」
「それで仮名Aさんに指導してもらって、女の子の声が出るように練習しているんです。今、歌だけなら女の子の音域で1オクターブ程度出るようになってきた所て」
 
「へー。何か歌ってみてよ」
と言われたので恵真はAさんと練習していた『荒野の果てに(Gloria)』を歌ってみせた。この曲は大半の音がドレミファソラの6音でできているが、1音だけ、Glo---- ----- ----- -ria という所の ria だけ、下のソを使っている。恵真は大半をAさんと一緒に開発した“女の子の声”で歌い、下のソは、実声ではあるものの、できるだけ低い倍音かあまり混じらないように注意して声を出した。
 
「君、歌うまいじゃん。肺活量あるし。だったら女の子歌手としてデビューするの?」
 
「女の子歌手かどうかは分かりませんけど、1年以内に歌手としてデビューさせてあげると言われました」
 
「君を男の子歌手で売り出すわけがない。女の子歌手でしょ」
「やはりそうですかねー」
 

そんなことを言っている間に、恵真はうっかりアクビが出てしまった。
 
「済みません」
と謝る。
 
「寝不足?」
「昨夜、契約のことで深夜まで♪♪ハウスさんにお邪魔していて。帰宅したのが3時になったもので」
 
「その状態ではきちんと診察できないよ。途中公園で駐めるから、1時間くらい後部座席で仮眠しなよ」
 
「そうですかね」
 
それで仮名Mさんが通りがかりの公園に駐めてくれたので、恵真は失礼して後部座席に横になる。
 
しかし狭い!
 
そしてまぶしい!!
 
この車は後部座席の上までリアガラスが来ているので、上は青空である。
 
「後にタオルケットがあるから、良かったら使って」
「ありがとうございます」
と言って恵真はタオルケット(洗濯されているようで軽い洗剤の香りもした)を借りて身体に掛けて、目を瞑った。
 
そして本当にすぐ眠ってしまった。
 

目が覚めてスマホを見たらもう9時過ぎである。
 
「きゃー、こんなに寝ちゃった」
「大丈夫、大丈夫。私は作曲の作業してたから」
「作曲家さんなんですか!」
「まあ月に5-6曲くらい書いているかなあ」
「それかなりお忙しいのでは」
「こういう細切れ時間にわりとアイデアが思い浮かぶんだよ」
「へー」
 
「じゃ病院に行くね」
「はい」
 

埼玉県の**市まで来ている。コロナの関係で不要不急の検査みたいなのは優先度が低くなってるから、なかなか検査のできる病院が無かったんだよ、とMさんは言っていた。
 
受付で「検査を予約していたんですが」と言い、非接触式体温計で検温された上で、診察券とカルテをもらった。
 
診察券にもカルテにも“浜梨恵真 はまり・えま 2005.2.25 女”と印字されている。“女”という表示を見て、恵真はドキドキする気分だった。
 
「おしっこを取ってトイレ内の棚に提出した後で、カルテの順番に回って。私は駐車場の車の中にいるから、終わったら呼んで。支払いに行くから。恵真ちゃんが寝ていた間にお医者さんには話をしているけど、何か問題あったら呼んでね」
 
「はい、分かりました」
 

それで恵真はトイレに行き、おしっこを取ろうとしたのだが、トイレの前でMさんにキャッチされた。
 
「何してる?男子トイレに入ってどうする?」
「もしかして女子トイレに入るんですか?」
「君、自分はもう女なんだというのを再認識して」
「すみません!」
 
そうか、ボクもう男子トイレに入ることは許されないのか、と考えながら恵真は恐る恐る女子トイレの前に立った。ドアは自動で開く。個室に入り、除菌クリーナーでドアロックを拭いてから便座を拭いた。
 
検査番号がマジックで書かれた検尿のコップを「このあたりかなぁ〜?」と思う付近にやっておしっこを出すが、後ろ過ぎた!慌てて調整して、ちゃんとコップ内に飛び込むようにするが、なかなか目測が難しいと思った。女の子はみんな苦労してるのかなあ。それとも慣れたらだいたい自分の出てくる位置が分かるのだろうか。
 
適当な所でいったん停めてから中身を確認し、このくらい入っていれば大丈夫だろうという所で残りを体内から放出する。実はMさんの車の中で2時間近く寝ていたことから、結構尿意があったのを、病院でおしっこ出さなきゃと思って我慢していたのである。随分勢いよく出る感じだった。このおしっこの仕方にも大分慣れてきてけど、今日は嫌にスムースに出るような気がした。
 
ちゃんとペーパーで拭いてから立ち上がり、水を流す。個室を出て、コップを提出用の棚に置くが、これ男子トイレの棚に置いたら病院の人困るよなと思った。つまり自分は女子トイレを使うしかなかったんだ。
 

手を洗い、トイレの外に出る。カルテの先頭に書かれている3番に行き、カルテを提出する。恵真はここで、あらためて体温を計られた上で、脈拍・酸素量?に身長・体重、バスト・ウェスト・ヒップを測られる!
 
バストは胸の膨らみのいちばんある場所(トップバスト)と胸の膨らみの下(アンダーバスト)を測られた。男なら“胸囲”を1ヶ所だけ測られるが、女子は体型が違うから2ヶ所測らないといけない。この付近は姉の“女子教育”で教えられてはいたが、実際にそういう測り方をされたのは初めてだった。
 
その後、血圧を測られ、採血された。上手な人だったので採血の針はほとんど痛くなかった。
 
MRIに行く。
 
ここで結構な待ち時間があったので、キンプリのアルバム『King & Prince』をイヤホンで聴きながら待っていた。順番が来たので中に入る。
 
「心臓ペースメーカー、人工内耳、人工中耳は使用なさっていませんか?」
「使用していません」
「ブラジャーはワイヤ入ってますか?」
「あ、入ってます」
「ではそれも外してから、この検査着を着てください。あと、お渡しした紙にも書いていますが、眼鏡・補聴器・イヤリングやピアス、ネックレス、ヘアピンや金属製のヘアアクセサリー、腕時計、鍵、入れ歯、携帯電話やスマホ、音楽プレイヤー、財布や磁気カード、エレキバン、使い捨てカイロも持ち込めませんので、こちらの籠に出してください」
 
「分かりました」
 
それで服を脱いでブラも外してパンティだけになり、検査着を着る。スマホや財布の入ったキティちゃんのバッグ(姉からもらった)を籠に入れ、アクセサリーをつけてないか髪などに触って確認した。
 
それで係の人に声を掛けると、検査台に寝るよう言われる。検査台が機械の中に吸い込まれていく。なんか宇宙人に拉致されて改造手術でも受ける気分である。ドンドンドンドンと大きな音がするのは何だろうと思ったが、恵真は横になっている内に眠くなってしまう。寝てもいいのかな〜?と思ったが、思っている内に眠ってしまった。
 
起きた時は検査台は外に出ていて、
「もう服を着ていいですよ。忘れ物しないでね」
と言われた。
 

次に行ったのは、精神科だった!
 
精神に異常が無いかチェックするのだろうか?自信無ーいと思ったが、すぐに精神的な性別のチェックだろうということに思い至る。
 
実際、白衣を着た女性(臨床心理士さん?)と最初10分くらい雑談をした。好きな歌手を訊かれるのでキング&プリンスと答える。誰推し?とかまで訊かれるので、高橋君ですと答える。それでキンプリネタで5分くらい話していた。白衣の女性も随分ジャニーズ系のネタに強いようだった。
 
雑談の後で心理テスト?を受ける。深く考えないで、思いつきで答えてねと言われたので「はい」とか「いいえ」とか反射的に答えていった。
 
「あなたスポーツとかするんだっけ?」
「いえ。まだ確定ではないですけど、歌手になる話があって」
「それで性別の確認をするんだ?」
「そうみたいです」
 
「でもアクアちゃんみたいに性別のよく分からない歌手もいるもんね」
「男の子だと聞いてびっくりしました!てっきり女の子だと思ってました」
「うんうん。よくそう思ってる人いる。あの子、女の子にしか見えないもん。あそこまで女の子らしかったら、いっそ女の子歌手として売ったほうが、よく売れるんじゃないかと思っちゃうくらい」
 
「そうかも!」
と言いながら、男の子でも女の子歌手として売るって、それボクのことだったりして、などと恵真は考えた。
 

その後、婦人科に行く!
 
こんな所に自分が縁があるとは思いも寄らなかった。待合で並んでいるのが、お腹の大きな女の人ばかりで、ボクこんな所に居ていいんだろうかと悩む。
 
名前を呼ばれて中に入る。
 
上半身脱いでと言われるので脱ぐと、あらためてトップバスととアンダーバストをメジャーで測られた上で、おっぱいを揉まれる!ちょっと痛いくらいである。
 
「うん。特に異常はないみたいね」
 
喉にも触られて
「喉仏とかも無いよね。声も女の子の声に聞こえるし」
と言われた。
 
恵真は普段から喉仏が目立たないように気をつけているのだが、確かに今日はあまり意識していなくても目立たないなと思った。それに女の子のような声で話すのも、まだうまくできていなかったのだが、今日はそれが調子良く出る。
 
「内診していい?」
「ないしんって?」
「ああ。あんたの年齢では知らないよね。そこの内診台って乗ったことない?」
「いえ。初めて見ます」
「だよねー。ちょっと恥ずかしい姿勢になるけど、処女は傷つけないから安心してね」
「しょじょ??」
「最初はびっくりするかも知れないけど」
「よく分かりませんけど、検査受けないといけないから、お願いします」
「はい」
 

それで恵真はスカートとパンティを脱いだ上で初めて見る内診台なるものに乗ったが、10秒で悲鳴をあげたい気分になった。何なの〜?これ。
 
「ちょっと中に器具入れるけど、処女は傷つけないからね」
「あ、はい」
 
“中”って何だろう?と思っている内に、何とも不思議な感触がする。
 
何かが身体の“中”に入ってくる。どこに入れられているんだろう?と恵真は疑問を感じた。
 
「はい、終わりましたよ」
と言われ、内診台は元の状態に戻された。
 
「ありがとうございます」
と言って恵真は内診台を降りた。
 
「これで検査は終わりです」
「ありがとうございました」
 
「診断書を書きますけど、あなたは完全な女性です。どこにも疑う余地は無いですよ」
「そうですか。良かった」
 
「診断書は3通欲しいということだったので、3通発行しますね」
「はい、よろしくお願いします」
 
「この診断書を持って家庭裁判所で手続きをすれば、ちゃんと戸籍上も女性になれますよ」
 
へー!本当に戸籍の性別が変更できるのかと恵真は驚いた。
 
でも、本当にボク女の子になってもいいのかなあ、と恵真は少し不安を感じた。
 

それで恵真は婦人科を出た。これで終わりということだったよなと思い、電話でMさんを呼ぶ。Mさんとロビーで落ち合う。Mさんが支払いを済ませ、一緒に病院を出た。もうお昼の12時である。
 
「お弁当とか買って帰ろう。今、自宅に居るのは?」
「今日は誰もいません。母は仕事、姉は塾、弟は友人のところに行くと言ってました」
「じゃ、恵真ちゃんのお昼用1個と、みんなが帰ってきてからの分4個買おうか」
「済みません!」
「全部Aさんが出すからいいんだよ」
「Aさんってお金持ちなんですか?」
「資産は200-300億円あると思うよ」
「すごーい」
 
それやはり音楽関係で得たお金なのかなぁ、などと恵真は考えていた。だったら実は物凄く売れてるプロデューサーさんとかだったりして?お屋敷も豪華だったし。ガレージには車が4台駐まってたし。
 
高級そうなお弁当屋さんに寄り、恵真のお昼用にはステーキ弁当(Mさんの分と)2個、夜用には洋風の松花堂4個を買った。これだけで1万円を超えるのでびっくりする。
 
それで自宅(に至る路地の入口)前で降ろしてもらった。恵真はMさんによくよく御礼を言い、Aさんにも御礼をと言って別れた。なお、Mさんからは母への手紙も言付かった。ステーキ弁当は凄く美味しかった。
 

京都伏見と大阪寝屋川で振袖のCM撮影をした後、アクア、緑川マネージャー、ケイナは、取り敢えず夕食を取ってから伊丹に戻ることにした。
 
「どこか落ち着いて御飯食べられる所、ご存じありません?」
と緑川が訊いた時、ケイナは思いついた。
 
「俺とマリナの個人マネージャーが実は寝屋川市で飲食店をやってるんだよ。そこでもいい?」
「マネージャーなのに大阪にいるんですか?」
「仕事はどうせリモートだし。スケジュール管理とかチケット手配をしてもらっているだけだからネットさえあれば、どこでもできる。まあ今年春以降はチケット手配は無いけどな」
 
「なるほどー」
 
それでケイナがレンタカーを運転して“マウント・フジヤマ”に行った。専用駐車場が空いているのでそこに駐める。
 
「何これ!?」
とアクアも緑川も呆れたような声をあげる。
 
「これ珍八景としてテレビで放送されたこともあるんだよ」
とケイナが言うのは、まるでお風呂屋さんみたいなタイル絵の富士山である。
 
「お店の名前も“マウント・フジヤマ”と言うんだけど、創業者の苗字が藤山。藤山直美の藤山ね。それで富士山に掛けて、この絵を作ったんだよ。しばしばお風呂屋さんの建物を再利用してお店を作ったと思われているけど、そういう訳ではない」
 
アクアが突っ込む。
「マウント・フジヤマって、マウントとヤマがダブってる」
 
「うん。よく指摘される。クーポン券をもらって、シティバンク銀行出身のイケメン男子(*3)と、洞爺湖の近くで野球の生ライブ中継を見ていたら、読売巨人ジャイアンツが二連勝したところだった、の世界」
 
(*3)イケメンという言葉は「イケてるメンズ」の略。メンは面ではなくmen.
 

それでケイナが引き戸を開けてお店に入る。
 
「おはようございまーす。渚ちゃん、宴会ルーム使える?」
「あ、ケイナちゃん、おはようございまーす。使えるよ」
と産休明けの渚は笑顔で答えたのだが、その時、店内に居た客たちが騒然とする。
 
「まさかアクアちゃん!?」
「おはようございます。アクアです。よろしくお願いします」
とアクアが客たちに挨拶する。
 
「嘘!?こんな汚い店にアクアちゃんが来るなんて」
「そっくりさんの尾崎鞠矢ちゃんじゃないよね?」
「ボクあんなに背が高くないですよー」
「わぉ!サイン欲しい」
「握手して」
「エア握手なら。あとサインはお店に1枚だけで勘弁してください」
 
それでアクアは色紙にサインを書いて渚に渡す。そしてその場に居た客全員とエア握手をした。そしてケイナ・緑川と一緒に宴会場に入った。
 
それでアクアはここでのんびりと1時間ほどかけて食事をすることができた。食事は「1人を除いてお若い方だからお肉中心がいいでしょう」などと渚が言って、小鉢、スープ、豚しゃぶサラダ、神戸牛のステーキ、自家製焼きたてパン、それにデザートのアイスクリームとモカブレンドコーヒー(ペーパーフィルター)であった。みんな美味しい美味しいと言って食べていた。飲み物には冷やしたジャスミンティーをサーバーで置いてくれていた。
 

代金を緑川が払った後、ケイナは渚に出産祝いを渡し、3人で赤ちゃんの大海君も見せてもらった。しかしお店を出る時は、大将に車を店の裏口に付けてもらい、素早く脱出するはめになった!
 
アクアのサインはお店に掲げられ、超弩級有名人が来たお店として話題になることになる。その後、ここには
 
「アクアちゃんから美味しかったと聞いた」
 
と言って、AYAのゆみ、松浦紗雪、ローズ+リリーのマリ、小野寺イルザ、KARIONの美空、ゴールデンシックスの2人、スリファーズの3人、更に関西では知名度の高い柳原蛍蝶!(西湖の祖父で往年の名女形)など、多数の有名人が寄って、壁のサインはどんどん増えて行くのであった。
 
もっとも渚は
「最近どうも人間以外の客も多いな」
と呟いた。
 
「まあ葉っぱのお金じゃなくてちゃんと日本円で払ってくれてるからいいけど」
 
渚は彼らのために、お稲荷さんもたくさん作るようにした。
 

恵真は8月20日の午前中に病院で“性別診断”を受けてきたのだが、午後は自分の部屋でまだ終わってない宿題を頑張ってやっていた。そこに一希から電話が掛かってくる、
 
「ね、ね、えまちゃん、プール行かない?」
「え?でも三密は大丈夫?」
 
昨夜♪♪ハウスに行って契約した時、契約書の文面に入れた訳ではないが、公共交通機関をできるだけ使わないこと、外食は基本的に禁止、三密の場所を避けること、というのも言われている。
 
「実はさぁ、東京アクアパークの予約を3人分取ってたんだけどさ。私と汐里ちゃんと、真結ちゃんとで。でも真結ちゃんが宿題が絶望的に残っているの、お母ちゃんに叱られたから行けないと言って」
 
「ボクも宿題たくさん残ってる」
「取り敢えず親パレしてない内はいいことにしようよ。それで三密の件だけど、東京アクアバークは今三密回避で予約制になってて、8:00-1100, 11:30-14:30, 15:00-18:00, 18:30-21:30 の四部制で各々100人しか予約を取らない」
 
「その予約が取れたの!?凄いじゃん」
 
「物凄くラッキーだったと思う。だからキャンセルしたくないのよね」
 
「あ、でもボク水着持ってないや」
「パークでも売ってるよ」
「そう?じゃ現地で買ってもいいかなあ」
 
制服を買った残りの3万は母に「家計の足しにして」と言って返したのだが、映画出演のギャラでもらった5万円をまだ持っている。
 
一希は言った。
 
「それにさあ、昨日囲碁大会で、私えまちゃんとお風呂入ったこともありますよと言ったじゃん」
 
「あ、うん」
 
「あれを本当のことにしようよ」
「え?」
「東京アクアパークにはお風呂もあるからさ、一緒に入ろう」
「あ、えーっと・・・」
 
「それで私たちが24日にはこの子、女の子になったんですというの証言してあげるから。何ならヌード写真も撮って」
 
「ヌード写真は勘弁」
「まあそれは証言だけでもいいかな」
「うん」
 

それで恵真は一希たちと一緒にプールとスパが併設されている東京アクアパークに出かけたのである。実際には一希のお母さんが、車(レガシィ)で汐里と恵真を各々の家の前でピックアップしてくれた。
 
恵真が白いワンピース姿で道路そばで待っていたら
「あ、可愛い」
と言われた。
 
「一応、ゴーグルとスイムキャップと、アンダーショーツだけ持って来た」
「じゃ水着だけ現地で買えばいいね」
と一希が言うと、一希のお母さんが
「あら、水着が無かったの?」
と訊く。
 
「この子、学校で使うスクール水着しか無かったんだって」
と一希が言う。
 
「ああ、遊泳プールでなら可愛い水着とか着たいよね」
とお母さんは言った。
 

それで江東区のアクアパークまで行った。お母さんが駐車している間に3人でパークのエントランスを通る。入口は1人ずつ通るようになっていて、非接触式の体温計で体温を計られる。一希が36.4度、汐里が36.5度、恵真は35.9度だった。水着ショップがあるので一緒に入るが、これだけ女子水着がずらーっと並んでいる所を歩くと、慣れてないので居心地が悪い。こんな所に居るの見られたら変態と思われないかと心細くなるが、逃げる訳にもいかない。
 
「これ着ない?」
と行って一希が手に取ったのはビキニである!
 
「そんな恥ずかしー!」
「せっかく女の子になったんだから、その女の子ボディを堂々と見せればいいのに」
と汐里が言っている。
 
「ワンピース型なら、そのあたりは?」
と言って汐里が手に取るのは、ワンピースとは言っても前の布が5cmくらい繋がっているだけで、後ろは上下が完全分離している。ほとんどビキニじゃん!と恵真は思った。
 
「こんなのどうかなあ」
と言って恵真はかなり布の多い水着を手に取ったが
 
「つまらない」
「それじゃスクール水着と大差無い」
と言われて却下される!
 

そして結果的に“一希と汐里の話し合いにより”最初に一希が手に取ったのよりは少しおとなしめのビキニで決定されてしまった!恵真の好みは無視である!
 
「1万3千円だけど、お金は大丈夫?足りなければ少しは貸せるけど」
「それは大丈夫」
 
昨日もらったギャラの内3万円だけ持って来ている。でもおしゃれな水着って高いんだな、と恵真は思った。中学の時に水泳の授業でつけていた水着は1500円だったのに、などと思う。でもあれは男子水着だから、女子のスクール水着はもう少し高いのかな?布地は3-4倍使ってるし、などとも考えた。
 
(実際は男女で値段の差はほとんど無い)
 
「でもこれ着るの〜?」
と恵真は情けない声を出したが、
 
「ビキニの下は男子水着と似てるから、違和感少ないかもよ」
などと言われる。
 
それで精算して出る。すぐ使いますと言ってタグを切ってもらった。
 
ショップの外に出て一希のお母さんが来るのを待つ。
 
「だけどふと考えてみたら、えまちゃんって元々水着になった時に、ちんちんが目立たなかった気がする」
 
と一希は言った。彼女とは小学校以来何度もクラスメイトになっていた。この高校は私立で、しかもレベルが低い!ため、算数の引き算ができて、よほど面接の態度が悪くない限りは通ると言われている。それで市内だけでなく、周辺市町の様々な中学から集まってきている。同じ中学からここに来たのは男女合わせて5人であり、貴重な古くからの友人でもある。
 
「そうなの?」
と汐里が訊く。彼女は同じ市内の別の中学からU高校に来た。同じクラスで同じ囲碁部に入ったので一希と仲よくなり、結果的に恵真ともよく話している。
 
「男子用スクール水着って、ちんちんの形がわりとハッキリ出るじゃん」
と一希。
 
「そう?うちはトランクス型だったからかなあ。あまり気にしたことなかったよ」
と汐里。
 
「うちはブリーフ型だったから。でもえまちゃんはブリーフ型の水着を着けてても盛り上がりが無くてさ、男子たちの間でも「浜梨さんは実はちんちん無いんじゃ」という噂あったよ」
 
「それは言われてた。苗字をもじって“たまなし”とか言われてた」
と恵真も笑ってその件は認める。
 
実際は恵真はちんちんはいつも後ろ向きに収納し、アンダーショーツで押さえていたので、盛り上がりができなかったのである。恵真のおちんちんは立たないので、何かの拍子に目立ってしまうこともない(恵真はそもそも、おちんちんが大きくなるものであることを知らない)。
 

「じゃ、元々ちんちんは小学生の内に取っちゃってたんだ?」
と汐里が言う。
 
「えまちゃんって、喉仏が目立たないよなあと思ってたけど、今あらためてよく見ても、喉仏無いよね?」
と言って汐里は恵真の喉に触る。
 
喉仏のことは、病院の婦人科でも言われたけど、本当に今日は目立たないなと恵真はあらためて思った。
 
「もしかして、元々ちんちんは無かったのを、夏休み中におっぱいだけ大きくしたの?」
と一希。
 
「うーん・・・どう説明すればいいのやら」
 
実は恵真も最近めまぐるしく自分の性別に関する状況が変化している気がして、思考停止気味になっているのである。
 
「そういえば男子たちが『浜梨さんはいつも個室しか使わないよね』『実はちんこ無いのかも』と噂してるの聞いたことある」
と汐里まで言っている。
 
 
「ちんちんが無いのなら実は元々女の子だったのかもね」
「それはすぐ確かめられるね」
 
などと言われて、恵真はあそこの工作がバレないかなあとヒヤヒヤした。病院の婦人科の先生は気付かなかったみたいだけど、バレると下手すると警察に通報される危険もあるぞと恵真は思っていた。
 
でも取り敢えず、水着くらいは大丈夫だよね?
 

一希のお母さんが駐車場から戻って来る。
 
「迷子になった!」
と言っていた。道理で時間がかかったわけである。
 
ここに着いたのは14:30くらいだったが、お母さんが戻ってきたのが14:50くらいである。もう入場できるので、お母さんのスマホに表示させたQRコードで入場する。
 
「あれ?料金は?」
「決済済み」
 
後で聞くと、予約は同時決済(クレカまたはPayPay)が必要らしい。厳しい入場制限をして競争率も高いのにキャンセルなどされてはたまらないから、当然のシステムだろう。
 
「だったら私の分現金で払いますね」
と言い、恵真は自分の分の入場料2000円をお母さんに払う。汐里も同じく2000円をお母さんに渡していた。
 
「私はお母ちゃんにおごってもらおう」
と一希。
「後で労働奉仕ね」
とお母さん。
 
「その方が大変だったりして」
 

入場の際にロッカーの鍵を4つもらつたので、汐里、恵真、一希に1つずつ配る。
 
女子更衣室に入る!
 
入口を通る時はかなりドキドキしたのだが、恵真の様子を見た一希が手を握ってくれたので、何とかなった。コロナの折、できるだけ人と接触しないようにと言われているのに手を握ってくれた彼女に恵真は感謝した。
 
ロッカーは4個が横に並んでいた。“消毒済み”の紙が貼られているのを破ってドアを開ける。恵真は替えの下着とバスタオル、水着入れのビニール製袋をその中に入れた。
 
そして服を脱ぐ!
 
一希も汐里もこちらを見ている。恵真はハイソックスを脱いでから、開き直ってワンピースを脱ぐ。ブラジャーとパンティだけである。ブラジャーのホックを後ろ手で外し、肩紐を外すと、Bカップサイズのバストが露わになる(実際B65のブラを着けている)。一希も汐里も「ほぉ」という感じ。更に恵馬はパンティを脱いだ。何もぶらさがっていないお股が露出する。12日にタックされた時はいったん毛を剃られたのだが、あの後結構毛は伸びている。
 
「おちんちん無いね」
と思わず汐里が言ってしまったが、一希のお母さんが
 
「女の子におちんちんがあったら大変だよ!」
と言った。
 
「あると便利そうって思うことあるけど」
と一希。
 
「でもいつも付いてたら邪魔かもね」
と恵真が開き直って言うと
 
「そうかもね」
と一希も汐里も言って、うなずいていた。
 
「付いてたらお嫁さんになれないし」
と恵真が言うと
「付いてたら、お婿さんが困るよね!」
と汐里が言った。
 
「でも付いてる方が好きな人もいるんでしょ?」
「最近多いよね」
「まあ人好き好きだよね」
と一希と汐里が話していると、お母さんは困ったような顔をしていた。
 

その後、水着を着る。パンティ部分を着けてから、すっごく頼りないブラ部分を着けるが
 
「そのビキニ凄いね」
とお母さんが言っていた。
 
「私たちが選んであげた」
「私程度の胸でビキニは恥ずかしい」
「いや、もっと貧弱な子もいるから大丈夫」
 
後はゴム仕様になっており、肩紐代わりに首の後で紐を結ぶタイプである。その結ぶ所は一希がしてくれた。一希と汐里はワンピース水着だが、ふたりとも結構可愛い。
 
「可愛いね」
と恵真も思わず声を挙げた。
 
一希のは花柄模様で、パレオ付きである。汐里のはドレスのようなデザインである。
 
つまり・・・・
 
ふたりともお股の付近は隠れるようになっており、そこを堂々と出しているのは恵真だけである!
 
お母さんはタンクトップとフレアパンティという感じのセパレート水着であった。
 

「えまちゃん、泳げたよね。一緒に25mプールで泳がない?」
「さすがにこの水着で泳いだら外れる!」
「女子高生のストリップはさすがにヤバいな」
 
そうか。ボクって女子高生なのか。
 
「じゃスライダーに行こうよ」
「あれ怖い」
「平気平気」
 
それで結局プールに入ってから1時間くらい、ひたすらスライダーをしたが、スライダー初体験だった恵真は、もう死ぬかと思った!特にいきなりストンと落ちる所が本当に心臓に悪かった。
 
その後は、一希とお母さんと一緒に流れるプールで水中を歩きながら、途中の花園やお魚の水槽なども見て楽しんだ。汐里は本当に25mプールに行きたっぷり泳いで来たようである。
 

残り1時間になった所でスパに移動することにする。
 
いったん更衣室に戻り、各自のロッカーを開けて水着を脱ぎ、ビニール製の水着入れに入れる。そのあと、裸で更衣室内の階段で地下に降りるとそこがスパである。つまりプールから直接スパには行けないようにして、誤って異性用の浴室に迷い込むことがないようにしている・
 
なお地下スパと1階プールの間は本来はエレベータでも移動できるのだが、“密”を発生させないように使用禁止になっている。ただし、お年寄りや怪我している人・障碍者の人は係の人に言えば利用できる。言わなくても巡回しているスタッフが大抵声を掛けて誘導してくれているようだった。
 
スパは、むろん男女別なのだが、女湯は“七つの海をお楽しみください”と書かれていて、地図まで掲示されていた。
 
中央にあり、最も大きく青いお湯が入っているのが Pacific Ocean, その向こうの奥側にある白濁したお湯のが Atlantic Ocean, 左手に電気風呂のAegean Sea, ワイン風呂の Mediterranean Sea, 右手に打たせ湯のJapanese Sea, 水風呂のAntarctic Ocean という:掲示が出ていた。
 
「アエジェアン・シーってなんだっけ?アジア海」
と汐里が訊く。
 
そんな海は無い!
 
一希のお母さんが
「Aegean Sea はエーゲ海」
と教えてあげる。
 
「へー!」
 
「メディタレイニアン・シー は地中海?」
「そうそう」
「アンタークティック・オーシャンって北極海だっけ?」
「惜しい。南極海。北極海はArctic Ocean」
「へー」
 
「Arcticが極ということで Antarctic は反対側の極ということよね」
「そうか。昔は南極って知られてなかったから」
 

取り敢えずみんな洗い場で身体を洗う。恵真はここ一週間毎日自宅のお風呂でこの身体を洗っていたので、だいぶ慣れてきていたのだが、髪を洗い、顔を洗い、ドキドキしながら胸を洗う。胸を洗った時に何か違和感があったのだが、理由は分からなかった。更にドキドキしながらお股を洗う。お股を洗った時、偽装している割れ目ちゃん(実は閉じ目ちゃん)が開くことに気付いた。やっばー。これ後で接着剤でしっかり留めておかなきゃと思う。でも幸いにも“中身”は飛び出してきていないようである。万一あんなものが女湯で飛び出してきたら、マジで警察に通報されちゃう。
 
足を洗い、足の指と指の間を洗うと疲れが取れていく感じで気持ちいい。
 
最後に身体全体にシャワーを掛けてから浴槽に向かう。一希も汐里も既に“太平洋”に入っていたので、その近くの湯面に身体を沈めた。
 
「でもきれいに女の子の身体になってるね。手術痛くなかった?」
「特に痛くなかったかな」
「麻酔利いてるから大丈夫じゃないの?」
「麻酔無しで切ったら凄まじく痛いよね」
「ショックで死んじゃったりして」
 
「あれ?でもちんちんを切ったのは幼稚園か小学生の頃だっけ?」
と訊かれるので
「よく分かんなーい」
と答えておく。
 
実際にはまだ付いてるからなあと恵真は思う。でも♪♪ハウスで話したみたいにボク、やはり高校卒業するまでには性転換手術を受けることになるのかなあ、と思った。お母ちゃんは乗り気みたいだし。ひょっとしたら今度の冬休みくらいに「手術受けに行こう」とか言われたりして。
 
それまでに自分も覚悟を決めなきゃ。あまりの急展開に戸惑ってるけど、ボク小さい頃から女の子になりたかった気がするもん。自分でちんちん切ろうとしたこともあったし。
 
「やはり小さい頃に手術されたのでは?」
「だからあまり男っぽくなかったんだよ」
「病気の治療か何かで切ったのかな」
「ちんちんに腫瘍ができたりすると切らないといけないらしいね」
「あれって小学校に入る前までにちんちん切った場合は、性別訂正届けを市役所に出すだけで性別を女の子に訂正できるんでしょ?」
 
そうなの!??
 
「近所の子で幼稚園まではズボン穿いて通園してたのが、入学式の時はスカート穿いてた子いたよ」
 
羨ましい!!
 
「実際、私、えまちゃんを高校入学式の時に見て、なんでこの子、男子制服着てるんだろう?男の子になりたい女の子なのかな、とか思ったもん」
 
「まあ、えまちゃんは普段着だと、よく女の子と間違われてたね」
などと一希は言う。
 
「小学生の頃は結構スカート穿いて学校にも来てたし」
「そうだっけ?」
と恵真は驚く。全然そんな記憶がない!
 
「だからえまちゃんがスカート穿いてきた日は『えまちゃん女子トイレ使いなよと言ったけど『恥ずかしい』とか言って男子トイレ使ってたし』
 
「へー」
と汐里は言っているが、恵真自身はそんな記憶が全く無い。
 
「24日からは女子トイレ使うよね?」
と汐里。
「そりゃ女子制服を着てるのに男子トイレ使おうとしたら、男子たちに追い出されるよ」
 
やはり女子制服で通学するのは確定なのか。
 

そんな話をしていた頃、一希のお母さんが“地中海”からこちらに移ってきた。
 
「気持ちいいけど、酔いそうな気分だった。あれはおとな限定ね」
などと言っている。
 
「男湯は日本酒風呂らしいけどね」
 
「男湯も7つの海なのかな。えまちゃん、ここの男湯入ったことない?」
「男湯には入ったこと無いよ!」
と恵真が言うと
「女の子が男湯に入る訳無い」
とお母さんも言う。
 
しかし恵真の「男湯に入ったこと無い」という発言には、一希と汐里が頷いていた。彼女たちは、恵真が小さい頃にちんちん切っちゃったので、女の子の裸にしか見えないから、男湯には入れなかったのだろうと判断したのである。
 
「うちのお父ちゃんによると、向こうは7つの山らしいよ」
「山なんだ?」
 
「確か、富士山、大雪山、阿蘇山、エベレスト、ロッキー、アルプス、キリマンジャロ」
 
「山と山脈が混在している」
「まあいいんじゃない?」
「だけど富士山に湖みたいなのあったっけ?」
「富士五湖」
「あっそうか!エベレストは?」
「うーん。知らないなあ」
 
「やはり女は引っ込んでるから海で、男は出っ張ってるから山なんじゃない?」
という一希の発言には、汐里も反応に窮し、お母さんは他人の振りをしていた!
 

しかしその日、一希と汐里は別れ際に恵真に言ってくれた。
 
「えまちゃんが完全に女の子だというのはしっかり確認したから、私たちが証言してあげるから安心してね」
 
なお、恵真は“外れ掛かっている”お股の工作箇所の補修をしなきゃと思っていたのだが、午前中の病院に午後のプールでクタクタだったので、忘れてしまい、夕食を食べたら、お風呂にも入らずにそのまま眠ってしまった。
 

“仮名M”はこの日、午前中に可愛い男の娘を病院に連れて行った帰り、その子から“取り外したプレストフォーム”を見ながら
 
「これ誰かおっぱいを欲しがってる男の娘に取り付けてあげよう」
と呟いた。
 

8月22日(土)、恵真はまたAさんとのセッションをした。この日は恵真もかなり女の子ライフに慣れてきて、普通に女の子の服で出かけ、Aさんの家でもわざわざ“女装”させられることもなく、すぐに発声と歌の練習に入った。
 
「女の子の声が出る音域が物凄く広がってる」
「あ、やはりそうですよね。昨日の午後あたりから急に広い音域出るようになった気がします」
 
「女声の発声ってわりとそうなんだよ。多くの人が突然出るようになったと言うんだよね。そして逆に男声が出なくなる」
 
「実はそうなんです!今男声が全く出なくて」
「でもそれで何も困らないでしょ?」
「はい、全く困りません」
 
「あんた、ちょっとこれ歌ってみて」
と言って、Aさんは恵真に楽譜を渡した。
 
この曲は知っている。ミュージカル『キャッツ』のクライマックスで歌われる曲『メモリー』だ。
 
「最初の音はこれ。オクターブずらしせずに譜面通りに歌ってみて」
「はい」
 
それで恵真はAさんの伴奏に合わせて「Midnight, not a sound from the pavement, Has the moon lost her memory?」と歌い始める。恵真もこの歌を歌ったことはあるが、いつもサビに入る部分でオクターブ下げていた。しかしこの日はAさんが
「次そのまま上に行って」
というので、苦しい気がしたが、そのまま頑張って上に行った。自分でも高い声が良く出るので驚く。Aさんが頷いている。
 
そして結局オクターブずらしをしないまま、最後までちゃんと歌いきったのである。
 
「凄いね。2オクターブ半、G3からC6までしっかり出ていた。ちょっと上はどこまで出るか確認しておこう」
とAさんが言うので、ピアノの音に合わせて声を出していったら E♭6まで出た。
 
「惜しいね。あと1全音上、F6まで出たら『夜の女王のアリア』が歌える」
「へー」
「練習してれば出るようになるかもよ」
「頑張ってみます」
「うん」
 
その後、フルートの練習もしたが、そちらも進化していると褒められた。
 
この日は母に連絡して許可を取った上で、逗子マリーナまで遠出し、ライフベストを付けてヨットに乗るシーンを撮影した。多くはAさんのお友達という女性が操るヨットに同乗しての撮影だったが、1度だけ波の静かなタイミングを狙って、1人だけでヨットの上に立ち、まるで帆を操作するかのようなシーンも撮影した(3秒後に海に落下した!)。
 
この日は遠出したので帰宅が20時近くになり、また家までフェラーリで送ってもらった。それで御飯を食べたらそのまま寝た。
 

8月23日(日).
 
恵真は母から言われた。
「美容院に行こう」
 
最初「病院に行こう」と聞こえたので、もしかして性転換手術を受けるの?と思ったが「髪切るだけだよ」と言われるので、美容院か!と脱力した。でも、母なら性転換手術に連れていく時も「ちんちん切るだけだよ」と言いそう!
 
それでお母さんがよく行っている美容院に行った。
 
「ああ、浜梨さん」
「予約していたけど、いいかしら?」
 
三密回避で、原則予約制にしている美容院が多い。
 
「はいはい。承ってますよ。あれ?そのお嬢さんですか?」
「そうなのよ。この子をお願い。明日から新学期ですし」
 
「飛早子ちゃんの・・・従妹さん?」
「妹なんですよ」
 
「あら、そんな妹さんが居たんですか?」
「これまではこの子のお友達のお祖母さんがやってる美容院に行ってたんだけど、お祖母さんがもう年だし、コロナで客が減ってるで閉店になって」
 
「ああ、この業界も閉店の話をたくさん聞きますよ。どこもお客さんが美容院に来るの控えてるみたいで。代わりに髪切るセットが売れてるみたい」
 
「小学生くらいは結構お母さんが切ってあげてもいいかもね」
「そういう流れみたいですよ」
 

それで10分も待つと「こちらへ」と言われて“カット台”に案内された。今まで恵真は床屋さんに行ってて、洗髪台付きの椅子に座らされていたので、ごく普通の椅子に座ることになり、物凄い違和感を感じた。美容院って、洗髪台とか無いんだっけ??
 
「どんな感じの髪型にします?」
と美容師さんから訊かれる。
 
「そうだなあ」
と恵真が悩んでいたら母が言った。
 
「ラピスラズリの朱美ちゃんみたいな髪型とかどう?」
と訊いた。
 
「ああ、あの髪型は似合いそうですね。そんな感じでやってみましょう」
 
と言い、美容師さんは恵真の髪に櫛を入れてはハサミでカットを始めた。
 
「今、髪の長い子は、はるこちゃんカット、髪の短い子は朱美ちゃんカットって流行ってるんですよ」
と美容師さんが言う。
 
「ラピスラズリ大人気ですもんねー」
と母も言う。
 
「アクアちゃんカットも人気なんですけどね」
「あの子もかわいいわよね。男の子には見えないし」
「女の子アイドルだと思いこんでいる人も結構いますよね」
 
それボクです!と恵真は思った。
 
「でも実は本当に女の子なのでは?という噂もありますけどね」
「裸にしてみないと分からないかもね」
「水着写真を見る限りは女の子にしか見えないし」
「あ?写真集買いました?」
「買っちゃった。私が買ってきたら、旦那も買ってきてたんですよ」
「ありがちありがち」
 
へー。水着写真ってどんなのだろう?と恵真はアクアの水着写真というのに興味を持った。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6  7 
【春銀】(7)