【春金】(1)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
 
「へー。“リセエンヌ・ド・オ”って、“黄金の女子高生”という意味なんですか!?」
と東雲はるこは感心したように佐藤ゆかに言った。
 
「私も知らなかったんだけど、花ちゃんがこの名前を付けてくれたんだよ」
とゆか。
 
「フランス語では、小学生、中学生、高校生、大学生、というのをこう呼ぶんだよ」
と言って、花ちゃんはホワイトボードに書いて説明した。
 
小学生 ecolier / ecoliere エコリエ・エコリエール
中学生 collegien / collegienne コレジアン・コレジエンヌ
高校生 lyceen / lyceenne リセアン・リセエンヌ
大学生 etudient / etudiente エテュディアン・エテュディアント
 
「学校そのものは、小学校 ecole (エコール), 中学校 college (コレジ), 高校 lycee (リセ), 大学 Universite (ユニヴェルシテ) と言う。正確には小学校は ecole primaire といって、幼稚園を ecole maternelle というんだけど、普通単に ecole というと小学校を指すことが多い」
と花ちゃんは解説する。
 
「collegeとか、知らないと大学かと思いますね」
と佐藤ゆか。
 
「そうそう。英語圏とは名称がけっこう違うから注意が必要。etudient(e) というのも、英語の student に似ているけど、基本的に etudient(e) は大学生」
 
「そして“オ”が金なんですね」
 
「そうそう。フランス語には“オ”みたいな発音するものが or (金:きん), eau (水), O (おぉ!:感嘆詞), au (a le の短縮形:英語の at the), などあるから注意が必要。よくある誤解で『オ・シャンゼリゼ』という曲は"Aux Champs-Elysees" であって「シャンゼリゼ通りにて」という意味。感嘆詞の「オー!」ではないのよね」
 
「そうだったんですか!?」
と町田朱美が驚いている。彼女は音楽に関してはわりと博識なのだが、これはどうも誤解していたようである。
 
「AuxというのはAuの複数形ですか?」
「そうそう」
 

「フランス語の銀とか銅は?」
 
「金が or (オー), 銀は argent (アルジャン), 銅は cuivre (キュイーブル), 黄銅は laiton (レトン), 青銅は bronze (ブロンズ), 水銀は vif-argent (ヴィファルジャン) 生きてる銀という言い方をする。それから argent というのは銀の意味でもあり、お金(かね)という意味にもなる」
 
「銀貨が一般的だったからですか?」
「だろうね。金(きん)は恐れ多い」
「なるほどー」
 
その時、朱美は気付いたように言った。
 
「あれ、リセエンヌ・ド・オが 黄金の女子高生として、ゆかさん、高校は卒業しちゃいましたよね」
 
「私もそれ言ったんだけど、メンバーの誰か1人でもリセエンヌである間はこの名前でいいって」
と佐藤ゆか。
 
「うん。全員高校を卒業した時はまた何か考える」
と花ちゃんは言った。
 
「何かに進化すればいいんですかね?貴婦人に進化するとか?」
「レ・ダム・ド・オ Les dames d'or というのは私も考えてみたことある。でも語呂が悪い」
 
「レ・ファム・ド・オ Les femmes d'or(黄金の女)とか?」
「そちらが語呂がいいんだよな」
 
「いっそ全員性転換して、レ・ゾム・ド・オ Les hommes d'or とか?」
「やめろ。コスモス社長がショック死する」
 
「黄金の母たちとか?」
「いきなり!?」
 

その日、入居したばかりの§§ミュージックの男子寮“橘ハイツ”で爽快に目を覚ました“仮名S”は、トイレに行った後、トマトジュースでも飲もうと冷蔵庫を開けた。しかしトマトジュースは無かった。
 
「あれ〜?あと1個くらい無かったっけ?」
 
と呟くと、自販機で買ってこようと、パジャマをTシャツとスカート!に着替え、鍵を持っていることを確認してドアの外に出た(いくら一般人の入れない寮内でも裸!?とか下着姿!とかパジャマでは出歩かないようにと言われている−女子寮ではしばしば裸で出歩く子がいる!)。そして1階まで降りて自販機でトマトジュース350ml缶を買った。自分の部屋に戻ろうとしたら、ちょうどロビーに入ってこようとする上田君と会った。彼もスカートを穿いていた。
 
「おはようございます」
「おはようございます」
 
と挨拶を交わしてから自室に戻る。
 
ここは女の子になりたい男の子が多いから、スカートを穿いている所を見られるのは全然平気である。この寮、いいなぁ、などと“仮名S”は思った。でも今、上田君、バスト無かった??女性ホルモンとか飲んでるのかなあ。上田兄弟は性転換手術の予約済みとも聞いたし。その内、兄弟から姉妹になっちゃうのだろうか?ボクも性転換手術まではとても考えられないけど、ホルモンは興味無いこともない。でもちょっと怖いなあ・・・。でもおっぱいは欲しい気もする。
 
自分の部屋に入ろうとした時、ドアノブにMサイズのレジ袋が掛かっているのに気付く。何だろう?と思って見ると、中に肌色の物体と紙が入っている。紙を見たら“おっぱいが欲しい君へ”と書かれている。
 
仮名Sはドキドキして、それを持って部屋の中に入った。
 

おっぱいが欲しい君へ。
 
簡単におっぱいが獲得できるヨ。このブレストフォームを胸に貼り付けてみよう。胸が全然無い子でもBカップのバストが手に入るヨ。添付の接着剤で簡単にくっつくからネ。くっつける前に胸はきれいに洗ってから、よく拭いておこうネ。あと、貼り付ける位置を間違わないように、女の子のヌード写真とかを参考に、姿見とかに映しながらするとイイヨ。位置がずれてるとブラジャーがうまく着けられないからネ。特に左右で貼り付ける高さが違ったら大変だヨ。
 

仮名Sはその肌色の物体を取り出してみた。どうもシリコン製のようだ。柔らかい。彼もシリコンパッドは持っているが(実はお母ちゃんに買ってもらった)、それをずっと大きくしたものである。乳首もリアルな感じである。
 
仮名Sは、それを見ながら、自分に大きなバストがある状態を想像してドキドキした。
 
彼はこの袋の中に接着剤はあっても“剥がし液”が入っていないことに全く思い至らなかった。
 

その姉妹は早朝、近所の農道をジョギングしていた。冬とかはもっと遅い時間にジョギングするのだが、今年の夏は暑いので、早朝に走ろうよと言って一緒に出て来たのである。
 
「早朝は気持ちいいね」
「うん。まだそんなに暑くないしね」
「車も通らないから交通事故の心配もなくて安心」
「空気も美味しいしね」
など言い合っていた。
 
厚手の靴下を穿いてジョギングシューズを履いていると、足は軽快にアスファルトの地面を蹴っていく。
 
「待って、この上り坂きつい」
と妹が言うが
 
「停まると辛いよ。一気に上った方がいいよ」
と姉は言って停まらずに、坂を駆け上がっていく。
 
農道(実は江戸時代の街道でもある)の唯一の欠点としてはアップダウンが大きいことである。海岸沿いの国道なら平坦な道を走れる。ただし歩道は狭いし、走りやすい車道は、車に気をつけなければならない。
 
でもホントにこの坂きついよね〜、などと思いながらも、あと少しで坂の頂点だしと思い、姉は頑張って駆け上がっていく。
 
そして登り切った時、姉は前方を見てギョッとした。
 

姉はスマイル、スマイルで右手を挙げて“先方”に挨拶する。
 
「あ、久しぶり〜。元気してた?今年は暑いね〜。じゃ又ね」
と言って、姉は後ずさりする。上り坂でこれをやるのはわりと怖いのだが、やむを得ない。
 
10mほど後ずさりして“向こう”が見えなくなった所に、やっと妹が追いついた。
 
「ありがとう。待ってくれたの?」
と言う妹に、姉は言った。
 
「戻るよ。でもゆっくり前を向いたまま後ずさり」
「え?なんで?」
「理由は後で言うから、今日のジョギングは、ここで折り返し」
 
それで姉は何も言わずに妹と一緒にゆっくりと後ずさりで坂を下りた。そのまま30mくらい坂を下りたところに集落の方に降りる道がある。
 
「そこの脇道から国道の方に降りよう」
「ショートカットなんだ?」
 
そんなことを言いながら、姉妹は(普通に前向きになって)脇道を通り、小さな集落(家は数軒あるが人がいるかどうかは不明)を通り抜け、農道と並行して走っている海沿いの国道まで降りた。
 

幸運にもそこにパトカーが通りかかる。
 
姉は道路に飛び出して手を振った。
 
パトカーは急ブレーキで停車した。
 
「君、危ないよ!」
と窓を開けて警官が注意した。
 
「助けて」
「どうしたの?」
 
「熊がいたんです」
「何?」
「どこ?」
「この上の農道に」
「すぐ連絡する」
と言って警官が無線で連絡してくれているようである。
 
妹が言った。
「熊がいたの?」
「うん」
 
すると妹は「キャー!」と悲鳴をあげた。
 
姉がここまで何も言わなかったのは、むろんこういう妹の性格を知っていて、熊を刺激したりしないようにである。走らずに歩いて逃げたのも、熊を含めて動物には、素早く動くものに反応する習性があるからである。背中を見せるのも厳禁である。
 
そのあと警官や依頼された猟銃を持ったハンターの人もやってきて、捜索が行われたが、熊は見つからなかった。どこかに逃げたものと想像された。
 
「熊は成獣でした?幼獣でした?」
「とにかく大きかったです。道路の半分くらい占めてましたよ。この道路って道幅は何メートルですかね?」
 
「ここはセンターラインが引いてあるから5.5m以上、多分6mくらいですね」
「その半分くらい占めてたから3mになるかな」
「ほんとにそんなに大きかったですか?」
「ええ。その大きさに恐怖を感じましたから」
「でもツキノワグマは大きい個体でもせいぜい1.5mくらいですよ」
「そうなんですか?」
「過去に石川県内で捕獲された最大の個体で1.4mくらいですよ」
「そんなもんですかねぇ」
「人間って、恐怖を感じていると、敵が大きく見えるもんなんですよ。実際は1mくらいじゃなかったんですか?」
 
「そう言われたら自信が無くなるけど・・・」
と姉も不安になって答えた。
 
「北海道のヒグマなら2m以上のもいるんですが、ヒグマは本州には居ないし」
「毛の色が黒でしたから、ヒグマではなくツキノワグマだと思います」
「なるほどね」
 
それで警官は「体長1m程度」と報告書に記述したが、もっと彼女の言うことを信じていたら、事件はもっと早く解決していたかも知れない。
 
翌日以降、姉妹は早朝のジョギングはやめて、暑くても日中に走るようにした。更に農道は避けて、町中を走り抜けるコースに変更した。
 

8月下旬、§§ミュージックは、9月9日発売予定の、同事務所の歌手17名が歌う企画CD『§§祭り2020』に封入する投票券で投票する“§§ミュージック・アワード2020”について、数名のメンバーが投票辞退することを発表した。
 
辞退を発表したのは下記のメンバーである。
 
悠木恵美(信濃町ミューズ)
中村昭恵(信濃町ミューズ)
桜木ワルツ
山下ルンバ
秋風コスモス!
 
辞退の理由は、悠木は「がらじゃない」、中村は「女優志向なので」と述べた。中村は確かに、しばしばドラマの端役なども務めて、そちらで評価されつつある。また本人もあまり歌には自信が無いと言っている(一般的なアイドルの水準からすると随分上手い部類に入る)。
 
秋風コスモスは「きっと私がトップだろうけど、私は審査委員なので」と言って「そのトップだろうけどという自信はどこから?」などとネットで突っ込まれていた。むろんジョークたろう(多分)。
 
山下ルンバは「忙しいので」と述べた。確かに彼女は歌やドラマなど以外の面で忙しいようである。彼女は収入面ではたぶんアクア・コスモスの次に多い。(川崎ゆりこやラピスラズリより多い)彼女は最近“シンガーソングライター”と紹介されることが多い。
 
そして「桜木ワルツ」のコメントには多くの人が驚いた。
「今年いっぱいで歌手を引退したいので」
ということだったのである。引退の理由が公表されなかったので憶測を呼んだが、翌日コスモスは「桜木ワルツちゃんは、今井葉月のマネージャーに専念したいと言うので認めました」とコメントした。
 
ワルツはこれまでも、自身が歌手として2018年春からこれまでに8枚のシングル、2枚のアルバムを発表しているが、その傍ら、アクアおよび葉月のマネージャーも務めていた。要するにマネージャー業の方に専念し、しかも葉月専属になるということのようであった。
 
結果的に年末のカウントダウン・ネットライブは、桜木ワルツの歌手としてのラストステージになることになった。彼女は§§ミュージック発足後、最初の引退者となる。12月にラストシングル、1月か2月にラストアルバムが出ることになった。
 
もっとも巷では「本当は結婚するつもりでは?」と随分書かれていた。
 
「彼氏とかいたんだっけ?」
「年齢的には居ても不思議ではないけど」
「葉月ちゃんと結婚するつもりだったりして」
「まさか」
「女同士で?」
「でもワルツの葉月を見る目って尋常じゃ無かったし」
 
などという噂も立っていたが、コスモスはそういう噂を放置していた。
 

そういう訳で、§§ミュージック・アワード2020は、ミューズ・ガールズの子たちを除けば、次の15組で実質争われることになった。
 
アクア、品川ありさ、高崎ひろか、西宮ネオン、姫路スピカ、白鳥リズム、花咲ロンド、石川ポルカ、桜野レイア、原町カペラ、ラピスラズリ、リセエンヌ・ド・オ、大崎志乃舞、今井葉月、川崎ゆりこ。
 
投票サイトでは、この15組及び信濃町ミューズ(悠木・中村を除く)、信濃町ガールズの(本部)メンバーの名前が選択できることになる。ただし上記の15組の名前は太字で表示され、選びやすいようになる。
 

ところで、火牛アリーナの外周沿い(主として北側)にプランターに植えて並べている彼岸花群であるが、9月に入った頃、最初に青い彼岸花が咲き始め、アクアゾーンの“流れるプール”を水中遊歩する人たちやジョギングコースを走る人たちの目を楽しませた。ひまわりもまだ咲いているので、黄色と青の対照が美しかった。
 
この時期は、まだ『鬼滅の刃』を知る人は、そう多くも無かったのだが、知っている人たちは割と騒ぎ、写真をインスタグラムなどにあげる人たちもあった。
 
火牛アリーナの開発はアクアゾーン竣工後、4月は実質建設作業が停まっていたのだが(それでもムーラン建設の人たちの手で南側エリアの基礎工事が、“密”にならないよう少人数で進められていた)、5月下旬、緊急事態宣言が解除されてから建設が開始された。
 
そして9月2日(水)“たつ”にまずはテニスコートが竣工となって、ムーラン建設からフェニックス・トレーニング(フェニックストラインの100%子会社)に引き渡された。午後には、町長さんや中体連・高体連などの関係者、地元出身の著名テニスプレイヤーさんも一緒にテープカットが行われた。
 

津幡町との約束で、町内の小中高生に安価に利用してもらう。その代わり公共の公園として認定され税金は免除だし、昼間の管理人は町役場からの派遣になっている。町の資本は入っていないものの、実質、町との共同運営である。夜間の管理人は火牛スポーツセンターからの派遣で、結果的に施設を所有するフェにックス・トレーニングにはスタッフが存在しない。ここの館長は青葉!である(千里が押しつけた)。
 
なお、テニスボール、ラケット、ラケットのネット、ソックス、シューズ、タオル、アンダーシャツ、などの消耗品や用具、またスポーツドリンクなどはアクアゾーン2階のフェニックス・スポーツ津幡店で購入することができる。仙台店と同様に直輸入のケルメ製品や、インド製衣料品などが主体なので、安価なのが好評であった。なお、地元出身のテニスプレイヤーさんが運営しているテニスグッズのお店からプライベートブランドのテニスラケットなども仕入れて販売している。
 
ここの店長は女形ズのOGで結婚に伴い引退していた人である。子供が小学生になり、手が離れたということでやってもらえた。スタッフにもOGや現役の人がいる。青葉やジャネのコネで水泳関係者、奥村春貴のコネでE高校(甲子園の常連校)の野球部OBなども入っている。
 
(久しぶりに春貴と会ったら女の子になっていたので、びっくりしていた)
 
テニスコートの屋根は天然の明かりを取り入れるためガラス繊維でできている。ライプなどをする訳ではないので、騒音問題を考える必要が無かったためである。これで照明や暖房の費用節約にもなる。ただし夜間は放射冷却が起きるので、日没以降は地下コートを優先使用する。(テニスコートは24時間利用できる)
 
コートは1階8コート、地下8コートの16個のハードコートを持つ。冬季や梅雨時も安心して使用できる、貴重な屋内型ハードコートである。感染対策のため、各々のコートはアクリル板で完全に区切られており、空気が混じり合わないようになっている。換気は通常の建設基準の倍の速度である。また例によって上から空気が入ってきて、下から吸気される仕組みになっているので、実質的な換気速度は建設基準の4倍程度になる。
 
上から下への空気の流れはこの後冬に向けて暖房効果もあがることになる。
 
但し、上から下への空気の流れというのは、火牛アリーナや織姫・牽牛でも指摘されていたが“ボールが飛びにくい”という副作用があるので、プレイに注意が必要である。もっとも、クレイコートやオムニコートに慣れた人にとっては、ハードコートはそもそもボールが弾みやすいので、結果的に普段の感覚に近くなったかも知れない。
 
しかしハードコートは地方には少ないので、地元のテニスプレイヤーたちにとって貴重な練習場所にもなったようであった。
 
ここはむろん金沢市など、町外の人も利用できるが、料金は町内の人より少し高くなる。なお、完全予約制であり、入場には、検温と問診票記入が必要である。また見学の人はマスク着用の義務があり、基本的に飲食禁止(選手は水分補給可)。アクアゾーンと同様に、観覧席はコートとはアクリル板で仕切られていて空気の行き来は無い。
 

(2020年)8月24日(月).
 
この日は全国の多くの学校で授業が開始された。
 
和歌山県某市に住む、木花朔夜(小5)はその日、可愛いスカートを穿いて登校してきた。
 
「おはよう」
「おはよう。さくちゃん、今日はスカートなの?」
「えへへ。お母ちゃんから『スカートなの〜?』って嫌そうな顔されたけど」
「可愛いと思うけどなあ」
 
「あ、私の他にもスカート穿いてる子いた」
と声を挙げたのはクラス委員のミエちゃんである。
 
「お揃い、お揃い」
「スカートは私だけかと思ったから、心強いよ、さくちゃん」
と彼女はホッとしたようだった。
 
最近は、スカートを穿く女の子はとっても少ない。
 

徳島の中学から東京都世田谷区の中学に転校してきた門脇瀬那は真新しい女子制服を着て登校した。そして担任の先生からクラスのみんなに紹介してもらい、東京の女子中学生としての生活をスタートさせた。
 
瀬那は姉(元兄)の真悠(大崎志乃舞)や同級生たちにうまく唆されて、今年の春、中学に女子制服を着て登校した。先生は書類が男になっていたものの、本人を見ると女子にしか見えないので、書類の誤りだろうと思い、学籍簿上の性別を女に変更してしまった。
 
もし瀬那が1年程度以上現地で女子中学生として通学していたら、その内、小学校の時は男子児童として通学していたことがバレていたかも知れない。しかしバレる前に東京に転校した。
 
東京の中学では、書類が女子になっているし、本人も見た目女の子にしか見えないので、何の疑問も無く、女子生徒として受け入れた。
 
それで瀬那の性別が問題になる可能性はとっても小さくなったのである。
 
なお、瀬那は1年前から女性ホルモンを摂取していたので、声変わりもしていないし、体毛も薄い。まだ胸は膨らんでいないものの、この春から飲む薬を本格的なものに変更したので、今後発達していく可能性がある。姉から粘着性のシリコンパッドを渡され、ブラジャーの中に入れているので、AAカップ程度の胸があるように見え、中学1年にしては小さすぎるバストも取り敢えずバレる心配は無い。粘着性なので“落下事故”の危険も少ない。ただ万が一の落下に備えて丈の長いキャミソールを着けてその裙をスカートの内側に入れている。
 
「水泳の授業とかでヌードになる必要がある時は言って。もっと精巧なブレストフォームというのを貼り付けてあげるから」
と姉は言っていた。
 
お股のほうも常時タックして女性のような股間に成型しているので、身体測定や体育の着替えでアレが付いていることがバレる可能性は低い。
 

山梨県韮崎市L中学。
 
8月24日は月曜日で2学期最初の日でもあるので、本来は全校集会があるのだが、コロナ対策のため、今年は基本的に行わないことになっている。それで8時半からクラス単位の朝会が行われる。
 
8:25。原先生はこの学校の女子制服であるセーラー服を着た少女を連れて教室に入ってきた。
 
「転校生?」
という声があがるが、“正体”に気付いた子がいた。
 
「もしかして緒方さん?」
 
先生が言った。
 
「皆さんにお知らせがあります。緒方さんは、夏休み中に東京の大学病院で精密検査を受けた所、精神的に女性であるという診断を受けましたので、今学期からは女子生徒として在学することになりました。突然でびっくりするでしょうが、皆さん、特に女子の皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
 
「え〜〜!?」
「うっそー!?」
と驚きの声があがる。
 
「そういうことで、今学期からは女子になりました緒方です。みなさん改めてよろしくお願いします」
と彼女は挨拶し、自分の席についた。
 
しかしみんなから質問攻めに合う。
 

「女子制服作ったの?」
「お姉ちゃんからもらった」
「なるほどー」
 
「名前はどうするの?」
「美鶴(みつる)のまま」
「ああ、美鶴は男でも女でも通るよね」
 
「声が女の子の声だね」
「練習した」
「喉仏が無いね」
「手術して取っちゃった」
「へー。凄い」
 
「ちんちんも手術して取っちゃったの?」
「内緒。でも女子トイレ使わせて」
「まあその格好なら使っても苦情は出ないと思う」
 
「美鶴ちゃんならいいと思うよ」
「細木君なら、たとえ性転換しても女子トイレ拒否だけど」
「性転換とかしねーよ!」
 
「おっぱいも作ったの?」
「内緒」
「ちょっと触らせて」
と言ってひとりの女子が美鶴の胸に触る、
 
「ちゃんとおっぱいある。ブラジャーもつけてるね」
「じゃ、おっぱい大きくしたんだ?」
 
「下も女の子の下着つけてるの?」
「女の子パンティつけてるよ。体育の時は女子更衣室で着替えさせて」
 
女子たちが顔を見合わせる。
 
「それは審査させて欲しい」
とひとりの女子が言った。
 

「それは審査させて欲しい」
と恵真は言われた。
 

8月24日(月).
 
恵真は女子制服を着て、夏休み前と同じU高校に登校してきた。
 
教室に入り、少しドキドキしながら
「おはよう」
と言うと、
「おはよう」
という声が返ってくる。
 
みんな恵真の女子制服姿を見たものの・・・
 
何も言わなかった。
 
どうも一希たちがしてくれていた“根回し”のおかげのようである。
 
最初に恵真のそばに寄ってきたのは、隣の組から出張してきている美凉である。
 
「えまちゃん、ごめんねー。囲碁の大会」
「ううん。久しぶりに打てて、結構楽しかったよ。そうだ。これ3位の記念のボールペン。美凉ちゃんに渡しておくね」
「それは実際に参加した、えまちゃんがもらうべき」
「そう?じゃもらっておくよ」
「うん」
「もう身体は大丈夫?」
「うん。もう平気」
「良かった良かった」
 

一希・汐里も入って4人で話していたのだが、そろそろ朝礼の時間だよ、と言われて、美凉は自分のクラスに戻った。
 
やがて担任の森先生が入ってきた。クラスごとの朝礼が始まる。恵真たちの高校も、コロナ対策で全体集会は休止している。
 
「みんなおはよう」
「おはようございます」
「今年は夏休みが短かったけど、まあ仕方ないから頑張ろう。今年は暑いので8月中は体育の授業は休止で、9月になってから気温の状況を見て再開される」
 
と先生が言うと、恵真はちょっとホッとした。体育の着替えで女子更衣室で着替えるの、みんなが認めてくれるかなあと少し自信が無かったのである。
 
「それでは出席を取る」
と言われて、生徒の名前が読み上げられ、各自返事していく。居ない子がいたが、他の子が代返!してあげた。
 
やがて「浜梨(はまり)」と呼ばれたので、恵真は「はい」と返事した。
 
しかし先生は何も言わなかった。そのまま次の子の名前を呼ぶ。
 
恵真は“根回し”は先生にまで及んでいるのだろうか?と思った。
 
なおこの学校は男女混合名簿なので、元々男女は入れ乱れて呼ばれる。恵真は女声で返事をした。
 
出欠確認の後、先生は主として感染対策についていくつかの注意をした上で教室から退出した。
 

少し時間を置いて1時間目の授業が始まる。英語の時間で、桜田先生の担当である。女子大を出たばかり22歳の先生だ。冒頭出欠が取られるが、休んでいる子は例によって誰かが代返し、恵真は普通に返事し、全員出席とされる。空いている机が2つあるのに!もっとも桜田先生の場合は代返に気付いたもののスルーした感じはあった。担任の場合はそもそも代返に気付いてない感じだった!
 
休んでいるのは、1人は学校恐怖症のようなものになって、6月授業開始後数回出て来ただけでその後休んでいる女の子(たまに保健室登校してる)、もうひとりは不良っぽい男の子である。そちらはきっと学校をサボッて町にでも出ているのかも。
 
それで恵真は授業を受けた。授業中に先生からの質問があり、恵真は「浜梨さん」と指名されたので「はい」と言って立ち上がる。
 
先生は今恵真の服装に気付いたようでギョっとする。
 
「浜梨さんだっけ?」
「そうです」
「その制服を着てるの?」
「いけませんか?」
「それも制服だから、校則違反ではないと思う。私、あなたはその傾向かなという気もしていたよ。何か困ったことあったら相談してね、応援してあげるから」
と先生が言ったので、恵真はじわっとした。
 
「だけど声が女の子の声だね」
「練習しました。1ヶ月くらいの練習でやっとこの声が出るようになったんです」
「へー。練習で出るもんなんだ。でも元々浜梨さんってハイトーンだったし、喉仏も無かったもんね。女の子の声が出やすかったのかもね」
 
と先生が言う。恵真はこれまでも極力自分の喉仏が目立たないように気をつけていたので、実は喉仏があることを知っていたのは、一希など少数の子に留まる。
 

「それでこの質問の答えは?」
「それは第4文型 SVOO です。I gave my mother a pack of sausages で、my motherと a pack of sausages は=(イコール)で結べないので、この場合は SVOO になります」
 
「そうだね。my mother が a pack of sausages とイコールだったらホラーだね」
と先生が言うと教室は爆笑になった。
 
ひとりの子が質問する。
 
「もしお母さんがいつもみんなにソーセージをくれるので、ソーセージパックというあだ名があったりしたらどうなるでしょうか?」
 
「あり得ないことではないね。その場合は・・・広中さん?」
 
指名された汐里はよそ見をしていて先生の話を聞いてなかった。隣の子から教えてもらう。それで答える。
 
「その場合 They call my mother a pack of sausages ですか?」
「そうそう、呼ばれているだから call を使うね。callはこういう第5文型SVOC になることが多い。callで第4文型になる例を何か知ってる」
 
「えっと・・・・ I call him a taxi とか」
「そうそう。私が彼にタクシーを呼んであげる。するとhim と taxi はイコールではないから、これはSVOO の第4文型」
 
しかし先生は付け加えた。
「もっとも彼のあだ名がタクシーだったら、第5文型の可能性もあるけどね」
 
苦笑する声が教室のあちこちからある。
 
「それって、女の子に呼ばれたらすぐ車で来てくれて、あちこち運んでくれる男の子のことですか?」
と質問がある。
 
「うんうん。そういう男の子っているよね。昔はアッシーなんて言われたらしいけど、さすがにこの言葉は死語かな」
と先生は楽しそうに言った。
 

「つまらないことで呼び出して御免ね」
「ううん。まこちゃんは大事な時だもん。妊娠しているとアビガンとか使えないしさ。いつでも呼んでね。絶対罹らないようにしなくちゃ。ボクが行けなかったら、誰か行かせるから自分で運転したり、公共交通機関使ったりは、しないでね」
「うん」
 
それでフェイはヒロシの運転するスバル・レヴォーグの後部座席にのんびりと座り、レコード会社まで運んでもらった。
 
フェイの運転は、マリなどと同じで、運転している内に心あらぬ状態になり、気付いたらどこかにぶつけてたなどということがあるので、ヒロシはフェイにできるだけ運転させないようにしている。運転する場合は、免許持ってない子でもいいから助手席に乗ってもらって、心がどこかの世界に行ってしまわないよう、おしゃべりなどしてもらうようにしている。
 
レコード会社の前に付ける。
 
「じゃ帰りはまた呼んでね」
「うん。ありがとう」
 
それでヒロシは制作作業をしているスタジオに戻った。
 

恵真は2時間目の後の休み時間、一希から
「一緒にトイレに行こうよ」
と誘われた。それで恵真は一希と一緒にトイレに行く。
 
女子トイレはソーシャルディスタンスを取るため、廊下までずらっと列ができているので、その列の最後尾に並ぶ。前に並んでいた5組の由希代から訊かれる。
 
「あれ?転校生」
「違うよ。えまちゃんだよ」
「ん?」
と言って由希代はじーっと恵真の顔を見た。
 
「あ、ほんとにえまちゃんだ。どうしたの?」
「女の子になったんだよ」
「へー。えまちゃんなら、性転換してもあまり驚かないなあ。よろしく」
「こちらこそ、よろしくー」
 
ということで済んでしまった!
 

トイレのドアは自動ドア(に3-5月の休校期間に改造されていた)なので、手を触れずに中に入ることができる。学校で女子トイレに入るのは初めてである。ドキドキ。
 
緊張する。
 
でも一希や由希代ちゃんとおしゃべりしているので気が紛れる。
 
やがて空いた個室に入り、トイレットペーパーで掴んでロックを掛ける。更にトイレットペーパーを取り、便座除菌クリーナーを噴霧する。それでドアロックを拭き、便座を拭く。スカートをめくり、パンティを下げて、おしっこする。もう半月ほど女の子式におしっこをしているので、だいぶ慣れたものの、女の子のおしっこって、何の障害も無しに、ストレートに下に落ちていく感じだよなあ、と恵真は思っていた。最初の一週間くらいはよけい大変な気もしたのだが、きっと慣れの問題だろう。
 
終わってからあの付近を拭く。立ち上がってパンティをあげる。この時、股間成型する前は、股間に付いている余分なものの処理が結構面倒だったのだが、女の子のお股の形にしてもらってからは、とっても楽でいい。女の子っていいなあ、と恵真は思った。
 
手を洗ってからトイレの外に出る。一希が出てくるのを待って一緒に教室に戻った。
 

お昼休み。お弁当を食べてから、恵真は、一希・汐里・真結・望海、それにクラス委員の裕佳と一緒に話した(お弁当を食べながらの会話は感染防止の観点から今年は禁止されている。会話する時はマスクが必須)。
 
「一希ちゃんから聞いた時はびっくりしたけど、えまちゃんなら、いいんじゃないかなと思ったよ」
と裕佳は言う。
 
「だいたい以前から、しばしばブラジャー着けてたし、ワイシャツじゃなくてブラウス着てる日もよくあったよね」
と真結。
 
そんなにブラジャーつけてたっけ??ブラウスも夏休み直前の1週間だけだったつもりなのだが。
 
「小学生の頃は、スカート穿いて登校してくる日もあったよ」
「なんだ。昔からそういう感じだったんだ?」
「スカートでなくても、たいてい女の子用のズボン穿いてたね」
「そのスカート穿いて学校行ったのは覚えてないけど、女の子ズボンを穿いてたのは自分でも覚えてる。お姉ちゃんがくれるからそれでもいいよねと思って穿いて行ってた」
 
「女子用ズボンで、トイレに困らなかった?前開きのあるタイプ?」
と望海が尋ねる。
 
「そういう日は個室を使ってたよ。ちなみに女子用ズボンは、前開きがあっても、そこからアレを出すことはできない。女子用ズボンのファスナーは着脱のためだけにあるから、短くて、アレのある位置までは下がらないから」
 
「へー。そうなんだ?」
と裕佳が感心するように言うが
 
「そもそも、そこから出すものが付いてないのではと噂されていけどね」
と一希が言う。
 
「それこの学校でも男子たちが噂してたよ」
と望海も言う。
 
「で、望海ちゃんは付いているのではという噂が」
「えへへ。男子トイレこっそり使ってるの何度か見られた」
「使えるのが凄い」
 

「でも先生たちからも何も言われなかったからホッとした。何か言ったのは桜田先生だけで、それも、校則違反にはならないから、いいよと言われたし」
と恵真は言う。
 
「まあ根本的に、生徒の顔を全く覚えてない先生が多い」
「やる気の無い先生が多いもんねー、うちの学校」
「ここは生徒も誰でも入れるけど、教師も誰でもなれる」
「漢和辞典の引けない国語の先生とか、連立方程式を解けない数学の先生とか」
「欠勤があまりにも多すぎる先生とか、出勤してきても全部自習にしちゃう先生とか」
「仕方ないから出来のいい子が教師代わりになって授業進めてるもんね」
 
「いや、授業するのは自分が物凄く勉強になる」
と裕佳が言うが、彼女は、特に古典、地理、化学などの“担当”だ。
 
「桜田先生は稀に見る良い先生」
「英語の先生の中で発音がきれいなの、桜田先生だけだもんね」
「なんでこんな高校に来たんだろう?」
「最初受けた高校、内定してたのに、コネ採用の人に割り込まれて落とされたらしいよ。木下先生が言ってた」
「それは気の毒な」
 
「校則については、私も確認したけど、学校行事とか、対外試合などでは制服あるいは体操服や各部で定めたユニフォームを着用すること、とは書いてあるけど、男子は男子制服、女子は女子制服を着なければならないという規則はどこにも無い」
 
と裕佳。
 
「まあ普通そんなことまで明記しない」
 
「でもそもそも制服については、ゆるいと思うよ」
と望海は言う。
 
「ボクなんか、こうやって、女子制服の上に、下はズボン穿いてるけど、何も言われない」
と望海が言うと
「望海ちゃんのは、校則に表示された形ではないから、違反の可能性がある」
と裕佳。
 
「いっそ上も男子制服着たら?」
「それ悩むなあ」
「堂々と男子トイレ使えるよ」
 
「私が着てた男子制服があげられたらいいんだけど」
と恵真が言うが
「サイズ的にどう考えても無理」
と真結に言われた。
 
恵真は身長162cmでウェストは60cm 体重41kg だが、望海は身長170cm, ウェストは76cm 体重65kg てある。どう考えても“幾何学的に”入らない。
 

「だいたい、うちの学校、ほとんど生活指導とか無いもんね〜」
「それは言えてる。頭髪検査とかも無いし」
「タバコとお酒だけは厳しいけどね。見つかれば一発退学だし」
 
「でも真結ちゃん、パーマはやめた方がいいと思うよ。髪痛めるもん」
 
「男女交際についてもゆるいよね。校内でベタベタしてるカップルいるし」
「かなり濃厚なことしてる子たちもいる」
「校内に避妊具の自販機があるのって、うちの学校くらいじゃない?」
「いやいいことだと思う。やるなら生でやっちゃダメ」
 
という会話が実は恵真は理解できてない。
 
「妊娠しても何も言われないし」
「いや、**ちゃんは、保険の先生から病院行けと言われたらしい」
「それもいいことだ」
「女先生たちでカンパしてくれたらしいよ」
「優しいね」
「6月の**ちゃんはみんなカンパしたね」
 
その時は女子生徒だけでカンパしたのだが、恵真も一希たちとおしゃべりしている時に回ってきたので500円カンパしている。でも何のカンパかは知らなかった。
 
「3年の**さんは、出産して、子連れで登校してきてるね」
「うん。授業中はお母さんが見てくれてて、休み時間に授乳してるらしい」
「産んだの凄いなあ」
「でもきちんと結婚したしね」
「産むなら結婚しなさいと教頭から言われたらしいよ」
「それはいいことを言う」
「教頭先生は割といい人」
「うん。いい人だと思う」
 
「でも昔は女の子は13歳くらいで結婚していたというし、今の時代は異様に遅いのかも知れないよ」
 
恵真は、もしかしてここ凄くいい高校なのではという気がしてきた。
 

「でも、えまちゃんは元々女子ではないかという説もあるけどね」
と真結が言うと
 
「確かに女子であることを確認したよ」
と一希と汐里は言う。
 
「お風呂も一緒に入ったからね」
「女湯に入れるんだ!」
 
「お股には何も付いてなかったし、おっぱいも確かにあったから、女の子であることは間違い無い」
 
「やはり性転換手術しちゃったんだ?」
「うーん。。。。それは何と言うか」
 
「高校進学前に性転換したんだったりして」
「ありそー」
 
「今日は既に2回連れ込んでるけど、この子に女子トイレ使わせるのは問題ないよね?」
と一希が言うと
「それは問題無い」
とみんな言う。
 
「この子、女子更衣室で着替えさせてもいいよね?」
と一希が言うと、恵真とお風呂にも行った汐里を除く3人が顔を見合わせている。
 
「それは審査させて欲しい」
と裕佳は言った。
 

さて、L中学では、美鶴は委員長の愛花莉を含むクラスの女子たちと一緒にお昼休み、ぞろぞろと女子更衣室に行った。
 
「脱いでみてくれる?」
「いいよ」
と言って、美鶴はブラウスを脱ぎ、スカートを脱いだ。
 
「確かに女の子だね!」
「下着も脱いだ方がいい?」
 
女子たちが顔を見合わせていたが、委員長の愛花莉が
「これで充分だと思う」
と言った。
 
「だってもし付いてたらパンティに盛り上がりができると思うもん」
と愛花莉は言ったのだが、美鶴は
 
「疑惑を残さないように脱ぐよ」
と言ってショーツを脱いでしまう(ブラは着けたまま)。
 
股間には何もぶらぶらするようなものは無い。
 
「ちんちん無いね」
「やはり手術して切っちゃったんだ?」
 
「毛が短い」
「一度剃られた後、まだ伸びてないから」
「ああ、手術の時は剃られるよね」
 
その短い毛の中に、縦の筋が見える。
 
「ちゃんと割れ目ちゃんまであるんだね」
「間違い無く女の子だね」
「これならお嫁さんに行けるね」
 
「ごめんね。パンティまで脱いでもらって」
「うん、いいよ」
 
これで美鶴は“審査合格”となり、女子更衣室を使えることになった。
 

“仮名S”はその日、ブレストフォームをつけたまま、学校に行った。
 
ちなみに彼がブラジャーを着けていても“いつものこと”なので、クラスメイトは何も言わない。もっともブラ線が出ないようにグレイのアンダーシャツを着ている。それでも女子たちからは“触られて”、ブラをしていることを確認されている。彼女たちからは
 
「Sちゃん、いっそ女子制服着ないの?」
 
などと唆されるが、
 
「ネット投稿されちゃうよ」
 
と言って、恥ずかしがったりしている。
 
「ウェスト何センチだっけ?」
「63cmだけど」
「女子制服、Sが着れるじゃん!」
 
「試着してみる?」
などと言われて着せられる。
 
「似合う、似合う。本当に女子制服作って、それで出て来なよ」
「恥ずかしいよぉ」
 
でも実は女子制服は作っちゃおうかなと少し悩んでいる。そもそもこの学校に入る時も制服作りに行ったら、危うく女子制服を作られる所だった。スカート丈とか言われたので「ボク男子です!」と主張して男子制服にしてもらったが、惜しかったなあ、あのまま女子制服になってたら、仕方ないからとか言って女子制服で通学することになってたかも、などと妄想する。
 

放課後には、付き人さんに送ってもらって放送局に行き(公共交通機関の使用を禁止されている)、他の数人のメンバーと一緒に、石川ポルカのバックで踊った。
 
この時は普通に男子のユニフォーム(上は女子のと同じだが、下がスカートではなくショートパンツ)で踊った。実はスカートの衣装も持って行っていたのだが、その格好でテレビカメラに映るとネットで何か書かれそうで、怖くなって、ショートパンツにしたのである。
 
(楽屋は普通に男性用の楽屋を使用している。もっとも何度か女子メンバーに連行されて女性用の楽屋で着替えたことはあるが恥ずかしかった。木下さんとかは普通に女性用楽屋を使っているみたいだけど、あの人はその内女の子になっちゃうのかなあ、などと想像している。密かに去勢してるという噂もあるし)
 
仕事が終わって、また送ってもらって男子寮に戻った後、自室でスカートに穿き換えて今日の振付を再度踊ってみた。するとショートパンツとスカートでは微妙に踊り方を変える必要があることに気付いた。スカートは足の動きより“遅れる”ので、それを計算に入れて足を動かす必要がある。
 
「これってスカートで踊るつもりなら、普段からスカートでもちゃんと踊ってないといけないみたい」
と呟くように言う。でも自分がその内スカートを穿いてカメラや観客の前に立つことがあるだろうか?と考えると自信が無かった。
 
「木下さんがスカート姿で踊っているシーン、ビデオ(*1)で見たけど、ちゃんと踊れていた。きっと木下さんは普段からスカートでも練習してるんだろうなぁ」
などとも考える。
 
(*1)木下宏紀が川崎ゆりこに欺されて女子のユニフォームで踊ってしまったものであるが、その録画が、女子寮生の間で出回っていたのを上田信貴がコピーさせてもらい、男子寮でも(本人以外に)閲覧されている。
 

でも上田(兄)は、ゆりこ副社長から、女子寮のパスを渡されて
 
「いつでもこちらに引っ越して来ていいよ」
などと言われたらしい。部屋も割り当てられたという。
 
なんか今居る男子寮のメンツの内数人は1〜2年以内に女子寮に移動しそうなどとSは思った。自分もその内
 
「男子寮の部屋を空けたいから、あんた女子寮に移動して。性転換手術は予約しておいたから」
なんて言われたら、どうしよう?などと妄想する。
 

衣装を脱いで洗濯機に入れ、そのままお風呂でシャワーを浴びる。
 
髪を洗い、顔を洗い、耳の後ろや首筋も洗う。腕を洗い、ドキドキしながら胸を洗う。この胸を洗う時に、ちゃんと胸を触られている感覚があるのが凄いと思った。レジ袋の中に入っていた説明書によると、ブレストフォーム表面に触られた情報が内部に張られている特殊繊維を通して内側まで到達するので本物の胸にも触られた刺激が届くらしい。だからブレストフォームをどこかにぶつけると、本当に痛いから気をつけるようにと注意書きがあった。
 
これ、ローザ+リリンのケイナさんがつけてたブレストフォームと同じものかなぁと“仮名S”は思った。
 
「最近の技術の進歩は凄いよね」
 
などとも呟いたが、彼はこのブレストフォームの“外し方”を知らないし、剥がし液ももらっていない。でもそのことに思い至っていない。
 

恵真は、一希・汐里、真結、望海、それにクラス委員の裕佳と6人だけで、女子更衣室に行った。
 
「じゃ、脱ぐね」
と言って、恵真は女子制服上着(オーバーブラウス)、スカート、ブラウス、と脱いで、ブラとショーツだけになる。
 
「ちゃんと女の子だね」
 
「全部脱いだほうがいい?」
「念のため」
「了解了解」
 
それで恵真はブラジャーも外し、ショーツを脱いで全裸になった。
 
「間違い無く女の子だね」
と真結も望海も言ったが、裕佳は
 
「念のため、触ってもいい?」
と訊いた。
 

「いいよ」
 
それで裕佳はまずおっぱいに触った。
 
くすぐる!
 
「ちょっとぉ、くすぐったいよぉ」
 
「うん。間違いなく本物のおっぱいだ」
 
更に裕佳は、お股にまで触る。
 
「そこに触るの〜?」
と一希が非難するように言う。
 
「ごめんごめん。これは間違いなく女の子だよ。審査合格。女子更衣室を使っていいよ」
 
「まあこの身体で男子更衣室使えと言われても困るよね」
と望海。
 
「えまちゃん本人より男子たちが困るよね」
と真結。
 

「触ったりしたお詫びに私も見せるね」
と裕佳が言う。
 
「え〜〜!?別にいいよ」
と恵真は言ったのだが、裕佳は全部脱いで、自分も全裸になってしまった。
 
「えまちゃんの方がスタイルがいい」
と望海が言った。
 
「うん。私も負けたと思った」
と裕佳。
 
「ふたりともウェストが細ーい」
と真結が羨ましそうに言う。
 
「真結ちゃんは晩御飯を4杯食べてるのをせめて3杯にした方がいいと思うな」
「だって、お腹がすくよ」
 

“彼”は呟いた。
 
「やはり睾丸を取ってすごく調子良くなった。身体から害毒が抜けたような気分。女性ホルモンが良く効いて、凄く女の子の気持ちになりやすいし」
 
姉に唆され、というか、病院に連行されて、うまく口説かれ、手術を受けてしまった。手術を受けている最中は、後で後悔したりしないかなと少し不安があったものの、後悔などは全くしていない。とっても幸せな気分だ。
 
おっぱい、もっと大きくなるかなあ、などと期待する。
 
母に打ち明けると
「あんたは小学3-4年生までに去勢手術受けさせてあげれば良かったね」
と言われた。
 
父はちょっとがっかりしたような顔をしたが
「まあ仕方ないか」
と言った。
 
姉からは
「18歳すぎたら、性転換手術も受けさせてあげるよ」
 
と言われたけど、性転換手術は去勢手術と違って、かなり痛そうだよなと思った。
 
姉は「参考までに」と言って、性転換手術の様子を収めたビデオを見せてくれた。手術の途中で、ちんちんの“中身”が身体からチョキンと切り離される所はドキドキした。そしてその後、ちんちんの“皮”にお医者さんが指を入れて、くるっと反転させてしまうと、今まで凸だったのが凹になり、一瞬にして男の形から女の形に変わるのが、まるで魔法みたいに思えた。
 
ボクもその内、こういう手術を受けるのかなあ、と思うとドキドキして、その夜は自分が性転換手術されている所、そして手術が終わったあと、きれいに女の子の形になって、ちんちんも袋も無くなり、割れ目ちゃんができているのを眺めている夢を見た。
 

青葉はその日ニュースを読んでいた。
 
「次のニュースです。昨日、小松市内でクマが出現し、男性が怪我をしました」
 
「昨日、午前11時頃、小松市那谷町地内で、県道を歩いていた70代の男性が子連れのクマに襲われ、頭長部から右上腕に掛けて怪我をしましたが、命には別状は無いということです。襲ったのは体長1m前後のツキノワグマで、子連れであったことから、メスと思われます。付近の小学校では集団下校を実施し、市の職員2名と捕獲隊1名で組織したパトロール隊が警戒に当たりました」
 
テレビでニュースを見ていた美由紀は呟くように言った。
「子連れだったら、メスなのかなあ」
「オスは子育てしないんじゃない?」
と翡翠が常識的な意見を言う。
 
「それはよくない。男もちゃんと子育てに参加すべきよ」
「それ、熊に説教してみて」
 
「だいたい、オスだとおっぱい出ないし」
「メスが子供を見ている間にオスが餌を採ってくるとかは?」
「そんな家庭的な熊がいるとは思えない」
「オスはセックスしたがるから、うざいかも」
 

青葉のニュース原稿は続く。
 
「今年はクマの目撃数が非常に多く、石川県内では8月までに214件にも及んでいます。7月には金沢市内で、散歩中の男性がクマに襲われ、怪我する事件も起きています。皆様もお気を付け下さい。小松市は昨日“クマ出没警報”を出し、注意を呼びかけました。外を歩く時はできるだけ複数で連れ合って歩くこと、どうしても1人で歩く場合は、ラジオを鳴らしたり、鈴などを付けて、人が来ることがクマに分かるようにすること、また熊を誘引しないように、生ゴミを屋外には置かないようになどと呼び掛けています」
 
「ツキノワグマは、北海道のヒグマとは違って、積極的に人間を襲って食べたりすることはないそうです。むしろ人を恐れる傾向があり、人が近寄ってくることが分かれば逃げるそうなので、それを積極的に報せるようにしましょう」
 
「なお、万一クマに遭遇してしまった場合、悲鳴をあげたりせずに、できたら笑顔を作って、ゆっくりと後ずさりで距離をあけるようにすることが大切だそうです。背中を向けて逃げると、クマは逃げるものを追う習性があります。クマの走る速度は人間よりずっと速いので、追いつかれてしまいます。死んだ振りは有効ではありません。動物は見た目の高さで相手の大きさを判断しますから、横になると“自分より小さい”と判断されてしまいます。立っている方が有利です。またツキノワグマは木登りが大得意ですので、木に登ってもダメです。それでも万一襲われた場合は、身体を丸め、首の所に手を当てて、お腹と首を守ってくださいということです」
 
美由紀が言う。
「首の所に手を当てたら、手を怪我するじゃん」
 
翡翠は言った。
「ミユキン、手を爪でえぐられるより、首を爪でえぐられたい?」
 
「うーん。それはヤバいな」
 
社長が言った。
「中国拳法には、剣を持った相手と素手で対峙してしまった時の、究極の戦い方というのがあるよ」
 
「へー」
 
「相手が剣を振り降ろしてきた時、左手でそれを受け止めて、右手で相手の急所に必殺の一撃を与え、相手を倒すんだよ」
 
「左手切られるのでは?」
「たとえ左手を失っても、命を失うよりはマシ」
 
「なんか壮絶ですね」
 

「でも空手の達人が熊を倒したなんて話もありますよね」
「うん。まあツキノワグマだと思うけどね。ヒグマは人間の相手ではない」
 
「ツキノワグマとヒグマって、そんなに違うんですか?」
「ツキノワグマは大きな獣にすぎないけど、ヒグマは猛獣だね」
「へー」
 

ニュースを読み終わってアナウンサー室に戻った青葉に、同僚の森本メイが尋ねた。
 
「ツキノワグマは北海道のヒグマと違って、積極的に人を襲って食べたりはしないとか言ってましたね。ツキノワグマとヒグマってかなり違うんですか?」
 
それに青葉が答える前に、アナウンサー室長の砂原さんが言った。
 
「ツキノワグマはでっかい獣にすぎないけど、ヒグマは猛獣だよ」
 
「そんなに違うんですか?」
 
「熊は基本的には雑食なんだけど、ヒグマが肉食メインなのに対してツキノワグマは草食メインなんだよ。木の実とかが好物」
 
「へー!」
 
「他の人も熊のニュースを読むことあると思うから、少し解説しておこうか」
と言って、砂原室長は話を始めた。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
【春金】(1)