【春銀】(5)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6  7 
 
アクアはその日、建築現場などで使用する工作機械で有名なK社の太陽光パネルのCM撮影をしていた。いつものように撮影のシナリオは葉月を代役に使って既に煮詰められているので、アクアの拘束時間は2時間ほどで済む。
 
太陽光パネルのブランド名が“アマテラスパネル”ということで、アクアは黄色い貫頭着のような衣装を着けて天照大神(あまてらすおおみかみ)に扮している。頭にはヘッドライトも着けている。
 
このCMは今年1月から全国にテレビで流れているほか、ネット広告にもなっている。あけぼのテレビでもK社がスポンサーになっている番組でパワーショベルやフォークリフトのCMに交じって流されている。今回は10月から流される予定の作品で、撮影は4回目になる。
 
「でも天照大神をご存じで、しかも女神だというのもご存じというのは、若い方にしては珍しいですね」
などと撮影を見に来ていたK社の社長さんは言っていた。
 
「実は私の芸名の“アクア”は、天照大神に関係があるんですよ」
とアクアは明かした。
 
「そうだったんですか!?」
 

「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が亡くなった奥さんの伊邪那美命(いざなみのみこと)を連れ戻しに黄泉国(よみのくに)まで行きますよね。でも連れ戻すことはできず、その後、黄泉国の汚れを清めるため、川に入って。ここで身体を洗う内に、住吉三神と海(わだつみ)三神が生れるのですが、最後に左目を洗った時に太陽神の天照大神(あまてらすおおみかみ)、右目を洗った時に月神の月読命(つくよみのみこと)、鼻を洗った時に須佐之男命(すさのおのみこと)が生まれますよね」
 
「よくそんな神話をご存じですね!」
と社長さんはマジで驚いている。
 
「それでこの水の中での禊ぎにちなんで、人の心を洗うような歌が歌えたらということでアクアになったんですよ」
 
「そんな言われがあったんですか!」
 
社長秘書の20歳くらいの女性が頷いている。あ、この人はこの話を知っていたみたい、とアマアは思った。そういえばどこかで見た記憶がある。誰だったっけ?とアクアは考えていた。
 

「だったら天照大神に扮するのは、ピッタリですね」
 
「女役だけどお願いと言われた時、またかいと思ったんですが、この衣装はあまり性別がハッキリしないので助かったです」
とアクアが言うが
 
「え?男役の方が好きなんですか?そういえば時々映画とかで男役をなさっていることもあるみたいですね」
 
と社長が言った時、秘書の女性が吹き出した。
 
ということで、この社長さんは、そもそもアクアを女の子アイドルと思っていたようである。世間には割とそう思っている人が多い。
 

「まあだから、アクアが『ごめんなさい、ボク実は女の子でした』と発表しても『え?元々女の子ですよね?』と大半の人が思うよ。むろん人気には何も傷つかない」
などと川崎ゆりこは言った。
 
「そうですかね〜?」
とアクアは疑問を呈する。
 
「でもボク、いつも紅白は白組で歌ってますよ」
 
「ここ数年はトップで歌うのが定着してたから、あまりどちらの組か意識されてないかもね。そうだ。NHKから、アクアさん、今年は紅組から出られますか?という問い合わせが来てるけど。9月15日までに回答してと言われてる」
 
「白組でお願いします!」
 
「紅組で出る時のために300万円掛けた可愛いドレスも用意したのに」
「スピカさんのライブか何か用に転用して下さい」
 
(この衣装は結局8/23のアクアのネットライブ前半でアクアFが着ることになる。でも本当にその後スピカがもらって、自分のライブにも着ていた。
「私のプロジェクトの予算ではこんな豪華なドレス買えないから、アクアちゃんからもらってラッキー!と思いました」と言って笑いを取っていた)
 
「それで『ボク実は女の子でした』という発表はいつする?8月23日のライブの前にやっちゃう?」
「そんな発表しません!」
 

「『ボク実は女の子なんです』と言っても誰も変に思わないと思うなあ。『前からそうだと思ってた』と言われるだけだと思うよ」
と姉は言った。
 

(2020年)8月12日に恵馬は水着撮影から帰宅した後、母に言われて、男物の服には着替えず、帰宅時に着ていたワンピースのまま、今日は過ごすことにした。
 
塾から帰ってきた姉は、スカートを穿いている恵馬を見ると
 
「うん。似合うよ。いつもそういう格好してればいいのにと思ってた」
と言った。
 
更に姉は
「ちょっと触らせて」
と言って恵馬の胸とお股に触った。
 
「手術してきた?」
「そういう訳じゃないんだけど」
「ねえ。ちょっと裸になって見せてくれない?こないだから、まーちゃん胸があるみたいと思ってた」
と姉が言うと
 
「あ、私も気になってた」
と母も言った。
 
「ということでちょっとヌードになってみよう」
「え〜?恥ずかしい」
「女同士なんだから、恥ずかしがることないじゃん。私の裸も見せてあげようか」
と姉。
「いやいい」
と恵馬。
 
しかし実際同じ部屋を共用していて、姉はしばしば下着姿を恵馬の前に曝している。下着姿のまま、恵馬のパーティションに来て本棚から本を取って行ったりする。「ちょっと、服着てよぉ」と言っても姉は「女の子同士だからいいじゃん」などと言っていた。後ろファスナーの服のファスナーの上げ下げを頼まれるのも日常茶飯事である。
 

「何なら私の裸も見せようか?」
と母まで言う。
「やめて」
と恵馬。
 
「『いやいい』と『やめて』の違いは?」
「気にしないで」
 
それで恵馬は服を全部脱いでみせた。
 
母が一瞬息を呑んだが、姉は冷静である。
 
「このおっぱい、精巧だね。本物にしか見えない。これ粘着式?」
「接着剤で貼り付けてある。だから自分でも外せない」
 
(実は剥がし液を渡されていない。エナメルリムーバーなどでも外せることを教えてもらっていない)
 
「お股も上手く工作してるね。これも女の子にしか見えない」
と姉が言うので
「ちょっと待って。そこどうなってるの?」
と母は覗き込んで確認していた。
 
「ちんちん切っちゃった訳じゃないのね」
と母。
「こんな処置の仕方があるってびっくりした」
と恵馬。
「切っちゃえば良かったのに。要らないんでしょ?」
と姉。
 

「でもこれ男湯には入れないね?」
「無理だと思う」
「だったら、今度からは女湯に入らなきゃね」
「え〜?そんなことしたら逮捕されちゃうよぉ」
「いや、むしろ男湯に入ったら逮捕される」
「そうだっけ?」
 
「あんたはもう私の妹ということでいいよね?」
「ボク、妹なの?」
「女のきょうだいは“妹”というんだよ。もう“弟”ではないね」
 
「そして私の娘だね」
「ボク、娘なのか」
「女の子供は“娘”というんだよ。もう“息子”ではないね」
 
「でもちょうど良かったじゃん。これで私たち男2人・女2人のきょうだいになって、男女半々ずつ」
と姉。
 
「それでいいね。私もまーちゃんが女の子になってくれたらちょうどいいのにと思ってた」
と母も言っている。実際母はよくそんなこと言ってたよな、と恵馬は思った。
 

「名前はもう“けいま”じゃなくて“えま”でいいよね」
と姉が言うと
 
「この子の高校の女子制服作ったから」
と母が言う。
 
「女子制服で通うんだ!」
「申し込みの名前は“えま”にしたよ」
 
と母は“恵真(えま)”と書かれた注文の控えを見せる。
 
「なるほどー。だったらさ、お母ちゃん、市役所に名前の読み方の変更届けを出してきなよ」
 
「名前を変えるのは裁判所の認可が必要なんだろ?」
「漢字の文字を変えるのには裁判所の審判が必要。だけど読みは市役所に届けるだけで変更できるんだよ。診査不要」
 
「そうだったんだ!だったら明日にも出しに行こう」
「え〜〜?」
「だって、あんたのこと“けいま”と呼ぶ人なんて居ないよ」
「友だちからも“えま”ちゃんと呼ばれてるでしょ?」
 
「女子の友だちはだいたいそう呼ぶ」
「男子の友だちは?」
「男子の友だちってあまりいないけど、“はまりさん”かなあ」
 
(恵馬のことを“君”付けで呼ぶのは先生くらいで同級生たちは“さん”付け。親しい(女子の)友人たちはだいたい“えまちゃん”である)
 
「つまり“けいま”と呼ぶ人はいないんだな」
 
「友だちからも“えま”と呼ばれているなら、それでいいね」
 
ということで、恵馬(恵真)は正式に“えま”になることになったのである。
 

それで服を着たが、ブラジャーの着け方が本来のやり方をしていると母が褒めて(?)いた。
 
「私が教えた通りにやってるね」
と姉が言うので
 
「あんたが教育したんだ?」
と母は呆れていた。
 
「でもバストの所に貼り付けてるやつ、高そうだけど、お母ちゃんが買ってあげたの?」
と姉が訊く。
 
恵真がどう答えようかと思っていたら
 
「私の知り合いの人なんだよ」
 
と母が言うので、恵真は「へ?」と思った。
 
「いいの?」
「お金持ちの趣味か暇つぶしだと思うなあ」
「お金持ちならいいか」
 
母はAさんを知っているのだろうか?でもまだ会わせてないのに。
 

「それで制服はいつ頃できるの?」
と飛早子は訊いた。
 
「えっとね」
と言って、母は注文控えを見る。
 
「8月19日仕上がり予定」
 
「だったら、24日から学校が始まったら新しい女子制服を着て登校できるね」
と姉。
 
「え?ボク女子制服で登校するの?」
と恵真は焦って言う。
 
「だってあんたまさか男子制服着ていく気じゃないよね?」
「どうしよう?」
「だって、ちんちんは無くなったし、おっぱいがあるんだから、男子制服がそもそも入らないと思う。ちんちん無いと男子トイレも使えないしね」
と姉。
 
「え〜〜?でも女子制服着て出て行ったら何か言われないかな」
と恵真は不安そうに言う。
 
「女子制服も制服なんだから校則違反でもないし、問題無いと思うなあ」
「でもどうして女子制服なの?と訊かれたら?」
「女の子になりましたと言えばいいじゃん」
「そんな恥ずかしい」
「女の子なのは事実なんだから、何も恥ずかしがることない」
「そうかなあ」
 
「そもそもあんたが『ボク実は女の子なんです』と言っても誰も変に思わないと思うなあ。『前からそうだと思ってた』と言われるだけだと思うよ」
と飛早子は言う。
 
「ああ、私もそんな気がする」
と母も言う。
 

「お母ちゃん、付いてきてくれたりしないよね?」
と恵真は言ったが、飛早子は
 
「いや、こういうのは親が付いてって、校長先生と話し合ってなどということになると、今度は女になった証拠に戸籍謄本を提出してとか、ややこしい話になる気がする。なしくずし的に女子制服で通しちゃえばいいのよ」
 
などと言う。
 
母も
「確かに親が出ていくとよけい話が面倒になる気がするね。じゃ何かあったら出て行ってあげるから、ひとりで登校してごらんよ」
 
と言った。
 
「そうかなあ」
 
でも確かに姉の言う通り、親が出ていった方が大変そうな気もした。
 

ところで何とか巨大すぎる資産を減らそうと無駄な努力をしている若葉であるが。
 
最初、津幡町の火牛スポーツセンターのアクアゾーンについて3月上旬に完成させ、(2020年)3月下旬に、春休みにぶつけてオープンするつもりだった。しかしCOVID-19(Corona Virus Disease 2019)の感染拡大でその計画を断念せざるを得なくなった。アクアを起用し1.5億円掛けて制作したテレビCM(内8000万円はアクアのギャラ)もお蔵入りである。
 
若葉は中国の人脈および製薬会社の人脈を駆使してこの新型コロナウィルスに関する情報を集めた。とりわけドイツ在住の恋人(事実上の夫)紺野吉博が勤めている会社が現地の製薬会社と資本関係があり、そこからかなりの情報を得ることができて、どうすれば感染を防げるかについて精度の高い情報を獲得できた。それに伴って、吉博や向こうの製薬会社の人とも電話で話しながらプールの設計をし直し、その方針に基づいてとても安全度の高いプールを3月下旬までに完成させることができた。
 
これを4月17日にオープンさせたが、当初は50mプールについては津幡で練習している日本代表候補の人たちのみ、25mプールは自らも少し出資させてもらった〒〒スイミングクラブの会員にのみ限定。遊泳プールは非常事態宣言が解除されるまで当面休業とした。
 
25mプールについては、厚生労働省の人に審査してもらい非常事態宣言下でも例外的な営業許可を得たものである(この審査を受けていたのでオープンが4月17日までずれこんだ)。向こうは完璧な感染対策を施したプールと聞いて、ここを全国のモデルケースにできないかという期待をして審査に来てくれたのだが「とても普通ここまではできない!」と絶句し、モデルケースにするのは諦めたようであった。実際ここまでやればどう考えても採算が取れない。
 
津幡のアクアゾーンが竣工した後は、火牛スポーツセンターの地下に青葉が個人的に作っていたプライベートプールにも同様の改造をおこない、工事中、アクアゾーンの50mプールを彼女たち専用として運用した。5月1日にその工事が完了。日本代表候補の人たちはそちらに移ってもらい、アクアゾーンの50mプールもスイミングクラブの会員の上級者に開放した。また会員でなくても近隣の高校・大学の水泳部の人たちに開放することにした。
 
このブールは、手摺りや踏み板表面にウィルスが早く死滅する銅をふんだんに使っているほか、50mプールも25mプールも、感染防止のため、各レーンの水が各々独立循環するようになっていて、プールの水を通しての感染はまず起きないようにしている。それに各レーンには同時には1人しか入れない(プール自体にレーンの数までしか人を入れない)ので複数人でレーンを共有することはない。さらに1人が使った後、次の人が使うまで(水が入れ替わるまで)一定の時間を置くようにしているし、ロッカーも誰かが使ったロッカーは自動的にアルコール噴霧により消毒されるようになっている。
 
更には入場者は検温した上で簡易検査キットでコロナ陰性であることを確認してからしか更衣室に入れないという徹底ぶりである。しかしそこまで徹底している故に、練習場所が無くて困っていた水泳部の人たちにも安心して利用してもらうことができた。
 

若葉は5月1日にプライベートプールの改造工事が終わると、そのスタッフに埼玉県熊谷市の郷愁村リゾートに移動してもらい、ここにも津幡と同様の改造を施した。この作業は50mプール→25mプール→遊泳プールの順に進めた。
 
最初に改造が終わった50mプールは日本水連に“日本代表候補限定”で津幡同様“1レーン1人”の運用ルールを守ってくれることを条件に無償で利用してもらうことにした。こちらは水連の要望で25m×20レーンの状態でアクリル板による水の分離を行った。つまりここは津幡の50mとは逆に、50m×10レーンでは使用できないが、より多くの選手が使えるようにするための措置である。
 
特に白血病から回復したばかりでコロナでなくても全ての感染症に弱い状態にある某女子選手には、専用レーンを割り当てて、他の選手は空いていてもそのレーンは使わせないという特別運用をすることにした。
 
50mプールの次に改造ができた25mプールは、津幡同様、現地の高校生などに開放した。そして遊泳プールの改造まで終わったのが6月下旬で、若葉はここを7月6日(月)にオープンさせると発表した。平日オープンはやはり混雑を避けるためである。予約制にして、密度が高くなるのを避けるようにもしている。
 

郷愁プールを7月6日(月)に一般開放するので、そのシミュレーションも兼ねて、一週間前の6月29日(月)に津幡の火牛アクアゾーン遊泳プールを一般開放することにした。こちらも要予約で、1日を9:00-13:00/14:00-18:00の2つの時間帯に分け、各時間帯別に100組限定である。
 
時間前に来て待つ人の列で“密”が発生しないようにするのも兼ねて、若葉はアクアゾーンの一部を改造して、ロング滑り台と“外周回プール”を作った。滑り台は、常に水が流れていて、その水が(個別の)浄水設備を通って循環しているので、感染確率の低い状態で遊ぶことができる(利用には感染検査を通ることが必要)。火牛ホテル(2F)のフロアから地下プールまで、高低差21mを滑り降りるので結構楽しい。緩急2つあり、“緩”は幼児でも安心して楽しめる、ゆるやかな滑り台、“急”はミニスライダーという感じで刺激を求める人向けである。ストレート、スパイラルA・Bの3種類があるが、よりハードなスパイラルB(中学生以上・65歳未満限定)が人気だった。
 
午前のチケットを持っている人は午後、午後のチケットを持っている人は午前に100円で利用できる。定員に余裕がある日は予約することにより、ここだけ800円で利用できる(いづれも外周回プールとセット)。これがわりと人気が出て収支が改善されることになる(若葉が、またお金が増える、とぶつぶつ言っていた)。
 
2階の飲食店はテイクアウトのみの運用で、できるだけ、来場者各自の車の中で食べてもらうことを推奨する。
 
また休憩スペースは予め敷いていたカーペットを撤去してフローリングの状態で運用。休む人には個人用のカーペットとタオルケットを貸し出し、回収したものは洗浄して高温で乾燥させてからしか再利用しないような運用にした。このカーペット・タオルケット代(+クリーニング代)は最初から入場料に含まれているので追加の支払いは無いようにする。そうしなないとフローリング上に直接寝る人が大量発生してクラスターの温床になりかねない。そのため入場料は当初1200-1500円程度を予定していたのを2500円という(田舎にしては)高めの値段設定にした。
 
「かなりの赤字になるのでは?」
と〒〒テレビの森本アナウンサーの取材で心配そうに質問された若葉は
 
「ええ。お金が減って助かります」
と答えたので森本は
「は!?」
と戸惑うような声をあげた。取材ビデオを見て青葉が吹き出した。
 

 

恵馬(恵真)が水着撮影をし帰宅後そのまま女の子の格好をしていたら帰宅した姉に裸になってみるよう言われ、“女の子に変身した”姿を母と姉に見せた、8月12日。
 
夕方近くになってから弟の香沙(かずな)が映画から帰ってきた。
 
「なんで、まー兄ちゃん、スカート穿いてるの?」
と訊いた。
 
すると姉が
「まーちゃんは女の子になったんだよ」
と言った。
 
「え〜?どうやって女の子になったの?」
 
「病院で、男の子をやめて女の子になる手術を受けたんだよ。まーちゃんの胸に触ってごらんよ」
 
すると香沙は恐る恐る恵真の胸に触る。
 
「あ、おっぱいがある」
 
「ちんちんも無いよね?」
と姉が訊くので
「触っていいよ」
と恵真は言った。
 
香沙はおそるおそる、ワンピースの上からお股に触る。
 
「ちんちんが無い。まるで女の子みたい」
と香沙。
 
「女の子になったからね」
と姉。
 

「まーちゃんは、もう女の子だからお兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんと呼んであげて」
 
「だったら、お姉ちゃんが2人?」
 
「これでうちは、男の子2人と女の子2人だね」
と母も言う。
 
「私がひー姉ちゃんで、こちらは、まー姉ちゃんだね」
「分かった」
 
「名前も“けいま”はやめて“えま”にするから」
「まー兄ちゃんじゃなくて、まー姉ちゃんは、“えま”としか呼ばれていなかった気がする」
と香沙まで言っている。
 
「そうなんだよね」
「進研ゼミとかの宛名も“えま様”と振り仮名振ってあったじゃん」
「そうそう」
 
あれは確信犯(誤用)だったんだけどな、と恵真は思う。
 
「かずちゃんも女の子になる?簡単な手術で女の子になれるよ」
「それって、もしかしてちんちん切っちゃうの?」
「もちろん」
 
「そんなの僕は嫌だ」
と弟は、不安そうに答えた。
 
「手術受けるの怖かったら、寝ている間に病院に運び込んで手術してもらう手もあるけど、恵真も実は昼寝している間に病院に運び込んじゃったんだよ。麻酔から醒めて、本人はびっくりしてたけど、女の子になれて良かったと嬉しがってた」
などと母はジョーク(?)を言うが
 
「やめて!僕絶対女の子にはなりたくないから」
と香沙はマジで怖がっていた!
 
それで弟はその日から寝る時、自分の部屋に鍵を掛けて寝るようになった!
 
(もっとも香沙は普段からHな本を見たりする時に部屋に鍵を掛けている)
 
でも恵真は自分の着た服を洗濯した後、堂々と他の家族の分と一緒に干すようになった。
 
これでこの家で男物の下着を着けるのは香沙だけになった。
 

姉は自分の部屋(パーティション)に恵真を呼ぶと言った。
 
「私の小さくなった服とかあげるから持って行きなよ」
「もらっちゃおうかな」
「これで小さくなったスカートとかをあんたにあげられる」
「結構段ボールに入れられてたのを穿いてた」
「まあ女装教育用に置いてたからね」
「でもボク元々女の子の服を着たいと思ってた気がする」
「だから置いていたのさ。あんた七五三でも私のお下がりを着たし」
 
「そうだっけ?ボク男の子用の和服とか着たんじゃなかったんだっけ?」
「本当は私が数え7歳の時に、まーちゃんは数え5歳だったから、まーちゃんには男の子用の和服を用意して、一緒に行こうとした。ところがあんた、この服は嫌だ、お姉ちゃんと一緒のがいいとダダをこねてさ」
 
「へー。全然覚えてない」
 
「だから、お母ちゃんは『だったらあんたも年長さんになったらね』と言って、その年は私の七五三だけした。そして2年後、あんたに私のお下がりの女の子の和服を着せて、香沙には2年前にあんたに着せるはずだった男物の和服を着せて七五三に行ったんだよ」
 
「へー。そうだったのか」
 

「そもそも凄く小さい頃はあんた、私のお下がりばかり着てたし」
「そう?」
「(覚行)兄ちゃんと私は4つ離れているし男女が違うから、兄ちゃんのお下がりは従弟のさとちゃんにあげていた。そして私は新しい服を買ってもらっていた。そして私が着た服をまーちゃんが着ていた」
 
「そういう流れか」
「さとちゃんが着た服を香沙がもらうこともあった」
「往復して来たりして」
「それは無いと思うよ。男の子って乱暴だから男の子が2人も着た服は使えない」
「ああ」
 
(略系図)再掲

 
「女の子は大事に着るから、私が着て、まーちゃんが着た服が更に、ゆめちゃんに行っているケースもある」
「ボク、女の子サイクルに入っていたのか」
「表向きは私が着た服ということで。でも実はまーちゃんも着ている」
「お姉ちゃんが着た服というのは事実だ」
「そういうこと。小学生くらいではお下がりは上着やズボン・スカートが多いけど、ごく小さい頃は、あんた私のお下がりの下着もつけてたらしいよ」
「嘘!?」
 
「小さい内はいいよね、とかいって、私が着たプリキュアのシャツとかショーツとかも着せてたらしい」
「それは知らなかった」
 
「幼稚園に入る時に園で着替えることもあるから、さすがに女の子の下着を着せるわけにはいかないというので、お兄ちゃんが穿いてるような仮面ライダーのトランクスを買って来て穿かせようとしたら嫌がって」
「へー」
 
「それでポケモンのブリーフで妥協してもらったと」
「それでボクだけブリーフだったのか」
 

姉は普段着のもう自分では着ないものもくれたが、中学の時に着ていたセーラー服と、現在通っているL高校の制服(いづれも夏服・冬服)で姉が昨年途中まで着ていた服も「よかったら着て」と言って渡した。
 
「香沙は着ないだろうし」
「まああの子は着ないよね」
 
「あんたまだ胸が小さいから入るよね」
と言われる。実際L高校の制服を試着してみると特に問題無い。姉は胸が入らなくなって作り直したのである。
 
「まああんたも胸がもっと大きくなってきたら着られなくなるけど、取り敢えず今の所は着られるから着てお出かけすればいいよ」
 
「じゃ胸が入る内は着ちゃおうかな」
と恵真がいうと
「ふーん」
と姉は言った。恵真は姉がなぜ「ふーん」と言ったのか分からなかった。
 
「でもボクがこれ着てたら、L高校の女子生徒かと思われないかな」
「うちの学園祭に潜入するのにはいいかもね」
 
なお姉が中学時代に着ていたセーラー服も普通に着られた。
 
「あんたまだ中学生でも通るから、それで中学にも潜入できるよ」
 
「潜入ってどういう状況だろう」
「あちこちに中学生料金で入れたりしてね」
 

「物事には理由というか大義名分が必要だよね」
とその日、雨宮先生は、たまたま§§ミュージックで遭遇した、アクアと葉月の前で言った。
 
「織田信長はどっちみち、長くは持たなかった。明智光秀がやらなくても、秀吉か家康にやられていた。本当に信長に心酔してたのは、柴田勝家や丹羽長秀くらいだよ」
 
「まあ、そんなものでしょうね」
「しかし秀吉にしても家康にしても、自分から手を出す訳にはいかなかった。秀吉が自分で直接手を汚せば、主君を殺した男と言われ、人望を失っていた。家康も、それこそ秀吉・勝家らの軍に“殿の仇”とか言われて倒されていたろう」
 
「だから光秀が信長をやったのは、絶好の機会だったんでしょうね」
とその日来ていたケイも言う。
 
「信長自身、尾張統一の時に同様の手法を使っている。尾張守護の斯波義統(しば・よしむね)を、守護代であり信長のライバルであった織田信友の勢力が殺害した。すると、信長は『大和守(信友)は主君殺しの大罪人』と糾弾して、これを倒してしまう。結果的に信長は、目の上のタンコブとライバルを一気に葬ることができて、尾張の統一者となった」
と雨宮先生。
 
「信長から秀吉への天下継承と全くバターンが似てますね」
とアクア。
 
「斯波義統殺害から織田信友殺害までは9ヶ月ほどある。11日しかもたなかった光秀はあまりにも早く倒れすぎたな」
 
「無計画すぎたんでしょうね」
とコスモスも言う。
 

「アクアに睾丸が無いことは既に日本中の常識となっている訳だが」
と雨宮先生が言うと
 
「僕、睾丸あります」
とアクアは抗議する。
 
「まあそういう建前ではあっても、みんな実際には睾丸が無いことを知っている」
と雨宮先生。
 
「ただここで重要なことは、アクアは小さい頃の病気治療のために睾丸を取ったのだとみんな思っているということだな。これが女の子になりたいとかで睾丸を取ったというのであれば人気は急落する。キャロル前田がその好例。ところが、アクアの場合は病気治療のために仕方なく取ったのだということになっていて、睾丸を取った大義名分がある。だから、睾丸は無くても人気には傷つかない。それどころか、睾丸くらいなくてもアクアと結婚したいという女の子は大量にいる」
 
「睾丸あるのに」
というアクアの発言は無視される。
 
「じゃこのまま行けばいいですね」
 
「そうそう。アクアは睾丸が無いから声変わりもしないので、ずっとボーイソプラノで歌っていればいい」
 
「万一まだアクアに睾丸があった場合は?」
とコスモスが訊くと
 
「万一そのようなことがあるなら、即刻病院に連行して、有無を言わせず手術して取ってしまうに限るね」
と雨宮先生が言う。
 
「賛成!」
と川崎ゆりこが言った。
 
「だってアクアに声変わりでも起きたら、うちの会社もあけぼのテレビもTKRも倒産して、たくさんの人が路頭に迷いますよ。日本経済にとってもオリンピックが中止になるレベルの大損失ですよ」
とゆりこは言っている。
 
「全く全く。日本の経済のためにも、アクアの睾丸なんてものが存在するなら即刻抹消すべきだね」
と雨宮先生は言い、アクアは不快そうな顔をしていた。葉月の方は、ボクはどうしよう?みたいな顔をしていた。
 

恵真の母の会社は8月12-14日が臨時休業で、結果的に12日(水)から16日(日)までが5連休になったものの、会社からは「休みにはするけど三密になる所には行かないように」という指示があったらしい。
 
8月13日(木).
 
母は恵真に
「市役所に行こう」
と言い、
 
「お姉ちゃんから制服もらったんなら、それを着なよ」
と言った。
 
それで恵真はブラジャー・ショーツの上に、昨夜姉からもらったL高校の夏服上下を着た。リボンは自分では結べなかったが母が可愛く結んでくれた。
 
母のキューブに乗って市役所まで行く。そして住民課の窓口で
「この子の名前の読みを変更したいんですけど」
と言った。
 
窓口の人は本人を見て
「ああ。“けいま”では男の子と誤認されますよね」
などと言って用紙を出してくれたので、そこに
 
(旧読み)けいま
(新読み)えま
 
と記入し、印鑑を押し、母の運転免許証と一緒に提出した。マイナンバーの通知票も用意していたのだが「通知票はもう無効になりました」と言われた。
 
しかしこれで恵真は法的には「恵馬(えま)」ということになった。
 
窓口の人は
「戸籍上の性別は男になっているようですが」
と母に言ったが、母は
「この子、半陰陽だったんですよ」
と言った。
 
「ああ。それで学校には女子として通学しておられるんですね」
と窓口の人は恵真の制服姿を見て言う。
 
「でしたら、家庭裁判所に申告して性別も変更してもらえばいいですよ」
と窓口の人は言っていた。
 
裁判所に申告して性別変更?そんなことができるのか。
 
でももしボク、法的にも女ということになったら、お嫁さんに行くことになるのかなあ、などと考える。恵真は自分のウェディングドレス姿を想像(妄想)して、ドキドキした。
 
(実は結婚ってどういうことをするのか、よく分かっていない。恵真の性知識は、かなり怪しい)
 

窓口の人は確認した。
 
「それではお子さんの名前は、長男さんが“かくぎょう”(覚行)、長女さんが“ひさこ”(飛早子)、次男になってますが本当は次女さんが“えま”(恵馬)、三男さんが“きょうしゃ”(香沙)でよろしいですね?」
 
「ちょっと待って下さい」
「何か違ってますか?」
「一番下は“かずな”なんですが」
「こちらには“きょうしゃ”と登録されています」
「確かに当初“きょうしゃ”と名付けようと、父親が言ったのですが、みんな反対して“かずな”になったはずなんですが」
「たぶん“きょうしゃ”で出生届けが出されたんでしょうね」
「お父ちゃんが勝手にそう出したのかもね」」
「訂正できます?本人も周囲も“かずな”としか呼んでないので」
「ではその方の分も読み方の変更届けを出して下さい」
「分かりました」
 
それで母は弟の分の読み方変更届けも提出した。
 
「受け付けました。この人も本当は女の子なんですね?」
と窓口の人は言った。恵真も母もギクッとしたものの、いいことにした。
 
確かに“かずな”という名前は音で聞くと女の子の名前にも思える!でもそれで本人ずっと14年間やってきてるし、性別を誤認されたこともないので多分いいのだろう!
 

その日、千里は《こうちゃん》に連れられて太平洋の小さな国、バリヌル共和国に来ていた。
 
「共和国とは名ばかりで、実際は各々の島の事実上世襲制の村長たちが4年に1度オーストラリアに集まって合議で大統領を互選しているというのが実態なんだよ」
 
「クック諸島なんかと似ているね」
「同じシステムだと思うよ。ちなみにオーストラリアに集まるのは国内でどこかの島に集まると苦情が出るから。首都は大統領を出した島に設定するから4年ごとに首都が移動する。大統領を務めた村長は引退するから連続当選はできない」
 
「面白い」
 
「別に首都とかも名前だけで、各々の経済は島毎に独立してるしね。通貨も無くてオーストラリアドルが公式の通貨ということにはなってるけど、実際は貨幣経済が不要な島も多い。物々交換と助け合い。夫が死んだ妻には近所の人たちが食べ物とかを分けてくれる」
 
「かえって理想社会だったりして」
「その代わり仕事もせずに遊んでることはできない」
「厳しくもある訳だ」
 
「男の仕事ができるだけの体力が無い男は社会的な女になることを宣言して、女用の仕事に換えてもらうこともできる」
 
「ほうほう」
「その場合は女の服を着て過ごす。男と結婚して妻の務めをする。夜の奉仕もする」
「うーん・・・」
「むろん体力の問題でなく女の子でいたいと思う男も社会的な女を宣言できる。これをマフというんだけどな。ポリネシアでは昔からある制度だよ」
 
そういえばhavai'99の月ちゃんがそんなこと言ってたなと千里は思った。
 
「元々一夫多妻制だから養うことさえできれば、1人か2人男の娘の妻がいてもあまり問題無い。それに虚空の趣味で本当に女になる手術を無料で受けられる治療所を作った」
 
「ほんとにあの子の趣味だね!」
「他の島からも手術を受けに来ている。バリヌルの国民で16歳以上なら手術代は無料。この国の住民になるなら、女になりたい男の娘はここに移住するといいぞ」
 
「その内世界中から押し寄せて来たりして」
「ありそうで怖い」
 

ルキアは事務所の社長・松田から言われた。
 
「今後うちの事務所では仙道聡美ちゃんを男の娘タレントとして大々的に売り出していくことにするから」
 
それは仕方ないだろうなとルキアは思った。あの子、可愛いもん。でもいいのかなあ。あの子、お父さんが一度怒鳴り込んできて、絶対女装させませんという約束をしたのでは?
 
「それで君には男の娘はもう卒業してもらうことにしたけど、いい?」
「いいですよ。ボクも高2だし、いつまでも男の娘路線で行くのは無理かもと思ってました」
 
ルキアは先週もバラエティ番組でフライトアテンダントのコスプレをさせられた。月に1度はどこかの局で女装させられている気がする。
 
「良かった、同意してくれて。では今から手術を受けてもらうから」
「手術?男の娘をやめるのに手術が必要なんですか?」
「だから、男の娘を辞めて女になる手術だよ」
 
え〜〜!?男の娘を辞めるって、男になるんじゃなくて、女になるの〜〜?
 

ルキアは手術台に寝かされ、裸にされた。
 
「では手術を始めます」
と手術着を着て手袋をはめた医師が言った。
 
「最初に女らしいバストを作ります」
と言われ、胸の所に大きな注射器を刺された。
「このくらいでいいという所で『いい』と言ってください」
「分かりました!」
 
それで医師が左胸に何かの液体を注入していく。
 
「今Aカップサイズです」
 
もう少しあってもいいよね。
 
「今Bカップサイズです」
 
うーん。結構大きくなった気がするなあ。
 
「今Cカップサイズです」
「そこでいいです!」
 
それで医師は注射をやめ、今度は右胸に注射器を刺して同じくらいの大きさになるまで液を注入した。
 
あはは、おっぱいできちゃった。
 
「注入した液体は何ですか?シリコンですか?」
「女性ホルモンですよ。だからあなたの身体を女らしく変えていきます」
 
女らしくなるのはいいとして、それだと次第にバストサイズが小さくなっていかないか?とルキアは疑問を感じた。
 

「お股が女らしくないのでそちらも手術しますね」
 
やはり手術されるのか。
 
「陰嚢を切開します」
と言ってメスを入れられるが痛くないのは麻酔が掛かっているのだろう。
 
「睾丸を摘出します」
 
取っちゃうの〜〜?まあ、既に機能は停止していた気もするけど。
 
医師は陰嚢の中に指を入れて卵形のものを引き出す。そしてそれについている紐状のものを切断した。
 
あ〜。切られちゃった。
 
医師は再度陰嚢の中に指を入れてもうひとつ卵形のものを引き出す。そしてそれについている紐状のものをあっさり切断した。
 
「これでもう君は男性を廃業したから、身体がごつくなったりすることはないよ。可愛いままだよ」
と医師は言う。
 
まあいいかな。既に男は廃業していた気もするし。
 

「君はもう男ではなくなったから、男以外には不要なものを切っちゃうね」
 
それってまさか・・・・
 
医師はペニスの根元に大きなハサミを当てると、チョキンと切り落としてしまった。
 
切られちゃった!
 
「じゃ次は女のシンボルを作るね」
と医師は言うと、残っている陰嚢の皮膚を内側に折りたたんで縫合していく。あっという間に女の子のような割れ目ちゃんができてしまった。
 
「女のシンボルの割れ目ちゃんを作ったから、君はもう立派な女だよ」
と医師は言った。
 
ルキアは、突起物が無くなり、代わって縦の亀裂ができている自分のお股に指で触りながら、ひょっとして大変な手術を受けてしまったのではという気持ち、そしてボク、もう女として生きていかないといけないのかなあという不安が入り乱れていた。
 
「でもこれ大陰唇だよね?小陰唇もできてるのかな?」
などと変なことを考えていた。
 
どこかで誰かが自分のヒット曲『少女の夢』を歌っている気がした。発表した時に、本人が少女になりたい願望では?などと言われた曲だ。
 
でも本当に少女になっちゃったよ、とルキアは思った。
 

ルキアはこれが夢であることに気付いて枕元で鳴っているスマホの画面をタップし、着うたを止めた。(クラスメイトの)モナからの電話だ。時計を見ると8時半である。「何だろう?こんな朝早くから」などと思うが、世間的にはそんなに早い時刻ではない。
 
「おはよう、モナちゃん」
「おはよう、みっちゃん。今日は仕事の予定は?」
「今日はオフだけど」
 
「良かった。だったらちょっと品川まで来てくれない?」
「いいけど、何か?」
「実は囲碁サークルの大会のメンツが足りないのよ。それで顔貸してくれない?」
「モナちゃん、囲碁サークルとか入ってたんだっけ?仕事忙しそうなのに」
 
「Fly20グループは全部新体制に移行するから、現時点ではみんな休業中。今活動してるのは、上島雷太先生がプロデュースしているColdFly5だけだよ」
 
「え?ColdFly5って、三宅行来先生じゃなかったんだっけ?」
「別に隠してもいないからルキアちゃんには言うけど、ColdFly5を本当にプロデュースしているのは上島雷太先生であって三宅先生は名前たけ。上島先生が複数のグループに関わっていることにしたら、まるで上島先生が実質Flyグループを継承したみたいに見えるからWindFly20だけに関わっているかのように発表した」
 
「なんか難しそうだね」
「そして実はWindFly20にはプロデューサーが居ない」
「え〜〜〜!?」
「ColdFly20はそもそも売れてないから解散になったけど、WindFly20はある程度の人気があったから解散させる訳にはいかなかった。それで解散しなかったけど、取り敢えずWindFly20は事実上活動停止中。年末までにはシングルとアルバムを作るという話ではあるけどね」
 
「何か大変そうだなあ」
 

「それで囲碁大会のメンツが足りないのよ。私と美琴ちゃんと泰代ちゃんで出るつもりだったのが、泰代ちゃんが風邪引いちゃってさ」
 
「風邪ってまさか」
「コロナのPTR検査はしたけど陰性だったらしい」
「良かった」
 
PTRじゃなくてPCR検査だけどなとルキアは思った。
 
「でもボク、囲碁のルールなんて知らないよ」
「白黒交互に打つ。相手の石を囲ったら取り上げられる。それだけ分かってれば何とかなるよ。3人居ないと不戦敗で参加できないからさ」
 
「そう?じゃすぐ負けると思うけど」
「それでいい。じゃ出てきてくれる?三密にならないように各テーブルは2m離しているらしいし」
「まあいいよ。今から行けばいい?」
「うん。お昼頃には終わると思うし。それで女子制服着てきてくれる?」
「なんでぇ?」
「だってこれ女子の大会だから」
「だったらボクは参加資格が無い」
「バレない、バレない。ちなみに会場ではトイレに行く時は女子トイレに入ってよね」
「それはモナちゃんに教育されたからだいぶ平気になったけどさ」
「うん、優秀優秀。このまま今年中には性転換手術も受けるといいね」
「そんなの受けないって」
「もう手術終わってたんだっけ?」
 
とモナから言われて、ルキアはさっきの夢を思い出し、急に不安を覚えてお股の状態を確認した。
 

ともかくもルキアはうまくモナに乗せられて、女子制服を着て、囲碁大会に出ることに同意してしまった。
 
溜息をついてベッドから起き上がり、取り敢えずトイレに行く。ルキアはいつも座ってするが、男性器が付いていることを再確認してホッとする。バストも特に普段と変わらないサイズである(ルキアは事務所の勧めで声変わり防止のために以前飲んでいた女性ホルモンの影響で胸が微かに膨らんでいる)。
 
シャワーも浴びてから、身体を拭き、少しドキドキしながら、ブラジャーをつける。ルキアは前傾姿勢でブラを付けてから後手でホックを留める。ルキアのように小さな胸の子であればこんなことしなくても胸の膨らみを充分カップ内に納めることができるが、気分の問題である。
 
それからショーツを穿く。ちんちんは後ろ向きに収納するので、穿いた直後は股間に何も無いように見えるが、これは時間が経つと膨らみが目立つようになるのは、男なのだから仕方ない。ただしルキアのちんちんは女性ホルモンの副作用で立たないので、大きくなってショーツから飛び出したりはしない。
 
ルキアはさっきの夢を思い出し、女になる手術とか受けちゃったら、これがもっとピタリとフィットするのかなあとか、ハイレグのパンティとかも穿けるのかなあ、などと考えてドキドキしていた。ファンから送られてくるプレゼントの中にはハイレグのパンティもあるが、穿くとこぼれてしまう。それでだいたい股グリにゴムが入っているタイプを穿いている。
 
(ルキアが着ている女の子下着やスカートは大半がファンからのプレゼント。アクア同様、ルキアに男の子の服を送ってくるファンは存在しないので衣装ケース内の服がほぼ女の子用のみになってしまっている)
 
女子制服(夏服)の上(ブラウス)を着てリボンを結ぶ。リボンはモナに指導されて、とっても可愛く結ぶことが出来る。夏服のスカートを穿き、ハイソックスを履いた。パスモや生徒手帳、事務所が発行した身分証明書(放送局やレコード会社に入れるQRコードが付いている)、スマホなどをサマンサタバサの可愛いバッグ(ファンからの贈りもの)に入れ、髪をブラシで整え、カラーリップを塗り、赤いローファーを履いてお出かけである。
 
付き人さんに電話して車で迎えにきてもらったのだが、女子大生の付き人さんは「今日は女の子モード?可愛いよ」と言ってくれた。
 
品川アクエリアスプラザに着いたのは10時前だが、モナたちとはすぐ会えた。
 
「お、可愛い!」
と美琴が言う。
 
「えへへ。自分でも可愛いかもと思った」
 
「でも助かったよ。だったら名簿出してくるね」
と言って美琴が、「主将・山内美琴、副将・坂出モナ、三将・弘田光理」という名簿を本部に提出して来た。
 
参加校は16校ということだった。どうも女子の部員を3人揃えられなかった所が多く、不参加になってしまった学校も多かったらしい。それを聞いてルキアは「いいのかなあ」と思った。
 

時節柄全員マスクを着けているので容貌も分かりにくく良かったと思った。
 
対局時計の使い方だけ教えてもらい、初戦に臨む。ルキアは早々に負けるつもりだったのだが、向こうの三将も人数合わせの素人っぽかった!
 
お互い終了のタイミングも分からないので、もうこれ以上打てないという所まで行って終局となる。
 
ふたりとも地の数を数えられない!
 
実は主将戦は美琴が勝ち、副将戦は向こうが勝ってルキアたちの対決に勝負が掛かっていた。それで大会事務局の人の許可を取り、お互いの主将が地の整理を代行した。数えてみた所、黒番の相手の地が5目多かった。それで向こうの勝ちかと思ったら「コミを入れて1目半、白の勝ち」と言われた。
 
「何?コミって?」
「囲碁は先手の黒が圧倒的に有利だから、最初から6目半、白がハンディキャップをもらうんだよ」
「へー!そんなルールがあるんだ!」
 
ルキアの対戦相手も知らなかったようで「へー!」という顔をしていた。
 

BEST8進出である。準々決勝になる。
 
ルキアはまた早々に負けるだろうと思ったものの、例によって投了のタイミングが分からない。そもそも盤面を見てもどちらが優勢かとか、さっぱり分からない。
 
相手がイライラしているっぽいので、やはりこちらが負けてるのかなあと思い、「負けました」と言おうとした時のことだった。
 
相手が石を打った。
 
「え!?」
とルキアが声を挙げた。次はルキアが打つ番だったのである。
 
「あ」
と相手も気付いた。こちらの稚拙さにイライラして?うっかりしたのかも知れない(「次に自分が打つ手を考えていてうっかりしたのかも」とモナは言った)。
 
「ごめんさない、負けました」
と相手は言った。
 
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
と挨拶を交わす。
 
そういう訳で、ルキアは相手の反則で勝ちを拾ってしまった。
 

準々決勝は美琴が負け、モナが勝っていたので、これでBEST4進出である。
 
準決勝に進出したのは、ルキアたちのJ高校、新宿区のB高校、区外から来たU高校、W高校の4校である。
 
準決勝が始まる前ちょっとした事件があった。
 
大会スタッフが唐突にB高校の生徒に声を掛けたのである。
 
「ね、君、君は本当に女子だっけ?」
「はい、そうですけど」
「証明するもの持ってる?」
「生徒手帳でいいですか?」
「うん」
 
それでその生徒はバッグから生徒手帳を提示した。
「ちゃんと女と書いてありますね。ごめんなさいね。疑ったりして」
 
ルキアはやばい!と思った。自分の生徒手帳には、しっかり男と書かれている。男なのに女子の大会に出ていることがバレたらこの大会で失格になるだけではない。報道されて糾弾されるかも。
 

そんなことを考えていたら、大会スタッフは今度はU高校の生徒にも声を掛けている。
 
「君は・・・女子生徒だよね?」
「はい、そうですが」
とその生徒は返事している。ルキアは疑問を感じた。さっき声を掛けられた子は、スポーツでもするのか髪も短くしているし背も高い。バスケかバレーでもしているのかもと思った。雰囲気も少し男っぽかった。しかし今声を掛けられた子は、背はやや高い方ではあるが、とても女らしい子で、性別は疑いようも無いと思った。
 
「いや、念のためと思って。生徒手帳か何か、性別を確認できるもの持ってる?」
「済みません。私、補欠で急に呼び出されたもので。何も持ってきてなくて」
と本人が言うと、隣にいるチームメイトが
「間違い無くこの子は女の子ですよ。一緒にお風呂入ったこともあるし。こんな男子がいたら大変ですよ」
などと言っている。
 
「いや、チームメイトの証言では・・・」
と大会スタッフさんは困っている。
 
「何でしたら裸になってみましょうか?」
「じゃちょっと別室で」
と言って、その子は呼ばれた女性のスタッフさんと一緒に会場の部屋を出ていった。そして5分ほどで戻ってくる。
 

「確かに女性であることを確認しました」
「疑ってごめんね」
「いえ。ちゃんと生徒手帳持って来てなかったのが悪いんです」
 
ルキアはやばいぞ、やばいぞと思っていた。自分だったら、裸になったら、確かに男性であることが確認されてしまう。
 
しかしルキアは「君、女じゃないでしょ?」などと声を掛けられることもなく、準決勝の対局が始まる。
 
ルキアは動揺していて、対局に集中できなかった。相手は今性別を疑われて別室で裸になってみせた子である。ルキアは対戦しながら、彼女を見ていて、なんでこんな可愛い子が性別を疑われたんだろうと思っていた。自分が芸能人という立場では無かったらデートを申し込みたくなるような魅力的な子である。
 
ルキアは集中できなかった上に相手がとっても強かったので、3分も打った所で
「負けました」
と言って、投了した。
 
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 
彼女はルキアに
「囲碁打ったの初めてですか?」
と訊いた。
 
「実はそうなんです。私、人数合わせで」
「これを機会に少し覚えるといいですよ。このあたりの発想は良かった。才能あると思いますよ」
と言って、今の対局を再現してみせる。よくこんなの再現できるなと思って、ルキアは見ていた。
 
「そしてここの所で、ここを補強しないといけなかったのに、こちらに打ってしまった。これが敗着ですね」
「でもよくこんなの再現できますね」
とルキアが言うと
「だって、あなたも耳で初めて聴いた音楽、ピアノとかで弾いて再現できるでしょ?」
「・・・ええ、ある程度は再現できるかな」
と言いながら、ルキアはまさかこの子自分の正体知ってる?と思う。
 
「それと同じですよ。少し囲碁覚えたら誰でもできるようになりますよ。あなた本当に才能ありそう。お仕事忙しいでしょうけど、合間にでもやってみるといいですよ」
と彼女は言った。やはり自分がルキアだというのバレてる〜?と思う。でもそのことは言わないでいてくれるのだろう。だいたい、こんなに実力差があったら、性別とか関係無い気がした。
 
彼女とは他の組の対局が終わるまでの間、10分くらい感想戦をしていた。囲碁の対局をしたこと自体今日が初めてであるが、感想戦(この言葉は後でモナから聞いた)も結構楽しいなとルキアは思った。
 

なお、準決勝は、ルキアは負けたものの、美琴・モナの2人が勝ったので、J高校チームが決勝戦に進出してしまった。
 
「決勝戦とかちょっとまずくない?」
「何を今更」
「みっちゃんは本当に女の子なんだから気にすることないと思うよ」
「でも・・・」
「3-5月に学校が休校になっていた間に高崎市の病院で性転換手術を受けたんでしょ?」
などと美琴が言う。
 
「は!?」
 
何?高崎市って?どこからそんな地名が出てくる?などと思う。
 
「まだ戸籍上の性別変更が完了してないから1学期は男子制服で通学していたけど、戸籍に反映されたら女子制服で出てくるって、聞いたけど」
「そんなの初耳だ」
 
モナが笑っている。
 
「まあみっちゃんは、いい加減女の子になったことを公表して2学期からは女子制服で通学すべきだね」
とモナも言った。
 
でもそんなこと言われてルキアは今朝見た夢で女の形になってしまった自分のお股を指で触っていた記憶が生々しく蘇ってきた。あんな夢見るって、ボク、女になりたくなっちゃったのかなあ、などと心が揺らぐ感じだった。
 

決勝戦が始まる。
 
しかしルキアは1分で投了した!全く勝負にならないと思った(実は勝負にならないことが分かるくらいまで今日これまでの3局でルキア自身が進化したのである)。
 
「負けました」
 
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 
この人とは感想戦は無かった。向こうも感想戦をするレベルではないと思ったのかも!?
 
そのあとモナが10分で投了(その後感想戦してた)、美琴も15分ほどで投了して、J高校は敗退した。
 
でも準優勝である! 終了後の表彰式で、賞状を美琴が受けとり、記念品をモナが受けとった。記念品は銀色のボールペンだった。
 
「優勝は金色のボールペンだったりして」
などと言っていたら、本当にそうだったみたいで、優勝校の子が笑顔で中を見ているようであった。
 
こうしてルキアの初女子囲碁大会は終わったのであった。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6  7 
【春銀】(5)