【春銀】(3)

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その日、聖子(西湖F)は英語の授業を受けていた。
 
「日本でも例えば『犬も歩けば棒に当たる』という言葉は出歩いていれば悪いことが起きる場合もある、という解釈と、出歩いていれば良いことも起きる、という解釈がある。英語にもそういう解釈の分かれるイディオムがある」
 
「よく議論されるのが "Silent is Golden" という諺だ。日本語では、『沈黙は金(きん)』と訳されることが多い。黙っているのがいいという意味に解釈される。ところがこの言葉は実は19世紀に生まれた新しい言葉で、本来は"Speech is silver, silent is golden" という諺の後半たけを抜き出したものだ」
 
「言葉の途中だけ取り出すと全く意味が変わる好例として『健全な身体に健全な精神が宿る』というのがある。これは本来は『贅沢な望みを神に祈ってはならない。健全な身体に健全な精神が宿ることだけを神に祈るべきである』というのの一部を取り出したもので、原典の意味としては、むしろ健全な体に健全な精神が宿ることがめったにないということになる」
 
「まあ元の話の一部だけ取り出すのは、テレビの街角インタビューとかでは常套手段だな」
と先生が言うと、爆笑になる。
 
「それで "Speech is silver, silent is golden" だが、元の諺は直訳すれば『弁論は銀、沈黙は金』ということになる。そしてここで問題になるのが、銀と金の価値観だったりする」
 
「現代では金(きん)の方が高価だ。同じグラム数で金は銀の100倍くらいの値段がする。それで最近はこの言葉は、しゃべるより黙ってろという意味に解釈する人が多い」
 
「ところが古代には金より銀の方が高かった。それは金(きん)という金属は自然界にそのまま自然金の形で産出されることもあるが、自然銀はとてもレアで貴重だった。それで古代には銀の方がレアで高価なものという意識があり、金に銀メッキをした宝飾品なども存在していた」
 

「へー」
 
という声があがる、
 
ものの価値って、結構相対的だよなという気もする。アクアさんが戦時中とかに生まれていたら、きっと日陰の生き方を強いられていただろう。殺されちゃったかも知れない。性的役割に寛容な時代に生まれたから人気アイドルになった。
 
「だから、実は『弁論は銀・沈黙は金』というのは、弁論の方が価値がある、沈黙していてはいけないというのが元々の意味らしい」
と先生は解説する。
 
「銀はその後、銀を含む鉱石から銀だけを取り出す、水銀を使ったアマルガム法とか、鉛を使った灰吹法といった技術が開発されて大量に調達されるようになった。それで銀があふれるようになって銀の価値は大幅に下がった。中世ヨーロッパでは銀のスプーンやフォークは、庶民が普通に使う食器になった」
 
そんなにありふれていたのかと驚く。
 
「この頃、日本は世界でも有数の銀生産国で、当時日本は世界で産出する銀の3分の1を生産していたという」
 
そんなに!
 
「そしてその日本の銀の大半を産出していたのが島根県の石見(いわみ)銀山こと大森銀山だな」
 

ここで質問がある。
 
「石見銀山って毒薬の名前なんじゃないんですか?」
 
「時代劇でよく出てくるね。あれは実は同じ石見国でも、一般に石見銀山と呼ばれる大森銀山ではなく、笹ヶ谷鉱山で産出される砒石から生産される砒素化合物(三酸化二砒素 As2 O3)だったりする。大森銀山では砒石は産出しないんだよ。地元の有名スポットの名前を勝手に使った製品だったりする」
 
「なるほどー」
 
「ディズニー本社のあるのと同じ州で生産している冷蔵庫にディズニー冷蔵庫と勝手に名前をつけたようなもので、今の時代なら商標権侵害で訴えられているよ」
 
「ああ」
 

「そういう訳で、銀が他の混合物から取り出せるようになった後でも、金(きん)は宝飾品にしたり、金貨として使う以外にはあまり使い道が無かった。それに対して銀は、宝飾品や銀貨にも使えるが、それ以外に食器にしたり、鏡にしたり、様々な製品の重要なパーツとして使ったりで、実用的な金属だった。それで、銀というのは“使える”、金(きん)は飾るだけ、という価値観の時代もあった」
 
「へー」
 
「その時代になると、この言葉は。弁論ができる人は使える人、沈黙している人はお飾りにはなるが使えない人という解釈もできたらしい」
 
「なるほどー!」
 
と教室内から一様に感心する声があがる。
 
「どっちみち、沈黙が良いというのは、庶民に意見を言わせたくない政治家の都合なんじゃないかね」
 

「解釈が分かれる例としてもうひとつ有名なのが "Rolling Stones Gathes No Moss" という諺だ。日本語訳としては『転がる石は苔(こけ)が生えぬ』などと言われるが、この言葉は元々イギリスでは、コロコロと職業を変える人は何も技術を身につけられない、という意味だった。ところが、同じ言葉がアメリカでは、色々と環境を変えていく人は苔が付かずに新鮮なままでいられる、という良い意味に解釈されている。仕事は一生続けるものだという保守的な考え方のあるイギリスと、転職すればするほど多くの経験をすることができると考えるアメリカとの国民性が出ているんだろうね」
 
「ちなみにこの諺がロックバンドのローリングストーンズの語源だね」
と先生は言ったが、生徒の反応が悪い。
 
聖子は、この教室の中にローリングストーンズを知っている人が少ないんじゃないかなぁと思ったが、先生の話したことは実はありがちな間違いだということを知っていた。この件はつい先日、上島先生から聞いたばかりだった。それで聖子は手を挙げた。
 
「どうした?天月」
「それわりとよくある誤解なんですけど、そうではないんです」
「そうだっけ?」
 
「もうひとつよくある誤解が、ロックンロール(Rock'n' Roll) のロック(Rock) を Rock(岩) より小さな Stone(石) にして、stone roll から Rolling Stone となったというものですが、それも違うんですよ」
 
「あ、その説は聞いたことある」
 
「実は "Rolling Stones gathers no moss" という諺をヒントにMuddy Watersという人が "Rollin' Stone" という曲をヒットさせて、その曲をブライアン・ジョーンズがバンドの名前を決める時に使ったんです」
 
「そうだったのか!」
 
「電話でバンド名を尋ねられた時、名前を決めていなかったことに気付いて、ふと見回したら、 "Rollin' Stone" のレコードが落ちていて、『あ、これでもいいや』と思って、それを記者さんに伝えたらしいです」
 
「ああ、よくある話だ」
 
「曲名からバンド名が出来たのでは、ハウンドドッグとかEvery Little Thingとかもありますね」
 
「うんうん。ありがち。レディガガもクイーンのレイディオ・ガガ(Radio Gaga)からだし」
 
「以上、実は先日、上島雷太先生から聞いた受け売りでした」
 
教室内がドッと沸く。
 
「あの人の情報なら間違い無いだろうな!」
と先生も言った。
 
うんうん。これが雨宮先生だと間違いが多いよな、と聖子も思った。
 

千里は織姫・牽牛が竣工した8月25日の夜は、和実の家に泊めてもらったのだが、ゆっくりと寝て、午前中、和実の娘たちの面倒を見てあげていたら、青葉から連絡があった。それで軽ワゴン車の出現場所が分かったら教えて欲しいと言われたので、地図をメールしてもらい「あ、ここだ」と思った場所にマークして、ちょうど日暮れくらいにそのポイントに行けるよう「18:30に氷見ICを出て」と書いて送り返した。また、本当に事故にならないようにするため、“おとり”のフェラーリの助手席に乗る、青葉の友人・吉田邦生に、重要な助言をした。
 
千里は26日の午後、浦和に帰還した。
 
翌日8月27日は西湖が1ヶ月間居候していたアクアのマンションから、新しくできた橘ハイツのオーナーズルームに移動したので、この20日まで千葉の川島家に置いていた黄銅鏡(緩菜の依代)をアクアのマンションに持参し、そちらに置いて欲しいと頼んだ。アクアはそれを快諾してくれたが、これが数ヶ月後にアクアを大いに助けることになるとは、千里は思いもよらなかった。
 
8月29日には青葉の親友・明日香が経堂のアパート(1月まで桃香と千里が住んでいた所)から、橘ハイツの6階に移動した。これで橘ハイツの6階の2つの戸は、東側の241号に明日香が住み、西側の243号に西湖たちが住むことになった。
 
明日香が退出して空き家になった経堂のアパートから千里は青銅鏡(京平の依代)を持ち出し、千葉の季里子の家を訪ねて、桃香と季里子にこの鏡をこちらに置いてもらえないかと依頼した。桃香も季里子も快諾してくれたので、これで京平と緩菜の依代の当面の置き場所が定まった。
 

恵馬(恵真)がスカートを穿いて自室で勉強していたら、トントンとノックがあり、「入るよー」と言って、母が入ってきた。不意打ちだったので「きゃっ」と声を挙げて、スカートの裙を足の間にはさみ、一見ズボンを穿いているように見える(かもしれない)格好をする。
 
でも無駄な抵抗である。
 
「その服で居間にも降りてくればいいのに」
と母は言ったが
「これあげるね」
と言って、恵真の前に薬(?)の瓶を2つ置いた。
 
「これ、その気になったら飲むといいよ」
「何これ?」
「こちらは卵胞ホルモン、エストロゲン。こちらは黄体ホルモン、プロゲステロン」
「女性ホルモン?」
「そうそう。卵胞ホルモンは女性らしい身体を作る。黄体ホルモンは、卵胞ホルモンが効いている前提でバストを発達させる」
 
「へー」
 
「その代わりこういうお薬を飲んでいれば男性としては不能になる。おちんちんは立たなくなるし、睾丸は精子や男性ホルモンを生産しないようになる」
 
「・・・・」
 
「そして飲み始めた以上、後戻りはできない。飲むのをやめても男性能力は回復しない」
 
「うーん・・・」
 
「だから飲み始めた以上は一生飲み続ける必要がある。でも女らしい身体になれる。飲むかどうかは自分で決めなさい」
 
「うん。考えてみる」
と恵真は答えた。
 

ところで青葉が開発を進める?(既に主体は若葉と千里に移っている気もする)火牛スポーツセンター(正式名エグゼルシス・デ・ファイユ津幡−この名称を使う人は青葉以外には存在しない!)であるが。
 
ここには元々黄色い彼岸花(鍾馗水仙)が自生していた。また青葉たちが同時期に関わったX町の集会所には白い彼岸花(白曼珠沙華)が生えていた。青葉たちは、火牛スポーツセンターに生えていた黄色い彼岸花を工事の邪魔にならないようプランターに移し替えた。またX町の集会所にある白い彼岸花も少し分けてもらってプランターに植えてこちらに持って来た。更に別の所からふつうの赤い彼岸花も少し分けてもらいこちらに持って来た。それで今年の秋には赤白黄色の3色の彼岸花が並んで咲くのが見られることを期待していたのだが、ここでその話を聞いたテレビ局のスタッフの1人が
 
「うちの近くに青い彼岸花がありますよ」
と言った。
 
「本当にあるんですか?」
「それ『鬼滅の刃』の中の話じゃなくて?」
 
というので昨年撮ったという写真を見せてもらう。
 
「彼岸花とは少し形が違う気がする」
「でも少し似てるよ。近隣種かもね」
 
その花はムラサキキツネノカミソリ(紫狐の剃刀)という花で、青というよりは青紫の、ユリとか水仙にも似た花である。
 
「もしたくさんあるなら少し分けてもらえないでしょうかね?」
「たくさんあるからいいと思うよ」
 
それでそこに行って、土地の持ち主さんと話してみたら、そこの土地はマンションを建てる予定で近い内に全部掘り返してしまうということだったので、全部もらうことにした。それで植木屋さんを連れていき、全部プランターに移植させてもらった。これがちょうど今年の6月、梅雨の時期であった。
 
これも火牛スポーツセンターに持って来たので、今年の9月頃には4色の彼岸花が並んで咲いてくれる見込みとなった(黄色・赤・青がメインになる予定で、白は少数)。
 

6月の『北陸霊界探訪』の放送の時、青葉たちの友人・吉田邦生と、2019年2月頃まで番組の助手をしていた青山広紀の女装姿が画面に映り、視聴者が騒然としたのだが、吉田の場合は単純なミスであった。一方、青山の方はこういう事情があった。
 
青山広紀は大学を卒業したのに伴い、2019年春、石川県発祥の全国企業に就職し、金沢支店に配属されることになっていた。ただ、研修施設で研修を受けた時、性別が誤って(?)女性になっていたため、女子制服を支給されたり、泊まる部屋も女性の部屋が指定されていたりして焦ることになる。
 
最初同室になっていた藤尾歩の尽力で、何とか事務局で性別の登録を変更してもらい、男子の宿泊部屋にも入れてもらった。
 
その後、全国の支店を巡る2ヶ月間の研修を終えて6月、やっと予定通り金沢支店に配属されるが、藤尾さんと同じ部署で、
 
「お互い色々縁がありそうね」
と言い合った。
 
2人が配属されたのは、太陽光発電事業課であるが、青山は初日いきなり
 
「君、なんで制服を着てないの?女子はちゃんと制服を着てもらわないと困る」
 
などと課長から言われて、またまた藤尾さんから
 
「この子、女顔だけど、間違いなく男子ですから」
と弁明してもらうハメになった。
 

実はこの春、太陽光発電事業課には男子の配属予定は無く、女子2名が配属される予定だったらしい。それで課長は
 
「困るなあ」
と言ったものの、青山は
 
「電話を取ったりお茶を入れたりとか女子社員の仕事もしますから」
と言って
 
「だったらまあいいか」
と言ってもらった。
 
それで藤尾さんが他の女子社員とも話してくれて、青山は朝のお茶入れや茶碗洗いのローテーションに組み込んでもらったし、電話も積極的に取るようにした。青山はわりとハイトーンなのでお客様は青山が取り次いだ場合でも、どうも女子社員が取ったように思っていることが多いようだった。
 
「こないだ電話口に出た青山さんとかいう、おたくの女の子にも言ったのですが」
などとお客様が言うこともしばしばあった。
 
また青山は、しばしばお使いの類いにもよく使われたが、青山としては新入社員はその手の仕事をするのが当然と思い、金沢市から周辺の白山市・津幡町・内灘町などまで、社用車のリーフ(電気自動車)に乗って飛び回っていた。これは屋根にソーラーパネルを載せた特別仕様車で、ソーラーのパワーをアピールすることも兼ねていた。
 
なお青山は、背広スーツ(下はズボン)で通勤し、勤務中は綿素材の作業服上下を着ていた。一方、藤尾さんたち女子社員は各々の私服(多くはレディススーツ)で通勤し、勤務中は女子制服を着ていた。
 
男子制服というのも存在するのだが、営業部門の男子社員はビジネススーツでそのまま勤務するので、実際問題として男子制服を着ているのは経理部門や情報部門の社員くらいである(これらの部門では、セキュリティ上、部外者が侵入しにくいように、制服着用を求められている)。男子社員の多くや女子社員でも機械のメンテを主にする人たちはだいたい作業服である。
 

そして2019年8月、青山は課長から言われた。
 
「君、女子制服も持っていると言ってたね」
「はい。一応持っていますが」
「その上着だけでもいいから、勤務中着ておいてくれない?」
「どうしてですか?」
 
「いや、君よくお使いとかしてもらっているけど、相手先のいくつかの企業から、セキュリティ上、見ただけでうちの職員と分かる服装をしておいて欲しいと言われてさ」
 
「男子制服も持っていますから、それを着ましょうか?」
「それでもいいけど、来客があった時にお茶を出してもらった時、お客さんが『男性の方にお茶を入れてもらって申し訳無い』とか恐縮するからさあ」
 
「男が女子制服着てたら、今度は変に思われると思いますが」
「いや、ある所からの情報によると、君は女子制服を着てたら女子に見えるということだから誰も変には思わない」
 
それって、あの子とかあの子とかの情報だな、と心当たりはある。研修の時に藤尾さんに女子制服姿は見せているが、その後、こちらの勤務になってからも何度かうまく乗せられて、女子制服を着てみせたことがある。
 
「まあいいですよ。じゃ女子制服の上だけ着てます」
「下まで女子制服でもいいけど」
「遠慮します」
 
それで青山は、勤務中、上半身はワイシャツの上に女子制服、下半身は通勤でも穿いているビジネスパンツを穿いているようになった。
 
藤尾さんたちからは
「下も女子制服着ればいいのに」
とか
「何でワイシャツなのよ。ブラウス着なよ」
などと言われたが!
 
「女子制服着たいんでしょ?」
「着たくないよ」
「遠慮しなくてもいいのに」
「みんなで課長に青山さんの女子制服着用を認めてあげてくださいと言ったのに」
 
課長から女子制服着てと言われたのは、やはりこの子たちのせいか?
 
ちなみに女子制服の下はハーフパンツである。実際には多くの女子社員はタイツの上にそれを穿いている。素肌を出していると作業中に怪我しやすいからである。実際に会社側からも素肌を出さないように指示されている。
 

そして2019年11月、青山も藤尾さんも、新設される新型ソーラーパネルの営業・保守部門に異動するという辞令をもらった。11月という時期に発足するのは、太陽光パネルの売上は、毎年3月が圧倒的に多いので、それに向けて営業しようという含みがあった(9月も多い。たぶん予算執行の関係)。
 
この新型ソーラーパネルというのは、表面の素子を雨雪から守る透明パネル部分が、レンズになっていて、光を素子に集めることで従来のパネルより画期的に大きな発電ができるという新開発のパネルである。K製作所ではこのパネルに“アマテラスパネル”という愛称を付け、1月から人気アイドルのアクアを起用したCMも流して大々的に宣伝することになっているらしい。
 
(アクアが天照大神に扮するするらしい!?)
 
「へー!アクアちゃんを使うんですか。予算掛けてますね〜」
 
「アクアちゃんのCMって出演料がだいたい1本6000-7000万円ではないかと噂されているね」
「それでも彼女がCMした商品は確実に売上が上がるもん。企業としてはそのギャラを払う価値がありますよ」
 
「彼女、そのCMを今20本くらいやってるでしょ?」
「6000万を20本で12億かぁ。凄いな」
「でも彼女本人がもらえるのはたぶん3割くらいなのでは?」
「3割としても3億6千万」
「更に税金を半分払って1億8千万かな」
「結構減るね」
「でも億なんていいなあ」
 
「だけどジャンルがぶつからないように調整するの大変みたいですよ。ライバル社のCMに出る訳にはいかないから。新しいCMの話があった時は、今やってる、あるいは1年程度以内に出演したCMの企業と競合しないかチェック」
 
青山は、みんなアクアのこと“彼女”と呼んでるけど、男の子じゃなかったんだっけ?などと考えていた。
 

それで青山も藤尾も、12月2日(月)、新しい部署“アマテラスパネル事業部金沢営業所”に出勤していったのだが・・・
 
青山は戸惑った。
 
来ている社員が女子ばかりなのである。
 
青山が戸惑っていたら、その内40代くらいの女性から声を掛けられる。
 
「あら、あなた男性?ここは女子だけの部門と聞いたのに」
 
すると藤尾さんが言った。
「この子、戸籍上は男だから、これまで男みたいな服で勤務してたんです。でも心は女ですから」
 
ちょっと待て。
 
「あら、そうだったの?でもそういえば女性的な雰囲気あるわね」
 
この人はこの部門のリーダー(肩書きは副所長で課長補佐待遇)に就任することになる人で、米田さんといった。これまで富山支店で係長職にあったらしい。
 
「身体も手術してるの?」
「まだ若いからこれから改造していくみたいですよ」
「へー。その内性転換手術するの?」
「30歳くらいまでに手術できたらいいなあと言ってますよ」
 
そんな手術受けたくない!
 
「でもあれ物凄く料金が高いんですよ。取り敢えず睾丸だけは除去したらしいですけどね」
 
そんなの除去してない!
 
「性転換手術って、睾丸取るだけじゃないの?」
「その後、おちんちんも取って、ヴァギナとか子宮を作るんですよ」
「へー。ヴァギナや子宮があれば、お嫁さんに行けるわね」
「ええ。全部手術終わったら、戸籍も女に変更できて、そしたら男性と結婚できるんですよ。でも今はまだ戸籍上男だったから、男性社員扱いだったんだけど、この部門に異動するのと同時に女性社員扱いになったみたいです」
 
え?そうなの?僕、女性社員扱いなの??
 
「そうだったんだ!でも睾丸無いなら、女性に準じて扱ってもいいわね」
「そうでしょう?睾丸か無かったら、おちんちんも機能しないから、まだ付いていても無いのと同じなんですよ。立っておしっこができる程度ですけど、まあ彼女は男装してても小便器とか使いませんけどね」
 
「あ、そうよね」
「実際問題として女の下着を着けてたら立ってはできないみたいですよ」
「だったらほんと女と同じね」
「ええ。ですから、よろしくお願いします」
と藤尾さんが言ったので、青山も成り行き上
「よろしくお願いします」
と挨拶することになる。
 
「うん、よろしくー」
 

そういう訳で、青山は、この部署に女性社員として配属されてしまったのである!
 
実は製品名が『アマテラスパネル』なので、女神である天照大神(あまてらすおおみかみ)にちなんで、女性社員で営業部隊を作ろうということになったらしい。その時、女性だけで構成した場合に、実際のパネル取り付けとか、配線工事などの際に不安があるいう声があり
 
「だったら男の娘を使おう」
という話が急浮上。
 
それで青山に白羽の矢が立ったという裏事情があった。
 
青山は危険物取扱い、第二種電気工事士などの資格も持っているし、運転免許も大学に在学中に大型免許を取っている(実は『北陸霊界探訪』のおかげ)。そして何よりも一応ふつうの男性なみ(?)の腕力もあるから、ボルトなどをしっかり締めることができる。
 
他にも女性指向のある男性社員2名が女装勤務を条件にこの部門に配属されていた。そのふたりは今日既にレディススーツでお化粧までして出て来ている。
 
(つまりこの日、男の格好をしていたのは青山だけ)
 

アマテラスパネル事業部金沢営業所の所長に就任した磯谷さん(東京本社の課長から転任)が挨拶をし、男性の多い職場なら鏡割りでもするところをサイダーで乾杯して営業開始となる。
 
最初にこの部門専用の制服が配られる。全国のアマテラスパネル事業部共通の制服だが、金沢営業所と横浜営業所・福岡営業車の3ヶ所が女性スタッフのみでの構成らしい。
 
青山は所長から
「あなたのことは聞いている。ここは女性ばかりの部門だし、あなたのことを変に思う人はいないから、安心して女性として勤務してね」
などと言われ、女性用Lの制服を渡された。
 
太陽神をイメージした黄色い上下の制服で、上はジャケット、下は膝丈スカートである。
 
「ハーフパンツじゃなくてスカートなんですね」
という声があがる。
 
「実際には今までもハーフパンツの下にタイツを履いていたと思うけど、これも下にタイツを履いて勤務するの推奨。肌は出さないようにしてね。怪我しやすいから」
 
「なるほどー」
 

「僕もこれ穿くの〜?」
と青山は情けない顔をしたが、藤尾さんからは
 
「堂々とスカート穿けていいでしょ?」
などと言われてしまった。
 
それて青山はボトムがスカートの女子制服を着て勤務することになってしまったのである。社員証は、部門異動したのを機に交換になり、新たに女子の社員番号(実は研修の時に最初に渡されたのと同じ294400372)の社員証を渡された。
 
「金沢支店に行った時も、この社員証をかざせば、ちゃんと女子トイレや女子更衣室に入れるから安心だね」
と所長から言われた。
 
「ちなみに男子トイレ・男子更衣室には入れませんよね」
と藤尾さんが横から確認する。
「そんなの入る必要ないでしょ?」
 
ということで、青山は完全に女子社員になったのであった。
 

青山はこの日早々に女子トイレの“洗礼”を受けることになる。お昼休み
「トイレ一緒に行かない?」
と藤尾さんから誘われ一緒に行く。
 
青山が男子トイレの方に入ろうとしたら
「何やってんの、男子トイレとか入ったら通報されるよ」
「まさか、僕女子トイレに入らないといけないの?」
「当然。だいたい普段は女子トイレ使ってるんでしょ?恥ずかしがることないじゃん」
と言われて女子トイレに強制連行される。
 
「なんでこんなに列ができてるの?」
「女子トイレって絶対的に足りないからね。建物を設計するのが男だから、女子はトイレに時間かかることを考えずに個数を決めるから足りないのだと思う」
 
「女性も設計に加えるべきだね」
「全く同感」
 
しかし藤尾さんと会話していたので、随分恥ずかしさも軽減された。
 
個室内でのトイレ自体は、普通に使えたが、最初ズボン穿いてて個室に入った時みたいにスカートを下げようとして
「あ、そうか。スカートは下げなくてもそのままできるんだ」
 
と気付き、パンツ(この日はトランクスを穿いていた)だけ下げてすることができた。
 
スカートってもしかして、凄く便利な服なのでは?
 
と青山は思った。
 

アマテラスパネル事業部での初日の勤務が終わった後、藤尾さんから
 
「その服で通勤するのはまずいから、通勤用の服を買おうよ」
と言われ、彼女の車に同乗させてもらい、イオン金沢店まで一緒に行った。
 
「ひろちゃんって優しい顔立ちだから、フェミニンな感じが似合うと思う」
と言って、桜色のビジネススーツ(ボトムは膝下スカート)を選んでくれる。
 
「僕がこれ着るの〜?」
「似合うと思うけどなあ。試着してごらんよ」
「うん」
 
それで試着してみたのだが、自分でもわりと似合う気がした。少なくとも気持ち悪くはない。むしろ「この程度の女は居るよなあ」などと思った。
 
「凄く似合う。こういう可愛いスーツが似合うのはいいなあ。羨ましい。僕なんかごついから、こういう服着ると男が女装してるようにしか見えないもん」
などと藤尾さんは言っている。
 
「あゆみちゃんって僕少女だったっけ?」
「割とそうだよ。人前では自粛して“私”って言うけど、プライベートでは僕と言う」
「でもあゆみちゃんには似合うよ」
「ひろちゃんは“私”と言えるようにしよう」
「努力する!」
 
青山は165cmだが、藤尾さんは170cmあり、大学時代は男としてバイトしたことある、などと言っていた。彼女は確かに男でも通りそうだ。高校時代は男子のサッカー部でエースだったらしい。
 
「女子でも男子チームに入れるの?」
「サッカーはOK。高校のサッカー部で男子チームに入ってる女子は全国で50人くらい居るらしいよ」
 
「多いのか少ないのかよく分からない」
 
結局この桜色のビジネススーツと、あとブラウスを3枚、そして
「今日はノーブラだったけど、ちゃんとブラジャー着けてないと変だよ」
 
などと言われ、ブラジャーを5枚、そのついでに女性用ショーツを9枚買う羽目になった。
 
更には
「うちの部署はお化粧は不要だけど、少し勉強した方がいい」
などと言われ、カネボウのビギナーズセットまで買ってしまったのであった。
 
(お化粧の仕方は藤尾さんがかなり丁寧に教えてくれた)
 

こうして青山の女子社員生活は始まった。
 
ちなみにこの桜色のビジネススーツを着て翌日初めて女装出勤した日の午前中、他の男の娘社員2人と一緒に記念写真を撮ったものが、なぜか皆山幸花の手に渡り、北陸霊界探訪で放映されてしまったので、それを見た青山はむせ返った。
 
なぜ幸花の所まで流れていったかは、青山は見当が付かなかった。幸花に電話したら
「女子社員になれて良かったね。もう性転換手術も終わった?」
などと言われた上で、取材源は守秘義務!で明かせないなどと言われた。
 
でも放送したこと自体については「まあいいよ」と事後承諾しておいた。
 
放送では一緒に後輩の吉田君の女子制服姿も流れていたので、青山は彼に親近感を覚えた。
 
「彼も女装が似合う感じだったもんなあ。あの子も僕と同様に女子社員になったのか」
 
などと、青山はすっかり女装に馴染んでしまい、ネグリジェ姿で美容液パックしながらテレビを見つつ呟いたのであった。
 

自分は男ですと主張して他の部門に移してもらう、あるいは退職する手もあったはずだが、この部門では、貴重な“男の娘”手、として期待されているし、そういう仕事を進んで引き受けている。何よりも女性だけというのもあるのか和気藹々とした職場なので、仕事自体は気に入ってしまい、彼はここで女装勤務し続ける道を選んでいる。
 
藤尾さんは「この部署は協調性のある人を選んで配属したみたい。マウントしたがる性格の人がいない」と言っていたが、青山も同感である。だからこの営業所には派閥のようなものも無い。トップセールスをあげている東宮さん(金大出身の才媛だ)も、とても心配りのある人(だから売れるんだと思う)で、自分の成績の優秀さを鼻に掛けたりもしないし、積極的に他の子のヘルプやフォローに回り、本来なら自分の成績にしても良さそうなものを他の子に譲ってくれたりするので、みんなから信頼されている。
 
そして青山はずっと女装勤務している内に自分は女装わりと好きかもという気分にもなってきた。実はヒゲとか足のむだ毛は永久脱毛しちゃったのだが、さすがに睾丸とかペニスを取る気はない(つもりだ)。
 
また2020年春に勃発したコロナ禍で、可能なら自家用車かパイクで通勤して欲しいと言われたので、北陸は冬季はバイクが使えないしと思い、軽自動車を買うことにした。藤尾さん、それに仲よくなった男の娘の一人・坂井さんと3人で車を見に行き、主として藤尾さんの趣味!でミラ・トコット(色はライトローズ)を買うことになった(坂井さんはタントを推していて、どちらも可愛いので青山もわりと迷った)。
 

ちなみに藤尾さんの車は、青山には車種がよく分からないが、とても格好良いスポーツカーであった。エンジン音が物凄い。兄貴からぶん取ったなどと言っていた。こんな高そうな車を、どうやってぶん取ったのか、経緯は聞いていないが、年式はかなり古そうではある。
 
彼女からは度々ドライブに誘われて(デートではないと思う)同乗したが、北陸道を真夜中に170km/hで走ったりするので
「ちょっと出しすぎじゃない?」
などと言ったりする。
 
「平気平気。この区間にはオービス無いから」
などと彼女は言っていた。
 
たまにエンジンがオーバーヒートして止まってしまうこともある。
 
「さすがに年季が入ってるからなあ」
などと言ってボンネットを開けて水を注入していた。
 
「そこ、水を入れる所?」
「カーショップに行けばクーラント液って売ってるけど、水で充分」
「へー」
 
青山は大型免許を持ってはいるものの、車のメカニックについてはさっぱり分からないので、楽しそうに語る藤尾さんの説明を聞いていた。
 
(実は青山はウォッシャー液の補充もできなくて藤尾さんに毎回頼んでいる。彼女は「これも本当は水でいいんだけど」などと言っていた)
 

(2020年)8月上旬、その日は土曜日で、藤尾さんは青山をドライブに誘った。彼女の車に同乗するのは、彼女がスピードを出し過ぎる傾向があるのでやや怖いのだが、彼女との会話は楽しいのでわりと好きだった。彼女が運転するので、ガソリン代と高速代は青山が払うことにして、いつも青山のETCカードを彼女の車に差している。
 
その日は金曜日の夕方から車に乗り、金沢森本ICから高速に乗って
 
北陸道(上越JCT)上信越道(更埴JCT)長野道(岡谷JCT)中央道(土岐JCT)東海環状道(美濃関JCT)東海北陸道(小矢部砺波JCT)能越道
 
とループに走って氷見ICで降りた。
 
途中の妙高SAで濃霧だったこともあり3時間ほど仮眠。恵那峡SAでもやはり3時間くらい仮眠している。むろん2人の間には恋愛感情などは無いので(お互いに女友だちの意識である)、何もHなことはしていない。
 
「ひろちゃん、オナニーしてもいいよ。音は聞かない振りするから」
「別にしないよ。そのまま寝るよ」
「じゃ僕、オナニーするけど、聞かない振りしてね」
「わざわざ言わなくてもいいのに!」
 
彼女の寝ている付近からは確かに何かの振動が伝わってきたが、青山は気にせず眠った。
 
森本で高速に乗ったのが金曜日の21時頃、氷見ICで降りたのが土曜日の18時くらいで、この場合、森本から氷見まで(実際には小矢部東本線料金所まで)の最短距離で料金は計算されて1000円くらいで済むんだと藤尾さんは言っていた。
 
確かに料金は840円と表示された。
 
「ほんとに?これキセルにならないの?」
「ならない、ならない。友だちの知り合いがNEXCOに問い合わせたら、それでいいと言われたらしいよ」
「そうなの?」
 
「ただし鉄道の遠回り乗車と同じで経路が重複しないように一筆描きすることと、24時間以内に出ないといけないんだって。それ以上かかるとバーが上がらないらしいよ。だから鳥栖(とす)Uターンとかよくやる人あるけど、あれは本当は違反になる」
 
青山は藤尾の説明に半信半疑だったが、取り敢えずいいことにした。でも“とすUターン”って何だろう??
 

藤尾さんは、このあと国道415号を越えて羽咋に出て、(無料の)能登里山海道を走って金沢に戻ろうと言った。
 
それで氷見ICそばのローソンに駐めてトイレに行き(2人とも女子用を使う)お弁当などを食べたりして、結局1時間ほど休んだ。そして出発する。
 
「何かエンジン音変じゃない?」
「うーん。金沢に戻ってからちょっと見てみようかな」
 
そんなことを言いながら山越えの道を昇っていく。
 
県境を越えて石川県に入る。前の方にトロトロ走るステーションワゴンがいる。
 
「邪魔だなあ。追い越しちゃえ」
「こんな見通しの利かない道で危険じゃない?」
「平気平気。向こうから車が来た時は覚悟を決めて」
「ちょっとぉ!」
 
しかし藤尾さんが前の車を追い越す間、対向車は来ずに青山はホッとした。
 
「あんなトロい車に付いてってたらイライラするからね。まともに走れないなら、運転しなきゃいいのに」
などと言っている。
 
この子、運転席に就くとわりと性格変わるよな、と青山は思った。
 

それで少し走っていた時のことだった。
 
いきなり左側の脇道から軽バンが飛び出してきた。
 
「わっ」
とふたりとも声を挙げる。
 
藤尾さんは急ブレーキを踏むと同時にステアリングを右に切った。
 
青山は自分の腕ならこの軽にぶつかっていたと思った。元サッカー選手でもある彼女の反射神経と運転技術があったからこそ、衝突をギリギリで回避できた。
 
しかし車は軽を避けた勢いで右側の道路外に飛び出してしまう。
 
「ぎゃっ」
と二人とも声を挙げる。
 
車は結局、枯木にぶつかってしまった。
 

 
一瞬意識が飛んだものの、どうもエアバッグが作動したようである。
 
「あゆみちゃん、大丈夫?」
「うん。何とか。ひろちゃんは?」
「大丈夫みたい」
 
「ああ。車潰しちゃったよ。これは廃車かなぁ」
「ごめーん」
「ひろちゃんは何も悪くないよ。それに保険で代わりの車が買えると思うし」
「ほんと?それならいいけど」
 
「取り敢えず車外に出よう」
とは言ったものの、ドアが開かない。
 
元々このスポーツカーは図体がでかい割に軽量である。車体がとっても軽くできている。しかしその分どうもヤワにできているようだ。もっともそういうボディは万一の衝突の時は自ら潰れることにより衝突の衝撃を吸収してくれる。日本車に典型的な作りである。更にぶつかったのが生木ではなく枯れ木だったので、それでも衝撃が減った分もあるだろう。枯れ木は折れている。
 
しかし車体がヤワなのでボディが大きく変形しているせいかドアが開かないのである。運転席側も助手席側も開かない。
 
「窓から出よう」
と言って窓を開けるボタンを押すのだが、動かない。どうも電気系統がいかれているようだ。
 

「困ったな。JAFを呼んで救出してもらおうかな」
 
などと言っていた時、後続の車(さっきこの車が追い越した車)が停車し、中の人が駆けよってくれた。
 
「大丈夫ですか?」
「怪我はしてない感じだけど、ドアも窓も開かなくて」
「窓割りハンマーを持ってますけど割っていい?」
「お願いします!」
 
それでその人が助手席側の窓を割ってくれたので、そこからまずは青山が脱出し、続いて藤尾さんも脱出した。
 
助けてくれた人がJAFを呼んでくれた。
 
「何から何までありがとうございます」
 
「でもどうしたんです?」
「そこの脇道からいきなり軽が飛び出してきたんですよ」
「ライトも点けてなくて。その車を避けようとして、道路外に逸脱してしまって」
 
それでJAFが来るまで3人で話していたら、車から煙が出てくるのに気付いた。
 
「危ない」
「離れよう」
と言って3人が車から離れたら、いきなり車は爆発炎上したのである。
 
青山も藤尾さんも呆然として炎上する車を見ていた。
 
「車から脱出した後で良かった」
と青山は言った。
 
「うん。外に出られなかったら、僕たち死んでた」
と藤尾さんも言った。
 
それで2人は助けてくれた男性にあらためて御礼を言ったが
「お互い様ですよ。無事でよかった」
と彼は言った。
 

JAFが来るまでに車の火災は自然鎮火した。ガソリンの残りが少なく、氷見ICそばにガソリンスタンドがあるはずと思っていたが無くなっていたので、羽咋に着いたらすぐ給油するつもりだった。それで少し燃えただけで済んだようだ。
 
「制服が燃えちゃった」
「仕方ない。再支給してもらおう」
 
なおふたりとも財布などの入ったバッグは脱出の時に持ち出していた。青山のETCカードが焼けてしまったが、これは再発行してもらうしかない。
 
結局事故証明ももらう必要もあり警察も呼ぶハメになる。保険屋さんも呼ぶ。
 
警察の人は主として運転していた藤尾さんから事情を聞くと
 
「最近、その手の脇道からいきなりライト点けてない車が飛び出してくる事故が頻発してるんですよ。あなたはスピード出してませんでした?」
 
「え?40km/hくらいだったと思うけどなあ」
 
(本当は80km/hくらい出していた)
 
結局羽咋までパトカーで運んでもらい、また車もレッカーで羽咋市内のJAFの車工場に運んでもらい、保険屋さんに必要な処理をしてもらった。遅くなったので、この夜は、結局羽咋市内のホテルに泊まり、翌日JRで金沢に戻ることになった。
 
ホテルはダブル!しか空きがなかったので
 
「何かあった時はあった時だよね」(藤尾)
「絶対何もしないから」(青山)
 
と言って、同じベッドの上で5cmくらい空けて寝たが、青山が起きた時に藤尾さんが寝相が悪いみたいで青山の上に乗っかっていたことを除けば何も性的なことは起きなかったようであった。
 

ふたりとも病院で検査を受けたがどこにも異常は無かった。たぶん藤尾さんの急ブレーキで充分減速してから衝突した上にエアバッグも作動したので、身体にはほとんど衝撃が掛からなかったのだろう。
 
無事保険の処理もできて9月には新しい車を買うことになるが(それまでは毎日青山が自分のトコットで彼女を自宅から送迎してあげた−藤尾さんのお母さんは青山を普通に女子の同僚と思っていたようである)、青山は藤尾さんの車選びにも付き合うことにした。結局RX-8の中古を買うことにする。ボーナスをまだほとんど使っていなかったので、保険にボーナス分を追加して50万円!?のRX-8を買った。
 
「安すぎない?」
「大丈夫大丈夫。燃えちゃった***なんて30万で兄貴が買ったものだし」
「30万!?あり得ない!」
「元々エンジンの調子悪かったし、寿命だったかもね」
「かもね!」
「またドライブしようよ」
「うん。安全運転でね」
「任せといて」
 
それでふたりの週末ドライブはまだまだ続いて行くのである。
 
「ところでそろそろ去勢しちゃわない?どうせみんな、ひろちゃんは去勢済みと思ってるし」
「まだ男を廃業したくないから」
「既に廃業している気がする」
 

(2020年)8月12日(水)、恵馬(恵真)は、仮名Aさんとの5度目のセッションに出かけた。いつものようにTシャツとズボンという格好で出かけようとしたら、母から
「スカート穿いて行きなさいよ」
 
と言われたので、それもいいかなと思い、スカートに着換えて来た。
 
それでいつものように##駅前まで行くと、いつものようにフェラーリでやってきた仮名Aさんは
「おお、今日はちゃんとスカート穿いてきたね。感心感心」
と嬉しそうに言った。
 
いつものように川崎市内のAさんの家で30分ほど発声練習をした。この日はとうとう女の子っぽい声が少しだけ出た。
 
「その出し方、その出し方をしっかり覚えて」
 
この日はこの女の子のような声で出る音域はわずか5度だった。でも録音して聴いてみても、ちゃんと女の子が歌っているように聞こえるので恵真は凄く嬉しい気分になった。
 
その後、また30分ほどフルートの指導をしてもらった。
 
「こないだ譜面渡したばかりでもう吹きこなしている。あんた凄いよ」
と褒められた。その後、また解釈の分かれる所を中心にAさん自身実演しながら、指導してくれた。
 

「だけどあんた、フルートも上手いけど、歌もかなり上手いよね。コーラス部とかには入らなかったの?」
「小学生の時から吹奏楽部だったから」
「兼部でもいいのに」
「練習時間が重なるから無理です」
 
本当は・・・小学生の時は兼部していて、コーラス部で二部合唱の“高音部”を歌っていたが、中学に入ると“ソプラノ・アルト・男声”という三部合唱になり、恵馬は男声のパートに入れられた。男声パートは裏方なので、それがつまらなくて辞めたのである。実際には恵馬は中学1年生の段階では、まだソプラノ・アルト・男声の全てのパートを歌うことができたが、男子だからという理由で、ソプラノには入れてもらえなかった。
 
「確かに声は出てるけど男子にセーラー服着せる訳にもいかないし」
 
などと顧問の先生が言ったが、恵馬は、セーラー服着たいよぉと思っていた。
 
吹奏楽部では、男女関係無く演奏できたから、そちらの方が恵馬の心情としては居心地が良かったのである。中学の時はフルートを吹けるのが恵馬だけだったので、貴重な戦力として活躍した。高校に入るとフルート奏者は他に2人いて、どちらも女子だったが、恵馬の性格が知れると、2人とも同性の友人の感覚で仲良くしてくれた。
 

フルートの練習が終わった所でAさんから言われる。
 
「今日もこの後は写真撮影に行こうか」
「はい」
 
「今日は水着写真を撮りたいんだけど、いい?」
「水着って・・・まさか女の子水着ですか?」
「当然。男の水着写真なんて需要が無いよ」
「やはり」
 
「でもあんたそのまま女の子水着を着けたら、お股に変な盛り上がりができちゃうからさ」
「はい。どうしましょう?」
「盛り上がるものを取っちゃおう」
「え〜〜〜!?」
 
「そういう訳で今日は男の子を廃業してもらうから」
「ちょっと心の準備が」
「今日はスカート穿いて出て来たじゃん。もう女の子になっていいと思うようになったんでしょ?」
「どうしよう?」
 
「迷うようなら、取っちゃおう」
「そうなの〜〜?」
 
恵真は最初にここに連れて来られて“女の子に変身”させられた時に入った小さな部屋に連れて行かれ、手術台に寝るように言われた。
 
スカートをめくってパンティを脱ぐように言われる(まだ撮影に行く前なのでガードルはつけていない)。
 
それで恵真がパンティを脱いだら、仮名Aさんは、最初に何かゴムのチューブと、その先にビニール製の小瓶のようなものが付いているものを渡した。
 

「もう男の子ではなくなってしまうから、その前にあんたの精液を採取しておきたい。自分で出してくれる?」
 
そう言われたのだが、恵馬は尋ねた。
 
「出すってどうやるんですか?」
 
Aさんはキョトンとしていたが言った。
 
「あんたまさか自分で精液出したことないとか?」
「精液って結婚していなくても出るんですか?結婚したら男性が精液を出して女性の卵子と結合すると赤ちゃんができるとは聞きましたけど」
 
「あんたオナニーしたことないの?」
「オナニーはしたことありますが、それと何か関係あるんですか?」
「オナニーしたら、ちんちんの先から白い液体が出るでしょ?」
「え?そんなこと起きるんですか?」
 
Aさんは右手を額に当て目を瞑って考えるようにしていたが、言った。
 
「あんたここでちょっとオナニーしてみなさい」
「え〜〜?」
「医学的にあんたの性的な機能を確認しておく必要がある」
「医学的にですか?」
「おかずとかいる?」
「え?ごはん食べるんですか?」
 
「いいや。やってみて」
「はい」
 
それで恵馬は恥ずかしかったが、Aさんが見ている前でオナニーしてみた。恥ずかしかったので時間がかかったものの、10分ほどで逝くことができた。
 
「確かに逝ったみたいね」
「はい」
 
(恵馬は自分の“逝きかた”がドライというものであることを知らない)
 
「いつもそうやってるんだ?」
「月に1回くらいかも」
「なるほどねー。あんたの精液は保存不要というか保存不能であることが分かった」
 
「そうなんですか?」
 
「あんたにパンティ穿かせる時、あの辺を触ってても立たないなぁと疑問は感じてたけどね」
「え?いつも横になってますよね?」
 
(会話がかみあってないことに恵馬は気付いていない)
 
「仕方ないから、このまま女の子への改造手術をする」
「はい、それでいいです」
 
(恵馬はここで改造されることに同意している)
 

Aさんはゴム手袋をして、ハサミを取りだした。
 
そのハサミで切られちゃうのかな?麻酔とかは?と思っていたら、Aさんはその付近の毛を切り出した。
 
「毛が生えたままでは手術できないからね」
 
やはり手術されるんだ?と思うとドキドキする。
 
でもボク、女の子になっちゃったら、結局こないだ頼んだ女子制服を着て学校に行くことになるのだろうか。ちゃんと女性ホルモンも飲んだ方がいいよね?
 
Aさんはその付近の毛をあらかたハサミで切ってしまうと、次に電気シェーバーを取りだした。でもヘッドの形が、少し違う。
 
「これは櫛刃のシェーバー。長い毛をこれで短くする」
「へー」
 
時々毛がその櫛刃に引っかかって痛いが、毛はどんどん短く刈られていく。何か頭を五分刈りとかにされるみたーいと恵真は思っていた。
 
それでだいたい刈り終わると、最後にAさんはシェーバーのヘッドを円形の普通の電動ヒゲ剃りみたいなものに交換した。それで更に毛を剃っていく。その付近の毛がどんどん無くなっていく。なんか懐かしい気がした。小学生の4年生くらいまでは、こんな雰囲気だったよなと思った。
 

「これで毛は全部無くなったから、いよいよ君を女の子に変える手術ができる」
 
やはり手術されちゃうのか。
 
女の子になっちゃったと言ったら、お母さん驚かないかなあ。
 
でも叱られたりはしない気がした。
 
 
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【春銀】(3)