【春銀】(4)

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ところで春風アルト(本名上島茉莉花)はこの春にあけぼのテレビの社長に就任したので、毎日水戸のアパートから東京都大田区の、あけぼのテレビ本社(§§ミュージックのサテライトスタジオ)に通勤している。通勤に使用しているのは新たに買った薄茶色(ブリリアントカッパークリスタルマイカ)のトヨタ・ルーミーである。実際には秋風コスモスと一緒に車を見に行き、コスモスが買って、アルトに貸与している(上島雷太・春風アルト夫妻は現在わりと貧乏である)。
 
最初は軽を買おうかとも思ったのだが、事故に巻き込まれた場合の安全性を考えると軽はやめて欲しいとコスモスからも紅川相談役からも言われたのでチャイルドシートの装着の便、ベビーカーの搭載なども考えてコンパクトカーにした。この車を選んだのはスライドドアで子供を乗り降りさせやすいのも大きい。
 
むろん昨年3月に生まれた美音良(びおら)ちゃんを連れての出勤である。業務中は、秋風メロディー(コスモスの姉)が自分の子供・薫(2015.12.25−4歳)・夕霧(2018.4.8−2歳)と一緒にあけぼのテレビの一室で面倒を見ていてくれる。
 
ベビーシッターを雇うことも考えたのだが、上島雷太に“やられる”可能性があるとコスモスが考えて、自分の姉に声を掛けたら快諾してくれた。
 
「上島先生にだったら、誘惑されたら寝ちゃうかも」
「アルトさんに叱られるから勘弁して」
 

なお、メロディーの送迎は、彼女の長年の恋人(事実上の夫で薫・夕霧の父)が自分の車(スカイライン)で、かいがいしくしてくれる。
 
「お姉ちゃん、彼と結婚すればいいのに」
「その気は無い」
 
二人は同居もしていない。セックスは普通にしているようなので、ふたりの関係が分からん!とコスモスは思っている。
 
ちなみにメロディーと2人の子供を送ってくる時、彼はしばしば女装していて、女装のまま、キッズルームに夕霧ちゃんを抱いてくることもある。
 
「あき(メロディーのこと)が、自分の恋人と間違われないように女の振りしてといって、この格好させられちゃって」
 
などと言い訳していたが、実際には女装が好きなんだろうとコスモスは判断している。だいたい本当に恋人なんだから隠す意味が分からんと思う。ふたりの関係は、ケイ、醍醐春海、丸山アイ、フェイ、ヒロシ(ハイライトセブンスターズ)などには知られている。
 
しかし彼はステージでもよく女装を披露している。彼の女装趣味?が結婚しない原因かと思ったこともあるが、
 
「お化粧は私が指導した」
「あの人が可愛いワンピース持ってたから、借りて来ちゃった(多分返さない)」
「通販で失敗したブラジャー、押しつけちゃった」
 
「お互いスカートを穿いたままセックスするのって興奮する」
 
とか言っているので、女装趣味?は問題にしてないようではある。ちなみにメロディーは彼から贈られたという1カラット以上ありそうなダイヤの指輪も所持している。
 
「それ普通結婚する時に贈るものでは?」
「そう?くれるというからもらっただけだけど」
などと姉は言っていた。
 

青山広紀は男の娘の同僚で仲の良い坂井ルーシーから“タック”してもらって、こんな画期的な股間成型の方法があったなんてと驚いた。
 
坂井さんは「坂井ルーシー」という名刺を堂々と使っているので、お客さんからしばしば「ハーフさんですか?」などと訊かれて「クォーターなんです」と答えているが「本当はハーフじゃなくてニューハーフ」などと同僚には言っている。
 
ルーシー・モード・モンゴメリ(「赤毛のアン」の作者)から採ったらしいが、スヌーピーのルーシーから採ったの?などと訊かれて“ショックを受けた”らしい。本人はスヌーピーのルーシーとは違って、とても女性的で優しい性格である。
 
「凄い。まるで女の子になっちゃったみたい」
と青山はそこを見て感動したように言った。
 
「ひろちゃんはとっくの昔から女の子だったと思うけど。私より女らしいもん」
 
とルーシーは言う。かなり女性的な彼女から「私より女らしい」などと言われると、青山は一瞬、自分の人生を考え直したい気分になった。高校時代に部活の先輩男子から「お前可愛いな」と言われて、ファーストキス(?)を奪われた記憶が蘇る。
 
「でも睾丸はもう取っているんだと思ってた」
とルーシーから言われる。
 
「何かそう思われちゃったみたいで。まあいいやと思って放置してる」
「どっちみち、その内取るんでしょ?時間的誤差の範囲だと思うなあ」
などと彼女は言ってくれる。
 
僕、睾丸取っちゃうのかなぁ、と青山は自分に不安を覚えた。
 
「これで女湯にでも入れるよ」
「胸が無いから無理だよ!」
「豊胸手術しちゃうか、女性ホルモン飲むか、どちらかすればいいよ」
「悩むなあ」
「女性ホルモンの入手先、分かる?」
「ううん」
「ここのショップがいいよ。URL教えてあげるね」
と言って、彼女はURLを青山のスマホにメールしてくれた。
 

「いよいよ君を女の子に変える手術ができる」
と仮名Aさんから言われて、恵馬はドキドキしていた。
 
麻酔とか掛けられるのかな?と思ったら、Aさんが出してきたのは、紙バン?それに瞬間接着剤??
 
最初にいつも女の子下着を着ける時と同様に睾丸を体内に押し込まれる。そしてちんちんを後ろ向きにするのだが、今日はそのちんちんの先をぎゅーっと後にいっぱいに引っ張り、そこを紙バンで留められた。
 
手術の準備??と思っていたら、続いて陰嚢の皮膚をちんちんの両側から引っ張り、ちんちんを包むようにして、上側で瞬間接着剤を付けて留めるようにした。
 
何するんだろう?と思っていたのだが、Aさんは次々と陰嚢の皮膚でちんちんを包み込んでは接着剤で留めていく。ほんの5分ほどで、そこには接着剤で留められた陰嚢皮膚で、ちんちんが完全に包まれて内側に隠れた状態のものが出来上がってしまった。
 
「接着した所が、まるで割れ目ちゃんみたい」
と恵馬は言ったのだが、
 
「そうだよ。これで君の割れ目ちゃんを作ったんだよ」
とAさんは言った。
 
接着剤が固まるまで5分待つように言われた。実際には6-7分経ってから、Aさんは最初にちんちんの先を留めた紙バンを取り外した。
 
手術台から起き上がるように言われる。
 
「嘘。これまるで女の子のお股みたいに見える」
「うん。だから君はもう女の子になったんだよ」
 
「バンティ穿いてみて」
「はい」
 
それでパンティを穿くとガードルとかもつけてないのに、パンティには何も盛り上がりが無く、女の子がパンティを穿いているかのような感じである。
 
「これはこのままトイレもできるんだよ。してきてごらん」
「え?できるんですか?」
 
恵馬は半信半疑だったが、取り敢えず渡されたスカートを穿いてから、トイレに行ってみた。
 
個室に入り、便器に座る。そして、いつものようにおしっこをしてみた。
 
すると、ちんちんの先が後の方に出ているので、そこからちゃんとおしっこが出る。でも出てくる位置が物凄く後の方なので、驚いた。
 
こんな所からおしっこが出るのか?
 
し終わった後、ペーパーで拭くのだが、物凄く後の方まで手を伸ばさないと拭くことが出来なかった。
 
女の子ってこんな向こうからおしっこしてるのかなあ。
 
などと考える。それで唐突に数回前のセッションの時に言われたことを思いだした。
 
「男の子は大をした後、後から前へと拭いたりするけど、女の子は前から後へ拭かないといけないんだよ。でないと、便のついた紙が大事な所に触れるから」
 
確かにこんなに後におしっこの出てくる所があったら、後から前に拭くのはやばいよなと恵馬は思った。
 

トイレから戻る。
 
「できた?」
「できましたけど、男の子のおしっことは全然違う所から出るからびっくりしました」
「君はもう女の子になったから、これからはずっとそうやっておしっこしなければいけないからね」
「はい」
 

「では次は豊胸手術をしちゃうよ」
「おっぱい大きくするんですか?」
「そう。おっぱい大きくしちゃうから、この後もう君は男湯には入れなくなるよ」
 
それは構わないかなあと思った。だいたい銭湯とか温泉とか行ったこともないし。この先、そういう所に行くこと自体が想像できない。小学校の修学旅行は直前に風邪を引いて参加しなかったし、中学の修学旅行で泊まった所はホテルだったので、個別にお風呂に入っていて、恵馬はマジで男湯に入った経験が無い。でも、男湯に入れないのなら、まさか女湯に入るとか?そんなことしたら痴漢で捕まっちゃうよね?
 
Aさんは恵馬に上半身の服を脱ぐように言った。
 
ブラウスを脱ぎ、キャミソールを脱ぎ、ブラジャーも外してから、再度“手術台”に横になる。
 
Aさんは恵馬の胸付近をアルコール綿で拭いた。病院で使うような感じのアルコール綿である。
 
どういう“手術”なんだろう?と思っていたらAさんは肌色のシリコンの塊を2つ取りだした。いつも使っているバストパッドに似ているけど、あれよりずっと大きい。そしてそれに接着剤を塗ると、胸に貼り付けた。
 
「接着するんだ!」
「女性ホルモンの注射とかしてもいいけど、すぐには大きくならないから仕方ない」
「女性ホルモン注射すると大きくなります?」
「なるよ。飲み薬でもいいし、貼り薬でもいい」
「貼り薬もあるんですか?」
「実はとても効率がいい。飲み薬だと胃腸で分解されるから、体内に取り込まれるのはほんの一部」
「へー」
 
接着剤が固まるまで少し待ってから、起き上がって鏡に映してみる。
 
「ほんとに、おっぱいがあるみたい」
「豊胸手術しちゃったからね」
「痛くない手術で良かった」
 

その後、女の子水着を着せられる。
 
「ビキニを着せたい所だけど、いきなりは恥ずかしいだろうから今日はワンピースにしよう」
と言って、ワンピース型の水着を渡された。
 
「これどうやって着るんですか?」
「知ってる癖に。足を通してから上に上げて、肩紐を掛ければいいね」
「そういうやり方か」
 
それでスカートやパンティを脱いでから、ワンピース型の女の子水着を着てみたが、むろんお股の所には何も盛り上がりが無く、すっきりしたフォルムである。おっぱいもきれいに水着に納まり、むしろ水着がおっぱいを支えてくれる感じだ。
 
でも本当に女の子になっちゃったみたい!
 
実際、鏡に映してみると、もう本当に女の子の水着姿にしか見えない!
 
「これすごーい」
「これで写真を撮りに行っていい?」
「はい」
 

春風アルトの子供を秋風コスモスの姉メロディーに、本人の子供たちと一緒に面倒を見てもらっていたら、あけぼのテレビのスタッフの中にも、うちの子供を預けたいという人が出て来た。
 
希望を募ってみると、全部で(子供が)12人いることが分かる。そこで本格的な託児室を作ることにした。子供は男児・女児いるので、お世話係も男女いた方が何かと便利だろうということで、畑野秋美さんという人と中町大海さんという人を雇うことにした。
 
コロナの折りなので託児室は3つ作ることにして、今メロディーが面倒を見ている3人と合わせて15人を5人ずつ3つの部屋で見ることにし、メロディー、畑野さん、中町さんの3人が1人ずつ付く。畑野秋美さんに男の子5人を見てもらい、中町大海さんに女の子5人を見てもらい、残り男女1人ずつと、美音良・薫・夕霧の3人をメロディーが見る。メロディーの所が男女混合になるが、そもそもの男女比の問題もあるので仕方ない、
 
ちなみに女の子5人を見てもらう中町大海さんは女性で「ひろみ」と読む。また男の子5人を見てもらう畑野秋美さんは男性で「あきよし」と読む。本当に最近の男女の名前は分からんとコスモスは思った。
 

あけぼのテレビは放送時間が平日17:00-26:00 土日祝 8:00-16:00, 17:00-26:00である。それで会社の営業時間も平日16:30-26:30, 土日祝 7:30-26:30 ということにしている。ただし早番勤務・遅番勤務の人もあるし、土日だけ出社する人もある。それでキッズルームは平日16:00-27:00, 土日祝 7:00-27:00 の営業とすることにした。当然この3人だけでは無理なので、パートの保育士さんを他に5〜6人頼む方向で募集中である。スタッフが充足するまでの当面の措置として、ケイの母、マリの母(あやめ付き)、コスモスの母、ゆりこの母の4人を応援に頼んだ。コスモスの母などは“非常識人”で夜が平気なので(朝は苦手でコスモスもメロディーも“母に起こされる”という経験が無い)、夜間の子供の世話を全部引き受けてくれた(子供たちは眠っているので、何かあった時のためにそばにいるだけでよい)。
 
中町大海さん(20)はこの3月に短大を出て、幼稚園教諭の免許と保育士の資格を取得した。しかし就職先がどうしても見つからず、バイト先を探していたのだが、お姉さんがサンシャイン映像制作のカメラマンをしていたことから、使ってもらえないでしょうか?とコスモスに打診があり、面接してみたら明るい人なので採用することにした。ただひとつの欠点が朝に弱いことで、保育園の採用試験に遅刻して落とされたらしい。私がモーニングコールして起こしますからとお姉さんが言っていたが、この仕事は基本が夕方からなので、たぶん大丈夫だろう。
 

畑野秋美さん(31)は大学卒業以来9年間幼稚園の先生をしていたが、この3月いっぱいでそこが閉園になってしまい、仕事を探していた所をアルトが雇った。
 
畑野さんは実は、上島雷太の弟子を自称している山折大二郎の弟である。山折大二郎は「こいつならタダで使って下さい」と言ったが、それでは彼が生活できないので、お世話係のリーダーに任命して毎月35万円を払うことにした。ボーナスは2ヶ月分を予定している(年収換算560万円)。彼は昨年までは毎月給料が23万円、ボーナスは1.5ヶ月分(年収換算345万)だったらしい。30歳でこのお給料は辛かったと思う。
 
なお畑野秋美は、山折大二郎の“妹”ではなく“弟”である。念のため。
 
秋美の名前は前述の通り「あきよし」と読む。ちなみに山折大二郎の本名は畑野秀香で兄の方は「ひでたか」と読む。この兄弟の親の趣味が分からん、とコスモスは思った。
 
ちなみに山折大二郎が「大二郎」という男らしい芸名を決めたのは、自身の本名・秀香(ひでたか)がいつも「ひでか」と読まれて女性と誤認されて困っていたのもあったらしい。
 
大二郎さんは高校時代は野球選手だった(それで選手名簿を出した時に「女子選手は登録できないのですが」といつも言われていた)が、弟の秋美さんは、高校でも大学でもラグビー選手だったらしく、がっちりした体格である。(選手名簿を見て相手チームには女子選手がいるのかと思ったら体格の良いラガーマンなので向こうはびっくりする)。幼稚園児を両腕に2人ずつ4人ぶらさげたりして子供たちに人気の先生だったらしい。
 
「ちなみに女装とかの趣味はないですよね?」
「ああ。高校の文化祭で女役しましたよ」
「え〜〜〜〜!?」
「白雪姫のお母さんの魔法使い役ですけどね。女子が誰もやりたがらなかったから」
「少し安心した」
「スカートなんて穿いたの初めてで、あんなの穿いてたら転ぶ転ぶ」
「普通の男性だと、そうですよね〜」
 

恵馬は、ワンピース水着を着せられた後、水着のまま移動する訳にもいかないと言われ、夏向きの白いワンピースを着せられた。いつか着たようなミニのワンピースではなく、今日は膝付近まである長いワンピースである。それでAさんのフェラーリに乗り移動する。
 
来た所は、湘南の海岸のようだが、一軒のホテルのような所に入り、そこの庭に出た。
 
「他にお客さん居ないんですか?」
「お客さんというか、ここは個人の邸宅だから」
 
「もしかしてこれホテルとかではなくて、個人の家?」
「そうそう。だからここはプライベートビーチ」
「すごーい!」
 
「それを撮影用に借りた」
「わぁ」
 
この写真撮影、随分お金掛かってるよなと思う。なんかAさんの趣味の範囲を越えている気がする。やはり写真集を出すとか??
 
いつものアナさん・オナさんも来ていた。恵馬はそこでワンピースを脱いで水着姿になる。このプライベートビーチで、今日は1時間半ほどにわたって撮影をした。途中2回お召し替えをして都合3種類の水着で撮影した。3着ともワンピース水着である。ひとつは肩紐がバッククロスになっていて格好良い感じがした。
 

この日は最終的に水着を脱いで、ここに来る時に水着の上に着ていたワンピースを着て、家近くの駅まで送ってもらうことになった。この時、ワンピースの下には普通のショーツとブラジャーをつけることになる。
 
恵馬はまずショーツを穿いたが、余計なものが無いので変な操作をしなくてもショーツがピタリと肌に密着してすっきりしたフォルムになるのがあらためて凄くしっくりする感じだ。
 
恵馬はついでブラジャーの肩紐を腕に通し、前屈みになって豊かな2つの胸の膨らみをカップに収納すると、後ろ手でホックを留めた。
 
それを見てAさんが言った。
 
「へー。ちゃんとブラジャーの正しい着け方、知ってるんだ?」
 
「え?だってこないだからたくさんブラジャーもらったから」
 
「今までは胸の無い状態だったからね。どうにでも着けられた。今日はバストがある状態だから、そのバストをきれいにカップに納めるには今みたいな方法を取らなければいけない。ちゃんとやり方を知ってるじゃん。私、教えもしなかったのに」
 
「えーっと」
「まあいいわ。これからは毎回その着け方しないといけないしね」
 
「これ、このままにしておくんですか?」
「女の子には、ちんちんは無いし、おっぱいがあるからね。あんたはもう女の子になっちゃったんだから、ずっとこのままだよ」
 
「男の子には戻れないんでしょうか?」
「戻る必要ないでしょ」
「それはそうかもしれないけど」
 
「たださ」
「はい」
「接着剤で留めた部分は、おしっこしたり、お風呂に入っている間にどうしても弛んでくるんだよ」
「あ、そうですよね」
 
「特にお股の方は外れやすい。だから接着剤あげるから、毎日それで補修して接着が外れないようにするといいよ」
 
「補修しないと外れちゃいますか」
「男に戻ったりしたくなかったら、ちゃんと毎日補修してね」
 
恵馬は放置すればその内外れて男の子に戻っちゃうというのを聞いて少しホッとした。でも毎日ちゃんと補修して、女の子のままでいられるようにしておこうかな。と考えた。
 

「そうだ。次に会った時にさ」
「はい」
「君の御両親に一度挨拶しておきたいんだけど」
 
恵馬はドキッとした。
 
「父は小さい頃に亡くなったので母だけですが、いいですか」
「もちろん。じゃ、君のお母さんは苦労して君を育てたんだね」
「苦労したと思います」
 
「でも苦労して育てた子供がこんな可愛い娘になったら、きっと喜ぶよ」
 
恵馬はつい吹き出した。お母ちゃんは確かにボクが女の子の格好するのを楽しんでいるような気もするなあと思った。こないだしまむらでスカート選んでいる時も、凄い笑顔だったし。思い返してみると小さい頃から「あんたは女の子だったら良かったのに」と何度も言われたことがある。中学に入る時も「学生服着る?セーラー服着る?」なんて訊かれた。ボクは「学生服にしようかな」と言ったので、学生服を買ってくれたけど、あの時、セーラー服を着たいと言ってたら、どうなっていたんだろう?
 
「ところで、あんたを##駅前で拾って、**駅前で降ろしてるけど、実際問題として、どちらが便利なの?」
とAさんから訊かれる。
 
「実はその中間点付近なんですよ」
「あら、だったら適当に##駅と言ったけど、悪い選択ではなかったのね」
「そうなんですよ。だから##駅と最初聞いた時に、Aさん、ボクの家をご存じなんだろうかとギクっとしました」
 
「待ち合わせも**駅にする?」
「あ、その方がいいかな。校区外に出るから、知り合いに出会う確率が低いし」
「知り合いに見せて、女の子になったことを認識してもらえばいいのに」
「まだちょっと恥ずかしいてす」
「夏休みが終わったらどうせ女の子として登校しなきゃいけないのに。ちんちんも無くなって、おっぱいができたから、もうあんた体育の時とか身体測定の時に、男子と一緒にはできないよ」
 
体育?身体測定?ボクどうすればいいんだろう?? 恵馬はまた心臓がドキドキするのを感じた。
 

ところで、作者がそろそろ忘れかけている、デンデン・クラウドであるが。
 
昨年までは芸人としての年収が極めて僅かで、ラーメン屋の皿洗いをして、そのまかないでラーメンを食べさせてもらって命をつないでいたのが、世話好きの揚浜フラフラが、ローザ+リリンの付き人扱いにして、ローザ+リリンから毎月10万円の給料をもらえるようにしてあげたので、何とか生活可能になった。
 
フラフラとしては、クラウドにはラーメン屋の皿洗いとかしている時間に少しでも芸の修行をしてほしいというのもあった。実際彼には、空き時間にケイナが所有していた古い落語のCDとか、古い漫才の録画(多くは○○プロの丸花社長からケイ経由で借りたもの)を見せて“教育”をしている。その成果があったのか、春以降、彼のお笑いセンスは少しだけ向上したようにも思えた。
 
その彼が7月から始まる在来局のバラエティ番組『令和大運動会』に出演が決まり、フラフラもケイナも祝福してくれた。
 
番組の内容は、毎週“わりと過酷な”運動を課されるもので、初回はいきなりマラソンを走らされるらしい。その後、自転車50kmとか、登山などというのも待っているらしい。
 
どうも芸は無くても体力さえあれば何とかなるだろうというので起用されたようだ。
 
しかし彼はその体力も怪しい、とフラフラは思った、そこで番組に出るだけの体力を付けさせるため、フラフラはクラウドに毎日20kmのジョギングを課した。いきなりは20kmも走れないので最初の2週間は10kmで勘弁してやった。
 
もっとも20km(最初は10km)も走ると、筋肉痛が凄まじいし、クタクタになってその後、2時間くらい熟睡していたようである。彼がカロリー不足にならないよう、ケイナはクラウドにたくさん食料の差し入れをしてあげた。ついでにサロンパスとアンメルツも大量に差し入れてやった。
 
「お前最近少し脂肪が付きすぎな感じがしてた。これを機会にもっと筋肉を増やそう」
とケイナは言った。
 
(クラウドが(丸山アイたちの悪戯?で)半陰陽化されて卵巣の働きにより脂肪が付きやすくなっていることは、“犯人”の3人以外は、ネルネルのケンネルくらいしか知らない)
 

“犯人”の1人であるマリナは“共犯”の1人である千里に相談した。
 
「本人は企画の詳細知らないみたいだけど、遠泳とかも予定されているみたいなんですよ。男子水着になるとやぱいですよね?」
 
「女子水着を着せたらいいよ」
「それ事故映像になって視聴者からクレームが来ますよ」
「困ったなあ」
「あの子、だいぶ胸が大きくなっているみたいでBカップのブラ着けてるみたいなんですよ。何とかしてあげられません?」
 
「じゃ何とかしよう」
「すみません」
 

丸山アイに話すと、また変なことをしそうなので、相談を受けた千里(2番)は1番に頼んで処置をしてもらうことにした。
 
千里たちは取り敢えず、悪いこと大好きの《こうちゃん》に命じて、大阪出張中のクラウドの食事(お弁当を買ってホテルの部屋で食べていた)に眠り薬を混入させた。
 
それで彼がホテルの部屋で眠ってしまった所に、千里1がマリナと一緒に侵入する(3番は“裏”に回っている)。
 
取り敢えず睡眠薬を静脈注射して、しばらく起きないようにする。
 
その上で2人で協力して彼を裸にしてから、まず完全に女性化して女の身体に変えた。(これまでの身体は丸山アイが男から女に変える途中で停めていたもの)
 
その上で今度は女から男に変えていくが、ペニスができて卵巣が睾丸に変化した瞬間、停めた(タイミングは《びゃくちゃん》に指示してもらった。《こうちゃん》なら絶対に変なタイミングを指示する)。
 
するとこれも男女中間の形ではあるのだが、性腺が一応睾丸(変化させてすぐ停めたので機能はとても弱い)なので、脂肪は付きにくくなることか予想される。
 
(クラウドを完全な男にしたら絶対性犯罪で捕まるというのは、マリナ・千里・アイの一致する意見。実はケンネルやフラフラも心配していた)
 
バストは消失する所まで進めたので、これまでの女性的な胸は消えて、男のような胸になっている。ただし乳首はわりと大きいままである。
 
「このくらいはいいですよ。アクアだって男の子だけど乳首大きいし」
「まああの子は仕方ないね」
 
クリトリスが成長して5cmくらいの長さになりペニス状にはなっているが、尿道はまだ女性の位置にある。つまり立っておしっこをすることはできない。
 
「これは我慢してもらおう」
「これ以上男性化を進めると、男性機能が強くなりすぎそうですもんね」
 
膣と子宮は小さくなったものの完全には消失しておらず、股間の開口部も残っている。むろん陰嚢は無い。
 
この状態だと、男性とのセックスはぎりぎり可能だが、女性とのセックスは困難と思われた。
 
「男性機能は無いけど、男子水着にはなれるし、生理も起きないし」
「ええ。このくらいならいいと思いますよ」
とマリナも言ったので、それで2人は引き上げた。
 

クラウドは朝、大阪のホテルで爽快に目が覚めた。彼は眠り薬で眠ったこと、睡眠薬を打たれていたことには全く気付いていない。
 
取り敢えずトイレに行き、便座をあげておしっこをしようとしたら、おしっこがちんちんの先から出ずに下にこぼれてしまうので、慌てて止める。
 
「何?何?どうしたの?」
と思って自分のちんちんを確認すると、ちんちんの先に尿道口が無い。
 
「嘘!?」
と思い、座り込んでよく見ると、完全に女性化していた時期のように、おしっこは割れ目ちゃんの中から出てくるようになっていることに気付く。
 
「そんなぁ。女性化が進んだ?」
と焦る。
 
しかし尿意がかなり残っている。仕方ないので取り敢えず便座を降ろし便器に座って、“女のように”おしっこをした。した後、尿道口の周囲がかなり濡れているので“女のように”トイレットペーパーで拭く必要があった。自分の身体を拭いていたら床が汚れていることに気付いたので、そこも拭いて便器の中に捨てる。
 
「ちんこ自体、昨日までより短くなった気がする」
 
(いったん消失させられたことは知らない)
 
「ちょっとシャワー浴びてからよく考えよう」
などとつぶやき、服を脱いでから浴槽の中に入りシャワーを浴びた。
 
それで髪を洗い、顔を洗い、それから首や耳の後ろを洗ってから胸を洗おうとして空振りする。
 
「え!?」
 
よくよく見るとバストが消失していることに気付く。
 
「なんで〜!?」
と叫んでしまったが、胸が無いのはいいことだ。
 
「助かったぁ。ブラジャーとか着けてるのバレたら変態だと思われる所だった」
 
などと言っている。これまではノーブラでは走ったりした時に痛いので仕方なくブラジャーをしていたのである。ブラジャーをお店に買いに行くと痴漢として通報されそうなので、セシールの通販で買っていた。
 
そういう訳で本人としては大いに戸惑い、立っておしっこができなくなったのもとても困ったのだが、取り敢えずブラジャーは着けずに済むようになったのである。なお所持していたブラジャーは帰宅後全てゴミに出した。万一所持していて、落としたりすると、絶対どこかで盗んだものと思われると思った。
 
生理についても、そろそろ来る頃かなと思ったのが来ないので
「まさか妊娠してないよね?」
と不安になり(男性とセックスした記憶は無いが)、妊娠検査薬を買ってきてチェックしてみたが陰性なのでホッとする。
 
しかし彼はその後、最後の月経から1ヶ月半後、2ヶ月後にも妊娠検査薬を使ってみた。彼が「どうも生理は止まったようだ」と認識するのは最後の月経から半年後である。
 

なお、クラウドの車は、2月に買った時はピザ屋さんの塗装がされていたのを『夜はネルネル』の番組内で、3月にたこ焼き屋さんの塗装に変更され、4月にはハンバーガー屋さんの塗装、5月にはタピオカドリンク屋さん、6月には焼鳥屋さん、7月にはアイスクリーム屋さん、と次々と塗装を変更されていた。
 
個人の車なのに!
 
「これあまりやり過ぎると塗装が厚くなりすぎて、その内重量オーバーになるかもな」
「その前に塗装丸ごと落下しそうな気もします」
 
などとケイナと健康バッドは無責任に会話していた。
 

マリナは、千里と一緒に大阪まで行ったついでに寝屋川市の渚のお店に誘った。なお今回の遠出は、千里のアテンザ・ワゴンXDを、マリナと千里が交代で運転してきている。
 
お店の外に「お持ち帰り弁当600円」という、A4のPPC用紙に手書きした紙が張られている。
 
「へー。テイクアウトもやってるんだ?」
と千里は言った。
 
「毎日用意した分がソールドアウトするから、店の売り上げはコロナ前より上がっているらしいです」
とマリナが説明する。
 
「それはいいね」
「配達もしていて、彼女の旦那がミラを運転して配達してまわっているらしいですよ」
「大将は調理場に居なくてもいいの?」
「旦那は調理音痴だから絶対に厨房に立たせないそうです」
「調理音痴なのに、飲食店やってるんだ!」
 
「彼氏のお父さんが始めた店なんですよ。お父さんが亡くなった後、お母さんが調理してたけど客足は遠のいていたんです。そこに渚が入って客が戻ってきたらしくて」
 
「じゃ、彼女は大恩人か」
「逃げられたくないから結婚しちゃったんじゃないかという気もします」
「まあ離婚する手はあるね」
「それは言ってます」
 
などと言って、2人は店内に入った。
 

「すみません。まだ開けてないんですがって、何だマリナちゃんか。あ、醍醐春海さんまで!」
 
「あれ?知ってた?」
「去年、歯長峠で会ったね」
と千里が笑顔で言う。
 
「うん。去年バイクでお遍路した時に、途中で会ったのよ」
と渚もマリナに説明した。
 
マリナは、昨年渚がたぶん“自然性転換”の直前頃に醍醐先生と会っていたということを聞き、渚が性転換してしまった理由を理解した。
 
「知り合いなら都合が良かった。営業前で悪いけど、残りもんでいいから、何か朝こばんを出してもらえない?」
「OKOK」
 
それで鮭を焼いてくれて、御飯とお味噌汁も出してくれた。
 
「だけどそんな大きなお腹抱えてお店に出てるんだ?」
「お医者さんからは予定日の1週間前になったら休みなさいと言われている。一応私の産休中の代理の調理人さんを頼んでいる。出産後1ヶ月も休ませてもらう予定」
 
「でもお味噌汁が美味しい」
「個人的には信州味噌も好きなんですけどねー。これは大阪市内の味噌蔵から直接買っているものです」
「鮭も美味しい。これ本物の鮭だね。西日本ではしばしば鱒が使われてるから」
 
「実際、鮭と鱒の違いが分からない人も多いみたいですよ。でも美味しいというのは分かるみたい。これは北海道の業者さんからの直送だったりします。うち、結構素材にこっているんですよ。先代(彼女の夫の父)からのこだわりで」
 
と渚は仕込みをしながら説明する。
 

「だから近隣の他の店より少し高いけど客は入っている」
とマリナ。
「それでもコロナで一時的に客がほとんどいなくなった時はどうしようかと思った」
と渚。
 
「私が必要ならお金貸すから、店の環境を改善して絶対に感染が起きない環境にしなさいと言った」
とマリナは言っている。
 
「あれは助かった。実際お店を改装するにも資金が無い〜!ってあの時は思ったもんね。うちは幸いにも料理が中心で“酒類提供飲食店”ではなかったんで、休業要請の対象ではなかったんです。でも窓を開けて運用することにして、雨風避けに窓の外側にシェードを設置して。箸とか食器もエコじゃないけど、使い捨てのものに変更して。カウンターにもこうやって透明アクリルの板を設置したんですよ。空気清浄機も買ったし、入口の所に非接触式の体温計を設置して37.5度以上の人はアラームが鳴るようにして」
 
「結構投資してるね」
 
「3月の時点ではマスクを入手できずにいる人がいたけど、マリナちゃんから送ってもらったのをお客さんに配布して、食事前の待ち時間も食事が終わった後もそれをしてもらうようにして」
 
「あのマスクは醍醐先生から頂いたんだよ」
 
「そうだったんですか!本当にありがとうございます。助かりました」
 

「そういえばふと思ったんだけど」
と千里は言った。
 
「このお店の名前、マウント・フジヤマって、マウントとヤマが重語になってるね」
「そうなんですよね。先代が苗字の藤山に掛けて決めたんですが、時々それを指摘されます」
と渚。
 
「まあ、イーバンク銀行とか洞爺湖の類いかな」
とマリナは言った。
 
(洞爺湖の“とうや”は湖の意味。オンネトーのトーと同じ。昔、倭人がアイヌの人に「ここは何?」と訊いたら「トーヤ」(湖だ)と答えられたので、トーヤという名前の湖かと思って、倭人は“トーヤ湖”と呼ぶようになったという伝説がある。似た話はインドの“カレー”(単に食事という意味)、九官鳥なとにもある。ヨーロッパのエルベ川も元々“エルベ”自体が“川”という意味らしい)
 

恵馬が住んでいる家は、1階に畳敷きのDK(シンクの前だけ板張り)と和室(4.5畳), 2階に和室が2部屋(10畳と6畳)ある小さな家である。
 
元々は祖父(母の父)が昭和40年代に建てたものだ。それ以前に建っていたぼろ家(土地ごと買った)を名目上改築したものだが、実際にはほぼ完全な建て替えだったらしい。現在ならこんなに畳敷きの多い家は建てられない。また、建蔽率もやばい。敷地ぎりぎりくらいに建てられている。足場も組めないと思うので、どうやって建築したのか不思議!道路にも面してない(他人の敷地内を通過しないと道路に出られない)ので、完全な再建不能物件である。
 
1997年に祖父が亡くなった後、母・紘子とその兄・弦太がこれを相続することになったが、弦太は既に独立していたこともあり、恵馬たちの父・豊和は、この家と土地の評価額(本当に価値があるのか?)の半分を弦太に払い、結果的に恵馬たちの両親(紘子・豊和)が共同で所有することになった。お金は10年ローンで銀行から借りたが、返済が終わって間もない頃、父・豊和は亡くなった。もし父がローン完済前に亡くなっていたら、母は残債を払えずにこの家を売却することになっていたかも知れないなどと母は言う(実際には売れない気がする)。
 
(父の遺産は、親族の助言(特に豊和の父の号令!)に基づき子供4人には相続放棄させ、豊和の両親と兄弟たちも相続放棄したので、母・紘子が全て相続した。勤めていた会社の株を所有していたのでそれを会社に買い取ってもらい、相続税を払った)
 
恵馬は4人きょうだいであり、大学生の兄・覚行は大学の近くにアパートを借りて1人で住んでおり、ここに今住んでいるのは母・紘子と、姉の飛早子、恵馬、弟の香沙の合計4人である。父は4人の子供に角行・飛車・桂馬・香車にちなんだ名前を付けたのである。まだ更に子供ができていたら金将・銀将にちなんだ名前になる予定だったらしい。
 
略系図↓

 

両親が結婚した頃は、祖父母が1階の和室、両親が2階6畳の部屋に住んでいた。6畳の部屋だったのは、元々10畳を母の兄・弦太が使い、6畳を紘子が使っていたから、その延長だった。
 
子供が生まれると両親は最初の内は生まれた子供を同じ部屋に寝せていたが、さすがに狭くなってくる。飛早子まで生まれた段階で両親は10畳の部屋に移動した。更に恵馬が生まれると、長男の覚行は独立させることにして、彼に「幼稚園生は1人で寝よう」と言って6畳の部屋で寝るようにさせた。更に香沙が生まれたると、飛早子も独立させることにして10畳の部屋をパーティションで切って、その1つに飛早子を寝せ、両親と恵馬・香沙は1階の和室に移動した。
 
2009年に恵馬が幼稚園に入るタイミングで恵馬は10畳の部屋のもうひとつのパーティションに寝るようになった。
 
10畳の部屋を女の子の飛早子と男の子(?)の恵馬が共用するようになったのは、そういう“歴史的経緯”があったためだが、ここで女の子の飛早子を6畳に入れて、6畳にいた覚行と恵馬で男の子同士10畳を共用する手もあったはずだ。しかし覚行が部屋の共用を嫌がったことと、当時は既に父が亡い状態で、紘子ひとりでは荷物移動は困難だったこともあった。
 
更に香沙が幼稚園に入ると、香沙に1階和室をひとりで使わせ、紘子はDKの畳敷き部分に布団を敷いて寝るようになった。
 
これが兄・覚行の高校卒業まで続いた。覚行は実際問題として大学入学後は1度も実家に戻ってない。大学の休み期間中も(というか授業のあっている時期も!)運送屋さんのバイトに励んでいて、トラックを運転して全国飛び回っているので、帰省する時間が無いようである(大学の講義には出席しているのか心配になる)。
 
覚行が使っていた部屋は2年間そのままにしていたのだが、「俺が使ってた部屋は自由に使っていいよ」と言ったので、覚行が大学3年になった昨年の春、その部屋を香沙が使うことにして1階和室から移動。1階和室は母が使うことにした。荷物の移動は香沙がひとりでした。恵馬は腕力が無いのでこういうのの役には立たない。
 

つまり、飛早子と恵馬は、恵馬が幼稚園に入った2009年春以来、ずっと部屋を共用している。
 
↓2009年時点の部屋割

 
 
(現在は香沙が覚行の部屋に移動して母が香沙の使っていた部屋に移動)
 
恵馬がしばしば姉の服を勝手に着てみたりしていたのは、そもそも部屋を共用していたという事情があったのである。また姉はしばしば自分が着なくなった服を恵馬にあげていた。
 
「このくらいのデザインなら男の子でも着られるよね」
などと言って、くれていた。刺繍の入ったズボンくらいは、恵馬も普通に穿いていたし、そういうズボンで学校などに行っても、友人たちは何も言わなかった。
 
でもそういう“女児用ズボン”はファスナーが短くて、そこからちんちんを出して、立っておしっこすることができなかった。そもそも前の開きが無いズボンもあった。そういうズボンを穿いている日は必然的に個室を使っていたが、その点についても、友人たちは特に何も言わなかった。
 

恵馬の家のトイレは昭和40年代に建てられた時は、2つの個室が作られ、片側に小便器、片側に和式のポットン便所が設置されていた。父が亡くなるまでは、この家の男女比は男4(父・覚行・恵馬・香沙)・女2(母・飛早子)で男が絶対的に強かった。なお和式のポットン便所の上には実際にはプラスチック製の乗せるだけで洋式になる便器を乗せていて事実上洋式として使用していた。
 
この地区は下水道の来るのがとても遅く、下水道に接続することになったのは一昨年夏である。それまでは道路から(他人の敷地内を通して!)長いホースを伸ばして汲み取りをしてもらっていた。
 
さて下水道に繋ぐことにした段階でトイレの改装もしようということになる。特に飛早子が「正式の洋式便器にして欲しい」と言ったので、そうすることにする。ここで問題になったのが小便器の方である。
 
「提案。両方洋式便器にしよう。朝とか結構トイレ戦争になってるもん」
と飛早子は言った。
 
「両方洋式なら、俺が小便する時はどうすればいいんだよ?」
と香沙が抗議する。
 
「洋式の便座をあげればできるじゃん」
「そもそも小便器を使ってるのあんただけだし」
「まー兄ちゃんは小便器使わないんだっけ?」
「使ってるの見たこと無い」
「いつも洋式の方を使ってるよね?」
 
「うーん。ボクも両方とも洋式の方がいいかな」
 
ということで、小便器を使うのは香沙1人、使わないのが3人(母・飛早子・恵馬)だったので、両方とも洋式に置換する案が通ってしまったのである。
 

姉はよく恵馬にこんな感じのことも言っていた。
 
「このスカートも小さくなっちゃった。穿くならあげるけど」
「いや、いい!」
と恵馬は恥ずかしそうに答える。
 
「私のスカート、実際問題としてしばしば勝手に穿いてるくせに」
「ごめん!」
 
でも恵馬の服で可愛いのがあったら
「あ、これ可愛い。貸して」
と言って、借りたまま返してくれないこともあるので、わりとあいこである。
 
でも姉は、実際問題として小さくなったスカートを段ボール箱に入れて、恵馬の使用部分とのパーティションそばのこちら側!に「私の所に入りきれないから置かせて」などと言って並べ放置していたので、恵馬は小学生の頃、しばしばその中からスカートなどを取りだして、こっそり(?)穿いてみたりしていた。
 
この箱の中には、小さくなって着られなくなった服だけではなく、新しい服でも姉がデザインなどが気に入らなかった服も入っていた。アウターだけでなく(未使用の)下着が入っていることもあり、恵馬はドキドキしながら、ブラジャーなど着けてみたりしたこともあった。
 
でもそういう時に限って、姉が突然帰宅して焦ることもある。
 

そもそも部屋の構造上、姉は自分が使用しているエリアに行くために恵馬が使用しているエリアを通過する必要があるのである。
 
(再掲)

 
むろん姉は自分の服を勝手に恵馬が着ていても怒ったりはしない。そもそも段ボール箱の中身は、恵馬を唆すために置いているようなものである。姉は「香沙には女装を唆せないのが残念だ」などとも言っていた。香沙は自分の部屋に母親さえ入れない。まだ1階の部屋にいた頃から、香沙の部屋に入っていたのは兄の覚行のみである。覚行は香沙にポルノ雑誌などをこっそり(?)渡して“男子教育”していた。そして恵馬は姉から“女子教育”されていた。
 
姉はこっそり(?)ブラジャーを試着していた恵馬にこんなことを言う。
 
「あんたちゃんとブラジャーの着け方分かる?」
 
「着け方があるの?」
 
「お母ちゃんは適当な着け方してるけど、あんなのマネしちゃダメだよ」
 
などと言って、ちゃんとした着け方を教えてくれた。後手でホックを留めるのは随分練習させられた。母は恵馬の前で堂々と着替えたりしていたが、前でホックを留めてからぐるりと180度回転させていた。
 
母は兄・覚行や弟・香沙のいる所では決して下着姿を見せないようにしていた気がする。でも恵馬は別に構わないようだった。母も兄や姉もどうも恵馬を最初から普通の男の子とは違う扱いにしていた気もする。「男の子はタマタマを風通しの良い状態にしておかないといけないんだよ」とか言って、覚行にも香沙にもトランクスを買っていたのに恵馬の下着はブリーフだった。
 

恵馬は姉から生理用品についても“教育”された。昼用・夜用の使い分け、羽根あり・羽根なしの各々のメリット・デメリット、そしてパンティライナーの意義なども、恵馬は姉から教えられたし、
「いつ生理が来てもいいように」
と言われて、生理用品入れに昼用ナプキン羽根なしとパンティライナーを入れて持ち歩くように唆した。恵馬はその生理用品入れをいつも学生鞄の内ポケットに入れていた。
 
そういう経緯で恵馬は女子の友人とのナプキンネタの会話にも付いてくるので
「ナプキン使うんだっけ?」
などと言われる。更には大会などに行っている時に
「急に来ちゃった。えまちゃん、ナプキン持ってないよね?」
などと言われてナプキンを貸したこともある。
 
友人にあげたり、または自己使用!して消費した分は姉に言うと補充してくれる。でもナプキンを買いに行かせられることもある!(おかげで平気でナプキンが買えるようになった)
 

恵馬が初めて胸にブレストフォームを付けた状態でもブラジャーを正しいやり方で着けることができたのは、元々姉に“教育”されていたからである。
 
姉は他にも「男性的な発達を遅らせたければこうしなさい」と言って、いつもパンツの中にホッカイロを入れておくことを勧めてくれた。高温になっていると睾丸は活動が鈍くなるのである。高校1年になっても喉仏が目立たず、体毛も薄いのは、そのおかげだろうなと恵馬は思っている。恵馬は身長も162cmで、男子の平均からはかなり低い方である。ウェストも60cmなので女子のSのスカートが穿ける(それが“シンデレラ事件”につながることになる)
 
クラスメイトの男子たちはどうも毎日オナニーしているらしいが、恵馬はせいぜい月に1度くらいしかしておらず、気がつくと数ヶ月していないこともあった。女子の友人たちと唐突にオナニーの話になった時、恵馬が月に1度くらいかもと言うと「それは女子の頻度だ」と言われた。
 

「いや女子の頻度としても少ない」
「女子もだいたい週に1回くらいする子が多いらしいよ」
「私週3回くらいしてるかも」
「たぶん男子並みに毎日する子もいると思うから、そんなに高頻度でもない」
 
結局、恵馬のオナニー頻度は女子としても少ない方ということになるようだった。
 
「ちなみに、えまちゃん、どうやってオナニーするんだっけ?」
 
(こんなこと訊く時点で既に女の子たちと男の子の会話ではない)
 
「え?普通だと思うけど」
「普通というと、あれを握って?」
「握るって何を?普通に指で押さえてぐりぐりと回転運動掛けるけど」
「何を押さえるの〜?」
「回転なの?往復じゃなくて?」
「指で押さえたまま往復運動してみたこともあるけど、回転する方が痛くないかも」
「つまり、えまちゃんには、握って往復運動するようなものが付いてないのでは?」
 
などと言われていたが、恵馬は“握る”って何を握るんだろう?と首をひねった。
 

8月19日(水)、彩佳たち3人は代々木の龍虎のマンションでケーキ作りをしていた。
 
明日は龍虎の誕生日なのだが、ちょうど映画の撮影中なので、帰りが何時になるか分からないし、徹夜になるかも知れないという話だった。それで、一緒に誕生日を祝ってあげることが難しそうなので、ケーキだけでも提供してあげようということで、3人で作っているのである。
 
彩佳・桐絵・宏恵の3人は3号サイズ(直径9cm)のラウンドケーキを3個作ることにした、なぜ3つ作るかというと、龍虎と現在一時的に同居している西湖も同じ8月20日の誕生日で、仕事も一緒にしているから一緒の帰宅になるものと思われること、2人のマネージャーの桜木ワルツ・和城理紗も一緒になる見込みであることから、明日は恐らく4人での誕生日になること。それなら小さなケーキを3つ作り、その内の2つを、龍虎と西湖に各々ロウソクを吹き消してもらえばいいだろと考えたのである。
 
ここで龍虎と西湖は男の子だから1個丸ごと食べられるだろうけど、女性の桜木ワルツ・和城理紗はそんなに食べないだろうから2人で1個くらいがちょうどいいのではと3人は考えた。
 
彩佳たちは龍虎のデビューの頃からを見ているので、西湖は女役が多いけど、男の子だったはずという認識である(こういう認識の人はとても少ない)。
 
実際には失敗した時の予備と試食用を兼ねて4個作ることにした。
 

ケーキ作りには必須のオーブンが、彩佳たちの渋谷のマンションには無いこともあり、代々木の龍虎のマンションを借りて作業をしているのである。生地を休ませている間を利用して、唐揚げなども作っておいた。
 
取り敢えずスポンジを焼く所までは(彩佳たちの観点では)成功して4個ともきれいな形に焼けている。
 
それを真ん中の高さでスライスし、いよいよ生クリームを塗り、フルーツやデコレーションを入れていく。
 
材料費は、ケーキ作りをすると聞いた和城さんが「予算」と言って、お金を渡してくれたのでフルーツなどもたくさん買い込んで来たし、この時期とっても入手しにくいイチゴに関しては、千里さんがコネで“なつおとめ”の大粒25個入りパック(高かったと思う)を確保してくれたので、それを使用する。
 
(イチゴには“いちご”の語源?とも言われる1-5月頃に実をつける“一季なり”と、年中実を付ける“四季なり”品種があり、後者は主として“一季なり”が出荷されない夏に出荷される。なつおとめ・なつあかり・夏姫などの品種がある。その他、主としてジャム用にカリフォルニア産の冷凍イチゴも輸入されている。カリフォルニア州は南北が日本列島くらいの長さがあり一年中どこかの地域ではイチゴが採れる)
 
「イチゴ美味しそう。少し試食してもいいよね」
などと言って試食していたので、ケーキに使用したのは25個の内16個である。
 
「25って4で割りきれないもんね」
などとも桐絵が言っていた。
 

生のフルーツにプラスしてレーズンなどのドライフルーツ、缶詰のチェリーも載せ、チョコペンで飾りやメッセージ(Happy Birthday!)を書き、トッピングシュガーにアラザンを振る。
 
「前から思っていたけど、アラザンってこの銀色はどういう素材なんだっけ」
「銀だよ」
「本物の?アルミとかじゃなくて」
「アルミは身体によくない気がする」
「鉄だと酸化する気がするしね」
 
「金とか銀はそのまま排出されるから人体に無害。仁丹も銀だよ」
「中身が生薬(しょうやく)かチョコレートかの違いだね」
「そもそも“アラザン”はフランス語で銀を意味する"Argent"(アルジャン)が訛ったもの」
「そうだったのか」
「ついでにいえばアルゼンチンもラテン語で銀を意味するArgentum(アルゲントゥム)が語源」
 
「銀が採れてたの?」
「銀が豊かだったんだろうね」
 

「じゃこれ本当に銀なんだ?」
などと言いながらケーキに振る。
 
「これ煮詰めたら銀が採れる?」
「だいたい100gのアラザンに銀は0.5gくらい含まれているらしいよ」
「小さいな」
「アラザンの銀を集めて銀メダルを作ろうとすると75kg程度のアラザンが必要」
「最初から銀の地金を買うより高く付く気がする」
「銀メダルに使われる銀はだいたい3万円くらいだけど、アラザン75kgは10万円くらいすると思う」
「割が合わないな」
 

「できたー!」
 
「じゃ出来のいい方から3個を冷蔵庫に入れて1個は持ち帰って食べよう」
 
それで彩佳たちは4個作ったケーキの内の1個と、他に作った唐揚げの一部などを持ち帰って、渋谷の1Kのマンションでワインを開け、龍虎の誕生日の前祝いをしたのであった。
 
(ワインだけで済まずにビールなども開けて結局3人ともダウンする。ちなみに3人とも未成年!)
 

8月12日、水着での写真撮影をしてから恵馬がワンピースを着て帰宅した時。
 
「ただいまぁ」
と言って自宅に入ると母が
「お帰り」
と言う。それでいつものように着替えるのに2階の自室に行こうとしたら母が止めた。
 
「着替えずにそのままでいればいいよ」
「そうかなあ」
「あんたはもう女の子になったんだから、堂々としていればいい」
 
恵馬は少し考えたる
 
「じゃ、今日はこのままでいようかな」
「うん」
 
 
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【春銀】(4)